~interlude ~

そこは森の中の古びた洋館の一室だった。
夕焼けの赤い光が部屋を照らしていた。ほとんど家具もない部屋にベッドだけが存在を主張していた。
ベッドと、そしてその上に寝ている少女だけがこの小さな世界の住人だった。
変色し、古くなったボロボロのカバーの布団をかけた少女は、顔だけを横に窓の外を見ていた。
顔色は夕陽の赤に染まっているので容易に判断はつかないが、浅い呼吸と額ににじむ汗が高熱に侵された病人を示していた。

同居人というか少女の保護者や兄は日常生活に興味はなく、一時的な潜伏場所として使用しているこの館の状態や家具などに、注意など払うこともない。
与えられた一室で外出も叶わず、少女は保護と言う名の監禁状態におかれていた。

夕陽に照らされて赤くなった風景を見ながら、まるで世界が燃えているよう、と少女は感じていた。

『ねぇ、ライダー?』
ベッドに横たわる少女がつぶやく。ほとんど聞こえない小さな風の様な声。

ふわりと紫の髪を揺らせて長身の女性が中空から現れる。ライダーと呼ばれた存在は、顔の半分が隠れるほどの目隠しをしていた。
『どうしました? サクラ。水でも持って来ましょうか?』

『お願いがあるの。聞いてくれるかな。』
外をじっと見ながら少女が言葉を続ける。

『私にできることであれば。』
目隠しで表情が見えないまでも、ライダーは不安げな雰囲気をまとってベッドの傍に立ちつくしていた。

『そう、ありがとう。
・・・・・もし、私が変わってしまったら、私を殺してね。』
『なっ!?』
なんでもないような少女の言葉に、ライダーは電撃を受けたように硬直した。

『私が私であるうちに、私を殺して欲しいの。』
感情の無い、抑揚のない口調で少女が繰り返す。

『サクラ、いけません。あきらめないでください。』

『私が怪物になる前に、止めて欲しいの。』

『何か手があるはずです。負けないでください。』
ライダーは両手で少女の手を握って、声を荒げる。
その声に反応したように少女の顔に表情が現れた、絶望の表情が。

『私はもう、たくさんの罪を犯したの。・・・本当にたくさん。
先輩に死ぬほどの大怪我もさせちゃった。このままだったら、今度こそ先輩を殺しちゃう。そんなのは絶対にイヤ。先輩だけは、先輩だけは生きていてほしいの・・・』
言葉を発しながら、一筋の涙が重力に従って流れる。一度流れ始めた涙は溢れるように毀れていく。

『・・・サクラ、それでも。です。諦めないでください。』
ライダーは一句一句噛み締めるように、言い聞かせる。

『ライダー・・・・』
その言葉に何か感じたのか少女がライダーに顔を向ける。

『サクラ。私が貴女を守ります。怪物にサクラが襲われるなら、怪物から貴女を守ります。
・・・ですから、諦めないでください。』
決意をあらわにする様に、誓いを立てるように真剣な口調だった。

少女はその顔をまじまじと見つめ、まるで自分はそんな価値はない、と言うように疑問を口にする。
『・・・・なんで、そんなに私を守ってくれるの・・?』

ライダーは右手で少女の髪を撫でながら、自分の思いを語る。
『・・・貴女は、私だからです・・・
私は、生前、怪物になって最愛の姉達を殺してしまいました。
貴女にはそんな思いをしてほしくない。
・・・私がサーヴァントとして呼ばれたのはサクラとよく似ていたからなのだと思います。生前、私が犯した過ちを、悲しみを繰り返さないように、私にチャンスを与えてくれた・・・
・・・そう思います。
ですから、サクラ。もう少し頑張ってください。私が手立てを考えます。』
短い言葉の中に、英霊の中でも忌避される存在である彼女の、悲しい思いを感じ取ったのか、少女は目を閉じる
『・・・ライダー・・・・・ありがとう・・・・』
ライダーの左手をおずおずと握り返し、少女が答える。

しばらく、少女の髪を撫でていたライダーは徐々に寝息に変わって行ったのを見て、立ち上がった。

『必ず・・・』

その言葉を最後にライダーの姿が掻き消える。

太陽は沈み、夜の領域が部屋を侵食してくる。悪夢の跳梁する夜の帳が開いた。


~interlude out~


Chapter 19 Side-A 影身


沈黙のままに夕陽に染まった赤い森の中を行く、黒白の影があった。
時折あどけない表情が垣間見える白い天使と、天下泰平、春風駘蕩としたロングコートの黒い天使。冷厳とした空気の中、一枚の絵画の登場人物は無言で歩を進める。
白い天使の少女は時折立ち止まって、木々をしげしげと見た後、再び歩き出す。
枯れ葉を踏みしだく微かな音は少女の一つのみ。

黒い天使は足音もたてず、影のように後に続く。
それは衛宮家での騒動の後、送ることに決まったアーチャーと送られるイリヤであった。
町から車を拾い、森の入口からは二人無言で歩いていた。
何故か運転手は何も言わず、こちらも見ずに走り去った。
イリヤは不思議そうな顔をしていたが特に何も言わなかった。

森の中に入って30分ほどしたとき、突然イリヤが立ち止まり、意を決したように振り向いた。

「ねえ、凛のサーヴァント。あなたはいったい何者なのかしら?」
イリヤの瞳には溢れるほどの疑問と、わずかばかりの不安が同居していた。
「ん?」
対するアーチャーはいつものように、のんびりしたままだった。
そんな雰囲気に調子が掴めないのか、複雑な表情をしつつイリヤが尋ねる。
「本当のサーヴァントでは無いわね。」

「どうかな。なぜ、そう思う?」
アーチャーも立ち止まってイリヤの方を見る。
まじまじと見つめられたイリヤは硬直した。
「?」
アーチャーが首をかしげたのを切っ掛けに、ぶんぶんと首を振り、あわてて目をそらした。

「・・・私にはわかるから。」
ぷいっと横を向いて拗ねたように答える。
「そう」
そして沈黙が流れる。
常緑樹の梢が風に揺れ、葉の囁く音が微かに聞こえる。イリヤとアーチャーは微動だにせず立ったまま。
「ねえ、凛のサーヴァント。」
森の木を見ながら再度、イリヤが呼びかける。

「アーチャーでいい」
「じゃあ、アーチャー?」
「なに?」
「・・・貴方はいったい誰に呼ばれたの?」
「さて」
その言葉を聞いたイリヤは、ばっと顔をアーチャーに向ける。付き添う白銀の髪が舞うように広がる。

「凛が呼んだのはわかってる。でも貴方を本当に呼んだのは誰? なんのため? 答えなさい!!」
イライラした感情を無理やり押し殺した様な声に、変わらぬアーチャーの応え。
「・・・そのうち判る。」

「ふーん。そう。答えないのね。じゃあいいわ。」
人形のように無表情となったイリヤ。

「じゃあ、こっちから一つ質問いいかな?」
「なにかしら?」
「なんで、サーヴァントかそうでないのか、君にわかるのかな?」
「・・・」
イリヤは答えない。ただ、表情から嫌な部類の質問と読み取れる。
「それと聖杯って何?」
「質問は一つではなかったかしら?
・・・そのうち判るわ。・・・生きてたらね。」
イリヤは冷たく言い放ち、これでおしまいとばかりに勢いよく前を向いて再び歩き出した。

「なるほど。」
一人ポツリとつぶやいたアーチャーもまた少し遅れて歩き出す。

「聖杯は生き残ったら判る・・・か。さて、誰が生き残る?」


それから歩くこと1時間、すっかり闇の帳が下り、真っ暗になった森を抜けると、急に開けた大地にその城はそびえたっていた。

「ここが私の家よ。ここまで来たのはあなたぐらいね。」
少し誇らしげに、イリヤが振り返ってアーチャーに告げる。
「そう、じゃ。」
これで役目も終わったとばかりに、アーチャーは踵を返した。

「ちょっと待ちなさい。」
慌てたようにイリヤが呼び止める。

アーチャーは無言で立ち止まる。
「次に会うときは容赦しないから。」
アーチャーはその言葉を背中で受け止めて、森の方に歩き出した。

「ま、今日は見逃してあげるわ。」
アーチャーが消えた森の入口を見ているイリヤの背後に、いつの間にか巨大な人影が立っていた。


Chapter 19 Side-B 影身・士郎


イリヤがアーチャーと出て行った後、遠坂の雷とセイバーの暴風を何とか受け流し・・・と言うより打ち倒されて、居間のテーブルに突っ伏していた。

「死ぬかと思った。」

なんとか赤い悪魔のガンドを潜り抜け、青い説教魔神と化したセイバーの口撃を耐え忍び、一時間ほどで開放してもらった。いろいろ約束させられたけど・・・・
遠坂は部屋に戻り、セイバーは道場に行って今は一人だった。

こうして一人きりになると、心に重くのしかかるのは桜の安否・・・手がかりもなにもなく、慎二にも逃げられたらしい。そう考えると打つ手は何もなく、慎二に操られて意識がなかった俺は改めて自分の無力さを実感して、現実に打ちのめされる。
今までもちょっとした間が空けば、いつでも考えていた。
桜は・・・
だめだだめだ、なにもせずにじっとしていると嫌なことばかり考えてしまう。
思わず頭をブンブンと振って嫌な想念を打ち払う。
とりあえず冷たい水でも飲んで気分を落ち着けよう・・・。そう思いよろよろとキッチンに立った。

キッチンで、包丁立てに刺してある遠坂の包丁に目が行った。
「そう言えば、この包丁を解析しようとしたんだな。もう一回してみるか。
だけど、ここだとまずいな、やるとすれば・・・土蔵か。」
思い立ったら、いても立ってもいられず、包丁を持って土蔵に直行した。

いつもの場所に結跏趺坐で座り、精神を集中する。
包丁を左手に持ち解析を試みる。
「よし、同調開始(トレースオン)
キッチンでやったように、包丁を解析する。複数の魔術回路に流れる魔力が感じられる。明らかに今までと異なり、魔力の量が多い。回路の数も然り・・・だ。
回路のイメージ化等は特訓の成果なので、その点は師匠に感謝する。とんがった尻尾と蝙蝠のような羽がついているはずだが・・・。

赤い服着て、三又のやりを持って尻尾と蝙蝠の羽根付けた遠坂がにししししっっと笑う。
・・・似合いすぎる。

だめだだめだ。雑念を振り払い解析に集中する。

構造の解析情報と共に雑多なイメージが流れ込んでくる。あまりにも雑多で目が回る。
「ふう」
頭が痛くなってきたので解析を中断して包丁を置いた。
「もう、ぐちゃぐちゃだなぁ」
土蔵の隅に置いてあるガラクタ箱が目に付いた、まるであのガラクタ箱と同じだな。そう感じた。

「シロウ? どこですか?」
「セイバー、土蔵にいるけどなんだー?」
庭の方からセイバーの声に、座ったまま返事を返す。
気配が近づいてきて、土蔵の入口にひょっこりとセイバーが顔を出した。

「シロウ、居間にいないと思ったらここでしたか。おや? ひょっとして鍛錬中でしたか?」
結跏趺坐で目の前に包丁を置いているのを見てセイバーが気をまわしてくれたようだ。

「いや、いまは休憩中だから。で、どうした? セイバー」
「凛がシロウを監視しておけ。と。」
「げ。」
「仕方がありません。目を離すと何をするかわかりませんからね。シロウは。」
憮然としながらセイバーが答える。

「悪かった。・・しかし、信用がないな。」
「実績が実績ですから。」
セイバーが顔をしかめる。
しまった。藪蛇だったか。ようやく落ち着いたのに・・・。
が、セイバーの方から話題を変えてきてくれて助かった。。
「ところで、鍛錬で包丁を使うのですか?」
「いや、この包丁を解析しようと思ってね。」
「解析? ですか?」
小首を傾げながらセイバーが疑問を口にする。

「だけど、難しくてな。」
「何か問題でも。」
「いや、構造というか包丁の雑多なイメージが流れ込んできて、ちょうどそこのガラクタ箱みた・・・」
「・・・シロウ?」
いぶかしげなセイバーの顔も気にならなかった。そうだ、ガラクタ箱みたいにごちゃまぜだったら・・・
「そっか、整理すればいいのじゃないか。なんでこんな簡単なこと・・・
よし、もう一回やってみよう。」
包丁を右手に取り、再び解析を行う。
頭の中からついさっきまで会話していたセイバーすら消え去っていた。

セイバーが微かに微笑んで、俺の邪魔をしないように入口の近くに正座する姿が瞳に映ったが、頭に入ってくることはなかった。
「同調開始(トレースオン)」
呟いて魔術回路に魔力を通す。
再び雑多なイメージが流れ込む。それを徐々に整理する。
包丁の基本骨子、構成材質は自然と分類できる。
それ以外の雑多なイメージを時系列に並べて見た。そうすると大体分類できてきた。
何のために包丁を作ったか
どうやって包丁を作ったか
どんな材質で包丁を作ったか
その包丁がどのような過程を通ってどれだけの年月を経てきたか。
それこそ包丁のすべてが”解析”できる。

高度に集中した意識の中で、時間を無視したような隔離されたような世界を感じていた。
悟りの境地ってこんな感じなのだろうか。とも感じていた。
その中で、ふと遠坂の言葉が思い浮かんだ。”アンタは投影のやり方でも思い出しなさい。”

そういえば投影って、オリジナルがない時に使う複製って言っていたな。じゃあ、この解析データをコピーすれば投影できるんじゃないのか?
左手に包丁をもっていると想定してイメージをそっくり複製していく。
何のために、どんな物で、どのような構造で、どうやって、年月を経てどのような経験をしてきたか。
「シロウ!?」
セイバーの驚いた声で我に帰った。集中していた意識の世界から引き戻される。

「シロウ、それは・・・」
手を見ると右手に包丁、そして、左手にも包丁があった。
「あ・・・・、できた。できた。できたぞ、セイバー!!」
最初は信じられなかった。でも、ずっしりとくる重さはそれが現実だと告げていた。

「それが投影ですか。初めて見ました。」
セイバーの方を見ると、目を見開いてびっくりしたような顔をしていた。

「いや、俺もびっくりした。でもなんとなくわかったぞ、解析したデータを元にコピーすればいいんだな。
よし、遠坂に言ってこよう。」
自分から意図して投影を行って、できた初めての成功例に俺は高揚していた。今までの偶然のものではなく確立された俺の魔術。そう思った。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「え? 投影ができたって? あきれた、アンタ投影の鍛錬なんかしてたの?」
これが、勇んで遠坂の部屋にやってきて、投影に成功したと告げたときの言葉だった。

遠坂が、椅子をまわしてこちらに体を向けてくる。
部屋の外からノックしたときの返事は機嫌が悪かったが、今は・・・あきれたって表情で、なんか力が抜ける。土蔵から付いて来たセイバーは邪魔をしないようにベッドに腰かけている。

「投影なんかって、遠坂が朝言ってたじゃないか。」
「そんなこと言ったっけ? ・・・ああ、あの時ね。」
「あのなぁ」
「あ、ごめんね、一足とびに魔術習いたいって言うから、適当に言ったんだけど、まさか真に受けてるとはねぇ。」
「と~お~さ~か~」
遠坂の言葉に意味を感じて投影ができたって言うのに・・・と言外に非難を込めたら、それを感じたのか遠坂があわてて取り繕う。

「で、なになに、じゃこれを投影して見せてよ。」
そういって手元にあったボールペンを渡してきた。
「話そらしたな。」
じと眼で遠坂をにらむ。遠坂は苦笑いを浮かべながら視線をそらす。
「まあまあ、さ、見せて見せて」
ごまかされているのは感じていたが、成果を見せたかったので素直に投影を開始する。
「・・・同調開始(トレースオン)」
ボールペンの基本骨子、構成材質はわかる・・・あれ?
イメージが流れ込んでこない。
今あるデータだけでコピーを試みる。なんとなく手ごたえがない。
薄眼を開けて見てもボールペンは投影できていない。

「あれ?」
「どしたのよ?」
いぶかしげな遠坂の声。
「できない。」
「え? 投影できたんでしょ?」
非難しているのではなく、たんに確認している口調だった。

「さっきは、できたんだけどなぁ」
「凛、私も見ました。たしかに手に持った包丁が2つになりました。」
セイバーが俺に助け船を出してくれた。

「じゃあ、その包丁でもう一回やってみたら?」
「・・・そうだな、ちょっと待ってろよ。」
だだだっと廊下を走り、キッチンに行って包丁を持ってくる。

「あ、あんた、その包丁、私の義定じゃないの! 何勝手に使ってるのよ、それ高いのよ。」
遠坂が包丁に気がついて、がぁって感じでがなってくる。

「それを言うなら、泊まりに来るのに、なんで包丁まで持ってくるんだよ。」
「うっさいわね、手になじんでるから料理するときはそれがいいのっ。」
「切れ味はいいよな、確かに。」
「刃こぼれしたら、砥ぎに出さないといけないんだから、注意してよ。」
「わかった。」
遠坂がう~っとにらんでくる中、包丁をもう一度投影した。今度はスムーズにできた、というかイメージを覚えていたので簡単に投影ができた。

「うそぉ、できちゃったじゃないの。」
あまりにもあっけなく出来上がった投影包丁に、遠坂が呆けたような表情で驚く。

「これで3本になりましたね。」
「え? 3本?」
「はい、もともとの包丁と土蔵でシロウが投影したものと、今投影したもの。合わせて3本です。」
オウム返しに問い返した遠坂に、セイバーが指を折って数えながら回答する。

「そ、そうだわ、これで大量生産したら売れるわね・・・・」
遠坂があごに手を当て腕組みをしながらつぶやく。

「あ、あの、遠坂さん?」
「はっ、いけない。今はこんなこと考えてる場合じゃなかったわ。
包丁はできてボールペンはできない。才能の問題じゃなくて特性の問題かしら。」
「特性?」
「ええ、それが材質に依存するのか、物に依存するのかわからないけど、包丁か包丁類似品なんかだと投影できるんじゃないかしら。」
「とすると、この包丁は日本刀とおんなじ作り方してたから、刀はいけそうだな」

「刀ができるのでしたら剣もできるのでしょうか?」
セイバーが遠坂に疑問を投げかける。

「剣ねぇ、そうだ、セイバーの剣を・・・って無理よね、さすがに宝具なんか投影できないわね。」
「そ、それは・・・」
「じゃ、ちょっと待って。」
そういって部屋の隅に置いていたカバンの中に手を入れて、何かを探していた遠坂が布でぐるぐる巻きにした細長い包みを取り出した。

「これはできる?」
「これって?」
「これはアゾット剣っていうの。儀礼用の剣だけど魔力の増幅用途とか魔術行使の補助とかに使うわ。ついでに言うと、こいつは多少魔力がこもってるから、普通の剣とはちょっと違うんだけどね。」
巻いていた布をはずすと黒光りする短剣が現れた。
はい。と言って渡された剣を持って投影を試みた。まるで違う理念と製法に戸惑ったが、結果的には投影に成功した。直後に軽い頭痛がしたが、立て続けに投影をした反動だろうと気にも留めなかった。

「セイバー、ちょっと投影した剣と本物を比べて見て。」
「重心も雰囲気も感触も同じものに感じます。」
両方のアゾット剣を渡されたセイバーが軽く振っていた。剣の英霊だけにその眼・雰囲気は真剣そのものだった。

「すごいじゃない、士郎。目に見えるあなたの魔術じゃない。」
「そ、そか」
はじめて遠坂に褒められて、自分が魔術師として認められたような気がして正直うれしかった。が、遠坂が投影した剣を眺めまわして、だんだん表情が険しくなっていくのが気になった。
なにかまずいことでもあったのだろうか?

「魔力も込められるわ。これ・・・・」
「どうした? 遠坂。」
「・・・そうね、やっぱり忠告しておくわ。」
遠坂が深いため息をつき、何かに疲れたように話し始めた。
「なんだ?」
「士郎、この投影魔術は他人に見せては駄目よ。」
「なんでだ? まあ、魔術は人に見せるもんじゃないってのは知ってるぞ?」
「いや、そうじゃなくて、私以外の魔術協会の人間に知られると、あなたの人生終わる可能性があるわよ。」
「だから、なんでだ?」
遠坂が何を危惧しているのか全然わからなかった。その姿にイライラしたのかだんだん口調が厳しくなってきた。

「細かいことは省くけど、士郎の投影は協会で重要視している境界線上にある魔術だからよ。」
「そうなのか?」
「ええ、危険だと判断されたら、士郎ごと”封印”されるからね。」
「”封印”ってなんだ?」
「具体的には知らないけど、貴重な魔術を永遠に保存するために協会が行う処置よ。まあ、良くて一生幽閉、悪くて標本じゃないかしら? 封印された魔術師のその後なんて聞いたことないから憶測だけどね。」
「げっ、それって死刑宣告と変わらないんじゃ・・・?」
「魔術師にとってはまさに死刑宣告よね。だから封印指定を受けた魔術師は隠れるわ。まあ、そんな訳だから平凡に生活したいんだったら、他の魔術師に見せたら駄目よ。」
「わかった。」
魔術協会ってそんなこともしてたのか・・・・

「じゃあ、何が投影できるかどうか試してみて、自分の特性を把握しときなさいよ。」
「わかった。」
「それと、ちょうどよかったわ、士郎。これあげるから常に身につけておきなさい。」
「・・・なんだこれ」
遠坂があくびをしながらミサンガのような編んだ腕輪を渡してきた。真中に鈍く光る黄色い宝石がついた台座が編みこまれていた。なんとなく嫌な予感がして手が出なかった。

「そんなに恐がらなくてもいいわ、簡単な魔術礼装よ。抗魔力を強化する魔術がシングルアクションで起動できるわ。」
「どうやって起動するんだ?」
「何でもいいから、そこの黄色い宝石を額に当てて、起動したいイメージと呪文にする言葉を登録すれば、次から呪文だけで起動できるようになるわ。魔力は多少消費するけど、今の士郎だったら使えるでしょ。」
「お、おう、サンキューな。でもいいのか? これって宝石だろ?」
「安物だから気にしないで。わかってる? 衛宮君、あなたが私達のチームの一番のウイークポイントなんだから。」
あくびを噛み殺しながら遠坂が鋭い視線を送ってくる。その視線は”次にとっつかまったらわかってるわね?”と如実に伝えてきた。

「凛、シロウは頑張ってますよ。」
「頑張ってるのはわかるけど、それだけでは駄目なのよ。セイバー。私達は勝たないと駄目なのよ。結果が必要なの。」
「・・・そうでした、凛。浅慮でした。」
見かねたセイバーが助け船を出してくれたが、あえなく撃沈した。

「まあ、でもへっぽこから見習くらいにはなったんじゃない?」
遠坂が、んっと体を伸ばしながら言った。

「そ、そうか?」
「じゃ、ちょっとそれ作って疲れたから寝るわ、2~3時間したら起こして。」
「え? これ、遠坂が作ったのか?」
思わず手の中にあるミサンガもどきをまじまじと見つめた。

「そうよ。悪い?」
「いや、遠坂ってこんなのも作れるのか。と思ってだな。」
「副職よ。副職。じゃ、寝るから出てって。」
「お、おい、晩飯はいいのか?」
「起きたら食べるから、おいておいて。」
「わかった。」
本当に眠たいのか段々言葉がぶっきらぼうになってきたので、そのまま退散することにした。
そう言えばこの中で遠坂が一番気を張って頑張っていたな。今は寝かせてあげよう、と思いつつ部屋から出た。

「あ、セイバー。」
「なんです?凛」
「士郎が勝手に外出しないように見張っててね。」
でも、しっかり釘を刺す意識は残ってたようだ。

「わかりました。では3時間後に起こしに決ます。」
「よろしくね。」

部屋の扉をゆっくり閉めたセイバーが、向き直り、目をキラキラさせながらこう言った。
「それではシロウ、晩御飯をお願いします。」


Chapter 19 Side-A 影身


豪華なダイニングで紅茶のカップを持っていた手が止まる。
「命知らずが来たようね。」
この森には侵入者警戒用の結界が張ってある。許可なく森に入ったものはすぐにイリヤにわかるようになっている。何しろ、ここはアインツベルンの森。アインツベルンの申し子であるイリヤにとっては自分の一部分に等しい。

「イリヤ、大丈夫?」
後ろに控えていた白いメイド姿の少女が声をかける。

「ええ、大丈夫よ、リズ。無許可で入ってくるものには罰を与えなくちゃね。」
そう言ってイリヤはくすくすと笑ってカップを置く。
「イリヤ、嫌な予感、する。」
リズと呼ばれたメイドは無表情ながら重ねて警告する。
「バーサーカーと一緒にでるから大丈夫よ。バーサーカーより強いサーヴァントなんていないんだから。
じゃ、出かけるわよ。」
「■■■ーーー!!」
どこからともなく咆哮が聞こえてきた。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


バーサーカーと一緒に城を出たイリヤは森の空き地にいた。
この空き地は城に続く獣道の一角にあって、普通の経路では十中八九、此処を通過する。
今回の侵入者も多分にもれず、同じコースをたどってきた。
「バーサーカー、さっさと終わらせて帰ろうね。」
イリヤは後ろに控える巨人に声をかけた。直立不動の巨人はイリヤの方を見たが、次の瞬間手に持った巨大な岩剣を振る。あまりの圧倒的な抜き打ちのスピードに巨大な剣がかすむ。
ギギーンと嫌な音がして一本の剣がはじかれる、明らかにイリヤを狙って撃ち込まれてきていた。
続けざまに、バーサーカーの腕が霞む。耳障りな音が鳴り響き、剣が弾き飛ばされる。弾き飛ばされた剣は圧倒的な魔力が籠っているのか、大木を苦もなく切り裂き、あるいはなぎ倒し、ずざざざと木が倒れる。
鳥達は耳障りな悲鳴をあげて逃げ出し、活動中の小動物も走り去っていく。
「いったい何?」
そういうイリヤを後ろにかばいバーサーカーが前にでる。

「ほう。さすがにかわしたか。」
森の方より声が聞こえ、黄金の鎧を着た金髪赤目の青年が姿を現した。
「わざわざ出向いてやったのだが、我を出迎えるにふさわしい場所とは思えんな。」

「・・・なに・・あれ?」
イリヤはバーサーカーの後ろからその姿を見て茫然とする。
「・・・な、なに? あなた、誰なの?」
必死になって目を凝らし、イリヤは首を振った
「たわけ、この期に及んで何を戯言を。この身はお前がよく知るサーヴァントであろう。ははははは。」
「知らない知らない知らない知らない!! あんたなんか知らない!!!」
「お前が知らなくても、こっちには用があるのでな。」
取り乱したイリヤに冷笑を向け、金色の鎧のサーヴァント、ギルガメッシュが言い放つ。

「私が知らないサーヴァントなんて、いちゃいけなんだからっ!!」
その叫びで不可視の魔力がギルガメッシュに叩きつけられるが、透き通ったガラスの様な物にはじかれる。
「バーサーカー!!」
イリヤが叫ぶ。
その叫びと共に、巨体が疾駆する。その巨体からは信じられない速度で間を詰め岩剣を振り下ろす。
爆発音と共に地面がめくれ木がなぎ倒される。
「ほう。なるほど、面白いな。」
ギルガメッシュは横に飛んでいた。
「■■■■■----!!!」
腕に刺さっていた数本の剣を怒声と共にまとめて引き抜く。岩剣を振り下ろす直前に横合いから飛来した剣だった。
刺さっている剣のせいで剣撃の軌道がそらされたのだろう。

「いやだ、やだ、やだやだやだ!!」
バーサーカーを見ながら、イリヤはがくがくと震えていた。
イリヤの叫び声を聞いたバーサーカーが雄叫びをあげ、引き抜いた剣をまとめてギルガメッシュに投げつけ、同時にギルガメッシュに襲い掛かる。
「■■■■■----!!!」
バーサーカーが巧妙にギルガメッシュとイリヤの間に身を割り込ませているのは、その場にいる誰も気がつかなかった。
投げつけられた剣に攪乱され、一瞬躊躇したギルガメッシュは直後に横薙ぎに放たれたバーサーカーの岩剣をかわすことができなかった。
ギィンという音が響き渡り、ギルガメッシュが弾き飛ばされる。弾き飛ばされた先の木がなぎ倒される。

数十メートルほど弾き飛ばされた、その先でむっくりと金色の鎧が起き上がり、ギルガメッシュの呪詛の様な声が響く。
「おのれ、バーサーカー風情に身をやつした者に、我がうたれるとは、許せん。」

次の瞬間、無数の剣が飛来する。
「■■■■■----!!!」
バーサーカーは仁王立ちになって剣を打ち払うが、払い切れずに体中に突き刺さる。
「バーサーカーッッッ!!!」
後背からイリヤの絶望的な叫び声が響き渡る。
イリヤをかばっているためにバーサーカーはかわすことができなかった。
ギルガメッシュが無言でゆっくりと近づく。その背後には無数の剣が飛び交う。
再び剣の乱舞が始まる。
ギルガメッシュから放たれた剣は確実にバーサーカーを蹂躙していく。腕が落ち、頭が飛ぶ。
「だめ、だめよ、しんじゃ、しんじゃいや」
蒼白になったイリヤのうわ言のようなつぶやきが漏れる。

頭が落ち即死した次の瞬間、バーサーカーは再生し再び飛来する剣を払う。しかし、圧倒的な物量攻撃の前に再び全身が傷付いていく。
「バーサーカー!!! 死んじゃ嫌ーーーーー!!!」
イリヤの絶叫に合わせ、令呪が輝く。

「小賢しいわっ!」
ギルガメッシュの嘲笑に応えバーサーカーが吠える。
「■■■■■----!!!」
夜の森で繰り広げられる戦いは始まったばかりだった。