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「ハジッ!、ギーシュッ!」
「落ち付けっ!落ち着くんだ! ルイズ」

本来であれば煌々と夜空を彩る月達。
今はその赤と青の月も、雨が降る直前のような分厚い雲に隠されて、ほとんど闇と化している。
そんな夜空をルイズとワルドの乗ったグリフォンが駈けていく。
躍動するグリフォンの背中でルイズは、蒼白な顔で振り返って力の限り叫んでいた。
ルイズを支えるように後ろに座っているワルドは、今にも飛び降りる勢いのルイズを片腕一本で必死に
押しとどめていた。

「降ろしてっ! 降ろしてよっ! 」
「落ち付けっ! ルイズ! 君は君にしかできない重大な任務があるだろうっ!
君の使い魔が大丈夫と言ったんだ、それを君が信じてやれなくてどうするっ!」

半狂乱になって、いやいやをするルイズの顔を無理やり自分に向けさせ、底冷えのする鋭い視線で縛った
ワルドは、言い聞かせるように怒鳴った。
その言葉を聞いたルイズは、動きを止めた。
一転して能面のように表情の消えたルイズを、ワルドはそっと胸にかき抱いた。

「ハジ……」
「大丈夫だよ、メイジが付いているんだ。野盗の類であれば、曲がりなりにも負けることはないよ」

胸の中で小さな桃色の少女が己の使い魔の名を呼ぶ。
その声は見知らぬ地で親とはぐれ、不安に染まった子供が出す声のように心細く、消えそうで。
そして、何もできなかったという、無力感を浮かべていた。

羽ばたくグリフォンの上で、微かにしゃくりあげる少女を抱きかかえたワルドの視線が空に向かう。
少女に見られないように、口の端に浮かべた不敵な笑みと共に。
(野党の類なら……だがな)

震える少女と精悍な青年を乗せたグリフォンが夜空を疾駆していく。
それぞれの思いを乗せて。


―― BLOOD+ゼロ 10章――


早朝、魔法学院を出る際に、ワルドと言う精悍で凛々しい魔法衛士隊の隊長が同行を申し出た。
アンリエッタ王女に指示された。と言うことだったのだが、『わたしはルイズの婚約者だ』と来るなり一行に
爆弾を投じる。
そうですか。と無表情なハジを前に、顔を真っ赤にしながら、慌てたようにルイズが言いつのった。
曰く、子供のころの話だ。
曰く、親が勝手に決めたことだ。
しかし、幼いころから憧れていた事も事実であるルイズは、ワルドに『かわいい婚約者』と言われ、ハジを
気にしながらも、赤くなった顔は隠せなかった。
ルイズは赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて、慌てて、ぷいっとそっぽを向く。
そして請われるままにワルドと一緒にグリフォンに騎乗した。
グリフォンが力強く羽ばたいて空に舞い上がり、ルイズの視界が広大な空と同化する。
思わず感嘆の声を上げた少女に、青年貴族は優しげな微笑みを向けた。
憧れている人に、後ろから抱きかかえられている事実がルイズの顔を上気させ、慌てて視線を逸らした。
逸らした先は、土煙を上げながら大地を疾走する馬車だった。
直後に、ルイズは何故わたしはあそこにいないんだろうと、複雑な思いを抱えながら馬車を見つめた。

ギーシュとハジは、それぞれの荷物がとても馬にのるようなものではなかった為、馬をあきらめて小さい
二頭立ての馬車に乗り込むことになった。
ギーシュは使い魔であるジャイアントモールのヴェルダンデを、ハジはいつも抱えているチェロケースを
荷台に置く。
そして二人は御者台に並んで座っていた。

上空でワルドはルイズに、
『戦地のアルビオンに楽器を持っていく人間、いや使い魔は初めてだよ。いや、楽しくて結構なことだ』
とふざける様に笑った。
だが、その口調に微かに込められた侮蔑に気がついたルイズは、お前は戦場に遊びに行くのか?と言外に
言われているような気がして、視界が急速に灰色に色あせていった。
幼き日々にあこがれたワルドと言う人物はいつも優しく穏やかで、他人を侮蔑する様な人間ではなかった。
幼いルイズの目が純真過ぎたのか、この十年でワルド自身が変わったのだろうか? ルイズには答えが出せなかった。
なんにせよ、上機嫌なワルドに支えられ、陰鬱なルイズはグリフォンの上から御者台に乗るハジを見つめる。

精鋭のグリフォンと重量物を乗せた荷馬車では速度が圧倒的に異なるのは仕方がない。
森や渓谷の間を抜けるように作られている、れっきとした街道を通っているが、道は細く、手入れが
追い付かないのか石畳は荒れ気味であった。
荒れた石畳を荷馬車で疾駆するなど無謀極まりないのだが、空を飛び、あるいは街道を駆け抜けるグリフォンに
置いてかれまいとするギーシュ達は容赦無く馬に鞭を入れた。
しかし、厳選したとはいえ、ただの馬が長時間走り続けることなど出来ず、その日のうちにアルビオンへの港町、
ラ・ロシェールに到着することは叶わなかった。
ワルドの、今日中に着きたかったのだがね。という嫌味を聞きながらも、ルイズの強い要望で休息をとることになった。

ワルドの案内で、街道から少しそれた所にある、切り立った崖に囲まれた広場を落ち着く場所に決めた。
何組もの行商隊が休憩地として使っているのか、簡易ではあるがレンガ積みのコンロなども設置されていた。
主にハジが周りから集めてきた枯れ木を焚き火にして、各々の場所を作る。
なんとなくワルドの傍にいることに居たたまれなく感じていたルイズはハジの横に陣取った。
ハジの問いたげな視線に対して、『いいでしょ? 使い魔は主人の傍にいないといけないんだから』と顔を
少し上気させながら口を尖らせた。
軽口を叩く余裕もなく、疲れ果ててぐったりと突っ伏したギーシュと、相反するようにヴェルダンデが
生き生きと地面にもぐったり、ミミズを捕まえてきては得意げにギーシュに見せに来ている。
それを、微笑ましそうに見ていたルイズが、しばらくして、ぽつりとワルドの行為をハジに謝った。
お腹を刺激する匂いを出す鍋をかきまぜていたハジは、一瞬動きを止め『いえ、気にしていません』と微かに
微笑んだ。
何故かその表情を見て更に消沈したルイズが何か言いたげにうつむく。
しばらくもじもじしていたが、意を決した様にルイズが顔をあげる。

その瞬間、ハジの耳に風を切る音が聞こえた。崖の上から矢が射かけられたと悟ったハジは、チェロケースで
いつものように防ごうとした。が、荷台に置いていて手元に無いことに思い至り、咄嗟にその身をルイズの
盾とした。

鋭い風切り音と共に木を殴りつけるような音が連続して鳴り響く。

「ぬぅっ! 野盗か!?」

叫び声と共に、風の防壁のルーンを唱えたワルドがハジからルイズを引き離そうとした。

ハジに抱きしめられた。という事実しか分かっていないルイズは、『あ、だめ、そんな、突然……』と思いつつ
ハジの腕の中にいることに顔と頭が真っピンクになっていた。
痣になるほど強く掴まれた腕の痛みでようやく我に返ったルイズは顔をあげた。
ハジの安心したような顔と共に、肩から背中にかけて矢が数本刺さっている光景が悪夢のように目に入る。
ハジが庇っていなければ確実にルイズに刺さっていた矢だった。

再び風を切る音がして雨のように降り注いできた矢衾は、ワルドが張った風の防壁に触れた途端、
力を無くしてぱらぱらと落ちていく。
ようやく襲われていることに気がついたルイズの表情が強張り、彼女の中で止まっていた時間が動き出した。

「野盗だっ! ここは危ない。早く逃げるんだっ」

そう言ってワルドがルイズを無理やりハジの腕の中から引きずり出す。

「ま、まって、ハ、ハジに矢が刺さってる。ギ、ギーシュッ!?」

事態の展開について行けてないルイズが、慌てたように顔を巡らす。
目の前で人に矢が刺さっていくことなど見たこともないルイズには、自分がまだ夢の中にいるように現実感に
乏しかった。
よく見れば、ギーシュが矢が突き刺さった腕を抱えて倒れている。さっきまで元気だった知り合いが
傷ついて行く事実に、足ががくがくと震え、身動きすらできなくなってしまう。

「大丈夫です。行ってください」
「ハ、ハジッ」
「ほら、彼もああ言っている。ここは危ない、僕のグリフォンで飛べば安心だから、さぁ、早く」

ハジは安心させるようにルイズの肩に手を置いた。
ビクッと震える小さな肩を、涙目になって見上げる幼い顔を、そっとワルドの方へ押しやった。
ハジから離れたルイズの体を、ワルドは後ろから抱きかかえるように持ち上げてグリフォンを呼ぶ。
大きな羽音と共に忠実なる幻獣が舞い降り、流れるような動きでその背に飛び乗った。

「礼は言わん。ラ・ロシェールで待つ」

刺すような視線でハジを一瞥し、吐き捨てるように言ったワルドはグリフォンを空へと舞いあがらせた。
ルイズの刺すような叫び声も逞しい幻獣もあっという間に小さくなり、それと同期するかのように風の防壁も
効果が無くなった。

ハジは再び飛んできた矢を手で払い、ギーシュとチェロケースを拾って、その場から一気に飛び離れた。
目標を失った矢はむなしく地面に突き刺さる。
人の気配のない、森の中へギーシュとチェロケースを抱えて一瞬で移動したハジは、大きな朽木の影に
ギーシュを横たえた。

「大丈夫ですか?」
「い、いたいよぉ」
「すこし我慢してください」
「ぐぁっ!!」

ハジは森の暗がりの中でギーシュの腕を貫通した鏃を折ってから矢を抜いた。マントを引きちぎって
猿轡のようにしてギーシュに咥えさせていたため、ギーシュの叫びはくぐもった声となり、森に
響き渡る事はなかった。
傷跡から広がる濃密な血の匂いに意識が飛びそうになったハジだが、軽く頭を振って意識を引き戻し同じく
引き裂いたマントで止血する。
毒を塗っている様子はなく、破傷風さえ引き起こさなければ、なんとかなるだろう。
向こうの世界ではかなりの重傷だが、こちらの世界では、魔法という便利なものがある。
一方的に襲われ、矢傷を負ったギーシュは、痛む腕を抱えて滲む涙をそのままに朽木に力なくもたれかかった。
その様子をみて、とりあえず命の心配はないと判断したハジは、ようやく自分に突き刺さっている矢を抜いた。

朽木の上に飛び乗り辺りを確認すると、野営地の周りに松明らしき火がいくつか動いている。

おかしい。
ハジは違和感を感じていた。この世界の盗賊の実態は知らないが、矢の狙いや威力、統率された行動は
軍隊特有の動きではないのか?
もし仮に盗賊としても異常なまでに統率のとれた集団であって、こんな少数の旅人を無目的に狙う事は
ないのではないだろうか。
あるとすれば、ルイズの身元が分かっている時、公爵家からの身代金目的の誘拐と言う線か、ルイズの目的が
分かっていて、達成されると都合が悪い場合。
しかし、身代金目的であるならば、死ぬ可能性の高い行為、例えばいきなり矢を射ることはないだろう。
目的が問題としても、王女からの直接依頼で、かつ昨日の今日である、この線も考えにくい。
誰かが裏切っているとしても、生徒と王女の親衛隊隊長でもあるルイズの婚約者。やはり考えられない。
となると偶発的なのか?
ハジには今の段階で結論を出すことはできなかった。

ふと気がつくと、野営地に集まっていた松明が三々五々散り始めていた。その動きから解散したとは考え
られない。
追い立てるつもりらしいが、わざわざ付き合って不必要な戦いはしたくない。逃げるか。

撤退する決断を下したハジは朽木から下りた。


自分の脈動に合わせて、ハンマーで殴られるような痛みが全身を痛めつける。
心臓が鼓動するたびに響く疼痛に恨み事を言いながら、涙をこらえてギーシュは蹲っていた。
矢で実際に腕が貫通する怪我を負ったのは初めてだった、その衝撃に慄いていたのだが、傷口を縛られ、
徐々に痛みに慣れてくると、尻尾をまいて逃げようとしていた自分に腹がたってきた。
なんで、僕がこんなに泥まみれになって逃げなければならない? なぜだ?
僕が本気になったら、平民の弓矢くらいでおろおろすることもない。僕は貴族だ、メイジだ。
そうか、僕が本気になってなかったからだ。本気になれば、こんな敵なんて問題じゃない。
たまたま疲れているところを不意打ちされて負傷したからだ。
だったら本気を出せばいい。本気を出せば弓矢を持った平民なんかに負けることはない。

「もう許さないっ! このギーシュ・ド・グラモン。トリステイン貴族の意地を今こそ見せてやる!」

一種の高揚状態に入ったギーシュは立ち上がり、胸に飾っているバラを模した杖を掲げた。

「落ち着いてください、今は逃げます」
「バカを言え、あんなやつらなんか蹴散らしてやる。突撃だ!」

朽木の上から降りてきたハジはいつものように静かに言った。その静かな声に苛立ったギーシュは、
ぎらぎらした目で見返す、ふんっと顔を反らした少年は痛む腕を抱えつつ薔薇杖を振ってルーンを唱えた。
バラの葉っぱが舞い、青銅製の女戦士を模したゴーレムが五体ほど現れた。

「相手は多数ですし、戦う意味はありません」
「う、う、う、うるさい、逃げない! 僕は逃げないぞ! グラモンの名誉にかけて僕は闘う!」

繰り返し、止めようとするハジに腹を立てたギーシュは、裏返った声で叫んだ。

なぜ止める? なぜ戦わない?
ギーシュとて、名門グラモン家の嫡流、元帥である父の薫陶を受け、「命を惜しむな、名を惜しめ」の精神を
叩き込まれている。
平時ならいざ知らず、王女の勅命を受けている自分、それを襲う敵になぜ尻尾を巻いて逃げられようか。
それこそ名を汚す行為である。
自分は王女の勅命を受けた、いわば王女の騎士。
それが山賊ごときに矢を射られたからといっておめおめと逃げられようか。
たとえ敵が無数にいようとも、僕は決して引かない!
ギーシュの頭の中では既に吟遊詩人に歌われるサーガの主人公としての自分が確立していた。

ただ、現実はそれほど甘くはなかった。ギーシュの上げた声に気がついたのか野盗達が声をあげて
集まってきつつある。

「臆病風に吹かれた君はさっさとルイズのところへ行くがいい! ワルキューレッ!」
「……」

吐き捨てたギーシュは、ハジに目もくれず、明かりの方に向かって行った。

少年の無謀な突撃を見送ったハジは、溜息をついてチェロケースを担いだ。
義務感や貴族としてのプライドがあるのだろう。それを無碍に押しつぶすのはよくない。しかし、これ以上
怪我をされるのもまずい。
とりあえず、死なない程度に満足してもらおうと。

ギーシュの魔法、ワルキューレ。青銅製の女戦士のゴーレムを錬金して術者の代わりに戦わせる。
使い方によっては非常に有効な魔法も、欠点が一つあった。

「こう暗いと何も見えないじゃないか」

曇天の夜の森の中。広場の方で燃えている焚き火や松明の明かりは見えるが、森に侵入している山賊どもは
当然分からない。先行させていたワルキューレも、木に引っ掛かり、まともに動けない。
仕方がないので一旦元に戻し視界の確保できる広場に出ることにした。
そう、ワルキューレに限らずゴーレム系の魔法は術者がコントロールしなければならない。術者が
認識できない相手には、ただの木偶の坊になり下がる。結果的に暗闇で夜目も利かない今の状態では
役に立たないということ。

じゃあ、明るい所に出ればいい。と安易に考える所が、まだ実戦の怖さを知らない少年の迂闊さだろうか。

伸ばした自分の手の先も見えないような闇の中で、木々の間から洩れてくる松明の明かりを頼りに、手探りで
一歩一歩進んでいくギーシュ。
根っこに引っかかって転び、木に当たって顔面を痛打し、山賊をやっつけるどころか、歩くたびに気力が
萎えていく。

あと少しで広場に出る。と思った瞬間、広場に巨大な炎が舞い上がる。
山賊どもの悲鳴が上がり、強烈な炎の輻射熱でギーシュの顔が熱くなった。

「な、ななな、なんだ? どうした?」

状況を見極めようと一歩踏み出すと、そこには地面がなかった。
バランスを崩して、地面に穿たれた穴に落ちたギーシュだが、ふかふかと耕された土がクッションになって
怪我などはしなかった。
いきなりの状況に顔をすり傷だらけにしたギーシュは、ぽかんと呆けた。
その顔に、ふんふんと鼻を鳴らしたジャイアントモールが心配そうに体を擦り寄せた。

「ヴェルダンデ?」

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

「どう? タバサ」
「見つけた。あの光」

シルフィードに乗ったキュルケとタバサは、空から街道に沿って飛んでいた。
朝方、ルイズ達が出かけたのに気がついたキュルケは、しばらく様子を窺っていたが、昼になっても戻って
こないので、慌ててタバサをひっ捕まえて、フレイムを連れてシルフィードで後を追い掛けた。

とりあえず、魔法学院の周囲の街道沿いの村や店に聞きまわった。
グリフォンが走った後、馬車が爆走すると言う目立つ一行なので、比較的簡単にラ・ロシェールへ
向かっていることが分かった。あとはその街道を追っかけるだけ。
ただ、出だしが遅れたので、すっかり日も暮れてしまっていた。
そして辺りが真っ暗になったころ、街道沿いに小さな明かりを見つけた。

「どこどこ? なんか小さいのが一杯光ってるわね」

タバサの指差した方向を、後ろに座っているキュルケが肩越しに覗き込んだ。
キュルケに包まれるように抱きつかれ、息吹を首筋に感じたタバサが顔を微妙に赤くしていたのだが、幸か
不幸か見られることはなかった。
シルフィードの体をぽんぽんと叩くと、頭のいい風竜は速度を上げて光の方向に向かう。

「きゅいっ」
シルフィードが何かを見つけたように声を上げた。と同時に翼をたたんで高速で広場の上を通過する。
背に乗った二人にも分かる様に体を傾けて、弧を描くように一周してから離脱した。

「見た?」

タバサは返事の代わりに、こくんと頷いた。
広場に展開していたのは、明らかにトリステインではない兵士達であった。
そして、荷馬車。魔法学院の刻印の入った荷馬車が無残にも破壊されていた。数名がその荷馬車をひっくり返し、
数え切れない程の弓を携えた兵士が、森に向かって構えていた。

一旦離脱したシルフィードの上で、キュルケが燃えあがるような髪を怒りで逆立てていた。
あの現場にルイズもハジもギーシュもいなかったので、まだ無事なのだろう。森に注意が言っているところを
見ると、三人は森に逃げ込んだか。あるいは幾人かはグリフォンで逃げたか。
まあ、ハジが付いていて、ルイズが傷つくとも思えない。
キュルケ自体はトリステインの人間でもない留学生ではあるが、同時にトリステイン魔法学院の人間である。
その魔法学院の友人が、無法にも外国の兵士に襲われている事実。
キュルケにとっては宣戦布告にも等しい行為だった。

「許せないわね」

ポツリと呟いたキュルケに、タバサが頷いた。
いつも饒舌なキュルケだけに、短い言葉には抑えきれないほどの怒りが込められていた。
同じく、無言のまま頷いたタバサも杖を握りなおす。
上空で旋回したシルフィードが、もう一度広場の方に翼を向けた。

「タバサ、ちょっとあそこは任せてくれない?」

怒りを込めた静かな声は、まるで灼熱の溶岩のようだった。
はっとして振り返ったタバサは、不敵に笑う親友を見た。

シルフィードが再び広場に向かう、その背でキュルケとタバサは杖を構えてルーンを唱える。
広場の中央にキュルケが炎・炎・炎とを三乗がけして放った炎の柱が燃え上がる。その炎の中心にタバサが
レビテートで落下制御したフレイムを落とした。
地上から闇夜の中で高速で飛ぶシルフィードはなかなか視認できないが、フレイムの巻き起こす炎は
闇夜であれば格好の目標だ。
ただ、今は地上に立ち上った炎の柱に捲かれた兵士たちの悲鳴で混乱しており、空から落ちてくる炎に
弓を向ける者はいなかった。

「やっちゃいなさい、フレイムッ」

そう叫んだキュルケの言葉と同時に、炎の中で気持ち良さそうに伸びをしたフレイムが、口をぱかっと開けた。
にっこにこしているフレイムが周りの炎を巻き込みながら、更に巨大な炎を吐きだした。

「るるる~♪」

フレイムはまるで歌うような鳴き声を発し、水を得た魚のように生き生きとしていた。
普通の生物であれば焼き尽くされるような高熱の炎の海も、フレイムにとっては心地いい環境。
ある種の絶対結界の中で、回りの炎を吸収しながら、今までのうっ憤を晴らすかの様に一方的に炎を吐きまくる。
その姿は、まるで火炎放射器の砲台のようだった。フレイムによって広場一帯が、森が炎の海と化していく。

「やりすぎ?」
「……かも」

シルフィードの上で、広場の惨状をみていたタバサがぽつりと漏らした。
情け容赦無い炎の洗礼は、兵士を巻き込んでいく。
逃げれる兵士は一目散に逃げていき、炎に捲かれた兵士は、見るも無残な黒こげの状態になる。

「フレイム、やめなさい」

さすがにこの状況までは想像していなかったキュルケはフレイムを止めた。
同時に延焼を起こし始めた箇所にタバサが二つ名にふさわしいブリザードを放って炎を消していく。

「しかし、これは……、我ながらやり過ぎたわ」

鎮火してようやく大地に降りたタバサとキュルケが辺りを見回した。
大地は黒く焦げつき、森の周辺が燻っていた。タバサのおかげで、それ以上の延焼は防がれたが。
るるるん♪ と鳴きながら、フレイムが嬉しそうに寄ってきた。
キュルケは耐熱手袋をつけて、よしよしと頭を撫でる。

「キュ、キュルケッ」
「ギーシュじゃないの、その怪我、あんた大丈夫?」
「あ、ああ、僕は無事だ、燃やされかけたけど、ヴェルダンデが助けてくれた」

その声に誘われたのか森の中から、ヴェルダンデに乗って腕を抱えたギーシュが出てきた。
いつもはにやけている顔も、土だらけ煤だらけ擦り傷だらけになって憔悴して見る影もない。
その変わりように、ぎょっとしたキュルケが慌ててギーシュを支える。

「ルイズ?」
「一足先に向かいました」
「うわっ、びっくりした、いきなり出てこないで、びっくりして心臓が止まるかと思ったじゃない」
「すいません」

二人がはっとしたようにタバサを見た。ギーシュが口を開いて答える前に、いつの間にか二人の背後に
立っていたハジが答えた。
そもそもタバサはハジに向かって聞いたのだが、気が付いていなかったキュルケとギーシュは、背筋に
いきなり氷と押し当てられた様に驚いた。
二人の涙目になった抗議を素知らぬ顔で流しながら、ハジはグリフォンが去った空を厳しい表情で見つめた。

幾多の戦場を駆け抜けた経験が、警告を出す。

――致命的な間違いをしたかもしれない。と。