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『扉』

 


「瑞穂さん……」

紫苑は下腹部にそっと手を当てて、痛みを堪えながら静かに窓の傍に立って外を見ていた。

つい先ほど、自分の希望を、未来への扉を開いてくれた愛しい人の名前を呼ぶ。
それだけで、世界が鮮やかに煌くように輝いていく。

「瑞穂さん……」

部屋に差し込む夕陽が、世界を黄金色に染め上げるように感じていた。
そっと目を閉じ、再び名を呼ぶ。
その名前を呼ぶ度に、その姿を思い浮かべるたびに彼女の心は軽くなっていく。
時折存在を主張する下腹部の痛みも、今の彼女にとっては幸せの証としか思えなかった。


「あ、瑞穂さん……」

病院から見える広場に、長い髪を風になびかせて歩いている”彼女”がいた。
扉が閉ざされていた時は、その姿を心の印画紙に焼き付けるだけしかできなかった。
でも、今は違う、セピア色に変色する筈だった、その”写真”は鮮やかな色と躍動感を持って
紫苑の中に満ちている。

これから先のことは分からない。でも、明らかに分かっていることが一つある。
これからは彼女の愛しい人が傍にいてくれること。
――なんと素晴らしいことか。
――なんと幸せなことか。
夕焼けの光の中の彼女の頬が、朱に染まる。


ふと気がつくと”彼女”の周りに2人の女性がいた。
「あら、まりやさんと……緋紗子先生?」

通りがかったのだろうか? しかし、珍しい取り合わせでもあると紫苑は感じていた。
しばらく見ていると、”彼女”が両手をついてがっくしと落ち込んでいた。
その場の状況が手に取るように分かる。

「うふふ。」

と、同時にあることに気がついて、彼女の顔が明らかに夕焼けではない違った色に染め上げられる。
あの二人がここにいるということは、見舞いに来るはずだったのだろう。
で、ここに来ずに、広場で"彼女"を取り巻いているということは……そういうこと。

「あら、まあ、どうしましょう」

窓の下の”彼女”は、まりやに突かれながら歩きだしていた。

思わず、くすっと微笑みが漏れる。
翳りの欠片も無い、紫苑の今の心から溢れだした微笑みが。

「それも、いい想い出……ですわね。 瑞穂さん」

紫苑は幸せそうに夕陽に目をやった。
今までは夕焼けは嫌いだった。校舎の屋上から見ている夕日は彼女の安息の地の終焉を意味していたから。
でも、今は違う。世界を朱に染める夕陽が限りなく優しく、美しいものに見えた。
今は世界のすべてが美しいと感じる。

そう、彼女の扉は今開いたのだから。