~interlude~

そこは暗い場所だった。何かが蠢いた。夥しい何かが同時に蠢く。ふむ7人とも揃ったか。
こそこそと暗躍している者もいるようだが、たいした狂いではない。前回から今回の流れは非常に興味深い。
行幸かの。この時節ですばらしい手駒が入手できた。これはすばらしい。

何者かがドアを開けた。階段の一番上。
さて、かなり熟成されてきておるの。動揺が伝わってくる。
これだともう少しで、機は熟する。
自然と笑いがでる。
まだ、刈り取るには早い。今暫く、実を育てておくか。

~interlude out~


夢を見た。


依頼通りにターゲットを捕捉した。「失踪した婚約者を探してください。」依頼人は区外の若い男性だった。
6畳の和室で卓袱台の前に座り涙を流していた。
ターゲットは、”生きて”いた。首から下はゼリー状の妖物と化していた。
夜歩く。ビルの谷間から咀嚼音が聞こえる。浮浪者がヒルに喰われている音だろう。
依頼通りにターゲットを捕捉した。ターゲットは記憶喪失だった。薬物を注入され場末の風俗店で働かされていた。
襲い掛かってきた組員を文字どおり八つ裂きにして、血の池から救った。依頼人に引き渡した。元ターゲットは失踪した。
夜歩く。歩いている人影がある。チェザーレ(吸血虫)に襲われ、操り人形と化したのだろう。襲ってきたので割った。
依頼通りにターゲットを捕捉した。ターゲットは既に死んでいた。
夜歩く。喧嘩だ。サイボーグと強化人間の殴り合い、放っておこう。どちらかが死ねば方がつく・・・。
依頼通りにターゲットを捕捉した。ターゲットは絵と同化していた。
夜歩く。知り合いの吸血鬼の若き当主と遭遇した。挨拶をして別れた。
ターゲットを補足した・・


目がさめた。士郎が起きるまで仮眠を、と思ったがそれがまずかったのだろう。
口の中がざらつく、脂汗が気持ち悪い、しかし今はシャワーも浴びられない。しばらく我慢しなければ。

空が白んできている、そろそろ6時半になる。アーチャーも壁に持たれながら寝ている。サーヴァントであり人間である
アーチャーはやはり睡眠が必要だ。その点本来のサーヴァントと異なる。
ちょっと動くと、アーチャーの目が開いた。とりあえず・・・
「おはよう、アーチャー」
「おはよ」欠伸をかみ殺しながら、いつもののんびりした雰囲気だった。”人間”を感じた。


Chapter 6 Side-A 迷霧・凛


バーサーカーとの戦いの後、私は気分が重かった。
肩を貸しているセイバー、荒い息でようやく足を運んでいる。まだ全快には時間がかかりそうだ。
アーチャーは士郎を肩に荷物のように担いでついて来る。比較的小柄だとはいえ、人一人肩に担いで歩いて微動だにしない所を
みると、やはり筋力、体力はかなりのものだろう。

衛宮家に着く頃にはセイバーも一人で歩けるようになっていた。
居間に士郎を置き、怪我の状態を見た。やはり。”修復”されている。バーサーカーの岩剣で横薙ぎにされた時。”く”の時ではなく
”つ”の字まで、体が曲がっていた。あれは背骨の可動範囲を超えていた。よく、あれで体が引き千切られなかったものだ。
しかし、今触診すると、どうも正常につながっている。
この修復、セイバーの治癒能力がバックファイアしているだけでは無い様な気がする。
セイバーが聞きたそうにしているので、説明した。

「信じられないわね、大丈夫よ。修復してるわ、時間がかかるかも知れないけど。命に別条はなさそうよ。」
ほっとした顔のセイバー。「よかった。」こんな子に心配されて、幸せ者ね、士郎。
私が怪我したらアーチャーは心配してくれるだろうか?

どこが士郎の部屋かわからないので隣の部屋に布団を敷いて、士郎を寝かせた。
セイバーは傍にいるといってきかなかったので、好きなようにさせた。

・・・・で、結局、居間にアーチャーと二人で何もすることなく座っている。帰ってもよかったが、とりあえず士郎が目を覚ますまでは、居ることにした。
いい機会なのでアーチャーに聞いてみた。「アーチャー、貴方はどうやって攻撃しているの?」アーチャーは視線を隣の部屋に向けた。
そうか隣にはセイバーがいる。聞かれているだろう。「ん、いいわ、またあとで聞くから。」
でもアーチャーは「こうやって・・・」と言って腕を上げて手を動かした。「それだけ?」「そう」

・・・・・・・・・・わかんない。分かったのはアーチャーの手が異常に柔らかいことくらいだ。
隣のセイバーよりも好奇心が勝った。「アーチャー、それって、昔からそうなの?」「そう」
サーヴァントになって強化された攻撃ではなく、昔から、召喚される前からそうだったのか。

はっと気がついた。サーヴァントになった時点で、英霊は強化される。生前よりも崇拝や知名度などの精神的なモノで強化される。
要は、”生身の人間が魔術も使わず。強化された英霊に勝る。”ということになる。信じられない。私は一体何を召喚したのか。
それとも、アーチャーのいる世界では普通なのだろうか・・・なかなかゆっくり聞く機会ができない。
無理をしても機会を作ろう。

なんとなく落ち着いたらお腹がすいた。そう言えば前に食事をしたのは何時頃だろう。同時に「クゥ」とお腹が鳴った。一瞬で赤面した。アーチャーに聞こえただろうか?アーチャーをみると何も変化はない。
と、ついっと立ち上がり、迷うことなくキッチンの方に向い。棚の一つをあけ、奥に手を突っ込む。
迷うこともなく、何か箱を取り出した。そこにあることを熟知した動きだ。
テーブルにおいて、「食べる?」しっかり聞こえていたか。
くぅぅっ乙女心を踏みにじりやがって、ちょっと眼の端に涙が出そうになる。当然顔は真っ赤だ。多分血が上る爆発音もしただろう
。あーあ、みっともないとこみせちゃった。仕方無い。

箱を開けてみると・・・・また、煎餅か。ま、この際贅沢は言えないので頂くことにした。
「しかしアーチャー、よくこんなのがあるのが分かったわね?」感心したら。「調べたから」のんびりとした答えが返ってきた。
「お茶お茶」と言いながらまたキッチンに向う。今度はお湯を沸かすのだろう。
「どうやって調べたの?」「こうやって」また手をわきゃわきゃした。「わかんないけど、もういいわ」思わず笑ってしまった。

テーブルの上においた右手の人差指に刺激があった。「それ」とアーチャー。リズミカルな刺激がある。
「えっ」魔術師の勘が告げる。世界が変わる。
今、何が起きた?指をつつかれた。
誰に?アーチャーに。
どうやって?わからない。
「それ?」・・・か。何だろう、何も見えなかった。
でも見えない”何か”だが物理的な刺激を伴うということは、物理攻撃になるのだろうか・・・

アーチャーが急須にお茶を淹れ湯のみを持って帰って来ていた。湯のみにお茶を入れてくれている。
結構長い間、思考にふけっていたようだ。お湯が沸くまでだと結構時間があるはず。

アーチャーがこっちを見ながら、口先に人差し指をたてた。いや、そんなにまっすぐ見ないで。
個包装の煎餅を取り出す。親指と人差し指で端っこをつまんで目の前に垂らす。煎餅が袋ごと真っ二つに裂けた。
実演してくれたのだ。

ふと「セイバー、食べる?」のんびりと隣の部屋に声をかける?
隣の部屋から「えっ、そっ、いやっ私は騎士たる身。主人のいない間に食事を取るなど。そ、そ、のうえに、サーヴァントたる・・」あわてている。
「ま、そう言わずに」アーチャーが追い打ちを掛ける。
「お腹すいてるでしょ?」がたんと音がする。
「ア、アーチャー、き、き、き、聞こえたのですか?」真っ赤になっているのが想像できるような口調だった。なんか面白い。
「うん」何が聞こえたのかわからないけどアーチャーがそう言うと、襖がためらいがちに開いた。
あ、セイバーの顔がリンゴになってる。

「アーチャー、地獄耳ですね。」観念したようにセイバーがやってくる。
「はは」「ねぇ、何が聞こえたの?」
「リン、共同してバーサーカーに当たり、シロウを助けてくれたことは感謝しています。ですが、私にもどうしても譲れな「お腹の音」・・・」あ、なるほどね。なんか秘密を共有する仲間が増えたみたいで、なんか親近感がわく。
アーチャーの一言でセイバーが下を向いて黙る。あ、赤い。耳を越え首まで赤い。か、かわいい・・・
いかんいかん、その手の嗜好はないはず。
「はは、ま、どうぞ。」アーチャーがお茶と煎餅を差し出す。


・・・・断言する。セイバーは食いしん坊だ。90%はセイバーが食べた。
「サーヴァントは本来食事は・・・」「私は本当は・・・」とか言いながら。ほとんど食った。くいしんぼさんめ。



やることがなくなったので仮眠を取ることにした。セイバーはまた隣の部屋に行った。



Chapter 6 Side-B 迷霧・士郎


夢を見ていた。過去の夢。
オヤジと一緒に縁側に座って月を見ていた。
十年前の大火災の時、死を感じていた時に、差しのべられた手。「生きててくれてよかった。」
そうか、生きてていいんだ。と思ったぬくもり。

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」
「・・ああ、安心した。」そういってオヤジは眠るように逝った。
あまりにも穏やかな死。あふれる涙をオヤジの手向けにした。
俺を生かしてくれた手が逝ってしまった。俺に名前をくれた人が逝ってしまった。
俺の人生の道しるべが・・・なくなった。

それは、とても月が奇麗な晩だった。


目がさめた。いつもと変わりない日常。天井をみれば・・・違う、俺の部屋じゃない。
覚醒した瞬間、口の中が気持ち悪かった。猛烈な吐き気がした。
「大丈夫ですか?シロウ」日常を吹き飛ばす声がした。横を見た。青いドレス姿の少女が心配そうにこちらを見ていた。
銀の鎧は脱いだようだ。
翠の瞳に心配のエッセンスを加え、こちらを見ていた。

2回目だったのでビックリはしたが、飛びずさることはなかった。「お、お、おおぅ、大丈夫だぞ。」声が裏返った。
体を起こそうとした瞬間、全身に激痛が走った。「ぐっ」思わず声が漏れた。
「だ、大丈夫ですか?あんな大怪我をしたんだから無理をしてはダメです。」とセイバーがまた寝かしつけてくれた。
セイバーのほっとしたような表情を見て、大人しく横たわった。
どうも居間の隣の客間に寝かされている。客用の布団だ。

「そっか、怪我したもんな」そうだ、その言葉を聞いて思い出した。バーサーカーと呼ばれる圧倒的な力。その力と互角に渡り
合っていたセイバー。腹を裂かれたセイバー・・・そうだ、セイバーはっ!
「セイバー、あの怪我は大丈夫なのか?」お腹のあたりを見たが特に違和感はない。
「ええ、シロウ、心配くださってありがとうございます。既に完治しています。」ほぅっと力が抜けた。そうか、助かったのか。
え?俺は・・・・あの巨大な剣に・・真っ二つに・・されていない。
「セイバー、俺は・・・」「もう大丈夫です。治癒されています。」そうか、あのときは正直もう、死んだ。と思った。
なんとか生きているようだ。「でもよく帰ってこれたよな。」気分を明るくするために、軽口をたたいた。するとセイバーが一気に
暗くなった。
「すみません。シロウ、セイバーのサーヴァントたる私が不甲斐ないばかりに、このような状況になってしまいました。
マスターも守ることができませんでした。」自分を責めているような歯ぎしりをしているような声だった。

うなだれている。セイバーのこんな姿は見たくない。

「い、い、いや、いいよ、生きて五体満足なんだから、それで十分だ。次に勝ってくれたらそれでいい。」
「・・・わかりました、次は必ず。」幾分元気になったようだ。
「しかし、セイバーが連れて帰ってくれたのか?」疑問を口にする。「いえ、アーチャーとリンが連れて帰って来てくれました。」
・・・・思い出した。なぜ忘れていたのか。遠坂凛、あこがれの人、が魔術師であったこと。
アーチャーを連れ、聖杯戦争を戦うマスターであること。
激痛をこらえ、「あ、シロウ、無茶はダメです。」とセイバーに支えてもらい、襖をあける。


「遅かったわね。いつ気がついてくれるか、どうしようかと思ったわ。」赤いセーターを着た遠坂がそこに居た。
日常的な非日常がそこに居た。
遠坂と黒衣のサーヴァントは湯のみに煎餅の袋の山、みかんを前に座っていた。
あの煎餅はトラに食べられないように戸棚の奥に隠していた奴なのに・・・
「まあ、とりあえず、突っ立ってないで座りなさいよ。」家主は俺だったと思うんだが、遠坂。

「なっえっ、うー」なんと返答していいか分からず、とりあえず座布団に座る。
深呼吸をして、落ち着いて、「遠坂、おまえどうして!」続く、ここにいるのか?という言葉は遠坂に遮られた。
「待った。その前に謝ってほしいわね?昨夜の一件についての謝罪を聞かないと落ち着けないわ。」

昨日の一件。といえば大剣でなぎ払われた・・思い出すと気分が悪くなってくる。「うぇ・・」
よく考えると、「なんで生きてるんだ?俺。ついでになんで治ってるんだ?あれは夢か?」しかし、この気持ち悪さは夢ではない。

「思い出したのかしら?昨夜、自分がどんなバカをしでかしたかって。少しは反省しなさい。」様子を見ていた遠坂が言った。
「なに言ってんだ、あの時は・・」またもや途中で斬り伏せられた。
「マスターが死んだらサーヴァントは消えるって言ったでしょう!だっていうのにサーヴァントを救おうと自分が切られてたら意味無いじゃない!!」がぁぁって感じで叫ばれた。うう、反論できない。
ふうっとため息を突きながら遠坂が
「あのね衛宮くん。きっちりと言っておくけど、教会まで連れて行ったのは勝たせる為でもなんでもなくて、生き残れるように知識を与えたのよ!負けたら死ぬってことが分かってるのに何死に急いでるのよ。」ぷいっと横を向きながら怒る遠坂。
でもなんでそんなに怒るんだろう。疑問をそのまま口にした。
「あんたねえ、このわたしを一晩も心配させて、言うにことかいて・・・」あ、なんかだんだん怒りがチャージされている。
「知り合いが殺されるのを見て無関心でいられるわけないじゃないの、へっぽこ、バカ、アンポンタン!!」どかーーん。炸裂した。
ひどい言われようだ。でも心配してくれたのはわかった。
「そうか。遠坂には世話になったんだな。ありがとう」素直に頭を下げる。
「わかればいいのよ、これに懲りたら、次はもっと頭のいい行動をしてよね」また、ぷいっと横を向いたが多少は機嫌が治ったようだ。
横から、セイバーが「シロウ、リンの言うことは正しいです。サーヴァントを助けようとするマスターがどこに居ますか!これからは戦闘の中に飛び出してきたりしないでください。」真剣な表情だ。
「ごめん、セイバー。」こっちにも頭を下げる。あとは・・アーチャーは、特に気にしてないようだ。のんびりとした表情に変化は
ない。
「じゃあ、これから本題。あなたはこれからどうするの?」
考え込んだ。

電話が鳴った。

たまたま一番近くに居た遠坂が電話を取る。「はい、もしもし。」
「こら、遠坂、勝手に電話をとるな」あわてて電話を奪い取る。
「もしもし、衛宮です。」「・・・」あれ?「もしもーし」「・・・・・・先輩?」桜だ。
「どうした、桜」なんか様子がおかしい。「先輩、今の・・・」「ああ、遠坂だ。ちょっと迷惑掛けて怒られてる」素直に言った。
「アンタねぇ、何言ってるのよーっ!」頼む遠坂、後ろで騒がないでくれ。

「なんで遠坂先輩がいるんですかっ!先輩には関係ない人じゃないですか」桜が怒っている。こんなに感情をむき出しにする桜は記憶にない。このままではまずい。話をそらさないと・・・
「そ、そういえば桜、今日はどうした」「え、今日はですね、気分が悪かったのでお休みしようかと思ったんです。」
とりあえず、話をそらすことに成功した。一安心。
「そ、そうか、それはいかん、ちゃんと休まないと。」淡い希望は次の言葉で砕けた。
「ですけど、やっぱり、夕方お邪魔します。」硬い声、こ、これは拒絶できない。「そ、そうか、無理するなよ。」「はい。じゃあ、また夕方に。」と言って電話は切れた。
ふぅ。
「今のは桜ね。」遠坂が言った。「遠坂、お前桜知ってるのか?」「ええ、ちょくちょく弓道場に綾子に会いに行ってるからね。」
なるほど。

「しっかり通い妻してるのね、桜。果報者ね、衛宮クン」、獲物を前にした猫のような顔はやめてくれ。

「まあ、いいわ、で。本題に戻るけど。どうするの?」
「正直、今は混乱している。落ち着いてゆっくり考えたい。」今の正直な気持ちを言った。
「そう、じゃあ、答えは一日待ってあげるわ。ゆっくり考えなさい。じゃあ、とりあえず、一区切りしたことだし。帰るわ」
そう言って遠坂はアーチャーと一緒に帰っていった。

結論を先送りにしただけかもしれないが、考える時間ができたのはありがたい。
時計を見た。もうすぐ7時半になろうとしていた。

無駄に学校を休むわけにもいかない。しばらく考えて、
「セイバー、学校に行ってくる。」声をかけた。


Chapter 6 Side-C 迷霧・桜

受話器を置いた。知らず、体が震えていた。これは気分が悪いというだけではなかった。私の聖地を汚されたような気分。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
・・・・リフレインした。
嫌な予感がする。分かっていて、眼をつぶって、考えないようにしていた。
そうすれば、すべてが日常のままだと、ずうっと日常が過ごせると思っていた。
”日常を過ごす”ことを心の支えに頑張っていた。
ぐらついていた。
自分が立っている大地が急にぐにゃぐにゃした生き物の背中に思えた。
どのくらい、そうしていただろう。
「がっこう、いかなくちゃ・・・」よろよろと自分の部屋に向った。