1月31日

・・・夢を見た。

あれは10年前の夢。

最初で最後のうたかたの”父”の思い出。

”父”はぎこちなく私の頭を撫でていた。力の加減がわからないのか、ちょっと首が痛かった。
すぐ”父”は”魔術師”に戻った。
『凛、いずれ聖杯はあらわれる。遠坂の義務であり、魔術師である限り避けて通れない道だ』
そう言って


帰ってこなかった。


遺言、というより制約(ギアス)に従い遠坂凛は魔術師となった。


Chapter 1 邂逅・凛


ピピピピピピピ、ピピピピピピピ、ピピピピピピピ
繰り返し鳴る目覚ましで目がさめた。
もともと私は朝が弱い、致命的に弱い。ついでに言うと昨日は遅くまで書庫にこもって、遺言や資料を解析していたんだから。
寝かせてよ。・・・と言っている訳にもいかないなぁ。
こうなることがわかっていたので、わざと手の届かない所に目覚ましをセットしといたの。

思わずガンドを打ち込んで破壊したくなる衝動を抑えて、もそもそとベッドから降りて目覚ましを止める。
もう時間がない、完璧美少女遠坂様としては遅刻もまずいし。仕方がない、学校にいきますか。


しかし、ここ数日私はよく夢をみる。
一昨日は何かに絶望して助けを求めていた夢を見た。
昨日は誰かに抱かれながら助けを求めていた夢を見た
で、今朝のあれだ。
私は無意識のうちで心細くなっているのだろうか、聖杯戦争を怖がっているのだろうか・・・
ぼーっとそんなことを考えてると学校に着いていた。


校門まで来てなーんか嫌な予感がした。
・・なんで、運動部がまだ朝錬してるの?

「よ、遠坂、朝早いな。明日は槍が降ってくるに違いない。よし陸上部に槍投げの中止を要請しよう。」
「何バカなことをおっしゃるのかしら?美綴さん。」声の方向に顔を向ける。
「あはは、時間を間違えて7時前に登校してくる遠坂さんにはかないませんわ。」わざとらしく口調を変え、ぐさっと刺してくる。
「ううっ」ちょっと効いた。そうか、そういや昨日、家の時計を全部1時間早めてたっけ・・・・
「まあ、道場でお茶でもどう?今だったら誰もいないし。」なんとなく勝ち誇っているのが癪に障るが、このままだと無為な時間を
過ごす未来が見えてるので、誘いに乗ることにした。

数少ない普通の友人である彼女、美綴綾子は、私の日常の象徴でもある。魔術師としての遠坂凛、人としての遠坂凛。私は欲張り
なのでどっちも取る。遠坂家の当主もこう言っている「二兎を追って三兎得る」・・・・今、思いついたんだけどね。
まあ、とにかく学校生活も大事なのね。私。





しばらくだべってると、入り口の引き戸がガラガラと開いて「おはようございます。主将。」と入ってきたのは間桐桜。
む~可愛くなってきたわねぇ、桜。と考えていることなど表情に出さず「おはよう、桜。朝錬しっかりね」
「おはようございます、遠坂先輩」透き通るような微笑みを見た。
「・・じゃあ、朝錬の邪魔になるし、そろそろ行くわね、綾子」と声をかけて道場を後にした。



道場の外で嫌な奴に遭遇・撃退して・・・・・あれ?なんか変な賭けを綾子としたような・・・?ま、いっか。






しかし会っていきなり「げっ」と言われて気分が良いわけはない。まあ、慣れているといえば慣れているんだけど。
廊下を歩いていて、ばったり出会ったのは生徒会長の柳洞一成。実は中学時代からの知り合いなので、結構付き合いは長い。
いつもの毒舌の応酬をしたけど、今日は引き分けかな。いつもだったら勝つまでやるんだけど今日は横やりが入ったのね。
「次はどこだ?一成」後ろの扉から出てきた赤毛の少年に意表を突かれ、思わず思考が停止した。
「次は視聴覚室なんだがいいか?」「当然」
二人は連れ立って歩き出した。
赤毛の少年、衛宮士郎と一瞬、視線が合った。「あ、遠坂、朝早いな」とってつけたような挨拶?なのか?を言って去っていった。
「・・・しっかし、作業着とか工具箱持ってる姿とか、高校生じゃなくて、用務員さん?似合いすぎ」思わず笑ってしまった。


いかんいかん。こんな所を見られたら完璧美少女でなくなってしまう。







なんで、こんなに学校の出来事が印象に残っているのだろう。ふと考えた。
そうか、あの電話か。日常とこっちの世界を切り離す、とどめの電話。

今から戦争になる。

日常に戻れるか・・・わからない。

負ける気も殺される気もさらさらないが、こればっかりはわからない。
自然と魔術師としての遠坂凛になった。


つつがなく学校で一日を過ごし、家に帰ってきてみると留守電が入っていた。
教会の神父で兄弟子、地球が砕け散っても嫌なのだが事実なので仕方がない。である言峰綺礼からだった。
「さっさとサーヴァントを呼び出すか尻尾を巻いて逃げ出せ。選択の期限は今日までだ。」だそうだ。
むっか~、腹が立つ。



電話のことを思い出しながら、雑多な思考にふける。ああ、こう言うときは魔術師だなぁ。と思いながら。

サーヴァント、英霊。本来魔法使いでもない魔術師が単独で呼び出し、そのうえ使役するなんて到底できない。人類の英雄。
それを呼び出して、殺し合いをする聖杯戦争。どう考えても異常すぎる。
呼び出される力は魔法に近いものではないだろうか。当時は”魔法”を使っていた英霊もいるわけなので、あながち間違っては
いないと思う。
でもここ冬木の町で過去4回も同様の戦争があった。勝者は現れず、聖杯も得られていないらしいが。

サーヴァントを呼び出すための触媒。英霊の生前に縁がある何らかのシンボル。
2日前に解読した資料からは、できるだけ強力なサーヴァントを呼ぶのであれば確実な触媒を用意すべし。とあった。
しかし、遠坂家には触媒はない。
一発勝負でランダムに引き当てるしかない。
冬木の管理者である遠坂家、それも5大元素を操る私にとっては障害にならないだろう。いや、障害にさせない。
触媒がなければ、圧倒的な魔力でカバーする。

そのために地下室に2日前から魔法陣を描き魔力を溜めてきた。魔法陣は宝石を溶かして私の血を混ぜて強化した。宝石はもったい
なかったけど、虎の子のアーティファクトである赤いルビーのペンダントは残してあるから、まあ、いっか。
宝石を溶かす。文字どおり溶かした。遠坂家の宝石魔法がお金かかる理由なのね。

さて、もうすぐ深夜。あと2時間程で私の魔力が最高の時間になる。それまで・・・・最後にちょっとあがいてみようか。
書庫や倉庫、大師父の遺物も捜索済みだ。
・・・大師父の遺物を使ったら、大師父が召喚できるのだろうか・・・
一瞬頭をよぎった妙な思考を振り払う。
なんとなく、大師父にはもう少し課題に到達してから面会したい。



あとは例の箱か。昔に封印したんだけど。耳栓つけて見てみようか。
雑多なものと例のステッキくらいしかないなぁ。なんか聞こえるような気がするけど無視無視、幻聴だろう。

あきらめた。
やっぱり最初の方針で行こう。触媒はないけれど、魔力にものを言わせて呼び出そう。



小腹がすいたので探している時に見つけた煎餅を食べながら地下に向った。



思えば、この時気がついて然るべきだったのだ。この煎餅は誰が何時、入手していたのか。
あの箱の特性、出自を。







地下室の床に魔法陣の最後のピースを書き入れた。今でもここには濃密な魔力が漂っている。もうすぐ最後の仕上げになる。
そろそろ、時間だ。始めよう。
ぱりぱりと食べていた煎餅の粉を振り払い。詠唱に入る。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ みたせ 閉じよ

繰り返す都度に五度。ただ、満たされる刻を破却する」

私の中の魔力の錬度を高め、カタチのないスイッチをOnにする。魔術回路に魔力を通す。マナを通す。
取り込んだ純然たる魔力を形のある魔力に変換する。
体が融ける。
魔法陣が光り輝く
エーテルが乱舞する
まるで銀河のようだ、と思いつつ・・・

―――――Anfang(セット)

今までの短い人生の中で最高の魔力行使。遠坂の魔術刻印が暴走寸前まで稼働する。魔術回路に暴力的なまでの魔力が流れる。
膨大な魔力の内圧に耐え切れず、いくつかの爪がはじけ飛んだ。痛みは感じない。

「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」



・・
・・・
・・・・
捕まえた。
感触を得た。
とてつもなく強大な何か。

「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

思わずガッツポーズを心の中でとった。完璧だ。これ以上のモノはないだろう。まちがいなく最強のカードだろう。

あとは収束・・・・


え?


魔力の収束ができない。


え?


このままでは暴走する


え?


体を氷の槍で串刺しにされたような寒気がした。

ズクン、ズクン、ズクン、ズクン

引き当てた存在に意識が向いた。それで、気がついた。

確かに強大な存在だけど、その背後にある更に強大なモノは何?
アレは引き当ててはいけないモノではないのか?
アレはここにいてはいけないモノではないのか?
アレは・・・


魔力の暴走が止まらない。
もうすぐ私自身の魔力が枯渇する。
でも動けない。


召喚の失敗で死ぬのかな・・・


ここで死んだら、ミイラだな・・・




・・

・・・

・・・・・・
ふつふつと怒りがわいてきた。
もともと英霊自体、強大なものではないか。
何をおじけづいている、遠坂凛。
私は遠坂凛だ、負けない。
コントロールしてみせる。

「くっ、」

「こ・・の・・」

もう、両手は流れる血で真っ赤だ。
こめかみからも一筋の赤い流れがあった。

「だ・・・か・・ら・・」

「言う・こ・と・・・を・・・き・けーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

最後に残った魔力を高め、一瞬で放出した。覚悟と共に。運命と共に。


ふと気がつくと、エーテルの乱舞は落ち着いていた。
やったの?
私はやり遂げたの?
やったの?
私はやり遂げたの?
やったーーーーーーーーやり遂げたのね。私。
と思ったが、エーテルが薄れても魔法陣には何もない。

え?
どう言うこと?
なにもな・い・・な・・・ん・・・・・て・・・・・

すべての魔力を使い切った。それこそ擦り切れるまで。
成功なのか、失敗なのか、今は・・・・考えられない・・・・

何かの気配を遠くに感じたが、そこで意識を手放した。







ピピピピピピピ、ピピピピピピピ、ピピピピピピピ
繰り返し鳴る目覚ましで目がさめた。
もともと私は朝が弱い、致命的に弱い。ついでに言うと昨日は遅くまで書庫にこもって、・・・・・

違う。昨日は召喚をしたんだ。魔力を使い果たして・・・
そこまで気がついてがばっと起き上がった。が、力なくベッドに戻った。
そうか、魔力を使い切って気絶したんだっけ・・・
そういえば、あの結果は・・・

え?

私、寝間着になってる。あのあと自分で着替えれたとは思えない・・・

ズクン

痛みを感じた。痛みの元をみると包帯に包まれた両手があった。

よろよろと起き上がり、部屋を出た。
転びそうになったが何故か転ばなかった。

地下室に転がり込むように飛び込んだ。誰もいない。
魔法陣の回りに変色した血痕があるが、これは私のだろう。
召喚に失敗したのか?だったらこれは誰が・・・結界の張っている遠坂邸に入り込んで治療する奇特な知り合いは
いるとしても兄弟子ぐらいか。でも、兄弟子とはいえ、当主の意向を無視してこの家に入り込むことはできない。はず。


ともかく、私は失敗したようだ。これで私の聖杯戦争は終わりか。
知らずに居間に向っていた。
とりあえず、紅茶でも飲んでおちつこう。
落胆した気分は晴れない。

ドアをあけて中に入った。さて、紅茶はっと。

「おはよう、顔色が悪いけど、大丈夫かな?」のんびりした声が聞こえる。
「あんまり大丈夫じゃないわ。人生を掛けた召喚に失敗したもの。」
「召喚?」
「そう、サーヴァントの・・・・」

今、私は誰としゃべっている?一瞬で覚醒した。見回して、見つけた。
ソレはソファに座って煎餅を食べながら新聞を読んでいる存在。
目が離せなくなった。


そこには人間を超越したような黒い美の結晶があった。黒衣の天使がいた。私は一瞬で魅了された。