黒衣の天使が闇からにじみ出るように夜の帳の中を行く。
銀色の月光は、恥ずかしがるように雲に隠れている。
その姿は闇夜に輝く黒い死の化身。



せつらは教会の前に居た。

扉を開けた。
「もしもーし、誰かいますか?」
のんびりと声をかける。
そのまま、躊躇いもせずに中に入った。

中には神父が居た。
「何用かね?懺悔にでもいらしたのか・・・」
訝しげに振り返り、顔を見た時に神父は凝結した。
開いた扉から、冷たい冷気が流れ込む。冬の結晶のような顔。
しばらくして。
「これはこれは、主が私に見せた夢のようですな。・・・さて、いかがしました。」
「いくつか聞きたいことがありまして。」
せつらはぼんやりと尋ねた。
聞きたいことがある、と言っても訪れるのは少々遅い時間だろう。
普通の家では濁眠の中にある


Chapter 13 接触


「少々遅い時間です。明日にでも・・・というわけにはいかないようですな。」
神父の声に訝しげな響きがある。
「私は言峰綺礼と言う者。この教会を預かる身ですが、名前を聞いてもよろしいか?」
「秋せつら」
「ふむ、聞き覚えはないですな。信者にも・・・それから騎士団や埋葬機関でも。」
「埋葬機関ってなんです?」
「いやいや、こちらのことです。貴方がそこ出身ではないかと、考えていたのですよ。」
「ぶー、はずれ。」
「現代出身でかつ不明な技を使う英霊候補といえば、私は埋葬機関しか心当たりがありませんのでね。」
「ふーん。」

「・・・で、何が聞きたいのかな?凛のサーヴァントよ。」
言峰の雰囲気が変わる。

「おや、知ってたの?」
「・・・一応、私は”管理者”なのでね。」
「そう、じゃあやっぱりここが正解かな。」
「正解とはなんのことかな?」
「聖杯戦争のことを聞きたくて。」
「なるほど、それは残念。ただで教える訳にはいかんな。」
言峰が目を細める。

「じゃあ、ちょっと痛い目で・・」

黒い化鳥が飛びずさる。
今、せつらが居たところに剣が突き刺さる。
せつらの後を追うように次々と剣が突き刺さる。
金髪の青年が奥につながるドアの奥から出てきた。

「言峰、戯言もいい加減にしろ。」
せつらは既に開け放たれた扉の外に居る。

「逃げ足だけはぐがぁっ」
いきなり全身に激痛が走る。
「言峰?どうした?」
金髪の青年が訝しがる。
神父は体を折り曲げ、脂汗を滲ませている。
顔がどんどん赤黒くなっていく。

「あのー、聖杯戦争のことを教えてもらえませんかー?」
外からのんびりした声がかかる。両手でメガホンを作って声をかけている。

「雑種よ、貴様の仕業か・・」
扉に向いながらつぶやく。

門燈の薄明かりの下、初めてせつらの顔を見た金髪の青年。
思わず扉の前で歩みが止まる。
「・・・ほう、古の我が宮殿にもおらぬ美形よ。惜しいな。
お前は我が配下に取り立ててやろう、ありがたく思え。」
傲岸に宣言する金髪の青年。

「遠慮しときます。で、どうですか神父さ~ん。少し緩めたからしゃべれるはずですが?」
呼吸が楽になる。全身の激痛はそのままだが、窒息することは無いようだ。
「ギルガメッシュ、やれ。」
それだけ、言った。

「・・ということだ。」
金髪の青年は一瞬にして黄金の鎧をまとった。
その反動か巻いていた妖糸がはじける。
「あ、それ反則。」
膨大な魔力のせいなのか、せつらの手から肉の焦げる匂いが微かに漂った。

次の瞬間せつらがさらに飛びずさる。

せつらの居た所に、頭上から落ちてきた赤い槍が突き立っている。その槍をもった青い獣がむっくりと起き上がる。
「よう、また会ったな。」
「やあ、こんばんわ。」
のんきに挨拶をするせつら。この場において神経が図太いのか、気にしていないのか。

中からギルガメッシュが出てくる。
「妖しげな術を使う道化よ。・・邪魔だ、そこをどけ、貴様。
我が宝具達の露にしてくれるわ。開け、我が宝具、ゲート・オブ・バビロン!!」
そう宣言した瞬間、ギルガメッシュの背後の空間に無数の武器が現れる。

次の瞬間、ランサーがギルガメッシュを庇うように立ちふさがり槍を払う。火花が散る。
「テメエはあいつに勝てねえんだよ。第一攻撃されてるのに気がついていねえじゃねえか。」
「なにっ?我を愚弄するのか!」
「だから黙ってろ、気が散る!」
ランサーが槍を振り回す。火花が飛び散る。

「相変わらず、よくわかるね。」
「・・・勘と経験だな。首筋がチリチリするぜ。背筋はゾクゾクするけどな。」
何本もの剣が飛ぶ、せつらがさらに飛びずさる。
せつらが降りる地点を予測してランサーが一瞬でせつらに詰め寄り、赤い槍を突き刺す。

突き刺さらなかった。
「ちっ、ふざけたことしやがるっ」
せつらは空中にいた。

「おのれ、我を愚弄したなっ!!!」
金色のオーラをほとばしらせながらギルガメッシュが吠える。
空中のせつらに目がけて再び何本もの剣が飛ぶ。その中の数本が空中でいきなり回転し、周りの剣を
巻き込んで落ちる。
「なにっ?」
驚愕の目を見開くギルガメッシュ。
「だから言っただろうが、てめえみたいに研ぎ澄まされた技もなく、ただ使ってるだけの奴にアレは仕留め
られねえんだよ。」
ギリッを歯ぎしりをするランサー。
魔力を槍に込める。不可視の刃を槍で跳ね返す。火花が激しく散る。
「きりがねえな。ここらで決着をつけさせてもらうぜ。」
膨大な魔力が槍に込められる。

「神父さん、死ぬけどいい?」
のんびりと声がかかる。
「何っ!」
思わず振り返った。
言峰が倒れていた。
「じゃあ、日を改めて。」
音もなくコートを翻し空中をすべるように遠ざかるアーチャー。
ランサーは歯ぎしりしながら見送った。
「くそ、コケにしやがって、・・・てめえの首は俺がとる。」

「貴様、逃げられたではないか。愚か者め。」
「へーへー、勝手にほざいてろよ。ほれ、お前のマスターが死にそうだぞ。くそが。」
そう言ってランサーは消えた。
「貴様のマスターでもあろうが。」
言峰はだいぶダメージを受けているようだ。気絶している。
「ふんっ、飛んだ横やりが入ったわ。出陣は言峰が回復してからか・・・道化め。」


闇の中、夜の化身が降り立った。
「サーヴァントが2体・・・か。こっちの方も厄介な。」
まあ、マスターはしばらく動けないだろう。なんとなく感触が違ったが・・・
「2~3日ってとこか。」
一般人であれば廃人になるような痛みのはずだが、どうしてどうして、この世界にも骨のある人間が居る。

「さて、殺さないって難しいな。」
恐ろしいセリフを雑草を抜くのと同じくらいの重みで言う。
まあ、とりあえず一旦戻ろう。
「超過料金が欲しいな。」
まあ、少女に請求するつもりはないが。


ふと立ち止まる。あたりを見まわした。視線がある方向で止まる。遠くを見ている。


しばらくして、何事もなかったように歩き出した。
その姿に闇がついて行く。


Chapter 13 Side-A 接触・桜


先輩、お腹すいてませんか?
ああ、そうだな。
なにしましょうか?わたし作ります。
桜って料理できたっけ?
いえ、今練習してるんです。
練習ってどんな料理?
えっと、今は卵焼きなんです。
そっか、卵焼きって奥が深いからな。教えてやる。
え、あ、え・・・
ほらほら、こっちきて。
え、あ、その・・・
卵はこうやって割るんだ。
え、あ、はい・・・。
でな、出汁はな・・・・

先輩、お腹すいちゃいました。

あれ、ここってどこ?
なんかふわふわしてる。
誰かの夢の中にいるみたい。
そうか、これは夢なんだ。
でも、リアルな夢。
リアルすぎてやっぱり夢なのね。
そう。
夢の中。
夢。
ゆめ・・

サクラよ、なにか食べたくはないかえ?
タベタイ・・・
たべたくない。
タベタ・・・
たべたくない。
タ・・・
たべたくない。
たべたくない。

そうはいってもな、何も食べないと、死んでしまうぞえ?

タベタイ・・・
たべたくない。
タベタ・・・
たべたくない。
タ・・・
たべたくない。

・・・今は食べたくありません。

・・・ふむ、ならばよい、しばらく休んでおれ。

何かが去っていく。

先輩。お願いです。卵焼きの作り方、教えてください。


Chapter 13 Side-A 接触・臓硯


薄闇の中、明かりは極端に落とされている。
部屋の主の趣味なのか一本のの蝋燭についた明かりだけしかない。
蝋燭の燃えるちりちりとした微かな音だけしかしない。
ほのかな明かりの周り以外は暗くて見えない。

ふむ、まだ落ちぬか。さすがというべきか、なんというべきか。
まあ、そうでなくてはいかんがな。
部屋の主が思索にふけっている。

夜に出会ったら10人中10人ともぎょっとするだろう。
子供なら泣き叫ぶだろう。
誰かが指さして悪魔と叫べばそれだけでパニックになろう。
死者のような肌、深いしわにくぼんだ目と表情はそういった風体をさらしだしていた。

空気が動く。蝋燭が揺らめく。光が揺れる。

「御爺様」
声がかかる。
「どうしたのじゃ?慎二よ。」
「いえ、ライダーの食事の許可をいただけますか?」
堂々と受け答える慎二がそこに居た。
思わず目を細める。
以前とは大違いじゃ。成功したかの。よきかな、よきかな。
「体の具合はどうじゃ?」
「ええ、非常にいい感じです。今までの僕はなんだったんでしょうか。」
「そうかそうか、よしよし」
「で、許可を頂けますか?」
「せっかちじゃのう。あわてるな。でないと取りこぼすことになるぞえ」
「申し訳ありません。」

「そうさの、あまり派手にせんのであればいいじゃろう。10人までじゃ。」
「わかりました。ライダー、行くぞ、お前の食事にこの僕がわざわざ出向いてやるんだ。ありがたく思え。」
「・・・ありがとうございます。シンジ」
感情のこもらない女性の声がした。

「おお、そうじゃ、内2~3人ばかし、連れて来やれ。」
「わかりました。」
「あと、どこぞのサーヴァントに会ったら戦わずにかえってくるのじゃぞ。」
「・・・」
「どうした?慎二よ、わしにさからうのかえ?」
「いえ、わかりました、御爺様。」
そういって2人は連れ立って消えた。
ライダーは何事かを考えているようじゃったが、さて。

しかし、どうやって最後の殻を壊そうかの。
くっくっく・・・愉快よのう。


Chapter 13 Side-B 接触・凛


もう、大丈夫だということなので、私の部屋に士郎を呼んだ。時間に余裕はない。特訓も早くしなければ。

で、いろいろ聞いてみたら頭が痛くなってきた。
どうも士郎の受けた教育はだいぶというか、かなり偏っていた。
工房はまともに知らないわ、協会も知らないわ、管理者も知らないと来た。
あまつさえ・・・
「で、結局あんたの魔術って強化だけなわけ?」
「そうだぞ。」
ときた。

「じゃあ、手始めにこれを強化してみてよ。」
こめかみを揉みほぐしながらランプを渡す。
士郎の様子を見ていたら・・・・なんか違う世界?
あ、あ、あ、あ、あんた、何してるのよっ。
あ、割れた。

あちゃあ、また失敗した。と士郎は言う。

失敗して当然のような気がする。
士郎は魔術師が普通に持っている魔術回路のスイッチがない、というか作ってない。
つまりオンオフの決まったやり方がなかった。
毎回魔術回路のバイパスを生成、破棄している。普通は一回作成した回路はそのままになるのだけど。

士郎にはそこの勘違いを説明した。

「ということは、毎回こんな思いをしなくてもよかったのか?遠坂」
「そうよ。それを教える前にお父さんがなくなったのか、何か考えがあったのかわからないけどね。
普通は一回作ったら、後はオンオフの仕方を訓練するわ。」
「そうなのか。」
「まあ、でも、そのおかげで魔術回路はタフになってるんじゃない? 効率は悪いけど。」
「効率が悪いってなんでさ。」
「だって、せっかく開いた回路をまた閉じてるもの。効率が悪いったらありゃしない。
でも、士郎の持ってる魔術回路の数は意外と多そうね。これならいけるかも。」
「意外といけるって、どういうことだよ?」
「あんたねぇ、いちいち独り言に突っ込まないでよ。」
「すまん」

がさごそ、そうそう、これこれ。

「これ飲んで。」
渡した宝石を士郎はまじまじと見つめる。
「何よ。」
「遠坂、これって宝石だよな?」
「そうよ、文句ある?」
「いや、普通、宝石ってのみ込んだらいけないと思うけど。」
「いいのよ、それはそういう宝石だから。」
「宝石に飲む宝石ってあるのか?っていうより、これなんだよ。」
「時間がないから荒療治するの、いいからつべこべ言わずに飲みなさい。」

不審そうな視線を向けてくる士郎。早く飲めと目で合図した。

ごくん。

「飲んだわね?じゃあ、これからしばらく激痛が走ると思うけど、」
あ、もう士郎が悶えてる。床の上でのたうってる。聞こえてるかな?

「苦しいけど、今の状態でしばらく我慢ね。少しずつ楽になるから。」

魔術師の心得を教えた。
スイッチ、回路のオンオフのこと。
「・・・ということよ。分かった?」

「・・・わかった。」
びっくりした。
「え、もうしゃべれるの?」
「・・なんとかな。」
よっこらしょ、と座りなおす士郎。

「そう、なかなか自身のコントロールは出来るのね。だとすると、早く元に戻れるわね。」
「あとは貴方のスイッチを作り出すことね。何かのイメージでいいのよ、これで切り替えた。っていうイメージ。」
「・・ありがとう。遠坂には感謝してもしたりない。確かに、スイッチなんて物が実感できれば楽になる。」

な、こいつは。照れるじゃない。
「判ってるじゃない。でも感謝する必要なんかないわ。セイバーが十分に戦えて、私たちが勝つためにしてるだけなんだから。」
顔を背ける。

士郎の視線を感じる。なんとなく微笑んでる様な気がする。
「なによ。人の顔じろじろ見て」
「いや。遠坂は素直じゃないなって思っただけだ」
「う、う、う、うっさいわね。そんなに軽口が叩けるんだったら、もっと特訓よ!!・・・そうね、投影して。」
「投影って、何だっけ?」

くぁぁぁぁ、こいつは、もうっ。
「あんたが、土蔵の中で作ったナイフとか包丁とかよっ!!!」
「ああ、そっか、思い出した。あれが投影だったな。だけど、投影って言葉以外よく知らないぞ?」

がっくりきた。あんたねぇ、そこまでモノ知らずなのね・・・・
とりあえず、投影について説明した。

「・・なんとなくわかった。で、どうやるんだ?」
士郎が聞いてきた。
「そんなの知らないわよ、私は投影なんて効率が悪いものなんて使わないもの。
使わないからやり方なんて知らないわ。あんたが昔にやってみた通りでいいんじゃない?」
「やり方なんて、覚えてないぞ?」
「思い出しなさいよ。」
「って言ってもなぁ、忘れてるし・・」
「ああ、もう、つべこべ言わずにやってみなさいっ!!」


しばらくして、さすがに疲れたのか、士郎がへばってきたので、魔術教室はお開きにした。
もう3時になる。
あちゃあ、さすがにやりすぎかな?
でも、なんとなくスイッチの感覚がわかってきたようだった。まあ、でも投影の方はてんで駄目だったけど。
魔力さえ練り上げることができたら、それだけでセイバーの力が上がる。投影なんてに二の次よね。

考え込んでいると、ほっぺを何かでつつかれた。
誰もいない。居たら怖いけど。・・・アーチャー?

レイラインをつなぐ、なんだ、居間にいるの?いつの間に。
寝静まった衛宮邸を歩く。夜でも家の雰囲気は優しい。
なんとなく、この家って居心地がいいのよね。


居間に行った。報告を受けて、頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
「とりあえず、しばらくは教会と、その周りにいかない方がいい。」
アーチャーはそう言った。


綺礼、アンタ・・・・・