シュヴルーズら土系統の教師陣が錬金で宝物庫の外壁を修復しているのを横目に見ながら、集まった教師達は
事の深刻さに頭を悩ましていた。
鉄壁と思っていた宝物庫がたった一人のメイジに破られたこと。
幸いにして未遂に終わったが、次もそうなるとは考えにくい。

警備を厳重にせんといかんじゃろな。と教師達が騒いでいるのを横目にオールド・オスマンはひとりごちた。

「しかし、ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはのぅ」
オスマンは風通しの良くなった宝物庫を見まわしながら、自らの髭をゆっくりと撫でる。
ミス・ロングビルはオスマン自身ががスカウトした秘書だった。
……お尻を触ってしばかれたことが出会うきっかけだったとは口が裂けても言えないのだが。

魔法も使える身でありながら、給仕をしているという所に、なにか事情があるとは思っていた。
他国の間諜を疑ったが、それにしては魔法を使えることを申告するなど、間諜としては言動がおかしかった。
ただ、市井の店で給仕をするメイジというのはちょっと、いや、かなり普通では無い。
非常に危なっかしいので、自分の管理下に置いたほうが安全なのではないか? と判断して雇い入れた。
秘書として若い女の子が欲しかった。などとは断じて思っていない。
日々の生活でそれとなくお尻を撫でたり、モートソグニルを使って監視をしていたが、外部の人間と接触を
とることもなく、外出するでも無し。
ひょっとして思い違いじゃったか? と気を許していた矢先だった。

「まあ、相手が上手だったということじゃの。まだまだ修行が足りんわい。
……しかし、あのお尻は惜しかったのう」

オスマンは軽くため息をついた。


「しかし、我等が魔法学院から宝物を強奪しようとは、身の程知らずもいるものですな!」
「はぁ。しかし、たまたま彼等が遭遇したからよかったものの、誰もいなかったらと考えるとぞっとします」
「ふん、所詮は学生が捕まえることができる程度のこそ泥だったということだな」
「ミスタ・ギトー、確かに学生たちが捕まえたのは事実ですが、土くれのフーケという怪盗が
引き起こしてきた数々の事件を忘れてはなりませんぞ」
「ふん、私が当直であったならば、あっさりと捕まえていたのは確実ですな。ミスタ・コルベール」

「まあまあ、で、そこの3人じゃったかの、土くれのフーケを捕まえた学生達というのは」
「ええ、この三人です」

しばらく考え事をしていたオスマンが、目の前で激しく詰りあっている教師の会話に割り込んだ。
いい加減、一部教師の自己中心的な物言いに飽き飽きしていたコルベールはその言葉でパッと目を輝かし、
後ろに控える生徒達を手招きする。

コルベールの視線は、そのまま桃色の髪の生徒を守る様に壁際に陣取るハジと交錯する。
厳密にいえば、土くれのフーケを捕まえたのは、ハジだったらしい。
たまたまコルベールが最も早く現場に到着したのだが、その時にはフーケは杖を取り上げられて、
暴れるでもなく覚悟したように静かに座っていた。
フーケがミス・ロングビルだったことには心底驚いたしいろんな意味で残念だったが、明らかに怯えたような
視線を時々ハジの方に向けているのを前にして、ミス・ヴァリエールの召喚の際に感じた自らの勘の正しさを
再認識した。
一瞬で脳裏を駆け巡った思考を追い出して、コルベールは生徒達に前に出るように促した。

「ふむ、君たちじゃったか。まずは、よくやってくれたのぅ。君たちのおかげで、秘蔵品を盗まれた
学院という 不名誉を被ることを未然に防ぐことができたわい。更に、土くれのフーケを捕まえたという
大きな、まことに大きな功績をあげてくれた。これは学院全体の名誉でもある。学院の誉れじゃ」
「ありがとうございます」

コルベールに紹介された三人は、微かに緊張を含んだ表情のまま横に並んでそっと礼をする。
にこやかな表情のオールド・オスマンはそれぞれの顔を一通り見渡した。
その様子に、修復を終えた教師達も、先ほどまで口論寸前だった教師陣も口を閉ざしじっと見守っている。

「フーケは先ほど城の衛士に引き渡した。そして、君たちの”シュヴァリエ”の爵位の申請を出しておいた。
まあ、ミス・タバサは既に”シュヴァリエ”の爵位を持っておるから精霊勲章だがの」
「ほんとうですか?」
「わしは嘘は言わんよ、あの土くれのフーケを捕まえ、際どいところで破壊の杖を盗まれることを阻止した。
これはいまだ、いかなる貴族であっても成し遂げていない大きな功績じゃ。
上申は妥当なものじゃし、ほどなく受理されるじゃろうて」

その言葉に顔を見合わせた三人であった。
学生の段階でのシュヴァリエの称号の叙爵など滅多にない。と言うより、まずあり得ない名誉なことだった。
ルイズは抑えきれないような喜びの表情を浮かべ、キュルケもまんざらではない表情で微笑んだ。
タバサだけは相変わらず無表情だが、微妙に目が笑っているように見える。
相変わらず無表情なままで、入口近くの壁際にそっと佇んでいるハジの黒い姿を眼の端でとらえたルイズが、
表情を曇らせた。そういえばオールド・オスマンの言葉にハジという名前は入っていない。
今回の功績の大半はハジだというのに、ハジには何もない。
ルイズはその点に気づいて、高揚感が一気に吹き飛んだ。

「……あの、オールド・オスマン。よろしいでしょうか?」
「何かね? ミス・ヴァリエール」
「ハジには、何もないのでしょうか?」
「ふむ。そうじゃのう。一緒に上申したいのは山々なんじゃが、残念ながら彼は君の使い魔だ。
使い魔の功績はそのまま主人の功績となる。君はそのことを誇りなさい」
「ですが」
「慣例とはそういうものなのじゃよ。ミス・ヴァリエール。とはいえ今まで人間を使い魔にするなんぞ
聞いた事もないからの、使い魔という範疇に入れてよいものかどうか分からんのじゃがな。
まあ、とにかく、今回はあきらめなさい。」
「……分かりました。」

ルイズの問いかけに一瞬だけ表情を曇らせたオスマンだが、すぐに好々爺の表情に戻り、とぼけたように
髭を撫でる。
平等なのは学院の中だけであり、外に出れば厳然とした階級社会である。いくら最低位に近いとはいえ、
シュヴァリエの称号は貴族の一員であることを示す。
身元の不確かな、貴族でもなく、ましてや使い魔という立ち位置の人間に爵位を上申するわけにはいかない。
さらに言うと、ハジという存在はもう少し隠匿して置きたかった。
オールド・オスマンはそんな狡猾な老策士の顔を隠して学院長の皮をかぶる。

不承不承ながらも、引き下がったルイズに心の中で”すまんのう。”と声をかけつつ、オスマンは手を叩いて場の解散を命じた。

「よし、では解散じゃ、明日の夜は”フリッグの舞踏会”じゃ、主役は君たちに決定であるからして、
せいぜい着飾るのじゃよ」


―― BLOOD+ゼロ 7章――


三々五々と散っていく教師達に合わせてルイズ達も部屋を出た。
廊下に出てふっと振り返るといつも一緒にいるハジの姿が見えない。
慌てて出たばかりの扉を除くと、ハジが何か考え事をしているように手を顎にあてていた。

「ハジ?」
「先に戻っておいてください」
「行きましょ、ルイズ」

ハジの静かな、しかしいつもと少し違う声に、ルイズが言葉を失った。
硬直したようなルイズの腕を、キュルケがそっと掴んで不安な表情のルイズを引っ張る様に連れて行った。
足音が遠ざかり、やがて学院長とハジだけが静寂の中に残った。

「話し難い話題の様じゃの。こっちに来なされ。で、なんじゃ? 座らんか?」
「いえ、このままで」

宝物庫に備え付けてある椅子を魔法で取り寄せたオスマンが促したが、ハジは静かに首を振った。
老人が椅子に腰を据えるのを見たハジは、ゆっくりと肩に背負ったケースを置く。
深淵の闇のようなハジの漆黒の瞳が老人を射抜き、オスマンは真っ向からその視線を迎え撃った。
オスマンは、初めて見るその眼に、コルベールの心配もあながち的外れではないように思えてきていた。

あの眼は戦いに疲れた目だ。

幾多の戦場を戦い、絶望し、数多くの死を見てきた目。
しかし、この若者がここまで磨滅する様な悲惨な戦争は、オスマンの知る限りしばらくなかった。
徐々に緊迫してきてるとはいえ、少なくとも見掛け上は一種の小康状態で国家間抗争の凪の状態だった。
多少は小競り合いで人死にはでるが所詮その程度のものはず。
どうにもわからんわい、と視線を先に外したのはオスマンだった。首筋を叩き、強張った体をほぐした。

「年寄りになんてことをするんじゃ。で、なんじゃね?」
「あの、”破壊の杖”と呼ばれているもの。あれは私の見知ったものです。あれはどこで入手したのですか」
視線による圧迫を暗に揶揄したが、ハジは気にしたふうもなく言葉を発した。
その意味を理解したオスマンの動きが止まった。オスマンの脳裏に、ひとつの言葉が淀んだ澱の中から浮かびあがる。
しばらく視線を彷徨わせていたが、溜息をひとつついて懐かしそうに思いを馳せる。
ハジは何も言わず黙ってオスマンの返答を待っていた。

「ふむ、教えたいのは山々じゃが、あれはもらったものじゃ」
「もらった?」
「そう、三十年ほど前に、私の命を救ってくれた恩人が持っていたのじゃ」
「その恩人は?」
「残念ながら、私の命を救うのと引き換えるように亡くなった。もともと重傷であっての、
治療呪文も効かなんだ」

しばらくして、オスマンがぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
その思い出には苦いものがあった。
何もできなかった無念さ、ただ、助けられたという事実。そして助けることができなかったという過去。
ニガヨモギを噛んだような表情でオスマンは続ける。

「……何か言っていましたか?」
「そうじゃのう、ほとんど意識が戻らなんだからのう、ただ、『元の世界に戻りたい』と
熱にうなされるたびに口にしとった」
「……わかりました」
「なぜ、そのようなことを聞く?」

挑む様なオスマンの視線に、今度はハジが視線を外す。
ふっと壁まで歩いて行ったハジが既に修復された壁に手を当て、空の方向を見上げる。
宝物庫ゆえ、この部屋に窓はない。
なのでハジには壁しか見えていないはずだが、オスマンにはその行動がとても悲しいものに見えた。
壁の方を向いたままハジが口を開く。

「あれは私の世界の武器です。そして、その世界に月は二つもありません」
「……ふむぅ、なるほど、そう言うことか」
「戻り方の手がかりはありますか?」
「いや、わしにはわからん」
「……わかりました」

オスマンは、自分の想像が正しかったとハジの言葉で納得した。
目の前の青年は、この世界の人間ではない。かつての恩人と同じく別の世界の人間だと。
であるならば、返すことは困難なのではないか?オスマンはそう感じていた。

ハジは、オスマンの回答を聞くと巨大なケースを肩に担いで、部屋を出て行こうとした。

「ハジ君といったかの? どうじゃ、こっちにずっといる気は無いか? 結婚相手が欲しければ、
極上の娘さんを探してあげよう」
「……私は何があっても戻らねばなりません」

以前返せなかった恩を思い出したオスマンは思わず引きとめた。が、その言葉を聞いた時のハジの表情に、
軽がるしく口にするのではなかったと後悔した。
音も無く閉まった扉を見て、オールド・オスマンは大きなため息をつき、無意識のうちに握りしめていた拳を
開いた。
手のひらにはじっとりと汗がにじんでいた。

「ふぅ、何をしたらあんな眼になるんじゃ。あんな悲しく、空っぽの、虚無のような眼に。
……ミス・ヴァリエールには荷が重いかもしれんのぅ」

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

この一週間ほど、ルイズはなぜかキュルケ、タバサと一緒に行動することが多くなった。
ルイズの行動はあまり変わっていないのだが、ハジを狙っているキュルケが、あの決闘の夜以来、何かと
ルイズに話しかけてくるようになったのだ。
一度、なぜ頻繁に話しかけてくるのか聞いてみた。

「え? そりゃぁ、ハジが貴方の使い魔だからに決まってるでしょ」
「ハジは私の使い魔であってあんたの恋人じゃないって、何度言えば分かるのかしら? キュルケ」
「なに言ってるのよ、恋愛に障害なんてつきものじゃないの。そんな障害があるからこそ、燃え上がるんじゃないの」

髪をかき上げながら、さも当然のように熱っぽく語るキュルケの視線は、当然ながらハジに向いている。
その態度にルイズはいつものようにわなわなと震えつつ、おもむろに杖を取り出した。

「いいいいいいい根性じゃないっ」
「やだ、こんなところで爆発させないでよ」
「あんたがそうさせてるんでしょ」
「あ~やだやだ、もてない女の僻みって怖いわぁ」
「ツェルプストー、喧嘩売ってる?」
「……大バカだからかしらねぇ」
「なんですってぇ」

キュルケの言葉に本気で呪文を唱えかけたルイズだが、ふっと真顔になったキュルケとその言葉に
意表を突かれ、思わず動きが止まった。
胡散臭げに見つめるルイズを横目にキュルケが一転して楽しそうに笑う。

「話しかけてる理由ね。以前は箱入りのバカだと思ってたけど、今は違うわ」
「なんだって言うのよ」
「あなたはね、救いようのない大バカだったのね、見てて飽きないわ」
「……」
「こらこら、本気で呪文を唱えないでよ」

ぴきっと青筋を立てたルイズが呪文を唱え始めると、本気ではないのが分かっているのかキュルケは
笑いながらフライを使って窓から逃げて行った。
フライが使えないルイズは、窓枠から身を乗り出しつつ地団駄を踏んだ。
しばらくたって我に返ったルイズは、ツェルプストーの人間とこんなに親しく会話ができていること自体が
信じられなかった。しかし、薄暗かった学院生活がなぜか明るくなったように感じるのも事実だった。

キュルケと一緒に行動すると、当然ながらキュルケの友人のタバサとも同席することも多くなる。
無口な少女だが、その実力と知識は相当なものがあった。
たまにいなくなったりするが、大抵の場合は図書館にいけば一心不乱に本を読んでいる姿を見つけることが
できる。
読んでいる本のタイトルをこっそり見たこともあるが、危険な幻獣についての本であったり、古代の魔道具に
ついての本であったり、古今東西のありとあらゆる書物を読んでいるらしい。
ルイズ本人も図書館をよく利用するので、タバサの姿を見たことがあるはずなのだが、ほとんど印象に
残っていない。が、タバサの方はしっかりと記憶しているみたいだった。

ある日、タバサと図書館でばったり会った。
ルイズが席を探してきょろきょろとしていると、本を抱え歩いてきたタバサが図書館の一角を指差した。

「貴方の席」
「え?」
「貴方はいつもあそこで読んでいた。私はあっち」

そう言って、何事もなく図書館を出て行ったタバサを、ルイズはぽかんと見つめていた。
確かに、タバサの示した席は何となくルイズのお気に入りの席で、ちょくちょく座っていた。それをタバサは
覚えていたのだろう。
よく考えてみればタバサの方から声を掛けてられたのはルイズにとって初めての経験だった。
なんだかルイズは嬉しくなってふふっと微笑んだ。軽い足取りへ”いつもの席”に向かう。

こうやって落ち着いて周りを見ると、いろいろなことが分かる様になった。
錬金の授業で青銅のバラを錬金したギーシュは、いろんな女の子と話しているようで、結局はモンモランシーと
いう名の女の子のところでいることが一番多いとか、鼻ったれのマリコルヌは女の子に話しかけようとして、
あうあうと言葉を詰まらせて、撃沈していたりとか。

未だ”ゼロ”に限りなく近いが、功績を認められて自分の居場所ができたルイズは入学してから最近まで、
いかに視野が狭かったのか改めて思い知らされていた。

ふと振り返ると影のようにハジが付き従っている。

ルイズの使い魔、ハジ。

困ったような表情のハジの腕に絡まっている、赤いモノを力ずくで撤去することもしばしばあるが、
概ね平穏な主従関係だった。
あの日、どうやって動いているゴーレムの上からフーケを捕まえたか聞いてみたが、はぐらかして
答えてくれなかった。あまり話したがらないというより、悲しい目になっているのに気がついたルイズは、
それ以上追及できなくなった。
いつも静かに、見守る様に従ってくれる年上の青年。
暇なときはチェロを弾いており、授業の時などは時折中庭の方から静かな曲が流れてくることがある。
どうも固定のファンが付いているような噂話も耳に入る。

ただ、ハジの周辺で最近はルイズの神経を逆撫でするような問題が発生していた。

事の発端は”フリッグの舞踏会”でのこと。

舞踏会の席上で学院長のオールド・オスマンから、宝物庫襲撃の事情説明があり、土くれのフーケ捕縛の
功労者としてルイズ、キュルケ、タバサが紹介された。
まさか、あのゼロのルイズが、あの土くれのフーケを捕まえたということに会場が蜂の巣をつついたような
騒ぎになった。

その興奮も冷めやらぬ間に、ルイズはヴァリエール公爵家令嬢に相応しい艶やかな白の豪奢なドレスを着て、
黒のフロックコートで正装させたハジをエスコート役にして会場に躍り出た。
実は出席に乗り気ではないハジを説得し、というより思いっきり泣き落して無理やり参加させたのだが、
一通りの社交儀礼の知識・経験を持っていた。嬉しい誤算だった。
ハジのエスコートはそれなりに洗練されていて、ルイズは安心して身をゆだねることができた。

ハジに手をひかれて典雅に舞い降りた姿に、今までゼロと侮っていた面々はショックを受けた。
そう、ルイズはメイジの実力ではゼロで学院でも最低レベルかもしれないが、れっきとした大貴族の令嬢である。
王族とも近いれっきとしたお嬢様である。
学院の中は、『身分は関係なく学ぶものはすべて平等である』という精神に満ちているところだが、
さすがに舞踏会という場では社交界での影響力が強くなる。

ルイズをエスコートした後、即座に場を辞そうとするハジを、ルイズは一度だけでいいから、という懇願に近い
泣き落としでダンスに誘った。
半ば脅迫じみた泣き落としに、溜息をついて肩をがっくりと落としながら、ダンスホールに出た目立つ二人は
周りの生徒の視線を釘付けにした。

男子生徒は主にルイズの可憐な美しさに眼が吸い寄せられ。
パートナーのいない女子生徒は暗い影のある貴公子然としたハジの手を取る自分を夢想した。

一曲舞ったあとに、ハジは逃げるようにその場を辞し、邪魔ものがいなくなったと争うようにダンスを
申し込まれたルイズはすべて丁重に断って、食事をメインにしているタバサの隣でタバサと一緒に
壁の花と化していた。

ふとキュルケは?と思って探してみると、女王蜂のように君臨した姿を見て思わず苦笑してしまった。

その日は確かにルイズ達が舞踏会の主役を張っていた。そして、その世界の中ではゼロのルイズと
蔑まれていた姿はどこにもなかった。

ルイズの短い一生のうちでも最も光に満ちた一日。今までの辛さを吹き飛ばすような一日だった。
自室に帰ったルイズは、嬉しくて思わず泣いてしまった。
ハジがどうしていいか分からないで、おろおろするのを見てまた笑った。
泣いて笑って幸せな一日だった。

明けた翌日から、ルイズのこめかみに青筋が浮き始める。
ルイズが目を離している間に、何故かハジが手紙を持っていたり、奇麗に包まれた袋を持っていたりする。
どうも、女子生徒の中で人気が上がってきているらしい。
確かに学院の男性と言えば、かなり年長の気難しい教師達か、軽薄浅慮な貴族の子弟ばかり。平民の下働きは論外。
学院を出れば、ハジよりも魅力的な男性はいくらでもいるだろうが、この限られた空間の中ではハジは明らかに
別格だった。

また、昨日のルイズの行動を見ていたのか、ハジがどうも女の子のごり押しに弱いということが知れ渡った
らしく、あの手この手の女の子の秘密兵器を使って無理やり押しつけられていたらしい。

夜、ルイズの部屋でテーブルの上に置かれたものを前に、部屋の主人は小さい体を思いきり反らして、
相変わらず無表情なハジを睨みつけた。身長差があるので、見上げる格好になって迫力はかけらもない。
ばんばんとテーブルを叩いて、手のひらと顔を真っ赤にしてハジに詰めよる。

「で、これは何?ハジ」
テーブルの上にある手紙を握りしめてハジにつきつける。

「手紙のようです」
ルイズの持っている紙の束を見てハジが答える。

「これは?」
テーブルの上にあるきれいにラッピングされた小箱を持ってハジにつきつける。

「お菓子だと思います」
小箱をちらっと見てハジが答える。

「で、それは?」
ぴくぴくと、こめかみを引きつらせながら、いつの間にか壁に掛けられている、物騒で細長い金属製品を指差す。

「剣ですね」
壁の方を見もせずにハジが答える。

「なんでなんで、貴方はそんなにプレゼントをもらってくるのよーっ!
っていうかそれはツェルプストーの剣でしょっ!!
捨ててきて!!」
「ハジッ、私の剣を捨てるの? 私が心をこめて選んだのに」

ルイズが叫んだ瞬間、ドアがバタンと開いて真っ赤な塊が飛び込んできた。
薄い挑発的なベピードールを着た塊は、唖然とするルイズに目もくれず、ハジの胸に飛び込んだ。
ハジの意外と筋肉質な体に腕を巻き付けたキュルケが、極めて女性らしい体を強調するかのようにハジに擦り寄り、
潤んだ瞳で見上げる。

「キュルケッ! いつの間に」
「あら、いたの? なによ、いいじゃない、プレゼントを贈るくらい」
「っていうかどうやって入ったのよ!」

目の前でハジに抱きついているキュルケを引きはがし、ハジとキュルケの間に割り込んでルイズが手をぶんぶんと振り回す。
キュルケはそんなルイズを面白そうに見ながら、さも当然のように扉を指差した。

「え? どこから入ったってドアからに決まってるじゃない」
「そっか、ドアからか。あら、タバサ。貴方も来たの?」

静かにはいってきた青い少女は、こくんと頷いてベッドにちょこんと腰かけた。

「……じゃなくて、鍵はどうしたのよ、鍵は!!」
「あー、アンロックしたわ」

一瞬納得しかけたルイズだが、我にかえってわなわなと肩を震わせる。
顔を引きつらせながら、ルイズは杖を引き抜いた。
プルプルと震える杖をキュルケに向けた。
キュルケもニヤッと笑っていつも身につけている杖をひきぬく。

「今日という今日こそは決着をつけてやるわ、ツェルプストー」
「大きく出たわね、あなたが私にかなうとでも? ヴァリエール」
「「この間の続き!!」」

いつかの繰り返しのような光景が目の前に広がった。
思わずタバサが杖を手にするが、キュルケとルイズはぎゃんぎゃん言い合いながら部屋を出て行った。

「仲がいい」
「そのようですね」

後には、無表情の二人だけが残った。
ぽつんと漏らしたタバサの呟きに、上から静かな声が降ってきた。
お互い顔を見合せて同時に苦笑した。今日の夜も遅くなりそうだと考えながら。