慎二が桜を盾に狂態を演じていた。
桜の首元に何らかの薬品の入った小瓶を突きつけている。多分毒・・だろう。なんで刃物でないのか不思議だけど。
何より、目の前のサーヴァントをどうにかしないことには、この場を切り抜けることはできない。
隣の士郎を横目に見た。
今にも飛びかかろうとしているけど、なんとか制止している。


Chapter 10 Side-A 悔恨・凛


(・・排除しようか?)
耳元で微かなアーチャーの声がした。
(どこにいるの?)
(裏の林)
(もうちょっと様子を見たいわ。)
(ん)
どうやって知っているのか良く判らないけど、アーチャーはしっかり今の状況を把握しているようだった。
レイラインでは会話はできても、集中しないとイメージまでは送れないのだけれど・・・・
というより、林にいるのに排除できるのね・・・・
どう排除するか、想像ができるだけにちょっと躊躇した。

それより桜の言葉
『やだっ! 違う、約束が違う・・・・! 先輩には、手出ししないって言ったのに・・・!』
これは、桜は知っているということ。それと決定的な次の言葉。
『それは御爺様との約束だろ?』
慎二でも桜でもなく彼らの”御爺様”と呼ばれる存在がバックについている!?
間桐家は絶えたはずだけど、現存する魔術師がいるの?
となると、慎二も桜も操られているということ?

疑問符が頭の中を駆け巡る。

(・・何かおかしいわ、衛宮君)
小声で隣の士郎に声をかける。
学校だとどうしても”衛宮君”になってしまう優等生の脊髄反射ね、なんて余分なことは考えない。

「さ、そろそろ、そいつの相手をしてもらうかな。遠坂は両手を頭の上に上げて動くなよ。」
抜け目なく私を牽制する慎二。こんなに抜け目ないのは慎二ではないと思う。
しかし、効果的。魔力を溜めた宝石を使おうにも両手を上げている以上、ポケットから宝石を取り出すという
動作が必要となる。
投げつけてシングルアクションで発動できるとしても、その前段階で察知されてしまう。
遠坂家の魔術を知っている。としか思えない。

突然、目の前が真っ赤になった。重圧がかかる。

「「なっ」」
士郎と声が重なった。
これは結界を起動したのね。慎二を睨む。

「魔力の補充だよ、遠坂。そんなこともわからないのか?」
慎二が嘲るように言う。
しまった。判断が甘かった。アーチャーが言ってくれたときに、慎二を排除していれば・・・
判断の甘さ加減と悔しさで自分に腹が立つ。
でも士郎の情報では、結界はキャスターの・・・

「慎二、これはキャスターの「あーそんなこと?」」
士郎の声に慎二の声がかぶる。
「嘘にきまってんじゃん」
「慎二ぃ!!」

「とりあえず、結界よりも先にやることがあるんじゃない? で、遠坂は手を上げとけよ。」
慎二がまた、牽制してくる。
くっ!
今の状況では何もできない。噛んでいる唇から血が出る。
結界に邪魔されているのか、アーチャーとのレイラインもうまく繋がらない。

ライダーが士郎を殴り始める。桜が泣き叫ぶ。慎二はガラス玉のような冷酷な目でみている。
やはり、慎二は・・・・

(そろそろだね。
大丈夫、声に出さなくても口を動かせばいい。)
アーチャー!!
また、耳元でアーチャーの声がする。レイラインが繋がらないこともアーチャーにはさして問題にならないらしい。
であれば大丈夫、あとはタイミングね。

士郎がライダーに蹴飛ばされて、慎二にぶつかった?小瓶が落ちて砕け散って濃密な匂いが立ち込める。
おかしい、ライダーはわかっててやったの?なぜ?
と思っていると士郎が桜をかばう、注意がそれた、今だわ。

「アーチャー!!」
叫んだ。
次の瞬間ライダーの首が落ちる。
信じられない。
見渡すと窓の外にアーチャーが居た。黒いコートを翻し空中に・・・・立っていた。

目の端に、何かが映った。

士郎の後ろに庇われた桜が士郎を手刀で突き刺していた。

士郎が崩れ落ちる。
血が噴き出る。

「いやぁぁぁぁ~」
我を忘れて叫ぶ桜。自分がしたことが信じられないようだ。

思わず、桜を押しのけ、士郎の傍による。
心臓が破壊されているかどうかわからないけど、右肺とその周りの血管はアウトだろう。
即死してもおかしくない様な気がするけど、まだ生きていた。

「士郎、士郎!!、令呪使ってセイバーを呼びなさい!!」
セイバーの治癒力のバックファイアがあれば、ひょっとして・・・
「さ・さく・ゲフォッ・・」
声にならないようだ。ゴボゴボといった血液が喉で踊る音、ヒューヒューとした呼吸音だけが聞こえる。
「士郎!桜を助けたいんだったらセイバーを呼ぶのよ!強く願えばいいの!!来て、セイバーって思えばいいのっ!」
必死だった。

だから気がつかなかった。

ライダーが自分の首を持って立ち上がっていることを。
ライダーの首からまき散らされた血液が空中に留まり、ゆっくりと陣を描いていたことを。

士郎の令呪が輝き、脂汗を流しているセイバーが現れるのと、ソレに気がつくのが同時だった。
気がついたときは遅かった。

ソレは、血で描かれた魔法陣だった。見たこともない禍々しい紋様であり生き物のような図形。
なにより、強大すぎる魔力の渦。
発動の直前だった。

「あ、ダメ、巻き込まれる・・・!」
もう、何も間に合わない。絶望の声が漏れる。
「シロウ!!リン!!」
セイバーが私たちを庇う。

目の前が真っ白に輝いてホワイトアウトする寸前、横に引っ張られた。
校舎の壁が切り裂かれ大きく開いた穴から空中に放り出される。
その横を廊下に沿って、巨大な光の矢じみたものが、とてつもないスピードで轟音と閃光をまき散らしながら
駆け抜けていった。校舎の端で大きな爆砕音が響き渡り空中を光の矢が飛んでいった。
そろそろと地面に下ろされる。
残っていたのは私アーチャーと士郎、セイバーだけだった。

士郎をみるとセイバーが士郎の手を両手でかき抱いている。
「シロウッ! 私がついていながら・・・こんなことになるのだったら学校に行かせるのではなかった!」
士郎の怪我に気がついたセイバーは、今にも泣きそうな顔をして叫んでいた。
「セイバー、ちょっと落ち着いて。士郎を見せて。」
そっとセイバーの肩に手を置く。
「・・・すみません。自分の不甲斐なさに取り乱していました。」
士郎の手を握ったまま私の場を開けてくれる。

血にまみれた制服をアーチャーに切ってもらった。
セイバーが手を握っているからか、出血はおさまり、手刀の穴も自己修復していっているようだ。
「ある意味不気味ね。この体。アメーバーみたい。」
思わずつぶやいた。
セイバーが半泣きの目でこっちを見て問いかけてくる。
「確かなことは言えないけれど肉体的損傷は大丈夫だと思うわ。意識が戻るかどうかはわからないけれど。」
こんなのは想定の範囲外なので、外見的状況しかわからない。
それでもセイバーはホッとした様子だった。

桜!

「アーチャー、桜は?」
あわててアーチャーに聞いた。
「あの女の子?だったら、男の子に連れ去られたよ。」
いつもののほほんとした声。
この時ばかりは、イラついた。思わず理不尽にもあたってしまった。
「あーもうっ、わかってるんだったら、なんで捕まえてくれなかったの!!」
「さっきの魔法・・、魔術だっけ? に引きちぎられた。」
特に気分を害した風でもなくひょうひょうと答えてくる。
「・・・そう、それじゃあ仕方ないわね。」
そう言うしかなかった。

校舎の方をみると結界が徐々に解けて行くところだった。

校舎の中の生徒を確認しないと。

「セイバーはここに残って士郎の様子と防御をお願い。アーチャーは私と一緒に来て。」
「わかりました、リン」
セイバーが頷く。
「人に見つからないようにね。」
声をかけて校舎に向って歩き出す。

教室の中は死体の山、に見えた。
初めてみる大量の死体。わかっていたけど、覚悟していたけど・・・・

立ちすくむ私をよそに、アーチャーが床に倒れている生徒の首筋をさわっていた。ほどなく立ち上がり、私の頭を
ぽんぽん叩き、生きてるよ。と声をかけてくる。
その声を聞いて初めて自分の膝ががくがく震えていたことに気がついた。
一回深呼吸をして、パン、と両手で自分の頬を叩いて、気分を落ち着けた。
「・・・生きてるの?」
「うん、まあ衰弱は酷いけど、死ぬことはないと思う。」
「そう」
ちょっとほっとした。
「とりあえず、一通り見て回りましょう。」

2~3の教室を見て回ったがあまり変わらなかった。
全員意識不明状態だったけど、一応生きているらしい。
これ以上は無意味だと思い、私はそのまま事務室に向った。そこには電話がある。
とりあえず、綺礼に状況を説明して対処してもらおう。そのための存在だ。

学校の中で無事なのが私だけ、というのは後々厄介なので、とりあえず今日は途中で早退した事にしろ、と綺礼が
言ってきた。特に不満もなかった。

セイバーたちの所へ戻ると、士郎はまだ意識を回復していなかった。
「士郎は?」
「まだ意識を取り戻しません。体の方は問題ないように見えますが・・・」
「そう、となると精神的な所でまだ、治っていないのかな。」
「かもしれません。」
「ところで、セイバー。」
「なんでしょう?リン」
小首をかしげつつ聞いてくる。表面上はいつも通りなんだけど・・
「率直に聞くわ。貴方、今戦えるの?」

見る見るうちにセイバーの顔が曇る。
「戦うことはできます・・・が、勝てるかどうかというとわかりません。」
「そう、やっぱりね。」
令呪で呼ばれた時の苦しそうな表情が物語っている。
不十分なマスターに呼ばれ、魔力の補給が見込めない状況で、連戦したことが堪えているようだ。
「・・となるとしばらくは防衛戦になるわね。いいわ、とりあえず士郎の家に行きましょう。」
セイバーの顔が呆ける。
「あ、そうそう、士郎とは協力関係になったから、士郎が倒れている今、セイバーは私の指示に従ってくれる?」
「わかりました。シロウとリンが協力関係になるのは私としても嬉しい。」
ホッとしたような、嬉しそうな、そんな顔をしたセイバーが答える。
セイバーがアーチャーの方を向く、真剣な顔をして感謝を口にする。
「アーチャー、此度は我がマスターを救っていただき感謝に堪えません。ありがとうございます。」
「わざわざどうも」
アーチャーはにんまりして言った。


さて、まずは、人目につかずにここから移動する方法ね。
うーん、こんなときは探偵さんに聞いてみよう。
「アーチャー、人目につかずに移動することって出来るかしら?」
「どこまで?」
「士郎の家まで。」
「じゃあ、車かな。」

・・・盲点だった。魔術絡みのことを想像してたわ・・

「タクシーは駄目よ? でもって車の運転できるの?」
「ん。ちょっとまってて。」


士郎の家に車で帰ってきた。
車はアーチャーがどこからか調達してきた窓にブラックフィルムを張ったワゴンで、若いヤンキースタイルの
男の人が乗っていた。
後ろの荷台に私とセイバーが乗り、意識のない士郎を乗せ、アーチャーは助手席に乗った。
巨大なスピーカーとかが邪魔だった。

なぜか男の人は何も言わず、こちらも見ずに運転していた。
衛宮家で降りたあとも、何も言わずに走り去った。
「アーチャー、なにしたの?」
「こう」
また、手を目の前に上げてわきゃわきゃした。
ああそう、なんでもできる糸って便利ね。


Chapter 10 Side-B 悔恨・セイバー


昨日の深夜、口喧嘩をして、朝には道場でシロウに稽古をつける約束だった。
なので、道場で瞑想をしながら待っていた。
シロウは正座をしていた私を見て驚いていたようだった。
「目が覚めたのですね、シロウ」
声をかけた。
「えっ、あっ、あぁ、ついさっき目が覚めた。セイバーはここで何を?」
戸惑ったようなシロウの声。
「何を言っているのですか、昨夜約束したではないですか。情け容赦なしにシロウを鍛えます。と。」
「う、え、あ、ああ、そうだったな。」
「では、ちょうど、ここに模擬剣があります。これで鍛錬しましょう。」
竹でできた、模擬剣(シロウに竹刀と教えてもらった。)を一本渡し、私も構える。

失神する手前までシロウを叩きのめした。
死の感覚を身につけて貰って、死の寸前で回避できるように、何があっても生き残れるように・・・・

シロウは何のために聖杯戦争を戦うのだろう。ふとそんなことが気になった。

「シロウ、あなたは何のために戦うのですか?」

聞いた内容は私にとってはあまり納得のいくものではなかった。

特に聖杯で叶える望みはない。
私のようなサーヴァントであっても女の子が戦うのは許せない。
自分から他のマスターを倒しに行く気はない。
要は聖杯による争いを防ぐ為に戦う。
悪人の手に落ちないように戦う。
勝ち残って聖杯が手に入るようだったら私が自由に使えばいい。

その在り様はまるで聖人のような考えだと思った。自己滅私・自己犠牲の塊のよう。
「その考えは非常に危ういと思います。シロウ。」
「うん、だけど、俺は決めてるんだ。正義の味方になるって。」
恥ずかしそうにいうシロウ。

「・・・その、オヤジの受け売りなんだけどな、正義の味方になるんだったらエゴイストになれって。
誰にも彼にも味方なんてしてたら意味がないんだから、自分が信用できる、自分が好きな相手だけの味方を
しなくちゃダメだって。俺はそうは思えなかったけど、今は違う、目の前に突きつけられた現実を見たら
そう考えるべきだと思っている。オヤジの言うことは正しかったって。
だから、俺は自分の欲望の為に戦う、なんてのは出来ないけどセイバーの為に戦うんなら、それがいい。」
「なっ!」
絶句した。
しばらく視線が交差する。
決意の視線に負けたのは私の方だった。
「・・・わかりました。シロウがそう言うのでしたら。目的は違いますが、結果は同じであれば。
マスター、改めて貴方に従います。ですが、シロウの道は茨の道であることは判ってください。」

朝の食事を終え、昼の食事の準備をして、シロウは学校に行った。

しかし、昨日から思っているがシロウの食事は非常に美味だ。
今まで食べていたものが消し炭に思える。食事の時間はある種苦痛の時間でもあったが、この食事であれば
楽しい時間になる。
私は魔力の回復がシロウから満足に行えないので、消費を抑えて、他から摂取するしかない。
なので、食事は大事な魔力回復源だ。と言ったのだが、シロウは信じてくれない。
確かにご飯を何杯もお代わりをしたのは事実だが、そんなに、ほほえましい目で見ないでください。

学校に行くことは反対したが、どうしてもイッセイとシンジに話をつけなければ。と言い募ったうえ、
リンもいるから大丈夫だ、と言われては反論できなかった。
強力な魔術師で大胆かつ判断も適切な彼女がいれば大丈夫だろうと納得した。
ついでに、あの黒衣のサーヴァント。
私にもわからない斬撃を放つ存在。彼は相手が誰であれ障害とみれば倒すことを躊躇することもないだろう。
多分、リンだろうと・・・。
リンもそのことに気づいたのか、勝手に攻撃するなと言っていた。あの時の緊張は不利な戦闘前のじりじりした
感覚に近かった。できれば敵にはしたくない。
彼がリンの傍にいるのであれば、他のサーヴァントに遅れを取ることもないだろう。

小一時間ほどたった時、不意に
「シロウ?」
寒気がした。不安でいっぱいになった。シロウに何かよくないことが起こった。
体が引っ張られるような感覚。
令呪で呼ばれた!!
私は一瞬で鎧を纏い、全身全霊の力を振り絞って跳躍した。

気がついたら目の前に強大な魔力の渦、魔法陣が描かれていた。発動寸前だった。
床に血だらけで倒れているシロウとその横でしゃがんでいるリンだけを把握した。
「シロウ!!リン!!」
あの力からかばう位置につく。直撃を受けた場合、私が生き残れるか心許ないが、マスターたちを庇って
逝くのであれば、それもいい。


・・・


結果的には、アーチャーに助けられた恰好になる。これで何度目になるだろうか。
助けたことを特に気にもしていないようだったが、いつもと変わらないアーチャーに礼を言った。

そして、今シロウの家に戻ってきた。
シロウの部屋に寝かしつける。体は修復されたようだが、シロウは今だ意識が戻らない。

凛が私を呼ぶ声が聞こえる。これからの話だろうか。この場を離れるのは名残り惜しいが、そうもいくまい。
私は居間に向った。