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りりる-2

「お久しぶりです。なのはさん。前にお会いしたのは春だったから、もう半年近くになるのね」
「お久しぶりです。騎士カリム。そうですね。まだ春の花が咲いていた頃ですから」

穏やかな午後の日差しの差し込む、アーチ状の中世にタイムスリップしたような錯覚を覚えるクラシカルな部屋で、なのはは若干の緊張を感じていた。
ふと目の前に座る金髪の女性がふっと窓の外を見た。つられるようになのはもその視線を追う。
岸壁から切り出されるように建てられた聖王教会の、中庭に面したこの部屋からは、手入れの行き届いた庭木の艶やかな姿が見える。
ここミッドチルダでも、故郷の桜に似た桃色の花をつける木が春の代名詞となっている。それと競い合うように黄色の小さな花をつける木々が晩夏の代名詞であり、中庭に無数に植えられた”晩夏”が、庭を黄金色に染め上げている。
なのはは、機動六課が解散した時のことを思い出していた。
あの時は世界が桃色に染め上げられていた。その色は出会いの色、そして別れの色。
そして、今。黄金に染め上げられた世界は、なにを象徴するのだろうか。

「そうだな」
「クロノ君もひさしぶり……だね」

ふと感傷に浸るなのはの横合いから、静かな男性の声が聞こえた。ふっと目がそちらに向かう。制服姿に身を包んだ黒髪の青年は、ゆっくりと白磁のティーカップを手に取っていた。
なのはの幼馴染みと言っていい旧知の青年は、なのはの感傷的な視線にふと小首をかしげた。
この場にいる人達は、信頼の置ける友人ばかり。そして、年齢に似合わず全員が重要人物でもあった。
なのはは目を細めて微笑を浮かべた。よくよく考えれば、あの時フェレットに変化した魔導師と会わなかったら、金髪の少女と出会わなかったら、そして目の前の黒髪の青年 ―当時は少年だったが― に出会わなかったら……。自分はここにいなかった。
運命と言う名の出会いをふと感じる。

「で、わざわざ僕達を、それも秘密裏に呼び出すということは、やっかいな話かな? 結婚でもするのか?」

紅茶に口をつけたクロノがティーカップを置いて、鋭く光る切れ長の瞳をなのはに向けた。
あまりにも若すぎる昇進のため、必然的に身につけざるを得なかった彼の処世術。
報告に訪れる局員を必要以上に戦かし、厳格な雰囲気で極度の緊張を強いる独特の眼光も、なのはには馴染んだ物だった。
”石化光線”と裏で揶揄される眼差しを、栗色の髪の戦技教導官は露とも気にとめずに、同じく手にしていたティーカップを置いた。

「うん、実はちょっと問題があって」

他 人がどう見ようが言葉を発した黒髪の青年は場を和ませようと、ある意味冗談じみた言葉を選んだつもりだった。が、目の前に座るなのはの表情は冴えなかっ た。真っ赤になって反論してくるだろうと思っていたが、意に反するなのはの態度にクロノとカリムは思わず顔を見合わせる。不撓不屈の闘士でもある栗色の少 女の戸惑ったような表情はついぞ見たことがない。

「話をきかせてもらえるかしら?」

カリムの言葉に頷いたなのはは、人払いを打診した後、持参した資料を空間ディスプレイに投影し、説明を始めた。
説明が進むにつれ、黒と金の実力者の表情が、急速に固くなっていく。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「以上が、ユーノ君が無限書庫で集めて、分析してくれた資料なの」

説明を聞き終わったクロノは腕を組んで天井を見上げ、カリムは空間ディスプレイの映像を見つめていた。内容を咀嚼するかのような無音の時間が過ぎる。

「……」

時計の音がやけに大きく聞こえる中、しばらくしてクロノが深く息を吐き出した。
ゆっくりと金色の髪を持つ女性に目を向ける。

「……超弩級のロストロギアか。騎士カリム、預言書になにか記述はありましたか?」
「今年の物はまだ……」
「そうですか」

騎士カリムのレアスキル《預言者の著書》の言葉を期待した問いかけは、申し訳なさそうな表情で、ゆっくりと黄金の髪が左右に揺れることで霧散した。
JS事件の予言が見事的中したカリムの能力には、事件後、より注目と重要性を認められるようになった。だが、その預言は年に一度しか実行できず。今年の預言はいまだ機が満ちていなかった。
漆黒の髪の提督は、若干気落ちしたように眼を細める。
じっと手元のカップに眼を落としてクロノはため息を吐く。

「全長20Kmの亜光速宇宙船か……やっかいだな」
「でも、まだ質量兵器を持っていると決まった訳ではないのですよね?」

カリムの疑問は同時になのはの希望でもあった。
まだ、この宇宙船の目的が分かっていない。それにただ飛んでいるだけであって、積極的に影響を及ぼそうともしていない。
さらに言うと、滅んだ世界の直接の要因は件の宇宙船が手を出したわけでもなく、次元震による被害とそれによる天変地異だった。
言うなれば、たまたま通りがかっただけかもしれない。
だから危険度の判断は調査がすんでからではないのか? と、なのはは思う。
確かにリスク管理の意味から言うと、ゆりかごに数倍する未知の宇宙船の存在を、危険度最上位のロストロギアとみなす、はやての判断は正しいのだろう。
甘いのかもしれないが、それでもなのははこの船が害をもたらす船とは考えられなかった。船体に描かれた”じてんしゃ”と言う文字。それがどこか心の中に引っかかっていた。
実は今回の報告は、リスクを重く見たはやてがアレンジした。
本当は当の本人が自分で報告に来る予定だったのだが、緊急の捜査に手を取られてしまい、結果的に比較的身の空いているなのはに、この役が舞い込んだ。
なのははクロノがどのように判断するか知りたかった。はやてと同じ判断なのか、それとも違うのか。
問い掛けるようななのはの視線の先の、クロノは難しい表情を崩さなかった。

「いや、問題はそこじゃないんです」
「?」

クロノは、意外な言葉を口にした。
ユーノの報告書で示された、強力な質量兵器、ないしはミッドチルダ文明が持っていないオーバーテクノロジーによる兵器の存在の可能性。
カリムも聖王のゆりかごに数倍する宇宙船からもたらされる攻撃は想像したくはなかった。
時空管理局はJS事件が引き起こした混乱と深刻な傷跡から、まだ立ち直ってはいない。そんな状況下において、影響力の未知数なロストロギアの対処など正直言って手に負えない。
しかし、クロノの眼は持っているかもしれない質量兵器には向いていなかった。
空間ディスプレイを操作して、”じてんしゃ”と描かれている写真をクローズアップする。

「この船は今も亜光速で飛んでいる。それはいいとしよう。で、どこを飛んでいる?」
「違う次元のどこか……? あれ?」

クロノの顔がなのはに向けられた。
自分に対する問いかけと理解したなのはは、指をあごに当てて考えた。
そして唐突に、クロノの言いたいことが分かった。
確かに、失念していた。というより考えることすらしていなかった。その宇宙船が今、どこを飛んでいるのか。
なのはの目を丸くした表情にふっと笑みをこぼしたクロノは、空間ディスプレイを操作してミッドチルダの光景を写す。

「そうだ、実は僕達はそこで思考停止しているんだ」
「思考停止……」
「なのは、君は不思議に思わないか? ミッドチルダにせよベルカにせよ、テクノロジーにばらつきがあることを」
「え? テクノロジーのばらつきって?」

ミッドチルダの外からやってきたなのはとしては、見る物がすべてであって、それが真実だと思っていた。
だから、こういうものだ。と、雛鳥が初めて見た物を親であるとインプリンティングするかのように疑問すら持っていなかった。
だが、次元航行船の艦長として長きにわたり実戦をくぐり抜け、幾多の世界を見てきたクロノは違っていた。
眉に深い思慮の皺を刻みつけた若き提督は、自嘲するかのように笑った。

「そうだ、フロートキャリアやライディングボードみたいな装置を持ちつつ、地上ではタイヤ走行の車が大半だ。アースラもクラウディアも宇宙空間に浮かび次元航行すらこなすことができるが、光速の半分で飛ぶことすら適わない」
「そういえばそうだね」

クロノの手が空間ディスプレイを次々と操作して、道路を、そして道行く通行人の姿を遠景で捕らえる。
つぶやくような言葉に、なのはがはっとしたような表情を浮かべた。
確かに、地球とあまり変わらないテクノロジーもあれば、ガジェットのようにどう考えてもオーバーテクノロジーとしか思えない物もある。

「それは僕達が魔法という能力に早くに気がつき、実用化したことと、質量兵器への忌避感からくるんだ。質量兵器に直結しそうな技術は意図的に封印している」
「クロノ提督、それは……」

再び、クロノが”じてんしゃ”と描かれている写真に戻し、じっとなのはを見つめた。
そしてクロノの言葉に、危うい物を感じるカリムがそっと揶揄する。
彼女には、クロノの言葉に、もう少し踏み込めばひょっとすると、取り返しの付かない領域に踏み込んで行ってしまうのではないか? という焦りのような、もどかしさの様な物が感じられた。
黒髪の提督は若く才覚に溢れた英雄の一人である。密かな崇拝者も多い英雄が現体制の、特に質量兵器に関する在り様に意義を唱えた場合、今のがたがたの組織にとてつもなく大きな影響を与えてしまう。
多 大な功績を挙げた機動六課の発起人の一人でもある彼は、数多くの教え子を持つ高町なのは戦技教導官、そしてその戦技教導官と真っ向から戦える数少ない魔導 師で、幾多の功績を挙げているフェイト・T・ハラオウン執務官、さらに機動六課を率いJS事件を解決させ、時空管理局最大級のロストロギアのマスターであ る八神はやて特別捜査官を含め、有数の強烈な人材に影響力を持っている。
義弟曰く、”レジアス中将亡き今、管理局最大最強のクロノ派”ではあるが、頂点に立つ若き提督が自分に厳しい人間であるため、派閥を作ったりすることもなく無用な軋轢は起きていない。
だが、そんな暗黙の派閥の筆頭自らが、好ましくない方向に舵取りを始めたら、場合によっては管理局が大きく分かれてしまうことにもなりかねない。

カリムの、心配そうな光を帯びた視線にクロノは苦笑をうかべ、友人であり、彼女の義弟でもあるヴェロッサがそれとなく言っていたことを思い出す。
『今のクロノ君だったら、管理局を乗っ取れるんじゃないかい?』
あまり目立つと、無用な混乱を招くぞ。と言う彼なりの憂慮だった。その言葉を聞いて自分の影響力について考え込んだ記憶がある。そして今、騎士カリムの眼にも、あの時のヴェロッサと同じ色が浮かんでいた。
姉弟そろって同じように心配してくれる視線に、まだまだ信頼されてないな。と自戒しつつ、大丈夫ですよ。と軽く両手を挙げた。
カリムはクロノの漆黒の夜のような眼に、しっかりとした信念を感じて口をつぐんだ。

「気がついてるか。なのは。僕達の言う”次元世界”とはなんなのか」
「えっと、次元空間を隔てて独立する、それぞれの世界とそのつながりだっけ?」
「そうだ。じゃあ、このミッドチルダとなのはの第97管理外世界。この間にはどんな関係があるか分かるか?」

なのははクロノの問い掛けに、幼い頃にも似たようなことがあったなとデジャビュを感じながら、ミッドチルダに来て最初の頃の教育課程で習ったことを頭の底のタンスから取り出した。
その一般的かつ意図的に問題点を隠蔽する言葉にクロノは頷いた。
ミッドチルダの今の教育体系では疑問をできるだけ持てないように、抽象的な言葉で教え込んでいる。だが、そんな付け焼き刃の小細工はいずれ矛盾を露呈し、必ず気がつく人間がいる。
そう、自分のように。

「あ、え、そういえばあまり気にしなかったよ」
「そうか、じゃあ、聞き方を変えてみよう。なのは。
ミッドチルダのあるこの次元世界に地球はあると思うか? そしてその地球は、なのはのすんでいた第97管理外世界の地球と同じだろうか? それとも、違うのだろうか?」

クロノの質問は、なのはも以前考えていた。しかし、目の前の現実と、魔導師としての実務でいつしか考えることを忘れていた。
そもそも、物理的にどれほど遠くても、次元転移すれば行き来は可能であって、感覚的にはそれほど遠くに感じる物でもなかった。

「……難しいね。でもその聞き方をするってことは、同じなんだね」
「……そうだ」

クロノの意図していることはなのはにも分かる。ユーノに出会い、そしてフェイトに出会い、目の前の青年に出会った。
簡単に言うと異次元人で別の惑星の人間。当時の言葉で言うとエイリアンとか宇宙人と同じ。
でも、映画で見るおどろおどろしい異星人のイメージは何もなかった。普通の人と同じ。何の気負いもせずにお友達になりたいと思い、実際に無二の友人となった。
地球に居を構えたフェイトやはやてと共に中学時代を過ごし、そして、ミッドチルダに移り住んだなのはにとって、次元世界は身近な物でしかなかった。
ちょっとハワイに行ってくる。的な感覚と何も変わらない。

「なのは。実は僕達の言う”世界”はすべて同じ宇宙の中にある。そして次元が異なるというのは、その”世界”の時間軸を含めた慣性座標系が異なるということを意味してるんだ」
「うーん、さすがに、よく分からないよ」
「す まなかった。そうだな、端的に言うと、それぞれの世界の位置関係ははっきりと決まっていない。次元空間的に隣接していたとしても、次元座標が分かったとし ても、実際の宇宙空間の座標ははっきりとわからない。さらにそれぞれの星系は恐ろしいスピードで移動している。そして、今は各次元世界の座標的な関係を正 確に計測していない。だから、亜光速宇宙船が、今どこを飛んでいるか、どの次元世界に影響を及ぼすか分からないんだ」

なのはは、クロノが報告を聞いてから、ずっと険しい表情を崩さなかった理由がようやく分かった。
亜光速宇宙船に積んでいるかも知れない武器よりも、その宇宙船がどこを飛んでいるかが問題だと言うこと。
そ して、現在のミッドチルダの次元世界の管理方法から考えて、どこの次元世界がその宇宙船に最も近いのか。それとも観測済みのどの次元世界とも遠く離れてい るのか分からない。要は、超弩級のロストロギアなのに、何も分からないことが、判断の根拠が何も無いことが問題だということ。

敵か味方か分からない。
どこにいるのか分からない。
いないかもしれない。
いつ来るのかも分からない。
来ないかもしれない。
でも、確実に存在している。

並べてみると指揮官にとっては頭の痛い問題だった。自分が戦隊指揮官であれば迷わず広域探査魔法をかける。まずは相手を認識できないと交渉も戦いもままならない。
しかし、広大な宇宙に飛んでいる船を探索する便利な探査魔法があるわけもなかった。それこそ砂漠から一粒のダイヤを探し出すよりも困難で、まず不可能だった。
そこまで考えて、ふとユーノの言葉を思い出した。ユーノからこの資料を受け取ったときに、頭をかきながら『どうせクロノのことだから、さっさと座標を出せとか言うんだよね』と言っていた。

「あ、ユーノ君が言ってたのはそれか」
「ん?」
「その資料の最後に、ユーノ君がミッドチルダを起点とした大体の位置関係を書いてるの。なんでも旧暦の極秘資料だから、精度は不確かだけど。って」
「なにぃっ!? それを早く言えっ!」
「ふぇぇ」

クロノはなのはの言葉に、提督としての仮面をかなぐり捨てて、少年時代に戻った時のように声を荒げた。
その迫力に、子供時代を思い出したなのはは思わず涙目になってしまう。なんとも情けない表情はとても部下達に見せられないものだった。
静かな会話から、いきなりきゃんきゃんと騒々しくなった二人の掛け合い漫才じみた様子を見て、カリムは、静かな微笑を浮かべ、冷え切った紅茶に口をつけた。この子達はまだまだ大丈夫だと。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「……なるほど。しかし、これではまだ不正確すぎる。もう少し正確な座標系を計測しないと」
「クロノ提督、でも表だって活動するには、大掛りすぎます」
「そうですね」

クロノがユーノの記述した資料と、管理局の次元世界チャートを見比べながら、雑多なデータを放り込んでは計算をしていた。
しばらくして手を止めた後、大きくため息をついた。
幸いなことと言って良いかどうかは分からないが、現在位置はミッドチルダからは遙か遠くに離れた場所らしい。が、放置しておくといずれ管理世界の一つに接近する可能性がある。
その意味で言うと時空管理局の提督という立場から、このロストロギアを無視することはできなくなってしまった。
ただし、未知の宇宙船の軌道はあくまでも二千年前の資料からの類推が多く、精度はかなり悪い。方向転換をしていれば根本から計算が狂ってしまう。
しかもこの船の現在位置を計測をしようとすると、かなり多くの機材を投入する必要があり、おいそれと手を出すことができない。
そもそも、このロストロギア自体を公開するかどうかも問題がある。
判断、決断が必要なことが山ほどある。
ただ、今の目撃情報も何もない不確定情報だけであれば、提督と言う自分の立場と裁量の範囲で秘密裏に調査することは可能だ。
カリムの言葉を聞きながらクロノは考え込む。

「機動六課の復活って駄目かな」
「それは僕も考えたが、名目がない。根拠がユーノの報告書だけ、さらに言うと推測でしかない現状では、あれほど大掛かりなものは不可能だ」
「そっか」

腕を組んで悩むクロノになのはが声をかけた。
機動六課。ある意味伝説じみた部隊ではあるが、今の状況証拠だけでは、一気に再編成することも不可能だった。
これが、当時の闇の書の様に、ロストロギアとして確固たる危険性を認知されているのであれば、緊急対応として設立の可能性もあるが、今の段階は、この宇宙船をロストロギアとして認定することは困難だろう。どう考えても情報が少なすぎる。

「クロノ提督」
「なんでしょう? 騎士カリム」
「それでは聖王教会からの依頼ということで特別調査隊を編成するように打診しましょう」
「いや、それは……」
「さすがにメンバーは絞る必要がありますが、今は混乱期でもありますし、比較的人事異動はやりやすいと思います」

クロノとなのはが眉をしかめて考え込んでいると、横合いからカリムが悪戯っ子のような表情を浮かべて、軽く手を叩いた。
確かに時空管理局と聖王教会は太いパイプがある。カリム自身も管理局で将官の地位を持っている。
しかし、管理局内部にも聖王教会の力が大きくなりすぎることを危険視する人間も多い。現状でこそ関係が良好ではあるが、公的機関がひとつの宗教に染まってしまう危険性は、クロノも十分に理解していた。

「ロストロギアに関連する起動六課の功績は計り知れないものがありますし、似たような組織形態はとれると思いますが」
「たしかに、そうですが」
「では、聖王協会からのロストロギア探索の打診ということではいかがでしょう? 打診を受け、自発的に体制を整えるという形で部隊編成は可能だと思います。ちょっと裏技も使わせていただきますけど」
「騎士カリム、裏技は頻繁に使えるものじゃありませんよ」
「わかっています」

カリムは義弟が管理局側の人間でもあり、クロノの友人でもあるので、若き提督の苦悩をよく理解していた。
聖王協会側から部隊編成に影響を及ぼす方向ではなく、あくまでも打診という形にすることで、主導権を管理局、すなわちクロノに渡した。
クロノは、そのこまやかな配慮に感謝しつつも、苦笑いを隠せなかった。
聖王協会が把握していて管理局が把握していないロストロギアがあるかもしれないという、神経を使うでっち上げを行う必要があるが、カリムの提案はかなり魅力的でもあった。

「……わかりました。なんとか調整しましょう。ですが、今すぐに、というわけには……」
「ええ、もちろんです。ということでなのはさん。しばらくはこちらに任せていただけますか?」
「はい。よろしくお願いします」

カリムは思案顔のクロノににっこりと微笑みかけ、そのあと、姿勢を正してなのはを見つめた。
目の前で繰り広げられる会話で二つの大きな組織が動くことを感じたなのはは、神妙な顔つきでカリムの言葉にゆっくりと頷く。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「う〜ん、やっぱ新造艦の匂いはええな〜」

比較的こじんまりとしたブリッジの全景を、一目で見渡せる場所に設置してある真新しいシート、即ち艦長席に座ったはやては思いっきり伸びをした。微かに残る殺菌用のオゾンが独特の臭いと、同時にまだ体に馴染んでいないシートが、新しい環境に来たことを強烈に訴えかける。
彼女の前には操舵席、航法管制兼通信、そして情報分析要員の特殊シートが整然と並び、主の着座を今か今かと待っている。

「そうだね、はやてちゃん、新しいからなんかわくわくするよ」

はやての横に立っていたなのはが、子供じみたはやての所作に軽く微笑みを浮かべた。
全天パネルの光に縁取られた、幼馴染みの顔を見上げたはやてがにんまりと笑った。
なのは達がいるのはL級をベースに機動性と情報処理能力を大幅に強化した、LU級巡航艦「サーブラウ」の艦橋だった。
秋に進水し、艤装、試運転が終わったばかりの新造船になる。

「しかし、クロノ君もやるなぁ、よくこのメンバーを集めたわ」
「ほんとだね。まさか”特殊部隊”になっちゃうなんてね」
「特殊部隊! ほんまにそうやなぁ」

は やては、なのはの言葉に、思わず噴き出した。確かにそうだ、この部隊は特殊部隊と言うしかない。思わずヴィータが持ってきた地球の古い映画を思い出す。誰 しも一目置く精鋭だが癖のある隊員で構成された小部隊で敵陣深く乗り込んで、幾多の困難を乗り越え見事難攻不落の敵基地を破壊するというオーソドックスな ストーリー。
確かに自分たちも全員規格外で一癖も二癖もある。まさに、映画そのものではないか。と、はやてはなかなかこぼれる笑いを止めることができなかった。

「統合幕僚監部特務機動隊。だよ。なのは、はやて」
「にゃはは」

なのはと顔を見合せて笑っていると、圧縮空気が軽く抜けるような音と共にブリッジの入り口が開いて、長い金髪の幼馴染が入ってきた。
言葉の上では異称を窘める内容だが、その表情は穏やかな笑みに彩られていた。

なのはがクロノとカリムに状況を説明した後、クロノは次元管理局で精力的に動いたらしい。
JS事件で被った被害の復旧や組織の再編で、上層部は慌ただしく動いていたが、特に変わった情報はなのは達に元には聞こえてこなかった。それだけに年末に突然辞令が出た時には驚いた。
管理局直轄の機動六課。一番端的に示したのが、正月の地球で出会ったクロノの言葉だった。
名目上の部隊長は統幕議長でもあるミゼット・クローベルが兼任し、実質的な部隊長としてはやてが任命されていた。
義妹であるフェイトですら初耳であったことを考えると、相当上位レベルで秘密裏に協議されていたのだろう。
なのは、はやて、フェイトと管理局のSオーバーランクの武闘派魔導師を集中させた体制が発表された時の、声にならない反響は相当の物があった。
辞令が出てから三か月あまり。突然の配置転換での引き継ぎやら、調整で忙殺されたが、ようやく本格的に部隊が稼働できる条件が整った。

「機動六課でも非常時はアースラに本部を置いてたけど、最初から次元航行船が本部設定って、あったかな?」
「うーん、ないとおもうけどなぁ。どやろ?フェイトちゃん」
「たぶん、はじめてだと思うよ」

三人は顔を見合わせた後、ブリッジを見渡した。
統合幕僚監部特務機動隊には隊舎が無い。いや、形ばかりの隊舎はミッドの統合幕僚監部の一角に置いてあるが、実質的な本部はこのサーブラウになる。
つくづく異例ずくめの体制に、上のほうの一部は相当気合いが入っていると三人は苦笑いを浮かべた。
特に部隊結成式の際に、部隊長の挨拶ということで壇上に上がったミゼットの、普段の温和な雰囲気を一変させる演説に三人は唖然とした。
部隊も人員こそ16名と最小規模だが機動力と攻撃力にウェイトを置いており、機動六課時代と同じく、なのはがアタッカー部隊隊長でフェイトがウイング部隊の隊長に任命されている。
そして、部隊の特徴を把握した時、『誰がこれ抑えるねん、私か? 私なんか? そもそも真ん中と後ろが私だけやんかっ』と、はやては頭を抱えてしまった。この時ばっかりは、クロノのお尻から尖った黒いしっぽがあるに違いないと真剣に思った。
そしてはやての守護騎士4名は、さすがに全員引き抜くのは無理だったのか、主任医務官としてシャマルが任命されている以外は部隊には配属されていない。
はやてとなのはに辞令が出て自分に出てないことを知ったヴィータは相当いらだったようで、『なのはとはやてが居て、なんであたしが選ばれてないんだっ!』と腕まくりをして人事部に怒鳴りこもうとしていた。
シグナムが一喝しなければ、本当に殴りこんでいたに違いない。
その代わりに、なのはとフェイトの部下達は小隊長クラスの人材で構成されていた。特に副隊長のアクセラ、サイオン両名は教導隊に配属されても違和感が無いほどの能力の持ち主で旧知の仲でもあった。

「あ、そうや、。フェイトちゃん。情報はもらえたんかな?」
「うん、もらえたよ」

ふと、はやてが閃いたように顔をフェイトに向けた。
フェイトは一人時空管理局次元観測センターに、ロストロギアの予測データを入手しに行っていた。
はやての言葉に頷いたフェイトは船体中央部にある作戦司令室に二人を誘う。

「どうだった?」

情報管制用のパネルが壁一面にこれでもかと言うほど設置された部屋の、円形で並べられている備え付けのシートに腰を落ち着けるなり、はやては目を輝かせてフェイトに食いついた。
フェイトははやての勢いに苦笑しながら、持って帰ってきたデータキューブをコンソールにセットしてチャートを立体表示させる。
星図らしき光点と説明用の注釈がなのは達の前の空間に広がり、そして画面の端から、ゆっくりと赤い円筒状の線が伸びてくる。
ユーノが存在を予測した亜光速宇宙船、認識名”リドレー”の推定航路だった。

「運がいいのか悪いのかわからないけど、第124遺棄世界のそばを通る可能性が高かったみたい。今観測網を広げてるみたいだよ」
「124ってどこらへんや?」
「えっと、ミッドの近くになるね」

フェイトが、はやての言葉を受けて、コンソールを操作する。
推定航路の先端が拡大され、星図と重なる。ミッドチルダと第124遺棄世界の二つの光点が拡大され、位置関係が示されていく。
近いと言っても、測定不能な次元世界や、違う銀河系と想定されるような次元世界に比べて、の話だが

「うーん、だとすると、かなり神経つかわなあかんのかな」
「どうかなぁ、近いって言っても、さすがに距離感が分からないよ」

なのはは、そこに示されている数値を読み取って、頭の中で換算する。光の速さで五千年という基準が、どうにもぴんと来ない。
ふと我に返って第97管理外世界を調べて見たが、測定不能との表示がむなしく踊った。
やっぱりよく分からない。
小首をかしげていると、フェイトが徐に”リドレー”の位置を点滅させ、ため息をつくようにつぶやいた。

「で、どうやってコンタクトを取るか。だね」
「フェイトちゃん。それやけど、そこを通るかどうかも、まだわからへんのやろ?」
「うん。実はそうなんだ」

思案顔のフェイトにはやてが、航路計算の諸元をチェックしながら声をかけた。
このデータはユーノの分析データを元にした、最も可能性の高い航路の計算結果ではあるが、あくまでも予測値あるため、元々の方向性に微妙な狂いがあると、まるっきりでたらめになってしまう。
今の軌道はあくまでも、前提に狂いがないと仮定した場合の物だった。
パラメータを少しいじって、シミュレートした結果を数パターン重ねてみて、航路予測が上下左右に乱舞するのを見たはやてはげんなりしたように、シート備え付けの簡易テーブルに突っ伏した。

「部隊の指揮やら作戦立案はできるけど、さすがにどこ飛んでるかどうかも分からんもんを探す作戦はわからんなぁ」
「大丈夫だよ。今、シャーリーが、航空宇宙研究所で観測データを貰いにいってるから」
「そないな部署あったっけ?」
「あるよ。次元航行船の設計とか、空隊向けのデバイスとか開発してる所なんだ」
「へー、技術系にも目をむけなあかんかなぁ」

はやての情けない口調にくすっと笑ったなのはが天井の発光パネルをつけ、部屋を明るくする。
暗闇に慣れた目を瞬かせながら、はやてはなのはの言葉に首をかしげた。あまり聞いたことのない部署名だった。はて、時空管理局にそんな部署があったかな? と眼をぱちくりさせる。
なのはがよく知った部署の様に話すのを聞いたはやては、そういえば戦技教導隊は新装備のテストとかやってたし、その関係やろなぁ。と漠然と理解した。

「だけど、こうしていると、なんだかなつかしいね」
「なのは……」
「フェイトちゃんとはやてちゃんとわたし。家族みたいなもんだもんね」
「そやな。ずいぶんいろんなことがあったけど、なんだかんだで、ずっと一緒やしな」
「うん」

はやてが、呆けたように意識を宙にとばし、フェイトがデータを操作して難しい顔をしている。そんな二人を眺めていたなのはが、ゆっくりと微笑んだ。
ふっと顔をあげた二人は、なのはの言葉に顔を見合せて、なのはと同じように笑みを浮かべる。
確かに、この三人で何かをしようとするのは懐かしい気がする。
中学に通っていた頃、並行して嘱託魔道師として時空管理局で働いていた。その時は一緒だったが、一人前になってからは別々の道を選び、そして歩んできた。
よく考えれば、10年程しか経っていないのだが、その間の濃密な経験は地球でいたころの何十倍にも感じられていた。
そのうえ、なのはには養子とはいえ子供までできている。

ふとはやてが思い出した。

「そういや、ヴィヴィオはどうしたん?」
「ヴィヴィオは実家に預けてきたよ。ちょうど春休みだし、アイナさんもたまにはお休みとって貰いたいし」
「そっか」
「うん」

基本的にミッドチルダの高町・ハラオウン家は通いで六課時代からの知り合いであるアイナがホームキーパーとして来てくれている。
家人両名が留守がちなので、アイナに頼る頻度も高く、ほとんど毎日お世話になっていた。
今回の辞令で、出張が長引きそうだと判断したなのはとフェイトは、アイナの休みを兼ねて、春休みの間はヴィヴィオをなのはの実家に預けることにした。
もし春休み中に帰ってこれなかったら、リンディに後のことを任せている。
ヴィヴィオにその話をした時、半ベソをかきながらも気丈に頷くのを見て、思わず貰い泣きしかけたなのはが涙眼で小さい体を抱きしめた。
その時の情景を思い出したのか、なのはの表情が曇る。
しんみりしそうな雰囲気を変えようと、あわててフェイトが手を叩いた。

「あ、そういえば、正月は皆で集まってね。桃子さんとか、大はしゃぎでね。楽しかったよ」
「やろうなぁ、目に浮かぶわ」
「はやてちゃんもくればよかったのに」
「いや、それはさすがに迷惑やろし」
「カレルとリエラもヴィータやザフィーラに会うのを楽しみにしてたんだよ」

フェイトの配慮に、なのはがくすっと笑って感謝の目を向ける。

海鳴の高町家には何度か顔を出してるので、ヴィヴィオ自体も気後れするようなことはなかったが、せっかくなので、と忙しい大黒柱をなんとか呼び戻したハラオウン家も新年の挨拶がてら集まることになった。
総勢十三人にも膨れ上がった新年会は想像した以上に賑やかで、クロノ酔い潰し事件や、アルフを筆頭に子供達の大騒動と休みはあっという間に過ぎ去った。
そんな正月の短い休みの話で盛り上がっていると、はやてのコンソールに呼び出しのコール音が響いた。

「八神部隊長、ただいま戻りました」
「はやてちゃん、ただいま帰りましたー」
「あ、シャーリー、リイン。ごくろうさん」

フェイトと同じように航空宇宙研究所で、観測データを確認に行っていた二人からの連絡だった。。
しばらくして作戦司令室に入ってきたシャリオがリインを肩に乗せたまま、早速データを展開し始める。
シャリオの踊るような指先が次々とデータを展開し、様々なウインドウが広がっていく。
なのは達はその様子をじっと見つめる。やがて、できました。というシャリオの言葉と同時に、立体表示された製図に新たな情報が書き加えられていく。

「このように第124遺棄世界の恒星を利用した重力カタパルトで、観測衛星を加速させて”リドレー”の捕捉を試みました」
「簡単に言うと、宇宙船の前に蜘蛛の巣状に張り巡らせた網を広げたんですよー」
「なるほど」
「へぇ」

観測衛星は五か月前、即ちなのはが報告した一か月後には射出されていた。たった一か月で衛星を手配して観測体制を整える、その動きの早さにクロノの本気度が感じ取れる。
そもそもフェイトが入手してきたデータ自体がクロノが計算させたデータでもある。
シャリオとリインフォースが交互に説明するのを、なのは達は真剣な表情で聞いていた。

「で、結論はどうやってん?」
「百機の観測衛星を飛ばして、一機だけ観測に成功しましたっ」
「ほんまか」

第124遺棄世界を示す光点から、青い細線で描かれたメッシュが、”リドレー”の予測航路に重なるように広がり、メッシュの最外縁部の角の一点がグリーンに点滅する。
そして、航路予測の赤い円筒が消え、かなり外れた所にぽつんと赤い光点が輝く。次々とその光点に関する補足説明が空間ディスプレイ上に広がっていく。

「これが”リドリー”……」
「ええ。これで次元転移も可能になります」
「っちゅうことは……」
「うん」

シャリオとリインフォースの、どこか誇らしげな表情を見て、よし。と気合を入れなおし表情を改めたなのは達三人は勢いよく立ちあがり、顔を見合せて頷いた。

「ほな、統合幕僚監部特務機動隊。活動開始やっ!」

はやての宣言で、新しい部隊の本格的な始動が始まった。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「八神副隊長! 船の近くに転移させた調査機器がすべてロストしました!」
「なんやて」

次元空間中で微速前進しているサーブラウのブリッジに、シャリオの緊迫した声が流れる。
操舵担当のルキノも、航法担当クルーとして新たに配属されたメイフェアも思わず、艦長席に座るはやてを見つめた。
できるだけ相手を刺激する気がないはやては、事前に用意していた光学迷彩まで組み込んだステルス性能の極めて高い探査機を五機、次元転移で”リドレー”の周囲に送り込んだ。が、探査データを送り始めたかと思った次の瞬間にはすべての探査機器が沈黙した。
作戦司令室に詰めているなのはとフェイトから通信がオープンになる。

「ちょっとまずい状況かな」
「敵と認識されちゃった……かな? 八神副隊長」
「そうかもしれん。けど、こないあっさりと、あのステルスを破るってことは、普通のレーダーやないなぁ。この船でも厳しいで」

なのはとフェイトが空間ディスプレイの向こうで難しい表情を浮かべる。
確かに探査機器を送り込んだことは、相手の気分を害する可能性がある。なのでできれば気取られずにすむような機体を選んだ。
ミッドチルダの通常の艦船では、ほとんど判別不能なレベルの物のはずだった。
が、問答無用で全機を一気に捕捉し破壊してくるとなると、既に敵対状況になっていると考えても差し支えない。
そして、わかることがいくつか。

まだ、宇宙船は”生きて”いること。
懸念していた兵器を持っている可能性が高くなったこと
高度なステルス機器を即座に認識し、迎撃できるテクノロジーを持っていること。

どれ一つとして安心できる状況ではなくなってきた。
はやては、手持ちの人材と機器を頭に浮かべ対策を考え始めた。
シャリオ達は顔を見合わせた後、副隊長の思考の邪魔にならないように、それぞれのコンソールに向かう。

「シャーリー、今までの情報で宇宙船の構造ってわかるやろか?」
「やってみます」

固いはやての声にシャリオが振り返って、頷いた。
シャリオは、複雑なコンソールを呼び出して、探査機から送られてきたわずかな情報から”リドリー”の構造を構築していく。
次第に”リドリー”の全容が浮かび上がってくる。
今までに見たどのタイプの次元航行船とも異なる全長20Kmの尖鋭的な姿。中央部後方は直径で4Kmはあろうかと思われる巨大なリングを持ち、そこからは6Kmにも及ぶ円筒形の、主砲だろうか? が存在を強烈に主張している。
未知だった”リドリー”の圧倒的に巨大な姿が明らかになるにつれ、驚きの声が上がっていく。
そして特筆すべきは、船体上部に生えている巨大な樹。そして、”リドリー”を取り巻く呼吸も可能な空気の層。どれもこれも今までとスケールが違っていた。

「未知のバリアーに包まれていますので、完全ではありませんけど……」
「なんや、あれは……木……か?」
「……としか見えませんね」

シャリオの手が目まぐるしく動く中、はやての唖然とした声が響いた。
ぴんと張ったヴァイオリンの弦はじくような音がして、を作戦司令室からの通信が繋がり、シャリオの横の空間ディスプレイになのはの姿が浮かぶ。

「船内に転移可能なエリアはある?」
「ちょっと待ってください。……あります! 船内に大空間が。あ、大変です! 生命反応がありました」
「……そっか」

なのはの言葉に、頷いたシャリオは”リドリー”の構造ブロック図に変えていく。辛うじてバリアーの内側に入った機体から送られてきたデータの断片を分析していたシャリオは、しばらくして歓声を上げた。
が、生命反応という言葉の意味を理解して声を失った。その場にいた全員が硬直する。
これで、”リドリー”をそのまま破壊するオプションも失ってしまった。
そして、なのはの意図に気がついたはやてが、コンソールに手を叩きつけて立ち上がる。

「あかん、なのはちゃん、それはあかん」
「でも、今の状況だと、わたしが強行偵察するのが一番だと思うの」
「危険すぎる、そんなん許されへん」

はやては厳しい表情と声で空間ディスプレイに映るなのはを見つめる。
なのははディスプレイの向こうで、静かにはやての眼を受け止めている。
確かになのはの言うとおり防御能力に長け、経験豊富な人間を偵察に出すことは一瞬考えた。だが現時点では、あまりにも相手の情報が少なすぎる。そのうえ問答無用で攻撃される状況だ。
この状況下で、部下に『突入せよ』などと口が裂けても言えない。それに、今の段階で、そこまでの犠牲を考えなければならない様な背水の陣を引く必要もない。

「でも、このままだと敵だと誤解されたままになっちゃうよ」
「しかしなぁ。……分かった。ちょい待ち、コンタクトをとってみるわ」

はやての判断は”一端退却して体制立て直し”らしい。しかしなのはの判断は違った。
作戦司令室でシャリオの情報を確認していたなのはは、生命反応があるという時点で、ただのプログラミングでの迎撃ではないと考えていた。
であれば、こちらから通信をするか、出向いて状況を確認するか。
なのはの真剣な表情を見て、ふぅとため息をついたはやては、メイフェアに相手とコンタクトがとれるかどうか確認させた。
通信用の小型ポットを次元転移させてみたが、結果は芳しくなかった。
じりじりとした時間が過ぎる中、ヘッドセットをつけてコンソールに向かっていたメイフェアが、はやての方を振り返って首を振った。

「だめです、隊長。通信ができません。相手のバリアー外からはコンタクトできず、内側に入ったら即座に破壊されます」
「そっかぁ、わかった」

メイフェアの困惑した表情に頷いたはやての横に空間ディスプレイが展開され、真剣な表情のなのはが映る。

「はやてちゃん、やっぱりわたしが行くよ」
「はやて、私も一緒にいくから。危険も半減するし、どんな対応でもとれると思う」
「フェイトちゃん」

なのはの言葉に重なるように、もう一つのディスプレイが展開してフェイトの姿を映し出す。
ディスプレイの向こうで、なのはがびっくりしたように横を向いた。
はやては、上長命令で止めることもできたが、この二人の意見が合っている時に権限を使う気にはなれなかった。冷静にリスクを計算する。

「一人より二人。だよ。なのは、はやて。私たち二人いれば大丈夫。……でもはやてはだめだよ。部隊長なんだから」
「フェイトちゃん……こないなことになるんだったら、誰か他の人に現場隊長してもらうんやった」

作戦司令室で驚きに丸くなった目のなのはは、フェイトがくすっと笑って、バルディッシュを取り出したのを見て、顔を見合わせてぷっと吹き出した。
確かに、金髪の幼馴染と一緒であれば何が起きても大丈夫。なのはもゆっくりとペンダント状にしているレイジングハートを取り出して見つめる。艶やかなルビーの様なレイジングハートがなのはの期待に応えるかのようにきらりと光った。
フェイトはディスプレイの向こうで複雑そうな表情を浮かべたはやてに笑いかける。
これまた、幼馴染の言葉に苦笑を浮かべたはやては、苦虫を噛み潰したような表情で頬をかいた。

「もぅ、しゃーないなぁ」
「もし、私たちがロストしたら、即座に次元転移で、ミッドチルダへ……ね」
「フェイトちゃん。縁起でもないこというんやったら、許可せぇへんで」
「大丈夫だよ、はやてちゃん。なんとなく、そんな気がするんだ」
「なのはちゃんがそこまで言うんやったら、ま、えっか。でも危険を感じたら即座に引き上げること。これは守ってや」
「うん、わかった」

艦 長席のはやては、幼馴染の頑固さに、翻意をあきらめた。まあ、確かにあの二人、それも今はリミッターなどという無粋な制限も受けてない。管理局の誇るS+ クラス、今だと二人ともSSクラスに上がってるに違いない無敵のツートップであれば、何があっても帰ってこれるだろう。
はやては決断すると、矢継ぎ早に指示を出し始める。軽く敬礼したなのはとフェイトは副隊長に体制を整えるように指示を出しながら、サーブラウの転移ルームに急いだ。

「転移ポイントの設定完了です。用意はいいですか?」
「うん、大丈夫」
「ん」
「気をつけて行ってくるんやで。危険を感じたら、即座に転移すること。ええか、ほんまにわかってるか?」
「うん。大丈夫だよ、八神隊長」
「それでは転移します」

バリアジャケットになり、レイジングハートとバルディッシュを握ったなのはとフェイトは、はやての念押しに苦笑して、でも一分の隙もない敬礼を返し、そしてメイフェアの言葉に頷いた。
転移ルームに円形の魔方陣が広がり発光を始める。
回転を始めた魔方陣の周りに陽炎のような揺らめきが広がると同時に、なのはとフェイトの姿が消えた。

「転移、成功と思われます」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、無事に戻ってきてや」

メイフェアがコンソールを確認した後、振り返ってはやてに報告する。
その言葉を聞いたはやてはコンソールの上で手を組んで額を乗せる。今はただ二人の無事を祈るしか無かった。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


本来であれば転送に関しては衝撃も何も無いのだが、少々無理矢理突入したことも影響しているのか、なのはもフェイトも体中を走った乗り物酔いの様な不快感に顔を顰めた。
次元空間特有の暗い空間を抜けた次の瞬間、閉ざされた瞼に、明るい光が差し込んでくるのを感じた。

転移の違和感が抜けたなのはとフェイトの耳に、そよぐ風が揺らした葉鳴りの音がする。
それこそ、ミッドチルダの高原に、みんなでピクニックに行った時のような、さわやかさを感じる。
髪がそよ風でなびき、マントをはためかせる。そして鼻腔をくすぐる草や花の香り。
ゆっくりと目を開けるた二人の前に、真っ白いシロツメグサが満面に咲いている草原が広がっていた。

「え? ここって……、フェイトちゃん?」
「なのは、ここは……」

あわてて周りを見渡すと、空は青々と広がり、白い雲がゆっくりと流れている。
所々、大地に突き刺さった航空機の様な物の残骸があり、何らかの金属のカタツムリを模したような建造物がある。
そして遙か向こうには巨大な樹が見える。たぶん船体上部に出ていた樹なのだろう。
(これが”リドリー”の船内なの?)
なのはとフェイトは、その、あまりにも平穏すぎる、そして船の中としては異質すぎる光景に呆然としていた。
《master!》《sir!》
レイジングハートとバルディッシュが同時に点滅し、己の主人の注意を引く。なのはとフェイトがはっと我に返った。
その時、二人に声がかけられた。

「ねえ、君たち誰?」

不意に声をかけられたなのはとフェイトは、ターゲット陣内に突入して、呆けてしまうと言う致命的なミスをした自分に、心の中で叱咤した。
瞬時に声の方を振り返り、レイジングハートとバルディッシュを構え、相手に突き付ける。
だが、目の前に立っている存在を確認し、眼からの情報が頭の中で結実した時、なのはは唖然とし、フェイトが呆然とつぶやいた。

「え? エリオ?」