夢を見た。

血塗られた丘、赤い夕日、丘のように折り重なった騎士たちの亡骸の中で慟哭しているセイバー。
真っ赤に燃え盛る大地、周り中が死に包まれる中、誰かを抱いて慟哭している桜。
慎二の笑い声が響き、真っ黒い靄のような何かに包まれる。

そして、俺は落ちていった。
落ちた先は、瓦礫の山だった。俺の周りに黒いモノが集まってきた。体の端から黒いものに食われていく
黒いものが全身に群がる寸前・・・

目が覚めた。

「はぁ、はぁ、・・・・・ふぅ・・」

まだ部屋の中は暗かった。
寝汗が気持ち悪い、体中が汗でべっとりする。

「なんて、夢だ・・・」

起きたと同時に汗が冷たくなっていく。

ズキン、ズキン、ズキン。
「いっつぅ。」
ハンマーで殴られたような頭痛がして、頭を抑える。
頭だけじゃなかった。全身が熱い。体中に何かを刺されているような痛みがある。
「ぐぅぁっ」
体が動かない、体を掻き毟りたい衝動に駆られるが、頭を抱えたまま全身が硬直している。

ズキン、ズキン
永遠に時間がたったような感覚の中、徐々に痛みが引いてきた。

ズキン
同時に体の感覚も戻ってきた。

「昨日の遠坂の特訓の影響かなぁ、まいったな。」

よっこいせっと起き上がる。外はまだ暗いが時計を見ると5時半になっていた。
このままでは風邪を引くな。
「着替えないと・・・。」

隣の部屋の様子を伺う。特に物音はしない。セイバーはまだ寝ているようだ。

とりあえず、土蔵にでも行って鍛錬でも。と思い部屋を出た。


Chapter 14 Side-A 述懐・士郎


「あれ?」
庭に闇の化身の様なアーチャーがいるのに気がついた。桜はどうなった?見つかったのか?
思わず廊下のガラス戸を開き、声をかける。
「アーチャー、桜は見つかったのかっ!?」
アーチャーがこちらを向く。一瞬ぼぉっと霞む意識をあわてて引き寄せて頭を振る。
「まだだよ。」
のんびりとアーチャーが答えてくる。
「そうか、まだなのか。」
「いい情報屋がいなくてね。」
そうだよな、アーチャーにとったら、ここは見知らぬ土地。いくら人探しの専門家でもすぐには見つからないだろう。
でも、こうしている間にも桜には危険が近づいている。早く見つけないと。
気ばかり焦るが、でもどうしようもできない自分に腹が立つ。
早く、早く・・・・。

「まあ、でも近くにいると思う。」
「わかるのか?」
「勘だけど。生きてたら連れて来よう。死んでたら死んでる証拠を持って帰る。」
「なっ、死ぬなんて言葉を使うなっ!」
思わず叫んでしまった。
「ん?」
アーチャーは小首をかしげる。
「桜に死ぬなんて不吉な言葉を使わないでくれ。」
「ああ、そうか・・・ふむ。」
何かを思い出したように片手をあげる。わかった。って言っているようだ。

部屋の方から襖の開く音がしてセイバーが起きて来た。
「シロウ、おはようございます。ところで何を大声を上げているのですか?」
「あ、い、いや、ちょっとアーチャーと・・」
「アーチャー、いつ帰ってきたのですか?あっ、おはようございます。」
ぺこりと頭を下げるセイバー。
「おはよう。昨日の深夜。」
「成果の方は・・・あまりなさそうですね。」
セイバーの顔が暗くなる。

「とりあえず、朝御飯の準備するから、少し待っていてくれ。」
「期待しています。シロウ」
セイバーが真顔で言ってくる。
「ん、わかった、できたら呼ぶから待っててくれ。」
「それまで道場の方にいます。」
「わかった。」
今、アーチャーの顔は正直見たくなかった。気分がささくれ立ってる。
そのままキッチンに向かった。


Chapter 14 Side-A 述懐・セイバー


シロウが食事を作りに行った。
庭の方に目を向けると、まだ暗い中、闇の結晶で削り上げた様なアーチャーが佇んでいる。
「アーチャー、少し時間をもらってもよろしいですか?」
「いいよ」
「では立ち話もなんですので、道場の方に行きませんか?」

道場で正座して座る。
アーチャーは壁にもたれかかって立っている。
「何かな?セイバー。」
アーチャーをまともに見て、普通に声を出すのに若干時間がかかった。
「・・・いえ、昨日のことを聞きたいのです。学校での出来事の後についてです。」
「特に何も。」
「そうですか。」

沈黙が流れる。
お互い、静謐の中にいる。

どれほど時間がたっただろうか。
ようやく声が出た。

「・・・一つ聞かせてもらってもいいですか?」
「何?」
「アーチャーは何が望みですか?聖杯で何を叶えるのですか?」
「特にない。」
「何も無いんですか?」
「ん。」
「・・・そうですか。」

アーチャーはなにも聞かない。沈黙に耐え切れず、秘めたる思いを思わず口走ってしまった。

「私は・・・叶えたい望みがあります。」
「そう。」
再び沈黙が流れる

「・・・あなたは何も聞かないのですね。」
「僕には関係が無い。」
のんびりとした口調は何もかわらない。

私がこんなに深刻に考えている事が、あっさりと切り捨てられ、思わず血が上った。
「あなたは、一切の感情を切り捨てているのですか。すべての事を振り捨てているのですか?あなたを見ているとそう感じます。怒る事も泣く事も無く、笑う事さえも。」
「・・・」

アーチャーは答えない。もう止まらなかった。止められなかった。

「あなたは、つらい過去とかは無かったのですか?変えたくなる過去は無かったのですか?
私は・・・・間違ってしまった。私は間違った過去を正したい。過ちを取り戻したい。やり直したいんです。
あなたにはそういった感情は無いのですかっ」
淡々としたアーチャーに苛立ち、思わず畳み掛けるように言った。完全な八つ当たりだった。


空気が変った。背筋に冷たいモノが走る。道場が一瞬でブリザードが吹きすさぶ氷原に変ったような
錯覚を感じる。何も変っていない。いや変った。

目の前の・・・・

・・・・アーチャーが・・・・。

姿は変らない。
ただ、中身が変った。

アーチャーがこちらを向く。黒曜石のような双眸。吸い込まれるような闇。
ゾクッとした。

アレは何だ。アレはここにいてはいけないモノではないのか?
アレは・・・

自分がただの少女に戻ったような、頼りなさを感じる。身動きが取れない。口が渇く。
「過去を変えてどうする。」
アーチャーの声だった。そして、アーチャーの声ではなかった。

「あ、あなたは・・・」
「お前は、自分の失敗のために過去を変えるのか?過去を変えるということは、過去を捨てる事だ。」
「そ、それは・・」
「では、お前の周りの人間はどうなる? 自分一人ならそれも良かろう。だが、お前が巻き込んだ他人の過去までもお前は奪うのか?」
「なっ」
「何の権利があって他人の過去を奪う?」
「・・・」
「過ぎたものは戻らん。」
「でも・・」
「失ったモノも戻らん。」
声が出なかった。
アーチャーであってアーチャーでない存在。あなたはいったい・・・

遠くから足音が聞こえる。
道場の戸が開く。思わず入り口に目を向ける。
「セイバー、飯だぞ。」
シロウだった。
「アーチャーもここにいたのか?どしたんだ?二人して。」
不思議そうにシロウが聞いてくる。
「あっえっ・・・」
「雑談。」
のんびりとアーチャーが答える。
視線をアーチャーに戻した。いつもの茫洋としたアーチャーだった。
いつの間にか、雰囲気が戻っていた。

正直、士郎が来てくれてありがたかった。あのままだったら何がおこるのか想像もできない。

「どうした?セイバー。顔色が悪いぞ? そんなにお腹がすいていたのか?」
「なっ、シロウ、あなたはいったい私を何だと思っているのですかっ」
「違うのか?」
「違いますっ!」
このマスターはなんてことを言うのか、そんなに私はいつも空腹だと思われているのか。

くぅ。

あ。緊張がほぐれたのだろう。そうに違いない、きっとそうだ。断じてそうだ。決しておなかがすいた訳ではない。
しかし思わず顔が赤くなる。
そーっとシロウの方を見ると。

「やっぱり、すいているんじゃないか。さ、早く居間にこいよ。」
なぜか得意満面のシロウがいた。なんとなく腹が立つ。

「な、あの、いえ、こ、これは、そ、っそう、そうです、お腹がすいていのではなく、緊張がほぐれたというか、お腹の蠕動運動というか・・「ははっ」」
「アーチャー、笑わないでくださいっ、失礼です!!」
「まま、いいからさ、早く食べようセイバー。アーチャーも。」
シロウが出ていった。

「だって。さ、行こう。」
アーチャーも歩き出す。
促されて私も立ち上がる。
「ん?何?」
視線を感じたのかアーチャーが尋ねてくる。
「いえ、何でもありません。」
頭を振る。
連れ立って居間に行く。

私の頭の中では、さっきの言葉が重く響いていた。
他人の過去を奪う権利・・・・か。そんな事は、考えた事もなかった。


Chapter 14 Side-B 述懐・凛


牛乳を飲んで、目が覚めてきた。頭の回転が戻ってきた。
朝が弱いって面倒よね。そのうえ最近、あんまり落ち着いて寝れないし。夢見も悪いし。
相変わらず、今日の夢も最悪だったわねぇ。
朝っぱらから首の断面図とか人体を輪切りにしたらこうなります。とか血の噴水とか見たくないわよ。ほんと。
ま、いいか。・・よくないけど。
「・・・というわけで、とりあえず四人で柳洞寺に行くわよ。」
宣言した。

士郎とセイバーが突っ伏した。どしたの?
「遠坂~」
「何よっ」
「いや、説明してくれ。朝、いきなり幽霊みたいな顔で起きて来て、冷蔵庫勝手に開けて牛乳飲んで、
ぼーっとしてたかと思うといきなり『・・というわけで』って言われても、何のことだかさっぱりわからん。」
「状況説明ありがと。」
どうも考えていたことと、口から出た言葉にギャップがあったらしい。
そっか、まだこの二人は知らなかったか。

「ちょっと二人に伝えておくことがあるわ。」
教会の事、サーヴァントのことを説明した。

「遠坂、それってどういうことだよっ! 言峰って見届け役じゃ無かったのかよっ!」
「私だって昨日初めて知ったんだから、事情なんてわからないわよ。」
頭に血が上った士郎に言った。
「ランサーと正体不明のサーヴァントだろ? おかしいじゃないか。聖杯戦争って7人のサーヴァントで争うんだろ? なんで8人もいるんだよ。」
「だから、私はわかんないって言ってるでしょっ! 私だって聖杯戦争は初めてなんだから。」
言われなくたって、私だって混乱してるわよ。

「アーチャー、不明のサーヴァントの事ですが、どんな容姿でしたか?」
セイバーが真剣な顔をしてアーチャーに聞いてる。
「ランサーと同じくらいの背格好で金髪で、赤い目で、金色の鎧着てたかな。」
「なにそれ、成金の金ぴか親父みたいじゃない。セイバー、知り合い?」
金という言葉に思わず反応してしまった。
しかし、セイバーは深刻な顔をしたままだった。

「セイバー、どうしたんだ?」
「シロウ、今まで黙っていて申し訳ありません。私は前回の聖杯戦争の記憶があります。」
「なんだってっ!?」「なんですってっ!?」
セイバーの爆弾発言に士郎と私の叫び声が重なった。

「・・私は前回、シロウの義父であるキリツグに召還されました。」

そう切り出したセイバーの述懐は驚愕するものだった。
自分が完全な英霊ではない事。そして、前回の召還の時の記憶を持っていること。士郎の父の切嗣に召還され、最後まで残り、最後には聖杯を破壊せよと令呪の強制を受け、最後の最後で聖杯を手にする事ができなかった事。
その話を士郎は複雑な表情をして聞いていた。

前回の聖杯をめぐる戦い、その中で勝てなかった相手。それが金色のサーヴァント。とセイバーは語った。

「でも前回の聖杯戦争って10年前よ? それから今まで現界してるってこと?」
「結果的に見て、そう考えるべきだと思います。」
「で、真名はわかってるの?セイバー」
「いえ、私にはわかりませんでした。使用する宝具が多すぎて、私では特定すらできませんでした。」
「え?宝具が多いってどういうこと? 普通持ってても2つか3つくらいじゃないの?」
英霊である存在は殆どが傑出した武具を有している。しかし、その武具は英霊にほぼ固有のものであって、大量に持っているものではないはず。

「彼のサーヴァントは宝具たる武具を文字通り撃ってきます。」
「撃つって? ごめん、よくわからない、セイバー。」
横から士郎が口を挟む。
「武具を射出してきます、まるで矢のように無数に。ですからクラスとしてはアーチャーでした。」
「剣とか槍とかを・・か?」
「けど、それってどういう事?そんなデタラメな数の宝具を持ってる英雄なんて聞いた事無いわ。」
そんなばかげた英霊がいるはずがない。

「ギルガメッシュ」

さっきから新聞を読みながらお茶をすすっていたアーチャーがぼそっと口を挟む。
「なっ」
「えっ」
「アーチャー、あなたは何で知っているんですか?」
私と士郎の声にかぶさって、セイバーが呆けたように聞く。

「神父さんがそう呼んでた。」
「ギルガメッシュってあのギルガメッシュ? それって半分神様みたいなもんじゃないの。そんなサーヴァントって有り?」
聖杯が呼び出すサーヴァントって神霊みたいな存在すら呼べるのだろうか・・・
「わかりません。しかし、非常に強力なサーヴァントである事は確かです。」

「もう、なんでも有りなのね。それで、セイバー、今度は勝てそう?」
「正直、わかりません。私の攻撃圏内に誘い込む事ができればなんとかなると思いますが、そもそも近寄らせてくれませんし。」
「そう、まいったわね。」
「だけど、なんでアーチャーは無事だったんだ? そんな化け物みたいなサーヴァントとランサーと遭遇したんだろ? よく生きて帰ってこれたよな。」
士郎が首をかしげる。そうだ、なんでアーチャーは・・

「ん? まあ、なんとなく。あ、お茶のお代わりもらえるかな?」
「なんとなく、ですか?」
「なんとなく。」
なんとなく。で片付けないでよアーチャー、で、そんな説明で納得しない、そこの金髪娘。
士郎と視線があった。なんか疲れたような目だった。わかるような気がする。

「じゃあ、アーチャーは勝てるのか?」
士郎がお茶を入れた湯飲みを渡しながらアーチャーに聞いている。

「ありがとう。どうかな、相性次第じゃないかな。」
士郎の問いに、のほほんと答えるアーチャー。あまり興味が無いような感じ。
「なるほど、アーチャー同士であれば、お互い遠距離の攻撃となります。そうなると互角に戦えるということですね。
特にアーチャーの見えない攻撃は非常に厄介です。実際受けてみてわかりました。あれであればたとえギルガメッシュといえど十分戦えるでしょう。」
「なるほどねぇ」
思わず納得する。・・・という事は逆にアーチャーを接近戦に持ち込ませるとまずそうね。ま、当然の話か。

「さて、ギルガメッシュとランサーは一旦置いといて、とりあえず話を戻すけど。」
士郎とセイバーが真剣な顔になる。
「決行は夜10時にするわ。で、目的は・・・話し合いよ。」

そう言った瞬間、興奮して立ち上がるセイバー、おまけに鎧まで纏いかけてる。
「なぜですか、凛。この期に及んで話し合いなんてする必要はありません。倒すのみです。アサシンさえ
突破できれば、キャスター如き、瞬時に倒して見せます。」
瞬間湯沸かし器みたい・・・と、ろくでもないことを考えてしまった。

「セイバー、あなたの言いたい事はわかるけど、あなたのマスターはどうかしら?」
「シロウ?」
セイバーが振り向いて士郎を見る。
「・・・」
「シロウ、凛に何とか言ってください。」
「セイバー、悪い。俺は遠坂に賛成だ。」
「シロウ・・・そんな・・・」
「いや、戦わないって言ってる訳じゃない。戦う前に一回話がしたいってことだ。それに、柳洞寺には一成が
いる。もし、一成がマスターだったら協力してくれるかも知れない。」
「シロウ、わかっているのですか? 聖杯を得るためにはサーヴァントを倒さなければなりません。倒さずに
協力関係ばかり築いては聖杯は永遠に得られません。」
「それはわかってる。でも、俺は問答無用ってのは嫌なんだ。場合によったら、ギルガメッシュ達に立ち向かってくれるかも
知れないじゃないか。」
「残念だけど、そこまでは甘くないと思うわ。」
さすがにそれは甘いと思ったので口を挟んだ。

「それでも、一回だけ俺にチャンスをくれないか。セイバー。」
「・・・シロウがそこまで言うのでしたら、引き下がりますが。しかしっ!キャスターが害をなそうとしたら、
私は問答無用でキャスターを倒します。これだけは譲れません。」
「わかった。ありがとうセイバー。でも、こんな俺がマスターで本当に迷惑をかけてるな。すまない。」
いえ、私は・・とか言いながら赤くなったセイバーが座りなおす。
この二人って似ていないようで似たような、まあ、いいコンビよね。

「じゃあ、決まったわね。それまでは自由行動にするわ。単独行動はだめ。どこか行くときは必ずセイバーを連れて行くこと。いいわね。」
「わかりました、ではシロウ、空いた時間は鍛錬の時間にしましょう。今日も全力をもって鍛えます。」
「げっ」
「先に道場の方に行っています。準備ができたら来て下さい。」
「私は部屋に戻るけど、夕方からは魔術の方の特訓だからよろしくね。」
「げげげっ」
「文句でもあるのかしら? 衛宮君?」
「い、いや、文句は無い。文句は無いから、左腕を光らせるのはやめてくれ。」

それで散会した。

~interlude~

賑やかだった先ほどと異なり打って変わって静かな時間が流れる。

居間にはせつらが一人座っていた。新聞は相変わらず平和を伝えてくる。

巻きつけた妖糸から変化は伝わってこない。
「こっちは落ち着いてるか。」

ふと顔を上げる。
「・・・早く、探さないといけないな。」

一時の平和な時間に終わりが告げられようとしていた。

~interlude out~