るるる-19

Star light, star bright,
きらきら光るお星様
First star I see tonight,
今宵の一番星さん
Wish I may, wish I might,
どうか叶えてください
Have the wish I wish tonight.
今宵の私の願いごと


ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪
ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪

「だったら直接本人に聞いてみたらいいじゃない、ほら」
「え?」
キュルケに促されて振り返ったルイズの目に、大木に寄りかかるような体勢で、捨てられた子犬のような表情のシロ姉が
立っていた。
「シロ姉……」
「……」
ルイズの呟きが聞こえたのか、いまにも泣き出しそうなシロ姉の肩が、遠めに見てもわかるくらいびくっと震えた。
絡み合った視線だったが、シロ姉はルイズを見つめることができずに、悲しそうな、寂しそうな目をそっと伏せた。
「ほら、ルイズ」
キュルケが、ルイズの肩を軽く叩いた。
「で、でも」
ルイズは不安そうな表情で振り返った。
シロ姉に再び会えた安堵と、なんて言おう? どうしよう? なんといって謝ろう? といった言葉が、想いがルイズの
頭の中でぐるぐるとメリーゴーランドのように回っていた。
そんな逡巡を見て悟ったか、キュルケが暗がりでひっそりと咲いているシロ姉に手を差し伸べた。
「シロ姉もこっちへ来たら? ルイズは別にあんたを嫌いになってるわけじゃないから」
「キュ、キュルケッ」
楽しんでいるような雰囲気のキュルケの言葉に、ルイズが顔を赤くして大声を上げた。
照れ隠しの行為ということがわかってるキュルケは、シロ姉の方に顔を向けて微笑んだ。
「ルイズったらねぇ、拗ねてるだけなのよ、ほんとはあなたのことが大好きなのにね」
「モ、モンモランシーッ!」
横合いからモンモランシーがルイズを指差して、からからと笑う。ルイズは今度はモンモランシーの方を向いて顔を
くしゃくしゃにして、叫んだ。
「あははっ」
「……」
「じゃあ、お邪魔虫の私達はしばらく席を外しておくわ」
キュルケとモンモランシーは、何か言いたそうで、でもタイミングを見失って消沈しているタバサを、両脇から抱えて
陽気に手を振りながら森の奥に歩いていった。しばらくして遠くの方から微かな口笛がして、丸まっていたシルフィードが、
心底嫌そうな表情でしぶしぶと顔をあげた。
きゅいと一声鳴いた後、翼がぎりぎり抜けることができる森の切れ目から、重そうな体を動かしてゆっくりと飛び立っていく。
キュルケたちの声も完全に聞こえなくなり、そして氷の中に閉じ込められた様な静寂が二人の間に落ちた。
しばらく、二人とも、身じろぎもしなかった。
「くちゅんっ」
沈黙を破るかのように、ルイズのくしゃみが響いた。
いくら初夏とはいえ、高所にあるアルビオンの夜は肌寒く、ネグリジェだけのルイズでは体が冷えてしまうのは自然の
摂理でもある。
カナリアの鳴くようなか細いくしゃみだったが、シロ姉は心配そうな表情で慌てて近寄り、微かに震えるルイズの体を
炎の前に座らせて毛布をかけた。
倒木をベンチ代わりにして、毛布を頭からかぶって、焚き火に手をかざすルイズの横に、拳ひとつ分くらい間を空けて
そっと座ったシロ姉は、じっと炎を見ていた。
同じ様に炎を見つめながらも、シロ姉の様子をちらちらと横目で見て、どうやって沈黙を破ろうか?
なんと声をかけようか? と悩んでいたルイズに、シロ姉がゆっくりと顔を向けた。
「……イチヒコ」
「な、な、な、なにっ」
心臓が胸から飛び出そうなほど、どきんとしたルイズは、慌てて顔をシロ姉に向けた。
炎に照らされたシロ姉の顔は、何か重大な決心を込めているように見えた。そして、胸の前で握り締めている手が小刻みに
震えているのに気がついた。
「……イ、イ、イチヒコ、……私嫌い?」
震える目が、何かに怯える少女のような、捨てられた子犬のような不安そうな色をたたえていた。
その表情とシロ姉の言葉。
嫌いという言葉を聞くことに怯えているシロ姉の姿が、どれほど自分を想っていてくれていたのか、不意に頭の中で
結びついたルイズは、まるで叫ぶように言い返した。
「き、き、き、嫌いじゃないわっ!」
「……そう、よかった」
ルイズの剣幕に、あっけに取られたような表情を浮かべたシロ姉だったが、その目に炎を煌かせる透き通った水晶が満ち
溢れる。そっと手の甲で自分の目を拭ったシロ姉は、心底安心したように両肩の力を抜いた。
なにか背負っていた重いものが不意になくなったように、こわばっていた雰囲気が溶けていく。
「な、な、なんでシロ姉が泣くのよ」
ルイズは、自分からまだ素直に謝ることが出来ず、どうしていいか判らなかった。
自身は大貴族の三女でもあって、気軽に声を掛けてきたり、喧嘩が出来るような友人は今までいなかった。
姉二人とも年が離れているため、叱られることはあっても、喧嘩になるようなことはなかった。
だから、自分が悪いときにどうやって謝ればいいのか、ルイズは分からなかった。
社交界や舞踏会でどのように振る舞うか。どのように踊るか。そんなことは目をつぶってもできる。
心にもない美辞麗句や社交辞令を条件反射的に口にすることはできても、純粋に人として、このような時に、
どうしたらいいのかルイズは知らなかった。
姉達に怒られても、知らない間になんとなく元通りになっているケースが多かったし、実際に謝る時は、すぐ上の姉に
促された場合か、母親の前に連れて行かれたときぐらいだった。
自発的に謝る、といったことは殆ど記憶にない。そういった経験が出来る様な環境にいたことはなかった。
魔法学院に入って初めて、家柄や爵位を気にしなくてもいい環境に身を置くことができ、初めて同格の相手と言うものを
認識した。
付き合い下手なルイズには、魔法が使えなかったというハンデもあり、そんな環境でも、なかなか溶け込むことが
できなかった。
が、手を差し伸べてくれる友人ができた。そして、自分のことを一番に想ってくれる大事な人も。
ルイズは、その大事な人に、自分の我侭をぶつけ、暴言を吐いて勝手に飛び出した。その人は、その事を怒るわけでもなく、
暴言を真に受けて傷ついて不安になっている。
そんな風に相手を傷つけた事もなかった。だから、ルイズはどんな顔をしたらいいのかも判らず、途方にくれていた。
シロ姉は、そんなルイズの顔を見つめて、おずおずと手を伸ばす。白い手が頬に触れた瞬間、ルイズがびくっと震え、
電気に触れたようにシロ姉の動きも一瞬止まった。が、やがて、ゆっくりと陶磁器でできているような繊細な手が頬を
包み込む。
ひんやりとしたその手と裏腹に、溢れんばかりの温もりを感じたルイズは、ことんと力なくシロ姉の胸に頭を預けた。
「……イチヒコ、泣いてた」
ルイズの頭を、両手で大事に抱え込むように抱きしめたシロ姉が静かに口を開く。寂しそうな声が、言葉が、ゆっくりと
ルイズの心に広がっていく。
ああ、あの時、わたしが飛び出したときのことだ。と理解したルイズは、不意に自分の涙腺が緩むのを感じた。
目を瞑って顔をシロ姉の豊かな胸にこすり付ける。
「だ、だ、だって」
微かに涙声になっていて拗ねたような口調で、顔を押し付けてきたルイズの髪をゆっくりと撫でていたシロ姉が、空を
見上げる。
じわりと空が白んでいき、夜空を賑やかにしていた星がひとつ、またひとつと役目を終えていく。深い森の中で夜と朝の
移り変わりを見つめながら、R-シロツメグサは腕の中の、この上もなく大事な存在を感じていた。
「……イチヒコ、怒りながら、心の中で泣いてた」
「……だって」
シロ姉の言葉に、ルイズがはっとした表情で顔を上げる。遠くの空を見つめるシロ姉の顔はなにか透き通って、そのまま
消えていきそうに見えた。
「……私が、イチヒコ、悲しませた」
「……」

――逆だ。

ちがうの、わたしがシロ姉を悲しませたの。喉までその言葉が出ていた。キュルケの言うとおり、シロ姉が”イチヒコ”を
見るのが嫌で、”イチヒコ”に嫉妬して、どうしていいか判らなくて、癇癪をおこした我儘な子供。それがわたし。
好きだから、ずっと一緒にいるのはわたしだと決めてたから、シロ姉を助けてあげるのはわたしと決めてたから。だから
嫌だった。見たくなかった。嫉妬した。
……シロ姉の心に住んでいる”イチヒコ”に。
少し冷静に考えればすぐ分かる。誰も肉親のことを忘れることなんてできない。
離れ離れになった家族を忘れることなんて出来ない。
そして、ようやく会えたときに、それを邪魔することなんて出来ない。
なのに……、なのに、わたしは、そんなことも考えずに我儘を言った……、ずっと見てくれなくちゃやだ。と。
わたしが、我儘を言ってシロ姉を悲しませた。悪いのはわたし……わたしが悪いんだ。
このままだったら、わたしのほうがシロ姉に嫌われる。
頭の中でぐるぐるとそんな言葉が渦巻いて、ルイズの身を竦ませた。すぐにでも謝りたかった、すぐにでもごめんなさいと
言いたかった。なのに……かすれた喉も、乾いた口も、何も言葉にできなかった。
「……ごめん、なさい」
シロ姉が目を伏せて睫を震わせながら、震える声で謝ってくるのを聞いたルイズは、涙が溢れるのをとめられなかった。
この期に及んで、まだシロ姉を悲しませるのか? わたしはそこまで、どうしようもない人間なのか?
ルイズの心の中で、なにかが砕ける音がした。くだらない意地だったのかもしれない。
一歩踏み出す勇気を押しとどめていた、憶病と言う名の檻だったのかもしれない。
決壊したダムから水があふれる様に、ルイズの心から様々な想いがぶちまけられた。
ぎゅっとシロ姉に抱きつき、涙声で叫ぶ。
「し、し、シロ姉! あ、あ、謝るのは、わたしの方なのっ! わたしが悪いの、ほんとはわたしが言わないとだめなの……
ごめんなさいって、わたしが言わなくちゃいけないのっ!」
「え?」
森を切り裂くようなルイズの声に、シロ姉はびっくりしたような顔を腕の中の”好きって言う言葉を全部集めたような”
少女に向けた。
ルイズは額をR-シロツメグサの胸に押しつけて、両手でR-シロツメグサを強く強く、離れちゃいやだというように
抱きしめる。
呆気に取られていたが、微かに震えるルイズに気が付いて、その背中をゆっくりと撫でるR-シロツメグサは自分の
太ももに、そこから融けていくような、熱い、とても熱い雫がぽたぽたと落ちてくることに気がついた。
はっとした表情をしたR-シロツメグサだったが、ゆっくりとルイズを包み込むように抱きしめる。
胸を濡らすルイズの熱い涙は、彼女にとって、とても尊いものだった。
「だ、だ、だって、”イチヒコ”ってシロ姉の弟さんなんでしょ?
わたしの召喚で、引き離されて、ずっと会ってなかったんでしょ?
家族なのに、わたしがシロ姉を独占して、ずっと会えなくて、ようやく会えたんでしょ?
家族だったら好きで当然なのに、そんな簡単なことも分からなかったの、あの時のわたし、わたし……」
「……イチヒコ」
時折、掠れて途切れる震える声でルイズは、自分の内心を吐露していく。
シロ姉は悪くない。わたしが悪いんだ。と、想っていた言葉がようやく形になったルイズの口は止まらなかった。
顔をぐしゃぐしゃにしながら、R-シロツメグサの胸を濡らしていく。
その言葉を聴いたR-シロツメグサは、吐息のように名前を呼んだ。微妙に認識が違っているが、そんなことは関係が
なかった。
もしかして嫌われてしまったのか? と世界が暗転する様な、生きていく意味のほとんどを失ってしまったような喪失感。
嫌われるのであれば、いっそこのまま、この身は止まってしまえ。壊れてしまえ。とも思っていた。
だが、違っていた。自分のことを、これほどまでに思ってくれ、自分が間違ってたと泣いてくれる何よりも大事な存在。
これほどまでに腕の中の小さな存在が愛おしかったことはなかった。
「わたしだってちい姉さまと離れ離れになって、ずっと会えなかったら、そんなこと考えたくもないけど、でもほんとに
そうなったら、きっと泣いちゃうと思うの」
「……イチヒコ」
ルイズは、溢れる心をそのままに、シロ姉を見上げた。
埃に塗れ、髪の毛はぼさぼさ、顔はぐしゃぐしゃだったが、R-シロツメグサにとっては、この世の中で一番きれいなものに、
今まで見た中で一番美しいものに見えた。
「でも、あのときのわたしは、自分のことだけしか考えてなかったの、シロ姉がどんな思いで”イチヒコ”を見てたか、
何も考えてなかった。だから、だからごめんなさいっ! シロ姉、ごめんなさいごめんなさい」
「……イチヒコ、もう泣かないで、イチヒコ、ずっと笑っていて欲しい、……イチヒコが泣いてると私も悲しい」
しっかりと目を開けて自分を見つめてくる目は、真剣この上もなく、様々な感情に溢れていた。
心の塊のような少女を抱いていたR-シロツメグサの中で何かが音を立ててはじけていく、それは生まれ出でた時より
課せられた枷が壊れていく音だったのかもしれない、心を覆っていた殻が壊れていく音だったのかもしれない。
そして知性回路≪バリントン管≫が本当の意味で解放された音なのかもしれない。
R-シロツメグサは聖母の様な柔和な表情を浮かべてルイズの頬をそっと撫でる。
その表情を見て、はっとしたようなルイズに顔を寄せ、そっと頬にキスをする。そして、そのまま抱きしめた。
「……シロ姉」
「私はイチヒコに会えて嬉しい。”イチヒコ”と会えないのは悲しいけど、イチヒコに会えて本当に嬉しい」
シロ姉の静かな言葉に、”イチヒコ”によってもたらされた、お互いのすれ違いが炎に炙られた雪の様に融けていく。
ゆっくりと目を瞑ってシロ姉に身を預けたルイズは、謝りたかったこと、考えていたこと、負い目として感じていたこと、
すべてを包み込むような、その言葉に救われた気がした。何か自分の心に溜まった、どす黒いものが洗い流されていく。
ひび割れの入ったルイズの心、R-シロツメグサの心に、お互いの心がそれぞれ隙間を埋めて、ひび割れを直していく。
「私はイチヒコが好き、愛してる。
でも”イチヒコ”も好き、”イチヒコ”も愛してる。でも二つの”好き”も”愛してる”もどこか違う、何か違う。
まだ、私の未熟な心≪レム≫ではその違いが説明できないけど、きっと何かが違う」
「……シロ姉、ありがとう」
シロ姉の言葉が紡がれて行くにつれ、ルイズとR-シロツメグサの心の軌跡が精緻な模様を織り上げる。
この春に、二年への進級をかけて挑んだ召喚。その召喚で現れた”使い魔”はルイズの縦糸を精緻なタペストリーに
織り上げる横糸だった。
縦糸だけでは布すら出来ず、横糸だけでも同じ。片方が一方的に豪奢でも、きれいな絵は描けない。
お互いを理解し、お互いを尊重して初めて万人が感嘆するタペストリーを描くことが出来る。
様々な心の交流があり、そして衝突があった。
結果的に一方的な衝突だったかもしれなかったが、それでもそれを乗り越えた二人は同じ絵を描く幸せを感じていた。
そこに相手がいる幸せ、手を伸ばせば届く所にいて、そして微笑みかけてくれる幸せ。
横糸を理解した縦糸は、穏やかに今の在り様を受け入れ、そして、縦糸を理解した横糸も、今をかけがえの無いものとして、
優しく受け入れた。
静かに抱き合う二人をよそに、遠くで早起きの鳥が鳴いている。


「それはね、シロ姉。”恋”と”愛”の違いだと思うわ。
何がどう違うかは人それぞれだから、自分で答えを見つけるしかないけどね」

静かな森の静寂を、凛とした炎のような声がかき乱した。
その声にはっとしたようにシロ姉から身を離したルイズは、声の方向に顔を巡らせた。
「な、な、ななな、なによっ、キュルケッ! 聞き耳たててたの?」
「こんなあけっぴろげな所で愛の語らいするんだったら、サイレンスくらいかけなさいよ。常識でしょ?」
そこには、薄靄の中で、どこか詰まらなさそうな表情を浮かべた豪奢な緋色の髪の少女が立っていた。
顔を真っ赤にしたルイズの抗議を、どこ吹く風とばかりに聞き流したキュルケは、いまさら何を言う? といった風に
手をひらひらとして苦笑した。
「う゛っ」
「まあ、サイレンスかけて、乳繰り合ってたらどうしようか? とも思ったけどね」
「キュキュキュキュルケッ!」
状況と相手の性格を考えれば、十分にありえた話、と言うより確実にそうなる話なので、ルイズは茹蛸のようになって、
立ち上がって腕をぶんぶんと振った。
ルイズが離れたことで、残念そうな顔をしていたシロ姉だが、キュルケの言葉に何かを感じたのか、少し考え込んだ後、
口の中で言葉をかみ締めるように何度も呟いた。
「……恋と愛……キュルケ、ありがとう」
「どういたしまして。で、ルイズ、シロ姉、お取り込み中申し訳ないけど、ちょっとまずい状況みたいよ?」
シロ姉の感謝に肩を竦めて答えたキュルケの後ろから、疲れて憔悴しきった顔のモンモランシーと、いつものように無表情、
でもちょっと顔が赤いタバサがやってきた。
一同の顔を一通り見渡したルイズが小首をかしげる。
「どうしたの?」
「ほら、聞こえるでしょ?」
キュルケの言葉に、耳を澄ませて静かに目を閉じたルイズは、どこか遠くで大木同士をぶつけるような音と、
微かに大地が震えていることに気がついた。
「ひょっとして、これって」
はっとしたルイズは、慌ててキュルケを見つめた。打って変わって真剣な表情のキュルケは、ルイズの想像を
肯定するように軽く頷いた。
「聞こえ始めたのは、ついさっきだけど。とうとう始まったみたいね」
夜明けと同時に、戦端が開いたのだろう。どちらが攻撃を開始したのか判断できないが、太い地響きのような音が絶えず
聞こえる状況を考えると単なる威嚇などではない。

本格的な戦闘が、戦争が始まった。

「っ! 急がなきゃ! ってシロ姉、ここへはどうやって?」
「ちょっと待つ」
きな臭い状況に、ルイズは自分の使命を思い出した。
自分が、名前を捨ててまでアルビオンに来たのは水の精霊の恋人を救うこと。そして、その恋人が向ける電光の魔法を
抑えてアルビオンを、ウェールズ皇太子を守ること。
それなのに、こんなところでのんびりとしているわけには行かない。急いで戻らないと。
焦り始めたルイズは、シロ姉が唐突に現れたことを思い出して、静かな表情の白と青の精霊じみた存在に目を向けた。
ルイズに軽く頷き返したシロ姉は、手を振って光る霧のようなものを散らし、あたり一体の森の木を一瞬で消し去った。
その後、空を見上げて目を閉じる。
たいていの事では驚かないキュルケ達も、系統魔法では到底考えられない、呪文すら使わずに木を無に消し去る行為に、
驚愕の目を向けた。
やっぱり。と顔を見合わせて呟くキュルケ達を無視するかのように、シロ姉が目を見開いた。
いぶかしむルイズの上に、大きな影が差したかと思うと、森の中にぽっかりと明いた空間に翼を広げた風竜が舞い降りた。
「ぶぉぉぉ」
「モキュー」
頭の上に、さんしょうおを乗せた風竜が翼をたたみ、ルイズを見つけて顔を寄せる。体格の差で相変わらず荒っぽいが、
うれしそうに、じゃれつく風竜の顔をルイズも笑顔で迎えた。
「リュカッ、ちょ、ちょっと」
ふわふらと舞い上がったさんしょうおを捕まえて、ルイズの頭に載せたシロ姉が、ゆっくりと風竜に近寄った。
「……この子が、私を呼びにきた。いい子」
シロ姉に完全服従の体勢になった風竜が、シロ姉に撫でられて、嬉しそうに喉の奥でごろごろと鳴いた。

キュルケたちがルイズを捕まえた馬車を止めるのを見た後、リュカは急いでロンディニウムを目指して力の限り羽ばたいた。
R-シロツメグサを連れて行こうという判断で引き返したのだが、途中の森で目指す人を見つけたのは幸運だったのか、
何かに引き寄せられたのか。
蒼白になって探していたR-シロツメグサはルイズの消息を知っているという風竜に、慌てて飛び乗って現場に全速力で
駆けつけ、そして今に至る。
ルイズを見つけたシロ姉は、リュカにさんしょうおを乗せて、あたりを空から警戒するように言っていた。
「リュカ、ありがとね」
自分が助かったのはリュカが粘り強く、馬車を追いかけていたからであって、もし途中で諦めたりしていたら
シルフィードも気づくことが出来ず、何がおきていたか判らなかった。キュルケやタバサに、そう聞かされた
自分が相当危ない状況にいたことを実感したルイズは、リュカに感謝した。ごろごろと気持ちよさそうに鳴いている風竜を、
ひとしきり撫でた後、ルイズは自分の顔ほどもあるリュカの目を見て言った。
「悪いけど、ロンディニウムまで飛べる?」
「ぐるるる」
その問いに、もちろんだ。というように昂然と頭を上げ、早く乗れとばかりに翼を広げる自分の風竜を、ルイズは
頼もしく見上げた。
「キュルケ達は、危ないからどこかで隠れててっ」
シロ姉に目配せをした後、リュカの背に乗ろうとしたルイズは、キュルケ達に感謝のまなざしを向ける。
これからの危険な状況に友人を巻き込むわけには行かない。ルイズは自分達だけで行こうと思っていた。
しかし、そんなルイズの張り詰めた顔に、むすっとしたキュルケは、つかつかと近寄ってきてルイズの額を中指で弾く。
ビシッと言う音とともに、ルイズの額が赤くなる。
「いたっ! なにすんのよっ」
「あんたねぇ、私達が何のために来たと思ってるのよ?」
「え?」
額を押さえて、なみだ目で抗議しかけたルイズの両肩をキュルケがしっかりと掴む。はっと顔を上げたルイズはキュルケが
苦笑するような、穏やかな顔で自分を見つめていることに気がついた。
今まで腐れ縁で意外と付き合いは長いが、その付き合いの中で一度も見たことの無い、慈愛に満ちているような表情に、
ルイズは困惑する。
おろおろするルイズを見て、ぷっと吹き出したモンモランシーとタバサがキュルケの言葉を引き継いだ。
「そうそう、あぶなっかしくて見てられないわ」
「素人」
「あ、あ、あ、あんた達っ」
モンモランシーとタバサに突っ込まれて、でも友人達が心配してくれていることが判ったルイズは、心が何か温かく
照らされたような気がした。わたしは一人じゃない。シロ姉がいて、心配してくれる友人がいる。
魔法が使えない自分は一人っきりだ。友人は誰もいない。と思い込んでいた幼かったルイズの欠片は、もうなかった。
感謝と照れをごまかすように喚くルイズの背中を、肩をぽんと叩いたタバサとモンモランシーは口笛で舞い戻ってきた
シルフィードの背に乗った。
「さてと、さっさと行くわよ。まあとりあえず、あんたのそのネグリジェ姿はどうにかしないとね。
まったいらとは言っても目の毒よ、おほほほっ」
「キュルケ……」
最後にキュルケが、焚き火を魔法で鎮火させてシルフィードに乗った。いつものようにルイズをからかって、
嫌みったらしく手の甲で口を押さえながら笑う行為も、今のルイズには冗談でしていることだと見抜くことが出来た。
いままで、自分が殻に篭ってる事で、どれだけの人の好意や配慮を見失っていたのか。
ようやくルイズの眼は、その配慮を見ることができるようになった。
一足先に舞い上がったキュルケ達にに、ルイズは小さく呟いた。ありがとう。と。

ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪
ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろん、ぽろんぽろんぽろんぽん♪

Star light, star bright,
きらきら光るお星様
First star I see tonight,
今宵の一番星さん
Wish I may, wish I might,
どうか叶えてください
Have the wish I wish tonight.
今宵の私の願いごと