シロウを自室に寝かせて、しばらく寝顔を見ていた。
まだ意識は戻らないがシロウはだいぶ落ち着いてきたようだ。
少しの間安静にしていれば治ると信じたい。
ふう・・。
思いもよらず大きなため息が出た。あわてて周りをみるが、シロウと私しかいない。

・・・しかし、今回の聖杯戦争はなんと忙しいことか。思わず思いを巡らせる。
召喚され、たった2日でかれこれ既に5体のサーヴァントと遭遇したことになる。

ランサー、アルスターの光の御子。彼の槍は侮れない。
バーサーカー、殺しても死なない巨大な力。
アサシン、ササキコジロウと名乗った恐るべき剣技を持つ侍。
いまだに遭遇はしていないが所在は知れているキャスター。
同盟関係ではあるがイレギュラーなアーチャー。
消去法でライダーと思われる強力な魔力の持ち主。乗騎は白い馬の様に見えた。

「判っているのはランサーとアサシンだけですか・・・」
つぶやきが漏れる。

私を入れると、既に7体揃ったことになる。が、どのサーヴァントも一筋縄ではいきそうにない。
セイバーたる私が遅れを取るとも思えないが、かなり先は厳しいだろう。
なにより、全力で戦うことができないのがもどかしい。

「セイバー、ちょっと来て」
居間の方から凛が私を呼ぶ声が聞こえた。これからの話だろうか。この場を離れるのは名残り惜しいが、
そうもいくまい。
もう一度、シロウの姿を目に収めて私は居間に向った。


Chapter 11 Side-A 抱懐・セイバー


「士郎の様子はどう?セイバー」
湯のみにお茶を注ぎながらリンが聞いてきた。
「呼吸は落ち着いてきたようですが、それ以上はわかりません。」
「そう。はい、どうぞ。ほんとは私は紅茶が好きなんだけどね。」
お茶を渡された。

おや?そう言えば。
「凛。アーチャーはどうしました?」
「アーチャーはね、ちょっと哨戒してもらってるの。」
何故か苦笑いしながら言った
「そうですか。」
啜ったお茶はほろ苦かった。

「で、話とはなんでしょう?」
「話はね、2つあるのよ。」
私の雰囲気を感じ取ってくれたのか、姿勢をただして言った。
「でもね、あまりいい話ではないかも知れないわ。」
「もとより、この状況下でいい話もないでしょう。」
「そうね。」
凛が視線を外す。どうも言い辛い話のようだ。

「凛、今は協力していると聞いています。遠慮は無しでお願いします。」
「・・じゃあ、楽なのから言うと、藤村先生にセイバーから電話してほしいの。」
「は?タイガにデンワですか?
たしかデンワというのは遠くの人との会話の道具と認識していますが?」
「そう、で、士郎は今日は1時間目だけで気分が悪くなったので帰って来て、家で寝てるって藤村先生に
連絡してほしいの。」
「会話するだけでしたら構いませんが?」
「じゃあ、後で私が繋ぐから後はお願い。」
なんとなく凛の元気がない。なぜ電話しないといけないのか、よくわからないがとりあえず了承した。

「次が本題。」
凛がため息をつく。
何だろう、あまりいい気がしない、自然と表情が曇っていくのが自分でもわかる。
決意を固めたのか、凛がこちらを向く。

「セイバー、貴方が怒ることを承知で聞くわ。貴方、私のサーヴァントにならない?」

一瞬で激昂した。思わず武装して剣を突き付ける。
「なっ! いくら凛でも、ふざけてそんなことを・・・」

凛の表情を見て虚を突かれた。冗談や悪だくみで言っている表情ではなかった。
剣を突き付けられても微塵も動じていない。こちらを静かに見据えてくる。
「・・・理由を教えてください。理由の如何によっては凛でも許せません。」
「そんなに士郎が大事?」
「私にとっては唯一のマスターです。当然でしょう。」
「そう。・・・・・・・・魔力の補給がほとんど無くても?」
「・・・っ!」
痛いところを突かれた。

「正直言わせてもらうわ、今の士郎では貴方を支えきれない。魔力の供給が十分ではないから貴方も充分に
戦えないはずよ。このままでは剣の騎士が実力を出せないままになってしまうわ。それでもいいの?」
確かに充分に戦えない。しかし、不利な戦いはどこにでもあった。不利であっても・・・
「・・・私はシロウを裏切るわけにはいけません。それに凛は既にアーチャーがいます。いくら凛とはいえ
サーヴァント2体も維持できないでしょう?」
「それがね、アーチャーの維持に魔力はほとんどいらないの。」
さらっと聞き捨てならないことを言う凛。
「なっ、魔力がいらない・・の・・ですか?」
「ええ、そう。呼び出すときはそれこそ空っぽになったけど、一旦現界したら維持にはほとんどいらないの。
だから、セイバーと契約を結んでも大丈夫よ。」
「そうですか・・しかし、私は騎士たる身。一度剣の誓いを捧げた相手を裏切るわけにはいきません。
たとえ不利であろうとも。」
剣と鎧を収めて言う。

とりあえず座ろうとした。

「・・・その結果、マスターが死んでもいいの?」
凛が防げない所を切り込んでくる。
座ろうとした動きが止まってしまった。錆びついたフルプレートを着た時の様に・・
でも・・、でも、それでも、私は・・・。
「・・・凛、貴方がマスターなら確かに私は全力で戦うことができるでしょう。しかし、私は自分を欺くことは
できません。シロウは私の身が砕け散ろうとも必ず守ってみせます。」
これは自分に対する誓い。何があってもシロウを守る。


凛が私をみる。不思議と静かな悟った様な、でも笑みを浮かべた目で。
しばらくして、凛がため息をついた。
「・・・そう、やっぱり振られちゃったかぁ、残念。」
「え?」
「わかっていたのよ、セイバーがころころとマスターを変えるような人ではないって。」
一転して、いたずらっ子のような表情。
「なっ、あなたは私を試したのですかっっ」
不貞腐れていくのがわかる。
「そんなに、可愛く怒らないで。セイバー」
「怒っていません。凛が私を試すようなことをするからですっ。」
「試した・・といえば試したかも知れないわね。」
苦笑しながら凛が言う。

「しかし、急になぜこんなことを考えたのですか?」
「単純な話、・・・勝つためよ。
今は純粋に対サーヴァントで勝てる戦力と言えるのは、アーチャー。・・・と私だけ。
まあ、相性が悪いからいくら弱ってていても私はセイバーには勝てない。けど、他のサーヴァントであれば
少なくとも足手まといにはならない自信があるわ。」
「まあ、それはそうですね。」
「だから、セイバーと契約すればセイバーが強力な戦力になるから、最後まで確実に勝てると思ったの」
「・・・・すみません、私は・・・」
確かに凛の言うとおりだ。私が満足に戦えれば・・・
唇を噛む。

「いいのよ。セイバー、悩まないで。」
「ですが」
「魔力がなければ、作ればいいのよ。」
こともなげに凛が言う。
「凛、どうやって作るつもりですか? 私が納得できるやり方ですか?」
「怖い顔をしないで、セイバーが考えてるようなやり方じゃないわ」
他人から魔力を強奪するのは私としては承諾できない。その考えが表情に出ていたようだ。

「簡単な話よ、魔力供給元を強化するの。」
「は?」
「要はね、士郎を鍛えるってこと。ただ、強化できるかどうかもやってみないとわからないし、時間がかかるだろうから、あまりやりたくないんだけどね。」
まあ、仕方がないっていう凛。

「・・・魔術師は基本的に自己の研鑽が目標であるのに、凛はなぜそこまで私達に配慮してくれるのですか?」
正直不思議だった、魔術師は他人を顧みない、自分の為だけに動く・・・と思っていたが・・・

「さぁ、どうしてかしら、なんとなく・・かな? ただの心の贅肉よ」
その笑顔が眩しかった。
最初に呼ばれたのが凛であったなら、私は文句もなく仕えることができただろう・・。
新しい王は彼女のような・・・と夢想する。

「さてっと、それじゃあ弟子の士郎の工房に案内して、セイバー」
「弟子・・?」
「そうよ、私が士郎を鍛えるんだから、士郎は私の弟子。で、あなたは弟子の使い魔だから師匠の言うことは
ちゃんと聞くのよ。ふふっ」
「なっ!」
「さぁさぁ、案内しなさい、セイバー。貴方が呼び出されたところが工房のはずよ。」
「凛、シロウはまだ凛の弟子になるとは・・・」
「いいの、士郎は弟子の前に奴隷だから。文句は言わせないわ。」
「ど、どれいですか・・・」
にししっと、人の悪い笑みを浮かべる凛。
凛。先程からの尊敬の思いは訂正します。なんで、そんなに悪魔的なのですか。

こめかみを揉みながら、召喚された場所へ案内する。
頭が痛くなってきた、シロウは凛に弱点でも握られているのだろうか・・・
後ろからにやにやしている悪魔がついて来る・・・・。
シロウ、私は選択を間違ったのでしょうか?


Chapter 11 Side-B 抱懐・アーチャー


ふと、思った。

ずいぶん、日常とはかけ離れたな。と。
指示を聞いて行動するなど、今までに記憶がない。
依頼として受け取ったのは果たして正しかったのか。
サーヴァントという役割の為か、精神的に強制されている。逆らってもよかったが、多分これが帰るための
最短コースなのだろう。この世界に居る間だけ、世界のルールとやらに準じようか。
「しかし、こんな姿を見られたらどうなることやら。」
つぶやきが風に流れる。

いない・・・か。
探索の為に飛ばした妖糸からの反応はない。
目の前に古びた洋館がある。間桐の家。
玄関のドアはかぎが掛かっていたが、開けて入った。
部屋を一通り探索したが特に変ったものは何もない。

「地下室か」
地下への入り口は塞がれていた。

邪魔なので切った。

扉の残骸と化した瓦礫を超え、地下室内に入る。
入り口から下に向って階段がある。
腐敗したような空気が流れる。
壁にランプがあるようなので火をつけた。
薄明かりの中、下まで降りたが壁面が穴だらけの地下室はがらんどうだった。何もない。
汚濁した空気は普通の人間では息を詰まらせるだろうが、特に気にならない。”前”では普通だった。
大小様々の何かの培養槽のような穴が石の床にえぐられている。
汚濁した液体がたまっている。腐った様な、すえた臭いがした。
様々な血や体液、汚物などが繰り返し流れたのであろう、こびりついた怨念が映る。

しばらく様子を見ていたが変化がないため、踵を返した。

ふっと、なじんだ雰囲気が微かに漂った。
「これは?」
歩みを止めて振り返る。

「・・・・・・厄介な。」

言葉と裏腹に表情はいつもの茫洋とした雰囲気は変わらず。


黒い天使は再び踵を返し、汚濁と腐敗の空気の中を何事もなかったかのように歩み始める。


Chapter 11 Side-B 抱懐・凛


土蔵に案内された。
「ここで私は召喚されました。」
セイバーが感慨深げに言う。
「ありがとう、ちょっと見てみるわね。散らかしたりしないから。あ、念のため士郎の傍についていて。」
一言断って辺りを見回す。
「わかりました。」
そう言ってセイバーは離れていった。

冬木の管理者たる遠坂家の許可を得ていない工房。
入るにしても慎重にしなければ、どんな攻撃性をもった防御があるか知れたものではない。
・・と思ったが、魔力はほとんど感じられなかった。
恐る恐る、坑魔力を高める呪を紡ぎながら中に入る。

拍子抜けした。

「埃だらけね。とても工房に見えないわ。」
一部に御座が敷いてある以外は埃だらけの、一件したらがらくただらけの普通の土蔵に見えた。
一般人の視点では。
床に眼をやる。
普通の人には見えないように隠蔽の術が掛けられているが、床には立派な魔法陣が描かれている。
この魔法陣は、まともな魔術師によって描かれたのだろう。ただ描かれてからかなり時間が経っている。
紋様などは知らないが、あれほどのセイバーが呼べるのだから、一流の魔術師の技なのだろう。
「これって士郎が書いた・・わけないわね。士郎の師匠かな。」
しかし、魔術師の工房とはとても思えない。
「魔術具もないし・・・・召喚陣がある以外は普通の土蔵かなぁ・・・」

ふと棚に無造作に置いてある埃をかぶったナイフと包丁に目が止まった。
手にとって見て違和感の元が分かった。
「なんて・・・・」
それは魔術によって編み出された普通のナイフと包丁であった。
「これは・・・投影魔術・・よね」
しかし、決定的に違う。本来は魔力が尽きた時点で消え去るモノ。一時的に利用する為だけのモノ。
ても埃をかぶるほど長期間にわたって実態を維持している投影物。
「投影魔術の固定化? ・・・なわけないわね。」

これは断じて通常の投影魔術ではない。
思わず考え込む。自然と手は顎に。

まさか・・・頭に閃いたものがある。

士郎は何処にもないモノを作った。と考えたらどうか?
となると、それはここに存在しないモノへの想いをカタチにしているということ。
そうなると、現実を侵食する想念・・・ということになる。
現実を侵食する魔術ということは・・・・
士郎の投影魔術は、その魔術の劣化型か、副産物。

「なんてこと。本当だったら封印コースまっしぐらじゃない。」
魔術師としての対抗意識から自然と表情が険しくなる。
「でも魔力はほとんど感じなかったし・・・
まあ、いいわ、大体のことは分かった。後は直接確認するだけね。」

私は土蔵を後にした。まだまだしなければならないことが山ほどある。


Chapter 11 Side-A 抱懐・セイバー


凛が電話を使って誰かと会話した後、私が代わりタイガと話をした。
「どうだった?」
「とりあえず、生徒は入院が必要だそうですが全員無事だとのことです。で、動ける教師は全員緊急対応らしく、タイガはしばらく病院に泊まり込むことになったそうです。で、しばらくこちらにはこれないと。」
「士郎のことは?」
「安心してはいましたが、なんとなく疑っているような雰囲気がありました。」
「なんて言ったの?」
「今は寝ているので起きたらタイガに連絡するように伝えます。と。」
「そう。まあ、とりあえず、そっちの方は片付いたかなぁ。こればっかりは綺礼に感謝しないとねぇ
さて、かなり遅くなったけど昼御飯にでもしましょうか。」
凛がそう言いながらキッチンの方に向った。
「では、私は士郎のところにいます。」
「できたら呼ぶわー」
冷蔵庫を覗き込みながら凛が答える。
置き土産の士郎の食事とは別に何か凛が作るらしい。ちょっと不安だが、そんなことを言ったら赤い悪魔が何をするか、たまったものではないので黙っていた。

そう言えば、哨戒に出ているというアーチャーはまだ帰ってこない。どこへ行ったのだろうか。
こんなに長くアーチャーを手放すとは、凛も大胆ですね。それとも、当面戦いは無いと判断したのでしょうか?

シロウの部屋に入ってしばらくして、ふとシロウの顔を見たら瞼が動きかけていた。
「シロウ! 大丈夫ですか? シロウ!シロウ」
声をかける。
うめき声を上げながらしばらくもぞもぞ動いていたが、また眠りに落ちたようだ。
でも、もう大丈夫だ。意識が戻るのは時間の問題だ。
私は安堵した。
ふぅ。
思わず、大きなため息が出た。