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モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシという名前の少女がいる。
”香水”の二つ名で呼ばれる少女にはお気に入りの場所がある。
そこは日差しが穏やかに差し込み、風がそよぐ気持ちのいい場所。そこに設置された瀟洒なベンチに座って、
所狭しと小瓶を並べたモンモランシーは恋人であるギーシュの為に香水の配合に余念がなかった。
ここ魔法学院の中庭は東西南北にそれぞれ設置されている広場ほど広くはないが、それなりに観葉植物が
配置され、小さいながらも噴水がある。
普段は自室で香水を作るのだが、気分次第で香水の調合に微妙に差が出るモンモランシーは、恋人に贈る
大事な香水を作る時、この場所を選んだ。
今作っている香水にはそよぐ風、静かな木漏れ日のイメージを込めた。
爽やかで、静かな落ち着いた香りとなるように。
ふと気がつくと、周りに人の気配がなく、授業が始まっている雰囲気がある。

「あら、またやっちゃった」

熱中し過ぎて、昼の休憩時間を大幅に超えたらしい。
焦ったように立ち上がって辺りを見回したが、諦めた様に腰をおろした。
どうせ、今から行っても間に合わない。さぼっちゃぇ、たしか昼一番の授業は水系統の授業だったはずだし。
昼の授業のスケジュールを思い出しながら、モンモランシーは自分を納得させて出席をあきらめた。

出来上がったばかりの香水の小瓶を開けると、程良く香りが漂ってくる。
熱中しただけに、我ながらいい出来だと思った。

店じまいを始めたモンモランシーが、ふと耳をそばだてる。
流れてきたのは、授業中に時折聞こえる音楽。
確かあの音楽を弾いているのはルイズが召喚した使い魔だったっけ? 頭の片隅で記憶をたどる。
調合用の器材を片付けつつ聞いていたが、静かな夜のような曲、流れる旋律と心に響く音色に
ついふらふらと音源を辿って行った。
中庭の奥まった場所で、観葉植物に囲まれるようにベンチに座り、目を閉じて無心で弓を繰っている
ハジの姿がそこにあった。
ここにいない誰かに聞かせているような演奏に、モンモランシーは邪魔したら悪いと思い、そのまま
立ち去ろうとした。
チェロを抱えて無心で弓を繰っていたハジが、手を止めてふっと目を開いたのは、まさにそんな時だった。

「あ、あの、特に用はないんだけど、音楽が聞こえたから。」

ハルケギニアでは珍しい黒眼に見つめられ、無性に気まずくなったモンモランシーは問われる前にあたふたと
言い訳を始めた。
平民だと言う噂だが、ずば抜けた長身がそうさせるのか、落ち付いた雰囲気がそうさせるのか、
いざ本人の前に立つと委縮して言葉づかいも平民相手のものでなくなってしまう。
その姿をじっと見ていたハジは、興味を失ったように視線を外して演奏を再開した。
居心地が悪くなって、立ち去るタイミングを失った少女は、そのまま手近なベンチに腰をおろした。

ハジの演奏が静かな中庭を物悲しい色に染め上げる。

無心に演奏を続けるハジに対して、モンモランシーはなんとなく話すきっかけが欲しかった。
思い出されるのは、十日ほど前のフリッグの舞踏会でのこと。

多分にもれず、ルイズのことをゼロと見下していたモンモランシーだったのだが、舞踏会では非常に珍しい
黒の衣装で正装した、ハジに連れられたルイズを見て正直うらやましかった。
ごちゃごちゃと飾り付ける貴族子弟と異なり、喪服かと見まごうばかりのシンプルな黒と花嫁かと目を
疑いそうなルイズの純白。

その対比が眩しかった。あくまでもルイズの影になり、主人を引き立てるハジという使い魔。
モンモランシーは、脳裏でその姿を自分と恋人のギーシュに置き換えて消沈した。
あそこまで影になる必要はないが、せめてもう少し落ち着いて、ルイズの使い魔の様に私だけを見てほしい。
私だけをエスコートして欲しい。そう思うとなんだか無性に自分に腹が立ってきた。

軽薄なギーシュが嫌だったら私が変えてみせる。ゼロのルイズになんか負けてなるものですか。
あと数年もすれば結婚しても可笑しくない。その時、隣に並ぶのがハジの様に落ち着いたギーシュだったら、
いいえ、落ち着いたギーシュにしてみせるわ。
心の奥底でメラメラと闘志を燃やし、握った拳を天高くつき上げる。

そんな思いを込めて作っていた香水。それが今、手元にある。
ふと、モデルにした当の本人に香水の出来を聞いてみようと思い立った。
ルイズがいればプライドが邪魔して、とても意見など聞きたくないが、ハジだけとなれば別、意地を張ることもない。

演奏を終えたのか、ハジがチェロを片付け始めた。
その動きに反応するように、モンモランシーは立ち上がって声を掛けていた。

「あ、あの、私が作ったこの香水の意見を聞かせてほしいの」

ふっと振り向いたハジの黒瞳に見据えられ、問いたげな質問に、あたふたと釈明じみた説明を始める。

「あ、あの、この間の舞踏会でのあなたのイメージを香りにしたのよ。私の恋人に、あの時のあなたみたいに
落ち付いた大人になって欲しくて、それで作ったわ。でも、せっかくだからあなたの意見も聞きたいの。
どうかしら?」

赤の他人に”私の恋人”という言葉を使うのが妙に気恥ずかしくて、一気に顔に血が昇って熱くなる。
胸の前で両手を握りしめ、火照った顔でハジにずいっと詰めよった。

「私に香水の香りは分かりません」
「いいの、意見を言ってくれたらそれだけでいいわ。だから手を出して。手首につけるから」

その迫力に押されるように、のけぞったハジに、モンモランシーは追い討ちをかけた。
戸惑ったようなハジを強引に押し切って、モンモランシーは自分の人差し指に香水を含ませて、
ハジの手を取り手首に擦りつけた。


「どうかしら?」
「しっかりした感じですね。カイを思い出します」
「カイって?」

モンモランシーの感想を待つキラキラとした目を見ながらハジは手首を鼻に近づけた。
その場に広がる香りは光と風。
カイ。小夜の兄。太陽と潮風で育った決して折れない炎のような心の持ち主。そんな幻想を呼び起した。
無性に帰りたくなった。あの沖縄の地へ、小夜が眠る地へ。全てを投げ捨てて、ただ、帰りたくなった。
ふっと目を開けると、じりじりと感想を待っている少女の顔がどアップで映る。
ゆっくりと幻想を振り払って自分の置かれた状況を思い出した。
深呼吸をして、少し気分を落ち着け、目の前の少女の質問を丁寧に黙殺した。

「いい匂いだと思います」
「ありがとう、あなたにそう言ってもらえたら自信が持てるわ」

ハジは、内心の葛藤を隠して淡々と告げる。
モンモランシーは、その言葉を聞いて大きく頷いてから跳ねるように去って行った。
その姿を見送ってから、ともすれば止まりそうな手を無理やり動かしてゆっくりとチェロを片付けた。
ルイズの授業はまだしばらく続くはず。
どっかりと腰を落としたハジは、暗い気持ちのまま空を見上げた。

沖縄の空と同じく、澄んだ青い空を。


―― BLOOD+ゼロ 8章――


午後の最初の授業をさぼる形になったモンモランシーが教室に入ったとき、ギーシュは別の女の子と話していた。
モンモランシーの姿を見かけたギーシュがまずい所を見つかった様に慌てて近づいてくる。そんな姿も、今のモンモランシーにとっては溜息がでる軽薄この上ない行為だった。
ギーシュの修飾過多な言葉を聞き流す様に席に座る。当然のようにギーシュも横に陣取った。

「ねえ、ギーシュ」
「なんだい、愛する麗しいぼくのモンモランシー」
「それはいいから、私、あなたに香水を作ったの。ちょっとした自信作だからつけて」
「ああ、なんという、ぼくの為に麗しの姫が香水を作ってくれるとは」
「いや、もういいから、だから、さっさとつけて」

教師の一本調子の授業が始まってしばらくした時、モンモランシーは隣に座ったギーシュに
出来上がったばかりの香水を渡した。
午後最後の授業とあって、かなりの人間がだれているが、教師はそんな生徒のことを完全に無視したように
授業を続けている。さすがに大きな声で雑談している訳ではないが、教室の空気の大半は声を殺した
ざわめきで包まれていた。
その中で、ギーシュが上げた声はひときわ大きく響き渡り、生徒達の呆れた様な視線と、教師の非難を込めた
視線が集中する。
モンモランシーは顔を真っ赤にして俯き、ギーシュは香水の小瓶を片手に意気揚揚としていた。
ギーシュが香水を軽く嗅いでから耳の後ろにつける。

「なんだか、今日のはいつもと違うけど、いい匂いだ」
「そう? 自信作なんだから」

目を閉じれば、漂ってくる匂いが鮮明に見える。いつものギーシュに特別製の香水が相まって、
”大人”になったイメージが浮かんでくる。
その夢のギーシュは静かな微笑みを浮かべて両手を差し出し、薄絹に包まれた自分はその胸に飛び込み、
優しく抱きしめられる。

ゆっくりと眼を開けると、鼻の下をのばしたギーシュがふんぞり返っていた。
思わず、後頭部をしばいてしまった。

「これはひょっとして、失敗作かしら」

涙目になって抗議するギーシュをあしらいながら、そう考えている間に授業が終わった。
授業の終わり頃から男子生徒と雑談に興じているギーシュを置いてさっさと教室を後にした。

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

教師に色々質問をしていたせいで、ルイズが教室を出たのは最後の方だったが、いつものようにハジは廊下の
壁に寄り掛かる様に立っている。
この光景は日常の一部となっていた。ミセス・シュヴルーズの最初の授業以外では授業中に使い魔を連れて
行くことは無い。従ってハジはルイズの授業中はどこかで自由に行動し、授業が終わるころになると
いつの間にか入口近くにいるというパターンが定着していた。
ただ、その日は違っていた。

「そこの使い魔の君、なんで君がその香水をつけているんだっ!
これはモンモランシーが僕の為にわざわざ作ってくれた香水だぞっ!
どういうことだっ! 説明したまえ」

金髪巻き毛のギーシュが、ハジに掴み掛らんばかりの勢いで問い詰めていた。
対するハジは、いつものように無表情にギーシュを見つめている。
その様子を野次馬な生徒達が遠巻きに輪を作っている。

「なに? どうしたの?」
「ああ、ゼロのルイズ、君の使い魔が、僕のモンモランシーの香水をつけているんだ、どういうことだい?
説明してくれないか?」
「香水くらいつけたっていいじゃない」
「普通の香水であればかまわない。だけど、この匂いはついさっきモンモランシーが僕の為に、と、わざわざ
作ってくれた香水と同じものだ」


口を挟んだルイズに矛先を向けて、目をぎらつかせたギーシュが喚く。その剣幕と血走った目に圧倒された
ルイズの足が一歩下がった。
ギーシュが嗅いでみろと香水の小瓶を突き付けてきた。どうしようかと思案しつつハジを見るとハジが
困った顔をしながら、そっと左手を出してきた。嗅いでみろと言うことらしい。
モンモランシーがギーシュに送った香水と同じというハジの匂いを嗅いでみたが、まったく違うものに感じる。
「どれよ、全然違うじゃない」
「君の鼻は飾りものか?」
「うっさいわね」

首をかしげながら感想を言ったが、我にかえってみるとハジの手をずっと握っていることに気が付き、慌てて
手を振り払う。後ろを向いて深呼吸して、一気に上気した顔を落ち着かせる。

「あら、ほんと、同じ香水ね」
「キュルケッ!」

胸に手をあてて、始祖ブリミルの難解な詩を暗唱してルイズが心を落ち着かせていると、横合いから豪奢な
燃える赤の髪がにゅっと突き出た。
しっかりとハジの手を取って、あまつさえその手のひらを自分の頬に添えようとする天敵から、ハジの手を
取り戻す。
けち。という表情のキュルケにアッカンベーを返す。
キュルケのこめかみがぴきっと引きつり、わなわなと握った拳が上がってくる。
そんな一触即発の状況を止めたのはギーシュの勝ち誇ったような能天気な声だった。

「ほら、見てみろ!」
「まあ、つける人によって匂いって変るからねぇ、ハジの方がよっぽど上品、あなたのは匂いに負けてるわね」

不機嫌になったキュルケは情け容赦ない感想をギーシュに叩きつける。
じろりと赤い目で睨まれたギーシュは言葉を失って口をぱくぱくと魚のように動かすだけだった。

「なななっ」
「もしかして、モンモランシーに愛想尽かされてんじゃないの? ギーシュ」
「まあ、ハジはいい男だからぁ、モンモランシーも乗り換えたんじゃないの? あんた浮気症だし」

辛うじて再起動しかけたギーシュに向かって、同じく不機嫌なルイズもここぞとばかり、辛辣な言葉を
投げつける。
ルイズの言葉は青年に足を踏み入れかけている少年の胸に大きな傷をつけ、キュルケがとどめを刺した。
かしましい二人の少女に翻弄されたギーシュは、もやもやとした感情のはけ口を、
口では分が悪い少女達ではなく、目の前の使い魔に向けた。

そもそも、お前がいるから悪いんだ。お前がいるから僕がこんなに責められるのだ。と。

妄想力豊かな彼の心の中で、自分の恋人を弄び襤褸切れのように捨てた間男と化したハジに向かって、
叩きつけるように叫んだ。

「くっ、そこの使い魔! 僕と決闘しろっ! どちらがモンモランシーに相応しいか見せてやるっ!」

その言葉で遠巻きに、いまかいまかと様子を見ていた生徒達がわっと歓声を上げた。
彼らのとって”決闘”とは、刺激的な娯楽であって、当事者達も本来の決闘とは異なる意味で使っていた。
ちょっと肉体的苦痛を伴うかもしれないゲームとして。また、学院の医務室に行けば治療に長けた水の
メイジがいる。多少の怪我でもすぐ直してくれる。その事も気楽に考える一因となっていた。
殺傷を禁じた学院の規範と貴族としての幼い矜持が”決闘”という単語を安易に口にさせていた。
これはルイズやキュルケにも当てはまる。そしてギーシュも何の認識も持たずに”決闘”を口にした。

「誰が相応しいかですってっ? ハジは私の使い魔よっ! モンモランシーなんか相手にしないわ!」
「私と言うものがありながら、モンモランシーなんか相手にしないわ!」
「キュルケッ! ハジは私の使い魔であって、あなたとは関係ないわ、何度言えば分かるの!」
「うるさいわね、使い魔とか身分とかは情熱の愛の前には関係ないって、何度言えば分かるの!」

ただ、ギーシュの失敗は、敵が目の前の相手だけではなかったことに気がつかなかった点にある。

ハジが反応する前にルイズとキュルケがギーシュの両方から、それぞれの耳を引っ張って力いっぱい叫んだ。
サラウンドで音波攻撃を喰らったギーシュが、一瞬意識が遠くなってくらくらする頭を抱えて崩れ落ちる。
目の前でぎゃんぎゃん言い合いを始めたルイズとキュルケを放心状態で見ていたギーシュが、ようやく
我にかえって立ち上がり壁をバンと叩いて二人を黙らせる。
胸に指している金属製のバラを模した杖をハジにつきつける。

「うるさいうるさいうるさいっ! 外野は黙ってくれ、とにかく決闘だっ!」
「ギーシュッ!」

声を張り上げたギーシュの元に金髪縦ロールの少女が飛び込んできた。騒ぎを聞きつけて慌てて駆け付けた
らしい。その必死な表情を見て、だらしなく相好を崩すギーシュ。
とっても妄想力豊かな、彼の頭の中には胸に飛び込んで泣きじゃくる少女のイメージが形作られていた。
虐げられた姫とそれを救う颯爽とした自分。大作恋愛劇が彼の脳裏で目まぐるしく駆け巡る。

「ああモンモランシー、可憐なぼくの妖精。ああ、そんな心配はいらないよ。見ててくれ。君に相応しいのは
ぼくだと証明してみせるよ」

脳裏に浮かぶイメージ通りにギーシュは両手を広げ、少女を向かい入れる。
ギーシュの幸せな想像は次の瞬間崩壊した。

「モンモランシー?」

小気味良い乾いた音と主に、ギーシュの顔が横を向く。
熱い頬に手をやって茫然としながらギーシュが呟く。目の前に涙をこらえた少女の顔が映った。
周りで囃し立てていた生徒達も、その様子を見て、触らぬ神になんとやらとばかりに、こそこそと立ち去り
始め、あっけにとられたルイズとキュルケだけが残った。

「ばかっ、ばかばかばかばか、ばかっ!
私がどんな気持ちで、この香水を作ったのか知ってるのっ!
私がどれだけこの香水に想いを込めたか知ってるの? そんなことも考えずにっ!
私の事もなにも知ろうともしないでっ!
何よ、何よ、何よ、決闘騒ぎなんか起こして!
それもよりにもよってルイズの前でっ! ルイズの使い魔が相手ですって!? 冗談じゃないわよっ!
そんな事の為に作ったんじゃないわよっ」
「え……?」
「もう、いいわっ、決闘でもなんでもしなさいよ、あなたなんかとは絶交よっ! ふんっ!!」
「モ、モンモランシー?」

よりにもよって貶しているゼロのルイズ、そして目標としているルイズ・ド・ラ・ヴァリエール達の前で
自分の必死の想いを崩されたモンモランシーは、悔し涙を流しながらギーシュの持っていた小瓶をひったくる。
自分の作った香水が何の役にも立たず、無力感を感じたモンモランシーは、窓から投げ捨てて走っていった。
余りにも自分の想像とかけ離れた展開にギーシュは頭がついて行かず、きょろきょろとあたりを見渡していた。
今、何が起こっているのか正確に把握できていないように。
ギーシュは右を見た、ルイズが渋い顔をしている。左を見た、キュルケが呆れたように溜息をついていた。
正面を見た。モンモランシーに道を譲ったハジがいた。
目の前の青年の目に微かな同情が見られるのは気のせいだろうか。
えーと、と、ポリポリ頭をかき始めたギーシュに、キュルケが救い船を出した。

「ギーシュ? なんかあんたの早とちりか誤解みたいよ? さっさと行ってきたら?」
「そ、そ、そうだねっ、モンモランシー! 待ってくれ」

その一言に、張り詰めたゴムが弾けるように、一目散にギーシュがモンモランシーを追いかけて行った。

「何あれ?」
「さぁ?」
「「あはは」」

顔を見合わせていたルイズとキュルケも、いがみ合う気力を失ったのか、乾いた笑い声をあげる。
空虚な笑い声だけが廊下に響いた。
観客がそそくさと逃亡し、ギーシュが走り去った後に残ったのは、痴話喧嘩に巻き込まれて気まずい
思いをしている三人だった。
一番の被害者であるハジはげんなりしたように、チェロケースを担ぎなおした。

「で、実際のところはどうなの? ハジ」
「いえ、香水の感想を聞かして欲しいとのことでしたので」
「で?」
「それだけです」
「は?」
「あははっ、そんなことだろうと思ったわ。あなたも災難ね、ハジ」
「いえ」

二人の視線が、憐憫の色で染まり、同時に溜息をついた。
キュルケが頭をがしがしと掻いてから、気分転換にと誘ったお茶会にルイズも素直に首肯する。

翌朝、教室の中は一種独特の雰囲気だった。朝の食事にも出てこなかったモンモランシーを見つけたギーシュは
一目散に駆けよって御機嫌をとっていた。

「モンモランシーッ、機嫌を直してくれないか?」
「いやよ。この際だからはっきり言うわ。
私。軽薄で、何も考えてなくて、ただその日を過ごしてるだけの、おバカな人はもう嫌なの。
もっと大人で落ち着いた人がいいわ」
「モンモランシー」

つんと顔を背けられ、情けない声を上げるギーシュを見たルイズは、前に座っているキュルケの赤い髪を
見ながら呟いた。

「まだやってる」

この気まずーいオーラで暗くなった教室を救ったのは、担当教師のコルベールだった。
手を叩いて注意を促しながら入ってきたコルベールの、あまりにもな衣装に教室が沈黙の魔法がかかったように静かになった。
気まずーいオーラ発生機の二人ですら同じくキョトンとした顔をしている。
ローブはいつものような地味なものではなく、レースの飾りや、複雑な刺繍の入っている貫頭衣を上から被り、
儀典長がつけるようなロールの入った巨大なかつらをかぶっていた。
コルベールが教壇に立った途端、ざわめきが教室中に広がった。
恥ずかしそうに顔を赤らめたコルベールがもう一度パンパンと手を叩き、声を張り上げる。
一瞬裏返った声と、風に吹かれてずれたカツラがコルベールの緊張を表し、教室が爆笑の渦に巻き込まれた。
淀んでいた教室の空気が一気に明るくなる。
だが教室はコルベールの話の内容に今度は別の意味でどよめきが上がった。

「皆さん、静かにー、静かにしてください。突然ですが、今日の授業はすべて中止です。
ゲルマニアご訪問からお戻りになるアンリエッタ姫殿下が、是非にと言うことで、
ここトリステイン魔法学院においでになります。
急な話ですが、姫様たってのお願いと言うことでもありますので、我々は全力を持って歓迎式典の準備を
行います。
そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、使い魔を連れて門に整列することとします。
よろしいですね」

「へぇ、お姫様がなんの用かしらね」

キュルケは面白くもなさそうに聞いていた。隣のタバサを見るが、青い少女もあまり興味がなさそうだった。
後ろに座っているルイズに何気なく声をかけた。
なんの反応もないことに訝しく思ったキュルケが後ろを振り向いた。

「アンリエッタ姫様が……」
「ルイズ?」

そこには、放心したように、不安そうに呟くルイズがいた。
キュルケにはその姿が脆いガラス細工のように危うく見えた。