思わず家から逃げ出した。あわてて靴も履かずにサンダルを引っ掛けただけの格好で。
「今帰ったらまずい、絶対女装させられる。」
思わずつぶやきが漏れる。
仕方がない、しばらく時間をつぶしてから帰ろう。

ぶるっ、寒っ

上着も着ていないのでかなり寒い。まあ、真冬に上着も着ずに出てきたんだから、寒くて当然なんだが。
とりあえず暖が取れるところ・・・と考えるとスーパーしかないか。
周りを歩いているコートやダウンジャケット等の冬着からは、明らかに浮いている格好で商店街に向かった。


Chapter 16 Side-A 幼生・士郎


偶々、空いた時間に食材でも買いに行こうと、財布をポケットに突っ込んでいたのは助かった。
今にも雪が降りそうな中、Tシャツにトレーナーでは商店街に着いたときには芯から冷えていた。
何かあったかい物でも食べようと、江戸前屋でたい焼きを買った。
そういえば桜はここのたい焼きが好物だったな。と思いつつ、たい焼きが焼きあがるのを待っていた。

桜を早く助けないと。焦燥感がじわりじわりと蝕んでくる。

くいくいっ

しかし、今はどこにいるのだろうか、自然と表情が険しくなる。それに慎二の動きも気になるし。

くいくいっ

柳洞寺の一成も気にかかるし。

くいっ

・・・くそう、俺はなんて無力なんだ

いきなり、腰の上をバシンッとたたかれた。
「だ、誰だっ! いったいっ!」
後ろを振り向くと、銀の髪の少女がいた。教会からの帰り道に出会った白い少女。
反射的に飛びすざる。

ガシャーン。

飛びずさった先に駐輪してあった自転車にぶつかって、自転車ごと派手にこけた。
周りの人たちの白い視線が痛い・・・・
「大丈夫?お兄ちゃん」
心配そうに赤い瞳が覗き込む。
「おっおまえ!こんなところで」
バーサーカーのマスターの少女。一人で出てきた俺では即座に潰されるのが関の山だろう。
背筋に冷たいものが走る。
「こ、こんな所で、やる気なのか?」
震える声が出た。

「おかしなこと言うんだね。お兄ちゃん、お日様があるあいだは戦ったらダメなんだよ?
それより、生きたんだね、よかった。」
にこにことした顔で、とんでもないことを明るく言い放つ少女。
無邪気に微笑むその顔に、敵愾心はおろか警戒心すらないことが分かったので、ようやく落ち着いた。
「ちょっと待ってくれ。」
そういって立ち上がり、ドミノ倒しで数台倒れていた自転車を元のように戻す。
改めて少女を見る。何回見てもあの時のバーサーカーのマスターだった。しかしなぜこんな所で遭遇するのか
理解に苦しむ。

「あ、えーと、きみは・・」
「あ、ひっどーい、名前忘れたのね。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。でも長いからイリヤでいいよ。」
ぷんっとむくれた様な表情を見せる少女。ころころと表情を変えるその姿は年相応の少女に思えた。
「ところで、お兄ちゃんはなんて名前?」
一転して興味津々な表情で聞いてくるイリヤ。
「え、あ、お、俺は衛宮士郎」
「エミヤシロ? エミャシロ?」
小首を傾げながら復唱するが、どうも呼びにくそうだ。

思わず、噴出した。
「ぷっ、そんな発音で呼ばれたのは初めてだよ。衛宮が姓で士郎が名前だから士郎でいいよ。」
「シロウね。なんだ、簡単な名前なんだね。響きはいいよ。・・でもエミヤなんだね。ふ~ん。」
なんとなく、思わせぶりな視線に、一瞬警戒警報が全身を駆け巡る。
思わず身構える俺を見て
「そんなに身構えなくてもいいのに、シロウ。バーサーカーは置いてきてるし、シロウもセイバー連れてないし、おあいこなの。うふふっ」
楽しげに笑う。

「おあいこ・・なのか?」
「いいからいいから、シロウ、お話しよ?私、たくさんお話したいし、聞きたかったんだ。」
「・・話すくらいだったらいいけど。」
目的がよくわからないが、いい機会かもしれない。
「やったーっ! じゃあ、早くいこっ!早く早く」
イリヤは腰に抱きついてきて、下から見上げてくる。
「おわっ、ちょっちょっちょっとまて、分かった、分かったから。」
周りの視線が更に痛い。

笑顔のイリヤをなんとか引き剥がして、たい焼きの代金を払い、とりあえず近くの公園に向かった。
「ところでシロウ、寒くないの? そんな格好で。」
横を歩くイリヤが不思議そうな視線を向けてくる。
「いや、寒いぞ。」
「だったらなんでそんな・・・はっ、分かった。お爺様が言ってたわ、日本人って冬でもすかすかの服を着てやせ我慢してるって。冬でもお風呂は滝で水浴びして、お家も木と紙でできてるんでしょ。あっでもここ周りのお家は木じゃないね。」
きょろきょろと辺りを見回すイリヤ。
どうもイリヤは日本の知識に偏りがあるみたいだった。でも、誤解を解くために説明する気力もなかったのでそのままにしておいた。

商店街のはずれにある小さい公園にやってきた。
「へぇ。こんなとこもあるんだね。」
そういいつつ公園の中に無邪気に駆けていった。
きゃっきゃといいながら、ブランコに座るイリヤを見ていると年相応の少女に見えた。この子がマスターで
命のやり取りをしているのが信じられなかった。
「ほら、イリヤ、暖かい間に食べろよ。」
そういってたい焼きを手渡した。
「これ何?」
きょとんとした顔をするイリヤに、食べ物だと説明した。
恐る恐る口をつけ、徐々に食べる速度があがって行くのを見ると、どうも好評だったらしい。

「で、話ってなんだ?」
ベンチに移動して、隣に座りながら聞いた。
「ひょっとしてセイバーの事とか知りたいのか?」
「セイバー? なんで?」
「だって敵サーヴァントの情報とか知りたくないのか?」
「なによ、そんな話はイヤ。もっと面白い話じゃないとつまんない」
ぷうっとむくれながら答えてくるイリヤ。
「面白い話っていってもなぁ・・」

それからしばらく白い少女と会話した。
父親の話、魔術の話、住んでいる所、好きなもの、嫌いなもの・・・

分かった事は、イリヤはいわゆる常識に欠けていた。というより常識を身につける前の無邪気な少女のままだった。
善悪に関しても好き嫌いが基準になっていたり、人を殺すという意味もよくわかっていないようだった。
どうしても、自分から好んで人を殺すような子じゃないと思う。

「イリヤ、真面目な話なんだけどな。」
そういって声をかけた瞬間、イリヤが何かに呼ばれたように顔を上げた。
「もう、帰らなきゃ。」
トン、とベンチから飛び跳ねる。
「どうしたんだ?」
「バーサーカーが起きちゃったの。だからシロウ、バイバイ。」
そういって駆けだそうとする所に声をかけた。
「イリヤ。明日も会えるか?」

イリヤはちゃんと話したら分かってくれると、こんな馬鹿げた戦争から手を引いてくれると信じたかった。
だから、もう一度話したかった。

「・・・いいよ。じゃあ、明日にここでいい?」
しばらく考えていたが、明るくイリヤが答える。
「分かった。」
「じゃあね、ばいばい。」
そういってイリヤは走り出した。と急に立ち止まり、こっちを見た。
「あ、そうだ。シロウ、ひとつだけ聞かせて。」
「なんだ?」
声に含まれる微妙な緊張に身構えた。
「凛のサーヴァントって、何なの? というより、あれって本当にサーヴァント?」
「アーチャーのサーヴァントだろ?」
唐突な質問に思わず答えてしまった。
「そう・・・、サーヴァントなのね・・・」
そういって走り去って行った。

「なんなんだ? いったい」
一人になったら、急に寒くなった。すっかり長居してしまっていた。
「このままだと風邪を引くなぁ、仕方がないから帰るか」
ちょっと気が重いが、帰ろうと腰を上げた。
公園を出て帰路に着いたとき、黒いものが目の端に入った。
「あれ? あれは、アーチャー・・? だよな?」
黒いコートの後姿が商店街から出て行くところだった。
「何してたんだろ? 遠坂に買い物でも頼まれたかな? まあ、いいや。」
入り口の近くのスーパーで食材を買って帰った。


そして夜。


夜の新都は、いつもの賑わいがなく静かだった。
前を歩く赤い悪魔が言う
「士郎、いい加減、機嫌直してよ。」
前を歩く青い裏切り者がのたまう
「シロウ、決して私は女装をしたシロウを見たいから支持したわけでは・・」

家に帰ると、遠坂&セイバーに「作戦」を説得されたが断固として反対した。
セイバーは食事で陥落したが遠坂は手ごわかった。なんでそんなにコスプレにこだわるんだ?

で、4人で新都を見回ることで落ち着いて、この状況だ。


なんとなく男のプライドを傷つけられた気がして、なかなか許す気になれない。
「い・や・だ。」
といって、少々の非難の視線を向けると二人はあわてて前を向いて、雑談を始めた。

しばらく巡回していたが何も起きなかった。
ふと横の路地から視線を感じて目を向けた。誰もいない。
ん? なんだ? 妙に気になる。前を歩くセイバー達は気がついていないらしい。
声をかけるほどでもないなと思い、ちょっと、覗いてみようと路地の方に体を向けた。
その瞬間首筋に何かが当たる感触。
しまった・・・・
首筋に鈍い痛みを感じた後、意識がなくなった。


Chapter 16 Side-B 幼生・凛


セイバーが探索していた場所。実際に見たほうが言いとセイバーが言っていた所に歩いて行った。
「なっ!! 何よ、これっ!」
思わず、声が出た。
そこに落ちていたものは、肩から切り落とされた腕・・・には違いないのだが、既に人間の腕ではなかった。
5cm程の剛毛が密集して生え、腕や指も通常の人間の倍ほど長く、人間の腕というより蜘蛛の足じみた印象を受ける。
切断箇所から徐々にぶよぶよしたゼリー状に融解して行っているうえに、何か白く長い繊維状の寄生虫らしき物がゼリーの中を蠢いていた。
その状況を見て思わず吐き気を催した。
「何よ、これ、こんな外道な・・・・」
こんな魔術は知らないし、知りたくも無い。が、多分人体改造の一種なのだろう。キメラを作る技の応用なのかも知れない。
これが慎二の成れの果てとするならば、施術したのはまず間違いなく間桐臓硯。こんなやつに桜は捕まっているの?
ギリッと歯軋りの音が漏れる。許せない。間桐臓硯だけは許せない。
「Anfang!! Es Brennen Sie das Gebiet dort aus!!」
不浄な物を炎を持って焼き尽くした。肉がこげる嫌な匂いがしたが、灰になるまで焼き尽くした。

しばらくしてセイバー達の元に戻った。私の表情を見て察したのだろう。
「説明するのが困難でした。」
膝にシロウを抱えたセイバーが嫌なものを見たような表情で話しかけてくる。
「確かに、あれは見たほうが早いわね。」
我ながら冷静な声が出た。
「あれは何ですか? 凛」
「正確な所は分からないわ。けど、あれは外道の技だわ。少なくとも私は許せない。」
自分に宣言するように口に出した。
「ところで、士郎の具合はどう?」
セイバーに抱えられている士郎を覗き込んだ。血まみれの上に暗いのであまり分からないが、呼吸は安定している。
「大丈夫・・のようです。舌も元通りになりましたし。」
セイバーも困惑していた。
「どうも、治癒力が上がっているような気がします。」
「何よ、それ。どういうこと? いったい士郎には何が起きているのよ」
「・・・魔力のせいかとも思いますが、よく分かりません。」
「魔力のせいって、それって? ひょっとして・・・」
「想像通りと思いますが、シロウからの魔力供給が多少改善されてきています。そのせいかと。」
「へぇ、荒療治もやってみるものね。」
「ですね。」

「さて、そろそろアーチャーも歩けそうかしら? だったら、一旦「凛っ!」」
会話の途中でセイバーが鋭くさえぎる。
異様な気配に気がついた。公園の入り口付近。
空気が一気に凍り付いていく。二人の視線がソレに吸い寄せられた。


そこに影が立っていた。


空間が歪んでいる様な、錯覚と感じてしまうような、異様な存在感。
いや、存在感が無いのか。感覚が狂わされる。

隣のセイバーの呼吸音すら聞けそうなほどの緊張の中、その存在はゆらゆらと立っていた。

空間を支配するその黒い影を何故か見たことがあるような気がしていた。
妙に懐かしいような既視感。

風が吹いた。
枝が揺れる。
潅木が揺れる。
そして、影が揺れる。

「凛っ!」
セイバーの叫び声を聴いた瞬間、思いっきり横に飛んだ。
黒い影から、槍の様に突き出た影が、一瞬で地面を覆いながら伸びてきた。
なんとか間一髪で避ける。セイバーは士郎を抱えてその場から移動している。
アーチャーは?
アーチャーはまだ寝たままだった。そこに影が伸びていく。
既に声を出す暇も無かった。

だめっ!!!

アーチャーが影に包まれた瞬間。
入り口の黒い影から声にならない悲鳴のような物が聞こえたような気がした。
影が引いていく。
アーチャーは変わらず寝たままだった。

「切れても切れない・・か。」

アーチャーの呟きとともに異様な気配が引いていく。
公園の入り口の影も徐々に薄れていく。

アーチャーに駆け寄る。
「大丈夫? アーチャー」
覗き込んだが、相変わらずのほほんとした声でアーチャーは答えた。
「ほら、危険だった。」
「あんたねっ! こっちのほうが心配したわよっ! だけど、本当になんともない?」
あの影は正直不気味だった。魔術師の勘はこの上も無く厄介な物だと示していたが、アーチャーはなんとも無いようだ。
「影に包まれたとき、なんとも無かったの?」
「まあ、あの影は避けたほうがいい。」
よっこいしょと立ち上がりながらアーチャーが言う。答えをはぐらかされている様な気がした。
「本当に大丈夫なの? アーチャー」
念のために重ねて聞いたが、
「大丈夫」
今の緊迫した状況などお構いなしのような声に力が抜ける。

「無事ですか? 凛、アーチャー。」
セイバーが近寄ってきた。
「なんとかね。セイ・・」
セイバーの方に視線を向けて答えた。視線の先には、士郎をお姫様抱っこをしているセイバーがいた。
違和感炸裂なんだけど・・・。普通は逆だと思うなぁ。と、関係ない事が脳裏に浮かんだ。
「どうしました? 凛」
訝しげにセイバーが聞いてくる。士郎を抱えながら。
「なんでもないわ。」
頭を振りながら答えた。
「だけど今日はちょっと色んなことがありすぎたわ。一旦帰って状況整理しないと頭がおかしくなりそう。」

セイバーが頷く。
「確かに、考えることが多すぎです。怪我人もいますし。」
「そうね。アーチャーは歩ける・・・見たいね。」
公園の入り口の方に向かって既に歩き出しているアーチャーがいた。

「じゃあ、セイバーは士郎をお願い。」
「分かりました。しかし、凛、あの影には禍々しいものを感じました。アーチャーは大丈夫なのですか?」
アーチャーの後に続いて歩きながら深刻な声で聞いてくるセイバー。
「大丈夫みたいよ。だけど、影は避けたほうがよさそうね。まあ、なんにせよ、落ち着いて考えを整理したいわ。」
「そうですね、早く帰りましょうか。」

重い足取りで帰路に着いた。

それからは誰もしゃべらなかった。

暗い悪寒がどうしてもぬぐえなかった。

今は本当に・・・聖杯戦争を行っているのだろうか・・と。

ふと疑問がわいた。そもそも聖杯戦争とは・・・・一体。



~interlude~


さてもさても、守るものを失いかけた者は弱いものよな。
とうとう綻びが見えてきたの。
本来の家で育てば希代の魔術師となったろうに。
危険ではあるが駒が一つ増えよったわな。幸運が我に微笑んでおるとしか思えんな。

・・・しかし、我もアレは恐ろしくて触る気にはならんが、アレのおかげで
強化しておるのも事実ではあるな。
アレを見つけたのも幸運ではあるが・・・・はてさて

我が宿願ももうすぐじゃな・・・

~interlude out~