×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

りりる-5


「なにしてるんや……なのはちゃん、フェイトちゃん。遅すぎるで……」

殆ど変化の無い正面の全天パネルに表示されている”リドレー”の全体図を眺めながら八神はやては呟いた。それほど大きな呟きではないが、コンソールを操作する音と、空調の音だけが支配するブリッジの中で、予想外に大きく響く。
なのはとフェイトが転移してから、言いようのない緊張に支配されていたブリッジの空気を、その呟きが破ったことは確かだった。
ロボットの様にディプレイを見つめていた、シャーリー達が、それを切っ掛けにほっと息を吐いて後ろの艦長席に振り返った。

「はやてちゃん、いくらなんでもまだ早いですよー」
「そうです、突入してまだ十分しか経ってません。八神部隊長」

自分専用に特設された専用コンソールに向かっていたリインがふわふわと浮かび上がりながら、肩をぽんぽんと叩いている。ブリッジの極度に緊張した空気に、知らずに体が固まっていたのだろう。舌っ足らずにも聞こえる言葉は、その場の緊張をゆっくりとほぐしていく。
情報管制担当のシャリオもリインの言葉に賛意を示す。
操舵のルキノや航法のメイフェアからも、シャーリーと同じような眼を向けられたはやては、シートの背もたれに体を預ける。
ゆっくりと手元のコンソールに目をやった。
そこにデジタルの数値が映し出されている。なのは達が突入してからの時間、即ち作戦経過時間だった。
その数値が無情にもくるくるとカウントアップしている。
何度読み取って見ても、確かにシャーリーの言うとおり十分程しか経過していない。
ほんの十分。だけどはやてには、一日にも感じられる程の長い十分だった。
作戦開始から、ここまで沈黙が続いていると言う事実と、何も判らない新人が突入しているわけではなく、百戦錬磨のエース達が突入していると言う事実。この二つの現実が、はやての中で言いようのない警鐘を打ち鳴らしていた。

「やけどなぁ、突入成功したでーって報告があってもええとおもえへんか? なのは隊長とフェイト隊長がそろってて十分もたってんのに、その報告すらないことがおかしいわ」
「通信が繋がり難いのもありますけど、そう言われるとその通りですね……」

はやての言葉に、シャーリーの声が徐々に小さくなる。
リインとシャーリーが顔を見合わせる。そんな様子を眺めながら、はやては独りごちる。

(確かに、あのリドレーの周囲には何らかの未知のシールドが張られている。それが通信なんかを阻害しているのは事実や。しかし……、リドレーの内部からは通信が繋がらないのかもしれん。でも……、もし……)

ふっと脳裏をよぎった言葉が、はやての心の警鐘を増幅していく。

(もし……、通信が繋がらないやなくて、通信を”繋げられない”んやったら……)

シートの背にもたれ天井を見上げていたはやてが、反動をつけて立ち上がる。正面のパネルに表示されている”リドレー”をじっと見つめた。
アレは生きている。そして投入した最新鋭のステルス観測機を即座に発見、破壊出来る能力を持っている。
であれば、今のなのは達の状況は……

(通信を繋ぐだけの余裕がない……?)

思考が重ねられて行くにつれ、徐々にはやての表情が厳しくなっていく。そして、自分達の司令官の雰囲気につられ、ブリッジも徐々に緊迫していく。
厳しい目でパネルを見つめていたはやての横に、不意に空間ディスプレイが立ち上がる。そこには黒檀色のセミロングのストレートヘアで鋭い目つきの女性が映っていた。紺色の制服が鋭利な刃物の様な印象の女性を際だたせる。
なのはの率いるアタッカー隊の副隊長であるアクセラだった。
三十の半ばに差し掛かろうという、怜悧な女性は、なのはやはやてからすると一回りほど年長の部下ということになる。
通常の組織構造から考えると、極めて異例のことになるはずだが、魔法能力という評価要素がある管理局では、こういった年齢と階級の逆転現象は比較的多く見られるケースである。
とはいえ、ここまで年齢差が開くのは珍しい。
まあ、一人で何十人もの局員を相手に出来るなのはやフェイト、はやて達が極端すぎるほど強力で異例中の異例であるから、仕方がないのかも知れない。
新人や比較的若いメンバーが多かった機動六課時代と異なり、前線部隊に配属された百戦錬磨の隊員の経歴を見たはやてが、黒髪の提督のお尻に黒い尖った尻尾がついていることを確信したのは数ヶ月前だったか。
ディスプレイの向こうのアクセラが一分の隙もない敬礼を解き、印象的な鉄紺色の眼ではやてをじっと見据える。
全てを見通すような、深い沼の様な瞳に見つめられはやては一瞬たじろいだ。
その微かな動揺を悟ったのか、冷血魔女とも陰で揶揄されるアクセラがふっと口元を綻ばせる。そうすると一転して雪解けの早春のような穏やかな雰囲気に変わる。

「だめですよ、八神部隊長、部下を送り出した司令官はどっしりと構えてもらわないと」
「アクセラ……」

なのは達が出払っているため副隊長の彼女達が作戦司令室に詰めているのは容易に想像がつく。そしてブリッジの様子をみて見て察知したのだろう、しっかりと釘を刺しに来た。
その状況察知力と細やかな配慮に、はやては流石やな。と舌を巻く。
苦笑を返すしかないはやての横に、もう一つの空間ディスプレイが広がった。
フェイトが率いるウイング隊の巨漢の副隊長であるサイオンの顔がスクリーンいっぱいに広がる。その暑苦しさに思わず仰け反ったはやてに破鐘の様な笑い声が届く。
くすんだ金髪にちらほらと白い物が混じり始めた武闘派の魔導師が、まるでやんちゃな小僧の様に笑っていた。

「そうそう、突入するのは俺達だけでいいですよ」

アクセラもサイオンも作戦司令室で議論を重ねていたのだろう。そして、なのは達からの連絡が無いことではやてと同じ結論に達しているようだった。
更に自らの司令官の焦りもしっかりと認識しているらしい。上官として危険な任務を部下に命令する八神一佐としての立場。幼馴染みで無二の親友としてのはやての思い。二つの立場に板挟みになって焦燥が募っていることを。
そして、司令官自らが”リドレー”に突入しようとしていることを。
サイオンの言葉に、苦笑するしかないといった表情を浮かべるアクセラだったが否定するつもりはなさそうだった。
部下達の配慮に感謝しながらも、はやての冷静な部分がサイオンが打診してきた突入方針を計算する。
曰く、残存する探査機器をリドレーの近くに転移させ、ランダムで移動させてデコイにする。そして汚染地域などの作業用に積んでいるガジェットを同タイミングで船内に先行突入させる。船内が混乱するのに乗じてアタッカー、ウイング両隊が転移して隊長達を救出する。
敵情が正確につかめているのであれば、特に意義を差し挟むことはない。しかし、今は何も判っていない。
そもそも、一方的に敵扱いしているが、果たしてどうなのか? 「超弩級のロストロギアである」と言う点でネガティブなイメージを抱きすぎてはいないか?
ただ、今となっては敵と認識せざるを得ないかも知れない。
そして、”敵”であるならば、戦力と布陣の把握は最低限抑えておかなければならない情報だった。でなければ、作戦立案も何も出来るわけがない。
”リドレー”に関する圧倒的な情報不足を打開しようと、危険な偵察任務を背負って突入したなのはとフェイト。
フェイトの言うとおり、二人をロストしたと見なして一時的に撤退するのが、本当は正しいのだろう。
正しいのだろうが……、そんなことは出来ない。
はやての心を見越したアクセラとサイオンの提案は魅力的に映るが……大事なことが抜け落ちている。

「いや、それは許されへん」
「八神部隊長?」

苦悩に満ちた、しかし、部下の手前それを必死に押し隠そうとしているはやての言葉に、副隊長達が訝しそうに見つめ返す。

「ひとつ聞くで? 高町隊長とハラオウン隊長の二人を相手に、あんた達のアタッカーとウイング両隊で勝てるか?」
「……いえ。残念ながら、良くて引き分けです」

実力主義の前衛部隊に身を置く彼等にとって、はやての言葉は鋭い錐の如く全身に突き刺さる。しかし、厳しい言葉の中に、己の上司の言いたいことを察知した二人は表情を改めた。
起動六課を率いてJS事件を解決に導いた経歴はまぐれではないらしい。続く言葉で二人は白旗を揚げる。

「じゃあ私が後方から支援したらどうや?」
「……分かりました。」

二人は部隊設立時の連携訓練を思い出した。
危険だから。と笑う年若い隊長陣に連れられて、首を捻りながら砂漠地帯に赴いた訓練カリキュラムを。
全員が全員とも一線級の魔導師で構成された、特殊部隊である自分達に必要なものは各自の能力特性の周知と信頼感の醸成、そして戦術、連携パターンのすりあわせだった。
一通り連携や戦術パターンを確認した後、各員の戦力把握と言う名目で模擬戦を行った。
超が付くほど著名な三人の隊長陣ではあったが、リミッターのかかっていない最大出力を見たのは、その時が初めてだった。
戦艦の主砲のような巨大な砲撃が乱舞し、天空を無数の雷が染め上げ、そして悪夢の様な広域魔法が炸裂する。
今までの常識と言う常識を、軒並み崩された一日だった。
確かに、あの逃れようのない広域魔法支援があれば、余計なことを考えずに全攻撃力を一点に集中することが出来る。

魔導師の部隊は、言うなれば異種混合の組織。同一戦力、種別の物を数を揃えて運用するのではなく、歩兵と戦車と戦闘機が一つの分隊として行動するようないびつな組織。
そして、この部隊には戦闘機どころか超弩級戦艦や、戦略爆撃機までもがいる始末。常識では何も判断出来ないということだった。

「ひ どいこと言ってごめんな、だけど、戦力の小出しはあかん。こと強行偵察任務という観点からしたら、小回りが利いて固くて早いあの二人のツーマンセルはある 意味最大戦力やし、変に部下がおらん方が全力を出せる。連携したあの二人を突き崩せる敵なんて見たことがない。だから送り出したんや。
でもここまで反応がないとなるとな、そうも言ってられへん。
もし、あの二人が手こずってるんやったら、あんたらだけで突入しても足枷になって各個撃破の的になる可能性があるんや」

苦虫を噛み潰したような表情の二人の副隊長を前に、表情を一瞬曇らせたはやてだったが、次の瞬間には強い意志の籠もった眼で二人を見据えた。
ア クセラもサイオンも、実力主義の世界で一線を張ってきた人間だ。どう見てもぽっと出たての若造にしか見えないはやてに、お前達は弱い。と言われて平静では いられない。だが、その小娘とも思える人物が自分達よりも遙かに強大な力を有し、幾多の修羅場をくぐり抜けてきたことも事実。
そして、正しく現状を理解し、私事を捨てて指揮官たろうと努力しているのもはっきりと分かる。
であれば、この年若き司令官を支えることも自分達の役目かも知れない。二人の副隊長は、密かに苦笑を交わしあった。

「……あと十分や、もし、十分たっても何の連絡もない場合は、救出作戦に切り替える。アクセラ、サイオン両名は各自部隊を率いて転送ルームに待機、装備を揃えて突入の準備を。シャリオ、メイフェアは探査機のプログラミングとガジェットの調整」
「はっ」

何かを吹っ切ったようなはやての言葉に二人の副隊長達は、一分の隙もない敬礼を返した。シャリオ達も立ち上がって復唱した後、コンソールに向かって、猛然と手を動かし始める。

「リインも頼むで」
「はいっ! はやてちゃん! じゃなかった、八神部隊長!」

シャリオの横に浮いていたリインフォースの言葉に、穏やかな笑みを浮かべたはやては、ゆっくりと席に腰を下ろした。胸にかけているシュベルトクロイツをきつく握りしめる。

「なのはちゃん、フェイトちゃん……ほんまに大丈夫なんか?」

口の中で弾けた呟きは、今度は誰にも届かなかった。厳しい表情のはやての瞳は、ノイズだらけのリドレーの全景映像に吸い付けられていく。
リドレーは、そんなはやての視線の前で何も変わらず、ただ、そこにあった。



§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §



絶 え間なく機械音が響きカートリッジが次々にロードされていく、そのたびにフェイトの全身にうねるような魔力の渦が絡みついていき、負傷した腕から切り落と したくなるような激痛が巻き起こる。未だかってここまで無茶をしたことはない。しかし、ここで無茶をせずにどうする? フェイトは崩れ落ちたなのはを背にかばうように、目の前の敵を見つめる。
抜けるような空の色の髪を持ち、紅茶色の瞳の女性は、ほとんど表情を変えずに白銀に輝く槍を掲げている。
その槍がゆっくりと自分に向けられる。
全身を覆う恐怖心に鳥肌が立つのを抑えられない。しかし、逃げることは出来ない。

フェイトは半眼にして視線を切り、全身を駆け巡る激痛を忘れ、雑念を消し、精神を集中させる。

―― ただ一点を狙う。

未だかってないほどの魔力をライオットザンバーに込めていく。

―― ぎしぎしと体が軋む。

限界まで練り上げられた魔力が、爆発の前の一瞬の静謐をもたらす。

―― まるで爆発の直前の無音の世界の様に。

己の主を心配するように黄色いコアが激しく明滅し、ひっきりなしに文字が浮かぶ。

―― バルディッシュをきつく握りしめる。

赤い雫が頬を伝い頤から雫となってぽたりと落ちる。幻聴かも知れないが、雫の風切り音すら聞こえてくる。

フェイトがかっと眼を見開いた。

―― いざ。




「だめーーーーーーーっ!」

少年の甲高い叫び声が響き渡ったのはそんな時だった。

「え?」
「イチヒコッ!?」

極限の集中を突き破った叫びがフェイトの耳に届く。忘我の極地から現実に引き戻されたフェイトは目を瞬かせた。
自分が今どこにいるのか、一瞬混乱する。そして、目から入った光景が、ゆっくりと頭の中で結実していく。
あの槍の前に少年が両手を広げて自分を庇うように立っていた。その先に愕然とした表情の青い髪の女性の顔が見える。
白銀の槍を持つ女性の眼は自分に向かっていなかった。慌てて少年に突き付ける格好になっていた槍を外している。
そして、少年は青い髪の女性と桃色の髪の少女に向かって頬を膨らませ、強張った視線を向けていた。
上空に浮かんでいた少女もその様子を見て、憤然とした表情でゆっくりと青い女性の横に降り立ってくる。

「ヒナもしろ姉も喧嘩をやめてよっ」
「イチヒコッ、だってこいつら、あんたに武器を突きつけたのよっ!」
「……そう、許せない」

その言葉に、憤懣やるかたないと、ぷぅっと年相応に膨れた表情の桃色の髪の少女が腰に手を当てて、フェイトを庇う形になったイチヒコと呼ばれた少年に憤りをぶつける。そして、青い髪の女性は、槍を下に向けつつ眉根を寄せて同じく厳しい目で少年を見つめていた。
先ほどの緊迫した雰囲気が一気に霧散している。冷厳な裁断者であった敵は、年相応の少女達に変わっていた。
今の彼女たちはフェイトに眼もくれていないし、隙だらけに見える。だが、なぜか、その少年を楯にして彼女達に攻撃を加える気にはなれなかった。
正直言って目の前の状況にフェイトは戸惑っていた。困惑していた。と言って良いだろう。
そしてそんな彼女をよそに、少年は握りしめた両手を振り回し、少女たちの怒りを真っ向から受け止めていた。

「ぼくは何もされてないよっ、ただ、話してただけなのに、なんでいきなり喧嘩ふっかけるんだよっ! そんなに喧嘩ばっかりするヒナとしろ姉なんか嫌いだよっ」

イチヒコは目の前のしろ姉とヒナを前に、一歩も引かなかった。

目を釣り上げたヒナと剣呑な光を目に宿したしろ姉は怖かった。思わず、家に飛んで帰って下着を変えないといけないんじゃ? と思うくらい怖かった。
だけど、もう見たくなかった。大好きなヒナとしろ姉が怖い顔をして、争う光景なんか二度と見たくなかった。
なにを誤解しているのか判らないけど、喧嘩相手の変な名前の人も悪い人じゃない。
いきなり棒やら光る鎌みたいな物を突き付けられた時はさすがに怖かった。だけど、すぐに引っ込めてくれた。
その後は、二人とも、みず姉みたいに優しい顔をしてた。
だから、そんな人に目の敵のように喧嘩をふっかけるヒナたちを見てられなかった。
あと、思い出されるのは、ベニバナとヒナの喧嘩のこと。

―― 僕にしがみついて、震えるだけのヒナ
―― 船の外で、おびえるだけのヒナ
―― 一緒にいたい!って泣くじゃくるヒナ

そんな光景は、もう見たくない。”いちばんだいすきなやつ”が、”こいびと”がそんな思いをするなんていやだ。
喧嘩がどんどん大きくなって、また、ヒナが同じような想いをするのなんて耐えられない。
だから、……だから、何が何でも喧嘩をとめなくちゃ。
その想いがイチヒコを動かした。
大それたことじゃない。
先を見越した判断でも何も無い。
ただ、嫌だったから。
ヒナが、しろ姉が何か変なものに変わっていきそうで嫌だった。
そんなのは嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。絶対嫌だ。
イチヒコにとっては、ただそれだけのこと。だけど彼にとっては、この世で一番大切なこと。

そしてイチヒコは、ヒナとしろ姉をキッと見据えた。ぜったいに引くもんか。と両手を広げて全身で表現する。

「わかったわよっ! やめればいいんでしょっ、やめればっ!」

R−ヒナギクは、ぷぅっとふくれっ面のイチヒコを見、そしてその後ろの金色の髪のチャペックが戸惑ったように動きを止めているのを見つめた。
やがて、大きなため息をついて、自棄になったように荒々しく兵装を格納した。
あの金色が、この状況でイチヒコを人質に取ろうとしないことも、判断の一つになったのではあるが、何よりもイチヒコの目に負けた。自分の意志をしっかりと持った目に負けた。
あの目は前に見たことがある。船の外でベニバナと争った時の目……。

(そんな目をされたら、なにもできないじゃないっ!)

わかってしまった。イチヒコが自分の為に怒ってるってことが、わかってしまった。
イチヒコの想いはしっかりと伝わってくる。とても温かいその想いが、心のどこかをほわほわと暖かくさせていく。
しかし、だからと言って、はいそうですか。と従うことは、なんとなく癪だ。心配してくれるのは、とっても嬉しいけど、弱みを見せているようで、心の中がなんだかもきゅもきゅとする。
だから、顔が緩んでしまいそうになるのを必死で抑えて、しかめっ面を作った。

「……R−ヒナギク、本気?」

隣に降り立ったR−ヒナギクが不貞腐れたようなふりをしつつ、実はどこか嬉しそうに兵装を格納するのをみて、R−シロツメグサは戸惑ったように傍らの”近所の子”を見つめる。
確かに、イチヒコを守ることも出来たし、目の前の敵の戦力も把握できている。しかし……

「しかたないでしょっ! イチヒコがそう言うんだからっ! R−シロツメグサッ あんたはどうすんのよっ」
「……わかった」

R−ヒナギクの妙に荒っぽく聞こえる棒読みな答えと、ぷうっと膨れるイチヒコを見比べていたR−シロツメグサも、しばらくして溜息をついて諦めた。
憮然とした表情で手にした槍を光に帰す。
どうせ、目の前の金色の髪のチャペックも何もできない。何かしようとすれば、有無を言わさずドレクスラーで固めればいい。イチヒコさえ手元にいるのであれば、艦内をドレクスラーで溢れさせてしまってもかまわない。
イチヒコの安全が確保できている以上、多少暴れようとも、なんら問題はない。それこそ、”外”に放りだして、六種兵装のR−ダリアやR−キンポウゲに任せてしまえばいい。
よくよく考えれば、私はいったい何をしていたのか?
妙な徒労感をR−シロツメグサは感じていた。

「ありがとっ! ヒナ、しろ姉っ! 二人とも大好きっ」
「あ、あ、あ、あんたねぇ、ち、ち、ちょっと、は、は、離しなさいよっ!」
「……!?」

イチヒコの目の前で二人が、釈然としないまま兵装を消した。
そして、剣呑だった雰囲気が、ゆっくりと解れていく、怖かった目がいつもの目に戻っていく。

――よかった、いつものヒナといつものしろ姉だ。

怖い表情も怖い雰囲気もない、いつもの二人。なんだかんだ不平不満を言いつつも自分のことを考えてくれる二人に戻ったことに、イチヒコは嬉しくなって二人に駆け寄りって、飛び込むように抱きついた。
思わず口から出た言葉に、ヒナが一瞬で顔を真っ赤にして腕を振り回して狼狽え、しろ姉が頬を染めて目を見開き、呆けた様に硬直する。
それが面白くて、嬉しくて、さらに顔をこすりつける。

「や、ば、ばか、ちょ、ちょっとやめなさいよっ!」
「……イ、イチヒコ……もっと……する」


目の前の光景に、あっけにとられていたフェイトだった。
何故だか、あのイチヒコと名乗る少年のおかげで破滅的な危機が去ったらしい。敵対していた青い髪の女性も、桃色の髪の少女も今は普通の女の子のように振る舞っている。その落差に戸惑いを感じる。

「なのはっ、なのはっ」

ほっと一息つきたいところだったが、今はそれ以上に、いや何よりも気がかりなことがあった。
目の前の訳の分からない光景を頭から消し去って、なのはの元に疾く戻る。恐怖にぶるぶると震えそうになる体を必死に抑え、なのはの側に膝をついた。
クレーターの中央に横たわるなのはから、辛うじて小枝を振った時のような微かな呼吸音が聞こえる。

(よかった。まだ呼吸はある。まだ間に合う。まだ大丈夫。まだ……)

フェイトは自分をそうやって励ましながら、今までに練り上げた魔力の全てを込めてなのはの治癒に向ける。
なのはの額に手を翳し、必死にフィジカルヒールをかける。
自分の知っている魔法で、一気に傷を消すような物は知らないし、ミッドチルダの魔法で見たこともない。はやての夜天の書の中にひょっとしたら、そう言う魔法があるかも知れないが、今、この状態のなのはを次元転移させるなんて危険すぎて出来ない。

(少しでも傷を治さないと)

フェイトは怖かった。
なのはがもう眼を開けないんじゃないか? という嫌な未来が囁いて来る。もう無理だ。という幻聴が四方から聞こえて来る。自分の足下がぐらぐらと音を立てて崩れていくようで、怖かった。
顔面を蒼白に、がくがくと震えながらも、その恐怖を振り払うように必死に魔力を込める。

「ほらみろ、ヒナのばか力、怪我しちゃってるじゃないか」
「だ、だ、誰がばか力よっ、あんたを守るために戦ったんじゃないっ! で、なんで、わたしが怒られるのよっ」
「ばか力はばか力だろっ」
「なによっ、少しは私に感謝しなさいよっ」

その二人の様子を、クレーターの縁からそっと覗いていたイチヒコが、すぐ隣で同じように見ているR−ヒナギクの脇をつつく。一瞬でゆでだこの様に顔を真っ赤にしたR−ヒナギクが、がぁっと喚き返す。

「しろ姉?」
「……少し、待つ」

R−シロツメグサが怪訝そうな表情を浮かべた後、すっと歩き出したのはそんな時だった。
首を傾げるイチヒコに眉を寄せて複雑な表情を浮かべた青い髪の”姉”は、風にマントを靡かせながら、なのはに近づいた。

「くっ!」
「……じゃま」

気配を感じ咄嗟に振り返ったフェイトが、ザンバーフォーム形態のままのバルディッシュを突き付ける。
青い髪の女性は、みぞおちに突き付けられた剣をまるっきり気にもせずに、手で横に払った。
その態度に気が立っていたフェイトの心が一瞬で怒りに溢れる。だが、その怒りを足下からの掠れたか細い声が霧散させた。
荒い呼吸のなか、なのはが片眼をうっすらと開けていた。

「……フェイ……ちゃん、……いいの。……バルディ……納めて……」
「なのはっ! なのはっ! 大丈夫?」
「……うん」

フェイトは、慌ててなのは横に膝をついた。
自分の状態を気にせずに、必死で微笑みを浮かべようとする痛々しいなのはの頬をそっとなでる。
その感触にようやく開いた片眼を細めるなのはを見て、安堵感で思わず嗚咽がこぼれる。

―― 助かった。ちゃんと生きてる。助かる……

限界を超えたオーバードライブの影響がどう出るか。なのはも自分も含めて後遺症がどれほど出るのか分からない、ひょっとしたら半身不随とかになるかも知れない。だけど、生きてさえいればいい。生きていれば……。
その想いがフェイトから熱い雫となって溢れ落ちる。

「……やっぱり……人間《マンカインド》」
「……え?」

熱い物を頬に滴らせるフェイトの横に、すっと青い髪の女性が膝を降ろす。ゆっくりとなのはの額に手を当て、真剣な表情のまま固い声で呟く。
悪意も敵意も感じさせない滑るような動きに、フェイトは邪魔をして止めるという気すら起きなかった。だが、その言葉に怪訝な物を感じ、顔を上げて整った横顔を見つめる。
見つめるフェイトに、ちらっと一瞬だけ視線を送った後、再びなのはに視線を戻した女性が目を閉じる。やがて、その手が薄く発光する。
同時になのはの全身も白く淡く輝いた。
あっけにとられるフェイトの目の前で、なのはの傷が逆回しの映像を見ているように塞がっていく。
みるみるうちになのはの表情が穏やかになっていき、血行が明らかに戻っていく。呼吸が落ち着き、ゆっくりとした深い呼吸に変わる。
フェイトは自分の目が信じられなかった。こんな魔法は見たことがない。呪文の詠唱もせずに、デバイスの助力も借りずに……。
いや、ひょっとしたら額のクリスタルがデバイス……? もし、その額のクリスタルが”レリック”であるならば、体に直接レリックを埋め込む技。ヴィヴィオが聖王として造られたのと同じような技? となると、やはりこの船は、住人も含めてロストロギア……。
青い髪の女性の魔法がフェイトの心を千々に乱れさせる。

「……直した」
「あ、あ、ありがとう」
「……いい。イチヒコが悲しむから治しただけ」

フェイトの混乱を尻目に、なのはの額においていた手をそっと離し、青い髪の女性がゆっくりと立ち上がる。
ついさっきまで、自分たちを撃滅しようとしていた敵が、自分たちを治癒する。その心の変遷が理解できなかった。
フェイトはあっけにとられたまま、なのはとその女性を交互に見つめる。そして、なのはが明らかに回復していることを感じ、呆然としたまま目の前の女性に感謝の言葉を向ける。
青い髪の女性はちらっとフェイトを見た後、そのまま少年達の元へ向かう。
風に乗って微かに聞こえた答えに、照れがあるように思えたのはフェイトの気のせいだろうか。

R−シロツメグサが、イチヒコの元にたどり着いて口を開こうとした時、草原の向こうから金髪の女性が髪を振り乱して走ってくるのが見えた。
走り寄ってくるR−ミズバショウに気がついたイチヒコが笑顔で手を大きく振る。それに気がついたのか、豪奢な金髪を振り乱して不安に充ち満ちた表情が、一瞬で笑顔と泣き顔の入り交じった表情に変わる。

「イチヒコさんっ」
「あ、みず姉」
「イチヒコさんイチヒコさんイチヒコさんイチヒコさんっ!」

R−ミズバショウは走り寄ったそのままの勢いで、イチヒコを抱きしめ、そのまま草原に倒れ込む。
押し倒す格好になっているが、そんなことはお構いなしに、頬をイチヒコの頭に擦りつけながら、最愛の少年の名前を繰り返す。

「わぷっ、ちょ、ちょっとみず姉、どうしたのさ」
「わたし、心配で心配で……」

イチヒコは顔を抱きしめられ、豊かな胸に挟まれて息苦しさを感じつつ、顔を真っ赤にして慌てる。
R−ミズバショウは、そんなイチヒコの表情を見て零れる涙をそのままに、更にぎゅっとイチヒコを胸に掻き抱く。

「ミ、ミ、ミ、ミズバショウッ! イ、イ、イチヒコが苦しそうよっ」
「……R−ミズバショウ。やり過ぎ」

イチヒコがR−ミズバショウに押し倒され、豊かな胸に抱きしめられて顔を赤くしているところを見たR−ヒナギクとR−シロツメグサは唖然憮然とした表情を浮かべ共同戦線を張る。
イチヒコが熟れたトマトの様な顔で、わたわたとしている姿を見つめ、ようやく安心したのか、R−ミズバショウが零れた涙を拭きながら微笑みを浮かべた。

フェイトがなのはに肩を貸して、クレーターから上がって来たのはそんな時だった。
治癒を受けたとはいえ、少し前は瀕死の重傷であったのは変わりなく、本調子からはほど遠い状態だった。なのはとフェイトの表情には色濃く憔悴がこびりついている。

「あなた達……」

R−ミズバショウがはっとしたようになのは達を見つめる。水色の瞳が不安に揺れる。
しばらくの対峙の後、ゆっくりと言葉をつなげようとした時、R−シロツメグサが口を開いた。

「……R−ミズバショウ、とっても大事」
「え? 何かしら? しろさん」

思い詰めたようなR−シロツメグサの声に、なにか嫌な予感がしたR−ミズバショウが振り返る。
そこには真剣な表情の、彼女の"夫"がいた。
何を言い出すんだろう? と怪訝そうな表情のR−ヒナギクとイチヒコの視線もR−シロツメグサに集まる。
R−シロツメグサの白い繊手がゆっくりとなのは達を指さす。

「……あれは高等被造知性《チャペック》じゃない。……あれは、人間《マンカインド》」

そして、爆弾を落とした。

「え? うそっ」
「うそでしょ? R−シロツメグサッ」

その言葉にR−ヒナギクとR−ミズバショウが顔色を変え、悲鳴じみた声を上げる。
サン=テグジュペリ号の第三市民でもない、まるっきり関係の無い"外の人間"がここにいること。そして、その”人間”が彼女達の知っている人間からはまるっきりかけ離れた戦闘能力を持っていることに。
彼女達の知る”人間”からはほど遠い”人間”がそこにいる。

「こんなことで嘘は言わない」
「そんな……」

R−シロツメグサの断定する言葉に彼女達は絶句し、そして、何か不気味な物を見る様な表情でなのは達を改めて見つめる。

チャペック達に一斉に見つめられ、一瞬たじろいだなのはとフェイトが顔を見合わせる。
念話で会話する必要も無く、お互いの眼を見るだけで意見が一致した二人は軽く頷きあった後、バリアジャケットを解き、デバイスをスタンバイモードにして、戦意が無いことを表す。そして、なのはが代表して必死に体を支えながら一歩前に出た。
少年を背に庇っている一番年嵩に見える金髪の女性がこの場のリーダーなのだろう。そう感じたなのはは、自分達に向けている強張った表情を崩さないその女性を見つめる。

「あ、あの……、私は時空管理局統合幕僚監部特務機動隊の高町なのはと言います。そして、こちらが」
「同じくフェイト・T・ハラオウンです」
「……」

なのはは中央のミズバショウと呼ばれていた名前の女性に視線を合わせて、出来るだけ静かな口調で語りかけた。しかし、彼女は警戒を解こうとはせずに、無言でじっとなのはを見つめている。その青い瞳が海のように深く、限りない想いが満ちていることを感じて、一瞬たじろいだ。
イチヒコと言う少年を自分の身で庇うかのごとく、自分達の前に立ちはだかるこの女性は、どれほどの経験を積んできたのだろうか、どれほどの想いを込めているのだろうか。
少年の左右を固めるように立っている翠の瞳、紅茶色の瞳の彼女達も同じような眼差しだった。気高く、何者にも屈さない。だけど愛する為に全てを投げ出せるような、そんな想い。そんな強さ。
そして彼女達が守ろうとしている、あの少年が最も大事な存在、最も大切な掌中の珠なのだろう。なぜ、そこまで一人の少年に重きを置いているのかまだ理解できないが、それだけは強く伝わってきた。

(とっても大切なの……ね)

彼 女たちの想いがなのはの心に響く。この宇宙船の中で、あのエリオに似た少年を大事に大事にしていたのだろう。そんな彼女たちに、イチヒコという名の少年 も、あきれるほどまっすぐに、想いを返しているのが分かる。であるならば彼女たちの宝物に条件反射であるとは言え、デバイスを突き付けた自分達に非がある のは明らかだ。
なのはは、視線を離さずにミズバショウの碧眼をしっかりと見つめ返す。

「私達は貴方方に危害を加えるつもりはありません。ただ、何も判らなかったので、調査の為に訪れました。手違いとは言え、イチヒコさんにデバイスを突き付けたのは、私達のミスです。申し訳ありません。謝罪します」

なのはがそう言ってゆっくりと頭を下げたことで、ようやく踏ん切りがついたのか、ミズバショウと呼ばれている女性が、微かに震える声で、口を開いた。その口調には明らかに、なのは達の行為を非難する響きが含まれていた。

「……なぜ、航宙法第十八条、同一項に基づく公式通信を行わなかったのですか? 敵意が無いのであれば、正しい経路で通信を行えば済む話ではありませんか?」
「こ、航宙法第十八条ですか?」

そ の女性の語る言葉に、戸惑ったなのはは、傍らのフェイトを見る。執務官としての職務上、数々の世界の法律を諳んじているフェイトであれば知っているかも。 という淡い期待からだった。だが、痛む腕を抱えているフェイトは、一瞬宙を見上げたが、固い表情でゆっくりとかぶりを振った。

「知らないとは言わせません。あなたも地球《ソル3》の出身であるならば、常識のはずですっ!」
「ちょ、ちょっとまって、待ってください。地球って……」

『なのは……、ちゃんと整理した方が良いと思う』
『フェイトちゃん……』

なのはとフェイトのきょとんとした表情にしびれを切らしたのか、金髪の女性の声が硬くなる。そして、その言葉に含まれる内容になのはは愕然とした。
そもそも、事の発端はこの宇宙船の外壁に”じてんしゃ”と平仮名で描かれている所から始まっている。そして船内で出会った少年、イチヒコ。そして明らかに日本語を話す花の名前を冠した住人達。
そして、決め手の”地球”と言う言葉。だが、この船を造る技術は今の地球にはない。
何がどうなっているのか。混乱するなのはに、そっとフェイトが念話を差し向け、口を開く。

「横から口を挟んで申し訳ありません。お互いの現状把握にいささかの齟齬がありそうです。正式な話し合いをさせていただいた方が良いと考えます。幸い、私は限定的ながら外交官権限を持っていますので、出来れば渉外機関の方とご連絡を取っていただけ無いでしょうか?」
「…… 外交官権限……ですか。分かりました。ご提案をお受けしましょう。私はISAAC-1011105HAL R−ミズバショウ、このサン=テグジュペリ号の最高権限知性《HAL》の代行機《だいこうしゃ》たる執政機、つまりこの船の代表です。ですので、話し合い となると私と言うことになります」

その言葉に、一瞬だけ額のクリスタルを瞬かせた金髪の女性は、フェイトをじっと見つめた後、微かなため息と共に口を開いた。
既に高揚していた時の印象は欠片もなく、涼やかな声が響く。

「ねえ、ヒナ、がいこーかんけんげんってなに?」
「知らないわよ。そんなの」
「……R−ヒナギク……」
「なによ」
「……なんでもない」

ミズバショウ達の会話の語彙が徐々に日常生活から離れていくにつれ、イチヒコには理解しにくい概念が混じってきた。
そもそも、”生まれて”このかた、この”町”から出たこともないイチヒコにとって、聞きなれないもの当然だった。一年ほど前に寄った星系で、三等船室の住人たちを下ろす時も、結局この町からほとんど出ることはなかった。
ふと、イチヒコは隣で同じように退屈そうな雰囲気のR−ヒナギクに疑問をぶつけてみた。
帰ってきた答えはイチヒコが、たぶんこうだろうな。と考えていた通りの答えだったので、思わず噴き出してしまう。
そんなイチヒコにR−ヒナギクは頬を膨らませ、ついっと顔をそむける。そんな些細な行動も、イチヒコは好きだった。
ひと昔前では、かちんと来る行動も、なぜか笑って流せるようになってきている。
そして横から聞こえたR−シロツメグサのあきれたような口調に、R−ヒナギクがじとりと横眼で睨み付ける。
ふぅとため息をついたR−シロツメグサが、やれやれとばかりに首を振り、R−ヒナギクが更に眉を跳ね上げる。
イチヒコはそんないつもの二人の会話を聞きながら笑っていた。
いつもと同じ。イチヒコが望んだ平穏。平和な毎日。だけどとっても大事な毎日。

(そういえば、たかまちなのはとふぇいとなんとか、って言っていた”人”達はどこから来たのかな?)

ふと、浮かんできた疑問に、イチヒコが首をかしげる。

「……イチヒコ、”外交官”は船と船、星と星の間で交渉を行う役割の古い言葉」
「へー、じゃあ、近くに別の船か星があるんだ」
「……そう。……でも、おかしい」
「おかしいの?」

イチヒコの疑問はR−シロツメグサの言葉で解消された。だが、R−シロツメグサは何かを考え込むように押し黙った。時折EESが煌めいているところを見ると、何らかの調査でもしているのだろうか?
しばらく返事してくれなさそうな”姉”を見たあと、イチヒコは視線を戻す。

「分かりました。では、直属上司に確認を取りますので、少しだけ通信を許可してください」
「許可します。ただし、当艦に侵入、抗戦した事実は曲げられません。武器を預からさせていただくのと、一時的に拘束させていただきます。よろしいですね?」
「はい」

ほぼ同年代に見えるR−ミズバショウと名乗った女性の申し出は妥当な物だった。そもそも、彼らから見たら自分達は不法に領域に侵入した重罪者であって、問答無用で打ち倒されてもおかしくない。
それをいくつかの僥倖が重なり、幾分穏やかに会話することが出来るようになっている。なのはとフェイトはR−ミズバショウの言葉を聞いて、顔を見合わせて安堵し、大きくため息をついた後、微笑みを交わした。
まだ、後退していたところからスタートラインに立とうとしているだけ。だけど、数分前の絶望的な状態からは格段に好転している。
拘束するというのは、現状を考えると仕方がない。軟禁されることなど、初めての経験で勝手が分からないけど、彼女達の様子を見ていると、特に怖がる必要も無いような気がする。
話していて実感するが、強力この上ない力を持っている彼女たちは、基本的に極めて穏やかな性質だ。騎士カリムやフェイトの義母のリンディのように強さと優しさを兼ね備えている。
自分たちが感じた”リドレー”に対する脅威。超弩級のロストロギアの脅威という認識も実際に彼女達と話してみれば薄れてくる。

フェ イトが通信回線を開き始めるのを横目に見ていたなのはは、R−ミズバショウに一言断ってから、気持ちの良さそうな草原に腰を下ろした。紅茶色の瞳のシロツ メグサと呼ばれている女性に治療をしてもらったが、全身の倦怠感は隠しようがない。正直立っているのもやっとだった。とてつもない重圧から解放されて、張 り詰めていた気が抜け、疲労感が全身を包み込む。
草原に腰を下ろしてみて、柔らかな草が見事にそろっていることに気がついた。忘れてしまいそうに なるが、ここは宇宙船の中。草原ですら管理されているはず。でも、この見渡す限りの草原を青々と揃えるのは、気が遠くなるような作業の様な気もする。も し、これほどの広さの草原を完全にコントロール出来るとすれば、逆に恐ろしい。
ただ、この草の感触は本物で心地良い。草の香りと柔らかな感触を手を滑らせて満喫する。
ふと、周りを見渡した。遠くにそびえる巨大な樹。甲虫か蝸牛を模したような有機的な建物。キラキラと光りを反射する湖。そして草原を渡る風と、その風にゆっくりと波打っていく色とりどりの花。雛菊、白爪草、蒲公英……。宇宙にぽつんと浮かぶ、限りなく穏やかな世界。
ヴィヴィオがここにいたら、走り回って喜びそう。
そう思ったなのはは、娘の笑顔を思い浮かべ、思わずくすっと穏やかな微笑みを浮かべる。

そんななのはの様子をR−ミズバショウ達チャペックはじっと見つめていた。



§  §  §  §  §  §  §  §  §  §  §



「八神部隊長! フェイトさんから通信です!」
「なんやて、はよ繋いでっ」
「はいっ」

タイムリミットが来て、作戦の最終確認を転送ゲートで行っていたはやて達に、ブリッジから緊急連絡が届いた。バリアジャケット姿で、真剣な表情のはやての顔が、いくばくか明るくなる。はやての言葉と同時に、喜色満面のシャリオの映像がノイズ混じりの映像に切り替わる。
一面の緑の中、バリアジャケットすら着ていない制服姿のフェイトの姿が映る。
あの緑色は植物か? と訝しく思ったはやてだったが、フェイトの顔を見た瞬間、そんな些細な疑問は吹っ飛んだ。

「フェイトちゃん、無事やったか? って、なんやのん! その怪我っ! 大丈夫なんか? なのはちゃんは? どないしてん? 何がおこってるんや?」
「……はやて、じゃなかった八神一佐、そんなに、立て続けに質問されても答えようがないよ」
「ごめん、で、どうや?」

フェイトの額から幾筋も血の流れた後があった。無造作に拭ったのか、途中で掠れて黒くなっている。よく見ると腕も抱えている。
フェイトの負傷姿に、はやてに悪夢がよぎる。だが、蒼白な表情のはやてに、フェイトはくすっと笑いかけた。
はやては、その表情で想像していた最悪の状態ではないことを感じ、大きく息をついた。
とはいえ、フェイトにこれほどまでの手傷を負わせる相手など、ほとんど見たことがない。あと、映像に映らないなのはの動静も懸念が残った。
そんなはやての表情に気がついたのか、なのはが写る様に体をずらす。草原らしき場所に座ったなのはがそれに気がついてゆっくりと手を振っていた。
なのはもバリアジャケットを脱いでいたが、表情は比較的穏やかだった。それを見てほっと一息ついたはやてに、フェイトが真剣な表情で告げる。

「えっとね、一応無事。で、リドレーの住人達とのコンタクトがとれたんだ」
「なんやて!?」

はやては言葉を失った。リドレーは生きている。それは確かだ。生命反応があるという点からも、”住人”がいることも確実だった。
ただ、二千年もの昔から飛び続けている船の住人というものがいかなる存在か。人の姿なのか、人とはかけ離れたものなのか。

「で、ちょっと、いろいろあって、今は拘束状態なのかな?」
「ちょっとまってや、フェイトちゃん。拘束状態やて?」

言葉に詰まったはやてに、フェイトが言い難そうに眉をよせて、苦笑いを浮かべた。その尋常ではない単語に、はやては目を剥く。拘束状態ということは戦闘を行ったか、両手を上げたか。幼馴染の怪我の状況を確認するに、前者なのだろう。
最強のツーマンセルが、この短い時間に捕縛されているということに、はやての中にリドレーの住人たちへの警戒感が沸き起こる。
改めて救出作戦から練り上げる必要がある。そう感じたはやての表情が厳しくなる。




……が。


「うわぁ、すごいね、このテレビ。空中に浮いてるよ? あ、なんか人が映ってる」

はやての目の前でフェイトが横を見て狼狽したかと思うと、ドアップで少年の顔が写った。
どこかで見たことがあるような顔やな。と漠然と感じたが、よくよく考えると、おかしい。なぜこんな少年が写る?

「こら、イチヒコ、やめなさいよ」
「ちょ、ちょっとイチヒコさん。お邪魔しちゃ駄目ですよ」
「はーい」

そうこうするうちに、桃色の髪の少女がその少年の手を引っ張って行き、音声だけだが、やわらかい物腰の女性の声が聞こえた。

「フェ、フェ、フェイトちゃん? なんや? なんや?」

明らかにおかしすぎる。
は やての狼狽した表情に、同じく苦笑いを浮かべたフェイトが、映像を切り替える。そこには先の桃色の髪の少女に引きずられた少年と、二人の女性が写った。そ して、草原が広がる中で、半ばじゃれあうように見えるその光景は幼馴染みの負傷状況とは裏腹に、場違いなほど穏やかな光景に見える。
この光景を見せたのは、状況を端的に説明する為のフェイトの配慮なのだろう。となると、彼等が”リドレーの住人”なのか。
再びフェイトの横顔のバストアップに戻った。

「あ、うん、話せば長くなりそうだから、とりあえず要件だけ。このリドレーの住人たちと執務官として話をしたいんだけど、いいかな」
「執務官として……なんか。ん、分かった。フェイトちゃんに任せる。やけど、ほんまに無事なんやな」

何とも微妙な表情で、少年たちの光景を見ていたフェイトが、はやてに視線を戻した。
その言葉に含まれる内容で、予想以上に大きな問題になりそうだとはやては感じた。
執務官として。ということは次元犯罪に関するものか、法的なもの、それも”次元世界”の話になるはず。
……リドレーの場合は、後者だろう。
現場の指揮権は完全に委任されているとはいえ、上長であるミゼットにどのように報告するか、考えれば考えるほど頭が痛くなる。
はやては頭を抱えるしかなかった。

「うん、大丈夫だよ、はやてちゃん。でもちょっとだけ、ここにいないと駄目かな」
「なのはちゃん……」

重ねて問いかけるはやての言葉に、なのはが横から映像を挟んできた。顔色は悪いものの、表情はとても落ち着いて穏やかだった。その顔を見てはやては頷いた。

「はやて、いろいろとややこしそうだから、私となのはで一旦会話してみるよ。また連絡するね、はやて」
「……わかった、気つけてーな」
「うん」

フェイトとの通信を切った後、とりあえず部隊を待機に戻し、シャリオに映像の分析を指示してから、はやてはブリッジへの通路を歩く。
状況が全然わからない。だが、少なくとも二人が捕まったのは事実だろう。洗脳されているような雰囲気は微塵もないので、二人が”会話する”と言うのであれば、それが必要と感じたのだろう。その判断に異を唱えるつもりはない。
そしてフェイトがわざわざ映し出し、じっと見ていたことを考えるとあの少女たちが”リドレーの住人”としか考えられない。
となると、二人はあの子たちに負けた? ……まさか。
はやての脳裏に、穏やかな微笑みを浮かべたなのはの顔が浮かぶ。
こういった時、個人の裁量でかなり動けること、時空管理局が個人に大幅に権限を持たせる組織であってよかったと思うと同時に、個人に頼り切りな脆弱な組織構造も浮き彫りになる。
ふわふわと横に浮かんでいる不安そうなリインフォースUに、あの二人だったら大丈夫や。と内心の不安を押し隠して笑いかけた。

(さて、鬼が出るか蛇が出るか、なのはちゃん、フェイトちゃん、頼んだで……。ひょっとすると、えらい騒動になるかもしれへんよ……)

はやては口を引き結び、幾分早足でブリッジへ向かった。