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Interlude - 4 月光


雲に隠れ、月光が消えた漆黒の空を魔鳥のようにコートを翻し滑空する黒い影があった。
左手で、少女を抱えるように天駆する様は、死神が哀れなる魂を連れていく姿を連想させる。
ただ、この死神は襤褸をかぶった髑髏の姿ではなく、天使を思わせる姿をしていた。
漆黒の闇に忽然と浮かび上がる、銀色の月光を形作ったような顔。その顔を見た人間は、正常な思考を放棄し進んで生贄になろうとするのは想像に難くない。同時に彼の腕に抱かれている少女には最大級の敵意が向けられるだろう。

ある意味、”死神”は真実であった。好む好まないにかかわらず、彼の行く先は絶えず濃密な死の気配が付きまとう。彼を庇っての死、彼に敵対しての死、そして彼を愛するがゆえの死。
幾多の死をどう感じているのか、その表情からは何も読み取れない<新宿>の申し子。

秋せつらと彼のマスターである遠坂凛の姿だった。

茫洋たる表情のまま風に髪をなびかせているせつらと、青くなったり赤くなったりしながらも、芯の強い表情を崩さない凛の対照的な姿が見る者に強烈な印象を残す。
――その姿を見ることができた人間は、誰もいなかったが。


学校で見かけた少年に念のために括りつけていた妖糸から極度の緊張が伝わってくる。
その緊張を辿っていくと、住宅地の端、郊外に近い武家屋敷に辿り着いた。
凛をそっと下ろすと、どことなく残念そうな表情が下から見あげている。何故だろう。

「アーチャー、中の・・・」

凛の言葉を中断させたのは、屋敷内部からの強烈な波動と気配。
妖糸を飛ばして中の様子を探る。そこから伝わってくるのは、力と力の激突。ランサーともう一方は……、剣を使っているところから見ると、セイバーと呼ばれる存在だろう。

「ちょっと様子を見ましょう。」
微かに囁くような声の凛からの提案があった。特に異論も無かった。”仕事”と相反することも無い。
少女は一人で納得したのか視線を屋敷の方に向けていた。

しばらくして、ランサーが力を収束させた槍を放つ、先ほどの戦いで使おうとしていた技のようだ。

「へぇ」

ランサーの行使した技に、思わず感心した。<新宿>の暗殺者共が垂涎をたらして欲しがるような気がする。
自動追尾で相手の心臓を射抜く槍。距離はどのくらい届くのか分からないけど。
……白木の杭が自動追尾したら、夜香も大変だな。

くだらない事を考えていたが、妖糸から伝わる固有名詞に気がついた。ゲイボルグ……か。たぶん、こちらと向こうの世界で神話体系に大きな変化はないのだろう。そう考えると、かなりの大物であることは間違いない。
となると、セイバーもそれなりの英雄かな。
ランサーとまともに渡り合える、剣を使った英雄といえば、そう多くはない。
……まあいいか、特に関係はない。

驚愕と憤怒の雰囲気が交差したあと、ランサーが壁に飛び乗って離脱していった。

同時に青い影が飛び越えてくる、正確にこちらにめがけて降ってくるが、何とか凛を抱いて後退する。
青い影は着地と同時にこちらに飛び込んでくる。
矢のように突き刺さってくる剣を、正面に展開した糸砦ではじく。
ただ、セイバーの気迫を完全にはじく事はできなかった。強引に、それこそ力づくで捩じ切るように糸砦を押し切った見えない剣が肩を捉えた。

「アーチャーッ!!!!」
凛が叫ぶが、そこまで大げさな怪我ではない。

一瞬態勢を崩したセイバー目掛けて妖糸を振るう。微かに動かす手の動きに合わせてセイバー目掛けて不可視の断層が飛んでいく。
セイバーは見えない剣で受け流しながら交代する。さすがにランサーと同様に気配で察知するらしい。
……やっかいな。

「セイバー、やめろーっ!」
じりじりとセイバーと対峙していると、門から飛び出してきた-彼女のマスターになったらしい-少年が叫んだ。

ふと風が流れ、薄く雲が切れ月光が降り注いだ。

「え?遠坂?」
「衛宮君?」

その薄い明かりで少年少女が相手の顔を認識し茫然としているが、けじめはつけなければならない。
セイバーから本当の意味の殺気はなかったが、僕に剣を向けるということ。
それはどういうことか。

「おかえし。」

呟いたつもりだったが静かな世界では存外に大きく響いた。
先ほどよりも高速にふるった妖糸が一瞬呆けていたセイバーを捉える。
飛びずさったセイバーの肩に、つけられた傷と同じところに倍返しで切る。
それと、セイバーの雇い主にも。

「ぐぅ」
「がぁっ!!」
セイバーと少年が肩を抑えてうずくまる。抑えた手が肩が真っ赤に染まっていく。
なんとなく、首を飛ばすのはやめた方が良いだろうと思った。なにせ、ここは<新宿>ではない。それに、この少年は凛が救おうとした。……まあ、いいか。

「アーチャーやめて!!」

悲鳴のような声がすぐ近くからした。凛が見上げていた。
顔を蒼白にしつつも憤然と抗議をしてくる。

「なんで攻撃するのよっ!」
「切られたから」

唯の事実を告げただけだったが、凛は不満のようだった。
この世界では簡単に報復してはいけないらしい。<新宿>ではないことを考えると、そういう価値観なのだろう。ま、どうでもいい話だ。

「だったら何で衛宮君まで攻撃するのよ」
「連帯責任」
「これ以上はやめて」
「ん」

雇われ者に襲われたら、雇い主から潰さないと面倒になるのが常だったが、この世界ではその思考はずれているのかも知れない。僕の雇い主がやめてほしいと願うなら、まあいっか。
もう一度攻撃した場合は、正当防衛を主張するけど。

あとは凛に任せよう。

ふと月が視界に入った。月は<新宿>でみた月とあまり変わらない。まあ、向こうの月は何かと騒動を引き起こすが、こちらの月は静かに輝いている。



風がやわらかく梳る指のように、靡いていく。
アーチャーと呼ばれているせつらは静かに月を見上げた。月はせつらに見られていることを意識したのか、雲を振り払い時間を止めるような静かな銀光を彼らに降り注いでいく。