るるる-12

Good night, sleep tight
お休み、しっかり寝るのよ
Wake up bright
朝の輝きの中で
In the morning light
元気に目覚めて
To do what's right
正しいことを
With all your might.
精一杯してね

ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪
ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪

モンモランシーの何気ない一言が、和やかになっていたその場の空気を一変させた。
自分達には、同じような音の羅列にしか聞こえない水の精霊の言葉から、シロ姉は何故、これほどまでに複雑な内容を
読み取っているのか? それは同族だから分かるのではないのか? ルイズを含む四人は強張った顔をシロ姉に向けた。
視線を一身に浴びたシロ姉は、その雰囲気に小首をかしげながら湖から上がってきた。
「何? イチヒコ」
「な、なんで、シロ姉は水の精霊の言う事がわかるの?」
「喋れるから」
「水の精霊と?」
「そう」
恐る恐るたずねるルイズにR-シロツメグサは、何を当たり前のことを聞く? と、きょとんとした表情のままで
答えていた。
どういえば分かるのか? とルイズが考え込むと、それを見ていらついたのかキュルケがルイズとR-シロツメグサとの
会話に割り込んできた。
「だから、なんで、会話できるのか? って言ってるのよ」
「なんで?」
キュルケが何を知りたがっているのか、いまいちわからないR-シロツメグサは苛立った様に眉を寄せた。
微妙にとげとげしいキュルケの声に反発したのか、硬質のガラスのような雰囲気を身に纏い始めたことを敏感に
察知したルイズは、慌ててキュルケのマントを引っ張ってキュルケの口を押さえた。
「あのね、シロ姉。あんな”ういむしゅー”だけの言葉で、どうしてそこまで細かいことが伝わるの?」
「……これ<<EES>>があるから」
ルイズの言葉にようやく納得したシロ姉は、額に埋め込まれている宝石のように見える飾りを指差した。
R-シロツメグサにとって、額に付いてあるレンズ≪EES:高々次知覚器≫は生まれたときから付いてある体の
一部分であり、レンズを使って作業機≪セイバーハーゲン≫と会話するのは無意識の領分でもある。
だから”何故会話が出来るのか”という問いにを改めて投げかけられても、どう回答すればよいか判断が出来なかった。
要するに、唐突に”お前は何で呼吸するのか?”と聞かれたのと同じような状態だった。
シロ姉の回答を聞いて、キュルケの常識はシロ姉を特徴づける額のクリスタルを、水の精霊と意思疎通をする為の
マジックアイテムとして認識した。
「へぇ、前から気になってたけど、それって、マジックアイテムなのね。じゃあ、もうひとつ」
「質問が多い」
質問に答えながらルイズの傍まできたシロ姉が顔を顰めてキュルケをじっと見つめた。かすかに怯んだ様に見えた
キュルケだが、胸を張って口を尖らせる。
「いいじゃない、減るもんじゃないし、あなたと水の精霊とはどんな関係なのよ」
「……助手」
「え?」
「助手?」
「そう」
そっけない、シロ姉の回答に、キュルケとモンモランシーが不意を突かれたような表情を浮かべた。その後ろにいた
タバサの表情が強張り、慌ててルイズがシロ姉を見上げた。
「ってことは何? シロ姉って水の精霊の上司ってこと?」
「そう」
ルイズの驚愕の表情を見たシロ姉は、微かに得意げな雰囲気を身に纏った。え、うそ。と口に手を当てるルイズの耳に、
モンモランシーの悲鳴にも似た声が突き刺さった。
「ちょちょっと待ってよ、水の精霊って、ずーっと昔からいるのよ? それこそ始祖が光臨される前から」
「精霊との契約……」
シロ姉が口を開く前に、考えを巡らしていたのか、タバサがポツリと呟いた。その言葉に、はっとしたキュルケと
モンモランシーは顔を見合わせて、考えを巡らせ始めた。
「……確かに水の精霊はトリステイン王家を契約を結んでいるのは事実だわ。だけど、王家だけとは限らない。
ひょっとしたらもっと寵愛した一族が居ても不思議じゃないわね」
「……なるほどねぇ、じゃあ、それって契約の証なのかしら? そのマジックアイテム付けてたら、水の精霊の力を
行使できるとか」
「それならありえるわ、そうだとしたら、水の精霊の力で雪降らせたり、土のゴーレム溶かしたり出来るだろうし」
「そうね」
「呪文も使ってないのは、ひょっとして、水の精霊の先住魔法だからかしら」
「なるほどねぇ。つじつまは合うわね」
モンモランシーも、キュルケのマジックアイテム宣言をきっかけに、今までのR-シロツメグサの引き起こした不可解な
現象を、水の精霊の力を使ったらどうなるか? と考えていた。
人間は理解不能なことがあると、妄想か幻覚だ。と勝手に思い込んで脳裏から消し去るか、自分の都合のいいように
理解する傾向がある。
キュルケたちも例外ではなく、ガーゴイルや精霊ならいざ知らず、命あるもので水の精霊より長生きする存在、それも
人や亜人が居るとは到底信じられなかった。だが、彼女らの常識で無理やり理解すると『シロ姉”が”水の精霊の助手で、
額に付けたマジックアイテムで水の精霊の力を利用できる』と、まことに都合のいい結論に行きつく。
使い魔のお披露目会で聞いた、”どれくすらー管理者”という言葉も、水の精霊の力を管理する者とすれば納得できる。
確かに、『水の精霊がシロ姉の助手で、シロ姉は水の精霊より長く生きている。それこそ始祖の光臨する以前から
生きている』という荒唐無稽な話よりも数段筋が通っているように思えた。
当の本人が前に居るので聞けば済むが、あまり弁舌の立つシロ姉ではないうえ、どことなく常識がずれている為、
なんとなくキュルケとモンモランシーは内輪で納得してしまった。

ただ、ルイズだけはシロ姉の言葉を額面通り通り受け止めた。
これまでの出来事で、シロ姉は嘘をついたり、回りくどい性格ではなくて、言葉が足らないケースが多いのも事実だが、
純粋に端的に事実だけを語る人だ。と理解している。だから、水の精霊がシロ姉の助手と言うのなら、多分そうなのだろう。
とルイズは思った。そうなると彼女は一つだけ確認したいことがあった。
「し、シロ姉、始祖ブリミルって見たことある?」
「ルイズ、なに馬鹿なこと聞いてるのよ」
「ブリミル……本に書いてた。ブリミル、見たこと無い。けど”イチヒコ”は知ってる」
キュルケ達の自論展開を横で聞きながら、ルイズは、言葉を選んでシロ姉を見つめた。
シロ姉はルイズの真剣な視線を、背後に横たわるラグドリアン湖に投げ込んだ小石が、音もなく沈んでいくように優しく
包み込む。
シロ姉の雰囲気が不意に透き通るような、昔を懐かしむような悲しい色を帯び、ルイズはどぎまぎしたが、なにか
口を開きかけたときに、キュルケが背中を軽く叩いた。
「ほら見て御覧なさいな。ルイズはここにいるんだから知っていて当たり前じゃない。でも、ルイズ、よかったじゃない。
シロ姉だったら水の精霊との交渉役としては申し分ないし、とりあえず、水の精霊も落ち着いてくれるんでしょ?」
「そ、そ、そうね」
「じゃ、もう遅くなったし、さっさと寝て明日はタバサの実家に行きましょ」
「わ、わかったわ」
キュルケ達は一通り自分達で納得した後、それ以上の細かい詮索はしなかった。他人の使い魔の能力について、あまり
細かい詮索はしない。という一般的なマナーが、彼女等の追及を留めていた事もあるのかもしれない。
キュルケ達はさっさと宿の方へ向かい、さんしょうおを頭に載せたルイズも、その後を追いかけた。少し歩いた後、
シロ姉がついてきていないのに気がついて、振り返った。
「シロ姉、どうしたの?」
「……なんでもない」
シロ姉はじっと夜空を見上げていた。ルイズの声でゆっくりと首を振った後、とぼとぼと歩きだした。傍に来たシロ姉の
目に寂しさを見つけたルイズは、胸が締め付けられるような心の痛みを感じた。
いくら人の機微に疎いルイズであっても、四六時中一緒にいて、肌を重ねれば相手のことも理解できる。ことさら
問いただすようなことは出来ないが、シロ姉が悲しい記憶を抱えて居ることは実感していた。
初めて会った時もシロ姉は泣いていた。その後も時折、自分を誰かと重ね合わせているような雰囲気になるときもある。
ただ、今の自分を見つめてくれて、今の自分を愛してくれているのも理解していた。他のすべてよりも自分を
優先してくれることもゼロとさげずまれていた自分にとっては、涙が出るほどうれしかった。
だからルイズは、シロ姉が寂しそうな雰囲気を身に纏うことが嫌だった。わたしはここに居る、ずっと一緒に居る。
だからそんな寂しい顔をしないで。と。
正直なところ、今までルイズは愛に餓えていたのかも知れない、ちい姉さまという庇護者たる存在が居ることは
事実であっても、それ以外の家族、学友達とはすべて一線を置いていた。
実際は愛に包まれていたが、貴族社会の中で魔法が使えないという負い目が自ら壁を築き、家族や学友に溶け込めない
障壁としてルイズの周りに立ち塞がっていた。
そんな中で、立場も性別も力の有無も超えて一途に自分のことを愛してくれるシロ姉は、ルイズの中で既に
かけがえの無い存在として刻まれている。
だから悲しかった。自分の愛する人が悲しんでいるのを見て、自分が何の助けも出来ていないのが悔しかった。
忸怩たる思いを抱えたルイズは、成功したとはとても思えないが、シロ姉を励ますように微笑んで、その手を両手で握った。
「じゃあ、わたしたちも宿に帰って寝ましょう」
「……寝る。イチヒコと寝る」
一瞬あっけに取られたような表情をしたシロ姉だったが、ルイズの微笑みに雪が解けるように穏やかな笑顔を取り戻し、
軽くルイズを抱きしめた。
「あ、あ、あ、あ、そそそそう意味じゃないんだからね」
「いや?」
「あ、いい、いいやじゃないけど……」
なんとなく、シロ姉の寝るという単語に含まれる意味を理解したルイズは、顔がりんごのように一瞬で真っ赤になった。
あわてて離れようとしたが、いつものように捨てられた子犬のような目を向けられ、うっと詰まったルイズは、
反論も力なく口の中でもごもごと消えていった。
ふっと微笑んだシロ姉はルイズをいわゆるお姫様抱っこで抱き上げて、足早に森の方へ歩き出した。
「ちょ、ちょっとシロ姉」
「早く、寝る」
「あああ、しししシロ姉、こここここじゃいやっ」
さすがにルイズは必死に抵抗した。

なんとなく気恥ずかしいものを感じ、自然と頬に血が上るルイズが宿に戻った時、先に戻っていたはずのモンモランシー達が
町民の熱烈な歓迎を受けていた。
一足先に戻ったモンモランシーが、簡単に経過を説明して、もう大丈夫。と言った瞬間、固唾をのんで話を聞いていた
町民達から歓声が上がり、寝ようとしていた彼女等に押し寄せた。
モンモランシー達は、町民達の感謝の言葉と、涙と、よく判らないものを盛大に受け取り、ふと気がつけば、
手にグラスを持って、なみなみとワインを注がれていた。
遅れて戻ったルイズ達は、2時間ほど前の光景が再演されているのに頭を抱えたが、抜け駆けは許さないとばかりに
血走った目のモンモランシーにつかまって、強引に席に座らされた。
さすがに続けて大宴会は勘弁してほしい年若いメイジ達は夜通し宴会を続けるつもりの町民達の隙を縫って、一人、
また一人とこっそり抜け出して部屋に戻っていった。
比較的早めに抜け出すことに成功したルイズは、部屋に戻るなりベッドの上に飛び込むように寝転んだ。
結構な量のアルコールを飲んでいるにもかかわらず、表情が一つも変わらないシロ姉は、ベッドの端に座ってルイズの髪を
撫でた後、同じベッドに潜り込んだ。
階下から微かに聞こえる宴会の騒音を耳にしながら、だいぶ傾いた月明かりに照らされたルイズがポツリと呟いた。
「シロ姉?」
「何、イチヒコ」
「どこにも行かないよね」
「……一緒、ずっと一緒」
「うん」
静かに目を閉じていたシロ姉が、微かな呼びかけに顔を向けた。
暗がりに浮かぶルイズの顔に、不安の影が浮かんでいることに気がついたシロ姉は、安心させるようにルイズを抱きしめて、
その長い髪をそっと撫でた。
「……何故、泣いてる?」
「わたし、結局何の役にも立っていないし、だんだん弱くなってる」
「……イチヒコ」
「結局、シロ姉に頼りきりになってる」
「大丈夫、イチヒコにしか出来ないこと、絶対ある、だから泣かない」
「……うん」
「ずっと一緒、さんしょうお も一緒にいる」
「モキュ」
「……ありがとう」
しばらく抱きしめていたシロ姉が、肩を震わすルイズに気がつき、そっと身を離した。そこには見られたくないように
顔を両手で隠したルイズが嗚咽を堪えて唇をかみ締めていた。顔の端からこぼれる透明な雫をそっと拭うシロ姉に、
ルイズは、ポツリポツリと内心を吐露した。
息巻いて出てきた割に、何も出来無い自分に腹が立った。
シロ姉が不意に遠くへ行く様な気がして、自分だけ取り残されたようで悲しくなった。
寂しげなシロ姉に、なにも手助けが出来なかった。
そういった負の感情がルイズの心のうちを斑に染め上げていた。
シロ姉の声に押さえ込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出て、ルイズの声は潤んでいった。
心配そうなシロ姉と、髪をもしゃもしゃとしながらも慰めようとするさんしょうおの心を感じたルイズは、ひとしきり
泣いた後、ようやく落ち着いた。
はたと我に返ったルイズは、駄々っ子のような弱い姿と涙を見せた自分が急に恥ずかしくなった。
醜態をさらしたのはアルコールが入っていたせいだ。そう思いこもうとしたが、まともにシロ姉の顔を見ることもできず、
両手をはずせなくなった。

「イチヒコ」
「やんっ」
泣き止んだ後もずっと両手を顔から離さないルイズを訝しく思ったシロ姉は、つんつんと脇をつついた。
顔を反らして身をよじって逃げようとするルイズの行動にピンときたシロ姉は、軽く笑ってルイズの両手をとり、顔から
引き剥がしてベッドに押さえつけた。
「え? や、ちょ、ちょっと待って」
真っ赤になった顔を見られないようにあわてて背けるルイズを見て微笑んだシロ姉は、無防備にさらしているルイズの
首筋にキスの雨を降らせた。
身を捩って逃れようとするルイズを自分の体でやわらかく押さえつけたシロ姉は、ゆっくりと首筋から耳の方に唇を
這わせる。
「と、と、となりにキュルケ達も居るし、ね」
「大丈夫、ドレクスラーで音を遮断した」
涙の後を残し、引きつった笑顔で、抵抗するルイズの背筋をゾクゾクっとした電撃が走り抜け、全身が溶けていくような
快感が徐々に舞い上がる。逃げようとするルイズに、抜かりは無いといったシロ姉の言葉が覆いかぶさる。
いわれてルイズは気がついた。そういえば、わたし達の立てる音以外の音が消えてる。
「ひゃんっ」
周りの気配を探るために動きを止めた瞬間、ルイズの桜色の頂から全身を蕩けさせる波が襲った。
「ちょ、あ、ん、んんんーっ」
いつの間にかシロ姉の手が、はだけさせたネグリジェの脇から侵入していた。
ささやかな丘を包み込むように揉み上げる手が、指で器用にも頂点を挟み込んで刺激する。
首筋から耳、そして甘噛みされる耳たぶからの刺激と、新たに加わった胸から全身を震わせる波に、繰り返し翻弄された
ルイズから、徐々に抵抗する力も抜けていった。
シロ姉の蹂躙に身を任せていたルイズの呼吸に荒く熱い息を含むようになった頃、シロ姉はそっと顔を白い首筋から離して、
赤くなった顔で潤む目のルイズを見下ろした。
胸と肩を激しく上下させる荒い呼吸のルイズがおずおずを両手を差し出し、シロ姉はそっと顔を沈めて行った。
自然とルイズとシロ姉の口が重なり、静かな空間にひっそりとしかし情熱的な水音が響く。桃色の髪がベッドに湖を作り、
青い精霊が体を重ねていく。
「……イチヒコ、あいしてる」
「あ……ん、しろねえ、しろねぇ」
舌と舌が絡み合う合間に、シロ姉が感極まったように囁き、ルイズがそれを受けてさらに顔を赤くする。
ゆっくりとルイズの体を起こしたシロ姉はネグリジェを脱がせた。そして、生まれたままの姿になったルイズの胸の頂に
そっと口づける。
「あ……ん、やぁ、ばかぁ、ひぅっ、ああああああん」
ビクンと体を振るわせたルイズは、そのまま反射的にシロ姉の頭を抱きかかえる。
桜色の頂を吸われ、甘噛みされたルイズは、いやいやをするように首を振った。
長くて桃色がかった髪が、ルイズの周りに繊細な月の光を煌かせた。シロ姉の執拗な舌の動きに、腰から下が熱く
溶けていったルイズがベッドに倒れ込んだ。
はぁはぁと荒い呼吸を立てるルイズを胸から顔を放したシロ姉が、ベッドで横たわる蕩けた少女を愛おしくて
たまらないような表情で見つめた。


再び重なっていく二人を、赤と青の月は朝日にバトンを渡しながらも優しく見つめていた。

翌朝、と言うより昼前になって階下に下りてきたルイズ達をキュルケ達が出迎えた。
さんしょうおを頭にのせて席に着いたルイズ達に、柔らかいパンとチーズ、主菜として野菜のシチュー、それに
カットフルーツを乗せたサラダが並んだ。
宴会翌日の体を考えたメニューに、ルイズも素直に謝意を口にした。
周りを見るとモンモランシーは幾分元気が無くぐったりとしているが、タバサはいつも通りだった。
そして、どう考えても自分より大量のアルコールを摂取しているはずなのに、けろっとしているキュルケは、意味ありげな
視線をルイズに向けてきた。
「どうしたの、ルイズ。相当疲れてるわよ」
「い、い、いや、べべべべ別になんでもないわよ、ほほほほ、ほんとーに本当なんだから」
「そお? ならいいんだけど、夜のお楽しみはほどほどにね」
その言葉でルイズは手に取ってたパンをべちゃっと野菜のシチューの中に落としてしまった。
ぎぎぎっと軋ませながら強張った表情を向けるルイズにキュルケが勝ち誇ったように笑った。
「だって、起そうと思ったらご丁寧に鍵がかかってるわ、中はサイレンスがかかってるわ。でしょ?」
「なななな」
「で、どう? ちゃんといかせて貰った?」
「きゅきゅきゅきゅキュルケッ」
ルイズが顔を真っ赤にして立ち上がるのを見て、キュルケが手をパタパタと振って「やーねぇ、冗談よ、冗談」と言って、
そそくさと席を立った。
「……仲いいわね」
「親友」
「誰が親友よっ、冗談じゃないわっ」
「ですって」
「説得力無い」
「……」
横で見ていたモンモランシーが面白そうな表情を浮かべ、タバサがボソッと呟く。耳に挟んだルイズが喚くが
モンモランシーとタバサは同時に首を振った。

「ここがあなたのご実家?」
タバサの実家がガリア領にあることを知った一行は国境を越えるための通行手形を用意していないことと、風竜での
移動と言うことも考えて、夕闇にまぎれてラグドリアン湖を越えるルートを選んだ。
昨日の今日なので、一旦仮眠をとった一行は、夕方になって日が暮れかけたころ、森に居るように命じていたタバサの
シルフィードを先陣に、竜騎士から強引に借り受けたルイズの風竜でラグドリアン湖の上に舞い上がった。
あっと言う間に湖を越えた一行は、森の中に佇む巨大な邸宅の中庭に舞い降りた。
宮殿と称しても問題ないほどの屋敷ではあるが、人の気配は異常なまでに薄かった。
キュルケが物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していたが、ルイズは真っ先に屋敷の玄関上に描かれた紋章に
目が行った。
「あ、あれって、ひょっとして」
その言葉にキュルケ達も紋章に気がつき、そして絶句した
全員がタバサのほうを向いた時に、重厚な音がして玄関のドアが重々しく開かれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
白髪の疲れきったような雰囲気の痩せた老執事が、それでも表情をほころばせて恭しく頭を下げた。
この規模の屋敷であれば馬丁の数人やメイドの数人がまとめて出てきてもおかしくないのだが、目の前の老執事以外の
出迎えは無かった。
自分達の風竜に、適当に待っているように命じた一行は、執事の案内に従って客間に通された。
その間もほとんど人の気配は無く、ひっそりと静まり返っていた。
「ずいぶん静かなお屋敷ね、でも大勢でお邪魔していることですし、御当主様に挨拶させて頂ける?」
豪奢なテーブルの周りに、ある優雅な革張りのソファーに身を落ち着けた一行をキュルケが代表した。その言葉に、
ゆっくりと首を振ったタバサは、言葉少なにここで待っているように告げ、一人部屋を後にした。
タバサが部屋を出ていくなり、一行の表情が強張り、誰からともなくひそひそと顔を近づけた。
「キュルケ、この紋章ってやっぱり……」
「間違いなくガリア王家の近親よ」
「でも、なんで……」
「さんしょうお じゃまはだめ」
「モキュー」
ルイズの頭の上で、遊んでいるさんしょうおをシロ姉が捕まえて放り出した。
ふわふわと今度は部屋の隅にある観葉植物の所に飛んでいく野を横目に見ながら、ルイズ達は議論を再開した。
ほどなくして、扉をこんこんとノックされる音と共に、先ほどの老執事がお茶のワゴンを運んできた。
慌てて元の席に戻る一向に一通りお茶とお菓子を並べた後、表情と雰囲気を見て悟ったのか、軽くため息をついた後、
恭しく頭を下げた。
「オルレアン家の執事を務めておりますペルスランと申します。おおそれながら、シャルロットお嬢さまの御学友の
フォン・アンハルツ・ツェルプストー様、ド・ラ・ヴァリエール様、ド・モンモランシ様でいらっしゃいますでしょうか?」
「え、ええ、そうだけど、オルレアンってひょっとして」
「御察しの通りでございます。ガリア王弟、オルレアン公爵家にございます。そしてシャルロット様はオルレアン公爵の
たった一人の忘れ形見と言うことになります」
「なんてこと」
「なんで、そんな重要人物がタバサなんて偽名でトリステインに?」
「……タバサ……ですか」
ルイズの言葉を聞いた老執事は、まるで百年も生きた老人のような溜息をついた後、一同を見回して事情を語り始めた。
曰く、タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアンと言うこと。
曰く、王位をめぐる騒動に巻き込まれ、父は謀殺され、一命は取り留めているがシャルロットの身代りに母親が水魔法の
毒に倒れたこと。
曰く、シュヴァリエの称号と爵位と共に騎士団に所属と言う名目で従属させられ、汚れ仕事や、危険な仕事に優先して
割り当てていること。
そして、母が毒に犯され、心を壊されたのと同時にシャルロットの心も閉ざされてしまったこと。
「タバサと言う名前は、シャルロットお嬢様に奥様が自らプレゼントなさった人形、そして、シャルロット様が
その人形につけた名前なのです」
「そんな……」
「今、奥様はその人形をシャルロット様と思いこんでおられ、片時も離さずに抱かれております、そして、
シャルロット様はタバサと名乗り、人形のように感情を、心を無くされておられます。何と言うことか……」
感情が高ぶったのか老執事の目には涙が溢れ、最後の方は聞き取ることすら困難だった。
ルイズ達は、物静かなタバサの抱える闇に言葉を無くした。
水の精霊の恋人誘拐の話を聞いた衝撃も冷めやらぬ間に、理不尽な扱いを受けている友人の話を聞いたルイズは怒りを
納めることができなかった。
イライラが積もったルイズは、両手をテーブルに叩きつけた。
テーブルの上のティーカップが騒々しい悲鳴を上げ、飴色の液体がぽつりぽつりと小さな池と作る。
「酷いわ、なんで、こんなに許せないことばかりなの?」
「ルイズ、落ち付きなさい」
腕と足を組んで、眼を伏せていたキュルケが固い声で、ルイズに刺すような目を向けた。
怒りが溜まって、わなわなと震えていたルイズは、両手をテーブルについて身を乗り出してキュルケをにらみ返した。
「落ち付いてなんかいられないわ。キュルケッ、あんたはタバサの親友でしょ? よくそんなに平気でいられるもんだわ」
「だまりなさい、ルイズ。貴方、私が平気でいると思ってるの? ツェルプストー家の人間が親友を見捨てるような
恥知らずだと思ってるの? バカにしないで!」
その言葉に、同じく溜まった欝憤をテーブルにぶつけたキュルケは、炎に染まった眼でルイズを見つめながら
勢いよく立ちあがった。
「あなた達、やめなさいよ、あなた達がここでいがみ合ってどうするのよ」
テーブルを挟んで、鼻を突き付け合わせて睨みあう二人に、うんざりしたモンモランシーが割って入った。
しばらく、お互いを見らんでいた二人だが、ふっと肩を落として、ソファに座りこんだ。
「……そうね、口が少しだけ、ほんのちょっとだけ滑ったわ、キュルケ」
「……ふん、あなたにしては、意外とまともじゃない」
「あなたにしては、ってどういうことよ」
「二人とも、いい加減にしてっ。暴れるつもりだったら外でやって」
ルイズたちは、半年ほど前のとげとげしい状況のような雰囲気に戻りつつあったが、輝くおでこに青筋を浮かべながら、
歯軋りのように搾り出されたモンモランシーの言葉に、お互いふんと顔を逸らした。
「……でも水魔法の毒って言ってたけど、……まあ、毒の魔法は一応あるけど、こんなに持続する魔法は知らないわ」
平民のペルスランにとっては、事実上の主であるタバサの友人であったとしても、”貴族”同士の諍いは恐ろしかった。
おろおろと目の前で激突しそうな二人を見ていたが、つぶやくようなモンモランシーの言葉に逃げ道を見つけた。
「そ、そ、そうなのです。密かに調べておりましたが、どうも特殊な魔法薬の様でして、誰も知らないそうなのです。
幾人か水魔法の使い手に治癒をお願いいたしましたが、やはり駄目でした。」
水の系統のメイジであるモンモランシーも知らない水魔法を、ルイズやキュルケが知っているはずもなく、
徒労感を滲ませた老いた執事の言葉に、沈痛な空気がその場に満ちた。
「モキュー」
「さんしょうお それ、食べ物、ちがう」
「モキュ」
ふわふわと浮いたまま、隅に置かれた観葉植物の葉を咥えたさんしょうおを、立ち上がったシロ姉が捕まえる光景を
ぼーっとみていたルイズが何気なくつぶやいた。
「水の系統のメイジが駄目なんだったら、それこそ水の精れ・い・に……」
はっとした全員が顔を見合わせた。
「そうだわっ!」
「そうよっ!」
「シロ姉っ!」
背を向けていたシロ姉にソファから飛び降りたルイズが抱きついた。
不意に抱きつかれて、びっくりした、だけどうれしそうな表情のシロ姉が振り向いた。
「なに? イチヒコ」
「シロ姉だったら治せる?」
「何を?」
「タバサのお母様」
「見ないと分からない」
シロ姉の顔を見つめたルイズは、自分の母親の『安易に頼るな』という言葉がチクリと心のどこかを突き刺した。
タバサのお母様も、ちぃ姉さまを直した時のようにキスして治すの? やだやだやだ、絶対やだ。と思う気持ちも
かなりの部分占めているのだが、目の前の友人の苦難を少しでも和らげてあげたいとも思った。
内心の葛藤に決断するのが苦痛だったが、何とか声を絞り出した。
「……シロ姉、タバサのお母様を治してあげて」
「……」
ルイズの言葉を聞いたシロ姉は即答せずに、誕生日の朝の子供の様な表情でルイズを見つめた。
「……シロ姉?」
「……」
シロ姉は、うるうると目を輝かせてルイズを見つめた。
「えーと」
「……」
シロ姉は、少しさびしそうな目になって、ルイズを見つめた。
なんとなく、想像がついたルイズは、顔を引きつらせて周りを見渡した。
キュルケと目があった。その目は、なんとかしなさいよ、あなたのシロ姉でしょ? と語っていた。
モンモランシーと目があった。その目は、あーはいはい、あんた達はいいわねぇ。私の相手なんて薔薇を口に咥えて
クルクル回るのよ? と引きつっていた。
シロ姉と目があった。シロ姉の眼は何かの期待に充ち溢れていた。
ルイズは深呼吸をして覚悟を決めた。

「い、い、い、い、一緒にお風呂入ってあげるわ」

顔を真っ赤にして踏ん反り返って、これでどーだー! とばかりにナイ胸を張った。

「……この間入った」

シロ姉は、眼を伏せて、ぽつりと呟いた。
あわわわっと慌てたルイズは、両手をバタバタとふって、なし、なし。今のなし。今のはノーカンよっ。と宣言して、
すーはーすーはーと深呼吸を繰り返した。
再び覚悟を決めたルイズは、今まででも十分紅潮していたが、顔をリンゴのように更に赤くして、眼をつぶって叫んだ。

「ち、ち、ち、ちゅーしてあげるっ」

「……いっつもしてる」

シロ姉は、ちらっとルイズを見た後、寂しそうに呟いた。
あわわわわと慌てるルイズに、キュルケが盛大な溜息をついた。
モンモランシーは、いつのまにか、さんしょうおを前に恋人の愚痴を呟いていた。さんしょうおはモキュモキュ言いながら
逃げようとしていたが、モンモランシーに尻尾をつかまれて逃げられなかった。
「ペルスラン?」
「何でございましょう?」
「――は、ある?」
「はあ、確かにありますが……」
「じゃあ用意して」
老執事を呼び寄せて何事かを耳打ちしたキュルケは、首を振りながら部屋を出ていく彼を見送った後、ルイズを手招きした。
「ちょっとルイズ、こっち来て」
「な、な、なによ」
「いいから、こっちきなさいよ、あ、シロ姉、ちょっとだけルイズ借りるわよ」
訝しげなルイズの腕を半ば強引にとったキュルケは、ルイズと一緒に客間を出ていった。

しばらくして客間の外から、『ちょっと待ちなさいよ、キュルケ』『いいからいいから』『いいからじゃないわ』
『似合ってるじゃない』『あのねぇ』と言った声が聞こえたかと思うと、得意げなキュルケだけが戻ってきた。
シロ姉とモンモランシーが訝しげに見つめる中、キュルケは扉の後ろに隠れているらしいルイズに声をかけた。
「さあ、ルイズ、教えた通りに言ってみて」
「ほ、ほ、本当にこれでいいの?」
「もちろんよっ、私の目に狂いはないわ。直球ドンピシャよ。ズバリよ。だから、さっさと入って来なさいよ」

キュルケの手招きに、おずおずと入ってきたルイズは自慢の長い髪をまとめてハンチングの中に押し込んで、馬丁の
少年の格好をしていた。半袖、半ズボンで。
更に首にピンク色のリボンを巻きつけて、真っ赤になった顔で、うるうると潤んだ目でシロ姉を見上げた。半袖、半ズボンで。

「あ、あ、あ、あの、し、し、シロ姉、わ、わ、わたしじゃなかった、ぼ、ぼ、ぼくをあ、あ、あげるわ、じゃない、
あげるよぅ。こ、こ、これでどう?」
「治す」

顎がかくんとおちたモンモランシーを余所に、シロ姉は、一瞬びっくりした顔をした後、蕩ける様な表情になって即答した。

「ふっ、勝ったわ。あはははははっ」
「ううぅ……」

キュルケの勝ち誇った声と高笑いが、客間に響き渡った。一人の半袖、半ズボンの少女の羞恥心と引き換えに。

「じゃあ、タバサはどこ?」
「え、あ、奥様の部屋でございますが……?」
「さっさと案内しなさい」
「は、こちらでございます」
良い気分で笑っていたキュルケが、唐突に老執事に訪ねた。
その声に我に返った執事は頭をふって、見目麗しい青と白の女性に抱きしめられる、馬丁の少年の格好をした誇り
高いはずの貴族の少女の姿を脳裏から押し出した。
目の前でどんな出来事が起きようが、仕える家では醜態をさらさないのが一流の執事の証しだった。そして、
ペルスランは一流だった。

老執事は一行を屋敷の一画に連れて行った。そこは位置的に中庭に面している部屋、昼間であれば日当たりが良いことは
間違いない部屋だった。
その扉の前で立ち止まった老執事は、ここです。とばかりにルイズ達に目くばせをした後、ゆっくりとノックした。
『……誰?』という微かな誰何の声に、ペルスランでございます。と返事をした老執事は、音をたてないように
そっとドアを開けた。
本来、失礼極まりない行為なので、刺すような視線をぞろぞろと入ってきた一行に向けていたタバサだったが、シロ姉と
手をつないでいるルイズの異質な格好に目を止めた。
「格好……」
「聞かないで、タバサ」
また、一人汚点をさらけ出してしまった。とばかりに苦虫を噛んだような顔を向けたルイズが力なく呟いた。
呆気にとられるタバサに、そっと近寄ったキュルケがひそひそと囁いた。
「さ、さがりなさい! 無礼者!」
度の外れた金切り声が窓際のソファから、ルイズ達に投げかけられた。
初めて、そこに人がいることに気がついた少女達は、言葉を失った。焦点を結ばない目で、骨と皮だけになったような
女性が真っ青な顔で、ぼさぼさの髪を振り乱していた。
話ではまだ三十代のはずだが、やせ細って落ちくぼんだ眼窩と顔色、筋張った手、そしてかき乱したような髪が、
その女性を老婆に変えていた。
腕にしっかりと抱いている小さな古ぼけた人形が”シャルロット”なのだろう。
「さ、下がりなさいっ! 下郎!」
タバサが落ち着かせようと近寄ると、手近にあったものを手当たり次第に投げつけていた。
落ち付かせる行為を断念して、絶望した表情で少し離れるタバサを見たルイズ達は、改めて元凶のガリア王に怒りを覚えた。
ルイズは、繋いでいたシロ姉の手をギュッと握って見上げた。
「シロ姉」
「……すこし、まつ」
シロ姉はルイズに微笑んだ後、タバサの母親に近づいた。
「夫だけに飽き足らず、私の子供まで殺しにくるとは! この身に代えてもさせません!」
「うるさい、すこし、黙る」
「ちょっと、シロ姉。優しくしてあげて」
投げつける物がなくなったタバサの母は 自分の座っているクッションを剥いで、耳障りな音程で喚きながらシロ姉に
投げつけた。
何かにぶつかったように、不自然に落ちたクッションを跨いだR-シロツメグサが、タバサの母の口を手でふさいだ。
暴挙とも言える行為に、ルイズはおろおろと落ちつかず、そしてタバサは目を剥いた。
「……っ!」
「タバサ、落ち付きなさい」
杖を掲げて呪文を唱えるタバサを、キュルケが羽交い絞めにしてモンモランシーが杖を取り上げた。それでも暴れる
タバサに、モンモランシーが杖を振って鎮静の呪文を唱える。もがもがもがいていたタバサだったが、モンモランシーの
呪文が効いたのか徐々に落ち着いてきた。
「本当は、大怪我をして痛みで気が狂いそうになってる人を助ける呪文なんだけどね。気分はどう?」
「……大丈夫」
痛みを和らげるだけの効果しかなく、精神を操作するわけではないのだが、それでもモンモランシーの落ち付いた声に、
ゆっくりと力が抜けていくタバサをキュルケが解放した。
ペタンと座り込んだ自分を心配そうに見つめる目に気がついたタバサは、青い顔を向けて自分は大丈夫と小さく頷いた。
そうこうしているうちに、シロ姉がタバサの母の頭に手を置いた。
「……のうみそ、調べる」
「シロ姉……」
「大丈夫かしら?」
「水の精霊の力を信じるしかないわね」
「……」
シロ姉が独り言のように、ぽつりとつぶやいた。
言葉の異様さに目を見開いたルイズは両手を握りしめ、キュルケとモンモランシーは、顔を見合わせた。
一瞬シロ姉の周りに蛍火の様な光が舞ったかと思うと、シロ姉はおや?という表情を浮かべた。
「……さんしょうお、こっち来る」
「モキュ」
「わ、わたしをとうとう殺すつもりなのね?」
シロ姉に呼ばれたさんしょうおがルイズの頭の上からふわふわと飛んでいった。シロ姉の前に来たさんしょうおを見て、
タバサの母親が力なく泣き崩れる。それを見て、びくっと体を震わせるタバサをキュルケが後ろからそっと抱きしめた。
シロ姉はさんしょうおを捕まえると、尻尾の一部、ちょうどブルーベリーの実くらいの大きさを、無造作にちぎり取った。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっとシロ姉! な、何してるのっ!」
「?」
「さ、さんしょうおの……」
「モキュ?」
シロ姉の暴挙に蒼白になったルイズは悲鳴じみた声を上げ、わなわなとふるえる手でさんしょうおを指差した。
さんしょうおを気に入っているタバサも目を見張った。直後に射殺すような視線を向ける。二人の様子を見たシロ姉は
首をかしげながら、さんしょうおを放した。さんしょうおの尻尾には、確かにシロ姉ちぎり取られた跡があったが、
見る間に消えていった。そして、さんしょうお自身は痛そうにも、気にもしていないようだった。
え?え?え? と理解できないまま、ルイズが当惑していると、シロ姉が笑ってさんしょうおを指差した。
「大丈夫」
「え? だって」
「たべられる」
「え?」
「……非常食」
「い、いやーーーーーーーーっ」
「モキュ?」
笑ってとんでもないことを口走るシロ姉の言葉にルイズは耳を塞いだ。さんしょうおを食べる自分を想像したルイズは
泣きたくなった。そんなルイズを戻ってきた さんしょうお が、心配そうに覗きこんだ。
ルイズは、涙目になって絶対食べるもんかと心にきめ、さんしょうおを抱きしめた。
「モキュー」

「……おわった」
「どう?シロ姉」
「”どく”は消した。でも、のうみそに強い刺激をずっと送られていたから、あたまが元に戻るかどうか分からない」
ちぎり取ったさんしょうおの欠片を、タバサの母親の口に押し込んだシロ姉が戻ってきた。
タバサの母親は、ソファの背にもたれかかるように意識を失っていた。
ただ、その頬には先程までの病的な青白さではなく、ほんのり血の通った人の肌色をしていた。
ようやくキュルケがタバサを解放し、あわてて駆けよったタバサは、母親の頬に手を当てた。今までと違って明らかに
生気を取り戻している、生きている母親をそこに見出し、ゆっくりと母の膝の上に顔を埋めた。
しばらく、そのままだったタバサが、両目から溢れる涙もそのままに、ゆっくりと立ち上がってシロ姉を見つめた。
「……」
「何?」
「……ありがとう」
「いい、イチヒコが言ったから治しただけ」
「ありがとう……ありがとう……」
「よかったわね、タバサ」
シロ姉はそっけなく答えたが、ルイズだけはその声の中に照れているシロ姉を見つけて幸せな気持ちになった。
そっと抱きしめるキュルケにしがみ付いたタバサは静かに泣いた。今までの闇を洗い落とすかの様に。
ルイズはシロ姉と顔を見合わせて良かったと微笑んだ後、モンモランシーと連れだってそっとその場から離れた。

ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪
ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪

ぱしゅっと空気が抜ける音と共に、硬質のパネルに囲まれた部屋が明るくなっていった。
ゆっくりと開いたカプセルの中に横たわっていた浅黒い肌の少女が薄く目を開けた。
「ああ、また、ぼくは目覚めてしまったんだね。こんどこそ”こわれて”しまっていると思ってたけど」
『異常はありませんね?』
「やあ、司法HAL代行予備機、元気だったかい? 君のお兄さん達は、まだ眠っているのかい」
『訂正を要求します。”お兄さん”ではありません。メイン及びバックアップモジュールです』
「あはは、君は相変わらず固いね、で、今回は”なんねん”たったんだい?」
ゆっくりと身を起こした少女はカプセルからそーっと降り立った。体の動きを確かめる様に動かしながら、少女は銀色の
髪を要領よくツインテールにまとめ上げていく。
『いつものように前回より二百公転周期が経っています。尚、一公転周期前より定期メンテナンスを実施しています。
追加報告があります。重大事象が発生しています。
D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ Chief Salamanderが復帰しました』
「へぇ、R-シロツメグサ卿が帰還したのか、どこで何をしていたんだろう?」
『不明です』
「まあ、いいか、ぼくには関係がない」
『……』
「じゃあ、いつものように”たび”に出てくるよ」
『非常時は即座に帰艦してください』
「分かってるよ、いろいろ現地のはなしを聞いてくるよ。それがぼくのやくめだからね。
ぼくは”たびびと”だから、慣れてるよ。ああ、そうだ、気が向いたらR-シロツメグサ卿にも挨拶に行かないと
いけないね」
少女は発行パネルの輝く部屋から、マントを片手に鼻歌を歌いながら軽い足取りで出ていった。


Good night, sleep tight
お休み、しっかり寝るのよ
Wake up bright
朝の輝きの中で
In the morning light
元気に目覚めて
To do what's right
正しいことを
With all your might.
精一杯してね