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血の色の様な夕陽が沈みかけ、徐々に世界が藍色に塗りつぶされていくなか、人々があわただしく家路を急いでいた。その脚は自然と何かに追われるように早くなり、自分の家の光が見えた時にほっと安堵する。
最近の冬木市は、通り魔事件やガス中毒事件など、異常な事件が散発していることにも加え、いいしれぬ恐怖感が濃密な霧のように街中を覆っていた。また、その恐怖は日を置くごとに強くなっていく。

ふと、そんな人々の足が止まった。
誰もが、茫然と立ち止まり呆けたような蕩けたような表情をする。束の間の楽園が彼らの脳裏に展開される。
楽園が去ったとき、より一層恐怖を感じてしまうことになるが。

幼稚園くらいの娘を連れた母親が手に持った買い物袋を落とした。
不思議そうに母親を見上げた少女は精気の抜かれた表情を見つけ、微動だにしないその視線を辿っていく。
そして、視線の先のものを見つけ、不意に怖いものを見たかの様に怯えて、慌てて母親の足に顔を隠す。

母親は、激しく服が引っ張られているのに気がついて我に返った。
懸命に裾を引っ張る自分の娘の表情に、ただならぬものを感じてしゃがみ込んだ。

「どうしたの?」
「ママ……あの、お兄ちゃん、怖い……」
「え?」

涙目になった少女が指さす先で、深紅のコートを着た美しい少女と、漆黒の闇を削り出したような、黒いコート姿の天使が去っていくところだった。

上気した母親は娘を抱きしめながら、その姿をずっと追っていた。


Chapter 27 天険


「アーチャー、何か嫌な予感がするわ。」

先ほどから何かを考えていたかの様に、ゆっくりと歩いていた凛が、振り返ってアーチャーを見た。
真剣な眼が黒衣の麗人を見つめる。
相変わらず、のほほんとした表情のアーチャーはのんびりと周りの景色を見ていた。
凛の雰囲気に何を感じたのか、ゆっくりと凛に顔を向ける。
いつもと変わらぬ茫洋とした表情だったが、凛はその表情の中にいつもと違うものを読み取って、言い知れぬ不安を感じた。

「……どうしたの?」
「……大当たり」
「え? 何?」
「襲われているみたいだね。」
「なんですってっ!?」

怖々と尋ねた凛に対し、淡々とアーチャーが告げる。固有名詞は出ていないが、今の状況で襲われるといえば一か所だけだった。
こんな遠距離から何のアクションも起こさない、魔術行使の欠片も見せないまま、衛宮家の状況を把握していることに、自分のサーヴァントの異常さを改めて感じずにはいられない。
しかしアーチャーの言うことは、事実であると信頼している凛は、その現実に唇を噛む。

昨日の今日で連戦になるとは、正直想像していなかった。
あと残っているサーヴァントは、アーチャー、セイバー、ランサー、そしてギルガメッシュ。
ライダーとギルガメッシュはそれぞれセイバー、バーサーカーと戦っており、消耗しているはず。
キャスターとアサシンはライダーに倒され、マスターの慎二を倒した今、そのライダーも消えているだろう。
唯一行方が知れないランサーだけが気にかかるが、セイバーであればそうそう引けを取ることはないはず。
それにこっちには無傷のアーチャーがいる。そうそう簡単に手出ししてくることはない。
アーチャーとセイバーから昨日の話を簡単に聞いて、凛はそう考えていた。

イリヤの話を聞いて、もう一度父の日記をひも解く為に遠坂家に帰った凛に、アーチャーが桜の痕跡を伝えた。遠坂家では新しい情報は得られなかったが、アーチャーに連れられて行った新都の外れには確かに桜の痕跡があった。

その帰り道。だった。

油断があった、判断が甘いといえばそれまでだが、現実という悪魔はその甘さに音もなく忍び寄り、冷酷なまでに切り裂き、抉り、笑っていた。
ここ最近の短い睡眠時間と、密度の濃い経験が微妙に彼女の判断を狂わしていたのかも知れない。

いずれにせよ、致命的な判断違いをしたかもしれないという、焦りが凛の足を自然と走らせた。
もう、深山町まで帰って来ている、士郎の家まではそう遠くない。
ただ、サーヴァント同士の戦いが、それほど長く続くのかは凛には疑問だった。

「くっ、急ぐわよっ!! Anfang(セット)」

もう手遅れだ。諦めろ。という負の囁きを頭から振り払って、走り出した。
可能な限り早く走るため身体強化の呪を施そうとした時に、ついっと後ろに体ごと引かれた。

「きゃぁ、あ、あ、あぅ……」
「急ぐんでしょ?」

一瞬空を舞った感覚の後に、とんっ。と軽い衝撃があって、凛の背にしなやかな筋肉の感触があった。
気がつけば、アーチャーに横抱きに抱えられていた。
見上げるとアーチャーの天上の美を造形したような顔が、凛を見降ろしていた。
間近でまじまじと見つめられて、思わず狼狽する。
さすがに少し慣れたが、改めて見つめられると、上気する顔を止めることができなかった。

「え、あ、え、えぇ……」
「じゃあ、こっちが早い」

不意打ちで顔を真っ赤にして、慌てた様な凛に対して、アーチャーがのんびりと呟く。
おもむろにアーチャーが空いている右手を前に掲げる。
思わずその手の先に目が行ったが、凛には相変わらず何も見えなかった。
ふっと何かにひかれるような感覚と共に、コートをなびかせた二人は黒と赤の魔鳥と化し宙を舞った。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


金属の塊から打ち出した様な十字の短剣を、突き刺さった右手から抜いた。筋肉収縮しているためか無理に引きぬいた為なのか、傷口の肉がめくれて血飛沫が飛び散り、激痛が全身をかけ廻った。

「がぁっ」

手をハンマーで潰されていく様な感触の激痛と共に、全身の力が抜けて行った。立っていることもできずに、思わず膝をつく。
歯をくいしばって、右手首を握りつぶすかのように強く左手で握り、気を落ち着かせる。
噴き出した血も徐々に止まっていく、反対に脂汗はサウナに入った時のように全身を濡らし、服を冷たくさせていく。

「シロウ、シロウッ!」

時間の感覚はなかった。ほんの数瞬かもしれないし、永遠に続いていたのかもしれない。
俺は激痛と耳の中で、巨大なウーファーが大音量で流す、脈動だけの白い世界にひざまづいていた。が、徐々にその音も小さくなり、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
同時に周りの景色が見えてきた。

声の方に顔を向けると、血の気の一切なくなった青白い藤ねぇに抱えらながら、がくがくと震えているイリヤがこっちを向いていた。
包帯で見えないが、たぶん泣いているんだろう。
でもイリヤも目が見えない筈なのによく分かるなぁと、他愛も無いことを考えたが、ドクンという脈動と共に蘇った痛みで我に返った。

そうだ、目の前の少女は守るべき存在だ。
こんな少女を、どろどろとした争いの中に巻き込んじゃいけない。
ようやく、そんな争いから抜け出す一歩を、踏み出したというのにっ!
藤ねぇと姉妹のように仲良くなったのにっ!

……俺の家族。イリヤは大切な俺の家族だ!!

俺が守らないと。

そう痛切に感じた。だから、イリヤには安心してもらいたかった。俺が守ってやると。

「だ、大丈夫だ、イリヤ、大丈夫だから。」
「……うん」

絞り出すような声ではあったが、強烈な使命感が体を、精神を奮起させて痛覚を和らげる。そのせいか冷静な声と、汗まみれではあったが、なんとか微笑むことができた。
多分酷い笑顔だろうと思うけど、それでも、見えないながらもイリヤは少しほっとしたような顔をした。

時間がたつにつれて痛みも引いてきた。

ゆっくりと手を動かした。じくじくとした鈍痛と、突き刺すような痛みが時折全身を駆け巡るが、なんとか動いている。
普通であれば、腱が切断され、神経や血管が破壊されて動かすどころではないと思うが、セイバーの治癒力のバックファイアがまだ続いているからだろうか?

庭から聞こえる金属の激突音に眼をやると、セイバーが押されているのが見えた。
昨日、あれだけ消耗していてて、俺の拙い魔力補充だと、まともに戦えるまで回復していないはず。

セイバーは口にも態度にも出さないが、出来る筈なのに出来ない、戦える筈なのに満足に戦えない現状は、身を焦がすような焦燥感と戦っているはずだ。
俺がへっぽこだった為に……俺みたいな未熟な魔術師に呼び出されたから、セイバーは苦労している。

このままだとまずい。どうにかして、ギルガメッシュの気を引くか、隙を作らないとセイバーもやられてしまう。
遠坂は……こんな時に限って……いや、違う、俺があまりにも未熟だからいけないんだ。

どうすれば……
何をすればいい?

俺のできること……
俺ができることは何だっ!?

どうやったら守ることができる……?

どうやったら、この状況を乗り切ることができる……?

どうやったら、セイバーが満足に戦える……?

俺の……
俺のできることは……


そうだ、俺に出来ることは唯一つだけだ、そしてセイバーの為に出来ることは……


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


何かを考えるように庭の方を見ていた士郎が、決意したように顔を上げる。
その顔には吹っ切れたような透き通った表情が浮かんでいた。

「すまない、イリヤ、身体強化ってできるか?」
「え? え? できるけど?」

士郎の強靭な意志を込めた瞳に見詰められたイリヤは、全身に風を受けた様な気がして一瞬狼狽した。
返事を聞いた士郎は、立ち上がって庭の方に体を向けた。
何かの決意を秘めた雰囲気に、イリヤは士郎の背に父親であった切嗣の気配を感じた。

「じゃあ、悪い、ちょっとかけてくれ。とびきり強烈なやつを」
「え、え、え? どうするの、シロウ」

「セイバーを助ける」

どっしりとした大木のように揺るがない、芯のある静かな声がその場を制圧した。
士郎はイリヤに背を向けたまま、見えない竹刀を持つように、両手を正眼に突き出して目をつむっていた。

「無茶よ、サーヴァント相手に戦うなんて、それも私のバーサーカーを倒した奴よ?」

一瞬間をおいて士郎の言葉を理解したイリヤは、我に返ったように、頭を振って悲鳴の様な声を張り上げた。
その声には恐怖が込められていた。
絶対の存在だった己がサーヴァントを、容赦なく倒した敵に対する恐怖。次々に死んでいく恐怖。
そして、切嗣と同じ様に、目の前から士郎がいなくなってしまう恐怖。

「分かってる。 だけど。 だけど、俺は少しでもいい、セイバーを助けたい。そしてお前を、みんなを守りたい。」

士郎はそんなイリヤの声を受け止めて尚、静かに自分の思いを奏でる。
限りなく透きとおり、繊細なガラスベルの様な涼やかな音色がその声に籠っていた。
ただ、あまりにも脆く、すぐ壊れてしまうような雰囲気が、容易に想像できる未来が、イリヤを竦ませていた。

「こんな俺でも、ひょっとしたら隙ができるかも知れないだろ?」

ふっと士郎が振り返って笑った。
何かを達観したような気配を感じたイリヤは、もう自分では止められないことを本能で感じていた。

「し、士郎…な、なに…言ってるの……イリヤちゃんも……
いったい何よ、……何なのよ、あれ?
士郎!! いったいどういうことよっ!!
あ、そ、それより早くその手を何とかしないと」
「藤ねぇ、落ち着いてくれ。治療は後でいい」

やっと我に返った藤ねぇが、眼を見開き嫌々をしながら叫んだ。
そのあと士郎の手に改めて気付き、薬箱を出そうと立上がろうとする。
その行為を言葉で制した士郎に、藤ねぇが目を見開いた。

「だって、そんなに血が出てるのに。早く治療しないと」
「ごめん、藤ねぇ、今は黙って見過ごしてくれ、あとから絶対ちゃんと説明するから」

理解できない、理解したくないといった藤ねえを、振り返った士郎が静かに見詰める。交錯した視線を先に外したのは藤ねぇの方だった。

「……そんなこと言ったって」
「今は、俺の治療よりも、優先しなくちゃならないことがあるんだ。それは俺にしかできない」

藤ねぇは、今までに見たことのない顔の士郎に、成長を感じ、同時にどこか遠くに旅立つ”男”を感じた。
切嗣が何かの拍子に見せた気配と同じ”男”を。
もう止められない。彼女もイリヤと同じく、本能の底でそう感じていた。
庇護の対象だった雛鳥が成長して飛び立っていく……
それは長年、士郎を見守り続けてきた彼女に取って、誇らしくもあり、悲しくもあった。

剣戟が響き、土蔵の方で激突音と共に崩れる音がした。
その音に士郎は庭を振り返って、冷静を装っていた仮面が外れる。

「あーっ、もう、こうやってる間にセイバーが倒されるかもしれないんだ!!」
「わかったわ、シロウ。力抜いて」
「すまない」

セイバーの明らかな劣勢が視界に入った士郎は、今にも飛びだしそうになっていた。
イリヤには、士郎の要求する強化の魔術が、少しでも自分が生き残る確率を上げる、そのための……とは、とても考えられなかった。
しかし、このままだとギルガメッシュに蹂躙されることも確実だった、で、あれば……

はぁ。とひとつ溜息をついたイリヤは、弱い自分をアインツベルンの魔術師と言う鎧で覆った。
感情がなくなったかの様な、固い声で答えたイリヤは、藤ねぇの手を振りほどき、士郎の背中にそっと手をあてた。
アインツベルンの最高傑作である彼女にとって、強化自体は苦もないものであった。

誰よりも強く、誰よりも速く……

今まで生きてきた短い時間の中で、最も真剣にイリヤは願った。

「だけど、約束して、絶対死なないって。」
「……わかった、約束する。」

イリヤは庭に向かって駆け出す士郎を、硬直したかのように見送っていた。

(シロウ、貴方が逝ったら……)

「投影開始(トレースオン)」

その耳に士郎の唯一の呪文が突き刺ささり、銀の煌きが迸った。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


その存在はその場を制圧していた。強大な力と空間すら歪ませ、従えるような圧倒的な気配が、庭を一種の異界と化していた。
黄金の鎧を着ているそのサーヴァントは、醜いものを見たかのように表情を歪ませていた。
視線の先には片膝をついて、剣で体を支え全身で呼吸をしているセイバーの姿があった。
ほとんど魔力すら尽きかけ、地を這うようなその姿は、気高く孤高のセイバーを求めていたギルガメッシュにとって耐えがたいものであった。

「ふんっ、貴様もそこまで腑抜けたかっ!」

ギリッと軋むような、憎しみに満ちた声とともに、背後の揺らめく空間から、数本の武具が打ち出される。
槍斧が、長剣が、ハンマーがセイバーを襲う。

セイバーは、錆びついた機械が、もう勘弁してくれと懇願しながらギシギシと動き出すように、軋む体を歯をくいしばり、文字通り精神力だけで無理やり動かし、輝ける聖剣で迎撃する。
迫りくる武具を耳をつんざくような金属音と共に受け流す。
万全な状態であれば何でもない攻撃も、今のセイバーにとってはどの一撃も重たく、弾き返すこともできず、角度を変えて受け流すことしかできなかった。

(駄目だ、このままでは……)

セイバーはじりじりとする焦燥感の只中にいた。このままでは援軍の来ない籠城戦に等しい、圧倒的な戦力の前に自身の戦力が削られて行くだけの蹂躪戦にしかならない。

(私がここで負けたらどうなる!!)

ギルガメッシュの矛先はこの場の全員に向かうことになるだろう。シロウは、タイガは、そしてイリヤは……
そう、虫けらのように、殺されるだろう。

(負けられない、こんなところで……私はまだ……)

半分感覚がなくなってきている手で聖剣を握りしめる。微かに感じる、手になじんだ剣の感触がセイバーを勇気づける。
この手で彼らを守ってみせる。
両手で斜に構えながらよろよろと立ち上がったセイバーをみて、ギルガメッシュは中空に掲げた手に無骨で巨大な戦斧を取り出す。

おもむろにセイバーに詰め寄ったギルガメッシュは、その斧を無造作に、大木を断ち割るように繰り出す。
膂力だけで振り回すその戦斧は、大気の悲鳴を上げ、セイバー目掛けて落下する。戦斧自体の重さとギルガメッシュの剛腕が繰り出した一撃は流星の如く輝き、なまはんかな技を凌駕し、すべてを破壊する圧倒的な力が込められていた。
無我の境地で、この力技は受け流せないと悟ったセイバーが両手で聖剣を掲げ受け止める。

辺り一帯のすべての音を消しさる爆発音に似た激突音と共に、聖剣を掲げた腕が力負けする。受けきれなかった一撃は肩当てを破壊し、鎖骨を粉砕して止った。
血がしぶき、踏ん張ったセイバーの両足が崩れ、膝をつき大地にめり込んだ。
セイバーの背後の、土蔵が、そして更に後ろの壁が斬戟の余波で両断され、崩れ落ちる。

土煙りが舞い上がった。

一呼吸の間をおいて、がらがらと音を立てて土蔵が倒壊した。

「ぐぅっ」

近寄ってきたギルガメッシュの横を転がるようにすり抜けて、移動したセイバーがだらんと腕を垂らす。今の一撃で左肩を破壊された。
ざくっと大地に突き刺した聖剣を支えにしてセイバーはよろよろと立ち上がる。

はぁーはぁー

セイバーの荒い呼吸が響く。
立ち上がりかけた所で、力が抜け、再び膝をつく。

(無様だ……私はこんな所で、マスターを守ることも出来ずに……)

自分の体が思うように動かないことが、心底悲しかった。もっと私に力があれば……、そう思った。
士郎の魔力が十分ではないことは関係がなかった。戦いに”万全”はあり得ない。持てる力、今ある力を持って敵を倒す。
それだけだった。しかし、それができなかった。

「さて、そろそろ死ね」

黄金の光が目に入る。
眼を上げると仁王立ちのギルガメッシュの鎧が鈍く輝いていた。
何時の間に持ち替えたのか、鈍く輝く長剣を手にした、その赤い眼に籠る表情は、憐憫か怒りか。
セイバーには分からない複雑なものが渦巻いていた。

(私はあの鎧に傷すらつけることができなかった。しかし、刺し違えてもいい、必ず……)

投影開始(トレースオン)

半分、死を覚悟し、残る力で聖剣を握った瞬間、脳裏に士郎の声が響いた。

「セイバーッ!」
「ちぃっ」

はっと、セイバーが顔を向けると、そこにはギルガメッシュの背後、普通の人間では考えられない高さから飛びかかる士郎がいた。

両手で握り、空中で大上段から振り下ろされた優美な日本刀は、銀色の真円を描いてギルガメッシュに襲いかかった。
不意を突いた、必殺のその一撃は、振り向きつつ薙ぎ払われたギルガメッシュの持つ剣で、紙一重で防がれた。
士郎はその力を器用に利用して受け流し、ギルガメッシュを飛び越えて、セイバーの前に立ちふさがるように降り立った。

「シロウッ! その剣は……」
「アサシンのだ。」

士郎はセイバーを守るようにギルガメッシュに対峙する。脇に構えたその長大な刀はあの涼やかな剣士が持っていた物だった。そしてその構えもまた。
眼を見張ったセイバーに、振りかえらずに士郎は短く答える。

「く、雑種めが、よくも我の邪魔をしたな」
「シロウっ危ない!!」

ギルガメッシュの怨唆と共に、飛び交う武具を士郎の、アサシンの刀が迎え撃った。
セイバーがアサシンと交えた剣技には遥かに及ばないが、その剣跡には見覚えがあった。

「え?」

眼を見張ったセイバーの前で、道場で鍛錬していた時とは段違いの速さと力で士郎が武具を弾き返す。
イリヤの魔術で強化された肉体で、アサシンの刀を投影して戦う。それが士郎の出した答えだった。
士郎の使える魔術、唯一と言っていい投影で作れる物の中で、最も強力な武具であるアサシンの”物干竿”。
幸運なことにアサシンの刀を投影する際に、その経験の一旦を垣間見えることができた。
その経験に従って刀を振るうことで、通常の士郎の技を超えた剣技を繰り出す。
土壇場での奇跡だった。

セイバーを庇うように立ちふさがる士郎は、あの時、自分の刀を快く貸してくれたアサシンに感謝していた。
アサシンの刀からは血のにじむ様な経験が語られていた。その内なる声に圧倒されたが、同時に二度とない機会と心に刻み込んでいた。
この刀の記憶がなければ、今頃はギルガメッシュに串刺しにされていただろう。

しかし、数本受け流しただけで士郎の表情が苦悶に変わる。
投影の時に、針で突き刺されるような頭痛を感じたが、剣の経験を引き出して振るう度に、全身の筋肉が断裂するような痛みが駆け巡る。
ともすれば発狂しそうな全身の痛みを、セイバーを守るという使命感だけで押さえこんでいた。
徐々に士郎の視界が狭まり、向かい合うギルガメッシュしか見えなくなってきていた。
士郎の顔めがけて、唸りを上げて飛んできた槍を、視認できないほどの速度で叩き落とした時、全身を蝕む痛みが限界を超えた。

「がぁっ」

空間がひび割れた様な音と共に、士郎の持つ刀は粉々に砕け散り、胸を押さえて蹲った。

「げほっ、げほっ、ごふっ」

激しくせき込んだ士郎は、一際大きい咳と共に血の塊を吐き出した。

「ふんっ、下らぬ、大いに下らぬな。
1の実力を10に見せる気迫は見事なものだ、しかし、中身が中身ではな」

そんな士郎の様子を興味深く見ていたギルガメッシュは、一転して害虫を見るような冷酷な表情に戻った。

「己が歯向かった相手を知るがいい」

三又の槍を取り出し、士郎の方に狙いを定めるギルガメッシュに、士郎を飛び越えてセイバーが片手で切りかかる。
「邪魔するな、セイバー」
「何があっても、むざむざマスターを殺させはしない」
「くっくっく、そうか、この雑種がお主のマスターか。こんな雑種に呼ばれるからお前も腑抜けになるのだ、セイバーよ」

三又でセイバーの剣を受けたギルガメッシュは、一瞬眼を見開いてから嘲笑を浮かべる。ようやく落ち着いてきた士郎の方に視線を向けて、笑い出す。
満身創痍の状態で、かつ片手しか使えないセイバーは、ぎりぎりと歯ぎしりを立てながら、気力を振り絞り聖剣を押し込む。

「ふざけるな、シロウは……シロウは、私たちよりよほど気高い心の持ち主だ、お前に雑種良ばわりされる存在ではない!」
「吠えたな、セイバーよ、ではその雑種を見事守ってみよ」

心の底から絞り出すような声で、唸ったセイバーと鍔迫り合いをしていたギルガメッシュが、ふっと力を抜いた。
一瞬態勢を崩したセイバーの頭を鷲掴みにしたギルガメッシュは、そのまま力任せに投げ飛ばした。
セイバーは地面に2度3度とぶつかった後、最後に土蔵脇の大木に激突して止った。
地面と大木への激突で呼吸が止まったセイバーめがけて、ギルガメッシュは三又槍をくるくると回してからタイミングを見計らって投げつける。
唸りを上げて飛んだその槍は、投げ飛ばされても離さなかった聖剣を持った手、セイバーの右腕に突き刺ささり、その勢いで背を預けていた大木まで串刺にして縫い付ける。

「ぐぁっ」
「ギルガメッーーシュ!!!」

セイバーの苦鳴に、顔をあげた士郎の瞳に、木に磔になったセイバーが映った。
叫びながらよろよろと立ち上がる。

「ふんっ、うるさいな、雑種」

士郎を一瞥した後、ギルガメッシュは、肩を破壊されて動かないはずの左手を何とか動かして、槍を抜こうとあがいているセイバーを見つめる。

「最後のあがきほど醜いものはないな。どうだ、大地に磔になった気分は? はははははっ
しかし、そろそろ、おもちゃで遊ぶのも飽きたな。マスターもろとも死ぬか。」

セイバーの方に歩きだそうとしたギルガメッシュの目前で、何か透明のガラスの盾の様なものが浮かび上がり、イリヤの放った魔弾を弾き返した。

「な、なんで……」

縁側に藤ねぇに抱きかかえられながら、立っているイリヤが茫然としていた。
今の魔術は家を吹き飛ばすような強力な破壊の魔術だったはずなのに、完全に無効化されてしまった。その規格外の力に、イリヤは底なし沼につき落とされるような絶望感を感じていた。

「聖杯はそこでじっとしていろ」

横目で睨みながら、ギルガメッシュが吐き捨てる。辛うじて勇気を振り絞り、反抗しようとしたイリヤの気力をその一言が粉砕した。
へなへなと崩れ落ちるイリヤを、藤ねぇが支える。

「もう、一体、どうなってるのよっ……」

今だに目の前の状況が頭に入らない藤ねぇは、同時にこの場で自分が一番弱者であることも感じていた。
目の前の士郎が、セイバーが、たった一人の暴君に蹂躙されていくのを、指をくわえてみることしかできなかった。

「姉さん!!姉さん!! 大丈夫ですか!!」

唐突に道場の脇の勝手口の方から数人の若い男の声がかかる。
どやどやとなだれ込んできたスーツ姿の男性達が、磔になった鎧姿のセイバーや、その場の惨状を見て呆然とした。

「あ、達さんっ、藤ねぇ連れて逃げてくれっ! 藤ねぇは無事だから!!」
「士郎のぼっちゃん、こ、こいつぁ……」
「いいから逃げてくれ、早く!!」

先頭に立っている30代後半と思しき人物は士郎の良く知っている人物だった。
即ち、藤村組の若頭候補の武闘派で、藤ねぇの護衛をよくやっている人物。
藤村組の重要人物である藤ねぇを護衛するために、人目につかないように隠れて近くに待機している姿を士郎は良く見かけていた。その関係もあって当然士郎とは顔見知りだった。
士郎の言葉に、硬直が解けた彼らが行動を起こそうとした時に、背を向けていたギルガメッシュが振り向いた。

「つくづく煩いな、興が削がれるではないか」
「て、てめぇ」

その視線を見た瞬間、この惨状を引き起こした犯人を理解した彼らは、そろって手を懐に入れる。

本来、藤村組の人間は大げさな武器を携帯していない。
ただ、昨今の情勢と雰囲気が自然と彼らに武装を促した。それは戦うためではなく、何かから自分を守るための原始的な無意識の恐怖からだった。
無用な抗争は固く禁じられているが、この状況では許される。そう判断して、滅多に使用することのない武器を取り出そうとした。

「ぐふっ」
「がぁぁっ」
「達さんっ!!!」

次の瞬間、飛んできた槍が、斧が彼らに突き刺さり、彼らを弾き飛ばす。血をまき散らしながら壁に激突した彼らは、ピクリともしなくなった。
士郎と、藤ねぇが異口同音に絶望を叫ぶ。

「煩わしいわ、そこな聖杯、お前は人払いすらできんのか」
「あ、あ…」

視線をイリヤに向けたギルガメッシュが吐き捨てる。怒りの気配を叩きつけられたイリヤはがくがくと震える。
「ギルガメーッシュ!」
「ふん、威勢だけはいいな。」

再びアサシンの刀を投影した士郎がギルガメッシュに切りかかるが、一歩踏み出したと同時に体が崩れる。
崩れ落ちた士郎の体を、小石を蹴るようにつま先で道場の方に蹴り飛ばした。
糸の切れた人形の様に士郎の体が宙を舞った。


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


「シロウーーッ!!」
セイバーは必死の形相で、肩に突き刺さった銛ごと無理やり立ち上がった。背後の木がメキメキと音を立てて裂けていく。
しかし、構えを満足にとることも出来ず、だらんと垂れ、伸びきった両腕でなんとか聖剣をつかんでいる状況ではとてもギルガメッシュに対抗することはできない。


「士郎!!」

もうだめか。全員がそう思った時に、天使が空から舞い降りた。
その場の雰囲気を一変させるソプラノの声が響く。
アーチャーに抱えられた凛が、道場の上に降り立った。

「遠坂……、遅いぞ」

待ち望んでいた人物が到着した士郎は、朦朧とした視界の中で、声を頼りに凛の方に視線を向けて、力なく微笑んだ。

「士郎、大丈夫?」
「あ…あぁ、なん…とかな、…だけど、遅いぞ? 遠坂、晩飯が遅れるじゃないか」
「ごめん、遅くなった。アーチャー、お願い!!」

大地に大の字になった士郎は、空を見上げるように下から凛を見上げた。
すっかり暗くなった空の下、流れる雲を背景に闇に紛れる黒のサーヴァントと、輝きを放つ赤の少女が眩しかった。
荒い呼吸の合間に、切れ切れに冗談混じりの声を上げる士郎の傍に、凛が身軽に飛び降りた。
少し遅れてアーチャーも微動だにせずに舞い降りる。
一瞬で状況を把握した凛は、コートの隠しに収めてある宝石を頭に浮かべながら、キッとギルガメッシュを睨みつけた。


――間に合った。

凛は最悪の状況になる前に到着できた幸運を天に感謝していた。

(敵はギルガメッシュ一人、こちらは無傷のアーチャーと、魔術師が……一人。アーチャーだったら勝てる。)

凛の強気の表情にちらっと目をやったギルガメッシュは、その躍動感あふれるオーラに一瞬感心したような表情を浮かべたが、直ぐに嘲るような表情に戻した。

「ふん、道化か、面白い」

嘲笑する表情はそのままに、幾分真剣味を加えながらギルガメッシュがアーチャーに向きなおる。
セイバーの方には目もくれず、アーチャーと対峙する背に、第三者の声が掛けられた。

それは、凛にとっては今一番聞きたくない声だった。
なんで……? と喘ぐように擦れた声が漏れる。

「よぉ、そんなに慌てるなよ、お前はセイバー一筋なんだろ?」
「ふんっ」
「ラ、ランサー……」

いつの間にか屋根の上に胡坐をかいて青い獣が座っていた。

庭にいる全員の視線を浴びつつ、よっと立ち上がったランサーはアーチャーとギルガメッシュの間に割り込むように舞い降りた。
その動きは野生の獣を連想させる、しなやかな動きだった。
ギルガメッシュは腕組みをしながら背を向けている邪魔者を睨んだ。

「邪魔をするな」
「まあまあ、そう言うなって。俺だってテメェの護衛なんてまっぴらだ」
「ではさっさと引け」

青い獣はギルガメッシュの唸るような声を背中で流しつつ、片手を腰に当てながらアーチャーに向き直った。
まるで旧友に声をかけるように親しげなランサーは、にぃっと笑った。
虎か豹の様な猛獣が笑うとこんな顔になる。そんな獣の様な笑みだった。

「よ、黒いにーさん、……と、嬢ちゃん、久しぶりだな。」
「な、なんで、あんたが……」

空いた手を上げて、状況を完全に無視して挨拶するランサーに、凛は茫然と喘ぐように声を漏らした。
その後ろに突っ立っていたアーチャーは、何気ない風情でそっと凛の前にでて、望洋とした表情のままで小首をかしげた。
当人は挨拶を返しているつもりかもしれない。

「なんでもかんでもねーよ、いけすかねえ野郎に、俺様小僧の護衛をしろって言われてなぁ、つーか、野郎はそこのにーさんを異常に警戒してるんでな、よくわからんが」
「我に護衛なぞ無用だ、しかし、言峰が言うのであれば、特別に護衛させてやる、ありがたく思え」

凛の一言で嫌な記憶を思い出したのか、頭をぽりぽりと掻きながら、自分への指示を暴露するランサーは心底迷惑そうに、ギルガメッシュを肩越しにちらっと見た。

「……だってよ
まあ、正直、そこの黒いにーさんがいないこともあってだな、胸糞悪い光景はもう見たくないんで、帰ろうとしてたところに、ばったりだ。
わはは、なかなか、運があるかもな。」

憮然とした表情のギルガメッシュから視線を外したランサーは、そう言って凛を見た。

「運がないんじゃないの?」
「そうかも知んねぇな」
「邪魔しないで……っていっても聞いてくれないわね?」
「まあ、そういうこった。」

アーチャーの背後で身構えつつ、魔力を高める凛に対して、面白そうに笑うランサーはまるで、おもちゃを見つけた猫の様な物騒な表情を浮かべる。

頭の中で、可能な限りの打開策を考えていた凛は、有効な手が打てないことを感じた。

(アーチャーを無理に押しだすと、ランサーはアーチャーと交戦状態になるか、マスターである私を狙う。
このせまい状況ではランサーの攻撃を回避することは不可能。であれば私が死んでThe End。
この場で戦力になりそうなのは……。
セイバーは……ギルガメッシュの宝具? 銛に腕を貫かれ、血だらけで、ここから見ても判るぐらい大きな息をしている。……無理。
士郎は……最初から戦力外。……無理。
イリヤは……無理か。
となると私とアーチャーだけなのね。
ランサーとギルガメッシュ、どっちも嫌だけど、究極の選択をするのであれば……
ギルガメッシュか。
なんとか、あの金ぴかの攻撃をかわして、宝石弾を撃ち込めれば活路は見えてくる……かな?
それともアーチャーがランサーとギルガメッシュを同時に相手するか、仲の悪そうな二人を戦うように仕向けるか。……今すぐは無理か。
打つ手がない……。
せめて私だけでも自由に動けたら……そのためには目の前のランサーが邪魔……)

「くそっ」
「おやおや、お嬢ちゃんがそんな言葉吐くと奇麗な顔が台無しだぜ?」
「うっさいわね」

なんとなく、全員が行動を止めて、微妙な空気が流れる中、手の打ちようがない苛立ちが表情に出た。
吐き捨てた言葉に、勝者の余裕なのかランサーが揶揄する。
しかし、凛にとっては何もできないのも事実だった。

(せっかく間に合ったのに、目の前でむざむざと嬲り殺しにされる所を見なければならない――!!)

(何か手は? 何か手は? 何か手は? 何か手は? 何か手は? うー……)

気ばかり焦って何もいい考えが浮かばない凛は、無意識のまま親指の爪を噛んでいた。

「まあ、しばらくここでじっとしててもらえるか? 後でゆっくり相手してもらうがな」

ニヤニヤと笑っていたランサーが不意に真顔になり、この生ぬるい雰囲気を終わらせた。
手に赤い槍を現界させて穂先をアーチャーに向ける。
その目に凛の姿はもう映っていなかった。


「今でもいいよ?」

『あ、そうそう、ちょっと後での棚の上の煎餅とって頂戴?』『今でもいいけど?』的な会話の中で出てくるような雰囲気のアーチャーがそこに居た。
槍の穂先を向けられても、表情が変わることもなく、いつもと同じ様にどこを見ているか分からないような、のんびりとした雰囲気を纏っていた。
その一言で命の取り合いになるはずなのに、あまりにも緊張感のない声だった。

「……いやあ、今は止めとくわ、ちょいとそこの坊主がなんか気になってきたんでな。」

ランサーがアーチャーを見つめる。自分の中の天秤を計るように逡巡していたランサーが、槍を引いた。
その声にわれに返った凛が視線を士郎に向けると、士郎はこの短い間を休息時間としていたのか、しっかりした表情をして何か言いたげな表情で凛を見返していた。
視線を戻した凛は、だろ? というランサーの表情を見た。

「そう? じゃ」

ランサーの一言で、何を感じたのか。アーチャーは興味がない表情で、助走も、膝の動きも殆どなく、見えないエレベーターに乗ってるかの如くふわりと道場の屋根の上に飛び上がった。
そして、コロッセオの観客席で座るように脚を伸ばして腰を落ち着ける。
ぱんぱんと軽く手をはたいてから、その手を自然に垂らす。

「ア、アーチャー?」
「……おい、お前?」

茫然と見送った凛とランサーに、アーチャーが不思議なものを見るような視線を向けた。

「何?」

アーチャーは小首をかしげ、その姿を見上げていた凛は頭痛がするかのように、こめかみを揉み解した。

この場は戦場である。
現にセイバーは瀕死の重傷を負っており、士郎も傷ついている。家は壊れかけ、壁は崩れている。大地には赤い血が飛び散っている。生死不明だが、死んでいる or 死にかけている人達もいる。
そしてアーチャーとそのマスターは劣勢な味方への援軍。

その援軍の動きがこれだった。
言葉が出ない凛の代わりに、ランサーは至極当然の疑問を口にした。

「何してる?」

そして、その答えも至極当然の声音を持っていた。

「見物」

静寂という名の神がその場に顕現した。その場にいた全員がその姿を見た。いや見た気がした。

みりゃわかるだろ? という言外の非難はなく、聞かれたから答える純粋な回答だった。
当の本人は何を分かり切ったことを。という表情……も出さずに、のんびりと視線をランサーに向けた。
一瞬、何を聞いたのか、分からなかったランサーは耳を軽く叩いた。

「は?」
「だから見物」

再び繰り返された問いかけに対し、少々非難の視線を込めつつアーチャーがランサーを見返す。
アーチャーとしては珍しく少々感情の色があった。同じ事も何回も言わせるな。と言うことなのだろう。

「あ、アーチャー……」

喘ぐような凛に目を移したアーチャーは、その傍で茫然と見上げている士郎を見た。

「がんばれ」

真剣さも、切迫感も、情熱も何も感じない、のんびりとした声色のままで、棒読みのように士郎を激励する。
セイバーの方にも、同じ様に声をかけていた。
あっけにとられたセイバーが、ぽかんとした表情のままアーチャーを見つめていた。
彼が他人に激励をするなんてことは、滅多に無い。だがその事実はここにいる全員は知らない。
血で血を洗う、その戦場のど真ん中で、かつ自分の知人と言っていい人間が、瀕死の重傷で死にかけている中で平然と見物する。
これが、ここにいる誰も知らないアーチャー、即ち、<新宿>一番の人捜し屋の姿だった。

「道化めっ」

そのアーチャーの行為を侮辱と受け取ったギルガメッシュは顔を真っ赤にして、怒りを顕わにする。
その瞬間、豪放磊落な笑い声が響き渡った。全員の目が声の主を捜した。そして見つけた。

全員の視線を一手に浴びつつ、腹を抱えてランサーが笑い転げていた。

「あははははははは、こいつぁいい! 初めてだ、こんな奴は!!!
おもしれぇ、じゃあ、俺も見物としゃれこむか」

笑われて憮然としたアーチャーの横にランサーが飛び上がり、ほれ、少し席を開けろ。といいながら座り込んだ。
迷惑そうな顔のアーチャーがちょっと移動する。
門の上で胡坐をかいたランサーは、まだ笑い足りないのか、思い出しては噴き出していた。

「……アーチャー、そういうことなのね。性格悪いわ、やっぱり」

その姿をみた凛は、アーチャーの意図を理解した。いや、理解したと思った。
真実は分からない。

(アーチャーは、少なくともランサーを巻き込んだ乱戦を止めた。私を含めた形で足止めしようとしていたところを、私だけは外させた。
アーチャーは戦力外になるけど同時にランサーも戦力外になって、必然的に士郎達には私が援軍となる……
サーヴァント相手には、微々たる援軍かもしれないけど。
それ以外にも、何か企んでいそうな雰囲気もあるけど……)

ランサーの大笑いと、その後の行動で怒り心頭だったギルガメッシュは、猛獣すら殺せるような視線で一睨みすると、フンッと鼻を鳴らしてセイバーに向き直った。

アーチャーとランサーのやり取りで、ギルガメッシュの注意がそれていた間に、セイバーは腕に突き刺さっていた銛を抜いていた。同時にほんの少しでも休憩が取れたことで、セイバーは何とか呼吸を整えていた。
アーチャーが、そういった時間稼ぎも狙っていたのか……誰にも分からない。

とはいえ、砕かれた肩までは治っておらず、右手もまともに動かないような状況に変わりはなかったが。

「興が殺がれたわ
まあいい、道化の前で、じわじわといたぶってやる」

苛立ちからか、被虐心を顕わにしたギルガメッシュは、セイバーに無造作に歩み寄る。
背を向けたギルガメッシュに、好機到来とばかりに隠しから宝石を取り出した凛が、投げつけようとした。
それを士郎が掴んで制す。

「士郎っ!! 何すんのよ!!」

凛の非難を無視して、士郎が叫ぶ、その視線の先にはセイバーがいた。

「セイバー! 悪い、俺はお前を守ってやれない!!」
「シロウ?」

慟哭するような士郎の叫びに、セイバーが茫然と見つめ返す。凛も何を言い出してんの? と言う表情を張りつかせたまま、唖然としたように真横の士郎をまじまじと見詰める。
その視線を受けて、士郎は笑った、少なくともセイバーにはそう見えた。同時にその先の言葉を言わせてはいけないと直感が感じていた。
口を開きかけたセイバーを制して士郎は左手の甲をセイバーに向けて叫んだ。

「だからっ
だからっ、俺はっ!!
令呪に願う、セイバー、何があっても生き抜け。何があってもだ。絶対死ぬな。」

「なっ、シロウ!?」
「なっ、士郎!?」

セイバーと凛が異口同音に叫ぶ。
令呪で強化することでサーヴァントが強くなるのは確かだ。でも、生き抜け、死ぬな。とはあまりにも抽象的過ぎる。もっと直接的な内容でなければ、効果は期待できない。
セイバーの思いとは裏腹に、士郎の鈍く輝いた令呪の色が消えていくに従って、僅かばかりではあるが魔力が籠り怪我が修復されていく。

「ほほう、令呪でセイバーを生かすか。愚か者めが、マスターが居らねば現界することも叶うまい。先にお前をつぶしてもかまわんぞ?」

復活しつつあるセイバーを目に留めながら士郎をみやったギルガメッシュが次々に頭上の空間に剣を浮かび上がらせる。
目前の光景を、ギルガメッシュの言葉を無視するかのように、士郎は掲げていた左腕を突き出し、何かを掴むように手を開く。その目の先にはセイバーしか見えていない。

「いったい何を?」

訝しむ凛の視線を受けつつ、士郎が歓喜の歌を歌うように宣言した。その顔は一つの困難な任務を達成したような満足感が込められていた。

「そして最後の命令だ、セイバー、遠坂と契約しろ」

その言葉と同時に士郎の左腕を、電流が駆け巡るような鋭い痛みが駆け巡り、最後に残った令呪に向かって集束する。焼き鏝を当てられたような熱さと共に最後の令呪が光って消え、そして士郎とセイバーを繋ぐ物はなくなった。

「「なっ」」

異口同音にセイバーと凛が叫ぶ。
にっと笑った士郎が凛に一瞬だけ視線を向けてから、ギルガメッシュ目掛けて走り出す。

「それが一番だ、その間だけは俺がなんとか守ってやる。だからさっさと契約しろ、セイバー!!
もう、制限されたまま闘わなくていい、遠坂だったら俺より何十倍も強くなれる!!
投影開始(トレースオン)!」

ギルガメッシュに向かってダッシュした士郎は、走りながらアサシンの刀を投影し、そのまま切りつけた。
不意を突いたつもりだったが、ギルガメッシュは難なくその攻撃を受け止め、力任せに弾き飛ばす。
弾き飛ばされたままの、仰向けの体勢で不自然に横に高速移動した士郎をかすめて、頭上から剣が降り注ぎ地面に穴を穿っていく。

「む?」

その土煙りを縫って、背後から頭上に落ちてきたセイバーの剣をギルガメッシュが受けて弾き返す。
セイバーはその力を利用して、ギルガメッシュを飛び越えて凛のもとへ走り込む。

追撃を放とうとしたギルガメッシュに態勢を立て直した士郎が、尋常ではない速度で飛ぶように走り込み、刀で脚を払う。

「ちっ」

ギルガメッシュは舌打ちをした。その鋭い攻撃はなかなかの迫力があった。力はないが、それでも無視できない鋭さがあった。先ほどの剣を交わしたように、尋常ではない動きをする時もあり気が抜けなかった。
剣を大地につきたてて防いだギルガメッシュは、一瞬のつばぜり合いで士郎の目を見て理解した。

「……狂人か」


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走り出す士郎の背中を見ながら凛の頭は高速で回転していた。けれども答えは一つしかない。そしてその答えは確かに、この場を切り抜ける最適の方法だろう。

セイバーとの契約。

アーチャーとの契約の維持に魔力はほとんど使わない。皆無と言っていいレベルだった。だからセイバーを抱えることは不可能ではなかった。
しかし、そうなると士郎は……

視界にギルガメッシュに切りかかった士郎が映った。ライオンに向かうネズミの様なイメージがかぶる。
躊躇している今ならまだしも、本気を出した猛獣には絶対に勝てない。
だめだ、今は切り抜けることが一番。後のことは後で考える!

セイバーに視線を向けた凛の目に、確かな表情で頷いたのが見えた。同時に舞う様にギルガメッシュに切りつけ、飛び越えた。本気で攻撃したのではなく、凛の元への最短距離を通ったのだろう。
であれば、考えることはない。今できる最善の手を打って、勝ち残るのみ。
そう決意した凛は、自身の魔力を練り上げ、契約の呪文を叫んだ。

「―――告げる! 汝の身は……
あーいちいち、うっとしいっ! セイバー、さっさと契約しなさい! あんたは私のサーヴァントよ!!」
「セイバーの名に懸けて誓いを受ける……! 貴方を我が主として認める、凛! 私に力を!! シロウを守れる力を!!」

凛はセイバーに向けて右手を掲げ、悲鳴のように叫んだ。その手を飛び込んだセイバーがしっかりと掴んだ。その瞬間、二人の間に粉雪のようなエーテルの細かい光が吹雪のように乱舞した。
それを横目で目にした士郎は、ふっと笑いを浮かべてばったりと倒れた。

どこからともなく風が巻き起こり、凛とセイバーを中心とした竜巻を発生させる。

「あははははは、良い! 面白いぞ、雑種!! 褒めて遣わす!!」

ギルガメッシュが剣を止め、目の前の光景を見つめて哄笑を放つ。
眼を閉じていたセイバーが目を開いた。
その姿は、一片の傷すら見当らぬその姿は、神々しいまでに輝き、目の前の暴君をも凌駕する存在感を放っていた。
「こ、これが、本当のセイバー……!?」

聖杯戦争に参加するときに、欲した存在、最優のサーヴァントたるセイバーが凛の前にいた。
透きとおった翡翠の様な緑の目を、あふれんばかりの闘志で燃やしながら、舞い降りる銀と蒼の少女。

「凛、感謝します」と呟いてから、ギルガメッシュに向き直った。

「くっ、一気に持っていったわね……
えっ、まだ……?
胃袋だけじゃなくて魔力容量も底なしね。セイバー、これだけ貴方に投資するんだから、負けちゃったら許さないわよ」

凛は、セイバーとの契約で魔力を一気に持っていかれ、思わず膝をついた。
まだ足らぬとばかりに吸い上げるセイバーに、手に持っていた宝石に貯めていた魔力を、自分の身をコンバーターにして注ぎ込む。プールにバケツで水を貯めているような錯覚を感じる。
腕に熱い物を押しつけられたような痛みが走り、アーチャーの令呪の上に新しい令呪が刻み込まれていた。

銀色に輝く鎧を纏い、神々しいばかりの姿に、光輝く聖剣を両手に構えたセイバーは裂帛の気合とともに黄金のサーヴァントに驀進する。

「ギルガメーッシュッ!!」
「ぬぅ」

セイバーの怒りを体現するかのごとく、体当たりをするかの様な突撃を敢行したセイバーは、その勢いのまま下段から聖剣を跳ね上げる。
ギルガメッシュの輝く宝剣がその一撃を全身全霊をもって受け止める。が、セイバーの圧力は、その行為を無に帰し、金と赤の暴君を弾き飛ばした。
土蔵の残骸を突き抜け壁をぶち壊しながら、吹き飛ばされたギルガメッシュはその勢いのまま隣の家の壁を破壊してようやく止まった。


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「ほほう、おもしっれーな、良く分かってやがる、あの坊主。あの判断はいいな、戦力にならなかったセイバーを戦線に復帰させたぜ?
惜しいなぁ、そのまま鍛えりゃ結構いい線までいくぜ、あいつは。
しかし、時々、変な動きをしていたな、あの坊主……
……おい、アーチャー」

「ん?」

傍目から見ると、仲良く草野球を観戦しているような二人組は、衛宮家道場の屋根の上に座りながら状況を見ていた。胡坐をかいている青い姿のランサーが、独り言のように、ぶつくさと喋っていたが、不意にアーチャーに鋭い視線を向ける。
目の前の殺伐とした殺し合いにも関わらず、見物と称しながらあまり興味がない様な、のんびりとした姿のアーチャーは、流れる雲を見上げていた。
ランサーに視線を向けられて、ゆっくりと視線を戻す。

「おめぇ、なんかしてねーか?」
「なんにも」
「……ちっ、どーも信じられねーな」
「はは」

僕は何にもしてませーんとばかりに、両手を開いてひらひらして、わざとらしく視線を外したアーチャーを、ランサーがじろりと睨んだ。
あさっての方向を向いて、口笛を吹く真似までするアーチャーを見て、溜息をついた。

「相変わらずよくわからん」

自分の膝に肘をついたランサーは、手に顎を乗せたまま頭をがりがりと掻いていた。
アーチャーと会話をしていると、どうも調子が狂うようだ。

「ほっといていいの?」
「何が?」
「あれ」

頭を掻きつつ、こいつをどうにかして慌てさせてやろうと、策を練っていたランサーは、のんびりと掛けられた声の意味が一瞬分からなかった。
アーチャーが指さしたギルガメッシュをみて、どうでもいいように鼻を鳴らす。

「あー、俺への指示はお前からあいつを護衛しろ。だからな。立派に任務を果たしてるぜ?
あいつがセイバーにやられようがどうだろうが、どうでもかまわねぇ。
ま、あのセイバーとは一度きっちりと手合わせさせてもらうがな」
「へー」

感情のまるでこもってないアーチャーの相槌に、やっぱり、こいつはわかんねぇとばかりに頭を掻いたランサーは、アーチャーの相手を放棄した。
本来であれば絶対に見ることのできない、目の前の戦いを見過ごせなかった。強いものと戦いたい戦士としての魂に従って、視線を目の前の小さなコロッセオに向ける。


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「むぅ、この力、前回を凌駕する…か」

もう、全壊したに等しい土蔵の瓦礫を乗り越えて、ギルガメッシュが戻ってきた。
頭を軽く振った、その先で、セイバーが掲げる聖剣に魔力が収束しているのに気がついた。

「はぁぁぁぁぁ」
「ぬ、いかん、来い、エア(乖離剣)」

恐ろしいばかりの高密度の魔力が光となって聖剣を輝かせていた。その力を悟ったギルガメッシュは迷うことなく彼の宝具を呼び寄せた。同時に背後に展開させた武具をセイバーめがけて打ち出した。
先ほどまでのセイバーであればまだしも、今のセイバーに対しては時間稼ぎにしかならないことは認識している。
この世の大半を手中にした暴君は、そこに自分と同格の存在を、今始めて見つけていた。
それでこそ自分が求めてやまない存在、求め続けたセイバーの姿だった。自然とギルガメッシュの顔に笑みが浮かんでいく。
(そうだ、この存在を力ずくで我の物にする。それこそがわざわざ残った理由だ)

詠う様に、踊る様に魔力を迸らせる聖剣が光の残像を残しつつ、セイバーの周りを舞い踊る。向かい来る多量の武具を事もなげに、全て弾き飛ばしたセイバーが改めて剣を構えてギルガメッシュに向かう。
多少の時間を、しかし貴重な時間を稼いだギルガメッシュの手に握られた円柱の剣は、唸りを上げて魔力を収束させ、赤黒いオーラを立上らせる。

「ギルガメッシュ、貴方はここで倒されてください」
「ぬかせ」

激しい怒りを闘志に変えたセイバーと、嘲笑とは異なる歓喜の笑みを浮かべたギルガメッシュ。
青と銀のサーヴァントと赤と金のサーヴァント、好対照な二人はそれぞれの想いを胸に必殺の一撃を繰り出す。奇しくも同時に放たれたお互いの力。目も眩む黄金の光と夕焼けの様な赤い光がそれぞれのサーヴァントを輝かせる。

「あ、ばか、こんなところで……」
凛の慌てた様な声は、その宝具の唸りによって掻き消された。


「約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーー!!」
「天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)ーーー!!」