Interlude - 3 開始

月が明るい夜、冷たい風が吹く。どこかで犬の鳴き声や鳥の羽ばたく音が聞こえる。
夜の学校の屋上に2つの影があった。
一人は赤いコートを身にまとった美しい少女、片膝を床につけ何かを手でさすっているような動きをしている。
もう一人は夜が結晶したかのような青年。漆黒のコートを纏い、その上に白く輝く顔は月も恥じらい軌道を外れ、その場にとどまってしまうかのごとく。
ただ、どこかのんびりとした茫洋とした雰囲気が人間であることを主張している。

秋せつら

それが彼の名前だった。
――魔界都市<新宿>で、逆らってはいけない2人のうちの一人。<新宿>の申し子にして<新宿>そのものと言ってもいい存在。新宿の闇社会の合言葉は「奴に手を出すな」、彼に敵対したモノは尽く無に帰されている。――そんな事実を知るものは、ここには誰もいない。そう、ここには<新宿>は存在しない。


せつらはのんびりと彼のマスターと言われる少女を見ている。
少女は聖杯戦争のマスターと呼ばれる存在。そして、信じがたいことに”秋せつら”のマスターでもあった。
「なんだかなぁ……」
せつらから風の様にため息が漏れる。


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「他はないわね。」
少女は何かを確認するようにつぶやいた。
「ないよ。」
少女は、はっと顔をあげ、こちらを訝しそうに見つめてくる。
「アーチャー。なんで判るの?」
簡単なことだ。校舎をすべて妖糸で探索しただけだった。
単なる事実。少女が探しているモノは、もう他にはない。
「探したけどもうない」
アーチャーと呼ばれたせつらの口から事実だけが伝えられる。
「そりゃ、私と一緒に探してたからでしょ?あなたは立ったままだったけど。」
少女は一人納得し、引き続き見つけ出した魔方陣を壊すための作業を始めた。

「ん?」
周りに張ってある妖糸が高速で近づく異質な存在を伝えてきた。
校庭を疾駆し、校舎を駆け上ってくる。
――珍しくもない。

そして給水槽の上に陣取ってこちらの様子をうかがってくる。

「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」

青い獣のような青年が声をかけてきた。青いボディスーツのようなものに身をくるんでいるが、躍動する筋肉が見て取れる。
粗野な言葉遣いだが、雰囲気はバンサ―水月豹馬に近い。そういや彼は豹憑きだった……。目の前の青年は……犬憑きかな? それもドーベルマン系の。
二人を引き合わせたら、猫対犬の戦いが始まるのだろうか。興味深い。

「この結界は貴方の仕業かしら?」
ぼうっと考えていると、少女が固い顔をして立ち上がって言った。

「いーや、小細工は嫌いだ」
青い青年はこちらを見て挑発してきた。
「俺らは戦うのが本業だ、そうだろ、黒いにーさん」
少女の顔が引き攣る。理由はわからない。

「ほう、俺のことがわかるみたいだな、つーことは俺の敵だな、魔術師」
その表情を見ていた青い青年は、何もない空間から赤い槍を取り出し、こちらに投げてきた。
少女に当たらないように、ちょっとだけ妖糸で槍の軌道をずらして後ろに下がる。

なんとか回避した少女に対し青い青年はさらに攻撃をかける。
どうも、このゲームはマスターは殺されてはいけないルールらしい。逆に言うとマスターを殺せばいい。
「ありゃ。」
このままだと槍が少女を貫くのは時間の問題か。しかたがない、彼女の行く手を遮るフェンスを切って彼女を落とす。
同時に屋上から飛び降りながら少女を受け止め、妖糸を使って校庭に移動する。

「てめぇ、おもしれえことするじゃねーか」
青い青年も追いすがってきた。
ぎらぎらとした敵意を向けられる。<新宿>でよく遭遇する濁った敵意ではなく、純粋な意識。それは爽快なまでの純粋さ。本当に豹馬に似ている。

いくつかのやり取りの後、少女も決断したようだ。

「そぅ、じゃあ、アーチャー、頑張って」

その声をトリガに、戦いの幕が上がる。

――聖杯戦争という戦いの幕が。