Interlude - 5 銀円
風が吹く
赤い少女の長く艶やかな髪を優しくなでるように
雲が流れる
肩を抑えた聖銀の少女の金砂の髪を靡かせるように
月が陰る
大地に伏した少年を、悲しくいとおしむように
そしてまた、月が輝き、黒いコート姿の青年を闇から浮き上がらせる
大地に切り取るように影を抜き出し、大切な宝物を抱きしめるように
そこにあるのは一つの奇跡。
闇よりも深く、月よりも美しい青年の姿だった。
見上げると銀の円盤の様な月が頭上に輝いていた。
突き刺すような冷たい空気の中、凛とした硬質の銀光が降り注ぐ、その静かな雰囲気は<新宿>では、なかなか経験できない雰囲気だった。
世界が変わっても、月の美しさはあまり変わらない。
強いて言えば、魔的な美しさと、聖的な美しさの違いか。大きく違うようで、実はあまり違わないのかもしれない。
そう言えば、こっちに呼び出されてもう2日。
帰る目途も立ってないけど、まあ、たまの休日と思えばいい。しかし、表の店舗の方は臨時休業になるか……
休業の間の売り上げが落ちるのは少し痛いな。
そういえば、あの月は堅焼に似てるな……
そんなことを考えていると、視線を感じた。
ふっとその視線を辿ると、その先にはセイバーと呼ばれる少女が慌てて視線を外す姿が映った。
何だろう?
「アーチャー、とりあえず、この子を家の中に運びたいの。手伝って」
雇い主である凛もこっちを向いていた。どうも、倒れている少年を治療したいらしい。
屋敷の中に飛ばした妖糸からは異質な感触は伝わってこない。ただの日本家屋で危険は無い。
であれば大丈夫か。
さて。
「私がやります。アーチャーのマスター」
銀色の鎧を着た少女が、僕が動く前に率先して動いた。じゃあ、特に何もすることはない。
それを聞いた凛はさっさと家に入っていく。
特に要望も無いのであれば、わざわざ付き合う必要もないだろう。
気持ちがいいから少し散歩でもしてこよう。
武家屋敷を背にし、静かに歩を進める。
この辺は静かな屋敷が立ち並ぶ住宅街らしい。
あてもなくしばらく歩いていると、脳裏に『どこにいるの?』と言う凛の声が響いた。レイラインと言うらしいが、念話というべきか?
マスターとサーヴァントという存在の間で、遠隔地でも会話ができる特典らしい。
なんとなく、<新宿>の妖物が使いそうな機能なのだが……。
凛とセイバーにまきつけている妖糸からは、特に異常も感じられないので問題はない……かな。
しかし、人が少ない。特に治安が悪いわけでもないのに、この人の少なさは何だろう?
ひとつ気になる気配が微かに感じられた。ふっと立ち止まって、静かに気配を探る。
――もう感じられない。
再び凛から念話の呼び出しが来る。
そろそろ出かけるから帰って来て? うーん、人使いの荒い依頼主だなぁ。
まあ、いいか、サーヴァントという存在でいることを甘受している間は、その役割を演じよう。
はて、そういえば演じるといえば高校の時以来か……
さ、戻るとしようか。
暗い住宅街を音もなく歩いていた黒い美影身がふと立ち止まり、くるりと振り返る。
その身を抱くように、コートが舞い上がる。映画のシーンの様なその姿を見ているのは、天空を飾る銀色の円板だけだった。