2月1日
しばらくの間、呆然としていた。

我に返ったのは、新聞を置いて玲瓏たる顔がこちらを向いていることに気がついた時。
同時に、魔術師遠坂凛に切り替わった。魅了されていたことに腹が立っていた。
顔だけはいい奴にロクな奴はいない。短い人生で悟ったことだ。


知らず、口を開いていた。
「アンタ誰?」音として発した直後に後悔した。
やばい、臍を曲げられたら殺される、濃密な死の匂いが感じられる。やっぱりアレは人外だ、圧倒的な存在の差がある。
普通の人にはわからないかもしれないけど、魔術師の血が告げていた。
ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロ
自動的に生存のための魔術刻印が光を放ち始める。魔力はほとんど無いのだが、この家は”領地”であり、”龍脈”の上にある。
多少の抵抗はできるだろう。何もせずに殺されるつもりはない。
形の良い口が紡ぐ言葉を階段の下の死刑囚の気分で待った。背筋に冷たい汗が流れる・・・・
一難去ってまた一難、ああ、お父様。凛はもうすぐそちらに参るかも知れません。

死の寸前に走馬灯が見えるって本当なのね。これで遠坂の系譜は閉じるのね。


なのに、あろうことか、目の前のアレは・・・・こう言いやがったのだ!



Chapter 2 眩暈・凛


「おいしかった?」
「・・・・は?」
袋を指さしながら言った。「煎餅」
「・・・・・・・・は?」
「でも、賞味期限が切れてるから、新しいのを買ってね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ところで、ここは何処?」
「・・・・・・・・・・」
「お~い」
「・・・・・・・」
「もしもし?」
「・・・こんなに私が恐怖に打ち震えてたのに、言うに事欠いて煎餅の話かーーーーーー!!!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「まあまあ落ち着いて」相変わらず のほほんとしていた。
「うるさーーーーーーーい!!!!」
「ははっ」
いつの間にか恐怖心はきれいさっぱり消えていた。

「あ、そうそう」
「なによっ!」あぁっ、イライラが声に出た。
「お腹すいてない?」

なんか切れた。ぶちーんって効果音付きで何かが切れた。

「・・・・・アンタねぇ、言うに事欠いて何?煎餅が美味しかったか?ですって、ええ、美味しかったわよ。で、何?
お腹すいてるかって?もちろんすいてるわよ、昨日全身全霊をかけて召喚を行ったんだから、疲労もしてるわよ。
だけど、一番アタマに来るのは何、この状況。なんでこんな状況になってるのよ、訳わかんないわよっ!!」
ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ
肩を怒らせ体はふるふる。

あ、ダメ、お父様、やっぱり私はそちらに参るかも知れません。死因は興奮による脳溢血で。

水の入ったコップをもらった。一気に飲み干して一息ついた。
「あ、ありがと」
「じゃなーーーーーーーーい!!!!」

あ、そんな目でみないで。私は病人じゃないわ。
「いい、かどうか分からないけど、医者紹介しようか?」陽だまりのような顔から声が聞こえた。
「もう、いい。」刀折れ矢尽きた。
へなへなと床に座り込んでしまった。絨毯が敷いてあったので冷たくはない。ちょっと泣きそうになる・・・。

ふと右手をみると令呪がハッキリと現れているのに気がついた。いぶかしく思いながら魔力をたどると、自分の中から目の前の
スットコドッコイに微量ながら魔力が通っているのを感じた。

レイラインがつながっている。ということは、サーヴァント?
それに気がついて顔を上げた。
すぐ目の前に、ちょっと心配そうな顔があった。。
「うわわわわわっっっっ」ずざざざざっっと後ろに下がった。ボンッと音がしたに違いない。
うわ、あ、顔が熱い。血が上って、真っ赤なトマトになってる・・・


「あ、あ、あ、」言葉にならない。
「やっぱり病院へ「そーじゃない、アンタが近づきすぎるからよっ!」叫んでやった。
「ふむ」あごのところに手をやって考えるような仕草。
ああ、なんで、こんなに立ち居振る舞いが絵画のように見えるんだろう。また、引き込まれそうになった。
改めてみると黒いジーパンに黒いネル地?のシャツ。ソファに掛けているのは黒いロングコートだろうか。真黒だ。
背は高くモデルのようなスタイル。でもしなやかな筋肉がついているんだろう、華奢なイメージはなかった。俳優になったら
どんなことになるだろう。女性は言うに及ばず、ある種の男性もメロメロになるに違いない。メロメロって死語だねぇ。
年齢の方は、20後半か・・な?30は行っていないように思うんだけど・・・。しかし、カッコいいなぁ・・・


いやいや、今はそんなことを考えてる訳にはいかない。明らかにしないといけないのは別のことだ。
精神集中っていうか魔術抵抗を高めてっと。

「ねえ、貴方は私が呼び出したサーヴァント・・・でいいのよね?」・・・ぶっきらぼうになりきれなかった。なんか腹が立つ。
「サーヴァント・・・」何か考えているようだ。
・・だから、その見とれてしまう恰好をどうにかしてよ。
「どうも、そうらしいねぇ」やっぱ茫洋とした雰囲気で回答が帰ってきた。
「そうらしいってどう言うこと?あなたは私に呼び出されて、ここに来たんでしょ?ならサーヴァントじゃないの。」
「君に呼び出されたの?僕は。」
「あ~もう、他に考えられないじゃない。」
「そうか、君に呼び出されたのか。ということは君が依頼人ということでいいのかな?」こっちを向いて、そうのたまった。
「依頼人でもなんでもいいわ、私がマスターでいいのよねっ!」
「ふむ」
もういい、次だ、次。
「で、あなたは何のサーヴァント?セ、セイバーかな?セイバーよね?」
「セイバー・・・?」
また考え込んだ。もうっ。
あれだけの宝石を使って、あれだけの思いをして、あれだけの魔力をつかったんだから、セイバーよね?絶対セイバーよ。

「アーチャーだって。」

「・・・はぁ?”だって”ってどう言うことよ。何で自分のことがわからないのよ」
「う~ん、ここに来た時に、知らない知識が流れ込んできた。で、その知識ではアーチャーだそうだ。」
「セイバーじゃないのー?えぇぇー」
思わず、肩を落とした。
「ははっ、ごめんね。」誠意のかけらもない声だ、こんちくしょう。こいつ嫌い。
「・・・まあ、いいわ」くよくよしたって仕方がない、前向き前向き。
「で、貴方の宝具はやっぱり弓?」どんな弓だろう。でも年代が近そうだしなぁ。
「弓なんて持ってないよ」

どこかで音がした。そう、この音。 カコーン。 鹿威し。

「・・はぁ?なんでアーチャーなのよ。だってアーチャーよアーチャー。弓騎士よ。なのに弓がないってどーゆーことよっ!」
「なんでだろ。はてさて。」ああ、もう、いい、コイツ駄目だ。顔が良いだけの不良品だ。
「もう、いいわ。」だんだん、落ち込んできた。なんで、こんなことになったんだろ。なにか間違えたかな。それとも、私は才能が
ないのかなぁ・・・。なんか眩暈がしてきた。

あ、重要なこと聞いてなかった。くじけそうな心を奮い立たせて聞いてみよう。
「ところで、あなたはどこの英霊?見たところ年代は近そうだけど」
「英霊・・・ん~英霊じゃないと思うよ。」
「はぁ?英霊じゃなければ何なのよ。なんで呼ばれたのよ。」もういや。ゲシュタルト崩壊を起こしそう。
「わからない。病院にいて、呼ばれたな、と思ったらここに来た。」
「病院ってどこの?」
「新宿」
「なっ!ってことは只の一般人?魔術は使える?」
「一般人・・かな?一応煎餅屋のオーナーだ。」あ、なんか偉そう「でも魔術は使えないよ。」あ、なんか崩壊した。
とことん駄目だ。もう駄目だ。今日何回思ったかわからないけど、聖杯戦争って遠い世界なのね。手が届かないわ。

「お茶でも入れよう」・・・なんか遠くで聞こえる。

私はふらふら~っと幽鬼のように立ち上がってソファにどさっと崩れ落ちた。

「紅茶ばっかりか。ん、烏龍茶があるね。」

こうなったら、私一人で戦うしかない。

「トーストも焼こうか。」

そのためには作戦練らないと。

・・・

思考にふけってたら、なんかいい匂いがした。われにかえると目の前にバタートーストとティーカップに入った烏龍茶があった。
・・・・この組み合わせはどうかと思う。
「いただきます」のんびりと前に座った黒い人が食べ始めた。
なんかあの顔でトーストを食べているのが異常なまでの不自然に思える。

烏龍茶を飲もうとして包帯に気がついた。コップだとまだ掴めたがティーカップは無理だ。

・・ふむ、やっぱり殆ど治癒してる。さすが、我が家と我が魔術刻印。いい仕事してますねぇ。現実逃避だ。現実逃避。


烏龍茶を一口。味はまあまあね。気分を変えて言った。
「これからどうするの?新宿までなら新都から電車に乗れば新幹線の駅まで行けるわよ。なんか手違いで呼び出した見たいだから
電車賃は私が持つわ。でも記憶は消させてもらうけど。」
「帰れない。」
「なんで?ひょっとして家出?」軽口でも叩かないとやってられない。
「新聞を読んでわかったけど、僕はこの世界の住人じゃない。」爆弾発言を聞いた。
なに?え?どういうこと。・・・ということは目の前の彼は並行世界の住人、第二魔法の被験者?・・でもなさそう。
ということは、私のせい?そっか、じゃあ、仕方がないな。けじめはつけないと。

「ここは貴方の住んでいる世界ではないの?」念のために確認してっと。
「そうだね。僕の住んでいたところと違う。」ある意味不安になって仕方がないだろうに、茫洋とした声だった。
ええい、コイツには危機感がないのか。
「ごめんなさい、英霊でもないのであれば私の召喚魔術が間違ったみたい。貴方が帰ることができるように努力はします。
それまでの間、ここで生活していただいて、かまいません。」

「でも依頼を引き受けましたので、仕事を終わらせるまでよろしく。」あ、なんかすこし雰囲気が変わった。
「依頼って?」
「聖杯を探すことと、貴方の護衛。」あっさりと、とんでもないことを言いやがりましたよ。このヒト。
「なっ、言ってる意味はわかってるの?それは聖杯戦争に飛び込むっていうことよ。魔術も使えない一般人がおいそれと参加できる
ことではないわよ。そもそも、依頼主って誰よ。」
人差し指が私を指していた。
「えっえっえっ?私?」「そう」
「そんな依頼してないわ」「ま、そういわずに。」
「いつ?」「呼ばれた時」
・・・はぁ?そんな依頼したっけかな?。
「そもそも煎餅屋さんじゃない。」「副業で人捜し屋もしてます。」
「私立探偵?」「人捜し屋。」・・・なんか違いがよくわかんない。
「はぁ、まあいいわ。私の邪魔にならなければ。何かあったら直ぐ逃げてよ」もういい、諦めた。
「はあ」
あ、すっかりどたばたしていて忘れてた。
「なんか順番が逆になったけど、私は遠坂凛。この家の主で冬木の管理人をしてるわ。貴方の名前を聞かせてくれる?」
「秋せつら」
「風みたいな名前ね。」やっぱり、心当たりはなかった。この世界の人間ではないというのは正しいのだろう。
せつらはにんまりと笑った。なんか嬉しかったようだ。
「んー、一応アーチャーって呼ぶことにしてもいいかな?」
「いいよ、じゃあ、僕からは、”凛”にしとこうか、ん、良い響きだ」
不意打ちだ、こんな人に凛なんて呼び捨てにされて、褒められて・・・・・・・・・・・だめ、違う世界にトリップしそうだった。
落ちつけ、遠坂凛。

時計を見たらもう9時過ぎだった。あちゃー、遅刻だ。アーチャーだけにあちゃー・・・・だいぶ疲れてるみたいだ。
今日は自主休校にしよう。

「それじゃ、アーチャー、こっちの世界の町の様子を見せてあげる。外に行きましょう。」
「寝間着で?」
今更ながらで自分の恰好を思い出し、赤面した。
「うぐっ」失態失態、そうよね、ちゃんと着替え・・な・・・・・い・・・・・と・・・・・・・・
ギギギギギって効果音を出しながら。顔を上げた。引き攣った笑顔をうかばせながら
「ねえ、アーチャー、包帯は誰がしてくれたの?」「ん?僕。気がついたら目の前で、血を出しながら倒れこんでたから。」
「そう、ありがとう。じゃあ、寝間着に替えてくれたのは?」「ん?僕。」人差し指で自分を指しているアーチャー。

「わ・・わ・・わ・・私の・・・」「私の裸見たなー」思わずガンドを乱射してしまった。
全部外れたけど。なんで?
「はは」

なんか疲れた、一年分くらい疲れた。




家から出ていろいろと回り、夜になって新都の高層ビルの屋上にきた。
「見通しがいいでしょ?」
「夜の散歩はいいね。」ロングコートを靡かせながらアーチャーが言う。その姿は黒い翼を広げた天使のようだ。
ん?下の道路に見知った顔を見つけた。こっちを向いている。偶然よね。
じーっと見ていると「知り合いかな?」アーチャーが声をかけてきた。
「うん、ただの一般人の知り合いよ。」

しばらく屋上にたたずんでいた。寒いけれど、心地いい。

せっかくなのでに聖杯戦争のことについて簡単に聞いてみた。アーチャーはそれなりの知識があるようだった。
これで強かったらなぁ・・・と思う。

「アーチャー」
「なに?」
「あなたは本当に一般人なの?」
「英霊じゃない」
「そう、でも宝具はないのね」
「ん」
「そっか、じゃあ、私が頑張らなきゃね。」


「そろそろ帰りましょうか。」
なんか、これってデートみたい。と意識しまった。まずい。精神集中、精神集中。

夜遅くまでやっている紳士服店でアーチャーのための服を買って・・・・
・・・まずいなぁ。アーチャーといると目立ちすぎちゃう。
町を回っている時もそうだけど、これはまずい。ウエイトレスさんは硬直して、私に刺すような視線を送ってくるし、
騒がしい女子高校生たちは、一瞬で黙るし。追いかけられそうになる前に離脱したけど。
学校サボってたから、あんまり目立ちたくないんだけど。

そんな葛藤も知らずに、こいつはのほほんと・・・・一瞬殺意が・・・
しかし、この顔は魔眼ならぬ魔顔だわね。それも、視線が合って効果が出るんじゃなくて、見たら効果が出る。
・・・これが宝具?んなわけはないよねぇ。

そんなこんなで家に帰ってきた。
綺礼に連絡だけした。一方的にしゃべって切った。
だって何か聞かれたら、どう答えればいいのよ。一般人をサーヴァントにしちゃいましたぁ。なんて言えるわけないじゃない。
さーて、明日だ、明日。今日はもう寝よう。



夢を見た

これはアーチャーの夢?

数え切れないほどの悲しみと数え切れない程の死
アーチャーの回りには死が纏い、まるで死神
見たこともない吐き気を催すような異形の人間、魔物らしき生物
アーチャーが歩くたびに、縦に裂け横に裂け肉塊と化していく
血と肉塊と悪夢の中を泰然と歩いて行く
女の人が銃を向ける
縦に裂けた
男の人が銃を向ける
横に裂けた
子供が銃を向ける
首が・・・・


いやぁぁぁぁ
飛び起きた
全身が油汗にまみれていた。キモチワルイ。
息が荒い、ハァハァハァ。


しばらくしたら落ち着いてきた。
アレは現実・・・なのだろうか?あの茫洋としたアーチャーの歩んできた道なのだろうか?

ピピピピピピピ、ピピピピピピピ、ピピピピピピピ
朝になった。目覚めが良いとはとても言えないが、とりあえず眼はさめた。
さて、シャワーでも浴びますか。