るるる-1

「あなたは誰?」
そんな声が私を覚醒に向かわせる。

R-ヒナギクとの甲板上での戦闘で、目の端に映った光の円盤。それのおかげで一瞬注意がそれた。
ヒナギクの放った光線砲(デラメーター)が、ナノマシンでカバーしたバリアごと私を弾き飛ばした。
急速に覚醒する意識が、記憶と環境の齟齬を強烈に訴えてくる。
なぜ宇宙空間で弾き飛ばされたのに、人間≪マンカインド≫の生息に適切な気温に保たれている?
それより天井に広がる景色はなに?あの頭上で輝く恒星は……

「ねぇ大丈夫?」

それより、この草原は?
そして、見下ろしているイチヒコではないマンカインドはいったい?
その時になって初めて私は横たわっていることに気がついた。
ゆっくりと身を起こして、自分の体の確認を行う。

―ピッ
全て正常。周囲のナノマシン散布濃度も……異常?
異常なまでの大量のナノマシンが散布されている!?
ここまできて、ようやく、ここがサンテグジュペリ号船内でないことに思い至った。
周りを見渡して見ると、大量のマンカインドがいる。とても信じられない。

「な、な、なによ?」

目の前の桃色の髪の女性型のマンカインドが顔をゆがめている。

「……マンカインド、市民番号を」
「なな、なによ、そんなもの知らないわ」

チャベックとして無意識の内に確認を取ったが、答えは満足のいくものではなかった。
負い目があるためコンタクトは取りたくなかったが、仕方がない。異常事態が進行しているのは確実である。
額のアリシアンレンズを使って、状況を行政HALに問い合わせる。
『D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ。ドレクスラー管理者として行政HALに状況を確認を要請する』
『……』
反応がない。
『行政HAL! R-ミズバショウ!』
立て続けに交信を行ったが反応がない。
『R-ヒナギク! R-コバトムギ!』
誰からも反応がない。この異常事態に、≪焦る≫という感情が自分の精神を支配した。
額のアリシアンレンズの出力を最大に引き上げて、所かまわず交信を行う。
『ピッ こちら行政HAL代行予備機。D-ISSG-0100118D R-シロツメグサは着地前ニューグリニジ標準時
83458時間35分20秒前に消息不明として処理されている』

ようやく反応があったかと思うと、耳慣れない名称の機体、それととんでもない内容。
私が行方不明? 8万時間も前に? そんな。

『……私はここにいる』
衝撃から立ち直りながら、コードを提供し生存を証明する。
『検索……D-ISSG-0100118D R-シロツメグサは、執政機 ISAAC-1011105HAL R-ミズバショウと同格の権限を
有していたする事実を確認 コード承認。D-ISSG-0100118D R-シロツメグサの復帰を承認。
並びにドレクスラー管理者としての権限復帰も妥当と判断、承認する。ご命令を、D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ』
『現状を報告』
行政HAL代行予備機という行政を司る機体に状況を確認すると、愕然とする内容だった。
体内に血が流れている訳ではないが、マンカインドの残した書籍にあった≪絞められると目の前が暗くなって
いきます≫という表現の状態だ。
『承認。現惑星の公転周期換算で7328周前に着陸、第三市民の解凍を実施、ただし、解凍前の市民イチヒコの
立法により作業機セイバーハーゲンの展開は不許可、艦内の生成物の持ち出しの禁止、サンデグジュベリ号を
中心とした半径100Km周辺のマンカインド立ち入りの禁止法案が施行。マンカインド生活域との分離』
『イチヒコの意図は?』
『承認。市民イチヒコは争いを忌避。強力な兵装を持つR型チャベック、作業機セイバーハーゲンを
マンカインドから隔離を希望。目的はマンカインドの意思によるチャベック、セイバーハーゲンの戦闘活動の防止』
『情報継続』
『承認。その後、市民イチヒコのみ冷凍睡眠による休眠を希望。サンテグジュベリ号における唯一の市民として保存』
イチヒコと聞いて、どうしても聞きたかったこと、つい昨日一緒にお風呂に入ったのに。
ついこの間までは一緒に布団にいたのに。
自然と目から涙が出てくる。
『イチヒコは生きているのか?』
『否定。市民イチヒコは死亡、同時にサンテグジュベリ号全機能をスリープ状態に移行』

『……イチヒコが死んだ……』

その言葉は決定的だった。

愛していたイチヒコが死んだ。R-ヒナギクとあんな争いまでしたのに……。

みずあそびをしたイチヒコが死んだ。
いっしょに本のとおりせっくすをしたイチヒコが死んだ。
すきだったイチヒコが死んだ。
愛していたイチヒコが死んだ。

私は何も考えられなくなる。

『市民イチヒコより、D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ宛てのメッセージを委託管理』
『……再生』
『承認』

「あ、え~とシロ姉。たぶん、シロ姉のことだから、ひょっこり帰ってくると思うんだけど、
その時の為にメッセージを残しておきます」
(……イチヒコ)
脳裏で再生されるイチヒコの、はにかんだ笑顔に、涙がとめどなくあふれてくる。
限られたフレームの中でイチヒコは笑っていた。
もう会えないと思うと、どうしようもなく悲しくなってくる。
「R-シロツメグサッあんたねぇ」
「こら、ヒナ、割り込むなよ。で、帰ってきた時に僕がいなくても悲しまないで」
「そーよ、アンタがいきなり消えたから、もう、イチヒコは泣いて大変だったんだからっ」
「うるさいなぁ、ヒナ。少しだまっててよ」
「あらあらあらイチヒコさん、何をしていらっしゃるの?」
「あ、ミズ姉、シロ姉にメッセージを残してるんだよ」
「あらあらあら」

私にとっては昨日の出来事のように、見慣れたいつもの光景だった。

イチヒコがいて、R-ミズバショウがいて、そしてR-ヒナギクがいる。
永遠に続くと思っていた毎日。穏やかな毎日。
それが突然終わった。
映像のなかになぜ私はいないのか?
「シロ姉……ザー」
突如ノイズと共に切られた映像に、行政HAL代行予備機にいらだちをぶつける。

なぜ途中で切った?

『どうした』
『データブロック損傷によるものと思われます』
『他のメッセージは?』
『同様に破損しています』
『……』

そんな、あれだけ? イチヒコが私に残してくれたのはたった30秒の映像だけなの?
茫然と言葉を失った。
いままでの輝いていた日々が、もう帰ってこない。
であれば私は何のために動いているのだろうか?
イチヒコがいなかった時のように、ただ、動いているだけなのだろうか?

『継続。公転周期で6120周前に、ドレクスラー制御を担当していたセイバーハーゲンN-403が暴走し制御不能。
人間を含む現地生物を改造、大量増殖の実施。危機的状況と認識した司法HALは当該作業機破壊に
市民イチヒコの許可が必要と判断。
市民イチヒコを解凍後、市民イチヒコとR-ヒナギク、R-ミズバショウ、R-コバトムギ、R-タンポポ091
及び現地武装形態に換装したF-605を伴い、
セイバーハーゲンN-403を破壊、住民地区におけるドレクスラー生成物の殲滅。
同時に各所に簡易的なドレクスラー利用機構を設置。2段階にわたるドレクスラー利用規定を設定。
その後現地住民との間でコントローラー4セット及びマニュアルの授与』
『……』
イチヒコはずいぶん立派になったらしい、昨日も普通に過ごしていたから全然実感がわかない。
『市民イチヒコは現地に残り、現地住人と結婚、R-ヒナギク、R-ミズバショウ、R-コバトムギ、
R-タンポポ091は帰艦後、活動を停止、サンテグジュベリ号も合わせてスリープ状態に移行、緊急用として
行政HAL代行予備機、ドレクスラー管理機構、低電圧稼働中』

『なぜ私はここにいる?』
『推論不可能。トランスポーターの異常と思われる』
『私はどうすればいい?』
『承認。D-ISSG-0100118D R-シロツメグサはサンテグジュベリ号の停止の合意枠組みに入っていない為、
行政HAL、司法HALからの管轄外と推測』
『何をしてもいいということか?』
『肯定。ただし、サンテグジュベリ号再起動に伴って、再度司法HALに確認が必要』
『サンテグジュベリ号の再起動条件は?』
『市民イチヒコの署名済みDNAパターン保有者かつコントローラー所有者の合意、もしくは多数決で決定』

パターン保有者というとイチヒコに子供?
現地人との間にイチヒコの子供ができている?
会いたい、イチヒコが感じられるのであれば、何だっていい。

『保有者の所在地は?』
『推論多岐に及ぶため現在地不明、ただし、現地共同体のリーダーの可能性が高い』
『現在の私の状況は?』
『現地共同体におけるトランスポーター及びドレクスラー稼働実験の一種と判断。
尚、保有者の確認は少量の遺伝子サンプルがあれば判断可能』
『了解』


召喚で現れてのは動物でも幻獣でもなく、人だった。
見たこともない薄い白いマントを身につけ、透けるような白い肌と、青空のような髪をしている。
同性から見ても魅力的な女性らしい体の二十歳ごろの女性だった。
普通の女性と違って額に光る赤い石のようなものを張り付けており、しばらく前からそれがちかちかと瞬いている。
かと思えば急に微動だにせずに泣き出した。
自分より年上の女性の涙なんかほとんど見たことがないルイズはそれだけで慌ててしまった。
「こ、こ、こ、コルベール先生、これってどういうことでしょうか? なんか泣いているみたいですけど」
呼びかけても何の返事もしない。
慌てて隣にいるコルベールに確認するルイズだったが、コルベールも態度を決めかねていた。

「ううむ、困りましたね。
我々のまだ知らない国の人かも知れませんが、ミス・ヴァリエールのサモン・サーヴァントで
呼び出されたのは事実みたいですね。では今のうちにコントラクト・サーヴァントをしてしまいなさい。
後で問題になるようだったら、学院長に頼みましょう」

コルベールは、わりとあっさりと考えることを放棄した。
今、彼に課せられているのは生徒が無事にサモン、コントラクト・サーヴァントを行うことである。
後の事まで考えてはいられない、というか後のことを考え始めると、一旦中断しなければならなくなる。
今、ちょうど、新しい発明品の大事な所に差し掛かっている。早く収めてしまおう。と納得していた。

「はい。
我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。
この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

ルイズは、コルベールの指示に従って、硬直したままの青と白の女性にキスをする。

「女性だからファーストキスは無効よっ」と思いながら。


『!?』
『D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ。今採取したDNAは保有者と判断。99.5%のパターン一致。極めて純粋な市民イチヒコの後継者と判断』
いきなり目の前の少女にキスをされた。同時に、唾液からDNAを走査した行政HAL代用予備機は目の前の
少女がイチヒコの子孫であることを告げた。
慌てて通信を切る。イチヒコの……、イチヒコの子供。目の前の女の子がイチヒコの。
イチヒコの映像がよみがえる。”帰った時に僕がいなくても悲しまないで”
目の前の少女は、イチヒコ。
思わず、目の前の少女を抱き寄せた。

「……私はD-ISSG-0100118D R-シロツメグサD 会いたかった。イチヒコ」