りりる-1


長くなった淡い金色の髪が、夏の暑い風にゆっくりとそよいでいる。
手をかざして午後の太陽をまぶしそうに見上げた、年のころは二十歳前後の優しそうな笑顔の青年が、ゆっくりとメガネに手を添える。
彼にとっては久しぶりの休暇、それと久しぶりの太陽の下だった。
細身の体がじりじりと太陽に炙られ、うっすらと汗が出ているのが見て取れるが、彼はその暑さすらも心地よさそうにしていた。
通りすがりの人は誰も想像だにしないが、時空管理局の誇る無限書庫。そこの司書長ユーノ・スクライアその人だった。
その若き司書長は今、ミッドチルダ郊外の閑静な町のとある花屋の前にいた。

「はい、できました」
「あ、ありがとう」

ユーノの選んだ花、というより応対してくれた店員さんにお任せしたわけだが、ぎりぎり片手で持てる程の、結構なサイズの花束がきれいなラッピングに包まれていた。
想像以上に立派な花束になって、逆に持ち運ぶことに気後れする。
が、これでばっちりです。というような女性の店員の満面の笑みに苦笑を返すしかなかった。
見た目通り、かなりな額になったが、あまり給料を浪費することもないユーノには特に気にならない。
花束を見ていると、ふと昨日の光景が脳裏で再生される。

ちょっと小休止を。とテラス風に造園された休憩室でコーヒー片手にぼーっとしていた時だった。同じく休憩タイムなのか、若い女性の司書が入ってきた。
無限書庫もJS事件で、その有用性が認められ司書が大幅に増員された。そして入ってきた司書は、そんな新任の司書の一人だった。
無限書庫は管理局の他の部署と異なり、比較的上下関係が穏やかなので、新任の司書であっても本部長と言っても良いレベルの立場である司書長のユーノとも雑談で花が咲く。
まあ、ユーノ自体が若くて、あまり権威張っていないと言うところも気安さの一員ではあるが。

最初はたわいもない話だった。が、ある話題になるとその女性の目がきらりと光り、ずいっと身を乗り出してきた。
その何とも言えない圧力に、ユーノは少々笑顔を引きつらせ、こめかみにうっすらと冷や汗をうかべる。

『え? しししし司書長、高町戦技教導官のご自宅にいかれるんですか? お一人で?』
『そ、そうだよ』

ユーノの幼なじみであり冒険を一緒に重ねてきた、なのはは、ちょくちょく無限書庫に顔を出す。
時 空管理局の中でも超が付くほどの有名人で、公然・非公然含めて結構な数の崇拝者すら居ると言う、あの高町戦技教導官が、にこにこ顔で『ユーノくーん』など と言いながら無限書庫に入ってきたときは、事情を知らない新しい司書達は、なにか見てはならない物を見たように、石像のごとく硬直した。
一度ならず二度三度とそのような光景を見るに当たり、面と向かって言及するものは居なかったが、司書達の間で半信半疑だった噂が確定した事実と受け止められていた。
即ち”ユーノ・スクライア無限書庫司書長と、鬼も恐れる高町なのは戦技教導官は、できている”と。

で、ユーノが、わざわざ休みを取って ―実際は一ヶ月前ほどから決まっていた強制休暇だが― 高町なのは戦技教導官の自宅に行く。こんな特別なことといえば……

『プ、プロポーズですか?』

興味津々のきらきら光る目と期待に胸ふくらませた女性司書が、超特大の言葉のディバインバスターをユーノに打ち込んだ。

『――っ!!』

思わず口に含んだコーヒーを吹き出したユーノは、激しくむせかえった。
にこにこと、にやにやの中間くらいの目で笑顔を浮かべて見つめてくる、女性司書の誤解を必死で取り除こうとした。

無駄だった。

『またまた〜、照れなくていいですよ。でもユーノ司書長、女性のおうちに行くんだから、絶対に花束を持って行かないとだめですよ』
という女性司書の熱意のこもったレクチャーというか暗示を強制的に聞かされたユーノが、げんなりとして休憩室を出たときは、だいぶ日が傾いていた。

実際問題として、JS事件でなのはが負った怪我や療養のお見舞いなどで、ちょくちょく会っているうちに、自分の中の意識も微妙に変わってきて居るのも確かだが、色恋の雰囲気なのかどうなのか自分でもわからなかった。
世俗的に言う幼馴染という関係は、なかなかに強固だった。

「ああ、もう、変に意識しちゃうじゃないか」

昨日の司書の暗示が効いたのか、いつの間にか自分の手の中にある花を見つめた。
ふぅとため息をついたユーノは、花屋を後にゆっくりと歩き出した。
目指す目的地はすぐそこだった。

万全のセキュリティ機構が組み込まれているという謳い文句の、マンションのセキュリティチェックを抜けて、なのはの部屋の前に立つと、がばっとドアが開いて金髪の少女が飛び出てきた。

「ユーノお兄ちゃんっ。こんにちわっ」

元気いっぱいで後先考えずに突撃してくる少女の体当たりを、内心ひるみつつ何とか抱き留め、ユーノはにっこりと笑顔を浮かべて少女を見つめる。

「こ、こんにちわ、ヴィヴィオ」
「うわぁ、すごーい」

元気いっぱいの少女のオッドアイがユーノが手に持っている花束に釘付けになった。
ひとしきり感心した後、不意に少女の顔が満面の笑みにこぼれ、にこにことした笑顔のままで燕のように身を翻して、ユーノの手をとって引っ張る。
なのはが養子として引き取ったヴィヴィオだった。一時は凄惨な目に遭いかけていたが、なのは達の保護と温かい環境に育まれ、今では寂しそうな影すらも見えなくなっていた。
過去の状況を知っているユーノとしては、笑顔に包まれた少女をみて思わず笑みがこぼれた。
少女のはやくはやくという言葉に苦笑しながら、ばたばたと玄関に入った。

「なのはママー! フェイトママー! ユーノお兄ちゃん来たよー」
「はーい」

ヴィヴィオが靴を脱ぐのももどかしそうに、手をメガホン代わりに部屋の中に向かって声を張り上げる。
なのは達はなにやら手が離せないのか。返事だけで、出てくる気配がなかったので、ヴィヴィオが腰に手を当ててぷぅっと頬をふくらませた。

「ん、もうっ。さぁユーノお兄ちゃん、あがってあがって」
「あはは、ありがとう。じゃあ、おじゃましまーす」

仕方がないわねぇ。と言うようなヴィヴィオのおしゃまな態度に、思わず笑みを誘われながら、ユーノも靴を脱いだ。

「ユーノ君、ひさしぶりだね」
「ひさしぶり。はい、なのは。ご招待ありがとう。」

その頃になったようやくエプロン姿のなのはが顔を出した。いつものサイドテールではなく、蝶の形を模したバンスクリップで、長い髪を後ろでまとめ上げていた。そのいつもと違う格好にユーノは一瞬見とれてしまう。
ヴィヴィオが、なのはに笑いかけて横を抜けて奥に駆け込んでいく。
奥から、『フェイトママ、ユーノお兄ちゃんね、すごーい花束……』とか言っているのを聞きながら、ユーノはなのはに花束を差し出した。

「うわぁ、綺麗だね。ユーノ君どうしたの?」
「いやあ、あはは」
「ありがとう。早速飾るね」

なのはは目の前に差し出された花束に目を丸くして驚いた。
花束を受け取った後、びっくりした表情のままでユーノを見つめる。相手をじっと見つめるのは、なのはの癖だと知っていても、ユーノは思わずどきりとして口元を引きつらせ、笑ってごまかした。
そんなユーノにクスッと笑ったなのはは、花束に埋もれるように満面の笑みを浮かべる。

「ユーノ、久しぶり」
「あ、フェイト。ひさしぶり。ちょっと忙しかったからねぇ」
「ん」

ぱたぱたと音がしたので顔を上げると、ヴィヴィオをまとわりつかせたまま、やはりエプロン姿のフェイトが奥から出てきた。
意味ありげな微笑を浮かべたフェイトに、ユーノは焦ったように挨拶を返す。

「ほら、フェイトちゃん、ユーノ君にもらったよ」
「うわ、すごく大きな花束だね。なのは」
「うん」

なのはは振り返って、フェイトに花束を見せた。想像していた以上に立派な花束にフェイトも目を丸くした。
ひとしきり感心した後、早く生けないと。と顔を見合わせた二人は、花瓶はどこだっけ? とユーノを放りだして慌てて探し始めた。

「……おーぃ」
「お兄ちゃん、こっちだよ」

一人ぽつんと残されたユーノに。ヴィヴィオがくすくすと笑って手を引っ張った。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


ユーノがダイニングで待っていると、次から次へと料理が並べ始められた。
ヴィヴィオもなのは達と一緒になってフォークやナイフなどを並べている。
そもそも、今日、ユーノがここに来ているのは、たまたま3人の休みが重なると知ったなのはが、『じゃあ一緒に食事しよう』と言い出したことが発端だった。
どこかのレストランでも行くのかな? と何気なくOKしたユーノだったが、『じゃあうちで』というなのはに、『え? なのはって料理できたっけ?』と口を滑らせたのが運の尽きだった。
これでどうだ。と言わんばかりのラインナップに、ユーノはおとなしく降参の白旗を揚げる。

「ユーノ君、ちょっと痩せた?」
「え? そうかな? 自分では全然気がつかないけど」
「そっか、じゃあ、今日はわたしとフェイトちゃんとヴィヴィオで作ったからじゃんじゃん食べてねー」

全員が席について、苦笑いのユーノの対面の席でにっこりと笑ったなのはの言葉でちょっと早めのにぎやかな夕食会が始まった。

「でね、初めて桃子ママに会ったのー」
「そう、きれいな人だったでしょ」

食事の合間に、ユーノの隣に座っているヴィヴィオが海鳴市に行ったときのことを興奮気味にしゃべっていた。
そのきらきらした目をみて、ユーノは優しく笑った。
なのはと生活するようになり、学校にも行き始め、様々な経験がヴィヴィオに良い影響を与えてることが明らかだった。
なのはとフェイトもそんなヴィヴィオを慈愛に満ちた目で見つめていた。

「でね、ケーキがとってもおいしくって、美由希お姉ちゃんもとっても優しかったの」
「翠屋のケーキは絶品だからね。桃子さんの作ったケーキは無限書庫でも大人気だよ」
「あ、そうなんだ」

ユーノの言葉にフェイトがナイフを止めた。確かにあそこのケーキはおいしいし、母や義姉に会いに行くときは、必ず持参している。でも、その翠屋のケーキが無限書庫にまで浸透しているとは思わなかった。
思わずなのはの方を見たが、なのはも知らないとばかりにぶんぶんと首を振る。

「管理外世界とはいえ、超がつく有名人達の出身世界だからね。みんなこっそりと観光に行ってるみたいだよ」

いろんな意味で時空管理局の超有名人二人の、きょとんとした表情を見て、ユーノは自覚がないとはこのことか。とばかりに軽く吹き出した。
確かに、第97管理外世界は、表だって交流ができる状態ではない。
現地法の徹底や魔法の秘匿など義務づけられることは多いが、ある一定以上の審査を通れば訪問することもできる。
それこそ、ハラオウン一家が移住しているくらいだ。行き来すること自体はなんら問題がない。
さらに言うとユーノは一度、非公認組織の機関誌をもらったことがある。その中には《あの高町教導官の育った町特集》とか《海鳴市グルメ探訪》とか、思わず頭を抱えるような記事があった。
まあ、そんな記事が載るということ自体が、海鳴市や翠屋が広く認知されていることを意味していた。
まるっきり自覚がない戦技教導官と執務官は、ユーノの言葉に「へぇ、そうなんだ」と感心していた。

「でね。初めてじてんしゃに乗ったの。自分でこいで走るなんてふしぎー」
「そういえば、ミッドチルダには自転車はあまりないね」
「あ、あれ? ほんと」
「うん、そうだね」

日が傾き、一通り食事も終わって、リビングに移動してお茶をしていると、お気に入りのうさぎのソファを抱えたヴィヴィオがユーノの横に陣取った。
自分が経験したことを誰かに伝えたいヴィヴィオは、少々興奮気味にユーノに話しかけていた。
大人達の目では、ほとんど意識しないことでも、子供には刺激的で、逆に大人達が気づかされることがある。自転車と言う存在がそうだった。
ミッドチルダの交通網の中で自転車という存在が利用されることは、ほとんどない。
確かに地球に比べ交通網が整備されているため使う機会は極めて少ない。ただ、健康のためとかで普及しててもおかしくないはずだが、見かけることはなかった。
ユーノの言葉になのはとフェイトが思案顔になったが、確かに見たことがない。

「それでそれでユーノおにいちゃん、ユーノお兄ちゃんってば」
「ん、な、なに?」

ヴィヴィオがなのはとフェイトと会話していたユーノの服を引っ張った。
あわててヴィヴィオに向き直ったユーノに、素朴な質問が投げかけられる。

「なんでじてんしゃって転ばないの?」

不思議そうに小首をかしげるヴィヴィオの質問の回答は、ユーノも知らなかった。

「え?」
「ねえ、なんで?」

ユーノだったら答えてくれるに違いないと言うような、きらきらと輝く瞳が、わくわくと答えを待っていた。

「え、あ、そのー」
「なんでー?」

いや、知らないんだよ。と正直に返すタイミングを逸してしまい口ごもるユーノに、純真無垢な断罪者の顔が近づいてくる。

「ねぇ、なんでころばないのー?」

思わず後ずさって、周りを見渡すと、なのはとフェイトが笑っていた。

「くすくす」
「な、なのはー、笑ってないで助けてよー」

ヴィヴィオの素朴な質問を前に、ある意味叡智の結晶たる無限書庫の司書長は無力だった。提督達や、将官と前にしてもびくともしない鉄壁のユーノ司書長を最初に撃破したのは、もしかしたらオッドアイの少女かもしれない。
あまりも情けない表情だったのか、それを見てなのはとフェイトが噴出した。

「さ、ヴィヴィオ、そろそろお風呂はいろっか」
「フェイトママと?」
「ん」
「はーい」

ヴィヴィオのなんでなんで攻撃に、おろおろするユーノを見かねたのかフェイトが笑いながら助け舟を出した。
きょとんとした顔のヴィヴィオだったが、納得したのかうんしょっとソファから降りた。
ユーノは助かったぁと、ため息をついて手元にグラスを引き寄せた。

「じゃあ、先にお風呂入るねー、なのはママ」
「うん、いってらっしゃい」

フェイトと手をつないだヴィヴィオは、リビングから出がけになのはに手を振った。
なのはもにっこりと笑って小さく振り替えす。
ふと、ヴィヴィオが部屋を振り返ってユーノを見る。
視線を感じて、ん? とユーノが傾けていたグラスを放す。
にっこりと笑ったオッドアイの少女が、いたずらっぽく笑った。

「じゃあ、ユーノパパも一緒に入る?」
「ぶっ、ごほっ」

確信犯的なヴィヴィオの爆弾に、思わずユーノがむせた。

「こら、ヴィヴィオ」
「あはははっ」

なのはの言葉ではじかれたようにヴィヴィオが、噴出したフェイトを引っ張っていく。

「ごほっごほっ」
「だ、大丈夫? ユーノ君」

リビングでは、まだむせているユーノの背中を、なのはがこれまた笑いをかみ殺しながらさすっていた。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


なんだかんだで楽しい一日が過ぎ、気分転換ができたユーノは、いつものように無限書庫で調査・整理をしていた。

「そういえば自転車がなぜ倒れないか。かぁ」

ヴィヴィオが風呂に入っている間に、なのは宅を辞してきたが、正直あの質問が引っかかっていた。
局のコンピュータに問い合わせればすぐに答えがわかるはずだが、なのはやフェイトもそうしなかったということは、たぶんヴィヴィオに考えさせようとしてるのだろう。
ひょっとしてユーノに聞くように言っていたのかもしれない。であれば、安易にコンピュータから解答を引き出すことはためらわれた。

「どうしたんです? 司書長」
「ん? いや、素朴な疑問に答えられなくてね」
「えええぇっ? 司書長でもわからない質問ってあるんですかっ!?」

自然と難しい表情を出していたのかもしれない。書類を抱えて通りがかった青年の司書が怪訝そうに声をかけてきた。
ユーノの言葉に心底驚いたように司書が目を見開く。

「あのね」

確かに自分は無限書庫、すなわち時空管理局の叡智の集合の管理人ではあるが、すべての知識を持っているわけではない。
思わずがっくしと肩を落とした司書長を怪訝そうに見つめた司書は、上を見てさらりと答えた。

「じゃあ、探してみたらどうです?」

確かに、言うとおりだが、《自転車がなぜ倒れないか》という質問に対する回答は、無限書庫の収集品の中にはないだろうと思っていた。この問題は、ただの一般的な力学の問題でしかない。

「ないと思うけどなぁ」

まあ、ものはためしと、検索魔法を使って検索を開始する。
さまざまな箇所から書物が飛び出してきては帰っていく。
毎度のことながら、自分達の遥か先の実力を有する司書長の魔法を、目の当たりした司書達の感嘆のため息が出る。

「……ん?」

しばらくして、ふっとユーノが目を開けた。数冊の書物が、ユーノの手元に浮かんでいる。

「ほら、あったじゃないですか」

司書は自分の言ったとおりの結果に、満足そうに立ち去った。
そしてユーノは、つぶやくように本をめくり始めた。まさか、本当に引っかかるとは思わなかった。

「ほんとだね、さすが無限……書…………庫…………」

しかし、その本をめくるにつれて、次第にユーノの表情が厳しくなる。
はっと顔を上げたユーノは慌てていつもの定位置に浮かび上がり、手当たり次第に検索魔法をかけ始めた。
その鬼気迫る雰囲気に、司書たちも表情を厳しくする。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「ん?」

時空管理局本局の高セキュリティ会議室の前の休憩コーナーで、コーヒーを片手にホログラフディスプレイのニュースを漫然と眺めていたはやては、廊下の向こうから見知った顔がやってくるのに驚いた。
まあ、確かに同じ時空管理局に勤務しているので、会ってもおかしくないと言えばそうなのだが、実際に会うのは滅多になかった。
はやて自身は比較的本局にいる方だったが、目の前の黒い執務官服姿の幼馴染みは、ほとんど本局にいないはずだった。

「あれ? はやて。こんなところで、どうしたの?」

軽くはやてが手を振る。
流れる砂金のような長い髪を風になびかせながら、歩いていたフェイトが笑ってるはやてに気がついて、驚いた表情のまま近づいてきた。

「ああ、フェイトちゃん。久し振り。そっちはどない? 元気してる?」
「うん。元気」
「ティアナはどないしてる?」
「がんばってるよ。ものすごい頑張り屋さんだから、ちょっと見ててはらはらするけど」
「そないなこというてたら、うちら全員そうや」
「……そうだね」
「そうやで」

どっか他の会議室をつかうんかなーと思っていたはやてだったが、フェイトは壁の自販機から紅茶を取り出して、目を細めるはやての横に座った。
ちょっと時間があるんやろか?と思いつつも、久しぶりの親友との遭遇にはやても表情を和らげた。
会話となるのは、やはりお互いの近況と、かつての部下の動向。フェイトから聞く話にはやても相好を崩していた。
しばらく、少女時代の昔話に花が咲いた。

「で、はやてがここにいるってことは、ひょっとして」
「ってことはフェイトちゃんも一緒かいな」

ふと、真顔になったフェイトがはやてをじっと見つめる。
ん?と首をかしげたはやてだったが、忙しいはずの執務官がこんなにのんびりとしているはずはない。であれば、フェイトの目的は自分と同じ用件やろか?
そう思ったはやては、少し表情を厳しくした。
自分がここに呼び出されたのは、緊急に、そして一人で。という連絡を受けたからだった。
だが、そうなると自分とフェイトを同時に呼び出す理由が分からなかった。
漠然とした共通点と言えば、幼なじみである。もしくは機動六課で一緒だった。というぐらいしか思いつかない。

「私は、ユーノから……」
「あれ? はやてちゃんにフェイトちゃん。どうしたの?」

はやてが口を開きかけた時、反対側の通路に設置してあるエレベーターのドアが開き、栗色のサイドテールの戦技教導官がひょっこり顔を出した。
振り返ったはやて達と目が合った幼なじみは、目を丸くして素っ頓狂な声をあげる。
さすがに、この場に現れたなのはが無関係だとはとても思えず、はやては眉をひそめた。
いったいユーノ君は何を考えてるんやろか。と。

「なのはちゃんまで……いったいどういうことや?」
「え? ひょっとして……」

姿勢良く近づいてきたなのはは、挨拶早々のはやての独り言を聞き、訝しそうにフェイトを見つめた。
軽く頷いたフェイトはゆっくりと立ち上がった。

「うん、ユーノに呼び出されたんだ」
「そうなの?」
「っちゅうことは、みんな一緒かいな。で呼び出した当の本人はまだなんか」

少し驚いた表情のなのはの顔を見た後、はやてもゆっくりと立ち上がった。
ここにいるのは全員が幼なじみで、同じく幼なじみの一人であるユーノに呼び出されている。
そして全員が全員とも忙しい身であり、同窓会的な催しで集まるような状態ではない。
集まった場所自体のセキュリティ設定自体も、なにか特別なことが起きたことを意味している。
状況はよく分からないが、自分たち三人を呼び出すと言うことは機動六課絡みの問題なのだろう。
それと、他人に聞かせることができない、本当にユーノが信頼する人にしか話すことができない極めて重要な問題が発生した。
そのことに三人は同時に思いついた。
顔を見合わせた三人は表情を引き締めて頷いた。

「あ、来たみたい」

不意にフェイトは見知った気配を感じた。確か、彼女はユーノの所でたまに手伝いをしている。
その言葉に、ふっと顔を上げた三人の視線の先に、ユーノと、フェイトの使い魔でもあるアルフが両手に大きな袋を抱えて申し訳なさそうな表情で歩いてきていた。

「ごめん。みんな揃ってるね」

小走りに走ってきたユーノは自分のIDを会議室の端末に打ち込んで会議室を開けて、はやてたちを招き入れる。

「アルフ」
「はいよー、フェイト。元気してたかい」

フェイトが、少女フォームのアルフに近寄って、両手に抱えていた紙袋を受け取った。

「うん、元気」
「そかそか、たまには家に顔をだしな。みんなも待ってる」
「うん」

アルフが中腰になったフェイトを軽く抱きしめてにっこりと笑った。
暖かい言葉にフェイトも軽く微笑む。
ひとしきりお互いの温もりを感じた後、フェイトに紙袋を渡したアルフはこれから夕食の買出しだ。といって手を振って去っていった。

全員が会議室に入り、セキュリティロックをかけた後、ユーノが持っていた紙袋をテーブルの上に置き、中から一目で古文書とわかる古書を取り出しはじめた。
デバイスを使ったホログラフが全盛期の現在で打ち合わせに紙を持ち出すのはめったにない。だが、ユーノがわざわざ持ってきたと言うことは無限書庫関連の物なのだろうと、三人はあたりをつけた。

「よいしょっと」
「なんや、ユーノ君、えらい大荷物やなぁ」
「うん、まあね。でも下手にデータ化すると、どこで盗聴されるかロストするかわからないからね」

だから手で持ってきたんだと苦笑いを浮かべるユーノに、相当隠しておきたい問題のようだと三人は顔を見合わせる。

「で、うちらを呼び出したってことは、なんやきな臭い事件か?」

フェイトが受け取った紙袋の中身を含めて、ようやく資料の整理ができたのか、並べ終わって一息ついたユーノにあわせるように、なのは達も席につく。
一通り見渡して、起動六課に戻ってきたみたいだね。というなのはの言葉に、顔を見合わせて笑った一行は、その当時のように代表してはやてが口を開いた。

「……それが、わからないんだ」

三人の突き刺さるような視線を浴びつつ、テーブルの上で両手を組んだユーノは、軽く頭を振った。

「え?」
「わからないんだ。これが事件なのか、そうでないのか。でも、とてつもなく重大な事件のような気もするんだ」
「なんか、ややこしそうな話なの?」
「うん、そうなんだ、なのは」

戸惑うような目のユーノを見て、なのはは表情を曇らせた。ユーノはなのはの目を見てゆっくりとうなずいた。
その言葉に、はやてとフェイトは顔を見合わせる。

「とりあえず説明してくれるかな、ユーノ」

フェイトの言葉にうなずいたユーノはバインダーの中から一枚の写真を取り出した。

「説明の前に、まず、これを見てくれるかい?」

三人は差し出された写真をじっと見つめた。

「ん?」
「……」

その写真には銀色に輝く船体外部にでっかく赤ペンキで文字が描かれていた。ピントが合っていないためか、ぼやけているが、背景に星が瞬いてることを考えると、どこかの宇宙空間で撮られた写真らしい。
そして描かれている文字は、なんとか読み取ることができた。
その文字はどう見てもひらがな、第97管理外世界の日本の文字だった。
ミッドチルダの通常の宇宙船にペンキでひらがなを書くような風習は当然ながらあるわけがなく、どう見てもいたずらか何かとしか考えられなかった。
ただ、船体外部にひらがなで落書きができるような力を持っているとすれば、自分達三人ぐらいではないだろうか?
そして、いたずらをするような性格の人間といえば……
思わずなのはとフェイトの視線がはやてに集まる。

「え、あ、う、うちしてへんでー。落書きなんかしてへん」

じっと写真に見入っていたはやては不穏な空気を感じ、慌てて顔をあげた。なのはとフェイトの視線とぶつかり、顔を真っ赤にして手を振って否定する。
はやては、いや、まあ、確かにきれいな船に落書きしたら楽しいやろうな。と、微かに浮かんだいたずら心をねじ伏せて身の潔白を言いつのる。
自分の身の無実を証明するために船体に書かれている《じてんしゃ》という綴りを指し示す。

「それに、なんよこれ。”て”が逆やん。いくら私でも、こんな間違い……え?」
「ちょっちょちょっとユーノ君、これって」
「あっ」

そこまできて初めて気がついた。そもそも、船体外部にひらがなで文字をかくと言う意味。
そもそも、そのこと自体が異常極まりない。というかありえない。
となると、これはミッドチルダの写真ではない? であれば、故郷である地球の写真なのか?

「気がついたかい?」
「どういうことや? これ。ていうか、これはなんなん?」

三人の視線が再びユーノに集中する。
はやてが写真の中の落書きを指差す。

「やっぱり、ひらがなだよね? それ」
「うん、そうだね。でもこんな大きな船って地球にあったっけ?」
「ううん。ない……と思う……よ」

ユーノの問いかけにフェイトが答えた。そのままなのはに疑問を向ける。
なのははちょっと考えて、もう一度写真を見た。
落書きが書かれている船は、どう見てもスペースシャトルレベルのサイズではない。もっとずっと大きなもの。ただ、地球の宇宙ステーションも言うほど大きいものではない。
となると、この写真は地球で撮られたものでは、ないのではないだろうか? ただ、確証はない。

「で、これの犯人が知りたいってことなんか? ひょっとして写ってる船は新造艦やろか?」
「でも最近XV級が就航したばっかりなのに、もう新造艦つくってるの?」

はやては厳しい表情でユーノを見つめた。
もし、これが悪戯だとすると悪質すぎる。しかし、部外者の悪戯だとすると、造船工廠に侵入しているということになり、極めてまずい状況となる。
また見たこともないフォルムから考えるとXV級とかではなく、未就航の船のような気がする。そんな新造艦を整備している場所に、次元犯罪者が進入してやったとすれば、いつでもテロを引き起こすことができるという宣戦布告に等しい問題だ。
それも、わざわざひらがなを書くということは、自分たちと同じ第97管理外世界出身の者か、それとも、自分たちに向けたメッセージか。
フェイトやなのはも表情を険しくする。
意気込む三人にユーノは戸惑ったように首を振った。

「いや、ちがうんだ、なのは、はやて、フェイト」
「え?」
「ん?」
「何がちがうんや?」

一転して訝しそうな表情の三人にユーノは自分の戸惑いの元を明らかにした。

「今見てもらった写真は、無限書庫の中で見つけたんだ」

しばらく間があった。
無限書庫にある情報は、雑多なものがある。しかし、誰かの告発文や昨日今日取った写真などが、安易に放り込まれるようなところではない。
特にユーノが司書長になってからは、新たな情報は基本的に整理された後に格納されるようになっている。
必然的に、ユーノが”見つけた”ということは、ユーノが無限書庫の住人になる以前に、既にあった。ということになる。

「どういうことなの?」
「どういうことや?」

となると、なのはたちが管理局に所属する前の問題なのだろうか? それにしてはユーノの表情に違和感を感じる。
三人の説明を欲している雰囲気を感じ、ユーノはゆっくりと頷いて写真を手に取った。
顔の横で三人に見えるように写真をひっくり返す。

「ごめんね、先入観を植え付けないように、こんな写真にしたんだけど、実はこれは無限書庫に放り込まれてた、遺棄世界の遺跡から発掘された書物の中の差し込み写真なんだ」
「……なんやて?」
「それも、原本の写真は厳密には写真じゃない。一種の念写なんだけど、……推定で二千年ほど前のものなんだ」

ユーノの口から語られる事実がなのは達の脳裏を稲妻のように駆け巡った。

――ありえない。時代的に見てもあまりにもおかしい。

ユーノの言葉を理解した三人は目を見開いて絶句した。

「そんな」
「ばかな」
「だったら、これは、この文字とこの船はなんや、ユーノ君」

忘我から立ち直った三人が愕然と声を上げ、そしてはやてが立ち上がってテーブルを叩くように身を乗り出す。
なのはとフェイトが、はやてを見つめ、揶揄するように、ゆっくりと首を振った。
それを見て少し冷静さを取り戻したのか、はやても、ごめんな。といって席に座った。
ユーノは軽く微笑んだ後、真剣な表情に戻って、ホログラフをつけた。
書物を広げて、それを映像化する。

「……これは、今から二千年ほど前に発生した次元震を発端に、滅んだ世界の預言書の一説らしいんだ」

ユーノが無限書庫で調べた内容を説明し始めた。
滅んだ世界は精神感応能力が極めて高い存在がいたようで、未来予知に近い予言を映像つきで残すことすらできたらしい。
だが悲しいかな、世界を渡るすべを持たない文明は避難することもかなわず、災害に巻き込まれ衰退していった。
そして、来るべく世界の終末の預言が紡がれた時、その中で終末の象徴として描かれていたのが、先にユーノが取り出した写真であった。
そういった内容と共に、次々にカットが変わっていく。念写ということで、細部はぼやけ、きれいな映像とはとても言えず、何らかのアートを見ているようにも思える。
宇宙の暗黒と銀河、無数の光点、銀色と緑、空に大樹、船に文字、光る線、三角錐状に描かれた円。そして波。
そういったイメージを模した映像が流れていく。

「で、関連する資料を総合すると、これはまぎれもなく”船”だ。それも、あまりにも巨大な……」

再び、船体に《じてんしゃ》と書かれているカットで止まった。
それを背景にユーノが肘をついた。

「それって、ゆりかごくらいの?」

巨大な船。と聞くと思い浮かぶのは聖王のゆりかごだった。なのはの言葉にユーノはゆっくりと頭を振った。

「いや、資料を分析すると推定で全長20〜30km程度になる。ゆりかごの5〜6倍くらいかな」
「……え?」
「なんやて。それ、ほんまかいな」
「……ちょっとまってユーノ。その船は、まさか……」

ユーノの言葉に、三人は絶句して顔を見合わせる。
愕然としていたフェイトだったがふと気がついた。
なぜ、ユーノが厳しい表情をしているのか。過去の遺物であれば、そういうこともありました。で終わるはず。なのにユーノが険しい表情を変えないということは。
フェイトの視線を受けてユーノがゆっくりと頷いた。

「うん。フェイトの思ってることは正しいと思う。この船は今も飛んでるはずなんだ」
「え? 二千年も?」

なのはが呆けた様につぶやいた。

「そうだよ、それも極めて光速に近い速度で。だよ」
「あかん、なんや、あたまがくらくらしてきたわ」

ユーノは、いくつかのページをめくった後、文章を抜き出して拡大した。
何が書かれているか三人には分からなかったが、ユーノはここに書いてあると指差した。

「ユーノ君。整理すると、二千年以上も前の宇宙船が光速で今も飛んでて、その宇宙船に”じてんしゃ”って書いてるってこと?」
「そうだよ、なのは」
「二千年前って、西暦が始まってそれほどたってないよ? 宇宙船なんか……」

なのはが情報を整理するように、ひとつひとつ言葉を重ねていく。ユーノはその言葉をきいた後、ゆっくりと頷いた。
彼女の持っている知識から考えて、二千年前といえば、日本はどうだったか? 世界はどうだったか?を考えて、とても信じられなかった。
これがどこか自分達の知らない言葉で書かれている落書きであれば特に戸惑う必要もなかった。しかし母国語で書かれているとなれば話は別になる。
ユーノが自分達を召集したのもなんとなく理由が分かった。

「ちょいまち、その宇宙船って、ひょっとして」

難しい表情で考えていたはやてが、はじけるように顔を上げた。ユーノと視線が交錯する。

――いやな予感がする。

その船が、何のために作られているのか、誰が作ったのか今の時点では分からない。だが、それだけの巨大な船がただ飛ぶためだけにあるとはとても考えにくい。
宇宙を飛び回るというのであれば必ず危険にさらされる。その危険を排除する機構がある。必ずある。
兵器という名の機構が。

「わからない。けどたぶん持ってるはず。僕達の常識の範囲であればいいけれど、それでも強力な武器を持っていると思う」

はやての言葉にユーノはしっかりと頷いた。
三人の表情が一気に強張った。

「ユーノ、誰かにこの話した?」
「いいや、していない。君たちが初めてだ。っていうより他の人に話せないよ。こんな話」
「あかん、そない危険なものほおっておけへん。まるで……」

フェイトの言葉にユーノはゆっくりと首を振った。
そしてはやてが腕を組んで険しい目で写真を見据える。

「そう、はやての想像はたぶん当たってる」
「……質量兵器でロストロギアってことかな?」

なのはが、険しい顔でゆっくりと見渡して、確認するように問いかけた。

「うん、まず間違いなく。……それも超弩級のね」

ユーノの言葉に、誰も声を出すことができなかった。
会議室のホログラフは銀色に輝く船体と赤いペンキの《じてんしゃ》を写し続けていた。
全員の視線が集まる。
この映像が、これから何を引き起こすのか、じっと見つめる四人には想像ができなかった。