るるる-11

The big ship sank to the bottom of the sea
大きいお船は海の底
The bottom of the sea, the bottom of the sea
海の底にしずんじゃった
The big ship sank to the bottom of the sea
大きいお船は海の底
On the last day of September.
9月の最後に沈んじゃった

ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

遠くに聞こえる賑やかな声は、いまだに宴会が続いている宿からなのだろう。
R-シロツメグサは、漠然と考えながら夜の湖畔で月光の霧にその身を晒していた。
その瞳はどこか遠くを見つめている様にも見えた、どこか二度と辿り着けない遠くを。

眼前に広がるのは、透き通るように澄んだ静かな水面。波もほとんど立っていない今、広大な鏡は天空の星達や湖畔の景色を切り取っている。
その幻想的な風景に、ここを訪れた旅人は一様に言葉を無くしてしまうのだが、R-シロツメグサは違った。
彼女の眼に映ったのは、鏡のように澄んだ湖ではなく、異常なまでに増殖したドレクスラーの海だった。
「……多すぎ」
形の良い口から洩れた呟きは、呆れたような音色を含んでいた。
雨が降ったわけでもないのに、溢れた水で近隣地域が水没していると聞いていたが、このドレクスラーの異常増殖状態では、そうなってしまうのも仕方がない。
ただ、中に潜む者がドレクスラーを組み合わせて稚拙ではあるが強力な電磁波防御を行っているためか、D型チャペックのEES(高次超感覚センサー)を持ってしても内部の様子を窺い知ることはできなかった。
軽く溜息をついたR-シロツメグサは、額のアリシアンレンズを煌かせて、行政HAL代行予備機を呼び出した。


ルイズ達は、ラグドリアン湖についた後、ナヴァル伯爵が詰めている城へ表敬訪問した。
五十代程のいかにも学者肌の痩身の貴族にアンリエッタ王女からの手紙を渡すと、ほとんど真っ白になっている長い髪を撫でながら鋭い目を手紙の文面に走らせた。
やがて納得したのか気難しそうな貴族は、ルイズ達にどこに泊まるのか聞いてきた。
なんとなく、口調や雰囲気に学院の厳格な教師のイメージを連想した一行は、”部屋を用意する”との淡々とした招待を丁重に辞退してモンモランシ家にゆかりのある旅籠に部屋を確保した。
「せっかく羽を伸ばしてるのに、先生みたいな人が近くにいるのは勘弁してほしいわ」
城を出る時にキュルケが全員の意見を代弁した。

モンモランシ家御用達というだけあって、ラグドリアン湖が一望できる小高い丘に立っている旅籠は、それなりに格式のある立派な造りだった。
顔なじみでもあるモンモランシーを見つけた主人は、王家が今の交渉役では水の精霊の怒りを鎮めることができず、実績のある前の交渉役の家の人間を差し向けた。と納得して、宿で一番上等の部屋を何も言わなくても用意し、歓待の為の宴席を設けてくれた。
一人前になってもいない少女ですら、すがらなければならないほど町は困り切っていた。
夜になって、宴席で町の上役の人間がしきりにもてなす中、次第に気分が緩んでいった一部は、どんどんとグラスを仰いでいた。
「あはははっ、それでねぇ~、ペリッソンとスティックスが鉢合せしてねぇ」
キュルケが隣に座っている、壮年の男性の肩を叩きながら、赤い顔をして一人で笑っていた。叩かれている人物、町長の困ったような、引き攣った表情に、さすがに止めないと。と思ったルイズはキュルケを引っぺがした。
「あんた、いい加減にしとかないと、背中から刺されるわよ」
「誰が刺されるですってぇ」
「あんたよ、あんた。」
「言ったわねぇ、あははっ」
「駄目だわ、すっかり酔っちゃってる」
ルイズの言葉に一瞬だけ鋭い目を向けたキュルケだったが、ルイズの肩をばんばんと叩いて朗らかに笑っていた。
普段に増して気分良さそうに酔っているのは、相当鬱屈していたものがあったのだろう。
確かに毎日の学院生活は、キュルケみたいな人間には退屈この上ないかもしれない。
特産のワインをなみなみと注いだグラスを片手に、キュルケが賑やかなテーブルを物色し始めたのを見たルイズは、重い気分を抱えながら、軽く溜息をついて目の前のフライに手を伸ばした。
白身魚のフライをぱくっと加えたルイズは、ふと宿の部屋でのモンモランシーとの会話を思い出していた。

「水の精霊のこと?」
「ええ、そう」
ルイズとシロ姉、キュルケとタバサ、それからモンモランシーという部屋割りで宿に落ち付いた一行は誰からともなくキュルケの部屋に集まっていた。
シロ姉だけは、タバサに借りた本を部屋で静かに読んでいるので隣から出てこなかったが。
やはりどうしても気になっているルイズの問いに、モンモランシーはベッドに腰かけながら、記憶をたどる様に答えていた。
「そうねぇ、わたしの知っている範囲だとね、水の精霊は人間よりずっと長く生きている存在で、始祖ブリミルが光臨される以前には、既に存在してたらしいわ。その頃は”精霊”も、もっと居たらしいんだけど、ブリミルが封印して回ったらしいの」
その知識は水の精霊との交渉役としてのモンモランシ家特有のものだったのかもしれない。
キュルケも、軽く目を見張り、タバサにいたっては、さんしょうおをベッドの上に置いてからモンモランシーに向き直った。
一行が初めて聞く内容に、ルイズ達は軽い驚きを感じていた。
「え? なんで?」
「大昔の話だし、うちに口伝で伝わってるから、よく知らないけど、”精霊”達って基本的に人間が好きだったらしいの。だけど、その当時の人間達は精霊の力を利用することしか考えてなくて、我儘放題言っていたらしいわ」
「そうなんだ」
「で、その我儘がだんだん手に負えなくなってきて、精霊を使って戦争を始めるまでになってしまったらしいのよ。それでも精霊は人間に付き合ってくれてたの」
「そんな、精霊を使って戦争だなんて……」
どんな書籍にも書いていないような言葉を淡々と語るモンモランシーの昔語りに一行は引き込まれていった。
じっと三人に見つめられるモンモランシーも、どこか緊張するようで、誇らしげに言葉を続けた。
「始祖ブリミルが光臨された時に、それを見て泣いたっていう話もあるけどね」
「……」
「で、ブリミルは精霊と人間の不幸な関係を断ち切る様に、ほとんどの精霊を封印したらしいわ。水の精霊が残ってるのは、なんでか分からないけど、ラグドリアン湖から出ることは出来ないみたいよ」
「そうなんだ」
「うん、お目こぼしにあったのかどうなのか分からないけどね。でも、その始祖ブリミルとの誓約をずーっと守ってるから、水の精霊は誓約の精霊とも呼ばれているわ」
今まで聞いていた水の精霊の話とかなり異なる伝説にルイズ達は顔を見合わせた。
ルイズとキュルケの視線を受けたタバサも私も知らないとばかりに軽く頭を振った。
友人達が知らないことを知っていることでモンモランシーは少々優越感に浸っていたが、キュルケの言葉に思わず口をつぐんでしまった。
「で、聞きそびれてたけど、実際に水の精霊ってどんな姿なのよ」
「……」
「モンモランシー?」
キュルケの訝しげな視線に、ルイズの方を見て考え込むように口を噤んでいたモンモランシーが軽く溜息をついて、口の中でつぶやいた。
「……そうね、どうせ見るんだし。いいか」
「何が?」
微かな言葉を聞き取ったキュルケの視線を受けながら、モンモランシーは真剣な表情をルイズに向けた。
「水の精霊って、体が水みたいで、光を受けるとキラキラと輝く宝石みたいに見えるのよ。で、基本的に女の人の姿をしてるんだけど……」
「だけど?」
「……ルイズ。貴方のシロ姉にそっくりなのよ」
「え?」
モンモランシーの真剣な表情に、ルイズは冗談と笑い飛ばすこともできずに、慌てて周りを見た。キュルケもタバサもじっとルイズを見つめていた。痛いほどの視線を浴びているルイズに、モンモランシーは追い討ちをかけた。
「まともに見たのは、数えるほどしかないし、子供だったから記憶が曖昧かもしれないけど、確かに水の精霊はシロ姉によく似てるのよ」
「な、なんで?」
「私に聞いても知らないわ。それこそシロ姉に聞いてみたら? 少なくとも、私はシロ姉が水の精霊だったら、今までのことも納得できるわ」
「そんな……」
実は水の精霊はほとんど湖面に姿を現すことがない。それこそ、モンランシ家が交渉を行う時以外は出てこない。
実際に水の精霊を見たことがあるのは、この村ですら極限られた年長者だけだった。
それゆえに、長年の交渉役の家の娘の言葉は否定できるものがなかった。
使い魔の契約で水の精霊を呼び出した。なんてことになったらそれこそ史上初の事態かも知れない。が、ルイズには史上初の栄誉を誇る気持は欠片もなかった。
自分の使い魔たるシロ姉が、もし、水の精霊で、呼びだしたが為に辺り一帯が洪水になって、田畑が水没しているとすれば、、居てもたってもいられなかった。
来る途中で風竜の背から見下ろした町の惨状を引き起こしたのが自分のせいかもしれない、その恐怖がルイズの心を締め付けた。
シロ姉は水の精霊なんかじゃない、そんな存在じゃない。と思いこもうとしても、人知を超えた力を持っている事実と、モンモランシーの言葉に、心のどこかが納得してしまってもいた。やっぱりシロ姉は水の精霊なのね。と。
泣きそうな顔で、顔面から徐々に血の気が無くなって、蒼白になっていくルイズに、モンモランシーは慌てて取り繕った。
「た、ただね。ルイズ。ひとつ言えることは水の精霊との会話は大変なのよ」
「どうして?」
「水の精霊の言葉って、『ういむしゅー』っていう単語の音程とかリズムで表現されてるからよ」
自責の念とか、形容し難いもやもやした気持ちで、半泣きになっているルイズが、モンモランシーの言葉に顔をあげた。
シロ姉はちゃんと言葉がしゃべれる! 水の精霊なんかじゃない。僅かな希望にすがろうとする心が、モンモランシーの言葉を都合よく変換していく。
「なにそれ、そんなの会話にならないじゃない」
「と、思うでしょ? でもこっちの言葉は理解してくれるから、水の精霊の微妙なニュアンスの違いを聞き分けて、地道に会話しないと行けないのよ」
「変なのねぇ」
「でしょ? 私もそう思ったけど、聞き分け方をお父さまに教えられたのよ。モンモランシ家は、代々交渉役だったからねぇ」
キュルケの呆れたように声にモンモランシーも腕をくんでしみじみと述懐した。初めて父親に聞いた時、今のキュルケと同じような反応をしていたなあ。と。
「例えば?」
「えーとねえ、『こんにちわは』は”うい、むしゅー”、でしょ? 『さようならは』は”うい、むしゅー”、『はい』は”ういむしゅー”で『いいえ』は”ういむしゅー”」
「……全然わかんない」
「まあ、シロ姉はちゃんと喋れてるから、ひょっとすると水の精霊じゃないのかも知れないけどね」
モンモランシーの慰めにもならない言葉では、ルイズの気持は晴れなかった。
シロ姉に直接聞いて、今の関係が壊れてしまうことが怖かったルイズは、部屋に戻る勇気を持てずに、キュルケの部屋にとどまった。
結局そのまま宴会に突入したのだが、隣に座っていたシロ姉はルイズの微妙な雰囲気を感じ取ったのか、周りの会話を一切無視して一通り食事をとった後、散歩に行ってくると言葉少なに食堂から出ていった。
沈んだ気分のルイズは口に入っている物の味すらまともに分からなかった。
「ルイズ、ルイズって、聞いてるの? 誰が酔ってるってぇ?」
「あんたよ、あんた。ねえ、モンモランシーもなんか言ってよ」
取り留めの無いことを考えていると、背中をバシンと叩かれた。
思わず口に入っていた物を噴き出したルイズが涙目になって後ろを見ると、テーブルを一周してきたのか、空っぽのグラスを持った赤い髪が赤い笑顔を向けていた。
とろんとした目つきの赤髪に、何を言っても無駄だと悟ったルイズは隣のテーブルに座っているモンモランシーを呼んだ。なんの反応も帰ってこないので慌てて首を巡らせると、テーブルに突っ伏した金髪が、人差し指で転がってるスプーンをシーソーのように揺らしていた。
「ギーシュのばかっ。若かったら誰でもいいの? ふんっ。男なんてみーんなそうよっ」
一瞬、あっけにとられたルイズだったが、どうしようもないという風に頭をふって、救いの神であるタバサを探した。
「タバサ?」
「……」
「もきゅ」
「……あっ」
「もきゅもきゅ」
ななめ前に座っている青髪は、さんしょうおを前に座らせて、恐る恐るサラダの葉をそーっとさんしょうおの口元に持って行っていた。
軽く首をかしげていたさんしょうおが、おずおずと差し出された葉っぱを、ぱくと口に咥えるのを見たタバサの顔が、一瞬晴れやかな笑顔になったかと思うと、すぐに真剣な表情に戻って新しい葉っぱをさんしょうおにそーっと差し出していた。
「……なんで、私の周りはこんなのばっかりなの?」
ルイズは見るんじゃなかったとばかりに、肩を落とした。いっそのこと部屋に戻って不貞寝をしようかと思っていた時、宿のドアが勢いよく開かれ、禿頭の老人が転がるように飛び込んできた。
「で、た、たたたたぁ、大変じゃぁ」
「どどど、どうしたんだでぇ」
入るなり、何度も深呼吸をして、息も絶え絶えに胸を押さえていた老人が、町長を見つけるなり、すがりついた。その尋常じゃない行動に一瞬でその場が緊張で満たされた。
「い、い、い、いや、さっき湖の傍を通ったら、出てたんだじゃよ、水の精霊様が! それも、今までと違って、まるで人間みたいにっ!」
「なななにぃ~」
老人の言葉は、その場に爆弾を投げ込んだような効果があった。最近の異常な湖に異常な水の精霊。とどめの言葉に町民たちの間に不安と緊張が一気に高まった。
「ちょちょちょちょっと待って」
「あんたは誰でぇ、あっ、貴族さま! 大変申し訳ございやせん」
慌てて立ちあがったルイズに訝しげな視線を向けた老人だったが、町長に諭されて慌てて態度を改めた。しかし、ルイズにはそんな態度を気にする余裕もなかった。
「そんなことはどうでもいいわ、水の精霊が出たって言ったわよね?」
「へぇ、先ほど湖を通りがかりやしたら、ぼぉっと光る水の精霊様が……」
「どこよっ! 」
「表の道を湖に向かって行った先でやす。はい」
それを聞いた瞬間、ルイズは駆けだしていた。桃色の少女の心は、水の精霊のシロ姉がいなくなってしまう。という恐怖感で満たされていた。

ドアを蹴破る様に開けて外に飛び出る。
(いやっいやっいやっ、黙って行くなんてっ)
はにかんだシロ姉の笑顔が脳裏をよぎって消えていく。

湖の方に続く道を走りだす。
(ずっと一緒に居るって言ったのにっ)
優しく抱きしめてくれるシロ姉が背を向けていく。

ルイズは、肺と心臓が悲鳴をあげるのを無視して暗い夜道を力の限り走った。

ルイズが飛び出した後、シーンとなった食堂で、髪を豪快に掻き上げたキュルケが、俄かに鋭い表情をうかべた。既に酔っていた時の雰囲気は霧散していた。
「さてと。なんか、やばそうね。モンモランシーも行くわよ」
「ええ、すっかり酔いも醒めちゃったわ」
キュルケの言葉にモンモランシーもだんっと両手をテーブルに突いて、町民をビビらせたかと思うと、すっくと立ち上がった。
タバサは既に杖をもってドアを開けていた。さんしょうおは既に形すらなかった。
一行が出ていった後、残された町民は誰彼ともなく祈りの姿勢になっていた。どうか水の精霊を収めてくれますように。と。


「シロ姉っ!」
湖畔まで呼吸をしたのかどうか分からない程、無我夢中で走り抜けたルイズの視界には、足首まで水につかって空を見上げているシロ姉がいた。
「どうしたの? イチヒコ」
自分が水で濡れるのも構わず、駆けよったルイズがシロ姉に飛びつくように抱きついた。
呆気にとられた表情のR-シロツメグサが泣いているルイズを抱き返しながら、困惑した様な表情を浮かべた。
「何? じゃないわよ、心配したんだからっ!」
「心配?」
涙を浮かべてシロ姉を見上げたルイズは、シロ姉の何がなんだか分からないといった表情をみて我に返った。
「あ、えっと、あの、その、シロ姉が帰っちゃうのかな? って」
「帰る?」
「だって、シロ姉は水の精霊なんでしょ?」
「水の精霊?」
「うん、この湖に封印されている水の精霊」
「封印?」
「違うの?」
「違う、私はドレクスラー管理者で”みずのせいれい”じゃない」
「え? ……よかった」
ルイズの言葉が重ねられるたびに、R-シロツメグサの混迷度合は拍車がかかっていた。
だんだんと、自分が誤解ないし先走り過ぎていたことに気がついたルイズは、恐る恐る問いかけた。
シロ姉にきっぱりと否定されたルイズは、心の底から溜息をついた。
押しつぶされそうだった心が解放されて、力が抜けていく。ペタンとしゃがみこみかけた所を、シロ姉にしっかりと抱きしめられたルイズは、口に温かくて柔らかいものが押しつけられたことに気がついた。
優しい気持ちがそこから流れ込み、ルイズは心が落ち着いていくのを感じた。
「イチヒコ、心配した?」
「……うん。きゃっ、シロ姉」
「うれしい」
しばらくして、そっと顔を離したシロ姉が、赤くなったルイズの言葉を聞いてぎゅっと抱きしめた。
月が輝く夜空の下、抱き合っていた二人だが、岸辺から掛けられたいつもの声に振り返った。
「はいはい、そこまでそこまで」
「キュルケ、邪魔」
「お邪魔ついでに、聞いておくわ、シロ姉、あんた水の精霊じゃないの?」
「違う。ところで、水の精霊、何?」
もう何度も邪魔されているため、慣れっこになったのか、あまり刺々しくはないが、それでも十分嫌そうなシロ姉の声をキュルケは素知らぬ顔で流した。
シロ姉もいつもと違って真剣なキュルケの表情に、いつものお邪魔虫ではないなと表情を改める。
知識が追い付いていないシロ姉に、ようやく到着したモンモランシー達を含めて、今までの経緯や知った情報を説明した。
微かに頷きながら聞いていたシロ姉が、納得したように最後に大きく頷いた。
「そう、分かった、”水の精霊”呼び出すから、少し待つ」
「え? シロ姉?」
あっさりと水の精霊を呼び出すというシロ姉の普段通りの口調にルイズ達は目を剥いた。
「イチヒコ、ちょっと、防壁を破るから、水から上がる」
そんな四人の表情を横目に見ながら湖の方を向いたシロ姉は、ルイズが慌てて岸に上がるのを待ってから、両手を広げた。

『接続 ドレクスラー管理者 D-ISSG-0100118D R-シロツメグサの権限にて、接続……』

ルイズ達は踝くらいまで水につかったR-シロツメグサをじっと見つめていた。いつものようにシロ姉の周りに仄かな燐光が舞ったかと思うと、水の流れる音がして、湖面が波打ち、流れ始めて、しばらくすると真ん中に客船が十隻くらいすっぽりと入るほどの大渦が出来あがった。
さすがに湖の底までは行っていないみたいだが、かなりの深さの穴が空いた頃、シロ姉が冷たい声で言い放った。
「防御を解いて出て来る」
その直後、渦が見る間に消えていき、湖面が盛り上がったかと思うと見る間に女性の姿をとった。
「きゃっ」
「水の精霊……ほんとそっくり」
「あ、あ……」
その輪郭や造形は、モンモランシーの言っていた通り、シロ姉の双子と言っていい程似ていた。
水の精霊の実体を前に、シロ姉は自然体で立っていた。ただ、その表情はあまり芳しいものではなかった。
目の前の状況に固唾をのむルイズ達を尻目に、先に動いたのは水の精霊だった。
「なっ」
目の前の光景にルイズ達は異口同音に声を上げた。
水の精霊がシロ姉に向かって恭しく頭を垂れていたからだ。
「ウィ、ロードモジュール≪シロツメグサ卿、お久しぶりでございます。N-306です≫」
水の精霊の発した言葉、彼女も初めて聞く言葉にモンモランシーはうわ言のように呟いた。
「”うい、むしゅー”意外の言葉……、初めて聞いた」
どう考えても上位の者に語りかけるようなニュアンスで喋る水の精霊にシロ姉はそっけない口調で答えた。
「それ、やめる」
「ウイ、ロードモジュール≪了解しました、しかしながら私の重力制御装置は故障しているため、浮上することができません≫」
「だったら、そのままでいい」
「ウイ、ロードモジュール≪ありがとうございます≫」
「なぜ、私の姿を使う?」
「ウイ、ロードモジュール≪私が良く知っている人型はマンカインドとシロツメグサ卿達です、そして、私はシロツメグサ卿の部下です。さらに言うと”人間”の前に出る時はこの姿の方が何かと穏便になります≫」
「わかった。しかし、ずいぶんと難しい言葉を覚えたな」
「ウイ、ロードモジュール≪ありがとうございます≫」
ルイズ達には”ういろーどもじゅーる”としか聞こえないにも関わらず、シロ姉は、明らかに水の精霊の言っていることが分かっているようだった。
それもどうも旧知の間柄のような雰囲気すら漂っていた。

「……会話してる」
「モンモランシー、分かる?」
「分からないわ、こんなの初めて」
キュルケの囁きに、モンモランシーは蒼白となった顔で答えた。今までのモンモランシ家の苦労を嘲笑うかの様に、流暢にコミュニケーションを取る姿に、モンモランシーは嫉妬すら覚えていた。
そしてルイズは、感情の抜けた様なシロ姉の口調に軽いショックを受けていた。シロ姉があんな喋る方するなんて。と。
そんな少女達の想いを余所にシロ姉と水の精霊の会話は続いていた。

「何故、こんなことをする』
徐々に熱中してきたのか、シロ姉と水の精霊の間から言葉がなくなっていった。人の様に口で会話する時間がもったいないR-シロツメグサは、アリシアンレンズ同士の圧縮会話に切り替えていた。
≪こんなこととは、何のことでしょうか?≫
『何故、これほどまでにドレクスラーを異常生成している? 理由を述べよ』
≪申し訳ありません。『こころ』の暴走によるものです≫
『こころの暴走?』
≪私はマンカインドに、ここにX-428と共に居ることを許可されました≫
『大体の状況は行政HAL代行予備機から聞いている。お前達は”すきなもの同士”であって、争いで体の殆どが壊されたから、”イチヒコ”が特別に一緒にいれるようにした。そして、お前達はここを居場所として申請した』
≪はい、その通りです。マンカインドの特別の計らいによって、私は”あいする”X-428といることができました≫
『……愛する……か』
≪しかし、先日、湖の底に”人間”達が侵入し、X-428を連れ去ってしまいました。私はそれが悲しくて≫
『X型(軍用機)を連れて行ったか……、連れ去った相手の居場所は分かるか?』
≪いえ、分かりません≫
『そもそも、なぜ連れ去ることを防がなかった?』
≪マンカインドに、”人間”に危害を加えてはいけないと命令されています。強引に連れて行こうとする”人間”達を止めようとすると、危害を加えてしまうことになる為、何もできませんでした≫
『……わかった。私がX-428を連れ帰ってくる。それまで心を落ち着かせろ』
≪シロツメグサ卿、ありがとうございます≫
『お前達もそこまで≪こころ≫を発達させていたのか……』
ほんの数瞬だった。シロ姉が振り返ると同時に水の精霊の姿は、ぱしゃんと湖に同化していった。
水音を立てながら歩いてくるシロ姉の顔は奇妙に歪んでいる様に見えた。ルイズにはその表情は、まるで泣き出しそうになっている子供の様に見えた。
「シ、シロ姉?」
「イチヒコ……」
「な、何?」
「……なんでもない」
ルイズの前に立ったR-シロツメグサは、微かに寂寥感を感じさせる潤んだ目でルイズを見つめた。
そんな表情で見つめられたことのないルイズは一瞬胸の鼓動が全身を打ちすえた様に感じられた。
シロ姉が何か悲しんでいる。そう感じたルイズは、そっとシロ姉の手をとった。自分がシロ姉にしてあげられることはそれくらいしか思いつかなかったから。
ただ、ルイズのそんな心を感じたのか、シロ姉は雪に埋もれながらも健気に咲いている花を見つけた時のように、優しく微笑んだ。
「で、どうしたの、急に静かになったけど」
「……原因、分かった」
「え? うそ」
二人の良い雰囲気を壊す様にキュルケが割って入ってきた。
R-シロツメグサは一瞬、鋭い光を眼に浮かべたが、ルイズにくいくいと手をひかれて、剣呑な眼差しを抑えた。
一呼吸置いたシロ姉は、いつもの様な静かな表情に戻った。
シロ姉はキュルケ達を見まわしてから、ゆっくりと口を開いた。
その言葉は、ある意味彼女達に衝撃を与えた。
「”水の精霊”の”こいびと”が人間に連れ去られた。だから暴走してる」
「えぇ~っ、水の精霊の恋人?」
「そう」
ルイズはその言葉を聞いて、シロ姉がなぜ寂しげな表情をしていたのか理解した。
(自分に当てはめてたんだ……)
ルイズ自身もついさっきシロ姉がいなくなるかもしれない。と言う恐怖感で心が締め付けられるように痛かった。それと同じ想いを、シロ姉も感じていたのだろう。
水の精霊は現実に恋人を攫われている。それも自分達と同じ人間に。確かにそれだと怒り狂っても仕方がない。
ルイズは無性に恋人を攫っていった人間が許せなくなった。想像だけであんなに苦しい思いをするのに、実際に攫われたらどれ程痛いか。ルイズの心にふつふつと理不尽な行為をしでかした犯人への怒りが巻き起こっていた。
「許せないわ、絶対捕まえてやるわ」
「ルイズ」
怒りを湛えたルイズの目にキュルケ達は目を見張った。
今まで、ここまで怒りを顕わにするルイズは見たことがなかった。
ルイズの、凛とした声がラグドリアン湖に広がった。
「誰がやったか、分かってるの? シロ姉」
「クロムウェル、と呼ばれていた。みたい」
「そこまで分かったら、話が早いわ、そいつをふん捕まえて、恋人を救いだすわ」
「で、クロムウェルって何処の誰?」
ルイズの宣言に、キュルケが腕を組んで疑問を投げかけた。
確かに、名前が分かってもそれだけではいかんともし難い。何処に住んでいるのかすら、分かっていない。
キュルケの指摘にルイズもうっと詰まったが、助けは意外なところから来た。
「水の精霊を出し抜いて、その恋人を攫う。犯人は強力なメイジを使うことができる人間。そのうえ、土地勘もある。多分高位の貴族。でもトリステインの貴族の中でクロムウェルなんて名前は聞いた事がない」
タバサだった。ずっと沈黙していた彼女が、自分の推理を淡々と披露した。ここまで饒舌なタバサを親友のキュルケですら見たことが無かったが、それだけ彼女も腹にすえかねているのだろう。
それぞれがそれぞれとも学院の中で一目置かれる立場ではあるが、その身は大人になる前の少女達。恋人と言う特別な存在に憧れを抱く彼女等は、かってない義憤にかられていた。
モンモランシーが、タバサの意見を受け取って続ける。
「そうね、それに水の精霊を出し抜くんだったら、風か土のメイジね」
ルイズが続ける。
「トリステインのメイジで、水の精霊に危害を加えようなんて考える人間はいないと思うわ。そんなことしたら王国全体を敵に回すもの」
いつしか少女達は円陣を組むように意見を出し合っていた。
R-シロツメグサは、その真剣な議論に、それも作業機≪セイバーハーゲン≫の為に、そこまで真剣に考えてくれているイチヒコ達を見て心が温かくなるような気がした。
ルイズの頭の上で、くるくる回っているさんしょうおを呼びよせて、その頭を撫でる。
その後ろで水が盛り上がり、水の精霊≪N-306≫が姿を現していた。
『イチヒコが探してくれる、よかったな』
≪ありがとうございます≫
「外国」
「妥当な線ね、心当たりがあるの? タバサ」
「ない。爺やなら知ってるかも」
「爺やって、あなたの実家の?」
「そう」
「じゃあ、爺やに聞いてみましょう」
熱い議論がひと段落して少女達の意見はまとまったようだ。
少し離れたところで見ていたシロ姉に顔を向けたルイズだが、その後ろに水の精霊が佇んでいるのを見て一瞬ひるんだ。
しかし頭をふって凛とした視線をシロ姉に向ける。
決意のこもったその表情をR-シロツメグサは眩しいものを見る様に目を細めていた。
「シロ姉、明日の朝に、タバサの家に行くことになったわ、ひょっとしたらクロムウェルって犯人の手がかりがつかめるかもしれない。そこで分からなかったら王女殿下や、お父さまでも何でも使って見つけ出してみせるわ。
水の精霊様、必ず見つけますから、怒りを鎮めてください」
「ウイ、ムシュー」
「イチヒコ。”水の精霊”もありがとうと言っている」
水の精霊は一礼をした後再び水に帰っていった。
それを見送った後、思い出したようにモンモランシーが尋ねた。
「あ、そうそう、ところで、何でシロ姉は水の精霊と、そんな複雑な会話が出来るの?」
シロ姉を除く全員の動きが止まった。


王立魔法研究所のテラスに比較的若い世代の研究者たちが集まって、思い思いに夜の時間を過ごしていた。
ここは周りから不夜城と称されるように、いつでも光がついて誰かが起きていた。宿舎に帰る人間もいることはいるが、大半の研究員はここに半ば住んでいるような状態だった。
その一角で、特にエリート集団と称される一団のテーブルは微妙な空気が漂っていた。
その集団は、片手に思い思いの飲み物を持ちながら、ひそやかに会話をしていた。
「おい、もしかして、今日もか?」
「ああ、今日もだな」
「もう二週間近く籠ってるよな?」
「実家から帰って来てからだから、それくらいになるな」
「それも禁書のエリアだろ?」
「王女殿下の許可もらってるんだと」
「でも、あそこの書物ってトンデモ系なんだろ?」
「まあな。一般の常識から考えたらとても信じることなんかできない内容ばっかり書いてるはずだぜ」
「昔の人の妄想の産物か狂人が書いた書物だというもっぱらの噂だけどな」
「エレオノール女史ほど頭が切れてたら、普通の書物だとダメなんだろ」
「俺たちから見ても、すごいからなぁ、あのお人」
彼等が興じているのは、ある意味アカデミーの華と呼べるヴァリエール家の長女の行動についてだった。
家柄、見た目、能力、どれをとっても文句のつけどころがない。性格と体形(その手の嗜好の人間を除く)はいろいろと物議を醸し出すが、総じてアカデミーでも屈指の実力を誇る女性研究員は、若手に限らず研究者たちのあこがれの的でもあった。
その彼女が、短い帰省から帰ってくるなり、矢継ぎ早に申請を出し、王家の許可を得ないと見ることすらできない禁書の封印を開けて、読解を始めた時は一時騒然となった。
正式な書面が届く前に口頭で許可を得ていたことが分かり、いったんは落ち着いた。が、今度は一向に出てこない女史を心配する声が上がり始めた。
偶に食事に出てくるが、ほとんど一日中部屋にこもりっきりだった。
どんどんと憔悴していく姿に同僚は一種の恐れを抱いたが、その眼は炯炯と煌き、研究者として最高の時を過ごしている事も明らかだった。

エレオノールはカビ臭く薄暗い封印の間の中に、ランプを持ち込んで一心不乱に書物をひっくり返していた。壁一面には大量の書物が整然と積まれていたはずだが、今は見る影もなかった。
どれほどの書物を読んだのか分からないが、彼女の目指すものはまだ見つかっていなかった。一通り目を通して、疲れた目をマッサージして背伸びをした時、ふと壁の書棚の片隅に目を引かれた。
固定化がかかっている書物の中でもとりわけ古そうな羊皮紙の巻き物だった。
ふらふらと手に取ったエレオノールは開いて一目見るなり、目が釘付けになった。
それは、トリステイン王国の歴史の創成期に実在したとされる王子の書物だった。ただ、系図にも残っていない為、研究者の間でも存在しなかったとされる人物であった。
彼の書き残した物はハルケギニアの常識から考えると非常に異質なものであって、それも存在を否定する証拠となっていた。
その彼の名を示した書物が、エレオノールの手の中にあった。
何かに魅入られたように、エレオノールは巻物を開いていく。
「……あった。ようやく見つけた」
そこには難解な古語で文字が刻まれていた。
エレオノールは、知識を総動員して、それを読み進める。
ちらちらと瞬くランプの光で読んでいたエレオノールは、愕然としたように、書物を取り落とした。
巻物がころころと転がり、開いていく。
「そ、そんな、うそ……」
床に広がった巻物はランプの揺らめく光に合わせ、まるで生きているように影がゆらゆらと蠢いていた


古の昔、我々は神々の一員であった。
我々は数多の天を駆け抜け、この地に舞い降りた。
争い事が絶えなかった我々は神々の座から追われ、長い月日を経て、人として転生するに到る。
始祖ブリミルは長き眠りより目覚めし最後の神で原初の人。全ての生き物の祖にして世界の理。
魔法の創始者であり絶対魔法の行使者。始祖なくして我々はなく、始祖なくして神々もない。

人として転生した我らは欲望を捨てきることができず、聖地に眠る偉大な力を盗もうとした。
結果、人の欲望が邪神を呼び覚まし、幾多の悪魔を召喚することになった。
世界に悪魔が満ちた時、聖地に生える永遠の世界樹ユグドラシルの御許で眠っていた
始祖ブリミルは目覚めの時を迎えた。
四人の強力な神を率いた始祖ブリミルは、邪神エンヌフォ・オ・トゥリを打倒し、
尽く悪魔を討ち滅ぼし、そしてこの地に平和を取り戻した。
幾許かの年月が流れブリミルの子らは3つの王国を成し、悪魔の子らは亜人となった。
かの地はブリミルの子らにとっては、聖なる発祥の地であり、亜人にとっては己の運命を捻じ曲げた悪魔の地である。

ブリミル
その名は原初の巨人を意味する。即ち始祖の二つ名。
そして、聖地に舞い降りた彼の真なる名、神名は”イツゥイヒコゥ”と伝えられる。

我が子らよ、同じ過ちを繰り返してはいけない。
聖地に眠る力を欲してはいけない。
もう、我々にブリミルはいないのだ。

隠された者 ビュルギル・ド・トリステイン


ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

The big ship sank to the bottom of the sea
大きいお船は海の底
The bottom of the sea, the bottom of the sea
海の底にしずんじゃった
The big ship sank to the bottom of the sea
大きいお船は海の底
On the last day of September.
9月の最後に沈んじゃった