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「小夜……、眠ったのですね。」

熱く照りつける沖縄の陽射の下、小高い丘の上にある石室の前に身じろぎもせずに、漆黒の長髪を後ろで纏めた長身の青年が立っていた。
やせぎすの引き締まった体、白いシャツに黒いジャケットを着たモノトーンの出で立ちは、その貴公子然とした白皙の横顔に相まって一枚の絵のようにも思えた。
やかましい程の蝉の輪唱の中、汗もかかずに立っている青年は、幽かな悲しみと、同時に安堵感を込めた瞳で、閉ざされた石の扉を見つめていた。

「小夜……、ありがとう」

つぶやきが風に流れる。
その感謝は別れた時の約束。そして再び会うまでの約束。
絶望に未来を凍らせていた青年の主であり、最愛の人。
……その人との約束。

死ぬ為に旅した幾多の時。
死ぬ為に生きた幾多の地。

絶望と空虚な戦いの果てで、最後に彼らを救った、最愛の人の兄の言葉。

『お前だって小夜を愛してるんだろっ!
お前はお前だろっ!言ってみろよっ、自分の言葉でっ!』

彼の熱意と眩いほどのまっすぐな心が、青年の凍った心をゆっくりと融かし。

『……笑顔が欲しかったのです。あなたと出会った頃の笑顔が。
……あなたのシュヴァリエとして生きてきて、あなたの望むままに生きました。
ですが、あなたに背きます。ただ一度だけ。
……生きて、……生きてください。小夜。
明日の為に、今日を生きて』

解き放たれた心は、止めようもなく。
すべてに諦めていた青年は百何十年ぶりに、心からの慟哭を、生きていて欲しいという希望を、最愛の少女に静かに注いだ。

『……生きたい、みんなと生きたい……』

兄や失った家族達の愛情に包まれて過ごし、そして、青年の本当の心を聞いた少女も、押し殺していた未来に目を向けた。
真紅に輝いていた目が、徐々に黒く戻っていき、その双眸から透きとおった滴が流れ落ちる。

『今日を生きて明日を笑うんだ。お前らの居場所くらい俺が作ってやる』
力強い彼女の兄の言葉に、青年は彼女を託し、そして最後の戦いに赴いた。


―それから4年の月日が流れ、最愛の少女は30年に渡る眠りについた。そして、ようやく再生を終えた青年は、今ここにいる。

間に合わなかった。彼女が眠る前に、生きていると伝えたかったが、叶わなかった。
最後の戦いの後、どれほど彼女は”生きる”ことが出来たのだろうか。

ただ、ここにきて遠目に見た彼女の家族達の姿が、眠る前の短い間であっても精一杯、幸せに生きたことを伝えてくれた。
彼には、それだけで十分だった。それだけでこれからの長い一人の時間を生きることができる。
再び会えるまでの、空虚な時間の中に希望を繋ぎ止めておける。

「小夜……、しばらくの間、お別れです。
あなたの姪たちはカイが幸せに育てています。だから安心してください。
……私は、あなたが目覚めるまで、世界中を旅してきます」

片膝を付き、静かに言葉を紡ぐ。少女の眠りを妨げぬように密やかに。
そして、彼女の好きだった色のバラに、髪を結えていた黒い紐を結び、石櫃の上にそっと捧げた。

行先があるわけではなかった。
普通の生活を営んでいる、彼女の兄の所は行けなかった。
幼い彼女の姪達に、余計な影響を与えるわけにはいけない。少なくとも成人するまでは。

だから、ただ、世界をその眼で見て回る。
ハジという名の青年はただ、世界を巡る。

『私はね、世界を旅したいの、いろんな所に行きたいの』

――それは古き約束。


吸い込まれるような沖縄の青い空が大地を包み、時折吹く風が緑を揺らす。

その光景を。眼に映る風景を二度と忘れないように、じっと見ていた青年が、静かに立ち上がる。
チェロの入った大きなケースを担ぎ、最後にもう一度、石櫃に目をやった青年が、吹っ切るように振り返り、一歩を踏み出した。

その瞬間、唐突に現れた光に青年の姿が包まれた。



―― BLOOD+ゼロ ――



学院の広場で、2年に進級する生徒たちは、一人ずつ使い魔の召喚を行っていた。
言わずと知れたここ、トリステイン魔法学院では、恒例かつ神聖な儀式である、春の使い魔召喚を行っていた。
術者の力量に応じた様々な使い魔が召喚され、各々が交流を深めていた。

「えーと、これで全員ですかな?」

学生の中に一人混じっていた、貫禄(?)のある男性教師が声を上げる。
「いーえ、まだ。ミス・ヴァリエールが。」

炎をまとった赤い大きなトカゲらしき動物 ―サラマンダー― を撫でながら、燃えるような赤い髪、健康そうな褐色の肌をした、少女が挑発するように指摘する。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
微熱のキュルケという二つ名を持つ少女の視線は、ある一点を見ていた。

教師、兼、非常事態に備えての対策要員として、生徒たちを指導していたコルベールがそれに気づいた。

「ああ、ミス・ヴァリエール。まだ貴女が残っていましたね。では、使い魔の召喚を。さあ、君たちも場所を空けなさい。」

群れていた生徒たちに、召喚の為の場所を空けるように指示しながら、ヴァリエールと呼ばれた少女に向かって手招きをする。

その声で、その場にいる全員の視線を一身に浴びた少女が苦虫を噛み潰したような、不安を押し殺したような表情でゆっくりと広場に進み出る。
桃色がかったブロンドの豊な髪と勝気そうな鳶色の目が印象的な美少女だが、いかんせん、その成熟前、いや、だいぶ手前の華奢な体がかなり幼い印象を与える。
先ほど揶揄の声を上げたキュルケと比べると……いや、人と比べるのはよくありません。
彼女はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ゼロのルイズという有り難くない二つ名を持っている少女だった。

「ル~イ~ズ? あなた、この子より、すごいのを召喚できるんでしょうね?」
「当然よっ!」

2年生の中で1,2を争うほどの立派な使い魔を手に入れたキュルケは、昨日の夜にルイズが『明日は見てなさいよっ!』と大見栄を切って走り去っていくことを思い出して、思わずルイズにちゃちゃを入れた。

案の定、顔を真っ赤にしたルイズが叫ぶように言い返してきた。
キュルケは、心のどこかで『ごめんねー』と思いながらも、むきになって反応するルイズが面白くて、からかうのが好きだった。
……言葉には絶対出さないが。

だから、更に……

「うふふんっ、あ~ら、そ~う? じゃあ、お手並み拝見としましょうかしら~」

と余計なちょっかいをかけてしまう。もう病気である。


まだ、使い魔を召喚できていないルイズは、それ以上反論することもできず憤然と顔を逸らした。

ただ、キュルケは少し気がかりなこともある。それはゼロの二つ名。
使い魔を召喚できなかった場合、彼女がどれほど落ち込むことか。
さらに言うと、使い魔を召喚できない可能性が、極めて高いこと。

ヴァリエールの人間がツェルプストーの目の前で、落ち込むのは家同士の関係であれば喜ぶべき事柄だが、キュルケ個人としてはルイズには、ミジンコでもいいから使い魔と呼べるものを召喚して、無事に進級してもらいたかった。

――遊び相手が減るのは困る。

まあ、そんな理由だ。


正直、焦っていたルイズはそんなキュルケの微妙な心を感じ取れるはずもなく、ただ、これから行う召喚に人生をかけていた。
由緒正しき家に生まれ、周りの家族も水準を大幅に超えるメイジである、という超がつくほどの名家の三女でありがら、自分だけまともに魔法を使えない。
そんなコンプレックスが、彼女を駆り立てていた。

(これで召喚できなかったらどうしよう)

そんな不安が心をよぎる。

――まともに魔法が使えない。

だから、知識を求めた。コツコツと勉強をし、魔法の理論や感触を追い求めた。
自分が4つの系統のどれに当てはまるのか、微に入り細に入り調べた、聞いた、見てきた。
その結果、実技はてんで駄目、知識は抜群。といった不安定なルイズが出来上がった。

その努力を知っている人、キュルケを含む極少数の生徒達は、内心応援もしていた。
が、いくら知識があろうとも、実際に魔法が使えない落ちこぼれのルイズを馬鹿にするメイジがほとんどだった。

周りの嘲笑じみた声や、密かに聞こえる、いや、わざと聞こえるように会話している、その声がルイズの神経を逆なでする。

(見てなさいよ、すっごい使い魔召喚してやるんだからっ!)
(二度とバカにできないような使い魔を召喚するんだからっ!)

周りの声を頭から叩き出し、ルイズは精神を集中する。
その瞬間、不思議と心が落ち着いた。

(なんだろう……うん、絶対成功する。成功するわ)

高々とワンドを掲げ、この時の為に、練りに練った呪文を紡ぐ。
様々な文献を調べて、異端かもしれないけど、古文書や外典もあたり、最も大きな概念を掲げて組み立てた呪文。

(世界で一番の使い魔? ううん、私の使い魔は世界より、ずーっと大きな宇宙の中で一番よっ)

そして、ルイズは自信に満ちた声で召喚する。

「宇宙の果てのどこかにいる、私のしもべよっ!」

ルイズの呪文の最初の一節で、
(おい宇宙ってなんだ?)
(変な呪文)
(さすがゼロのルイズが使う呪文は普通と違うぜっ)
(なんたってゼロだもんな)
(はははっ、違いない)
といった嘲りが辺りを埋め尽くした。
しかし、ルイズにはその声は届かなかった。

「神聖で美しく、そして強力な使い魔よ。
私は心より求め、訴えるわ。
我が導きに答えなさいっ!」

そして、ありったけの魔力(と自分では感じている)を込めて、ワンドを振り下ろす。

ルイズがワンドを振り下ろした先が巨大な音を立てて爆発し、土煙が立ち上る。

ルイズの魔法が失敗する時、というより必ず失敗するのだが、爆発することを知っている生徒たちは、一瞬で事態を認識して笑い出す。
ただ、いつもより爆発の規模が大きく、前の方に陣取っていた生徒はひっくり返り、舞い上がる土煙で一帯の視界を閉ざされた。

「ゲホッゲホッ、まーた失敗だよ」
「ゴホッゴホッ、だってルイズだぜ? ゼロだぜ?」
「あはは、違いない」

ルイズは自分が失敗したことを知って、顔を真っ赤にして涙目になってわなわなと震えていた。
見かねたキュルケが近寄って、肩を叩いた。

「皆さん、大丈夫ですかー」

コルベールの声が響きわたり

「大丈夫でーす、ルイズが失敗しただけでーす」

誰かの声で、周り中から無邪気な笑い声が湧いた。

「ルイズ、人生最後って訳じゃないんだし……」

励まそうとしていたキュルケは、ルイズが一点を凝視しているのに気がついて、言葉を止めた。

「あなた、誰?」

ルイズのいぶかしむ様な声の先に目をやって、キュルケは愕然とした。

同じく、その声と、何よりも異質な気配を敏感に察知したコルベールも、普段の温厚な教師とは思えぬ素早さで、杖を構えた。
ようやく土煙が落ち着き、視界が明瞭になる。
そして爆心の中心地に、見かけない格好をした青年がたたずんでいた。

織目が見えない程の上質の、しかし装飾のない黒い上着と、これまた上質そうな生地でできている白いシャツを身に纏い。
そして背に背負った大きな黒い箱。それは何かの金属でできているようだった。

何より目を引いたのは、貴公子然としたその面持ちと、深淵を覗き込む様な黒い眼。
その場にいた全員は、言うことが見当たらず、ただ茫然としていた。

最初に立ち直ったのはルイズだった。

「あ、あの……」

どう見ても年上、貴族とも思えず、かといって平民とも言えず、なんと声を掛けていいか分からなかった。
とりあえず、掛けた声に反応した青年と目があった瞬間、ルイズは何を言ったらいいのか、わからなくなってしまった。

(でも、私が召喚し…たのよね…? 私の魔法は成功したのよ……ね?)

ルイズのその声に、硬直していた時間が動き出した。

「おい、あれって人間だよな?」
「ああ、人間だ」
「人間を召喚したのか?」
「そんなことあんの?」
「上から降ってきたのか?」

生徒達は一斉に上を見上げる。空は抜けるように青く、雲一つなかった。

「だったら、ルイズの使い魔?」
「「「「えええ~~~~!」」」」」

「でもよー、あんな恰好見たことないぜ」
「どこの国の人だろ」
「ただの平民じゃなさそうだしなぁ、って言うことは貴族?」

生徒達のざわめきの中、考えをまとめたコルベールは、青年の前に進み出た。
本来であれば召喚のどさくさにまぎれて使い魔契約を行う流れだったが、相手が動物ではなく明らかに人間で、これほど間が空いてしまっては、どうしようもない。相手の力量も分からない状況と、コルベール自身の勘が、急いではならないと告げていた。


「失礼ですが、今しばらくそこでお待ちいただけますか?」

万が一、億が一相手がスクウェアクラスのメイジだった場合、更に強制移動で怒って、報復された場合のことを考えると、迂闊な口調はできず、できるだけ丁寧な口調で話しかけざるをえない。
それに、メイジでなかったとしても、目の前の青年の持つ雰囲気は、油断できるものではなかった。

コルベールに顔を向けた青年は、声を出さずに頷いた。
それを見て、密かにほっと溜息をついてから、生徒達に呼びかけた。

「さぁ、皆さん、使い魔を連れて、一旦教室に戻りなさい。大型の使い魔は外の待機場へ。しばらく自習です。あ、それから、ミス、ヴァリエール。あなたは残りなさい。さあさぁ、早く」

その声に、はじかれたように生徒達が、ちらちらと視線を向けながらも、使い魔を連れて教室の方に向かって移動する。
キュルケ等は何か言いたげであったが、コルベールが重ねて指示すると、おとなしく従った。
雑多な使い魔達や、生徒達は飛んで ―飛べない大型の使い魔を召喚した一部は歩いて― 教室に戻って行った。

一瞬、使い魔や飛ぶ姿に反応した青年は、右手を胸の前で構えたが、周囲をそっと見渡して静かにおろした。
ルイズはそんな青年を凝視していた。

生徒達がすっかり居なくなると、ルイズはたまらず声を上げた。

「ミスタ・コルベール!」
「何かね」
「どうしたらいいのでしょう?」
「少し待ちなさい」

コルベールは思案顔を崩さず、静かにたたずむ青年に目をやった。
視線を感じたのか、戻って行った生徒達に目を向けていた青年が振り返る。

「私は、トリステイン魔法学院で教師を務めております、コルベールと申しますが、少々お聞きしてもよろしいですか?」
「ハジと言います。私の方も聞きたいことがあります」

初めて聞いた青年の声は、山奥の澄んだ沼のように静かだった。
ルイズは、自分が呼び出したらしいハジと名乗る青年と、コルベールの会話を一言ももらすまいと聞き耳を立てる。

「ああ、そうですね、ではこうしましょう、先にあなたの方から質問をしてください。そのあとで私の方から」
コルベールの言葉に微かに頷いた青年・ハジは青年は肩に背負った箱をゆっくりと置いた。

「……ここはどこですか?」