『先輩・・・』
桜の消え入りそうな、か細い声が聞こえる。

『どうしたんだ? 桜。 どこにいるんだ? 無事か?』
必死で辺りを見回す、居間には誰も居ない。

『先輩・・・助けて・・・』
再び声が聞こえる。
廊下に飛び出した。俺の足音と呼吸音だけが響く冷たい空間。

『桜! どこだっ! 返事してくれーっ!』
声の限りに叫ぶ。

『先輩・・・』
か細い声が聞こえた。
声の響いてくる方を見ると、庭に俯いて立っている桜が居た。

『桜!』
思わず安堵した。駆け寄ろうとして庭に飛び出すつもりが、金縛りになったように体が動かない。

『先輩・・・助けて・・・』
次の瞬間、桜の足元の地面が庭中真っ黒くなり、ズブリ、ズブリと、コールタールを敷き詰めたような地面に沈んでいく。

『桜ーっ! 手を伸ばせーっ!』
俺は声の限りに叫んだ。

駆け寄って助けたいのに、体が動かない。俺の身を引き裂いても、這いずってでも近寄りたいのに、体が動かない。
焦燥と絶望と何か黒いドロドロした物が絡み合って俺の心を蝕む。

『先輩・・・お願い・・・』
もう既に桜は腰まで地面に埋まっている。

『桜ーっ! 逃げろーっ!』
なぜこんな大事なときにこの体は動かないのかっ!
なぜ大事な時に自分は何もできないのかっ!
俺は目の前の桜一人助けられないのかっ!
焦燥感に焼き尽くされながら俺は叫んだ。

『先輩・・・ごめんなさい』
そういい残して桜は飲み込まれた。

何故だ、何故俺は助けられないんだ。
すぐ目の前に、手の届くところにいるのに助けられないのか。
正義の味方になって、大事な人を守ると決めたんじゃなかったのか。
なんで、目の前の大切な人すら助けられないんだ、なんて、俺は無力なんだ。
助けるための力さえ、俺は持てないのか。

「さくらーっ!」
絶望感に打ちひしがれながら絶叫した。


Chapter 18 Side-A 憶断・士郎


体が揺すられる。
「大丈夫ですか?シロウ」
涼やかな声がかけられる。
「・・あ、ここは。」
ほとんど明かりも無い暗がりのなか、徐々に焦点が合ってくる。
体に感じる布の感触。廊下で金縛りになっているのではなくて、横になっている感覚がある。
意識が徐々にはっきりしてくる。
「シロウ? 私がわかりますか?」
目の前にぬっと緑の光を持った金色の塊が見えた。
金色が髪で、心配そうな若竹の緑をした眼。至近距離からセイバーに見つめられていると理解したけど、この状況は・・
「うわわわわっ、せ、セイバー、近い。」
慌てた声がでた。思わずキスされる寸前のような気がして心臓に悪い。というか顔が赤くなった。多分。

「わわわわ、わた、わたしはシロウが大声を挙げたものですから・・その・・」
セイバーも気がついたのが、真っ赤になって慌てて飛び退いて、状況を説明する。
隣の自分の部屋で寝ていたのか、髪を下ろしている。

「え?俺、大声・・」
そこまで口にして気がついた。
「そうか、夢か。」
そう呟いて上半身を起こす。寝汗を大量にかいているのだろう、外気に触れた寝巻が徐々に冷たくなってきて体に張り付く。気持ち悪い。
「夢を見たのですか?」
そういいつつ、セイバーがタオルと着替えを出してくれた。枕元にまとめて用意していたらしい。なんか気が利くな。

「ちょっと、悪い夢を見たんだ」
受け取った着替えに眼を落としながら、呟くように答える。
「そうですか。内容は聞きませんが、今日は着替えてゆっくり寝てください。シロウは疲れています。」
「そう・・だな。っと、あれ?」
心配そうなセイバーを安心させようと思って、大人しく言うとおりにしようとしたが、何かが引っかかった。
そういえば、何で俺はここで寝てるんだ? 記憶を辿る・・・・
「セイバー!! 俺は何でここで寝てるんだ? 新都の見回りに行ってたはずじゃ?」
「・・・記憶が無いのですか?」
セイバーの顔が微かに歪む。
「新都で、見回りをしている所は覚えてるけど、そこからの記憶が無いぞ。」
「そうですか。」
ほっとしたようにセイバーを見て不安に駆られた。

「セイバー、教えてくれ、何があった。」
セイバーの両肩を掴んで揺らす。
「落ち着いてください。シロウ。説明します。」
「え、あ、すまない」
静かな声に熱くなっていた自分が恥ずかしくなり慌てて手を離した。
「簡潔に説明しますと、中央公園でシンジと遭遇して撃退しました。ただし双方とも死者は居ません。」
本当に簡単に結果を言ってくれたが、それだけでは俺が何故ここにいるかがわからない。
「セイバー、だったらなんで俺はここで寝てるんだ?」
そういうと、セイバーの顔が初めて苦いお茶を飲んだときのような顔をした。
「それは・・・」

「アンタが殺されかけたからよ。」
廊下につながる襖が開いて、寝巻きの上に半天を着た遠坂が顔を出した。
「え、あ、遠坂」
遠坂が半天を着ているイメージが認識できずに、思考回路がとまった。
「何よ、文句ある?」
敏感に感じ取ったのか、声が鋭くなる。
「い、いや、文句なんてないない。」

「セイバーをいじめるのも、そのへんにしときなさいね。大きな声で叫んだりして、寝ようとしてたのに気になって眠れないじゃない。」
「いや、俺はセイバーをいじめてなんか・・」
「横から見たらそう見えるわよ。衛宮君。」
遠坂がニヤリと笑う、まずい、このままだととってもまずい状況に陥る。
「えー、あー、あ、そうだ、遠坂。殺されかけたってどういうことだよ。」
「そのまんまよ、あんたは慎二に殺されかけたの。」
ちっ、逃げたわねって顔をした遠坂が、苦々しく言う。
「慎二に殺されかけたって・・どういうことだよ?」

そう言うと、遠坂がこめかみに青筋を立てながら、何かを押し殺すような抑揚の無い声で言った。
「あのね、アンタはね、慎二の蟲に操られて、自殺しようとさせられてたの。それをアーチャーが止めたのよ。だから、私に感謝しなさいよね。」
ここで、”何で遠坂に感謝しなければならないんだ?”とか聞いてしまうと、噴火しそうだったし、横目でセイバーを見ると、突っ込んではいけません。という感じで微かに首を横に振っていたので、素直に感謝した。
「わ、わかった。あ、ありがとう。」
「わかればいいのよ、じゃあ、明日もあるんだし、さっさと寝なさいよ。」
そういって部屋を出て行った。
出て行く寸前、”無事でよかったわね”と聞こえたような気がした。

嵐が去っていくと、部屋は静かになった。
「凛の言うとおりです。アーチャーが居なければどうなっていたかわかりません。」
「そうか・・・」
正直アーチャーは苦手だが、助けてくれたことには感謝しておかないと。

「・・・私は、サーヴァント失格ですね。」
しばらくの沈黙の後、セイバーが自嘲気味に呟く。
「なんでだよ、セイバーにも感謝してるぞ。」
慌ててそう取り繕った。
「しかし、私はシロウを助けることすらできませんでした。至近距離にいたシロウを攫われ、蟲の存在も気づかず、目の前で自殺しかけているシロウを止めることすらできずに、メイガスの言いなりにならざるを得ませんでした。私にもうすこし力があれば、こんなことにはならなかったのに・・・。」
ぎりぎりと歯軋りが聞こえてきそうなセイバーの無念の言葉が耳に入る。
膝の上においた握りこぶしはブルブルと震えている。
「待ってくれセイバー、それは単純に相性の問題だろ? セイバーは剣を持って戦うからセイバーであって、魔術師とかアーチャーの真似事ができないからって、へこむ必要は無いだろ?」

「ですがっ」
悔しそうなセイバーを前にぽつりと言った。
「夢の中で、俺も無力だったんだ。」
「シロウ・・」
「目の前で、桜が、桜を助けることもできなかった。毎日鍛錬をして力をつけて、正義の味方になったつもりだったけど・・・ 」
しゃべりながら徐々に自分の思考に入ってしまった。

「シロウ? 大丈夫ですか?」
訝しげなセイバーの問いかけで我に返る。
「ああ、悪い。セイバー、とにかく必ずセイバーでなければ駄目なことがあると思うし、セイバーはセイバーであって欲しいから、そんなに落ち込まないでくれ。」
「・・・分かりました。」
まだ、声が硬い。
「だから、明日は飛び切りのご飯を作るから、今日はゆっくり寝よう。」
というと、ご飯でごまかされません。といいつつも多少気分を変えることに成功したようだ。


セイバーが自室に帰った後、着替えながら考えていた。
正義の味方の衛宮士郎や聖杯戦争のマスターの衛宮士郎では、桜を助けるという事と相性が悪いのだろうか。単純に力があるだけでは駄目なのだろうか。
・・・であれば、桜を助けることができる衛宮士郎になる為にはどうすればいいのだろうか。

そもそも、衛宮士郎という俺のできることは何だろう。
思考の迷路に捕らわれながら意識が沈んでいく。

俺にできること・・・・



~interlude~


「どうだ、調子は?」
どこか尊大な響きのある声が響く。
「大丈夫だ。」
錆付いた鋼のようなかすれる声が答える。

今の時代にそぐわないランプに灯された明かりが揺らめく。
小さな洋風の空間だが、寒々とした雰囲気が漂っている。

「さて、そろそろ動きたいのだがな。」
「私の状態など、捨て置けばよかったものを。」
「ふん、おまえにしては愁傷な物言いだな。一応、我はおまえのサーヴァントだからな。主の状態は把握しておかねばならんだろうよ。」
くっくっと面白そうに笑う声。

「そのような冗談は初めてだな、ギルガメッシュ。」
「10年も居れば、下劣な風習にもなじむということだ。で、ランサーは何を言っていた。」
「『黒い化け物が現れた。』だそうだ。」
「なんだそれは?」
「実際に見てないのでな。良く分からん。が、『サーヴァントとしてヤバイ気がする。』だそうだ。」
「ふん」
あからさまに馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「まあ、聖杯を作ったマキリの魔術師もいるのでな、厄介なモノかも知れん。」
「では、さっさと”聖杯”を確保するのが良かろう。」

「そうだな。」
「では、その時まで体を休めておけよ。いざと言うときに使い物にならんようでは困るからな。」
そういって金髪の青年は出て行った。

「・・・冗談が続くと、何かあったのかと勘ぐりたくなるな。まあ、しかし、そろそろ動けるか。」
呟く声は揺らめく光と共に消えていった。


~interlude out~


Chapter 18 Side-A 憶断・士郎


「シロウ、そろそろ起きませんか?」
その声で覚醒した。
「う、まぶし。」
徐々に光に、といっても冬の弱い太陽光だったが、慣れてきて横を見ると、いつもどおりのセイバーが微笑んでいた。
「おはよう、セイバー。」
「おはようございます。シロウ、居間に食事の準備ができていますよ。」
そういってセイバーは流れるように立ち上がり出て行った。

朝の光が窓から差し込んでいる。あれから今まで、泥の様に眠り込んでたようだ。時計を見たら9時に届こうかと言う時間だった。
「しまった。こんな時間まで・・」
こんな時間まで寝ていたなんて、何ヶ月ぶりだろうか。
慌てて着替えて、居間に行った。
「おはよう、士郎。気分はどう?」
遠坂が紅茶を飲んでいた。
「特に問題は無いぞ。」
多少疲れがあるくらいで、本当に問題は無かったのでそう答えた。
「そう。だったら、いつもどおりのスケジュールで良いわね。朝ごはん食べたら道場ね。セイバーが待ってるわよ。で、終わったら私の部屋に来てね。」
「げ」
「何か文句でも?」
遠坂が眼を細める。
どっかで見たデジャヴュ、って昨日と同じパターン。
「いやいや文句なんてないない。」
遠坂が刻印を光らせる前に否定した。

「ところで、アーチャーはどこにいるんだ?」
「客間にいるんじゃないの? 朝はいたわよ。どうしたの?」
「いや、昨日の礼を言おうと思ってな。」
「多分気にしてないから、いいわよ。」
「いや、だけど、俺の気がすまないから行って来る。」
そういって客間に向かった。
「アーチャー、居る?」
「・・・何かな?」
答える声がして襖が開く。アーチャーの顔をまともに見て一瞬動きが止まってしまった。頭を振って
「いや、昨日は助かった。ありがとう。」
といった。

「どういたしまして。」
のんびりした声が頭の上から聞こえる。

「ん?」
どうも、この家で年長の男性はアーチャーだけで、ちょっと戸惑ってしまう。まじまじと見ていたのかアーチャーの言葉で我に返った。我に返ったついでに意味の無いことを聞いてしまった。
「正義の味方って何だろう。」
「さあ。」
まあ、予想通りの答えが返ってきた。
「いや、なんか変なこと聞いてごめん。とにかくありがとう。」
そういってその場を後にした。何か考え込んでいる姿が気になったが。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


午前の肉体的、精神的な特訓を追え昼過ぎになった。セイバーに気絶寸前まで叩きのめされ、遠坂に気絶するまで魔力回路の開け閉めとか負荷とか基礎的なところを叩き込まれた。
眼に見える魔術でも習おうかと思ったら、「馬鹿」の一言で却下された。
するんだったら投影のやり方を確立しろ。とのあくま師匠の言葉だが、なかなか難しい。

昼食で(ちなみに今日は大根のひき肉の炒め煮だ)使う大根の皮をかつら向きの要領で剥きながら、どうやって、土蔵に置いていたナイフを作ったか考えていた。
うーっ、わからん。そもそも、俺にできるのか?
でも成功したのは数少ないけれど、できたんだから投影はできるはずだ。
あとは強化と解析くらいか。俺にできることといえば。

・・そういや、遠坂が持ってきたこの包丁よく切れるよな。
ふと手に持った包丁に眼が行った。刃に義定と銘が打ってある。
試しに解析してみようか。
一成に頼まれて、備品を修理する時と同じように、解析を始めた。
「同調開始(トレースオン)」
スイッチをオンにする呪をつむぐ。なんとなく昔から使っている言葉と、遠坂に言われてスイッチとした撃鉄のイメージをガチンと打ち下ろす。
「え?」
今までと段違いの速度で解析が行われる。
構成材質が基本骨子が分かる。これは今までどおり。
それ以外に、炉の前でハンマーを打ち下ろす刀匠のイメージが浮かぶ、玉鋼からの製鋼工程が浮かぶ、家庭用とは言え”真剣”を打っている刀匠の想いが浮かぶ。
そして、使っている遠坂のイメージが浮かぶ。
「これは・・」
さまざまなイメージが雑多に入り混じり、頭の中に押し込まれてくる。

「シロウ? お昼はまだでしょうか?」
その声でイメージが霧散した。
「え? あ・・・」
大人しくTVをみながら居間で座っていたセイバーがキッチンのふちに立って声をかけてきたようだ。
心配そうな顔をしている。
「ボーっとしていますが、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いのですか?」
「あ、いや、なんでもない、ちょっと考え事をしていたんだ。すぐ作るから待っててくれ。」
あれは一体・・・


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


昼飯後、イリヤとの約束を破ってはいけないような気がしたのでこっそり抜け出した。
で、遠坂達とイリヤを会わせたらまずい気がしたので、一人で抜け出さざるを得なかった。
商店街に着き、好評だったたい焼きを買って公園に向かった。
「あ、シロウー」
公園では俺を見つけたイリヤが手をぶんぶんと振って駆け寄ってきた。
「ほんとに来たんだね。」
驚いたという顔がどう見ても年相応の少女としか見えなかった。
「約束しただろ、ほら、あったかいうちに食べな」
たい焼きを出してイリヤに渡す。
「ありがとー」
そういってベンチに座ってたい焼きを食べる。

「そういや、イリヤはどこに住んでるんだ?」
純粋な興味で聞いたら、森の城だと答えが返ってきた。
どんな城?と聞いたら、
「じゃあ見せてあげる」
といって、正面に回ってきた。
ちょっと気持ち悪くなるかも、といいつつ両手で俺の顔を挟む。
次の瞬間、視界が変異した。上空から俯瞰する、木になって森を眺める。視界が切り替わる。そして城が見えた。城の壁になる。メイドが二人しゃべっていた。イリヤが一緒に住んでいると言っていた世話係だろう。
意識が戻る。
悪質な船酔いをしたような気分がする。
「あ、やっぱり気分悪くなっちゃった? でも道順とかは分かった?」
「ああ、なんとか。しかし、すごい城だな。あんなのがあの森にあったなんて。」
「そんなにすごい? 普通だよ? 気に入った?」
「いや、俺は始めて見たぞ。あんなすごい城。」
「そんなに言うんだったら、いつでも来ていいよ。でもシロウだけね。ほかのマスターが来たら殺しちゃうんだから。」

”殺す”という言葉を聴いて昨日聞きそびれたことを思い出した。
「イリヤ、おまえは何で聖杯戦争なんかに「誰!?」」
会話の途中で、いきなりイリヤが声を上げ、植木の方に鋭い視線を向ける。
同時に植木が燃え上がる。これはイリヤの魔術? 詠唱も無かったのに。
「シロウ、何かに見張られてるみたい。」
「今のは?」
「多分使い魔、あ、どんどん気配が増えてくる。」
イリヤの全身に魔力が感じられる。

「さて、そろそろ帰ろうか。」
そこにのんびりした声がかけられる。この声は・・・
「貴方は凛のサーヴァント・・ね?」
公園の入り口に黒い姿が立っていた。いつの間に。
「とりあえず、そこは危ないから。」
アーチャーがそう言った瞬間、イリヤ共々何かに引っ張られて宙を舞い、アーチャーの後ろに着地する。
「え? 何?」
イリヤが混乱している。

「とりあえず、アスファルトの上だとまだまし。」
そういってアーチャーは踵を返して歩き出す。

他のマスターの・・・と言うより、慎二の攻撃だろうか。このままではまずい。
俺はアーチャーがいるからまだ大丈夫なんだろうけど、イリヤは一人だ、まずい。
そう思って、イリヤに向き直った。

「イリヤ、とりあえず家に来ないか? このまま一人で帰るのは危ない。後で城まで送ってやる。」
たとえマスターとはいえ、こんな少女をむざむざ殺されるのは嫌だった。
「え? シロウ、わたしはシロウを殺すんだよ?」
感情を凍結したような声でイリヤが言う。
「それでもだ。ひょっとしたらそうなるかも知れないけど、今は違うじゃないか。それにいきなり襲ってくる奴からイリヤ見たいな女の子を守るのは当然だ。」
「でも・・」
「イリヤは俺の家に来るのは嫌なのか?」
「そんなことは無いよ」
ぶんぶんと首を振るイリヤ。
「でも、わたしシロウの家に行っていいのかな?」
「確かに家には遠坂とかが居るけど、絶対に手を出させないから。俺を信じて欲しい。」
「・・・わかった、じゃあ、お邪魔するね。」
一転して弾けるような笑顔を俺に向けた。


Chapter 18 Side-B 憶断・凛


「いえ、特に何も聞いてませんが?」
セイバーも首をかしげている。
「あんのへっぽこ! この時期に一人で出歩くなんて。」
「え? 凛と特訓をしていたのではないのですか?」
セイバーの表情が硬くなる。
油断してた。いくらなんでも、昨日の今日で士郎が一人で出歩くとは考えなかった。
「昼からは少し自由時間が欲しいって言うから、空き時間だったのよ。てっきり土蔵か道場にいるもんだと思ってたわ。」
眼の端に黒いものが写った。
「アーチャー、どうしたのです?」
「連れて帰ればいい?」
茫洋とした口調で、なんでもないようにしゃべるアーチャー。
「居場所知ってるの? だったらお願い。」
頷いてアーチャーは出て行った。

「非常識にもほどがあるわ。」
正直苛立っていた。もともと士郎の魔術抵抗はまだまだ低い。ちょっとした魔術にすぐ陥落してしまうだろう。魔術抵抗の高いセイバーの近くに居ないと士郎は即座に捕らわれてしまう。
その場合、セイバーまで敵に回ることになる。
「セイバー、令呪で呼ばれたりしてない?」
「ええ、特にその兆候はありません。」
セイバーも分かっているのか声が硬い。
「あとはアーチャーに任せるしかないわね。」
本当はセイバーも一緒に探したいのだろうが、我慢しているように見えた。
「そうですね。しかし、アーチャーはシロウの居場所が分かっているのでしょうか?」
「分かってるみたいよ。昨日も飛び出した士郎をしっかり捕捉してたらしいし。」
「凛、彼は一体何者なんです?」
あきれたようなセイバーだが、その回答は私も持っていない。
「正直、アーチャーの元居た世界が気になるわ。」


そうしてしばらくして帰ってきた士郎は、とんでもない爆弾を持って帰ってきた。

「ただいま。」
士郎の声だ。
「おじゃましまーす。ってここがシロウのお家なんだね。」
どこかで聞いたような少女の声、思わずセイバーと顔を見合わせる。
「あの声って」
「凛の考えているとおりだと思います。」
頭痛くなってきた。何を考えてるのよ、あのへっぽこ。
「あ、ここで靴脱ぐのね、板張りの廊下だー、すごーい。ほんとにニッポンのお家だね、シロウ。」
玄関から響いてくる会話を聞くと、更に頭痛がしてきた。
「すみません、凛、私は道場のほうに・・・」
「逃げないでよ、セイバー」
「いや、どうも頭痛が・・・」
「それは私もよ。」
がらがらっと格子戸が開き、士郎と、予想通りアインツベルンのマスターが居た。
「遠坂、セイバー、とりあえず、話を聞いてくれ。」
「いやよ。」
思いっきり冷たく言い放った。

「あら、リン、遠坂のレディがそんなことでいいのかしら? 」
イリヤは行儀良くスカートの端を指につまむと、士郎に恭しくお辞儀をした。
「此度は対立する間柄ながら、わが身まで気遣うその心、招待に感謝いたします。これなるイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、謹んで招待をお受けいたします。」
「あ、え?」
士郎は戸惑っているし、セイバーはなんといっていいか良く分からない表情をしてる。
「なーんちゃって。びっくりした? シロウ?」
そういって、イリヤは士郎に飛びついた。いつの間にこんなに手懐けたのよ。思わず飲みかけた紅茶を噴出しそうになったじゃない。
「は、離れなさい、無礼者。」
セイバーが青筋を立てて立ち上がり、慌てて引き剥がそうとする。
「ふん、無礼者はどっちよ。サーヴァントのクセにわたしに意見しようなんて百年早いわ」
士郎の後ろに回りながら、イリヤスフィールが言う。
「減らず口を言う暇があるのなら、今すぐシロウから離れなさいっ」
セイバーが追いかける。
「そんなの聞かないよーだっ」
士郎の前に回るイリヤスフィール。
「待ちなさい!!」

・・・何、これ、姉妹げんかか何か? かしら・・・

「あー、なんかもう、怒る気も失せたわ。ところで、二人とも、士郎が大変みたいよ?」
「「え?」」
二人が士郎を見る。
士郎の服を掴んだまま、回ってたからいい感じに士郎の首が絞まって・・・・
「「シロウ!! 大丈夫?」」


この場に居ないアーチャーを覗く全員にお茶が行き渡ったのを見て
「で、一体これはどういうことかしら? 衛宮君」
「それが・・・」
公園での出来事が士郎の口から語られた。

「それは臓硯か慎二ね。ということは此処も結界を強化しないと危ないわね。」
「リン、それはどういうことかしら?」
ちゃっかり士郎の横に陣取っているイリヤスフィールが口を挟む。
「アインツベルンに言うことでもないと思うけど、特別に教えてあげるわ。」
「イリヤでいいわよ。」
「間桐よ。」
その一言ですべてを察したようだ。さすがにアインツベルンのマスターね。強力なはずだわ。
「なるほどね。で、ゾウケンって、あのゾウケンかしら?」
「そうらしいわ。」
「厄介ね。」
口とは裏腹にあまり気にしていないイリヤが癪に障って、ちょっと意地悪したくなった。

「厄介ついでに言うと、サーヴァントが8人もいるのも厄介よ。」
それを聞いたイリヤは顔色が変わった。
「8人ってサーヴァントが? そんなはずは無いわ。」
「でも、現実8人目がいるんだから仕方が無いでしょう。」
「そんな、わたしは8人目なんて知らない。何でよ・・・
・・・わたし、帰る。」
そういってイリヤは立ち上がった。
「リン。教えてくれて、ありがとう。でも聖杯戦争は別だからね、次ぎにあう時は殺すからね。」
「殺せるものならね。」
マスター同士の視線が絡み合う。

「遠坂もイリヤも、この家ではいがみ合わないでくれ。で、イリヤ。送っていくよ。」
能天気な士郎が能天気な台詞を吐いて腰を上げる。
「待ちなさい、士郎。あんたが送っても足手まといになるだけよ。」
「なんでさ?」
不思議そうな士郎。この期に及んでもまだ分かってないのね。さすがへっぽこ。
「あんたね、操られて死にそうになったの、忘れたの?」

「あ」
ぽかーんとする士郎、今気がついたって表情してる。
「あ、じゃ無いわよ。」
頭が痛くなってきた。

「何?シロウを殺そうとしたの? 許せないわ、シロウを殺すのはわたしだもの。」
イリヤがずれた感覚で怒り出す。あのねぇ・・

「イリヤスフィール、私のいる前でそのような言葉を発するとは命がいらないようですね。」
セイバーが鎧を纏って、青筋を立てながら立ち上がる。口元がヒクヒクしてる。

「どんくさいセイバーに殺されるわけ無いでしょ」
「無礼な」
「べー」
イリヤが挑発する。
セイバーが本気になって、追い掛け回す。

もう、めちゃくちゃ。

「あんたたち、いい加減にしなさい!!」
思わず噴火した。二人の動きがピタッととまる。でも、士郎がキッチンまで逃げてるのはなんでかしら?

「じゃあ、誰が送っていくんだよ。」
キッチンから士郎が聞いてくる。遠いからちょっとこっちに戻りなさいよ。

送っていくなんて言ったら・・・・仕方ないわね。
「セイバー?」
セイバーに声をかける。

「謹んで辞退します。」
瞬時に拒否された。表情も固くそっぽを向いている。

「あのー」
「断固拒否します。」
下手にでたけど、やっぱり駄目だった。

「そういわずに」
士郎が助け舟を出してくれたけど・・・・

「どうしてもというのであれば令呪をお使いください。」
やっぱり駄目だった。相当怒っているようだ。

「仕方がないわね。」
アーチャーにこんなことを頼むのは正直気が引けるんだけど・・・レイラインでアーチャーを呼ぶ。
え?いいの? ・・・じゃお願い。

「アーチャーに送ってもらうわ。」