魔法学院恒例の春の使い魔召喚の儀式。魔法学園近傍の草原で、ルイズは焦っていた。
「ははっ、ルイズ、気には無理なんじゃないのかい?」
ギーシュの馬鹿が薔薇を口に加えてくるくると回っていた。
「ゼロのルイズに召喚なんてできっこないさ!」
マリコルヌがふっくらとしたお腹を揺すって笑った。

むか。

「まあ、万が一召喚できたとしても可愛い僕のヴェルダンデに勝てるはずがないね」
そう言いはなったギーシュは地面を足で軽く踏みならした。
やがて、ぼこぼこっと地面が盛り上がったかと思うと、つぶらな瞳のジャイアントモールがひょっこりと顔を出した。
「ああ、可愛いぼくのヴェルダンデ! 君はなんて可愛いんだ!」
そう言うなりギーシュは小熊ほどもありそうなジャイアントモールをひっしと抱きしめた。
勝ち誇った目で、ちらっとルイズを見る。

むか。

ルイズのこめかみに青い十字が浮かび上がり、わなわなと肩が震える。握りしめた杖がぷるぷる震えてるのも怒りのせいか。
「まあ、ルイズだしね」
肩にフクロウをとまらせたマリコルヌの言葉がトドメだった。
「ああああ、あんたらねぇ、私がすっごいのを呼んであげるから覚悟しなさいよ。そんなもぐらやフクロウなんか目じゃないすっごい使い魔を見せてあげるわ よ。覚悟しなさい!」
「魔法も使えないゼロなのに、サモンサーヴァントが出来るはずがないだろ」
「なによっ」
「だってゼロだしな」
「はいはい、ミスタ・マリコルヌ、ミスタ・ギーシュ、君達はミス・ヴァリエールの集中を邪魔しないように少し離れてください」
本格的な喧嘩になる寸前に、付き添いの教師のコルベールが手をぱんぱんと打ち鳴らして間に入った。
この春の使い魔召喚の儀式ですら魔法が使えなかったら、留年すらあり得る。あの、ラ・ヴァリエールの嫡流が留年すると言う自体はなんとしても避けてもらい たいものだ。コルベールはそんなことを考えながら魔法が使えないルイズに痛ましい目を向けた。
「ふん! 見てなさいよ」
ルイズはそう言って、ゆっくりと杖を掲げる。
(いいな、みんなちゃんと召喚出来てる)
ルイズの目の端に、既に召喚が終わった生徒達が自分の使い魔と戯れている姿が映る。青い風竜が、立派なサラマンダーがひときわ目を引いている。
(ふ、ふん、私だって! ……でも、もし失敗したら……)
ルイズは、頭を振って雑念を振り払う。
「我が名はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! 五つの力を司るペンタゴンよ。我の運命に従いし、神聖で美しく、そして強力な使い魔を召喚せよっ!」
にやにやと嘲笑を含んだ視線が集まる中、ルイズの詠唱が響き、そして杖が振り下ろされる。
「使い魔よっここに! サモンサーヴァントッ!」
直感があった、強力な使い魔を引き当てた感触があった。全身の力が一気に抜かれるような、そんな感触。
いつもの失敗魔法の様にルイズの向けた先に爆発が広がり、土煙が舞い上がる。
サモンサーヴァントで爆発が起きるなど、普通ではない現象に全員の目が吸い寄せられる。
やがて土煙が薄れ、何か影が浮かび上がる。
(やったぁ、成功したああああぁ!)
ルイズは初めての魔法の成功に言葉に出来ない喜びを感じ、体が歓喜に震えるのを押さえられなかった。そして、土煙の先にある影に必死で目をこらす。
ゼロのルイズが魔法に成功した。そのことに級友達が目を剥く。
「お、おい、成功しちゃったよ」
「うそだろ」
風が流れ、土煙が巻かれて行く。
(何が召喚されたんだろう。あんまり大きくなさそうだから、鳥系かな、犬とかかな……え?)
想像していた巨大な使い魔では無いことに若干の未練を感じながらも、わくわくとしていたルイズの顔が硬直する。
「困ったの。ついうっかりしてしまったの。まさか、あんな所に巧妙な、おっとテレポーター。があるなんて、気がつかないの。あれは反則なの」
そこにはどう見ても5〜6歳の少女が居た。
全員の視線が一点に集まる。青みがかった黒髪に白いケープの様な物を身にまとった少女がいた。

はたと目があう。
少女は小首を傾げ、辺りを見渡す。
魔法学院の生徒達。そして付き添い役のコルベールはあまりのことに、口をあんぐりと開けて呆けていた。
何か閃いたように、手をぽんと打ち鳴らした少女は、右を向いて手をふりふり、左を向いて手をふりふり。
ルイズの方を向いて。
「じゃ、そういうことなの」
脱兎のごとく駆けだした。
「ちょっとまてーい」
ルイズは駆け出した少女のケープの端を咄嗟につかんだ。それに引っ張られた少女はもろ顔面から地面に突っ込む。
「教官、わたしはドジでののろまな亀なの。と思いきや以外と素早いの。脱出しっぱいなの」
あ、やり過ぎた。と思った次の瞬間、少女はむくっと起き上がって、ぽんぽんと服をはたいた。
「ル、ル、ルイズッ、いくら魔法が使えないからって、こんなちんくしゃな子供を使い魔に仕立て上げるのは酷いぞ」
我に返ったギーシュが喚く。
ぴき。
「そ、そうだ、こ、こんなよ、よ、ようじょをつ、つ使い魔ぬするなんて」
何故か妙にどもる、マリコルヌだった。
ぴきぴき
「ち、ち、ち、違うわよっ! わたしはちゃんと魔法で召喚したわっ」
ギーシュとマリコルヌの非難に、ルイズがきっと睨み付ける。
はん、どうだか? という風にルイズの抗弁を聞き流したギーシュとマリコルヌは肩をすくめて馬鹿にした目で見つめる。
悔しかった。せっかく成功したと思ったのに。手を握りしめてふるふると肩を振るわせた。
「訂正するの。幼女じゃないの。リップルラップルという立派な名前の魔人なの」
「ルイズ……いくら何でも、妄想癖の幼女を騙したらいけないよ」
悔しさで震えるルイズにケープを捕まれていた少女の妙に明るい言葉にギーシュは大げさに天を振り仰いだ。芝居ったらしく片手で目を覆う。
ぴきぴきぴき。
異変に気がついたのはルイズだった。
少女がいつの間にか鈍い銀色の金属製の棒を持っていた。
「そ、それって……」
たしか、ついさっきまで何も持ってなかったのに。
「金属バットなの」
こくこく。
少女が金属の棒を掲げる。つられてルイズもその棒を見つめる。ギーシュも、マリコルヌも。
「ミズノ製なの」
ほー。なぜだか分からないけど、全員が感心した。
「これ一本で打つ、叩く、殴るができるの。とってもお買い得なの。今なら税込み、送料込みで1万4千165円なの」
真剣な目で少女は金属の棒を見つめ、ギーシュがふと首を傾げる。
「それって、全部同じ意味の様な……」
「野茂のトルネードは今宵も切れ味抜群なの」
少女の言葉に、なぜだか違和感を感じる。
「なんとなく、時代が違うような……」
「そこ、細かいことは気にしないの」
ルイズをきっと睨み付けた少女は、ぶんぶんと棒を振り回した後、ゆっくりとギーシュとマリコルヌに向かった。ゆっくりと振りかぶる。その迫力と想像出来る 未来に、二人は顔を引きつらせる。
「ち、ち、ちょっと待て……」
にじり。
「野茂のトルネードなの」
「お、おい……」
ずい。
「トルネードなの」
「ちょ」
ぶんっ!
うわああああぁぁぁぁぁぁ……

しーん。

「とりあえず、気が済んだの。いい汗をかいたの」
少女の一線でギーシュとマリコルヌが森の方まで飛んでいったのを見送った少女が額ににじんだ汗を拭くまねをしながら振り返った。
手に持った金属の棒は、いびつに歪んでいる。
「ミミミス・ルイズ、とりあえずコントラクトサーヴァントを」
あまりの出来事に呆けていたルイズは、コルベールの耳打ちにはっと我に返った。
まだ儀式は半分しか終わってない。残り半分は……。
「あ、あのね」
こくこく。
「何も言わなくていいの」
「いや、わたしの話を……」
「もう気にしなくても良いの」
「えーと」
「悪はやっつけたの」
「あのね」
「強く生きるの」
「いや、だから」
「ヒーローは名前を告げずに去っていくの」
ぢゃ。
すちゃっと片手を上げた少女は脱兎のごとく駆け出す。
「ちょっと、またんかーい!」
逃走失敗。
ふるふると震えたルイズは、がっしと少女のケープをつかんだ。
「またもや、しっぱいなの。なかなか手強いの」
肩をすくめる少女。
「あのね、あんたはわたしの魔法で召喚されたんでしょ?」
「多分思い違いなの。気のせいなの」
座った目のルイズににじりよられた少女は、ふるふると首をふる。
「わ・た・し・の・ま・ほ・う・よ・ね」
「不幸な出来事なの。誠に遺憾なの」
「いいわ、とりあえず、コントラクトサーヴァンとしてから話を聞かせてもらうわ。おとなしくしなさい」
「百合の趣味はないの。それはへんたいなの。ろりこんなの」
「うるさーい! そこへなおれっ」
「全力全開でお話は聞かないの。逃げるの」
ルイズの一瞬の隙を突いて脱兎のごとく駆け出す少女。そして、それを追いかけるルイズ。

たたたた。
だだだだ。

たたたた。
だだだだ。

たたたた。
だだだだ。

「……さ、皆さん。とりあえず教室に戻りましょう」
妙ににこやかなコルベールに促され、あっけにとられてずっと置いてけぼりだった生徒達は我に返って教室へ向かう。

「まてーっ」
「またないの。脱兎のごとく逃げ去るの」

ルイズと少女の追いかけっこはまだ続いていた。