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りりる-3



穏やかな日差しと風がその世界を渡る。ふっと見上げれば青空と白い雲がいつものように広がっている。
遙か向こうには、これまた見慣れた巨大な樹が静かな存在感を誇っていた。
草原の中に所々見える蝸牛か何かの昆虫を模したような丸みを帯びた建造物、その中の比較的大きな建物の中に、住人が集まっていた。
この”世界”の住人ではない ―例えば、なのはやフェイトの様な― 存在から見たら、ある意味異様な光景ではあるのだが、当の”世界”の住人にとっては、これが日常的な光景だった。

観光用の屋根がない二階建てバスの様に、開放感溢れる天井の無い建物の中で、彼等は整列した机に座っている。
そもそも、この世界に”雨”や”嵐”など起きうるはずもなく、人間の不快な気候になることも……ほとんど無い。
ある意味、そこら辺の草原にベッドを置いて生活しても何ら支障がない。
従って天井の必要性はまるでなく、閉鎖的な建物は無かった。
そして、その住人が集まっている場所。そこは学校だった。誰がなんと言おうと学校だった。
たとえ、生徒の半数以上が無機質な金属で覆われたキノコ状の作業機《セイバーハーゲン》であったとしても。
たとえ、人の様に見えるが、一名を除いた全員が、高等被造知性《チャペック》だったとしても。
本来、教育など必要ですらなく、彼等の電子頭脳であれば、その気になれば1フェムト秒以下で記憶分析ができる物であったとしても。
心《レム》を得た彼等にとって”学校”に通って学び、”生活”することは、この上もなく大事なことだった。

彼等はその”世界”の住人。
壊れかけた、いや、既に壊れてしまった文化を、人間《マンカインド》の為に自らが守っていこうと心《レム》に誓った、”人”だった。

とはいえ、彼等の精神年齢はまだまだ未達なのも事実で、授業中にこっそりとおしゃべりをしたりするのも、良くあることだった。
そして、今も。

教壇の前で紫の髪で琥珀色の眼とEES《レンズ》をした肉感的な女性、この世界でたった一人の先生が、片手に”教科書”を持って朗読していた。
ある者は、細長いアームの先の三つ叉の手で器用に”教科書”をもって光学的に”読み”、ある者は机に広げて”読んで”いる。
そしてその世界の唯一の人間《マンカインド》と、その友人でもある作業機《セイバーハーゲン》のタイショー《F−605》は本を机にたてて、身を隠したつもりで、こっそりとひそひそ話をしていた。

(なあ、タイショー、それでいいんちょうとは、どうなったんだよ)
(ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー)
(なんだ、一緒に帰っただけなのかよー、ちぇっ)

本人達は誰にも気がつかれないようにしゃべっているつもりでも、先生であるR−コバトムギのEES《レンズ》にはしっかりと捕らえられていた。

「こら、イチヒコ、タイショー、授業中におしゃべりするのは駄目だぞ」
「ウィ、ムシュー」
「ごめんなさい」
(タイショーがうるさいからばれちゃったじゃないか)
(ウィムシューウィムシュー)

R −コバトムギは、首を竦めて形ばかりの謝罪をした後に、タイショーに向かって、ささやき声でぶうぶう言うイチヒコと、顔を真っ赤にして(まあ、実際にセイ バーハーゲンの金属のボディが真っ赤になることなどは無いが、R−コバトムギはマンカインドの表現を多少知っていたので、このような古典的な表現を使うこ とができる)僕のせいじゃないと反論するタイショーを見て、ふうとため息をついた。
まあ、あれくらいの年頃の子は、異性に興味があるのも知っているし、あの二人のやんちゃさは今に始まったことではない。
視線を感じたのかイチヒコとタイショーが慌てて教科書を持ったのを確認した後、R−コバトムギは再び教科書に眼を落とした。

「じゃあ、次の文章を読んでもらおうか……。そうだな、クラス委員として見本を見せてくれ。いいんちょう《C−101》」
「ウ、ウィ、ムシュー」

R−コバトムギがそう言って、教室を見渡すと、教室の中に微かなイオン臭が漂った。当てられるのか? と生徒達、特にセイバーハーゲン達に緊張が走る。今読んでいるのは、マンカインドの古典的な物語であって、非常に難解な物だった。
R−コバトムギが、黄色いボディのいいんちょうを指名したことで、一気に緊張がほぐれていく。
いいんちょうは緊張の面持ちで立ち上がり(とは言っても足があるわけではないので、浮遊高度を少し上げて)教科書を読み始める。

「ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィウィウィウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー
……
ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー、ウィ、ムシュー」
「はい、そこまで」

R−コバトムギが、淀みなく朗読するいいんちょうに満足げに頷きながら、文節で区切った。
そのあまりにも見事な朗読に、セイバーハーゲン達の間にどよめきが起きる。

「すばらしい。さすがいいんちょうだな。みんなも見習っていいんちょうの様に、教科書を読むんだぞ。
それと、これは宿題だが、ここで出た”サイトがぱんつのごむに切れ目を入れて、ルイズが”と言うくだりにある、”水汲み場”と言うものが何なのか、それぞれ想像して絵に描いてきなさい。期日は明日だ」

R−コバトムギの賛辞に、てれくさそうにいいんちょうが席に座り、そして周囲のセイバーハーゲンの尊敬の眼差しを受ける。
だが、唐突に出された宿題に、教室が蜂の巣を突いたように騒然となる。
そもそも、彼等にとって水汲み場? とは何か、想像すらできない物だった。更に、それを絵に描く。などという文化的で雅やかな行為など、果てしなくハードルが高いとしか思えない。

「えー、無理だよー」
「ウィ、ムシュー」

そして、それはイチヒコや、タイショーも一緒だった。
机に突っ伏してぶーぶーと不満を言い始める。

「こらそこ、イチヒコ、タイショー。文句は言わない。ちゃんとやってくるんだぞ」
「はぁーい」
「ウィ、ムシュー」

ふくれっ面のイチヒコとタイショーを見て、思わず吹き出したR−コバトムギだったが、にっこりと微笑みながら、それでも釘を刺すことは忘れなかった。
先生の方針が変わらないことを理解したイチヒコとタイショーは、あきらめたように返事をする。

「じゃあ、次、R−ミズバショウ」
「……」
「R−ミズバショウ? どうした?」

ひとしきり騒動が落ち着いたのを見て、再び教科書を見たR−コバトムギが、柔らかく波打つ豪奢な金髪の女性を指名した。

R−ミズバショウ。この世界の中でもっとも知性ある高等被造知性《チャペック》の一人であり、この世界の指導者でもある彼女。
本来であればR−コバトムギはモジュール卿《ロードモジュール》と敬称で呼ばなければならない程、偉い存在であるはずだが、この学校の中では、彼女もR−コバトムギの生徒という立場だった。
だが、その”彼女”はR−コバトムギの呼びかけにも一切応じずに沈黙を守っていた。よく見れば、彼女の青いEES《レンズ》が明滅していた。
そ う言えば、先ほどから、本当であればイチヒコやタイショー達と一緒になって宿題に文句を言うR−ヒナギクや、いいんちょうに対抗するように朗読を始めるR −シロツメグサも静かだな。と思い至ったR−コバトムギの眼は、Rーミズバショウと同じくEESを明滅させる二人を見いだした。
何かあったのかな? と小首を傾げると同時に、R−ミズバショウががたんと音を鳴らして立ち上がった。

「すみません。コバトムギ先生。急用ができました。ヒナちゃん、一緒に来てもらえるかしら?」
「……わかったわ」

真剣な表情でR−コバトムギを一瞥する。同時に桃色の髪でエメラルド色の眼とEESを持った少女が立ち上がった。
R−ミズバショウにヒナちゃんと呼ばれたR−ヒナギクも厳しい表情をしていた。
そのまま足早に教室を出て行く二人を見送りながら、R−コバトムギは何か重大な問題が持ち上がったことを察知した。

「うむ、そうか。それなら仕方がないな。ん? そろそろ時間か。よし、今日は少し早いが授業はこれで終わりだ」

R−コバトムギの言葉は、当事者以外の生徒にとっては突然降ってわいたプレゼントの様な物だった。生徒達は一気に弛緩したようにおしゃべりを始め、帰宅の準備を始める。

「やったー。なあタイショー、原っぱでボール遊びしようよ」
「ウィ、ムシュー」
「え? だめなの? つまんないのー」

思いもよらない自由時間ができたイチヒコは、いつものようにタイショーを遊びに誘った。だが、タイショーはゆっくりと首を振って残念そうに、この後に用事があると言い出した。
それを聞いたイチヒコは、口を尖らせた。
仕方が無いじゃないか。前から決まってた用事なんだから。と言いつのるタイショーに不承不承納得したイチヒコは自分の教科書をかばんに詰める。

「……イチヒコ、暇そう」
「しろ姉。ヒナとみず姉どうしたの?」

そんなイチヒコの肩に青い髪でルビーの様なEESと紅茶の様な色の瞳を持った”姉”であって”お父さん”のR−シロツメグサがそっと手を置いた。
先の”姉”であって”お母さん”なR−ミズバショウと共に、この世界の指導者の一人で、もっとも”かしこい人”でもある。
イチヒコはR−ヒナギクとR−ミズバショウが険しい顔をして教室を出て行ったことに、ちょっと引っかかっていた。
あんな表情は今までほとんど見たことがない。見たとすれば、R−ベニバナとの諍いの時くらい。
でも、その確執の原因となった三等船室の人達は、全員1年以上も前に入植惑星に移住している。
実質的に、今のこの世界で、問題になりそうなことはほとんど無いはずだった。

「……用事」
「ふうん」

イチヒコの問い掛けに、R−シロツメグサは眉を寄せて悩んだ表情を浮かべる。しかし、それも一瞬のことで、瞬きする間にいつもの表情に戻っていた。
いつもと同じ様なしろ姉の簡潔な言葉に、イチヒコはこれ以上聞いたらまずいかな? と思ってかばんを手に取った。
教室を出たイチヒコの横に、しろ姉が寄り添うようについてきているので、イチヒコは何となく恥ずかしくなった。
それほどしろ姉と会話があるわけではないが、昔ほど取っつきにくい印象は薄れている。ほとんど変わらない表情の中でも、何となく感情の揺れが分かるようになっていた。
そして、今は……。

(嬉しいのかな?)

学校からの帰り道、しろ姉と二人だけで歩くなんて殆ど無いからなのか、イチヒコにはなんとなくしろ姉が上機嫌な様に見えた。
横顔をそっと伺っていると、なに? と言う風にしろ姉が、顔を向けた。

「あ、え、えっと、し、しろ姉は用事ないの?」
「……ある」

ヒナやみず姉と同じくらい、綺麗なしろ姉の笑顔に、そんな表情などほとんど見たことがないぼくは、思わずどきっとする。
心臓がとかとかとんと音を立てて耳から飛び出そうだった。
なんとなく、しろ姉にどぎまぎしていることを知られたくないので、慌てて思いついた質問を投げかけた。
でも、その言葉を聞いたしろ姉の表情がさっと強張った。
いままでのぼくだったら分からなかったかもしれないけど、いまだと分かる。
さっきのヒナもみず姉も、今のしろ姉も同じような表情だった。
それは、あの時と同じ。ぼくのことを思って、みんなでぼくのことを心配してくれていた時の表情と同じだった。
あのトウモロコシプラントの中のお弁当。余計なことを知ってしまったぼくの為にみず姉が作ってくれたお弁当。
それはとても優しい嘘。記憶を操作してまどろみの繭に戻そうとしてくれた行為。結局はヒナが、そんなのは間違ってる。って大暴れしたっけ。
でもそのヒナも今日は同じような顔だった。だから、ぼくは気がつかないふりをしなくちゃ行けないんだろう。
だって、みんながぼくの為に、隠した方がいいって思ってるんだったら、ぼくは知らないふりをしなくちゃいけない。
ぼくを心配してくれているみんなのために。
みんなのために心配をかけさせたくない。ぼくのためにみんなが、あんな喧嘩をしないように……。

「ふぅん、そっかー。タイショーも遊べないって言うし、つまんないよー」

R−シロツメグサはイチヒコが、屈託もなく口を尖らせるのを見て、密かな緊張を解きほぐす。
みんなで幸せにすると誓った以上、イチヒコを不安にさせたくない。この小さな、そして大切な大切なマンカインドは何があっても幸せにしないといけない。
そんなことを考えながら、隣を歩くイチヒコの横顔を見ていると、R−シロツメグサは無性にイチヒコを抱きしめたくなる衝動に駆られた。
でもイチヒコはR−ヒナギクと”好きなやつ同士”だから無闇に抱きしめては行けないらしい。

「あれ? しろ姉?」

隣を歩いているはずのR−シロツメグサが、立ち止まっていることに気がついたイチヒコは小首を傾げて振り返った。
そこには、微かに頬に朱を差した”姉”が居た。
どうしたの? と声に出すより早く、R−シロツメグサが手をのばした。

「……イチヒコ。手つなぐ」
「え? しろ姉と?」
「……そう。……いや?」
「うーん、嫌じゃないけど」

イチヒコは最初戸惑ったように、照れくさそうにしていた。
昔だったら、即座に『え〜、いやだよぉ。恥ずかしいよ』と走って逃げて行くのだが、最近はなんだかんだ言っても、ちゃんと応えてくれるようになっていた。
R−シロツメグサもR−ミズバショウも、その変化がとても嬉しかった。

「なら、つなぐ」
「……うん」

おずおずと差し出された小さな手を、白い繊手が包み込むように握った。
微かにイチヒコの体温が上昇し、心拍数が上がったことがR−シロツメグサには感じ取れた。
イチヒコのとかとん、とかとんと響く鼓動を、心地よく感じながらR−シロツメグサは再び歩きだす。
今はそれだけでいい。一緒に居られるだけで。

自分やR−ミズバショウ、タイショーや、個人的には非常に不本意ではあるがR−ヒナギクと心を通わせたイチヒコは、よく笑うようになった。無邪気な笑顔や、優しい笑顔。それが眩しかった。
この世界に残ることを選択し、自分たちと共に旅をすることを選んだイチヒコ。
今までと変わらない世界を、そして、自分達を家族として受け入れてくれたイチヒコ。
R−シロツメグサにはその日常を過ごすことができることが何より嬉しかった。
新しいイチヒコが生まれて、自分が”おじいさん”になるかもしれないと言うことは、心《レム》にさざ波を立てているが、同時にとても楽しみにもしている。

だが、それもこれも、このまま平穏な毎日が続けば。の話。
だから、それをかき乱すような問題は断固として排除しなければならない。
R−シロツメグサは、愛しいイチヒコの手のぬくもりを感じながら、決意を新たにしていた。

「……イチヒコ。少し待つ。用事終わったら、一緒に遊ぶ」
「うん、じゃあ、ぼく、原っぱで遊んでるよ」
「……わかった。用事、早く終わらせる。念のため、さんしょうお、連れて行く」
「はーい。じゃあ、さんしょうおと遊んでるね」

家に帰ったイチヒコは、さんしょうお ―R−シロツメグサの一部でもあるドレクスラー《ナノマシン》の集合体生物:見かけはR−シロツメグサと同じ彩色の変なウサギ?― をつれて、草原の方に駆けだした。
それをゆっくりと見送ったR−シロツメグサは、世界の維持管理を行う為、定位置でもある大樹の下の空き地に向かって歩き出した。
教室を出がけに青い顔のままでEESで通話してきたR−ミズバショウの言葉がR−シロツメグサの心に言いようのない震えをもたらしている。

『しろさん、最悪の場合は化学兵器を打ち込まれる可能性があります。その時のために、いつでも無害化できるように艦内環境に十分の注意を払ってください』

「……絶対守る」

イチヒコは絶対守る。

何があっても。

R−シロツメグサは口を引き結び、剣呑な光を目に宿しながら、ゆっくりと草原の道を歩いていく。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


時間は少し遡る。

R−コバトムギの朗読は非常に難解で、R−ヒナギクには何が何だかちんぷんかんぷんだった。
そもそも、教科書の題材にしている物も、R−シロツメグサが管理している”図書館”にあった物を流用しているらしい。
そんな高度に文化的な物語を教科書にしても正直言ってついて行けない。
R−ヒナギクは横でくだらないことを言っているイチヒコとタイショーの会話を子守歌代わりに寝てしまおうかとすら思っていた。
思わず、今日12回目のため息をつく。
ふと、顔を巡らせるといつもならにこにこと授業を聞いているはずのR−ミズバショウの表情が険しい。おまけにEESが時折光っているところを見ると、司法HALあたりと会話しているようだ。
本来であれば、自分のあずかり知るところではないが、あまりにも顔色が青いため、どうしても気になった。
軍事用のチャペックとしての”嫌な予感がした”と言って良いだろう。

『どうしたの? R−ミズバショウ。顔色が悪いわ』
『あ、ヒナちゃん……』

授業中、というかイチヒコのいる前でのEES会話は禁じられているが、それでもR−ヒナギクはその禁を破ってR−ミズバショウに話しかけた。
そして普段であれば、真っ先にたしなめるR−ミズバショウは気が抜けたように返すだけだった。
尊敬するR−ミズバショウのその姿に愕然としながらも、R−ヒナギクはできるだけ刺激しないようにそっと話した。

『そんな表情だと、みんなが心配するわ』
『……航行HALが周辺空間に人工の機械を急に探知したらしいの』

そんなR−ヒナギクに、R−ミズバショウはつぶやくように応えた。
その言葉にR−ヒナギクは眉を寄せた。
そもそも、航行HALは極めて光速に近い速度で飛ぶこの船が浮遊物などに激突しないように、特大のEESで周辺を常時警戒している。
光学的、電磁波的感知を越えた高々次(第六次元)超知覚センサー、EES。R−ヒナギクや、R−ミズバショウも持っている、このアリシアンレンズの力によって光の速さで飛ぶ船でも安全に周りを”知覚”することができる。
それだけに航行HALが、人工物を事前に感知できていないと言うことは、あり得ない出来事でもあった。
それこそ、その機械が無から突然涌いて出てきたのでも無い限り。
R−ヒナギクは、その点が気になっていた。
怪訝そうなR−ヒナギクに、R−ミズバショウが弱々しそうな表情を向ける。

『人工?』
『ええ、そうらしいわ。……で、司法HALが航宙法特別回避法第42条に従って、排除することにしたらしいの』
『え? 排除って……』
『ヒナちゃん、覚えてる? 昔に何度かあったわよね。事前通告なく、船の大気層に進入した他勢力は敵対行為と見なす……』
『ち、ち、ちょっとまって、R−ミズバショウ。その機械って兵器なわけ?』
『……たぶん』

特別回避法。
深宇宙をたった一隻であてもなく移住先を探す移民船にとってどうしても避けられない、外的要因による危険事態への対処。
それは自然現象が引き起こす問題かも知れないし、知性体が引き起こす問題かもしれない。
交渉事が通じる相手であれば問題ないが、そうではない場合にどうするか。
特にこのサン=テグジュペリ号は何度か、他国の船と遭遇したことがある。そしてこちらには理解不能な基準で遭遇した船と幾度となく戦いになっていた。
その時の不幸な出来事の反省により、当時のマンカインドによって立法化された第42条。
相手の反応を待っているようなのんびりした対応だと、返答以前に致命的な攻撃を受けてしまう。それに対応する為に、事前通告無しに、接近する製造物は無条件で排除すると言う法律。
R−ヒナギクも遙か昔、まだ心《レム》を持たずに、ただ戦うだけの存在であった時に、この法律に基づいて幾度か出撃している。
そして、幸か不幸か心を得た後、船内時間で1000年近くの間は外的なトラブルは何もなく平穏だった。
だが、その平穏も、この闖入者によって破られようとしている。
航行HALのEESをかいくぐり突如として現れた機械。航行HALが認識したと同時に司法HALも状況を把握したのだろう。
そして、それを兵器と見なして、即座に排除することが決定された。
これらの事実はこれから嵐が吹き荒れることを示しているようにしか思えなかった。
R−ヒナギクは、ぎりっと奥歯を噛みしめる。

『だめっ! わたしが出る。イチヒコを守らないとっ』
『大丈夫よ、ヒナちゃん。もう、R−ダリアとR−キンポウゲが外に出てるから』

以前のR−ヒナギクであれば、それでも特に気にしなかったかもしれない。しかし、今の彼女には”だいすきな”イチヒコがいる。
自分より弱い、だけど何よりも、自分の存在よりも大切な”だいすきな”イチヒコが、危ない目にあうかもしれないという未来を想像した彼女は、居てもたってもいられなくなった。
心の奥の暖かいところが、きゅうっと締め付けられているような気になってくる。
慌てたR−ヒナギクに対して、悩みを聞いてもらうことで心が幾分落ち着いたのかR−ミズバショウが安心して。と言うように現状を伝えた。
ただ、そこに出た名前を聞いても、R−ヒナギクは全然安心できなかった。
確かに自分を含めた彼女達は、船外での戦闘をこなすキク科コードの最強の軍用機である。本気になれば惑星すら打ち砕くことができる。
ただ、純粋な戦闘力として最強ではあったが、R−ダリアは臆病者であまり率先して戦おうとするような性格ではなく、R−キンポウゲは博愛主義者になまけものと言う、およそ戦いに向いた”人”ではなかった。
二人は『”人”がいっぱいいるとことが怖い』とか、『たぶん大丈夫だよ。きっと問題ないよ、それに見たいTVがあるから止めようよ』とか、何かにつけて行事から逃げようとする傾向にあった。

『……あの二人でほんとに大丈夫? 』
『大丈夫……と思うわ』
『ならいいけど』

R−ヒナギクの白い目にR−ミズバショウは引きつった笑いを浮かべる。
とはいえ、何のかんの言っても、最終的にはこの船の頂点で執政機たるR−ミズバショウの指示には従うはずか。とR−ヒナギクは考え直して納得した。

『でも、ごめんなさいね。ブリッジにまで一緒に行ってくれる?』
『わかったわ。R−シロツメグサは?』

苦笑から一転して、厳しい表情に戻ったR−ミズバショウの要請に、R−ヒナギクはいちもにもなく頷いた。
ふとR−ミズバショウの向こうで教科書を閉じたR−シロツメグサと目があう。
今まで、重要事項については、ここにいる三人で協議して決めてきている。当然この事態もR−シロツメグサに伝わっているはず。
R−ヒナギクの問いに、すべて理解している風情のR−シロツメグサは微かに頷き、額のEESを光らせる。

『……私は、艦内の防衛、外はキク科に任せる』
『分かったわ』

イチヒコを守るという点においてはR−シロツメグサ以上の適任者はいない。いつものように無表情な中にも、真剣な雰囲気を感じたR−ヒナギクは目だけでうなずいた。


「第1種兵装《ウォートースター》着装《ホールドマン》!」
『You have《了解》』

教室を足早に出たR−ヒナギクは、低速度戦用の軽兵装を身につけて、R−ミズバショウを抱きかかえて一気に飛んだ。
艦橋まで移動する時間が勿体ないため、最短距離、即ち”空”を突き進む。眼下に見えていた学校が、そして家があっという間に小さくなる。

『……なに? R−ミズバショウ』

風を全身に受け、豊かな髪を押えていたR−ミズバショウが自分の体を抱きかかえて飛ぶR−ヒナギクを見上げた。
下から見上げても凛々しい真剣な表情を見て、思わず笑みがこぼれた。
その気配を感じたのか、R−ヒナギクがふっと顔を向ける。

『ううん、ヒナちゃん、イチヒコさんが絡むと、とってもかわいいわね』

にっこりと笑ったR−ミズバショウの言葉に、R−ヒナギクは顔を真っ赤にして慌てた。
あんまり慌てたものだから、磁力スライド制御を失って空中をぐるぐると回るところだった。
更にEES会話から、口から言葉に出してしまうほどだった。

「な、な、な、なにを言ってるのよ、Rーミズバショウッ! わ、わ、わ、わたしはっ」
「あらあらあら、うふふ。いいのよ、ヒナちゃん。だって、ヒナちゃんはイチヒコさんの”こいびと”さんなんだもの」
「あ、あ、あ、あのねっ」

腕の中でくすくす笑うR−ミズバショウの言葉に、R−ヒナギクは茹だった顔のまま、わたわたと言葉を探す。
しかしR−ミズバショウのトドメの言葉に、あううと言葉をなくしてしまった。

『でも、イチヒコさん、守らないと……』
『そうね。わたしたちでイチヒコを守ってあげないと……』

真っ 赤な顔のままで、ぷいっとそっぽを向くR−ヒナギクを優しく見つめていたR−ミズバショウが一転して静かに決意を込めた口調でつぶやく。そしてR−ヒナギ クの腕の中から、R−ミズバショウが後ろを振り返る。その眼《EES》には、既に遥か遠くに離れた学校が見えていた。
その誓いの様な言葉に、R−ヒナギクも表情を改め、脳裏に浮かべたイチヒコの姿を思いやる。
R−ベニバナとの戦いの最中、破壊される寸前の私の身を案じて宇宙空間まで飛び出してきたイチヒコ。
イチヒコをもうあんな目にあわせない。宇宙で背にかばった時のことを思い出す。
あの時は、この世のすべてと引き替えにしても、イチヒコの側にいたかった。イチヒコに抱きしめてほしかった。
そして、心が通じ合い、バリントン管が解放された今、イチヒコと、そしてR−ミズバショウやR−シロツメグサ達と過ごすこの世界は、とても美しく、かけがえもない尊いもの。

(そんな世界を、そんなイチヒコを私は絶対に守る)

ぎりっと歯をかみしめたR−ヒナギクは、第一種兵装のまま、開いた隔壁から艦橋に突入した。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


『全機、排除終了』
『御苦労さま、もう少しだけ、そこで待機していてもらえるかしら?』
『えー、もう終わったし、帰りたいんだけど……』
『だめよ、R−キンポウゲ』
『帰っていい? 帰っていい?』
『だーめ、R−ダリアも。二人ともあとちょっとだけ、お願いできるかしら』
『……ウィ《Oui》』

艦橋に入った直後くらいに、第六種兵装《ワールドレッカー》を装着したR−ダリアとR−キンポウゲが、サン=テグジュペリ号の重力圏内に侵入した機体を破壊したと報告してきた。
大半は塵に帰っていたが、一機だけは艦外活動中のセイバーハーゲンに回収させて分析を急がせている。
専用のシートに座り、各HAL達とリンクを張って状況を確認している執政機たるR−ミズバショウは、ふう、と軽く息を吐いた。
その横でEESを煌めかせているR−ヒナギクも航行HALのEESとリンクさせながら周辺を注意深く探索した。
が、”見える”範囲では特に気になるものは無く、知らずに握っていた拳からゆっくりと力を抜いた。

『終わった……のかしら?』

今はR−ダリアとR−キンポウゲが艦の周りをスライダーを展開させて警戒している。
惑星すら破壊できる主砲を備えたワールドレッカーが2機編隊で、それも衛星の様にスライダーを展開させている以上、誰も近寄ることすらできないはずだが、R−ミズバショウはそれでも不安そうな表情を崩さなかった。
そして、確保した残骸の簡単な分析結果を受けたR−ヒナギクは、いっそう厳しい表情になった。
ステルス性能の高い情報収集に特化した機体。
EESの前では光学系のステルスは意味を成さない。しかし、EESを欺くことができない機体が突如として現れる。そして情報収集に特化していることを考えると、この機体を隠匿したまま射出し、その情報を受ける母艦があるはず。もしくは中継器か。
しかし、そんな器体も母艦も見つけることはできなかった。

『強行偵察みたいね。まだ終わってないと思うわ』

この遭遇は偶然ではない。既にこっちは見つけられている。そして、偵察機を送ってくると言うことは、サン=テグジュペリ号にかなりの興味を持っていると言うこと。
技術レベル的に、大きな差は感じられないが、それでもこっちの探知圏外から送り込めるだけ、敵の方に分がある。
自分達が不利な状況であることを認識したR−ヒナギクは、唇を噛みしめる。

『ねぇ、R−ミズバショウ。船内は大丈夫?』
『しろさんと、R−タンポポ達からは特に何もきていないわ』
『そう、じゃあ、とりあえず大丈夫ね』

ふっと船内が気になったR−ヒナギクはだったが。R−ミズバショウの言葉に心の中でそっと息を吐く。

きりきりと神経を突き刺すような時間が過ぎていく。


『……終わった……かしら?』
『みたいね。第二波までのちょっとの間だけどね』

その後、何度かより小型の機体を破壊したとR−ダリアから報告があった後、恐ろしいほど静かになった。
しばらく様子を見ていた二人が顔を見合わせて、ほっと息をついた。
R−ヒナギクが今後の対策を考えないと。と口を開こうとした瞬間だった。
EESにけたたましいアラームが響き渡る。
艦内の状況も管理している行政HALの警告が、R−ヒナギク達に伝わる。

『なんだっ!?』
(船内に微細な重力波を検知、何かが強制的に転移してきた模様)
『なんですってっ!? 場所はどこ?』
(L04記念公園区画、……市民イチヒコ05-95472の現在地付近)

その言葉に、ブリッジの二人は蒼白になった。それと同時に、イチヒコの映像が映し出される。
栗色のツインテールで白い服装のチャペック、そして金髪の、やはりツインテールで白と黒の服装のチャペック。そしてそれぞれがイチヒコに武器を突き付けていた。
白と金、それに大きな赤いクリスタルがついた槍らしきものと、黄色いレーザーブレードの黒い鎌らしきものを。

そのイメージを見た瞬間、R−ヒナギクの脳裏はスパークした。

(イチヒコを守るって決めたのに、決めたのにっ、決めたのにっっ!! なんでっ!!)

R−ヒナギクは、最も守らないと行けないイチヒコが最も危険な状態にあることが悔しくて悔しくて、自分がふがいなかった。
その思いは、R−ベニバナと争ったときと同じ焦燥感を感じさせ、彼女の行動を加速させる。
すべてはイチヒコを、ただ守るためだけに。

『くっ!! 近接戦モード、ON!! 加速ッ! 磁圧、全開――ッ!』

次の瞬間、第一種兵装の最大加速で隔壁に突撃したR−ヒナギクは、最強度に破壊力を上げた磁圧こぶしで隔壁をぶち破り、イチヒコの元へ駆け飛んでいく。

『いけないっ!! ヒナちゃんっ!!』

あまりの衝撃に我を失いかけていたR−ミズバショウはR−ヒナギクが冷静さを失っていることに恐怖し、悲鳴の様な声でR−シロツメグサを呼ぶ。

『しろさんっ! しろさんっ! 大至急イチヒコさんの所へ、侵入者がっ!!』
『……わかってる、いま向かってる』

返事は即座に帰ってきた。そして、R−シロツメグサも必死に現場に駆けつけようとしていることがEES会話の雰囲気から瞬時に分かった。
いつも冷静なR−シロツメグサも、声が固く、そして震えていた。

『間に合って、まにあって、お願い、おねがい、お願いだから……』

まさか、意図しているのではないだろうが、この船の急所に、全員で守っていたはずの最も大事なものに直接攻撃をかけられるとは。
R−ミズバショウは、がくがくと震える体で、真っ青な顔色で、思わず手を組んで、居ないはずの宗教的存在にすがりつく。
震える語尾はもう、かすれてしまっていた。

『第二種兵装《エレクトリックシープ》着装!!』
『You Have!《了解》』
『両翼ジェネレーターッ! 最大加速!!』
『You Have!《了解》』

隔 壁を突き破り、”外”に出たR−ヒナギクは、はやる心をそのままに、第二種兵装を転送・装着する。1ピコ秒もかからない補助知能の返答がこの上もなく遅い ものに感じながら、両肩に配置される翼のようなスライダーにジェネレータをオーバーブーストさせてエネルギーを注ぎ込み、最大加速で突き進む。
その圧倒的な加速に、R−ヒナギクの体が軋む。
光学視界はEESに切り替えて遙か彼方の”この世のすべての言葉ですきなやつ”を見つめる。

『イチヒコ、イチヒコッ、イチヒコッ、イチヒコッーーーー!!』

そして、弾かれたように加速したその身は、風を超え光のように、愛しい人の元へと向かう。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


白と青を基調にした半袖半ズボンで、襟のついたジャケットの様なものを着ている少年が二人の前にいた。

「ねえ、君たち誰?」
「え? エリオ? ……違う」

なのはとフェイトがレイジングハートとバルディッシュを突き付けた相手は、背格好と年の頃、それに顔の造作がとてもエリオに似ていた。
この緊張に張り詰めた状況では誤認してしまうのも仕方がなかったかも知れない。
しかし、改めてよく見ると髪の色や目の色、そして持っている雰囲気などは全然違っていたので、混乱は一瞬だった。
ただ、今度は別の意味で二人は困惑の表情を浮かべる。
自分達は亜光速で宇宙を飛ぶ巨大な宇宙船”リドレー”の中に転移したはず。
想像していたのは、アースラやクラウディア、サーブラウのような、無機質の壁に囲まれた空間だった。
かつてのリンディ提督の様に部屋に畳を引いたりすることはあっても、基本的には宇宙船である為、無機質なパネルに包まれるのは仕方がないことだった。
だが、リドレーの船内に入ったなのは達の前には穏やかな草原が広がり、さわやかな風が流れている。遠くには湖らしきものすら見えている。
船内であるはずなのに。そして想像だにしなかった船の乗組員。
まさか? こんな少年が? という思いがなのは達の脳裏を駆け巡る。

そして、その少年はきらきらと好奇心に満ちあふれる目で見つめて来る。
譫言のようにつぶやいたフェイトの言葉に、目の前の少年が不思議そうに小首を傾げた。

「モキュモキューッ!」
「うわっ。なんだよっ。びっくりするじゃないか」

ちょうどその時、少年の顔の前に、妙な生き物がまるで少年を守るかのように、草むらから飛び出してきて、なのはとフェイトの前に立ちふさがった。
とは言っても、ウサギくらいの大きさで、その上、少年の顔にしがみつくように張り付いたので、視界を遮られた少年は慌てて、その変な生き物を顔から引きはがしていた。
危険な動物か? となのは達に一瞬緊張が走ったが、少年は特に怖がるようでもなく、その動物に友達の様に話しかけていた。

「でも、なんか変な格好だね」
「そ、そんなに変かな?」

目の前の光景に呆然とするなのはとフェイトの前で、少年は赤いガラス玉の様な目をした白と青のウサギみたいな生き物を抱きかかえた。
そしてなのは達のバリアジャケットや、自分に突き付けられているデバイスを怖がるでもなく、不思議そうな目で見つめた後、くすっと笑う。
その、あまりにも無邪気な雰囲気には、危険や敵対の意思などまるで無いように思えた。
少年の表情に緊張感のほぐれたなのはは思わず自分のバリアジャケットを見つめる。

「変だよー、絶対。そんなの見たことないよ」
「あ、えっと、君はここで何をしてるの?」
「ん? 遊んでるんだよ」

少年は、少ししょんぼりしたような、なのはの言葉に笑顔を向ける。
両手で抱きかかえた変な動物を頭に乗せながら、年相応 ―よりも、ちょっと幼い感じがするが― 足下にあったボールを拾う少年に、緊張を解いたなのはとフェイトは顔を見合わせて、慌てて突き付けていたレイジングハートとバルディッシュを下げた。
少し屈み気味に、視線を合わせたフェイトは、怖がらせないように、静かに問い掛けた。
屈託のない少年の返事で、あることに気がついた彼女は衝撃を受けた。
ひょっとしたらフェイトで無ければ気がつかなかったかも知れない。それはあまりに自然だったが為に。

『なのは、ひょっとして、今この子がしゃべってる言葉って……』
『あ……、日本語……え、え?』
『どういうことなんだろう』

フェイトからの念話で、なのはも愕然とした。
普通の少年がいて、普通に話しかけてくるから、気にすることもなかったが、ここは深宇宙のなかをたった一隻で、飛んでいる宇宙船の中。
たしかに外壁に”じてんしゃ”と書かれているが、実際はひらがなとは違う文字だろうと思っていた。
だがしかし、少年が喋っている言葉は……。

各世界間での言葉の問題はミッドチルダの魔法で解決できているので、実際に意思疎通に困ることは無い。それ故、相手が何語で話しているか無頓着になる傾向がある。
でも、今の少年の言葉は、口の動きは、明らかに日本語だった。
フェイトがたまたま気がついたのは、元々ミッドチルダの人間が海鳴に移住した時に、生の日本語に親しんでいた経験があったからに違いない。

「ねえ、お名前聞かせてもらえるかな?」

なのはも腰を屈めて少年と視線を合わせる。そして、ヴィヴィオを保護した時のようににっこりと微笑んだ。
その微笑みに、ちょっと呆けた表情の少年が、微かに顔を赤くしてそっぽを向いた。照れているらしい。

「ば、 ぼくはイチヒコ。原っぱの家のイチヒコだよっ。き、きみは?」
「わたしは高町なのは。で」
「私がフェイト・T・ハラオウン」
「ふうん、変な名前」
「へ、へんかな?」
「へんだよ。絶対」

少年が口を尖らせて、それでも照れながら応え、フェイトが苦笑を浮かべている。
なのはは、感情がとても豊かでくるくると表情の変わるイチヒコと言う名の少年をじっと見つめた。
”いちひこ”、漢字で書くなら一彦になるのだろうか。しかし、ここまで揃ってしまうと結論付けざるを得ない。
この船や、この少年は少なくとも第97管理外世界、即ち出身世界である地球の、それも日本に関係していると。
現在の地球のテクノロジーを大幅に超え、かつ二千年前から飛んでいるということは、どうにも納得できないものがあるが。
ここまで状況証拠が重なっては、認めざるを得ない。

「っ! なのはっ!」
「え?」
「モキュー《デフレクター展開》」

思索にふけるなのはの耳にフェイトの声が響く。
少年の頭の上に乗っかかっている変な生き物が鋭く鳴く。
はっと気がついたなのはの体が、ぐんと引っ張られる。

《Flash Move》
《Sonic Move》

レイジングハートとバルディッシュが魔法を緊急発動し、自分達のマスターの窮地を救う。ただの魔導師とデバイスでは、あの一瞬で終わっていただろう。だが、なのはとレイジングハート、フェイトとバルディッシュは人とデバイスを越え、己の半身に等しい。
なのはでなければレイジングハートではなく、その逆も又等しい。
その絆があるからこそ、なのはやフェイトは管理局の中でも最強の魔導師として数えられる。
そして、その絆が二人を救う。

フライアーフィンとソニックセイルの桃色と金色の光が乱舞し、翼を広げた二人の魔導師は、少年から一瞬で距離をとって空中に舞い上がる。
間一髪だった。舞い上がった二人を強烈な衝撃波が襲う。それは攻撃の余波。

「っ!」
《Protection》《Defensor》

襲い来る衝撃波に思わずデバイスを持った手をクロスして防いだ二人の耳に、どおんと言うと音と共に怒りを顕にした少女の声が遅れて届く。

「イチヒコから離れろぉぉっ!!」

土煙が舞い上がり、そして消えていく。
ついさっきまで自分達が居た所に、少年を守るように桃色の髪の少女が現れていた。
そしてあたりの草原は広範囲にわたって抉れ、少年の周りだけがバリアーに守られているように不自然に無傷だった。

イチヒコと名乗った少年と似たような服装の少女は、体中に滑らかなデザインの様々な機械をつけていた。だが、ひときわ目を引くのは、そんな機械ではなく、燃え上がるように煌めく緑色の印象的な瞳。
両肩に巨大な盾の様な機械をつけた少女がキッと、怒りに満ちた目で空のなのは達を見上げる。
その有無を言わさない雰囲気に触発され、なのはとフェイトが自分のデバイスを構える。
それはほんの瞬きほどの間だった。

「遅いっ! デラメーター《光線砲》! 熱量レベル6、射撃《shit ass》ッ!」
「ラウンドシールド!」《Round Shield》

少女の腕につけられた手甲のような機械から強烈な光が輝く。そして、咄嗟に危険を感知したなのははフェイトを庇うように飛び出しレイジングハートを両手で持って前に突き出した。
柔らかな桃色光の壁がなのはの前に顕現し、強力なシールドを張る。
カートリッジをロードして強化されたなのはの防御魔法に、生半可な攻撃は通用しない。
ガジェットのミサイルの連打を浴びようが、強烈な砲撃魔法を食らおうがびくともしない。そして独り立ちして、Sランク魔導師となって以降、リミッター無しのなのはのシールドを突き破った人間など誰もいない。
しかし、ここに例外がいた。
魔力攻撃ではなく純粋なエネルギー攻撃。次々に打ち付けられる物理衝撃を持ったレーザーは、なのはのシールドをあざ笑うかのように削っていく。
着弾する度に腕がびりびりと震え、防御し切れなかったエネルギー波がバリアジャケットを切り裂いていく。
その一撃だけでなのはは痛感した。ここままではいけない。と。
少女をきっと見据えたなのはは裂帛の気合いと共に、魔力をほとばしらせる。

「なのはっ!」
「はああああっ!」《Firing lock is cancelled.》

この少女の攻撃は危険すぎる。
背後にかばったフェイトの防御力は弱い。自分が防がなければ。
少女に向かって顔を上げたなのはの足下に、ミッドチルダ魔法特有の円形魔法陣が煌めき、桃色の魔力光が小さな恒星が現れたかのようにあたりを照らす。
レイジングハートの形状が変化し、続けざまにカートリッジが音を立ててロードされてシールドの強度を上げる。
強化されたなのはのシールドが、少女のエネルギー攻撃を押し返す。

「そんなもんで、防げるもんかっ! 熱量レベル最大!」
「くっ」
「なのはっ!」
「フ、フェイトちゃん、この子、強いっ」

少女の叫びと共に、更に攻撃の強度が上がっていく。
なのははシールド強度を更に上げるため、範囲を最低限に狭める。
だがその弊害として、防御しきれない末端に、エネルギーの余波が痛打を浴びせていく。

相手が魔導師であれば、攻撃と攻撃の間に僅かではあるが”間”がある。
しかし、目の前の少女にはそんな”間”など存在しなかった。
砲撃さえできれば活路はあるのに、マシンガンのように絶え間なく、恐ろしいほど正確に打ち込まれる重い攻撃に、シールドを解除して攻撃に移る余裕すらない。
シールド越しに撃つ事も不可能ではないが、この状態で一瞬でもシールドから意識を逸らすと、そのまま押し切られてしまう。
着弾する度、なのははじりじりと後退し、バリアジャケットが次々に裂けていく。

フェイトは明らかに押し込まれて、じり貧の状況を打破するため、隙を見てソニックムーブを使って一端距離を取った。

フェイトから見ても、この敵は今までに見たことがないほど強い。かってのナンバーズと比べても、その異常なまでの攻撃力は桁外れとしか思えない。
まるで、なのはとなのはが全力全開で打ち合っているような雰囲気さえ感じる。

途切れさせることなく、あれだけの攻撃をする敵に、手加減なんてできない。する余裕すらない。
話し合いをしようにも、今の状況と相手の雰囲気から期待は見込めない。
桃色の髪の少女の意識がなのはの方に向いているのを確認した後、フェイトもリミットを解除する。
金色の魔力光に包まれ、もう一つの恒星が顕現した。
次の瞬間、真ソニックフォームに切り替えたフェイトは金色の光弾と化し、ライオットブレードを手に背後から少女に突撃した。
今なら隙がある。後ろからの攻撃には対処できないはず。ひょっとするとかなりの大怪我を負わせてしまうかも知れないが、この状況を変えるためには仕方がない。
フェイトは、相手の視界を眩ますように、地面すれすれを飛んで斬りかかった。

あと少しで、攻撃範囲に入ると言う時に、前線で長年戦ってきた勘が、強烈な警告を出した。
背筋に、氷の槍を突き刺されたような悪寒が走り、絶対的な自己防衛の本能が、フェイトを無意識に突き動かす。
地面にライオットブレードを突き刺す。
右腕からビキッっと言う嫌な音と共に激痛が走る。が、その痛みを無視して、突き刺したブレードを軸に強引に方向を変え速度を殺さずに飛びずさる。
本来であれば、バリアジャケットでコントロールしているが、それを大幅に超える強烈なGに全身をかき乱され、目の前が真っ暗になる所を必死で耐える。

「っつ!」

間一髪だった。

まさにその瞬間フェイトのいた場所に、銀光が貫いた。
よく見ると、桃色の少女の肩についていた盾のようなものが分離して、自分に狙いを定めていた。

(あれはなのはのブラスタービットと同じ!?)

あの桃色の少女に死角なんてない、フェイトは自分を忠実に追尾して連射されるレーザーをかいくぐって離れたところに着地した。
一定の距離が離れたからか攻撃が沈黙する、しかし未だに自分に狙いを定めるビットを前に唇を噛みしめる。
そのビットが不意に射軸をずらし上空を向いたかと思うと、少女ごと掻き消すように消えた。

「いけないっ」

はっと気がついて空を見上げると、桃色の髪の少女がバリアジャケットのスカートがぼろぼろになっているなのはに向かって突撃していた。
なのはは高速射撃が可能な砲撃を撃っているが、少女はそれを躱しながら肉薄していく。
その速度は自分の全速と同じかそれ以上。なのはにとっては不利過ぎる。
強力な防御力で陣地を確保し、そして圧倒的な火力で敵を打ち抜くなのはの特性では、超高速で移動し、手数の多い敵は対処が厳しくなる。それでも砲撃魔法を使う時間的余裕があれば別だが、近接戦であればなおさら分が悪い。
今まではなのはの防御力を打ち抜ける様な敵は殆どいなかった。だが、あの少女は打ち抜けるだけの火力がある。
だとすると、上位砲撃魔法を撃つだけの時間が作れないなのはには勝ち目がない。であれば、まだ自分の方が相性が良いはず。
自分が前衛で相手を牽制し、その隙になのはが砲撃を打ち込む。
これしかない。
フェイトは決意を胸に腫れ上がった腕を抱えながら飛び上がろうとした。が、ぞくっとした気配を感じ、慌てて振り返る。

「……おまえの相手はわたし」
「なっ、いつの間に」
「……イチヒコを傷つける、許さない」

そこには、真っ青な空のような髪をした、自分と同年代と思われる女性が立っていた。その距離はほんの十メートルほど。
その気があれば、自分は既に撃たれていたはず。何かが近寄ってくる気配は感じなかった、しかし、そこにいた。
額についた紅の宝石を煌めかせた女性は、真っ白なマントを風になびかせながら、怒りに燃え上がる瞳でフェイトを射貫いていた。