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るるる-16

I'm a little teapot, short and stout.
わたしは小さなティーポット、ちっちゃくてかわいいの
Here is my handle, here is my spout.
こっちが取っ手で、こっちが口よ
When I get all steamed up, hear me shout,
お湯が湧いたら、大きな声で
Just tip me over and pour me out.
しっかりお湯を注いでね


ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

こんこんと扉をノックする音に、部屋付きの侍従が外に出た。

それを一瞬だけ眼の端に捕らえたラ・ヴァリエール公爵は、すぐに書類に目を戻した。分厚い資料に書かれているのは、
現在のアルビオンの状況と予想される戦況、そしてその後の反乱軍の行動予測。いくつかのデータを変数に作られた
複数のケースに目を通して見たが、どのケースでもアルビオン王国の滅亡は必至の状態だった。
「ふぅ、始祖の作りしたもうた古王国が滅びるか……、とてつもない凶兆にしか思えんな。
それ以前に我がトリステインとて……」
思い浮かぶのは、豪語して飛び立った己の末娘。ふと横を見ると夕日が赤く差し込んで、部屋を朱色に染め上げていた。
(そろそろ着いた頃か。無事であればよいが)
颯爽と風竜に飛び乗った末娘を思い出し、苦笑する。
侍従が戻ってきて強張った表情で面会者の名前を告げる。その名前を聞いた公爵は滅多に来ない客が来たと片眉を上げた。
静かにドアを開けて入ってきた来客者の姿を見た瞬間、公爵は言葉を失った。
一番上の娘、エレオノールがげっそりと憔悴しきった表情で立っていた。
まるで独房に一月ほど放り込まれ、食事もほとんど与えられなかったかのような、見るも無残な姿だった。
「ど、ど、どうしたっ、エレオノール。その姿は? 大丈夫か? 誰かっ! 水の医師をっ!」
一瞬の硬直から立ち直った公爵は、狼狽した声を上げた。その声に慌てて弾かれたように、侍従が走り去る。
「いえ、お父さま、心配には及びません。少々詰めておりましたので」
その公爵を制したのは、ほかならぬエレオノールだった。豊かで艶やかなブロンドの長い髪は見るも無残に枯れはてた
ススキの穂のようになっていたが、その長い荒れた髪を、腕に巻いていたレースのスカーフで首の後ろで手早くまとめて、
部屋のソファに腰をおろした。
その動きと、メガネの奥の眼の光を見て強がりではないと判断した公爵は浮かしていた腰を落とした。
「それにしても、ふむ……。ちょうどラ・ヴァリエールに帰る予定だったのだが、一緒に行くか?」
「……ええ、お父さま」
エレオノールは公爵をじっと見つめたあと、すっと視線を窓にずらした。

――相談ごとがあるが、ここでは言いにくい。

エレオノールという娘の性格上、喋らない時は頑として喋らないことを、そして、こういう態度に出る時は
相当考え込んでいる時だと身にしみている公爵は、軽くため息をついた。
(確か前の時は婚約を解消したいとか言いだした時か……)
公爵は机に置いてある呼び出しの鈴を鳴らした。
先ほど飛び出していった侍従が水のメイジを連れて戻り、エレオノールに余計なことをしないでっ! と、どやされている。
傾いた太陽の光で真っ赤に染まった部屋の中で、ラ・ヴァリエール公爵は遠雷が近づいてきているような不安な感覚と共に、
その光景を見つめていた。

竜籠の中でもエレオノールの口は固かった。日常会話であれば反応を返すが、少し込み入った話をすると途端に口が止まる。
厄介な。と思いつつ、同時に何が娘をこうさせたのか公爵は窓の外の景色を見つめながら考えた。
(新しい男……いや、まだ未練がありそうだったしな……、子供が……まさかっ!
誰だそんな不埒なことをした奴は、許さんぞっ)
公爵は目をくわっと見開いてエレオノールを見る。特にお腹を。
しかし、悲しいかな、公爵の眼はなんの変化も読み取れなかった。じっと見つめていると、エレオノールと目があった。
少し訝しげな眼をしていたエレオノールだが、公爵があわてて外した視線が自分のお腹に向いていてことを悟ると、
眼を吊り上げた。
「お父さま? 何を考えていらっしゃったのかしら? 是非とも聞かせて欲しいものですけど?」
「あ、あ、い、いや、しょ、そ、そうだ、食事はどうだ? と思っていてのだよ」
「……なかなか、いい逃げ方をされますわね」
普段であれば力関係は公爵の方が上だが、なんとなく負い目を感じた父親は冷や汗を垂らしながら露骨に目をそらせた。
しばらく、父親を睨んでいたエレオノールだったが、ぷっと吹き出した。
「残念ながら、色恋子供の話ではありませんわ」
その言葉に、喜んでいいやら、悲しんでいいやら複雑な感情で苦虫を噛み潰した表情の公爵だった。

速度に優れる風竜とはいえ、竜籠をつるして飛ばしたので、ヴァリエール城についてのは深夜を過ぎたころになった。
周りの農民たちの集落や城下町は、見張りの小屋を残して軒並み明かりが落ちていたが、城の広場には篝火が威勢良く
焚かれていた。
深夜の帰城にかかわらず、侍従達はもちろん、ホールにはにこにこと微笑む次女の姿も、びしっとした表情の公爵夫人の
姿もあった。
短く帰城の挨拶を述べるやいなや、あわててエレオノールがカトレアに駆けよる。
エレオノールが大丈夫?と声をかけるより早く、長姉のやつれはてた姿に目を見開いたカトレアが両手を口に当てた。
「まあ、エレオノール姉さま、どうしたのですか、そのお姿は? 大丈夫?」
「カトレア、元気だったの? どう体の調子は? もう大丈夫?」
お互いがお互いを気遣う言葉を同時に掛け、思わず顔を見合せてクスッと笑いあった。姉の表情を見たカトレアは
、見た目よりもずっと元気と分かって、安心したように微笑む。
「ええ、もうすっかり。馬にも乗れますのよ?」
「そう、よかったわ」
「これもシロ姉さまのおかげです」
「……」
えへんと腕を曲げて細い腕に力瘤を作ってみせる、おどけたカトレアにエレオノールは、心底安心したように表情を緩めた。
しかし、続いたカトレアの言葉に微かに表情を強張らせる。
その様子の変化を訝しそうな目で見たカトレアは、露骨に視線を逸らしたエレオノールの手をとった。両手で姉の手を
握ったカトレアが顔を覗き込む。
「どうしたの? エレ姉さま?」
「……あなたのその呼び方は久しぶりね」
「なにか心配事でもありまして?」
「……さすがに鋭いわね」
姉の表情に、困惑と苦悩を見てとったカトレアは明るい声で見つめた。しばらくその視線を受けていたエレオノールは、
根負けしたように苦笑した。妹の顔を見て、頭をがしがしっと掻いて諦めた姉は、そっと手を抜いた。
カトレアは、病弱だった分、人の感情の機微に聡かった。その能力は三人姉妹の中でもカトレアが突出している。
鋭い剣の様なエレオノールをそっと包む鞘の様なカトレアに、エレオノールはいつも心の中で感謝していた。
口に出すことはなかったが、その気持ちはカトレアにも分かっているだろう。
王立魔法研究所に入ったのも、動機の大半はカトレアの病気を何とか治療できないか? という姉の愛情から来るものだった。
そして、不治だと諦めかけていた所に思わぬ救い主が現れた。
ただ、それを純粋に喜べないのは負けず嫌いのエレオノールの性格から来るものなのかもしれない。

娘達の会話を見ていた母親は、軽く腰を折って頭を下げると、いつもの鋭い視線を幾分和らげて公爵を見つめる。
一線を引いた身とはいえ、最近の情勢は否応にでも耳に入ってくる。公爵夫人の耳に入ってくるとすれば、その何十倍もの
情報がトリステインの重鎮である夫の元へもたらされる。当然ながらその処理に神経を使うのもよく分かっていた。
「あなた、御苦労さまです。食事の用意をしてあります。とりあえずは食事をなさってください」
「うむ、わかった」
「さあ、エレオノール、あなたも。御苦労さまでした。栄養のあるものを食べてゆっくりしなさい」
「はい、お母様」
要所要所で見せる妻の配慮に感謝しながらも、娘達の手前、鷹揚な態度を崩さずに公爵は歩きながらマントを外して侍従に渡す。
その後姿を見送った後、カリーヌは上の娘に柔和な視線を向けた。カトレアは母の言葉を聞いて、エレオノールの脇を
肘でつんつんつつき、エレオノールは思いがけない母の温かい言葉に、どことなくくすぐったそうな表情になった。
普段から、非常に厳しい母親は滅多なことでは褒めたりすることはないが、彼女なりに本人の努力を認めると出来不出来に
かかわらずその過程を称賛する。その時の母の微笑が娘達にとっては何よりの勲章だった。
その勲章を大人になってもらった姉は、照れ隠しに隣の妹の頭を掻きまわす。
頭をくしゃくしゃにされながらもくすくすと妹は笑った。
「カ、カトレアは?」
「私は横でお茶だけ頂きますわ。もう、食事しちゃったの」
母親が父公爵を追うように奥に引っ込むと、二人の娘も顔を見合わせた後、どこか楽しげに歩きだした。

遅い食事が終わった時、エレオノールが真剣な表情で話があると言いだした。公爵はとうとう来たか。と身構え、夫人は
ゆっくりと娘を見つめた。両親の視線を受け止める娘の視線に頷いた夫人は、小さい応接間に火を入れる様に指示を出し、
飲み物の用意をさせた。
「で、何用ですか? エレオノール」
それぞれがお気に入りの場所に落ち付き、一番大きな革張りのソファに座った公爵と隣に座った公爵夫人は視線を交わした。
夫に促され、あなたが言うべきでしょ? と軽い非難を送りながら、口を開いた。
手にもったブランデー入りの紅茶を軽く口に含んだエレオノールは、母の言葉を聞いてからゆっくりと顔を上げた。
「お父さま、お母さま。ひょっとすると、とてつもないことかもしれません」
「どうした? エレオノール。いやに歯切れが悪いな。いつものお前らしくもない」
「ほんとうに、どうなさったの? エレ姉さま」
エレオノールの第一声は公爵の想像したものではなかった。
それゆえに、娘に私的なことを告白される父親から王国の重鎮たる公爵の顔に戻ることができた。
ただ、エレオノールの言葉は相当悩み抜いた者の雰囲気が感じられ、公爵とその夫人は眉を寄せ、カトレアも軽く目を
見張る。
「お父さまは『隠された者』はご存知でしょうか?」
「う、うむ、まあな、隠された者ビュルギル・ド・トリステイン。
トリステイン王国が出来て間もない頃に実在したとされる王子の名前だな。それがどうした?」
「……その王子が本当に居たとすれば?」
エレオノールの射抜くような視線がヴァリエール公爵を捕らえた。
その意外な単語を脳裏で紐解くと、自国の歴史の人物の名前が浮かんでくる。確かに歴史を習う過程で名前は聞いているが、
それがなぜ、娘の口から、これほどまでに深刻な口調で語られるのかが分からなかった。
「だから、それがどうした? 確かに実在すれば王位継承の点で順序の混乱があるやもしれんが、あまりにも古すぎる。
今となっては証明すらできん。居ても居なくても何の関係もないだろう?」
公爵としての立場で考えると、思わぬ落胤による王家の混乱が真っ先に浮かぶ。しかし先代や先々代のレベルではなく
何千年も前の話であり、仮に落胤がいたとしても、証明のしようがない。それこそ虚偽だ。の、ひとことで笑い飛ばせる
問題でしかない。
「……アカデミーの封印の間に、その『隠された者』が記した書物がありました」
「ほう?」
「その書物に始祖ブリミルの記述があるのですが、
”ブリミル”とは、いえ”ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ”という名前は、
始祖の二つ名なのだそうです」
「……」
最初はエレオノールが何を問題視していたのか分からない一同だったが、こと始祖に関する話となって、興味深そうに
聞き入り始めた。当然ながらエレオノールが発掘した情報は禁書の類が元であり、一般的な常識からはかけ離れた
内容だった。それゆえ、公爵も初めて耳にする話だった。父親の反応を見たエレオノールはひと呼吸開けて、自分を
悩ます爆弾を投下した。
「そして、始祖は天空より聖地に舞い降りた神の末裔であるとして、その神名が『イツゥイヒコゥ』だと、
その書物に書かれていました」
その名前はここにいる全員は聞き覚えがあった。というより忘れられない名前だった。微妙に発音は異なるが、
エレオノールの告げた始祖の名前は、公爵家の、カトレアの恩人であり、三女の使い魔で恋人とも言える極めて微妙な
立場の人間が好んで口にする名前だった。

――三女のルイズに向かって。

「なんだと? そんなばかな。ありえん。空想の産物だ!」
ラ・ヴァリエール公爵は無意識のうちに頭を振った。鉄の公爵夫人ですら、表情に驚きが混じる。
妹のカトレアに至っては語る必要もない。
手に握ったグラスを割れんばかりに握った公爵が、かすれた声で抗弁する。
「お父さま、現実を見てください。
彼のシロ姉と称する者は、ルイズのことを”イチヒコ”と呼んでいます。トリステイン王国の歴史を紐解いても
類をみないほどの強力な使い手である、お母様をいともたやすく打破し、そしてどんな水メイジですら匙を投げた
カトレアの病気をあっさりと治し、あまつさえ、訓練された魔法衛士隊の風竜をあっという間に衛士から奪って乗りこなす。
そんな存在が、『隠された者』の書物にある始祖と同じ名前でルイズを呼んでいるんです!
関係がないとはとても思えません!」
「お前、それをいつ?」
公爵は、”魔法衛士隊の風竜を”のくだりに引っ掛かりを覚えた。訓練された風竜は戦争にも参加する、自分の背に
初めて乗るような者に、唯々諾々と従うような甘さは持っていない。長い時間をかけて信頼関係を作って初めて騎乗を許す。
それなのに風竜は、あっさりと完全服従する態度を示し、嬉々としてアール・シロツメグサディー卿を乗せて舞い上がったらしい。
余りにも不名誉な話で魔法衛士隊も公にしなかった。たまたまその話を王女から聞いて耳を疑ったものだが、
それをなぜ、エレオノールが知っている?
公爵の当惑をエレオノールは冷たく切って捨てた。
「いろいろとおしゃべりな人間はいるものですわ、お父さま。それより、話を逸らさないでください」
「うっ」
「考えうる最高の魔法を使う者、それは始祖ブリミルでしかあり得ないのではないでしょうか?」
エレオノールのもたらした情報とヴァリエール家での出来事を考えると結論が自動的に導かれている。誰もが考えていた、
一言をエレオノールが口にする。その言葉は家族に電撃のように伝わり、それぞれの口を閉ざすことになった。
「……もし、もし仮に、その書物が事実だとしても、アール・シロツメグサディー卿は始祖ブリミルではない」
公爵が受けた衝撃を表すかのように、かすれきった声を搾り出す。
考えうる最強の魔法を駆使する、末娘の使い魔という女性。
物静かな、精霊のような雰囲気すら漂わせる白と青の女性。
ただ、その女性は外界にあまり興味を持っていないように見えた、ただルイズのことだけを見つめていた。
その在り様は、伝説が語る始祖ブリミルの姿とは大きくかけ離れている。
「そうなのです、書物が正しければ、始祖ブリミルの本当の名前は『イツゥイヒコゥ』であって、ルイズをイチヒコと
呼んでいるアール・シロツメグサディー卿ではありませんわ。
ですので可能性があるとすれば、始祖ブリミルに関係のある存在ではないかと。でなければイチヒコなんて名前は呼びません。
ひょっとして始祖の時代より連綿と受け継がれてきた隠された氏族なのかもしれません」
「ま、まて、エレオノール。だとすると、ル、ルイズは、私達の娘でお前達の妹のルイズはどうなる?
カリーヌがお腹を痛めて生んだ娘だぞ!」
「そ、それは……」
エレオノールはこの情報を入手してからずっと考えていた。ただ、あまりにも情報が少なすぎる。『イツゥイヒコゥ』の
名前を記述していたのも、数多くある禁書の中でもたった一冊だけだった。
始祖に関するいくつもの伝説、民話の類をあたったがどれもこれも、今の”常識”の始祖像から離れているものは無かった。
であれば、と禁書の中をもう一度丹念に見直してみたが、始祖の年齢も子供から老人まで様々な説はあれど、
決定打となるような情報は何一つ無かった。
逆にそれだけ曖昧な存在の中で、唯一略歴を記し、真名を記した『隠された者』の巻物に書いてある情報は彼女の中で
どんどん信憑性を増し、すでに事実と認識されていた。
情報を嘘だ。と決めつければ、ただの偶然という結論になるが、情報を真実だとすれば……。
トリステインならず、ハルケギニアでも珍しい名前、常識を覆すような力、それらのすべての情報はエレオノールの仮説を
補強するものであって、覆すようなものではなかった。
ただ、そうなると、伝説にも、禁書に語られていない”シロ姉”の存在が理解できない。微妙に情報が狂っている。
”シロ姉”が自分は『イチヒコ』だ。と言っていれば別だったのだが……。
再び思考の海に飛び込んでいたエレオノールの意識を引き戻したのは、妹の声だった。
「シロ姉さまって精霊みたいにお綺麗だから、精霊だとすると風か花の精霊になるのかしら?
ラ・ヴァリエールに精霊様が住むなんて素敵ね」
「カトレアッ!」
「なあに? エレ姉さま」
「あなた聞いていたの?」
「ええ、もちろん聞いていましたわ。ずっとここにいたじゃありませんか」
エレオノールの苦悩を余所に、カトレアは無邪気に手を叩いて微笑んでいた。
そのあまりの気楽さに、状況を理解できていないのではないか?と姉は頭を抱えた。
「だったらっ、なんでそんなに能天気にっ」
「だって、ルイズがなんであろうと、シロ姉さまが精霊だったとしても、二人はとても仲良しさんですわ。
それ以上なにか問題がありまして? 強い力を持っていても、周りを傷つけて回るようなシロ姉さまでもありませんし、
あの時だって、お母様の攻撃に反撃しただけで、それ以上のことは何もしなかったじゃありませんか」
「そ、それはそうだけど……」
「それに私を治していただきましたのよ?」
エレオノールは自分の視点とはまるっきり異なるカトレアの指摘に、咄嗟に言葉を返すことができなかった。
確かに自分の懸念は今までの始祖象を根底から覆すような情報を知ってしまったが故のものであって、その点を除いて
しまえば、ある意味人畜無害なものでしかない。自ら力を誇示して世間を騒がせるようなこともしない。
積極的に介入しようともしない。
研究者という立場の人間以外にとっては、”だから何?”、”自分達の生活に影響がなければどうでもいいよ”という
レベルのものなのかもしれない。
「たしかに、そうですね」
「お母様っ!」
「エレオノール、あなたの探究心と真実を見つめる目には本当に感心します。しかし、視野が狭くなる癖は良くありません。
貴女が思い悩むより、もっと確実な方法があるではありませんか?」
「……もっと確実な方法?」
父親と同じく衝撃を受けたはずの母親が、幾分戒める様な、しかし手のかかる子供に苦笑しているような穏やかな口調で
幾分呆けた表情の娘を見つめた。
「当の本人に聞けば済む話ではありませんか?」
「うっ」
「あなた? どうしました?」
「え、あ、い、いや、そ、そうだな。確かに直接本人に聞けばすぐ分かるな」
母親としては、娘の盲点を突いたつもりだったが、意外にも妙に反応したのは隣に座っている自分の夫だった。
飲んでいたワインがむせたのか、横を向いてごほごほとせき込んでいる。娘達も父親のその姿に視線が集まっていたが、
話を続けるうちに、どんどんと夫の態度が怪しくなっていく。平静を装っているが視線を合わせようとはせずに、
ひっきりなしにワインに口をつけている。
「ええ、ですので、早速明日にでも使者を飛ばして、すぐ帰ってくるように……あなた?」
「ん?」
「……なにか、隠していらっしゃいますね?」
違和感が頂点に達したカリーヌは話を中断して、夫に向き直った。ゆっくりと立ち上がり、眼を細めるカリーヌが徐々に
剣呑な雰囲気を身に纏い、それに気押された公爵は、慌てて手を振りながらソファの隅にずりずりと後ずさり始めた。
「あなたっ!」
「う」
目の前で展開される光景を、私は見ていない。見ちゃいけない。とばかりに娘達は視線を泳がせる。
その微妙な雰囲気の中、カリーヌが一歩踏み出し、ソファのひじ掛けに阻まれて後がなくなった公爵が、観念したように
ひきつった笑顔を浮かべた。
「い、いや、隠している訳ではないぞ。ただ、まだ言っていないだけで……」
「ルイズのことですね? 今度は何をしでかしたのですか?」
「あ、い、いや……じ、実はだな……」
妻の眉が跳ね上がるのを見ながら公爵は深い溜息をついた。今日はまた特段に長い夜になりそうだ。と。

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

ガタゴトと揺れる馬車の中、キュルケとモンモランシーは向かい合わせになって、のんびりとした窓の外の農地を見ていた。
開墾された農地が徐々に減っていき、変わって濃い緑の樹木が、傾き始めた午後の太陽の光の下、徐々に増えていく。

王女との面会の後、タバサと母親の様子を見ていたキュルケは、そのままゲルマニアに、正確にはツェルプストーに
戻ることを決断した。その旨を侍従を通じて王女に伝えると、即座に竜籠と衛士隊の一個小隊が用意された。
そろそろ魔法学院に帰りたいんだけど。というモンモランシーに、タバサの母親の治療に水メイジが必要だからという
理由で強引に引っ張って、半ば、なし崩し的に竜籠に乗せた。
タバサと母親、ペルスラン、侍女と、狭いながらも何とか乗り込んで、途中で頻繁に休憩を入れながらラ・ヴァリエール領と
ツェルプストー領との国境にある宿場町まで飛んだ。
ツェルプストーの依頼をすんなりとラ・ヴァリエールが受けるとは思っていなかったキュルケだが、その配慮に
ラ・ヴァリエールも、やる時はやるわね。と一人ごちた。
我々はここまでしか行けません。というトリステインの青年衛士達に投げキッスと流し目で別れを告げ、入れ替わるように
国境を越えた。
事前に連絡しておいたツェルプストーからの迎えの馬車に乗り込んだ一行は、途中の街で都合二泊した後、ようやく
ツェルプストーの城がある森の入口に差し掛かった。
「この森の奥? また妙な所に立ってるのねぇ」
「まあね。で、どうだったの」
「うん、容体は特に問題ないわ。……と言うより、健康体だと思うわよ?」
キュルケの問いに、先ほどの休憩で、後ろの馬車に分乗しているオルレアン一家の様子を確認したモンモランシーが答えた。
治療の魔法に長けた水メイジであるモンモランシーから見ても、タバサの母親は、この二日余りの旅で見違える様に
元気になっていた。まだまだ必要以上に痩せこけているため、見た目は痛々しいが、それでも初めて見た時に比べ、
血色や髪の艶が格段に明るくなっている。
タバサも無表情ながら、かいがいしく世話をして、母親に明るく話しかけられるたびに、ぴょこんと跳ね上がって
喜んでいた。
そんな姿をキュルケとモンモランシーは微笑ましく思いながらも同時に不憫にも思っていた。
「そう。ありがと」
「よくなるといいわね」
「そうね」
モンモランシーの顔を見て軽く頷いたキュルケは窓枠に肘をついてぼうっと外を見た。モンモランシーも釣られるように
外を見た。
平和な光景だった。細いが主要な街道でもあるので、荷馬車や城下町への通行人がよく通る。馬や驢馬の嘶き、犬や鳥の
鳴き声が人の話し声に混じって聞こえる。平和な地方の街道だった。
「……ルイズは大丈夫かしら?」
「まあ、シロ姉がついてるから大丈夫だとは思うけど、怪しいわね」
「……どっちの意味よ」
「想像にお任せするわ」
二人の友人であり、ライバルでもあるピンクブロンドの少女は今、アルビオンにいるはず。
巻き毛をいじりながらモンモランシーが呟き、髪をかき上げたキュルケが複雑な表情を浮かべる。
オルレアン一家をとりあえず安全なところへ、自分の実家に連れて行くまでは。と気負った炎の少女とは別に猪突猛進な
桃色の少女は彼女の使い魔と二人でアルビオンへ旅立ったと聞かされた。その時は、私達に黙っていくなんて、水臭いわ。
と思っていたが、水の精霊の恋人を探しに行くにしては、正直言って今のアルビオンは危険すぎる。
ツェルプストーお抱えの護衛隊長からアルビオンの現状を聞いたキュルケは、ルイズの首根っこを捕まえて
引き戻したくなる衝動にかられた。
とはいえ自分の当面の目標は親友一家の安全確保であって、忸怩たる思いを抱きながらも、表面上は平静を保ち続けた。

自然と口数も減り、二人はすることもなく、会話も尽き果ててぼぉっとしていると、馬車が急停車した。そのはずみで
モンモランシーはつんのめってキュルケの胸に顔を埋める格好になった。
その豊満な胸に、くぅー、このウシチチめっ! と心の中で自分の胸と比べて地団駄を踏みながら、慌てて離れた
モンモランシーの耳に、申し訳ありません。と馬車の護衛隊長の声が聞こえた。
「どうしたのよ?」
「あ、いえ、キュルケお嬢様、前方の橋で乗合馬車が壊れて道をふさいでいるようです。
もうすぐすれば通れると思いますので、今しばらくお待ちください」
「そう、それなら仕方ないわね。警戒は続けてよ」
「分かりました」
状況が状況だけに、一瞬で鋭い表情になったキュルケだが、外の様子をちらっと見て頷いた。
傾いた馬車の周りに人が群がって持ち上げようとしていた。車軸でも折れたのだろう。あの大きさは乗合馬車かしら?
とどうでもいいことを考えながら、カーテンを閉めた。
モンモランシーもほっとしたように、軽く胸をなでおろした。
身動きが取れず、その場にとどまるしかない馬車の中のキュルケ達に外の会話が漏れ聞こえてくる。
乗合馬車に乗っていた子供なのだろうか、比較的高い声だったから耳についた。
「おねえちゃん、どこいくの?」
「ん? ぼくかい? そうだなぁ、どこにいこうか? きみはどこにいったらいいと思う?」
「へーんなの」
「変かな?」
手持無沙汰のキュルケ達は、その微笑ましい会話に、なんとなく耳を傾けていた。
五歳くらいの女の子と、十歳くらいの少女の会話に聞こえる。でもそれにしては、ぼく。の呼称が珍しかった。
改めて耳を傾けたのはそのせいかもしれない。ふと見るとモンモランシーも、微笑みながら目を閉じて聞いていた。
「へんだよ、だって、どこいくかきまってないのに、なんでばしゃなんかのってたの?」
「”たび”をしてるからだよ」
「たび?」
モンモランシーがふと眼を開けた。
「珍しいわね、一人旅かしら?」
「そんなことはないでしょ。……多分」
キュルケも同じことを疑問に思っていたのか、何処となく自信がなさそうに答えた。
馬車の中の様子など分かるはずもない、外の会話が続いていく。
「そう、一人旅だよ。ぼくはね、”たびびと”をしてるんだ」
「たびびとって?」
「いろんな所を回って、いろんな人に会って、いろんなことを見るんだ」
「へぇ、わたしもなれるかなぁ」
二人はびくっと身を竦めた。馬車の中の質問に外の声が答えた様な気がしたからだった。
「ぐ、偶然よね」
訝しげなキュルケにモンモランシーがぶんぶんと首を縦に振った。
「そろそろ通れそうです。キュルケお嬢様」
「分かったわ」
再び護衛隊長の安堵する様な声がして、キュルケも反射的に答えた。
前の方から馬に鞭を入れる音がして、ゆっくりと馬車が動き始める。
「そういえばおねえちゃんの、おでこの宝石、きらきらひかってて、きれいだね」
「あはは、ありがとう」
少女の、声が耳に届いた瞬間、キュルケとモンモランシーは愕然と顔を見合わせた。
同時に頷いた後、キュルケが鋭い声で馬車をとめる。
「ちょっと待ちなさい! 止まりなさい!」
「はっ」
動き出そうとした馬車ががくんと揺れて再び止まった。キュルケは護衛が慌てて馬車の踏み台を準備するのを横目に、
杖を持って扉を開け、飛び降りた。
そこには浅黒い肌に銀色の髪をツインテールにした紫の瞳の少女がいた。どう見てもこの地方の人間とは思えない風貌に
金色で縁取られた見たこともない艶やかな白いマントを着て、超然と立っていた。
五歳くらいの若草色のチュニックを着た幼い少女の方は、急に現れたキュルケに驚いたのか、離れた所にいる両親のもとへ
駆けていった。キュルケとモンモランシーの特徴的な杖を見て、貴族様だ。あれは御屋敷のお嬢様だ。という声が
ちらりほらりと聞こえてくる。
キュルケの前で、紫水晶のような宝石らしきものを額に張り付けた少女が面白そうな表情をキュルケに向けていた。
(似てる……)
キュルケは一目見るなりそう思った。髪の色も肌の色も顔も違う、しかし雰囲気と服装は色の違いこそあれ、ルイズの
シロ姉にそっくりだった。
モンモランシーもそう感じたのか、キュルケの背後で雰囲気が固くなる。
「……貴女、どこの人間?」
固い声でキュルケが杖を目の前の少女につきつけた。
その杖をちらっと見た銀と紫の少女は面白そうに微笑んだ。
「うん、いきなり降りてきて、杖を突き付けて詰問するのは感心しないよ」
貴族に杖を突き付けられて、微動だにしない、あまつさえ苦言を呈してくるその少女は、ゆっくりと杖に人差し指を
当ててきた。平民は自分の生まれ育った所からあまり動かない。一人旅をするのは行商人か放浪癖がある人間くらい。
自分の胸くらいの身長で、どう見ても自分より若い少女の一人旅は到底考えられない。
しかし、周りを見回しても平民達は遠巻きに様子を見ているか、見なかったことにしてさっさとこの場を離れている。
誰も庇おうとはしない所を見ても、彼女の知り合いや連れはいないように見えた。
面白そうな光を浮かべる紫の瞳を覗き込んだキュルケは、不敵に笑った。
「……そうね、私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
ここらあたり一帯を治めるツェルプストー家の娘よ。自分の領地を維持管理する義務があるから、あなたに質問する
権利があるわ。これでどうかしら?」
キュルケの言葉に軽く目を見開いた少女は、なんの心配もしていないような無防備な微笑みをゆっくりと浮かべた。
「おどろいた、問答無用かとおもったけど……たしかに現地法律的にも、文句のつけようがない理由だね。
礼儀には礼儀で返さないとね。ぼくはISAAC-1011027M R-タンポポ027、”たびびと”をしてるんだ」
その言葉を聞いて、名前の羅列を聞いてキュルケは自分の直感が正しかったことを認識した。この少女は、目の前の少女は
ルイズのシロ姉と同じような存在だ。と。
「……そう、やっぱり、そうなのね。えーとアイエス・・・」
「ああ、ぼくのことは”たびびと”のR-タンポポでいいよ」
「わかったわ、わたしのことはキュルケでいいわ、後ろのはモンモランシーよ。ちょっと細かいお話を聞きたいから、
一緒に来てもらってもいいかしら?」
「ぼくに拒否権はないのかな? キュルケにモンモランシー」
キュルケは相手がこの会話を面白がっていることが分かった。逃げようと思えば逃げれる。自分を気絶させることも、
多分、殺すこともたやすいのだろう。それでも、この少女は逃げない。やりとりを楽しんでいる。
自分の言動に興味を持っている。であればせいぜい気を引いておくしかない。
キュルケの冷静な部分が、そう判断した。後ろを向いてモンモランシーと頷きあったキュルケは杖を降ろした。
「あくまでも任意よ、だけど、行き先が決まっていないのであれば、一緒に来ても構わないのではなくて?」
「うん、きみの言うことは、とっても論理的だね。いいよ、ついて行こう。ぼくはどこに乗ればいいかな?」
キュルケの言葉に破顔した”たびびと”のR-タンポポを連れてキュルケは馬車に向かった。
遠巻きに見ていた幼い少女は馬車に乗り込もうとするR-タンポポに両手をぶんぶんと振った。
「おね~ちゃ~ん、ばいば~い、たびびとがんばってね~」
「ありがとう、ばいばい」
R-タンポポは満面の笑みを浮かべて片手を顔の前で振る。
その姿を見たキュルケとモンモランシーは顔を見合わせた。シロ姉とはずいぶん違うわね。と。
R-タンポポが乗り込んだ馬車は、ゆっくりと動き出した。行く手にはフォン・ツェルプストーの統一感の薄い乱雑に
見える城が威容を見せ始めていた。
”たびびと”のR-タンポポは、面白そうに馬車から外の光景を見つめていた。

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

「殿下、ウェールズ殿下」
ハヴィランド宮殿の廊下で、文官の申請に口頭で矢継ぎ早に指示を出しながら歩いていたウェールズ皇太子を呼びとめる
声があった。ズシリと響く重低音は声の主の容貌と相まって、宮殿の主がどっちなのか誤解しそうなほど貫禄に満ちていた。
上背こそウェールズとさして変わらないが、横の厚みは倍ほどあろうかと思われる火竜の様な偉丈夫だった。
老齢に差し掛かり、白髪が目立つ灰色の髪を短く切り、細かい古傷が浮かぶ顔に、短い顎髭を伸ばしたその男は、
竜騎士が着る実直な分厚い革の鎧を身につけ、とってつけた様に房飾りの豪奢なマントをまとっていた。
参内する為だけに、着ているのは明らかだった。
いやがおうに目に入る大剣型の杖を腰につけたその姿は、”戦士”以外の形容詞を拒絶していた。
「なんだい? マーシャル卿、貴君がそこまで慌てるとは珍しいな、どうした?」
ウェールズにマーシャル卿と呼ばれた、王立空軍近衛師団長ウィリアム・マーシャル伯爵はウェールズの周りの文官を
一睨みで退散させてゆっくりと歩み寄った。胸に手を当て軽く頭を下げた伯爵は、微かに困惑したような表情を見せた。
ウェールズの護衛として常時付いている二人の武官も、闘将と名高い近衛師団長のついぞ見たことのない表情に驚く。
「例の娘達のことであります」
顔を上げたウィリアムの一言に、ウェールズは思い出したようにぽんと手を打った。
昨日、飛びこんできた賓客のことだった。
自分達がアルビオンを悩ましている反乱軍の新魔法を防ぐ! だから前線に配置しろ! と豪語する少女達 ―まあ一人は
自分と同年代だが― の扱いに困った。トリステイン王国の使者という話で、王女の手紙を持参した少女は、どう見ても
彼の王国重鎮の公爵家の娘であるのだが、自分はトリステイン人ではない。だから大丈夫だ。と言い放つ。
どうしたものか? と散々悩んだウェールズは、判断を信頼できる現場指揮官に預けた。
同席していたヘンリ・ボーウッドが近衛師団長に検分してもらったらいかがでしょう? と進言したのが
切っ掛けだったのだが、使者の少女も、受けて立つわ。と凛々しく宣言した為、なし崩し的に決まってしまった。
当のヘンリ・ボーウッドは、『まあ、師団長の圧力の前で、まともに魔法が使えるのであれば、十分戦力ではありますが』
と笑っていた。
新しく叙任され配属された騎士の卵はとりあえず、近衛師団長の前で自分の実力を出す試験にぶち当たる。
その圧力と眼光たるや、幾度か死線を潜った騎士でも師団長の前ではぴりぴりするものがあり、初陣すら経験していない、
若い騎士では極度の緊張に耐えかねて、まともに魔法が使えるのは三割に満たない程だった。失敗した七割のうち半数が
配置転換を願い出て半数が汚名返上の機会を上申する。
そうやって王立空軍近衛師団の精強さが保たれていた。その試験を受けさせろ。というヘンリ・ボーウッドの意見は
妥当なもので、ウェールズも納得した。
「ああ、見極めが終わったのか、すまないな、ややこしい話を押しつけて。で、どうだった?」
「いえ、殿下の御下命とあらば例え火の海でも突き進む所存ですが、喜んでいいのやら、なんとやらですな」
近衛師団長の歯切れは悪かった。元々アルビオンに限らずハルケギニアでは女性の騎士というのは殆どいない。
いたとしても伝令や救護部隊など、後方支援が多かった。必然的に男ばっかりのむさ苦しいこと、この上ないのだが。
ただ、今の近衛師団長の歯切れの悪さは、そう言ったことでは無さそうだった。なんとなく悔しがっているようにも見える。
ウェールズはおやっと思って、表情を改めた。
「ん? どうした?」
「何処から見つけ出してこられたのか、細かいことは存じ上げませぬが、殿下。正直驚きました」
「一応彼女は、トリステインのヴァリエール公の息女だぞ? 当人は”元”と言い張っているがな」
何処の馬の骨的なニュアンスを感じたウェールズは、とりあえず訂正は入れたが、近衛師団長は感銘も受けずにさらりと
流した。
「それはそれは。しかし、彼の者の魔法の才に関しては、始祖ブリミル以来の逸材としか思えませぬ。
私も風と土のスクウェアなど初めて見ました」
ゆっくりと頭を振った近衛師団長は、顔の前に上げた自分の掌を見つめたあと、微かに震える手をぐっと握り締めた。
自分とて火のトライアングル。
アルビオンにスクウェアはほとんどいないが、限りなくスクウェアに近いトライアングルであり、自分を越えれそうなのは、
目の前の次期アルビオン国王と他は数名しか知らない。その力を自負していたが、今日の検分で自分もまだまだ青いなと
痛感した。
正直、皇太子に少女の検分をしてくれ。と言われてた時に、正気か?と返しそうになった。
自制心の半分くらいを使ってなんとか抑えたが、皇太子に肩を叩かれて、少々厄介なんだよ。と言われて諦めた。
そして午前の訓練が終わった後のことだった。
「何? どっちが風でどっちが土だ? 青い方が風か?」
ウェールズは滅多にいないスクウェアが一度に二人も、それも風と土という非常に使いやすい属性の使い手ということで
少女達の豪語も少し納得した。確かにスクウェアが二人揃えば、なかなかに壮観だろう。
トリステイン公の娘が土で、青い髪の女性の方が風かな? と漠然と考えていたウェールズは、近衛師団長の苦虫を
かみつぶした表情に気がついた。無言で続きを促す。
「……申し上げにくいのですが、ルイズという名前の少女が二系統でスクウェアの力を示しました」
躊躇した後の近衛師団長の言葉は、ウェールズの頭をハンマーで殴ったような衝撃を与えた。
二つの系統でのスクウェアなど見たことも聞いた事もない。それこそ、始祖ブリミル以外には……。
「なんだと? 馬鹿なことを言うな」
「私が戯言を言うような人間だと思われるのは、甚だ心外ではありますな。ですが、始祖に誓って真実です」
「……」
実直な近衛師団長のことである。虚言を呈するような人間でないことは十分に承知しているし、妄想だとも考えにくい。
であれば、彼女達の豪語は実力に基づくものなのだろうか。アンリエッタ王女の手紙にも、使者を信じろと書いていた。
(まさか、本当に電光の魔法を防げるのか)
ウェールズの表情が俄かに厳しくなる。
「ただ、実践経験も錬度も軍人としての教育もありませぬ故、今の段階では、いいとこ目隠し大砲ですな」
「……下手をすれば味方に損害がある……か。何処に配置すればいい?」
近衛師団長は考え込むウェールズの注意を引くように、残念そうな口調で結果を述べた。
強力だが統制が必要な組織の中では使えない。もう少し早く見つけ出していれば。という師団長の苦渋が滲んだ。
それを受けてウェールズは真剣な表情で師団長を見た。
「殿下、失礼を承知で申し上げますが、今の言葉は本気でいらっしゃる?」
「無論だ」
王立空軍近衛師団長ウィリアム・マーシャル伯爵は、そのウェールズ皇太子の表情に、冗談を言っているのではない。
使えない大砲を使うためにはどうすればいいのか? と真剣に問いかけてきていると理解した。
しばらく考えたが、やはり配置はここしかない。
「ではウェールズ殿下の横がよろしいかと」
皇太子の無言の催促に、軽くため息をついた近衛師団長は、内心を吐露した。戦闘で幾多の死を見てきた人間である。
死を知っているがゆえに不必要な死を巻き起こしたくない。そしてそんな悲惨な戦場は、専門職の騎士だけで十分だ。
関係のない、未来のある人間が差し入るべきではない。と感じていた。
「アルビオン軍人として、甘いとは思いますが、年端も行かない少女が前線で地獄を見るのは、いささか忍びないものが
ありましてな」
その答えを聞いたウェールズは破顔した。近衛師団長の思いは自分の考えと一致していると。戦い、傷つくのは
自分達だけでいい。関係のない他国の人間や、平民達が傷つく必要はない。
ウェールズが反乱軍を許すことができないのは、支配下にある地域を蹂躙し、平民も強制的に戦力に組み込んでいる点だった。
自分達の理想で戦うのは構わない。でもその為に弱い立場の人間を巻き込むのは許せない。
戦禍にまみれた地域に優先して補給部隊を送っているのは、その想いもあった。
同時に守ることができなかった臣民に対する贖罪の意味も込めていた。自己満足かもしれない只の偽善だが、それでも
救われる民がいる限りウェールズは補給部隊を差し向けていた。
「わかった、そうしよう。あと、もう一人の方はどうだ?」
「いえ、もう一人の方は、自分の使い魔だとルイズ殿が言い張りましてな。使い魔は主人の元にいるべきだから、
二人一緒だと。人が使い魔などとは奇妙奇天烈ではありますが、やはり前線に持って行くのは……」
「なるほど、じゃあ戦闘中は私の傍に居てもらって、非常時はそのまま退却してもらうか」
「御意」
ウェールズの決断に。近衛師団長は深々と頭を下げた。
「すまないね、マーシャル卿」
「いえ、正直言って平和な時節であれば、彼女等を育ててみたかったものですな。
ひょっとしたらアルビオン王立空軍・近衛師団の象徴になったかも知れませぬ。まあ、既にその現場を見た者たちの間では
ちょっとした騒動になっていますからな」
近衛師団長の脳裏に、その目で見た少女の異常さがまざまざと蘇っていた。使い魔と称する年かさの少女となにやら
話していたかと思うと、巨大な氷嵐の魔法で目標となった巨木を切り刻み、氷漬けにし、見たこともない程の巨大な
ゴーレムを作り出す。
その愛らしい姿と相まって、一目見たら二度と忘れることなどできそうにない。騎士団に入れるには、はなはだ場違いに
思えるが、彼女が先陣を切れば憶する騎士など誰もいないだろう。喜んで彼女の為に戦うだろう。
そんな偶像的な存在になれるやもしれぬ。いかんせん、時節が悪いが……。
「……平和にするんだよ。私達で」
その言葉を聞いたウェールズは、ギュッと握りしめた拳で近衛師団長の胸甲を軽く叩いた。
決意を込めた凛と光る視線が近衛師団長を射抜く。眩しそうにウェールズ皇太子を見つめた近衛師団長が頭を振った。
「……その通りですな。ではさしあたって、反乱軍の動向を」
「わかった」
ウェールズは執務室に向かった。
(非常時はウェールズ殿下、あなたも一緒に落ち延びるのですぞ。
彼女等が付いていれば敵に取り囲まれても無事に逃げだすことができます故、彼女等を掣肘する味方もいなくなれば……)
その後姿を感慨深く見つめた近衛師団長もゆっくりを後を追った。

§ § § § § § § § § § § § § § § § §

王都ロンディニウムの中核にあるハヴィランド宮殿を取り囲むように建てられている貴族達の私邸エリア、その一角に
長期滞在の賓客用に建てられた屋敷があった。こじんまりとしつつも品のいい白亜造の二階建てだった。
ルイズとR-シロツメグサはウェールズに、王宮の客間と屋敷とどっちがいい? と言われ、さすがに王宮に滞在するのに
気が引けたルイズは屋敷を選んだ。ルイズさえいればどこでも関係ないシロ姉は、特に意見もなく、王宮と目と鼻の先の
屋敷に腰を落ち着けた。
ルイズは二階のリビングの窓に陣取って、夜のロンディニウムを眺めていた。トリステインと異なる食事、気配、匂い、風。
全てが異国情緒にあふれている。ああ、外国に来たんだ。とルイズは実感した。
(アンリエッタ王女に呼び出されてから、激動の日々だったけど、よくよく考えてみると一週間くらいなのよね)
ルイズは紅茶を片手に、久しくなかったゆるやかに流れる時間に身を任せていた。
「モキュー」
さんしょうおと戯れる室内着のシロ姉を見ながら、似たようなゆったりした装いのルイズは昼間のことを思いだしていた。
騎士団の訓練地に連れて行かれて、おっかない隊長の前で魔法を披露せよ。と言われたのはちょっと吃驚したが、
それでも自らの父親と母親の前で披露するのに比べたら、それほどでもなかった。
ただ、土のゴーレム作成は、行き当たりばったりで、シロ姉と相談して、在りし日の魔法学院・宝物庫襲撃事件の
イメージで作ったが、造形は置いておいて、あのゴーレムに負けないぐらい巨大なものを作ることができた。
自分でも驚いたが風と土の二系統でかなり強力な魔法を使ったことで、隊長の顔が驚きの表情で硬直したのは少し笑った。
その後、中隊長クラスのおじさん達に熱心に是非我が隊に! と言われたのは辟易したが、おっかない隊長の一喝で
びしっと姿勢を戻したのは、さすがアルビオンの精鋭部隊と妙に感心したのを覚えている。
後でこっそりと声を掛けてくれた中年の中隊長も、悲愴感もなく明るく気さくに接してくれた。
もうすぐ反乱軍との決戦が控えていると、皆知っているのにもかかわらず、いい人達ばかりだった。
お腹が大きい娘がいて、もうすぐ爺ちゃんになるんだ。と言って笑い、息子と喧嘩して青あざを作ってな。と笑う
騎士達がいた。誰も戦いを望んでいないのに、誰もが戦いになることも、劣勢であることも理解している。
それでも逃げない。自分達はこういうときの為に訓練をしてきた。反乱軍が平穏を乱し、平民達に危害を加えるのであれば、
自分達は例え最後の一人となっても戦う。そう言って笑っていた。
ルイズは分からなかった、何故そこまでするのか? 自分の娘や孫の為、息子の為に生き残ることを考えないのか?
ふっと見ていたロンディニウムの夜景が、灰色にくすんでしまった。
「シロ姉」
「何?」
ルイズは、紅茶のカップをテーブルに置いて、窓枠にことんと頭を寄せかけて呟いた。
その頼りない声に、R-シロツメグサは動きを止め、ゆっくりと立ち上がってルイズの隣に座った。
暖炉でぱちぱちと薪の燃える音が静寂の中で響く。
「何で戦争なんかするのかしら?」
「……」
呟くようなルイズの声に、R-シロツメグサは言葉をかけることができなかった。頭を撫でようと伸ばした手が途中で
硬直する。
ルイズの疑問はそのままR-シロツメグサの疑問でもあったから。なぜ人間≪マンカインド≫は戦争をするのか?
「戦争なんかして人がたくさん死んで……」
「……」
ルイズの視線はロンディニウムの夜景を見ているようで、何も見ていなかった。
そしてR-シロツメグサの視線はルイズを向いているようで、途中で見た無残な光景を映し出していた。
”イチヒコ”が嫌がった争い。セイバーハーゲン達を使った戦争。その結果があの無残な光景だった。
肉片が飛び散り、焼けただれる。
その争いに使われた力の大半は、自分が管理するべきドレクスラーの利用によるものだった。
「愛する人より、大事なものなんて、この世にないのに、何で……」
「……分からない」
ルイズの言葉は、R-シロツメグサの心≪レム≫をかき乱していく。
ひょっとして、あの時、私がRーヒナギクと争わなければ、”イチヒコ”は無事であって、イチヒコもこんな無残な
光景を見たり、身を投じる必要はなかったのではないか?
大量の人間≪マンカインド≫が傷つき死んでいくのは間接的には、私のせいではないのか? で、あれば……
激しく動揺するR-シロツメグサの心≪レム≫は、悲鳴をあげ始めた。
「愛する人が居なくなるって、悲しいよね……」
「……」
……であれば、”イチヒコ”を殺したのは私ではないのか? そしてもしイチヒコが殺されたりしたら、傷つけられたり
したら、それは私のせいでは……。
先日の戦いで、襤褸切れの様になっていたイチヒコの映像がまざまざとよみがえる。
心≪レム≫は考えまいとしていた想像に溢れ、抑えようがなくなった。

ルイズはふと肩口にポツリと水滴が落ちたのを感じて振り向いた。そこには硬直したように立ったまま、見開いた目から
涙を溢れさせるシロ姉がいた。
「シロ姉?」
戸惑ったルイズが慌てて声をかけるが、シロ姉の反応はなかった。涙もぬぐわずに茫然としていた。初めて会った時も
似たような光景は見たが、ずっと深刻に思えた。
「シロ姉! シロ姉! しっかりして、大丈夫、大丈夫だから」
ルイズがシロ姉の肩を掴んで必死に揺さぶると、ようやく焦点がルイズに合う。その次の瞬間ルイズに抱きついてきた。
呆気にとられたルイズだったが、がくがくと何かに怯える様に震えるシロ姉に気がつき、その体をゆっくりと抱きしめた。
いつも自分が頼ってばかりだっただけに、いざ頼られると自分がしっかりしなきゃという使命感がふつふつと沸いてくる。

「シロ姉、ずっと一緒なんだから大丈夫」
ルイズはシロ姉を抱きしめながらゆっくりと言い聞かせる様に囁いた。
シロ姉の体がビクッと震える。

「一緒じゃないと嫌だからね」
ルイズは抱きしめる手に力を込めて、優しく、少しおどけて囁いた。
その言葉に、R-シロツメグサの瞳に感情の色が戻ってくる。

「一緒じゃないと怒るんだから」
ルイズの温かさに包まれたR-シロツメグサはゆっくりと目を閉じた。
この子は優しい。優しさにあふれている。自分だって不安なはずなのに、私を心配して抱きしめてくれる。イチヒコの
言葉で荒れ狂い悲鳴をあげていた心≪レム≫がどんどん静かになっていく。私が安心していく。
イチヒコの言葉が私を洗い流し、私の心≪レム≫を光の元へ連れ出してくれる。
R-シロツメグサはルイズの背に回している手に力を込めた。
「……ありがとう、イチヒコ」
抱きしめているシロ姉が、そう呟いた事で、いつものシロ姉に戻ってきたことを感じたルイズは、安堵感と共に、
なぜだか心の琴線がシロ姉に共鳴したように、涙があふれてきた。感情が高ぶり、溢れる心が全身を満たしていく。

「一緒じゃないと泣いちゃうんだから、一緒じゃないと……一緒じゃないと……ちゅーしてあげない」
ルイズはそう言ってゆっくりとR-シロツメグサにキスをした。眼を見開いたシロ姉に、真っ赤な顔をしたルイズが
もう一度キスをして、どこか濡れた瞳と声で見つめた。
「・・・・・ずっと一緒だから、だから、笑って、シロ姉」
ルイズの言葉に、微かに赤くなった顔で泣き笑いの表情を見せたシロ姉がいた。自然と視線が絡み合う。
シロ姉がゆっくりと両手を広げ、そしてルイズがその胸に体を預ける。いつもと違って濡れた瞳のシロ姉は、ルイズを
抱いたまま、ゆっくりと後ろに倒れ、背中を床に引いてある絨毯に横たえた。
「……イチヒコ」
下から見上げるシロ姉に、ルイズはいつも自分がされているようにキスの雨を降らせる。それはとてもぎこちなかったが、
ルイズにキスをされる度にR-シロツメグサにはこの上もない快感となって全身に木霊していく。
自然と体がビクンと反応する。溢れる快感の中で、ルイズの愛はR-シロツメグサの心≪レム≫に豊かな温かい恵みの雨と
なって降り注ぎ、悪夢にまみれた心≪レム≫を洗い流していく。
その反応を見てルイズも嬉しくなって、顔に、首筋に、耳に、キスの雨を降らせた。そのたびにR-シロツメグサは体を
震わせる。少し顔を上げたルイズは真っ赤になってとろんと蕩けたシロ姉を見つめた後、ゆっくりを唇を重ねた。
ようやく見つけたとばかりに、二人の舌が相手を渇望してお互いの口蓋で歓喜の歌を踊り、濡れた音を立て始める。
一心不乱にお互いを求め合う二人の室内着の裾が捲り上がり、太腿が交差する。
下腹部から身を竦ませるような刺激が、背筋を駆けあがる。
「あ、ぁん」
「んんんー」
透明な滴がR-シロツメグサの首筋を伝い、顔を離した二人の間にキラキラと輝く細線が繋がっては消える。強い刺激に
のけぞったルイズが、荒い吐息と共にシロ姉の胸に顔を埋めた。
「シロ姉、すき、だいすき」
ルイズは熱い吐息の中で告げると、そのままシロ姉にしがみ付いて目を閉じた。
「……イチヒコ」
今までにない快感に戸惑いながらも、ルイズの言葉に、自分のせいで人間≪マンカインド≫が死んで行ってるかもしれない
と自責に駆られていた心≪レム≫を救われたR-シロツメグサは、眼を閉じてその言葉を聞いた。
なんて自分は幸せなのだろうか、なんと嬉しいのか。
この子は私をも救ってくれた。悲しみからも、辛さからも、困惑からも、そして押しつぶされそうな自責の念からも。
負の心≪レム≫がなくなっているわけではない。だけどそれを覆い尽くし焼き尽くすような輝く光で満たしてくれる。
いつも私の心≪レム≫を照らしてくれている。サンテグジュペリ号の中で感じていた焦燥も渇望も嫉妬も、

……もう既にない。

ゆっくりと目を開けたR-シロツメグサは、じっと見つめてくるルイズと目があった。相変わらず上気したままの
火照った顔をシロ姉に向けるルイズは、その中に強く芯の通った鳶色の瞳で、シロ姉のワインの瞳を覗きこんだ。
少し微笑んだルイズは顔をよせて、そっと唇についばむ様なキスをする。
「だから、だからね、泣かないで、シロ姉。
何があっても、どんな時でも、シロ姉がなんであっても、ずっと一緒に、……私がずっと一緒にいるから……ね」
「あぁ」
R-シロツメグサはその言葉を聞くと、感極まったように吐息を漏らして、ルイズを抱きしめた。



一組の神聖な誓いと混ざり合う運命を静かに抱擁しながら、ロンディニウムの夜が僅かな休息の時間が更けていく。

ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

I'm a little teapot, short and stout.
わたしは小さなティーポット、ちっちゃくてかわいいの
Here is my handle, here is my spout.
こっちが取っ手で、こっちが口よ
When I get all steamed up, hear me shout,
お湯が湧いたら、大きな声で
Just tip me over and pour me out.
しっかりお湯を注いでね