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月の光を材料に闇で彫刻したような、その白い存在は人の形をしていた。

少女はそこに神を幻視していた。少女を断罪し、安らぎを与える神を
少女はそこに悪魔を知覚していた。少女を救い、苦しみの中に叩き落とす悪魔を
どちらも正しかった。
どちらも間違っていた。

”それ”が存在している地の住人は、恐れをなしてその存在をこう呼ぶ。即ち”魔界医師”と
”それ”が存在している地の住人は、安堵の面持ちでその存在をこう呼ぶ。即ち”ドクターメフィスト”と
ただ、幸か不幸かそのことは一人の異邦人を除いて、この世界の誰も知らない。
その唯一の異邦人は、彼だけが許される呼び名でその存在をこう呼ぶ”藪医者”と。


少女は茫然とそれを見つめていた。

”それ”は白いケープに身を包み、豪奢な細工の施された金のネックレスをアクセントに、夜の闇より漆黒の腰まである髪を風に泳がせていた。
白いケープの上にある顔は白磁でできたように白く、闇を溶かしたような瞳は吸い込まれるような深淵をたたえ、その姿はいかなる彫刻や絵画も色あせるほどの美を誇っていた。神域の美を。
目の前の存在に遠慮したのか、月の銀光が色あせたようにも感じていた。


Chapter 22 Side-A 桎梏・桜


「……ようやくたどり着いたか。」
荘厳な鐘の様な、死を告げる天使のような、聞いた者が畏怖のさざ波を立てるような。
死神に手を引かれている人間すら立ち止まって涙を流す。
――そんな声で、白い影があたりを見回しながらそう呟いた。

そのつぶやきは風に乗って、桜の耳にも届いた。

届いた瞬間、その声に背筋に熱い焼け火箸を突っ込まれたように熱いモノが走る。同時に骨の髄まで凍えた。

「あ。
……あ、あの。」

「何かね?」
白い天使が初めて桜を見る。
その黒い瞳を見た桜は、吸い込まれそうな意識と熱く滾る体の芯に蹂躙されつつ、頭に浮かんだ言葉を苦難の末に形にする。
「い、いえ。急に目の前に出てきたので、びっくりして。」
「そうか。……ところで、何故泣いているのかね?」
「いえ、なんでもないです。」

白い天使が女性という存在に興味を持つのは患者候補である時に限るのだが、そんなことは知るはずもない桜は、その問いかけに対し涙の跡を拭きつつ自嘲気味に答える。
さっきまで考えていたことが頭をよぎる。
そうだ、この人は私の前に現れた断罪の象徴だ。心の奥底で彼女の魂がそう叫んでいた。

意識が混濁しつつ、その様なことを繰り返し考えてぼうっとしていたのだろう。だから白い天使が腰を屈めて熱を測るように桜の額に手を当てるまで気がつかなかった。

「え? え? え?」
思わずビクッと反応した体も、すぐに力が抜ける。
その手はひんやりと冷たかったが、手の平を起点に体中を電撃が駆け巡る。実際に電気が流れているのではないのだが、桜は何かが流れている気がした。

気が付くと、その手は既に離れており、ケープの中に隠れていた。どのくらい立ったのか、桜には判らなかった。数瞬のような気もするし、何時間も手を当てられていたようにも感じる。


「助けが必要なのではないのかね?」

白い天使が放った一言に、桜は戦慄し硬直した。
何故? 何故? 何故? 「何故?」という単語が頭の中を駆け巡る。

体のすべての空気を抜くような深いため息と同時に硬直が解ける。

「……いえ。どうしようもありませんから。放っておいてください。」
今までの10年がフラッシュバックする。
能面のように表情を消し、うつむいて髪で顔を隠す。

――いつものように。昔していたように。


「私は医者だ。目の前で助けを求めて泣き叫んでいる者を捨ておく訳にはいくまい。」

白い存在は、自らを医者と名乗りつつ、こともなげに桜の最深部の闇を切り裂いた。
今まで誰にも看破されずに隠してきていた闇を、いや希望を。
10年もの間、誰にも気付かれず暗灰色に染まった光と化していた希望を、出会って数分の白き医師が外界へ暴きだした。
親身に桜の身を案じるライダーもある程度理解してくれてはいるが、それはあくまでも同類であるがゆえの共感であった。そのライダーは今は近くにはいない。

「……私は泣き叫んでいますか?」
「この上もなく。」

はっとした表情をしたあと、うつむき、百歳も年を重ねた老婆が過去を振り返るように淡々とつぶやいた言葉に、白き医師は慈愛に満ちたまなざしで告げた。

「……誰も気が付いてくれませんでした。」
「目が節穴だったのだろう。治療が必要だな。」

気がついて当然だと言わんばかりの静かな声に、桜の目から一筋の銀線が流れ出る。気づいてくれる人がいる。手を差し伸べてくれる人がいる。何か救われた気がしていた。
生き永らえてきて無駄ではなかった。肩を震わせながら、そう感じていた。
そんな姿を白き医師は静かに見守っていた。


ふと風がふく。桜と白き医師の髪をやさしく撫でつけながら、穏やかな風があたりを流れて行く
その風は奇妙に心地よかった。

「お医者様なんですか?」
「一応は。」
「お名前を聞いてもいいですか? あ、私は間桐桜と言います。」
「ドクターメフィストという」

しばらくして、気分を落ち着けた桜が顔をあげ白き医師の名前を聞いた。
その名前を聞いたとき幾分顔が強張った。一人の悪魔を思い浮かべたから。

――メフィストフェレス。中世の魔術師ドクトル・ファウストを誘惑した悪魔。

『悪魔は心の闇にそっと忍びこむ。』そんな言葉も頭に浮かんだ。
桜はそんな妄想を振り払うかの様に頭を振る。
どちらかと言えば、何人も殺した自分の方が悪魔だ。とそう感じていた。

ただ、目の前のメフィストと言う人の形をした存在は、自らを医師と宣言しているが、とてもただの医師とは思えなかった。数少ない経験の中で判断しても、自らが所属する隠された世界の住人の雰囲気が感じられた。
それもとてつもなく圧倒的な力を持っているように思った。まるで人間ではないような……。

「どうしたのかね?」
思考の檻に入りかかっていた意識が引き戻される。同時に荘厳な教会で、圧倒的な神性を持つ人に声をかけられている様な、そんな気持ちになった桜は、ひざまづいて懺悔しそうな自分を幻想する。
今の家に来て宗教とはあまり縁のない桜であってもそう感じてしまう。


「いえ、なんでもないです。」
「そうかね。」


しばらくの間の後、私なんかが救われていいのか? という思いと、誰か助けてほしい。という思い。その想いを込めた桜の問いかけにメフィストは穏やかだった。

「あ、あの、その、悪いことをした人でも助けちゃうんですか?」
「患者であるならば。」
「その人を治療することで、もっと多くの人が怪我しちゃったり死ぬようなことになっても?」
「私の患者である以上、治療を施す。完治した時点で私の患者ではない。」

冷静に考えると、患者以外はどうなろうとかまわないと言外に言っているのだが、桜は気がつかなかった。

初めて会った、ついさっき会ったばかりの、だけど自分の隠された願いを瞬時に暴きだしたこの医師に、助けを求めてもいいのでは? という気になっていた。

「一つ、聞いてもいいですか?」
「なにかね?」

「一人の少女がいました。その少女は沢山の人を殺しちゃいました。無意識か二重人格かどうか分かりません。少女はただ平穏な生活が過ごしたかっただけなんです。けれども沢山の人を殺しちゃいました。そんな少女が助かってもいいのでしょうか?」
「愚問だな。」
「愚問ですか?」
「愚問だ。」
「そうですか……。」

繰り返し問いかける桜。その一種の懺悔のような問いかけに対し、メフィストは穏やかに返す。それは正に不安になっている患者を解きほぐすかのごとく。

自分の犯した過去によって、他人から助ける価値がないと言われてしまえば、なんとか自分を支えてきた細い糸が切れる。その瞬間彼女の世界が終わる。そのことを桜は恐れていた。
しかしメフィストの言葉から判断できなかった。なので、ふわふわと地面が揺れているように、立っていられないように感じていた。


――次の言葉を聞くまでは。


「私の患者である以上、殺人鬼であろうがテロリストであろうとも、総理大臣であろうと等しく患者である。それ以外の何者でもない。
案ずることはない、すべての患者は助かってよい。いや、助かるべきである。以後のことは完治してから考えるのがよいだろう。」

蒼い黄昏に響く鐘のように、暁光に流れる風の音のように、すべてを許す聖者のようなメフィストの言葉を聞き、桜は天を見上げた。月が祝福するようにやさしく輝いていた。
『私は助かってもいい。生きていてもいい。』そう呟いていた。

「……私は……助かるのでしょうか?」

滂沱と溢れる涙をそのままに、メフィストに顔を向ける。
桜は数年分の涙を一晩で流している様な気がしていた。――今までの様な絶望の涙ではなく、希望の涙を。

「当然だな。
さて、改めて問おう。私の治療を受けるかね?」

桜は立ち上がり、深々とお辞儀をし、そして答えた。

「……よろしく、お願いします。メフィスト先生。」

「よかろう、君は私を選んだ。
――我が門を叩くもの、其れは我が患者なり。等しく癒しを与えられん。
ドクターメフィストは私を選んだ者を決して殺しはしない。
君はこれから私の患者だ。」

月の明るい月白の中、大地に刻み込むように、風に形作るように、そして闇を照らすようにメフィストが宣言した。
何か世界が変わった気がした。

「はい。」

ここに契約はなった。桜は初めて笑顔を浮かべた。透き通るような笑顔を。


「さて、では少々、その無粋な衣装を脱いでもらおう。」

メフィストの言葉を聞いて自分の姿を思い出す。服ごしに触ると、どうも素肌の上にコレを身につけている。で、ここは公園。
……と言うことは脱いでしまうと裸? 誰もいないとはいえ公園で裸になれと、目の前の医者は言う。
一瞬、先ほどの決断は間違っていたのか? と、黒い悪魔が笑っているイメージが脳裏をよぎる。

「ええええぇぇ、ここでですか? ででででも、あの、その、そもそも、これの脱ぎ方が分からないんです。」

そう、この不気味な赤いラインの入った真っ黒いドレスのような姿に、どうやってなったのか記憶がない。
これまでは、気が付くとベッドの上にいた。今みたいに、この状態でこれほど長時間意識がはっきりしたことはなかった。いつもはあくまでも夢の中と考えていた。脆くも崩れ去ったが。


「ほう。
では、少々。」

その回答を聞くとメフィストは微かに口の端をあげ、面白い物を見たような表情をしつつ桜の方に手を伸ばす。首筋にその手を当てようとした瞬間。桜の影が伸びその手を包む。

「いけないっ。」

桜が青ざめて叫び声をあげるが、影は何事もなかったかのように薄れて消えて行く。
当然、メフィストも何事もなかったように微動だにしていない。

「ふむ。なかなかに面白い症状だな。」
「あ、……大丈夫、ですか?」

今までは影に包まれたものは尽く消滅していったのに、腕はそこにあった。

メフィストはそのまま手を伸ばし、桜の首筋を触る。再び桜の体の中を電撃が走りぬける。
手を、心臓の上に置く。ビクンッと体が痙攣する。同時に体の芯が熱く疼く。
全身の体温が上がり、顔が上気する。目が潤み、なにも考えられなくなる。
手が鳩尾に移動して、そして離れた。

手が離れたと同時に桜はへたりこんだ。熱い呼吸を数回繰り返している間に、急速に体が冷えていった。
同時に意識も正常に戻ってきた。

「大丈夫かね? まあ、とりたてて難しいオペでもないのだがね。」
「……そうなんですか。」
「安心しなさい。ドクターメフィストの名にかけて、君を治療しよう。」

荒い息を付き深呼吸をして必至に落ち着こうとしている桜に、メフィストは穏やかに微笑しながら安心させるように、穏やかな口調で語りかけた。

自分は癌だ。と思いこんで目の前が真っ暗、人生を悲観した人が診察を受けたらただの胃潰瘍だった。真剣に遺書とか用意しようとしていた自分がばからしくなった。
……という内容のTVを見たことがある。
目の前の医師に、『難しくもない』と云われた時、その時の光景がフラッシュバックした。
何故か気分が軽くなり、くすっと笑いが出た。


「ところで、そこで聞き耳を立てているのはどなたかな?」

その声にはっとなった桜があたりを見回す。そして木立に隠れるようにして立っている臓硯を見つけた。

「……御爺様。」

その声には見つかってはいけないモノを見つかった子供のような、恐怖の響きがあった。表情が一瞬でこわばって行く。

「アレは君の家族かね?」

メフィストも臓硯の方に向き直りながら、慌てて立ち上がろうとしている桜に尋ねる。

「ええ。……私の、御爺様です。」
「家族には見えないが?」

「部外者は、そこまでにして頂きたいものじゃな。」

桜が口にする前に、臓硯が鋭く言い放つ。老人から壮年に戻った臓硯に対し、桜は云われなき恐怖を感じていた。地の底を這うような臓硯の声に半分パニックになりながら自分の体を両手で抱きかかえる。
怖い。心底怖い。そう感じていた。
臓硯の声に含まれる紛れもない怒りの成分に、ガタガタと震えだす。歯の根が合わない。

「たとえ家族であろうとも、私の患者にとって悪影響を及ぼすモノは近づける訳にはいかんな。」

どこ吹く風とも知らず、淡々とメフィストが宣言する。

「桜は別に病んでおるわけではないわ。」
「ほう、ということは彼女に埋め込まれているモノは貴殿が施されたものかな?」

思わず、桜はメフィストを見上げる。

「……何故それが分かったのじゃ?
そこまで分かっておるならば容赦はできんぞえ」

臓硯から妖気が漂う。桜は今までに感じたこともない威圧感と恐怖を覚えた。11年前に初めて遭遇した時もこれほどまでに怯えたことはなかった。
気を失いそうになる恐怖の中で目に映る白く輝く医師を支えになんとか踏ん張った。
しかし陸に上がった魚、それも深海魚の様に声も出せず、口をパクパクするばかりだった。呼吸も困難になる。

急に呼吸が楽になった。はっと気が付くとメフィストが桜の肩に手をおいていた。

臓硯からの妖気が徐々に圧力を増していく。

「やってみたまえ。」

その妖気の奔流のなか、メフィストは桜から少し離れながらも悠然と立っていた。

「よういった。おぬし、名前は?」

一触即発の空気の中、臓硯が問う。

「名前を聞くときは先に名乗られるのが道理と思うが?」
「それは失礼じゃったな。我が名は間桐臓硯、そこにいる桜の爺よ。」
「聞かれていたとは思うが、ドクターメフィスト、しがない医師だ。」
「その名は知らんな。どこぞの教会の手先かえ。まあよい、お主はここで死ね。」
「この私を殺すと?」

メフィストが面白そうに微笑んだ。そう、この妖気のなか。呼吸が困難になるような濃密な殺気のなか、白き医師は涼しげに微笑む。

「然り。復活した我が手にかかることを光栄に思うがよいぞ。
――我が手は奪う(Mein Hand raubte das aus.)
――土を奪う、水を奪う、炎を奪う、風を奪う(Ich rauben die Erde aus,rauben das Wasser aus,rauben die Flamme aus,rauben den Wind aus.)
――そして、光を奪い、闇を奪う(Und rauben das Licht aus,raube die Dunkelheit aus.)
――大いなる手によって(Es raubte das von der grosartigen Hand aus.)
――不可視の手によって(Es raubte das von der unsichtbaren Hand aus.)
――そして我が意志によって、汝は奪われる(Und Sie raubten das durch meinen Willen aus.)
――そして、我が奪いし物は我に帰る(Und Es wird meins sein, das diesen ausraubte.)

――我は全てを奪う者なり(Ich bin der Rauber von allem.)」

あんな呪文は知らない。桜は恐怖した。あんな圧倒的な魔力の凝集も見たことがない。そうも感じていた。それは圧倒的な力、強奪の力となるもの。理由もなくそう感じた。

翻ってメフィストは詠唱中も特に動くでもなく、臓硯をじっと見ていた。教師が生徒の試験を見守る様なまなざしで。

詠唱の完了と同時に臓硯が振り上げた手を振り下ろす。
その手から不可視の巨大な何かが迸り空間を抉って行く。
魔術師のはしくれであれば、それが臓硯の手を2mほどに巨大化したような形の一種の爪であることが分かっただろう。
不可視の爪は延長線上に存在する物をすべてを巻き込みながら一瞬でメフィストを抉り抜ける。
その爪はメフィストを抉っただけでは飽き足らず、その後ろの林まで到達する。
後ろで木が何本もメキメキと悲鳴を開けながら倒れて行く。

臓硯が大きく荒い息を付く。彼にとってもかなりの魔術行使だったようだ。

臓硯の前から大地が直線状に抉れている。それはまっすぐにメフィストが立っている場所を経て林にまで到達していた。間桐家最大最凶の魔術師の異名は伊達ではなかった。

桜が恐る恐るメフィストを見て、声にならない悲鳴をあげる。
「――っ!」

メフィストの胸から上が、なかった。
幸いかどうか判らないが、切断面は見えなかった。

「局地的な空間歪曲による強奪と言ったところかな。そしてエーテルを吸収し自分の糧にするとは、なかなかに面白い。」
どこからかメフィストの声がした。

再び桜の声にならない悲鳴と臓硯の驚愕の叫びが交差する。
「――っ」
「ぬ、なんと!!」

メフィストがいた。いや、生えていた。臓硯の胸からメフィストの上半身が付き出て、臓硯を見上げていた。
臓硯が見下ろすと、大地が見えた。
ついさっきまで生えていたメフィストが消えていた。

「結構なものを頂いた、それではお返しに。」

メフィストがいた。先ほどから立っていた場所に。何事もなかったかの様に抉られる前と寸分も変わらずに立っていた。
いや、違っていた。左手がケープから出ていた。銀輪を鈍く輝かせて。

「え? 針金?」
茫然と桜がつぶやく。先ほどからの異質な争いに思考能力が低下していた。
臓硯は本能的に、危険を感じていた。
メフィストは月光に鈍く光る針金の束を持っていた。
その手が一瞬動き、いつの間にか腕に十羽ほどの鳥がとまっていた。針金でできた枠だけの鳥が。しかし、その鳥は羽を広げ、その身を寄せ合い、まるで生きているかのごとく動いていた。
「ぬ。」
「これはモズとコゲラでな。虫の天敵だろう。」
その言葉をいい終わらぬうちに鳥たちが羽ばたき、臓硯に殺到する。まるで、大好物の餌を見つけたかのごとく。
「ぐっ」
臓硯の苦鳴が漏れる。体中に鳥たちがまとわりつく。
針金のコゲラがその身に止まり固いくちばしで穴をあける。
針金のモズがその嘴で身を引きちぎる。

「ががががががぁぁぁっ」
針金でできた鳥が、蟲(臓硯)を食べていた。
両手を振り回して鳥たちを払うが、羽ばたいて舞い上がった鳥が再び臓硯に襲い掛かる。
なすすべもなく暴れていた臓硯がピタッと止まった。
自らの身が食われて行くのを無視し、鳥達の自由にさせつつ呪文の詠唱を始める。

「我は問う、汝は誰の物なりや(Ich fragte you.Whom, sind Sie?)
我は知る、汝は誰の物なりや(Ich wuste you.Whom sind Sie?)
我は言う、汝は誰の物なりや(Ich sagte you.Whom sind Sie?)
我は宣言する、汝の命運は我にあり(Ich declare,I beherrscht sein Schicksal.)
問い返すことは叶わず、(Sie konnen nicht counter.)
汝の命運は我の物なり(I beherrscht sein Schicksal.)
我が命は汝の光、(Mein Befehl empfindet es als Licht fur Sie.)
我が意志は汝の意志なり(Und Mein Wille ist auch Ihr Wille.)」

呪文の詠唱と共に鳥達を触る。触られた鳥達はぴたりと動きを止めて行く。
体中を鳥についばまれ、穴だらけ血だらけになった臓硯はそれでも鋭い眼光をメフィストに向ける。

「ほう、私の創造物を配下においたか。しかし、だいぶお疲れのようだ。」
「行け。」
称賛の響が籠るメフィストの声にかぶさる様に羽音が響き、針金の鳥達がメフィストに向かって殺到する。

幾重もの銀光が迸り、硬貨をはじいたような音が立て続けになり響く。
メフィストが投擲したメスが飛来する針金の鳥達の心臓に刺さり、鳥達が単なる針金と化して落ちて行く。

「ぐっ。」
眼光で人が殺せるというのは正に、今の臓硯の目がそうだろう。
ぎりぎりと歯を鳴らしながら臓硯が睨みつける。端正に整った顔は血だらけになり、撫でつけていた青みがかった髪も乱れ切っていた。

今は突発的な状況であり、本来の蟲使いの魔術を行うには準備が足らなかった。
攻撃用の蟲がいない。アレの影響で偶然にも強化された蟲達は、別行動をとっている慎二に貸してあった。
臓硯は今、この場を切り抜ける算段を考えていた。

「さて、我が患者の祖父殿ではあるが、もうそろそろ眠りについてもよかろう。長生きしすぎはよくないな。」メフィストが淡々と告げる。
その言葉を聞き、目の前の”医師”に心底恐怖した。何故、こ奴はここまで知っているのだ。と。
自分の弱点を正確に見抜き、あまつさえ虫を食う鳥を出してみたり、桜に施した術も把握しているようだ。
今までに幾多の魔術師と出会ってきてはいるが、ここまで恐怖を感じたことはない。

再び、メフィストがケープから針金を持った手を出す。既に犇めくほどの鳥達ができていた。数が大幅に増えていた。
鳥達が舞い上がり、臓硯に殺到する。

臓硯に群がった瞬間、何かが震えた。鳥達が砂になったように四散する。
「ん?」
「今までの我であったら危なかったわ。」
あからさまにほっとした顔の臓硯に対し、メフィストの顔が真剣になる。何か失敗したかのように。もしくは出してはいけないモノを誤って出してしまったように。

「御老体、その力は何処で身につけた?」
「明らかにすると思うか?」
「少々厄介なことになるな。あるべきところに戻さねばならん。そうなると、せつらが舞い降りたのも必然か。」
明らかにメフィストの声が鬼気を帯びる。いままでの淡々とした口調と異なっていた。

先ほどから口も手もはさめず、臓硯の恐怖にひたすらおびえていた桜が硬直した。
臓硯の恐怖は、今までの経験等からくる恐怖だったが、今は異なる。異質なもの、絶対的な者を前にした、人間としての恐怖が体を縛り上げる。
――いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、見たくない。
そう思いつつも、白い姿が間に入る。
……横にいる白いモノが怖い。


「しばし待たぬか?
正直、お主の技といい、その力といい、ついぞ聞いたことがない。無下に敵対することもないじゃろう。
――お主は医者と言ったな。」
「いかにも。」

臓硯が内心の怯えを隠しつつ鷹揚に告げる。
今の技はある意味偶然にできただけだった、効果的に使うことなどできない。目の前の医師とやらには、それを隠さなければならなかった。
そして、臓硯は一つの手を思いついていた。
そう、”医師”であればこの手が使えるかもしれぬ。と思いつつ。

「であれば不死の法、魂の蘇生に興味はないかえ? 我を殺すとその法の手がかりは闇に消えるぞ?」

――今、目指しているモノを取引材料とすることを。

「ほう? 貴殿はその法とやらを持っていると?」
その言葉を聞いてメフィストの鬼気は軽くなる。手ごたえを感じた臓硯は勝ったと思いつつ、張りのある声で謳うように告げる。

「今、まさにそれを実施しているところじゃ。」
「ふむ。」
「我に協力するのであれば、その魔法をお目にかけよう。ただし、その為には、そこにいる桜が必要じゃ。」

メフィストが桜に顔を向ける。

「えっ? 私がですか?」

いきなり、話題の中心になってしまった桜が狼狽しながら臓硯とメフィストを交互に見る。

「ふむ。」
「桜に施した施術がその魔法を実現する為の一つの鍵なのじゃ。
どうじゃ、取引といかんか?」

臓硯はここぞとばかりに、たたみかける。この医師が提案に乗れば勝ち、乗らなければ自分の死。メフィストに手を出させずに目的を達成する。それはこれしかないと改めて弾きだした。

「このままに、施術を推し進めることで魔法が発動する、それまで治療はするな? かな?」

臓硯は賭けに勝った。そう確信していた。

「その通りじゃ。さすがに話が早いな。代償として、お主はこの魔法を見ることができる。」
「ふむ、興味深い提案だ。」

メフィストは少し小首を傾げ数瞬何かを考えるように目をつぶる。
目を開けて桜の方に向き直り、桜を突き落とす言葉を発する。
「どうだろう、間桐さん。医術を極めるものとして、死の克服は永遠の課題だ。あなたの無事は私が責任を持って保障しよう。私はその魔法とやらを見て見たい。」

――それは、今の状態を継続すると言うこと。

「え、そ、そんな。」
桜は戸惑った。もうすぐ助かる。この状況から脱出できる。
藁にも縋る思いで頼った医師に、治療を延期すると言われて。

「どうかね。その施術が終わったら元通りにして差し上げる。」
メフィストは慈愛に満ちた目と死に瀕した人でも涙を流して蘇る様な声で告げる。その微笑みは正にファウストを誘惑するメフィストフェレスの様に。

桜はこの医師が理解できなかった、天使のように救ってくれるかと思えば、悪魔のように地獄に叩き落とす。
しかし、今拒否した場合、お爺様の前に放り出されるのではないか? その懸念を考えると、とても拒否できない。もう、元には戻れない。お爺様は私を殺すだろう。そう考えていた。
桜のとる道は一つしかなかった。

「……分かりました。一つだけお願いがあります。お爺様。それを許可していただけたら、指示に従います。」
「なんじゃ?」
「これ以上私は人を殺したくないんです。」

これだけは、どうしてもこれだけは。もうこれ以上罪を重ねたくない。

「そうじゃな、善処しよう。ただし、桜の意志で屋敷から外に出ることはできんぞえ?」
「……それでもいいです。」

桜は疲れたように重いため息を吐いた。まるで一瞬で100歳も年をとってしまったのごとく重いため息を。
メフィストは特に感情を動かすこともなく、その姿を瞳に納めていた。

「白き医師殿も屋敷から出ないで頂きたいのだが?」
「期間はどの程度かな?」

メフィストは桜から眼をはずさず、静かに答える。一瞬、怯んだ臓硯は、己が弱さを振り払うようににたりと笑う。

「短ければ数日、長くても一週間。」
「善処しよう。」
「では白き医師殿、契約は成立ということでいいのじゃな?
――では参ろうか。」

臓硯は血だらけ穴だらけの体を特に気にもせず同行を促し、メフィストは白いケープを翻す。
そして、桜はその後に重い足取りでつき従う。我が身を張り付けにする、重い十字架を自ら運ぶ聖者につき従うように。


Chapter 22 Side-B 桎梏


「ほら、ライダー。いくよ。」
「シンジに指図される筋合いはありません。」

柳洞寺の山門下で、どこか嘲るような雰囲気の少年の声と固い女性の声がしていた。
もちろん、そこにいるのは、慎二とライダーであった。

「そお? だったら桜の無事は保障できないよ?」
「……。」
「当然、僕に何かあっても、桜の無事は保障できないなぁ。」
「……さっさと終わらせて帰ります。」

ライダーは令呪すらない慎二に協力せざるを得ない状況に腹を立てていた。
自分のマスターを人質に取られている状況であり、彼らの”祖父”と言う魔術師を確実に出し抜いてマスターを保護できる算段が付かない限り、この立場を変えることができない。
マスターを見捨てることができれば自由に動けるが、ライダーとしてはその選択肢はそもそもありえなかった。

少年の挑発的な物言いに怒りを貯めつつも、少し前に起きた地震も気になっていた。地震の時にライダーは柳洞寺からの異質な波動を感じていた。

「しかし、この階段は長いな。」
「そんな体になっても、疲れるのですか?」
「いちいちうるさいな。黙ってろよ。」
「申し訳ありませんね。」

階段を上る慎二につき従う。

ライダーは階段を登りながら考えていた、

今のシンジは自分を仮の令呪で操っていた時期と大幅に異なる。

精神も、……その身も。

一言で言って、蜘蛛。だった。シンジの体は、蜘蛛のように改造されていた。
手足の数こそ人間と同じだが、手足が異様に長く剛毛が生えている。また関節の向きが異なっているのか、基本的に4本の四肢を駆使して歩く。
その姿は正に蜘蛛と呼ぶにふさわしい。更におぞましいのは、そんな状況でありながら胴体と顔はシンジのままであること。
正に神に唾棄する悪魔のような姿だった。

私は蛇で、”これ”は蜘蛛か。さして変わらない……か。そう自嘲する。

当然、その様な姿では普通の服など着ることもできず、なんとか着れたジャージと短パンの状態だった。
ゾウケンと呼ばれる彼らの祖父が施した魔術はシンジを蟲と融合させたらしい。どうやったのか判らないが、同時に彼を魔術の使える体にもしたようだ。
『僕は魔術師になったんだ。』
『正当な間桐の当主だ。』
『そのうち自由に変化できる魔術を教えてもらう。』
『桜は今の仕事が終わったら、好きにすれば?』
シンジが笑いながら私に告げていたのは果たしていつだったか。
ある意味、彼は救われたのだろう。その体になって以降、目に見えて落ち着いていた。
怪物になることで安らぎを得る。その業はどれほどのものなのか……。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「さて、お出ましかな?」

慎二のその言葉に考え事をしながら登っていたライダーははっとしたような顔を山門に向ける。
風に揺すられて木が悲鳴をあげる。
夜の山道は、いつにもまして不気味な雰囲気を醸し出している。生命の欠片もない様な、無機物の空間に境内の方から立ち上る異様な瘴気と妖気が大音量のオーケストラとなってしじまを制している。
鈍感な人間でも、この場には何かあるそう思えるほど濃密な魔気がただよっていた。

「あれ? そこにいるのは……葛木先生? ライダー! 山門にはアサシンがいるんじゃなかったのか!?」

慎二は振り返って付き従うライダーにわめく。
耐えがたい空気の中、見上げた山門に立つ痩せぎすの体。スーツに身を包んだその姿が月光に照らされていた。
和服姿で大太刀を持つアサシンの姿ではなかった。

「以前、偵察に訪れたときはそうでしたが、今はわかりません。」
「まあどうでもいいや。」

事実を淡々と述べるライダーに対し、慎二は追及への興味が無くなったようだった。
追及しても仕方がない、現実にいるのはアサシンではなく、葛木先生だ。……そう、考えているのだろう。

「……間桐か。どうした、その体は。」

錆びついた鉄の様な声が山門からかけられる。慎二のその姿を見ても動じない所は、流石に倫理担当の鉄の葛木先生と言うべきか、本当の意味での”葛木宗一郎”と言うべきか。
慎二はその一言で、葛木という男が普通の人間ではないことを把握した。もともと頭はいい。

「僕は人間っていう枠を超越したんですよ。おかげさまで今まで悩んでいたことが解決しました。」

再び山門の方に向き直りながら、慎二は胸を張って嘲るように挑発するように葛木に言う。
そう、今までの僕ではない、お前達とは違う。と。

「ふむ、悩みが解決するのはよいが、その体で人前に出るわけにはいかんな。」

その言葉にも動じず、眼鏡に手を遣りながら、慎二にとっては少々痛い欠点を葛木が淡々と告げる。その姿は教壇に立って淡々と授業を進める姿と何も変わらない。この状況、異様な姿の魔術師とサーヴァントを前にして平静を保つ姿は尋常ではなかった。
葛木宗一郎という男もまた、彼らと同類だった。

「いいんですよ。そのうち魔術で変化できるようになりますから。ところで、こうやって普通に僕と喋っていると言うことは、先生もマスターということでいいんですね。」
「……。」

その質問に葛木は答えない。静かに山門にたたずむ。
ライダーはその孤高の姿に、違和感を感じていた。何故アサシンがいない? 何故キャスターが出てこない?
この男は、赤い髪の少年と同じく人間の身で立ち向かおうとするのだろうか。と。

「そう、無視するんですか。……いいよ、じゃあ死んだら? ライダー、排除しな。」
「先に言った通り、私はシンジに命令される筋合いはありません。私はアサシンとキャスターを倒すことだけが目的です。」

ライダーを従えていた時と同じように慎二が命令するが、もともとマスターでもない人間にライダーは従うつもりはなかった。
冷たく言い放たれた言葉に、思わず振り返った慎二が目を剥く。憎しみのこもった眼をライダーに向ける。

「くっ、お爺様に言いつけてやるからな。」
「御自由に。」
「じゃあ、葛木は僕がやる、お前は後ろで見ていろ。」

自分の通う学校の先生。などと言う認識は最初から捨てている。間桐慎二という人間は考え方や意識のうえでは立派な魔術師だった。
自分の目的のためには手段を選ばない、と言う点において。その観点においては、遠坂凛をも凌ぐだろう。
彼にとって目の前の男は自分の教師でもなんでもなく、ただ目の前に立ちふさがる邪魔者でしかなかった。

「間桐、素直に帰る気はないか?」
「ええ、ありませんよ。あなたはここで死ぬんです。僕によって。」
「……。」

ゆっくりと石段を上がる慎二に対し、葛木が感情のこもっていない事務的な声をかける。対する慎二は若干真面目な口調で切り返す。
お互いがお互いを排除すべき敵として認識した瞬間だった。

直後、慎二が目にもとまらぬ速度で石段を疾駆する。下で見ていたライダーが思わず目を見張る。彼の言う通り、確かに人間を超えている。姿も能力も。
このままだとすぐにも決着が付くに違いない。だがライダーの予想は慎二の苦鳴で覆された。

べきゅという音と共に慎二が叫んで10段ほど後退する。。
「うげっ。」
「なかなかに、厄介な体だな。」
「ばかなばかなばかなばかなばかなばかなばかなばかなばかなばかな。」

慎二の左腕が折れている様に垂れ下がっている。
葛木が何か攻撃を加えたようだが、ライダーも慎二すらも判らなかった。

『蛇』と呼ばれる彼の技は素手で頚椎を破壊し抉りだすような代物だったが、たまたま『蛇』の軌道上に蜘蛛じみた長い腕があったため、慎二は腕一本を犠牲にして首を抉られることから回避できた。
その技は不意を突き必殺の一撃のため、攻撃を意識することすらできない。
普通であれば葛木と相対した敵は、最初の攻防で、何にやられたのか、どうしてやられたのか判らにままに首を破壊されて即死する。
葛木の不幸は人型でない慎二が相手であったこと、ただ、それだけだった。
しかし、慎二はその致命的な一撃を回避したことで慎重に間をとったため、葛木としても迂闊に手が出せなくなった。

だが、葛木には手が出せないが、慎二は手が出せる。彼は魔術師になったから。

慎二は少し間をおいたことで頭に上った血を落ち着かせ、冷静になった。
破壊された自分の腕を、血をすする蛭のように見ながら葛木に向き直る。
「めちゃめちゃ痛いよ、あ~あ、腕が一本いっちゃったよ。でも何をしたのか知らないけど、僕には勝てないよ。」

慎二が何か行おうとしている。そんな不穏な空気を感じ身構えた瞬間、葛木の前に唐突に和服姿の侍がにじみ出た。
ライダーは一歩で慎二に飛びつき足をひっ捕まえて後ろに放り投げる。直後鈍く光る銀が慎二の首があったところを薙ぐ。

「アサシン、よく戻ってきてくれた。」
「なんの、キャスター殿に呼ばれたのでな。宗一郎殿、ここは私が足止めをする故、キャスター殿の所へ参られるがよい。」
涼やかな風貌の若い侍は、手に長大な抜き身の刀を持ちつつ、葛木を促す。
逡巡した葛木は、未練を捨てるように言って釜鼬のように境内に走り去る。

「判った。――死ぬな。」
錆びついた声が風に残った。

「さて、今宵はちと厳しいか。宗一郎殿、キャスターを連れて無事に逃げよ。」
辞世の句を謳うようにつぶやいた若き侍がにやりと笑ってライダーの方に向き直る。

「ようやくでてきましたね。山門を離れてどこに行っていました?」
「答える義務はないと思うが?」
「確かに。」
「私はお主を前に武者震いが止まらぬ。セイバー殿ともう一度死合いたいと望んだが、それもかなわぬな。」
「申し訳ありませんが、あなたとじゃれ合おうとは思っていません。」

ピリピリとした緊張の中、アサシンは刀を構える。セイバーとの戦いの際でもここまで警戒はしなかったが、目の前の紫のサーヴァントを前にして警戒せざるを得ない。それは彼の心眼が告げていた。目の前のサーヴァントは危険だと。

ライダーはじゃりと鎖を鳴らしながら釘剣を構えた。
「――っ!」

軽く石段を蹴ったライダーが瞬時にアサシンに詰め寄り釘剣を振るう。
アサシンが苦もなくその釘剣を受け流す。返す刀でライダーに切りつけるが蛇のように体をくねらせ、ライダーがすりぬける。
体術と身体能力を武器にライダーが剣をふるい、投げつける。
磨き抜かれた剣術を持ってアサシンが受け流し、払い落す。
夜のしじまに、耳をつんざく様な金属の打ち合う音、こする音が響く。
夜を切り裂くように火花が飛び散る。
仁王立ちで大太刀を振るうアサシン、その周りを蜂のように飛び回り、剣戟を加えるライダー。
その戦い方は異なるが、剣戟は何十合も鳴り響く。

ひときわ大きい金属の打突音が鳴り響いた後、ライダーが20段ほど下までとび離れる。
アサシンがふぅと息を付く。力任せの雑な剣戟とはいえ、一撃一撃は非常に重く、受け流すタイミングを間違えれば刀ごと持っていかれそうだった。セイバーとは違うが、目の前のライダーも強敵だった。
アサシンは間をとったライダーをじっと見据える。

ライダーは、何か焦るように山門を見上げる。

「私には戦いを楽しむ余裕など有りません。持てる力を効率的に使わせてもらいます。」

そうして、顔の半分を覆う眼帯に手をかける。
その動作に背筋が凍るような悪寒を感じたアサシンは、己がもつ最大にして、唯一の”宝具”を解き放つ。

「秘剣燕返し――」