×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

りりる-6



――”夜”が来た。


なのはは、割り当てられた部屋で仰向けになって、ゆっくりと”空”を見つめる。
寝ているベッドが、その動きに合わせて、優しく背中を包み込む。
ウォーターベッドに近い構造のベッドはキングサイズほどで、なのはとフェイトが横になっても、十分すぎるほど大きかった。

なのはは目の前に広がる”夜空”を見上げる。
”雨”が降らないからか、この世界の建物に屋根というものはない。
野外で、テントにも入らずにキャンプをしてるような解放感と優しくそよぐ柔らかな風、草の葉鳴り。虫の音すら聞こえてくる。思わずここが宇宙船の中であることを忘れてしまいそうになる。
そもそも、深宇宙を旅する船の中で”雨が降らない”という考えが浮かぶこと自体がおかしいのだろうが、ともすると、ここが作られた世界だと言うことを忘れてしまう。

作られた、優しい世界。

隣の微かな寝息が聞こえてこなければ、このまどろみのような世界に一人ぼっちになった心細さすら感じてしまう。
吸い込まれるような、しかし、どこか無機質な夜空をしばらく見上げていると、ふっと視線を感じた。

「……なのは」
「……フェイトちゃん」

先ほどまで静かな寝息を立てていたフェイトが、なのはを見つめていた。何かを問いかけるような瞳は星の光に彩られている。
自分の瞳も同じように星の光が映り込んでいるのだろうか。と、とりとめのないことが、なのはの脳裏に浮かぶ。

ゆっくりと首を巡らせたフェイトが夜空を見上げ、つぶやくように囁いた。

「どうしたの? なのは。眠れない?」
「……うん」
「そっか……」

なのはもフェイトと同じように再び空に目を戻す。優しい音楽のような沈黙が二人だけの空間に響き渡る。この雰囲気の中、気が置けない幼馴染の関係でもある二人の間に煩わしい会話は必要なかった。
なのはは手をそっとフェイトの方に伸ばす。同じように伸ばされたフェイトの指と絡まる。
星空に吸い込まれていくような感覚に、幼き日を思い出して心細くなったのかもしれない。お互いがお互いの存在を確認するかのように、握る手に心が込められる。

「……ね、フェイトちゃん。ここは静かだね」
「そうだね」

フェイトのぬくもりが、つないだ手からゆっくりとなのはに伝わっていく。なのはのぬくもりが、ゆっくりとフェイトに伝わる。
ふわっと風が吹き、草原の葉が、花が、静かなオーケストラを編成する。
草原を渡る風は、窓を開け放っているなのはたちの寝室にも軽やかにステップを踏んでいく。
それは完全に気候が調整されている艦内とは思えないほど、自然な風だった。草の香りがする。

「……どこか、痛む?」
「ううん。フェイトちゃんは? こっちの腕だよね」
「うん、でも私は大丈夫。すっかり治してもらったから」
「そっか。でもすごいよね、あんなに簡単に怪我を治すなんて」
「……そうだね」

再びフェイトがなのはの顔を見つめて口を開いた。その瞳に不安の影を見つけたなのはは、安心させるように微笑んでから、ゆっくりと頭を振った。

確かに、大怪我をした。

なのはもフェイトも。特になのはの方は、本来なら即座にICUに放り込まれ、絶対安静にされるような状態だっただろう。しかし、R−シロツメグサと呼ばれる女性の”魔法”でほぼ完治している。
フェイトの方も”話し合い”の前に、同じく”魔法”による治療を受け、完治している。
骨折も、裂傷も、目視できないので推測だが、たぶん内蔵損傷すらそうだろう。映像の逆戻しを行うように傷口が修復していく治療魔法の力は、ミッドチルダの魔法技術でまだ到達できていない領域に位置していることは明らかだった。
そう考えると、これからのことは頭が痛い問題になるかもしれない。いや、確実になるだろう。今はまだ極少数の関係者しか知らないが、公になるとどんな騒ぎが巻き起こるだろうか。
今も生きている文明で、かつミッドチルダよりも明らかに高い技術水準を持つ”次元世界”が見つかった。ということが公表されれば……。

ただ、この”次元世界”は……。

なのはは再び”夜空”を見上げる。フェイトもまた。

「すごく優しい世界だな。って思ってたの」

なのはは手を伸ばした。子供が夜空の星を捕まえようとするように。
その手はむなしく空をつかむ。

「うん。……とっても優しくて、……そしてとても悲しい」

フェイトはそんななのはの行動を憂いを含んだ目で見つめる。

「フェイトちゃん」
「なに?」
「できれば、そっとしてあげたいね」
「……そうだね」

二人の頭上で人工の”夜空”は無数の光点を煌めかせていた。
人工の光点を。


§ § § § § § § § § § §


執務官として、それなりに経験を積んできた。
幾多の次元世界に足を踏み入れた。
次元世界との交渉事に立ち会ったこともある。
同年齢の局員よりも経験してきたことは多い。
修羅場を潜り抜けたこともある。それこそ少女の時代から、数知れず。

しかし、フェイトにとって、今自分が置かれている、こんな状況は初めての経験だった。
周りを見渡すと、双子だろうか? どう見ても違いがわからないほど、同じ顔立ちの、褐色に銀色の髪の少女が草原に立ってこちらを見つめている。白いマントに黒いマントと服装が正反対に異なっているのが強い印象を与えてくる。
先ほど、武器を預かると言われバルディッシュとレイジングハートを−手放すのは嫌だったが、立場上強くも言えず−”しろ姉”と呼ばれる青い髪の女性に渡したが、確か白い方の少女が受け取ってどこかに持って行った……はず。
手元にバルディッシュがいないのが非常に心許ないが、今の状況では仕方がない。

遠くに見える巨大な木を目の隅に留めながら、顔を巡らせると、少し離れたところに、なのはとあの少年と桃色の少女が見える。彼らの周りに浮いているキノコ状の黄色いガジェットらしきものは、何らかのロボットなのだろうか。
なのはの体調が心配だったが、視線に気がついたなのはが、笑みを浮かべて手をふってくるのを見ると、少しだけ落ち着いた。

穏やかな風が吹いた。フェイトは風に揺れる髪を押さえながら視線を目の前の二人に戻す。

そう、ここはガラス張りの部屋でも何でもなく、草原のまっただ中。
青空市場ならぬ青空会議といったところか。
次元世界同士の協議の場として、妥当かどうかといえば、甚だ疑問が残るが、締め切られた密室で協議することを考えると、これはこれでいいのかもしれない。
柔らかな草原の中で、R−ミズバショウと名乗る金髪の女性と、R−シロツメグサと名乗る女性がきれいに正座しているのを前にして、フェイトは膝を崩しても良いものかと、徐々にしびれてきた足を抱え、割合真剣に悩んでいた。

「では、お話とは何でしょうか? 我々の船に強制的に侵入してまでする話なのでしょうか?」

フェイトとR−ミズバショウとの会談はそんな言葉から始まった。
目の前の豪奢な金髪を風になびかせる、スカイブルーの瞳の女性は、硬い表情のまま淡々と告げてきた。一時の激情は鳴りを潜めている。
フェイトは視線を合わせて、慎重に言葉を探した。
ここからは、一つの戦いであった。魔法ではなく、言葉での。そして相手を倒す為ではなく、相手の不信感を打ち破るという困難な戦い。

「その点については大変遺憾な出来事でした。配慮が足らなかったことをお詫びします。ただ、当方は当方なりの根拠があっての行為であったことだけは認めていただきたいのです」

執務官としての言動に切り替わるのを自分の中の冷静な所が冷めた目で見つめる。素直に、謝ればいいのに。と別の自分が問いかける。だが、ある意味、執務官としての自分は公人。自分の非はそのままミッドチルダの非に直結する。
フェイトの中でジレンマが重く心にのしかかる。

「他国の船に強制的に侵入することに何の正当性があるのですか?」

そんなフェイトに、R−ミズバショウの言葉は淡々としていた。
分の悪い”戦い”であり、相手はとても手強そうだ。しかし同時に、とても穏やかな信頼に足る相手。とフェイトは感じた。
情報の収集の必要性を感じているとしても、完敗した自分達から強制的に聞き出そうとするわけでもないし、自分達に有利になるように交渉の材料として使用とする意図も薄い。
単純に、今の状況に対して不快感を表明しているだけに過ぎない。この相手であれば、出会い方を間違えなければ、最初から穏やかな関係を築けただろうに。

「そうですね、確かにあなた方の法律、価値観からすると不法極まりない侵入者だったと思います。ですが、こちらからの通信が一切届かなかったことも事実なのです。我々はあなた方とコンタクトがとりたかった。それだけなのです」
「例え、通信が届かなかったとしても他にも方法が有るように思いますが? そもそも最初に監視目的の機体を投入されてはこちらも警戒せざるを得ません。それに、この船は確かに多少特殊ではありますが、それでも取り立てて特別なものではない、ただの移民船です。過去のデータベースを検索すれば情報ぐらいすぐわかるはずです」

R−ミズバショウの言葉に、フェイトは強い引っかかりを覚えた。
彼女らは自分達のことを知っていることを前提に話している。認識、常識が一致していることを前提に判断している。たぶん法律的なものも一致していること前提に考えているのだろう。
だから、彼女達の中では一方的に常識を、法律を破った私達を、敵だと認識しているのだろう。
R−ミズバショウ達は、私達が自分達を認識していると言うことを前提にしている。だけど、私達は知らない。そこに強い違和感が生じていた。
そしてその違和感をたどると、発端となったユーノたちとの会話の断片がフラッシュバックする。

二千年以上も前の宇宙船。
”じてんしゃ”と書かれた船。
なのはやはやて達と共に、一時期を過ごした第97管理外世界の文字。

――そして、目の前の住人たちの発する第97管理外世界の言葉、『日本語』(*1)

そこから導かれる、一つの事実。愕然とする事実。
フェイトの中で歯車が噛み合う。そして、同時に一つの光明が見えた。
この船は、もしかして……、仮にそうだとすれば彼女達は、正真正銘……。

「ちょっと待ってください。そこに大きな誤解があるように思うのです」
「……何がですか?」

フェイトの強ばった表情を怪訝そうに見つめるR−ミズバショウが、小首をかしげる。
隣に座るR−シロツメグサと呼ばれていた女性が視線を上げた。

「私は、というか、正確には私と高町隊長は地球出身なのです」
「……それが何か?」

R−ミズバショウもR−シロツメグサも、フェイトの言葉に何か問題があるのか? と顔を見合わせた。
”地球”という言葉に何の反応も示さないところに、フェイトは確信した。
彼女たちも”地球”出身であることを。そして、この状況を打破するであろう言葉を取り出した。

「……今の地球は21世紀なのです」


§ § § § § § § § § § §


サン=テグジュペリ号の市民以外の人間《マンカインド》。
それは、確率論的に、あり得ない邂逅。
サン=テグジュペリ号がきわめて光速に近い亜光速で飛ぶ以上、外の世界の時の流れは取り返しが使いほど速く、星が消えていくくらいの時間でも、船の中では日常の一コマにしかならないだろう。
ただ、現実に、目の前にあり得ない存在がいて、更に自分達と同じ言葉を使っている。
R−シロツメグサも、治療の際に採取したDNAを解析した結果、少なくとも片方はイチヒコと同じ人種と言って差し支えないと言っている。
無限に広がる宇宙で、一旦分かれてしまうと何十億年も時間が離れてしまう状態で、他の、それも同じ出自の人間《マンカインド》に出会うことなど、旅立った初期の頃ならまだしも、今となっては想像すら出来ない。
そのうえ、人間《マンカインド》でありながら高等被造知性《チャペック》と戦えるその力。
唯一考えられた可能性は、一年前の三等船室の人間《マンカインド》が追いかけてくることだが、船がない以上、それも不可能だし、降船名簿に目の前の人間の名前は無かった。

どれもこれもR−ミズバショウの想定や推論の範疇には無い事象であって、司法HALや行政HALに、分析を依頼しても、情報不足で分析不可能としか返ってこない。
ただ、目の前にいる存在は夢でも幻でも無く、現実のものだった。
確かに確率は完全に0%な訳ではない。小数点の次に無限に近いほど0が並ぶかもしれないが、確かに0%ではない。
その事実は認めざるを得ない。

R−ミズバショウは内心、「どうしたものかしら?」 と頭を抱えていた。
『……交渉は執政機の役割で、自分の役割ではない』と逃げようとするR−シロツメグサを、なんとか言いくるめて隣にいてもらってはいるが、何かと心細い。
本来であれば、他の船との交渉に関しては人間《マンカインド》が主たる責任者であって、執政機たる自分はその補助でしかない。
しかし、今サン=テグジュペリ号に唯一残る人間《マンカインド》であるイチヒコから、R−ミズバショウは全権委任を受けている。
その結果、今の状態であるのだが。

『……はぁ』
『……何? R−ミズバショウ』
『……いえ。正直言って、イチヒコさんに、”《調理器具》を使わないみず姉の手料理が食べたい”って言われたときと同じくらい、こころ《レム》が混乱してるわ』
『……そう』

今のサン=テグジュペリ号としては、イチヒコと自分達が平和に暮らせる環境さえあればいい。目的は、ただそれだけだった。
小さな世界のささやかな幸せ。”家族”が”家族”として生活できること。それだけが、彼女達の願いだった。
三等船室の人間達と一緒に、船を降りることも出来たのに、彼女達と一緒にいることを、家族としてあることを選択したイチヒコ。
だから、全力でこの小さなマンカインドを、イチヒコを守る。彼女たちはあの新たな旅立ちの時(*2)にそう誓った。


『しろさん、わたしたちができることって、なんとかして相互不可侵の取り決めを作るくらいかしら……』
『……向こうはこっちを知っている。こっちは向こうを知らない。とっても不利』
『”判決”を下すにも、”知らないこと”が多すぎると、我輩とて”判決”を下せないのである』
『そうよねぇ。あ、そうだわ。こっそりと頭の中を調べてもらうのはできるかしら?』
『うむむ、執政機たるR−ミズバショウ。それは”法”に触れる行為である。人間に対し、こっそりと頭を覗く行為は”正しくないこと”である』
『……司法HAL予備機。その”法”は、サン=テグジュペリ号の市民に対して。だから、大丈夫。……あれは市民じゃない』
『うむむむむ』
『……R−ミズバショウ。……確認しておく』
『お願いしますね。しろさん。司法HALもそれでよろしいかしら?』
『むむむむぅ。……今の状況を考えると致し方がないであるな。あと、R−シロツメグサ卿。我輩はすでに予備機ではないぞ?』

R−ミズバショウは、EESでR−シロツメグサや司法HALとコンタクトをとりながら、フェイトとの討議を進めていた。



本来、あり得ないはずの邂逅が起こってしまった以上、過去の苦い経験を繰り返さないように、再びR型チャペックがつらい仕事をしなくても良いように、R−ミズバショウは慎重に話を進めていた。そして、出てきた言葉。

目の前の人間《マンカインド》が発した言葉は、最初理解できなかった。
あわてて記録資料をひっくり返す。そして判明した内容は衝撃的であった。
同じようにライブラリにアクセスしていたR−シロツメグサと思わず顔を見合わせた。
確かに、「時々非常に古めかしくて雅やかな言葉を使うのよねぇ」とは考えていた。だが、その言葉は一瞬、R−ミズバショウのこころ《レム》を止めてしまうほどで、まさに爆弾が至近距離で炸裂したのかと思ったほどだった。

”世紀”
それは自分達が造られる遥か前の時代を指し示す言葉。
当然、サン=テグジュペリ号のかけらも無い時代の言葉。
そして、目の前の人間は、”今の地球は21世紀”だと言う。

「なっ!?」
「……うそ?」

思わず目を見開いて叫んでしまった。
R−ミズバショウはともかく、普段冷静なR−シロツメグサですら、驚きの声を上げる。
そんな二人の姿に、目の前の人間《マンカインド》は、何処か納得したような表情を浮かべていた。
長い金髪が左右に揺れる。

「残念ながら、嘘ではありません。……多分、想像が間違っていなければ、あなた方は私たちの遠い未来の子孫なのではないでしょうか? なぜ私達が出会えたのか、甚だ疑問は残りますが」

二機《二人》と一人の間に沈黙が落ちる。
そよ風が草原に咲く花を揺らし、波打つ緑の絨毯を揺らめかせる。

「……なら、まだソル3《地球》は……」
「ソル3とおっしゃる惑星が地球を指すのであれば、豊かな水の星として今もあります」
「……茶色く煤けた星でもなくて……ですか?」
「はい。私も数年前まではそこに住んでいましたから」
「そ、そんな……」

喘ぐようなR−ミズバショウを横目に、R−シロツメグサがすっと立ち上がった。

「……嘘かどうか、しらべる」
「はい」

金髪の人間《マンカインド》は、姿勢を崩しかけたが、自分がある意味捕虜に近いことを思い出したのか、下からR−シロツメグサをしっかりと見上げたまま、諦めたようにうなずいた。
R−シロツメグサは人間の額に軽く手を当てると、ゆっくりと瞼を伏せた。
空中から滲み出た蛍火が、風に揺れ飛ぶタンポポの種のように、白と青のチャペックの周りを舞い、やがて、溶けていくように消えていく。

ゆっくりとR−シロツメグサは額から手を離して振り返った、。

「……R−ミズバショウ、この人間《ひと》は嘘は言っていない」

R−ミズバショウの不安そうな表情を見つめ、R−シロツメグサはEESではなく口を開いた。

「……そう」

混乱しているR−ミズバショウに、続けてR−シロツメグサはEESで語りかける。

『そして、たとえそれが真実でも、わたしたちには関係ない。ただ、この船を、……イチヒコを守るだけ』
『……そうよね、ありがとう、R−シロツメグサ』
『……気にしない。イチヒコのため、だから』
『うふふ』
『……なに?』
『いいえ、ちょっと嬉しかっただけ』

R−シロツメグサの言葉には、明らかに、激励の気持ちが籠もっていた。それに気がついたR−ミズバショウは、こころ《レム》の中がほんわりと、暖かくなっていくのを感じた。
長い間一緒に”暮らして”いるが、最近になって、R−シロツメグサがイチヒコ以外に気遣いを見せるようになっているのに気が付いた。そして、今自分に向けてR−シロツメグサは気を使ってくれている。それは無性に”嬉しいこと”だった。春の日差しのような微笑が浮かぶ。
そんな”心”のそこからの感謝を受けて、かすかに頬を染め、ついっと目を反らす”夫”。常日頃見たこともないほど”人間的”な姿に、R−ミズバショウは勇気をもらった。作り物の家族が本物の家族になったのだと感じた。
せっかく築けた家族を壊さない、壊されないために。サン=テグジュペリ号の中心にそびえ立つ大木の様な決意を込めてR−ミズバショウはそっと目を閉じる。
改めて、目の前の人間《マンカインド》に向かい合う。


§ § § § § § § § § § §


少しの間、狼狽していたR−ミズバショウと言う女性は、私の額に手を当てて、何かの魔法で真偽のほどを確かめていたR−シロツメグサという女性の一言で立ち直ったらしい。
ゆっくりと元の場所に戻ったR−シロツメグサにちらりと信頼の目を向けていたかと思うと、強い決意のこもった芯のある表情を向けてくる。
瞳の強い光に一瞬たじろいでしまう。

「なぜ、このような状態になっているのかわかりません。R−シロツメグサが言っている以上、あなたのおっしゃっている事は事実なのでしょう。確かに、わたしたちはソル3《地球》から旅立った種子です。あなた方の遠い子孫につながる者かもしれません。しかし、だからといって、あなた方の行為を正当化する理由にはなりません」

軽く頭を振るR−ミズバショウ。彼女の豪奢な金髪が、その動きに合わせてきらきらと砂金の光を煌めかせる。
フェイトは、会談初期に見受けられた敵愾心に満ちた硬質な雰囲気がかなり和らいでいることにも気がついた。それが、自分の発した言葉が突破口になったのか、それとも、何か思うことでもあったのかも知れないが。
しかし、その代わり、今自分の目の前に座っている女性《ひと》は、集団を率いるリーダーとしての確固たる意志に満ちていた。

ひょっとして裏目に出た? と背中に冷たい汗が流れ落ちるのを意識しながらゆっくりと言葉を選ぶ。

「……私たちは怖かったのかもしれません」
「怖い……ですか? それはわたしたちが。ですか?」

目の前の女性が、微かに苦み走った表情を浮かべる。

「はい。私たちは魔法による文明を築いています。そして過去に質量兵器……魔法外の武器、兵器の総称のことですが、その質量兵器でいくつもの世界が滅んできたことを目の当たりにしてきました。そして、強力すぎる質量兵器や、異常なまでに危険をまき散らす過去文明の遺失物をなんとか穏便に管理しようとしてきています」
「それが我々に何の関係があるというのですか?」

フェイトの言葉に、R−ミズバショウは首をわずかに傾ける。

「それは……」


§ § § § § § § § § § §


「ねえ、何を話してるのかなぁ」
「モキュー」

少し離れた草原の真ん中で座って話し合いをしているR−ミズバショウ達を、さんしょうおを頭に乗せたイチヒコは不思議そうに見つめた。
よく見ると、近くにはめったに姿を見せないR−タンポポまで居た。

(”たびびと”か”しじん”のタンポポ? ……と、黒いタンポポは司法HALのおじさんとこの子かなぁ)

イチヒコがボールを抱えてぼんやりしていると、ぽんとそのボールを上から叩いて奪い取ったR−ヒナギクが、面白くもなさそうに呟いた。

「しらないわよ、どうせ、こ難しい話でもしてるんでしょ」
「ヒナ、 自分が仲間外れにされたからって、ぼくに八つ当たりしないでよ」
「ウィ、ムシュー」

ぶぅとむくれた表情のR−ヒナギクに、イチヒコはやれやれといった表情を浮かべる。それが気に障ったのか、それともイチヒコの八つ当たりという言葉が図星だったのか、はたまた、遅れてやってきた作業機《セイバーハーゲン》のタイショー《F−605》の言葉に反応したのか、R−ヒナギクは顔を真っ赤にした。

「な、な、なにが八つ当たりよっ! それに、別に仲間はずれになんかなってないわ、あんたの護衛をわざわざしてあげてるのよっ!」
「ごえいって、なんだよー」
「ウィ、ムシュー」
「あ、あ、あ、あんたを、ま、ま、ままもっ……」
「まままも?」
「ウィ?」
「モキュ?」
「あーうるさいうるさいうるさいっ、そこのおんながあんたを苛めないか見張ってるのよっ」

怪訝そうな表情を浮かべて顔を見合わせたイチヒコとタイショーに向かって『イチヒコを守るためにここにいる』というのが、何故か急に照れくさくなったヒナギクは、腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。ほんのりと頬が夕焼け色に染まっているのはご愛嬌だ。

「みはってるの? ヒナ」
「そ、そ、そ、そーよ、なんか文句ある? そこの女を見張ってるのよっ、わたしは。あ、あ、ああんたのことなんか守ってないんだからっ」

R−ヒナギクの言葉は時々考えていることと違って、わざと”いじわる”な言葉を使うことを知っているイチヒコは、”こいびと”になる前と違って、そんなR−ヒナギクの言葉にカチンとくることもない。
多分最後にぽろっとこぼれた言葉が、考えていたことなのだろうと、頭をぽりぽりと掻きながら、ヒナが放り出したボールを拾いに走った。

「くす」

なのはは、草原に座って二人と一機の微笑ましいやり取りを見ていた。
顔を真っ赤にして、いかにも憤慨しているんだ。という態度を示す少女と、それを笑いながらつついている少年。
広々としたのどかな草原に、穏やかな風、そしてどう見てもじゃれ合っているとしか思えない二人。
ついさっき、戦っていたのが嘘のようだった。

「えー? たかまちなのはが? ぼくを苛めるの? ヒナ、考えすぎだよぅ」
「な、なによー」
「ヒナ、この間の“名たんていE−066”の見過ぎなんじゃないの?」
「ウィ、ムシュー」
「ばっ、ばっ、ばかいわないでよっ! ち、ちょっとしか見てないわよっ、ってひきょうよっ」
「へへん、さくせんだよっ! でもさ、その割には、録画してたじゃないって うわっ、力一杯投げるなよっ」
「モキュッ」
「な、あ、あれはっ、そ、そ、そうよ。R−シロツメグサも見るかな? って思ったから撮ってあげてるのよっ」

イチヒコはなのはの方をちらっと見たあと、R−ヒナギクにボールを投げた。
ボールあそびをしているときは、EESを使わない。というルールだったので、ボールと同時に投げかけられたイチヒコの言葉に慌ててR−ヒナギクはボールを受け止め損ねてしまった。
慌てすぎて思わず力加減を忘れて投げ返してしまう。
さんしょうおが抗議してきたので『しかたが無いじゃない。”ふかこうりょく”よっ!』 と言って黙らせる。


「くすくすくす」

とてもここは穏やかなところだった。なのははそう実感していた。
まるで学校訪問でヴィヴィオとお友達が校庭で仲良く遊んでいるのを見掛けたときのような。そんな雰囲気に包まれている。
確かに、外からは分からなかった。中に入るまで、全然想像すら出来なかった。この船がこんなに穏やかだったなんて。

「あー、ほら、あんたが変なこと言うから笑われてるじゃない」
「えー、変なこと言ってるのはヒナの方だろ?」
「ウィ、ムシュー」
「タイショー、あんた、さっきからうるさいわよっ」

なのはが笑っているのに気がついたR−ヒナギクは、イチヒコが投げたボールを受け止めて、イチヒコをにらみ付けた。
ついでに、さっきから横で茶々を入れるタイショーめがけてボールをぶつける。
まあ、作業機《セイバーハーゲン》の金属の体には、いくらR−ヒナギクとはいえ、人間《マンカインド》用のボールでは、せいぜいへこませることが出来るくらいだ。
ぶつけられた衝撃でひっくり返ったタイショーを見たイチヒコが「うわっ、すごく痛そう」と思わずつぶやいた。

「あ、あのね。ヒナちゃん」
「勝手に、ヒナちゃんって呼ばれたくはないわ」

うんしょっと立ち上がったなのはに、ほんの一瞬だけ緊張するR−ヒナギク。
続けられたなのはの言葉にかちんときた。
わたしを”ヒナ”と呼べるヒトは決まっている。イチヒコとR−ミズバショウと、仕方がないからR−シロツメグサ。せいぜいそれぐらい。

「あ、ごめんなさい。じゃあアール・ヒナギクさん? でよかったよね」
「なによ!」
「ううん、二人は仲良いね」
「なっ」
「うん、だって、ぼく、ヒナ大好きだから」
「ぶぶっ! な、な、な、な、何言ってるのよ! イチヒコ!」

ぶすっとしていたRーヒナギクだが、微笑みを浮かべたなのはと、横合いで恥ずかしい言葉を口走るイチヒコに一瞬で表情を崩された。
わたわたと慌ててしまう。

「あ、赤くなった!」
「うふふ。そうなんだ、イチヒコ君はヒナちゃん大好きなんだ」
「うん大好きだよ。世界で一番好き。それから、みず姉もしろ姉もタイショ―も先生も、みんな好き」

なのはの言葉に、イチヒコは両手を広げてくるくると回った。”世界”をすべて抱きしめるように。
イチヒコの無垢な笑顔に、R−ヒナギクは言葉を失ってしまう。

(イチヒコ……、そっか、なんかすごく嬉しいな)

イチヒコの打算も何も無い、純粋な思いが、R−ヒナギクに伝わり、心を温かくする。
そしてその思いはなのはにも感じられた。

「そっか。イチヒコ君は幸せ?」
「うん、もちろん。みんながいるから」

なのはは、少し腰をかがめてイチヒコと視線を合わせる。鳶色のまっすぐな瞳はきらきらと輝いていた。

ふっとイチヒコが視線を動かした。

「あ、ヒナ。終わったみたい」
「そうみたいね」

少し離れたところで、座ってなにやら話していたR−ミズバショウ達が、ゆっくりと立ち上がった。じっと様子を見ていたR−タンポポたちもふっと踵を返して、歩いていく。
R−ミズバショウとR−シロツメグサがゆっくりとイチヒコの方に歩いてきたので、イチヒコは大きく手を振った。

「みず姉ーっ! しろ姉ーっ! おなかすいたよー」
「あ、あらあらあら、もうこんな時間。いそいで支度しなくちゃ」
「……イチヒコ。待った?」
「ううん、ボールであそんでたから」
「……そう、ならいい」

近寄ってきた二人は、いつもの二人に戻っていた。
優しい笑顔のみず姉と、無表情なようで、以外と喜怒哀楽が激しい、しろ姉。穏やかな優しい二人に。
そして少し離れた後ろに、金髪のヒトがいる。
イチヒコは小首をかしげた。

(そういえば、この二人って、どうするんだろう? ……そっか)

んー?っとばかりに考えていたイチヒコだが、程なく納得した。
怪訝そうに見つめるR−ミズバショウに向かって、当然のように口を開いた。

「ねえねえ、みず姉?」
「なあに? イチヒコさん」
「たかまちなのはとふぇいとなんとかってお客さんだよね?」

その言葉は、その場の全員の動きを止めた。R−ミズバショウやR−シロツメグサは言うに及ばず、R−ヒナギクは目を剥き、なのはとフェイトは顔を見合わせる。

「え? ちょっとイチヒコさん!?」
「……イチヒコ、ちょっと」
「違うの? お客さんでしょ?」
「え? いや、あのね、イチヒコさん」

そういえば、”捕虜”の処遇など、考えもしていなかったR−ミズバショウは、慌ててR−シロツメグサを見やる。R−シロツメグサが何か言おうとする前に、イチヒコは不思議そうに全員を見渡す。

「さっきまで一緒に遊んでたし、寝るところもないでしょ? じゃあうちに来るんだよね? それともヒナのお家?」
「な、な、な、なんで私がこの二人を泊めないといけないのよ」

イチヒコに見つめられたR−ヒナギクは慌てる。

「そっか。 だったら家だよね? ねぇ、みず姉、いいでしょぅ? 賑やかだと楽しいよ。きっと。ヒナも来るよね?」
「ちょ、ちょっと待ってね、あのね。お姉ちゃんのいうことをね……」

イチヒコは、R−ミズバショウの手を取って、きらきらとした目で見つめた。
わたわたするR−ミズバショウなんて初めて見る。とあっけにとられるR−ヒナギクも、言葉を向けられ同じようにあたふたとする。
イチヒコを危険から遠ざけたい二人は、なんとか言いくるめて、イチヒコと侵入者達との距離を開けようと理由を考えたが、イチヒコに畳みかけられる。

「じゃあどこで寝るの?」
「え、え、えっとね…」
「……R−ミズバショウ。あきらめる」

引きつった愛想笑いを浮かべ、懸命に理由を作り上げようとしたR−ミズバショウだが、肩をぽんと叩かれた。
振り返ると、悟りきった目をしたR−シロツメグサが居た。

「しろさん……」

R−ミズバショウの呟きに、ゆっくりと首を振った。

「……イチヒコが興味を持ってる。R−ミズバショウ、諦める」
「じゃあ、いいの? ありがとうしろ姉」

がーんという擬音と共に愕然とするR−ミズバショウにイチヒコが笑顔を向けた。そして飛びつくようにR−シロツメグサを抱きしめる。

「……もっと褒める」
「しろ姉大好き」

頬を染めて、満足そうに笑うR−シロツメグサ。

「な、なに、そんなところでイチヒコの機嫌とってんのよ、R−シロツメグサ」
「……うるさい」

どさくさに紛れてスキンシップを図るR−シロツメグサにあきれたように、R−ヒナギクがため息をつく。
イチヒコを抱きしめてご満悦のR−シロツメグサは、邪魔をするなとばかりに、口をとがらせた。

疲れ切った表情のR−ミズバショウは、裏切ったR−シロツメグサに憮然とした視線を向けたあと、大きくため息をついた。
なのはとフェイトを見つめる。

「はぁ……。……しかたないわね。 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさん、高町なのはさん」
「はい」
「申し訳ありませんが、ご足労願います」
「わかりました」

はあ、とため息をついて、R−ミズバショウは歩き出した。
彼女について行くこの世界の住人は、あるものはにこやかに、そしてある者は憮然としていた。
そして、顔を見合わせたなのはとフェイトは、思わずぷっと吹き出した。
良くも悪くも”人が好い”人達だった。
確かに遭遇時は不幸な状態だった。が、それでも、今は、そしてこれからは事態は好転していくだろう。そんな予感がしていた。

「はやくー、おいてっちゃうよー」

いつの間にか夕焼けになっていた。手を振るイチヒコと、取り囲むようなこの世界の住人達。それは一枚の絵のようにも見えた。

「はーい」

イチヒコの声に答えるように、なのはが手を振って、フェイトと共に歩き始める。


§ § § § § § § § § § §


r.u.r.u.rを知らない人向け情報 と 補足

*1
正確には船内の公用語は日本語混じりのフランス語。
でも、物語の都合上は日本語に変更しています。

*2
三等船室とは恒星間航行中の間、キューブ式保存(データ保存)で旅をする人たちのこと。
法的な扱いは”貨物”であり、再生するまでは人権とか生命救助とかの概念は適用されない。
ちなみに、イチヒコは冬眠カプセルで冷凍保存でした。
そして、一年前の新たな旅立ちとは、三等船室の住人達を蘇生し、移住可能な惑星に降ろし、イチヒコと一部の旅を続けることを選択したチャペック達だけで、再度サン=テグジュペリ号で旅立ったこと。
ちなみに、”じてんしゃ”はヒナ(R−ヒナギク)とイチヒコがサン=テグジュペリ号につけてあげた名前。