りりる-4



永遠に等しい時間と空間を、目的地も決めず彷徨う多世代型恒星間移民船サン=テグジュペリ号。
全長二十Kmにもわたる巨大な、巨大すぎる船は、移民という目的の大半を達成していた。
船内時間で一年ほど前に、ようやく発見した地球型惑星。サン=テグジュペリ号の司法HALは第三市民を解凍し、その惑星に彼等を降ろすことになった。
そして残った一人。
惑星に降りることを是とせず、今までと同じように旅を望むたった一人の市民の為に、ようやく見つけた大地を離れ、その船は再び永遠の宇宙に羽ばたく。

市民イチヒコ
――たった一人、チャペック達を愛した”人間”

チャペック。作られた知性体。高等被造知性。
人間のDNAを用いて造られているとはいえ、その出自により本来は知性を封印され、人間に仕えるロボットとしての役割を持たされるものだった。しかしサン=テグジュペリ号は一千年ほど前の不慮の事故により”人間”をすべて失ってしまう。
仕えるべき主を失ったチャペック達は心を持つことを許された。いや、持たざるを得なかった。
心を持つことで人間が背負っていた原罪を等しくその身に受けた彼女達。それは彼女らに取って重い枷だったのか、それとも輝ける希望だったのか。
何も迷いもせずに、ただ、主である”人間”の指示に従い、責任も罪も何もかも”人間”が引き受けてくれていた時代。ただ在るだけ良かった”神話”の世界から、心を持ち自らで未来を切り開かなくてはならなくなった今”。
自らの判断で罪を犯し、責任を持ち、葛藤に苦しむ彼女達。だがそれを補ってあまりあるほどに心豊かな”世界”。
いずれにせよ、その世界にとり残された一人の無垢なる人間であるイチヒコは、同じく無垢な彼女らと心を通じ合わせ、彼女たちと共に生きてきた。

市民イチヒコ
――たった一人、サン=テグジュペリ号に残った”人間”

チャペック達の生きる意味と、生きる目的のため。
彼女等の敬愛する”人間”として、友人として、家族として。
そして”大好きなやつ”として、……恋人として。
その”世界”で最も大切な者として、最も愛され、最も愛する人として。

その家も、町も、学校も、友達も、家族も、幼馴染みも、すべての者は市民イチヒコの為に、彼の為だけにある。
無限の宇宙にぽつんと残された小さな小さな世界。欺瞞に満ちた、しかし彼等の大切な楽園。

朝が来て、昼が来て、晩が来て、そして再び朝が来る。
永遠の日常。
イチヒコが望んだ生活。彼女達が切望した平穏。


しかし、今、その世界から見た侵入者達によって、大事に大事に育まれている平穏が破られようとしていた。

サン=テグジュペリ号の船内、L04記念公園区画の空中に浮かぶ目も眩むような桜色の魔力光があたりを煌々と照らし、同じくらい輝く白銀の光矢が絶え間なく小さな恒星に突き刺さっていく。
その光景はEESを通じ船内のすべてのチャペック達が認識していた。
豊かな波打つ金髪を振り乱して必死に祈る者。学校の窓からその光景をじっと見つめる者。そして銀色の髪を揺らし、駆けつけようとする者達。
そしてその場に立っている彼女達。
それぞれがそれぞれの思いを込め、自分達の信じるもののため、心の命じるままに全力でぶつかっていた。


「くうううぅっ」

絶え間なく打ち込まれる小さな赤いベルカの騎士の特大ハンマーの攻撃にも似た重い衝撃が、ブラスターモードで強化されているはずのラウンドシールドを殴打し、そして削っていく。
真下に見える桃色の髪の少女からの恐ろしいほどの攻撃を、なのはは必死に耐えていた。

(……でも、きれい)

こんな状況下ではあるが、なのはの目に映る桃色の髪の少女の爛々と輝くエメラルドの様な瞳は、髪の毛一筋ほどの濁りもなく、とてつもなく純粋だった。
ただ、彼女は守ろうとしている。あのイチヒコと名乗る少年を守ろうとしているだけ。
教導官としていろんな人間を見てきたなのはにとって、その純粋さはそれこそきらきらと輝く宝石の様に映った。

(この子は悪い子じゃない、とても、とても純粋な子……)

それが判るだけに、この少女を憎む気にはなれなかった。だから、叫んだ。力の限り叫んだ。
これは誤解から来るすれ違いなんだと。間違いなんだと。本当は私達は戦う必要なんて何も無いんだと。
確かに自分達の認識でデバイスを向けたのは事実だったが、私達は誰も傷つけるつもりはないと。
ただ、間違えてしまっただけ。
ただ、話したかっただけ。
ただ、理解したかっただけ。

だから――

だから、なのはは必死に叫んだ。理解してもらえるように。少しでも想いが届くように。

「まって! お話を聞いてっ!」
「うるさいうるさいうるさいっ! お前が言うなぁっっっ!」

なのはの叫びに、しびれを切らしたのか桃色の少女が叫んだ後、消えた。――様に見えた。


R−ヒナギクは桃色のデフレクターを展開する敵チャペックにデラメーターを打ち込みながら微妙な違和感を感じていた。

(なんか変。……まるで”人間”みたいに……遅い)

そう、反応が極めて遅いのだ。
EESすらついていない。もしくは内蔵されているのか判らないが、攻撃をいちいち眼で追いかけている印象がある。その分、動作も圧倒的に遅く感じる。
デラメーターを意図して散らしてみると、途端に反応が散らばっていくのが判る。
もう一人の金髪のチャペックは―こちらは高速近接戦闘用なのか―、レーザーブレードを振りかざして背後から突撃してくる。

(EESに死角なんて無いのに……)

キク科の軍用機である彼女の高精度EESのセンサーはしっかりと金髪のチャペックの動きを捕らえ、補助知能が自動的に迎撃を始める。
多少、反応が良いとはいえ、やはりこっちのチャペックもさして人間と変わりない。

(ひょっとしてすごい旧式なの?)

殲滅戦の最中の軍用機にあるまじきことを考えていたのは、ある意味、心《レム》を持っていたからなのだろうか。
一千年前の心を持つ切っ掛けとなった事故以前のR−ヒナギクであれば、余計なことは何も考えず、作戦を遂行するために最適な行動を取って居たはずだ。
そして、心を持っていたが故に、大事な、とても大事なものを守ろうと言う強い想いがあったが故に、目の前のチャペックの自分勝手な呼びかけは許せなかった。

(わたしの大事なイチヒコを傷つけようと、武器を突き付けていたおまえが、負けそうになっていまさら何を言うっ!)

R−ヒナギクの脳裏にイチヒコに武器を突き付けていたイメージがまざまざと蘇り、一瞬で心《レム》が恒星の巨大なフレアの様な怒りに燃え上がる。
冷静なところでR−シロツメグサが来ているのを感じたR−ヒナギクは、心の叫びをそのままに、スライダーを全開にして光の矢の様に弾け飛び、桃色のデフレクターを展開する敵チャペックに突撃する。
あの反応速度だったら、接近戦に持ち込んで分子震動式分解器《ディック》を叩き込めばいい。当たれば……いや、掠っても一瞬で塵に還る。


「っ!」

なのはのこめかみに静電気にも似た刺激が走る。第六感と言って良いのか、豊富な実戦経験が磨き上げた本能と言って良いのか。
無意識のうちにその危険信号に身を任せ、フライアーフィンを羽ばたかせ限界を越えたフラッシュムーブで全力後退する。
瞬時の超加速になのはの全身が軋む。目の前が一瞬で真っ赤に染まり、レッドアウトしそうになるところを必死に耐える。
咄嗟の状況で碌に狙いもつけられないが、牽制の意味も込めて無数の魔力弾を撃ち出す。

一瞬の差、本当に紙一重だった。

背筋が凍るような悪寒が走るなのはの鼻先を、桃色の髪の少女のバチバチと弾ける拳がイオン臭をまき散らしながら掠める。
魔力弾を撃ち出して、多少なりとも牽制していなければ、まともにその一撃を受けていただろう。
だがR−ヒナギクの一撃を躱すと言うことは、なのはもまた歴戦の戦士であったと言うこと。
一瞬、ほんの一瞬だけ交錯した視線の中で、煌めくエメラルドの瞳が力強い意志を込めてなのはを見据え、黒い瞳が炎の様な想いを真っ向から受け止める。

「ちっ」

砲撃が効かないと判断するや否や―いや、自分が接近戦に弱いことも判ったのだろう―、地表から一瞬の間に接敵して肉弾戦を挑む。
なのはは、そのセンスに舌を巻くと同時に、続けざまに放たれた至近距離の砲撃を辛うじて仰け反ってやり過ごす。砲撃に巻き込まれたツインテールの髪が一房、臭いも出さずに虚無に消える。
必殺と思っていたのか、なかなか倒せないことに焦れたのか、一瞬だけ桃色の少女の動きが乱れる。その隙をなのはは見逃さない。
そして幸運も味方していた。

――その時は。

「はぁぁっ!」
《Short Buster》

たまたまレイジングハートの切っ先が桃色の髪の少女に向いていた。お返しとばかりに、その少女に自らの持つ最速の砲撃を超至近距離から立て続けに打ち込む。
これでこの子が後退すれば距離を、時間を稼ぐことが出来る。この程度で倒せる様な相手とは思わないが、少しの間を稼ぐことは出来るだろう。
なのははそう考えていた。

だがその手応えが消える。

「えっ?」
《Look out!! Master》

「たあああああぁぁっっ!!」

人間である以上、眼から、あるいは耳からの情報を処理するタイムラグがどうしても発生する。こればかりはどうしようもない。
ある程度距離が離れていれば、その誤差も距離がごまかしてくれる。しかし、手を伸ばせば届く距離の相手が、ふっと視界から消えると上か下か、それとも横に移動したのか、判断に時間がかかる。人間の感覚では、ほんの一瞬だけ。
訓練に訓練を重ねたなのはで100ms程の一瞬の時間。だが、チャペックであるR−ヒナギクには、数ピコ秒を遅いと感じる彼女にとっては十二分な時間だった。
腹部に打ち込まれた攻撃をデフレクター《防護シールド》で受け止め、その反動も利用してスライダーを噴かす。
宙 返りをするように、くるりと滑らかになのはの頭上に舞い上がったR−ヒナギクは、一転してスライダー駆動を下向き全開に変え磁圧こぶしを振り下ろしてい く。そこで分子震動式分解器《ディック》の方を使わなかったのは、偶然なのか、存在しないはずの宗教的存在の配慮なのか。
いずれにせよ一連の流れる動きは瞬きをする程の短い間だった。

一瞬戸惑ったなのはをカバーするように、レイジングハートが激しく明滅し頭上に跳ね上がり、そのままラウンドシールドを張る。
桃色の光がなのはの頭上に広がり、ほぼ同じタイミングで強烈な打撃がなのはの全身を揺さぶる。
それはまるで戦車がぶつかってくるような痛撃。

ぱきん。と乾いた音と共に桃色のシールドが破砕され、有無を言わせない圧倒的な衝撃がダイレクトになのはに伝わる。その尋常ではない力は、彼女の全身をがくがくとシェーカーに放り込んだように揺さぶっていく。
青い空を見ながら、あ、落ちてる。と思い至ったなのはは次の瞬間、隕石がクレーターを作るかのごとく大地に叩きつけられた。

「かふっ」

内蔵を痛めたのか、叩きつけられた衝撃で、赤い飛沫が飛ぶ。
一瞬だけ霞む視界に、緑色の光を見た。と思った瞬間、なのはの意識は闇に紛れた。


§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §


「っっ!」

まるで、自分の心臓がそこにあるかの様に鼓動を感じ、どくんどくんと心拍が走ると同時に激痛が全身を駆け巡る。
ライオットブレードを握る右手の感覚が殆ど無い。
亀裂骨折か下手をすると本格的に砕けているかも知れない。眼の端に映る腕が無残にも腫れ上がっているのが見えた。
全速での飛行時に無理矢理行った方向転換で、腕が確実に使い物にならなくなっている。
しかし、フェイトはその状態であっても、目の前の相手に弱みを見せる訳にもいかず、自分のデバイスを放すことは出来なかった。

《Sir……,Are You Okey?》
「うん、大丈夫」

バルディッシュの気遣う問いかけを耳にしながら、目の前に立ちふさがる女性を見つめる。

「……イチヒコを傷つける、許さない」

青い髪、紅茶色の瞳、そして何よりも印象的な額のクリスタルを煌めかせた目の前の女性は、ゆっくりとイチヒコと呼ばれた少年を庇うように歩を進める。
感情の抜け落ちたような表情の中、その瞳だけは違っていた。氷の炎の様な怒りの気配が、抉るようにフェイトに突き刺さってくる。
その狂気にも似た雰囲気に思わず気圧される。
奥歯にドリルを差し込まれるような疼痛があることで、相手の気配に飲まれることもなく、自分を保てているのは不幸中の幸いか。
先の桃色の髪の少女と違い、目の前の青い髪の女性は武器らしき物は何も持っていないように見える。しかし、桃色の髪の少女が後を託してなのはに集中していることを考えると、彼女と同じような力を持っているとしか思えない。
それ故に、何か不気味な気配が忍び寄ってくる。
一瞬たりとも、目が離せなかった。

風にマントがなびき、青い髪が揺れる。

「ヒナッ、しろ姉っ、やめてよっ、なんでいきなり喧嘩するんだよっ」

その頃になって、ようやく我に返った少年が、青い髪の女性に向かって叫んだ。
頭の上に青と白の変な生き物を乗せたまま、頬を膨らませた表情には少年らしい正義感が溢れている。
少年の方を向いた青い髪の女性は、フェイトに向けていた表情と全く異なる包み込むような、安堵したような柔らかな表情を浮かべた。
そして、少年の言葉にフェイトは、はっとした。

(何かが狂っている。何? 何が……)

ひょっとして自分達は何か大きな間違いをしていたのではないだろうか?という想いが駆け巡る。

「……イチヒコ。あれは侵入者。とても危険」
「しんにゅうしゃってなんだよっ、しろ姉っ!」
「……とっても危ない。だから、イチヒコ。私の後ろに隠れる。私が守る」

その言葉にフェイトは、今更ながらに失敗を感じた。
自分達管理局の人間にとって、この船が危険極まりないと判断したように、この船にとって自分達が危険極まりないと判断された。
特 に、桃色の少女も、目の前の女性も、この少年を守るために戦っていることを考えると、初動でこの少年にデバイスを向けたことが、すべてのボタンの掛け違え なのだろう。誰にも見られている気配は感じなかったが、即座に彼女達がやってきたことを考えると、最初から見られていたのかも知れない。

(まさか、それで宣戦布告に受け取られた……の?)

であれば、まだ間に合う。誤解さえ解くことが出来れば。
間違いだと判れば、こんな不毛な争いをする必要もない。なのはも戦わなくて良い。だったら、一刻も早く。

「まって、私たちは敵じゃない。さっきデバイスを突き付けたのは、誤解、間違いだったの」

フェイトの必死の呼びかけに、しろ姉と呼ばれている青い髪の女性はゆっくりと顔を上げた。
先の少年に向けた慈愛に満ちた表情とは一転して、氷で出来た仮面のような、能面のような顔がそこにあった。

「……侵入者であることは事実」

暖かみの欠片もない冷厳な言葉がフェイトの耳に届く。目の前の女性は間違いであったとしても許さない。という態度を変えなかった。
そしてフェイトはその言葉に反論出来なかった。
フェイトはぎりっと唇を噛みしめて、この状況の打開策を、なんとかこの状況を打開出来ないか、必死に考えを巡らせる。
しかし、咄嗟に妙案は出なかった。
撤退と言う言葉が存在を大きくしていく。
問題はこじれたままだが、一端お互いが冷静になる時間を空けるべきだろう。簡単に撤退できるとも思えないが、このままでは平行線どころか、致命的な方向へ流れていく。
その時、何かが落下し、盛大な土煙をあげるのを視界の隅で捕らえた。

「――! なのはっ!!」

青い髪の女性から眼を離さないまま、思索を巡らせていたフェイトを我に返らせたのは、その落下に伴い大きく響いた衝撃音だった。
そっと横目で見て状況を認識した瞬間、崖から突き落とされたような感覚が彼女を襲う。
顔面が蒼白になった。世界がぐるぐる回って、自分が立っているのか寝ているのか平衡感覚がおかしくなる。絶望感と焦燥感に苛まされながらソニックムーブを全開に、打ち落とされたなのはの元に向かう。

「なのはっ、なのはっ!」

地面にあいた大きなクレーターの底に、意識のないなのはが横たわっていた。
落下の衝撃で手から離れたのか、少し離れたところに落ちているレイジングハートはぼろぼろにひび割れている。
その姿を見たフェイトの脳裏に昔の悪夢が蘇る。必死のリハビリをしなければならないほどの大怪我を負った少女時代のなのは。
あの時の様な想いはしたくない。そう思いながらも、前線に出るなのはを止めることは出来なかった。教導官であれば別だが一線で働く以上、怪我のリスクはつきまとっている。
だが、それでもどこかでなのはの強さを信じていた。幼い頃の事件の時も、JS事件の時も。いつも最後になのはは笑っていた。
それなのに。
目の前に横たわる、ぼろぼろのなのはを見た時フェイトは不安と恐怖に押しつぶされそうだった。足下ががくがくと震え、手もぶるぶると落ち着かない。

「な、なのは……? じょ、じょうだんは良くない……よ?」

フェイトはなのはの横に膝を降ろして、恐る恐る手を延ばし、そっと幼馴染みの頬を触る。
顔のそこかしこに浅い裂傷があって、そこからつつーっと何筋もの赤い命の雫がこぼれ落ちる。

「ね、なのは、もう、起きないと……」

フェイトは泣き顔と笑顔をかき混ぜて、不安に漬け込んだ様な、いびつな表情を浮かべ、うつろに掠れた声でなのはの肩をそっと揺さぶる。
なのはの返答は無かった。
ただ、浅く荒い呼吸だけがフェイトに届き、そしてフェイトの頬を熱い雫が滴り落ちる。

「なのはっ! なのはっ! なのはーーーーーーっ!」
《Sir! You should Escape. Hurry!》

頭上を見上げれば、桃色の髪の少女がこちらを見下ろし、横を見れば青い髪の女性がマントの裾から手を横に差し出している。
フェイトは操り人形の様にバルディッシュを構え、苦手なはずの防御魔法を張る。
同時に無意識に次元転送の魔法を唱える。
しかし、次元航行艦の転送ゲートでなく、フェイト単独での次元転送は微細な座標固定など、極度の精神集中が必要な魔法でもあった。
いかに管理局のトップクラスの魔導師とはいえ、今の精神状態で、幼馴染みを守るためにDefenser Plusを展開しながら次元転送を行うことは容易ではない。

R−ヒナギクは磁圧こぶしでたたき落とした栗色の髪のチャペックがほぼ機能停止状態になりつつあるのを、上空から見つめていた。ただ、その直後の金色の髪のチャペックの行動を見ていると、心の中がとても苦い物で満たされていく。
イチヒコを守った。という達成感はあるものの、とても喜ぶ気にはなれなかった。心がヤスリで削られたようにじくじくと痛む。
だから、デラメーターの斉射で、片がつくと判っていても、縋り付く二人のチャペックに銃口を向けることは出来なかった。

そして、R−シロツメグサは、上空で泣きそうな表情を浮かべているR−ヒナギクを見たあと、ゆっくりと眼を閉じた。
R−ヒナギクは”優しい”。いつもいつも怒っているように見せかけているが、その実、必要以上に配慮しているのを知っている。
自分と同じくらい、いや、ひょっとして自分以上に心を発達させているのかも知れない。
だから、キク科の軍用機でありつつ、R−ダリアやR−キンポウゲではなくR−ヒナギクがイチヒコの”幼馴染み”として選ばれている。いや幼馴染みとして選ばれたから、優しくなったのか。
なら……。

『確認、E〜L区画担当ドレクスラー管理者《Chief Salamander》、D-ISSG-0100118D R−シロツメグサの権限にて接続……』

R−シロツメグサの瞼がゆっくりと開き、そっと右手を横に掲げる。

『……現出せよ。……アンドリアス・ショイフツェリ《重サラマンドラ槍》』

何かをつかむように開かれた手に白い光の粒子が集まり始める。
その場を制圧するかの様に集まり輝いた光は、一本の白銀の槍と化していく。
R−シロツメグサの身長を遙かに超える優美な、そして凶悪この上ない白銀の武器。
すべての物質を素粒子より更に小さな物にまで分解するR−シロツメグサ唯一で最凶の武器《ウォートースター》

「……せめて苦しまないように、一瞬で」

R−シロツメグサの心にも目の前の金髪のチャペックの流す涙が破鐘の様に鳴り響いていた。
R−ヒナギクとR−シロツメグサ。チャペックの中でも心を高度に発達させた二人《二機》には、その金色のチャペックの慟哭する想いが届いていた。
まるで人間《マンカインド》の様な振る舞いを見せる敵チャペックの姿を、翠色と紅茶色の二つの眼差しが複雑な色を浮かべ、ただ見つめる。

青い髪の女性が空中から取り出した槍を見た瞬間、フェイトは覚悟を決めた。
それは直感だったのだが、あの槍は駄目だ。という想いが満ちていく。
アレを前にすると。徒手空拳でなのはの全力全開の砲撃を受けているような気持ちにさせられる。
こうなってしまえば、次元転送の魔法も間に合わないだろう。冷静な部分が現状を分析するが、どこか心が麻痺したように考えがうまく纏まらない。
ヴィヴィオともう会えないのが心残りだが、なのはと一緒に逝けるのであれば、それはそれで良いのかも知れない。
フェイトは、ゆっくりと立ち上がり、Defenserの防御も解く。
動かなくなった腕でライオットブレードを構える。
こうなれば、せめて一太刀でも。とうつろな瞳で目の前の女性を見つめた。

白銀の槍の輝きが増していく。

「バルディッシュ、ごめんね。ヴィヴィオ、ごめんね。フェイトママもなのはママも帰れないよ、……なのは……ごめん」

脳裏を駆け巡るのは、あの楽しかった日々。なのはと初めてあった幼い頃の記憶。争って友人になって、そして肩を並べて戦うようになったこと。様々な光景が立て続けに現れては消えていく。
フェイトはライオットブレードを胸に抱え、ゆっくりと眼を閉じ、魔力を最大限に高めていく。
カートリッジが際限なくつぎ込まれ、巨大な金色の恒星がそこに現れる。

「……Over Drive Full Boost」

自分の体の限界を遙かに超える自己ブーストを重ねていく。全身がびきびきと音を立てる。
ピシッと微かな音が響き、こめかみから、赤い物が滴り落ちていく。
重ね合わされたライオットブレードが巨大なブレードを形作る。
立ち上る魔力がライオットザンバーのブレードを炎の刃紋に変えていく。

強烈な白銀の光が収束する。

金色の光が眩いばかりに輝いていく。

ゆっくりと、フェイトが眼を開き、すっと腰を落とした。全身をバネのようにたわめ、ライオットザンバーをゆっくりと八相に構える。
純白のマントを風に靡かせたR−シロツメグサが、輝ける虚無の兵器の切っ先を目の前の敵に向けた。

そして――