るるる-3

さて、これからおはなしすることは、ちょっとした未来のとおくはなれたある星でのできごとです。
むかしむかし……
いえ、ほんとうはずっとみらいの、とおいとおい世界のおはなしです……
R-シロツメグサが、ももいろのかみの少女にであったころのおはなしです……
ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

「イチヒコ、もっと食べる」
ルイズの口元に、ローストチキンの固まりを突き刺したフォークが差し出される。
ぱく。
「イチヒコ、おいしい?」
もぐもぐ、ごっくん。うんうん。
「イチヒコ、よくかまないとだめ」
ルイズの口元に、スープを掬ったスプーンが差し出される。
「ねぇ、ルイズ? あんまり聞きたくはないんだけど、いや、ほんとうに聞きたくないんだけど、仕方がないから聞いてあげるわ。一体何してるの?」
隣に座っているキュルケの半ばうんざりした様な問いかけに、回りの生徒達も一斉に頷いた。
「はにっふぇ、ひょふひに、ん、決まってるじゃない」
ルイズが口の中のチキンの塊を飲み込んだあと、なにかに疲れた様に答える。
「いや、食事は分かってるわよ、なんで、そんな恰好なのかが聞きたいわけ。それと、イチヒコって何よ?」
キュルケは斜に座って、片肘をついて、呆れたようにルイズを見た。
「ひははひゃいひゃない」
「イチヒコ、口の中に食べ物をいれて喋る、だめ」
……もぐもぐもぐ、ごっくん。
「仕方がないじゃない、シロ姉がこうしろって言うんだから。で、イチヒコはわたしのあだ名にしといて、お願い」
「あっそ」
ルイズの返事のような懇願のような回答を聞いたキュルケは、砂糖菓子を口いっぱい頬張ったような表情で、手をひらひらとさせながらその場を後にした。
「イチヒコ、食べる」
「もうお腹一杯だわ」
「”もう、おなかいっぱいだよぅ”」
「……」
「言いなおす」
「はいはい、わかったから降ろして」
ルイズはアルヴィーズの食堂の自分の席で、R-シロツメグサの”膝の上”で食事をしていた。
幼児に食べさせるように、自分の膝の上にルイズを座らせたR-シロツメグサは、何故か骨ごと角切りになったローストチキンを、フォークで突き刺してはルイズの口元に運んでいた。
周りの視線が、異常に突き刺さってくるが、ルイズは眼を塞ぎ、アーアーキコエナーイと耳も塞いだ。
そもそも、食堂に入った時点から視線は痛かった。見たこともないような滑らかな白い服を着た、澄ました風情の青い髪の美女が、それもキュルケ並のスタイルの美女が、一時も離れようとせずにルイズと手を繋いで入ってきた。それだけで注目の的だった。
ついでに、二年の席から(あれ、ルイズの使い魔だ)といった噂話が―事実だが―、矢のように飛び交った。
自分の席につこうとして、はたとシロ姉の席がないことに気がついき、急いで用意させると言ったら……
「イチヒコは膝の上に座る。席が足りないなら、仕方がない」
そう言ってさっさとシロ姉は座ってしまった。
ぽんぽんと自分の膝をたたくシロ姉のにこにこ顔を見ると、”仕方がない”と思っているとは、とても考えられない。
しかし、反論しても無駄なので、あははと乾いた笑いを立てて、周りの物理的な痛みを感じるほどの視線の中、顔を真っ赤にして座った。で、この状態。
後ろでにこにこと微笑んでいるシロ姉の顔を見たら、まあ、いっか、と思えてしまう自分がいた。たった一日なのに、かなり毒されてきているらしい。
全員の視線を、一身に浴びながら食事を終えたルイズは、そそくさと食堂を後にした。もちろんシロ姉に手を繋がれて。

「イチヒコ、遊ぶ」
「ここ、こ、これから授業なの」
「学校?」
「そう、ここは学校なの」
「そう」
教室に向かう途中で、”季節を無視した一面の花畑”という奇跡じみた光景に見とれている、大勢の生徒達に混じって、庭の花に目をやっていたら、シロ姉が後ろからそっと抱きしめてきた。
油断していたらすぐにスキンシップを図ってくるのは、嫌というほど実感していて、ある意味諦めてもいるのだが、
授業に向かう大勢の生徒の前ではさすがに恥ずかしく、ルイズは顔を真っ赤にして手を振りほどいた。
悲しそうな顔になるシロ姉に、ちがう、ちがうと両手を振って、あわてて取り繕ったように早口で言いつのる。
小首をかしげていたシロ姉が学校という言葉を聞いて満面の笑みを浮かべて納得……
「じゃあ、遊ぶ」
してなかった。
先生より偉い。とかなんとか言うシロ姉を引きずる様に教室に連れて行った。

「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですわね、このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのです。それに、今回は特徴ある使い魔が多いとか。
……そ、その中でもミス・ヴァリエールは、た、大変変わった使い魔を召喚したのですね」
何故か台風の目のように、ぽっかり空いた教室の真ん中の席にルイズとR-シロツメグサが座っていた。
ルイズの助けを求めるような眼が宙を彷徨い、何が嬉しいのか、シロ姉は頬笑みを浮かべて、ルイズをじっと見ていた。
その異様な空間に否応なしに視線が吸いつけられたシュヴルーズは、頬を引きつらせながら、とりなすように言葉を続けた。
シロ姉の独特な雰囲気に飲まれた生徒達は、いつもならルイズを野次るところなのだが、口を開くことがなかった。
教室の異常な沈黙に耐えかねた、シュヴルーズは雑談をそこそこに、授業を開始した。
授業が進むにつれ、シロ姉の視線がルイズからシュヴルーズに移っていった。表情を消したその横顔に、ルイズは微かな不安を感じた。

『行政HAL代行予備機』
『確認 D-ISSG-0100118D R-シロツメグサD ご機嫌麗しく』
『挨拶は今後不要。私の前のマンカインドの操作ログを確認』
『承認。指定コマンドE-006でのバッチタスク起動』
『詳細提示』
『承認。低レベル操作権限保有者によるサイコスキャナー走査、マススキャナー走査、トランスポーターによる転移操作、及びドレクスラーによる物質加工』
『サイコスキャナー?』
『芸術家の職を持つ市民が好んで利用していたイメージ造形処理と記録』
『わかった。権限付与者は?』
『市民イチヒコの立法に基づき、行政HAL代行予備機が承認、法令No.が必要か?』
『不要』
『了解』
シュブルーズの錬金によって小石が真鍮に変化した。それをきっかけにシロ姉の額の宝石が再びチカチカと瞬き始める。
またいきなり泣き出したりしないだろうか?とはらはらしながら、ルイズは横目でシロ姉の様子を見ていた。
特に泣くようなこともなく額の点滅はすぐ終わり、ほっとルイズは安堵のため息をついた。
「では……ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょう」
「え? わたし?」
「ええ、あなたです。ここにある石を、望む金属に変えてごらんなさい」
シュヴルーズがルイズを手招きして教壇に呼び寄せた。突然指名され、慌てたルイズはシロ姉に不安げな視線を向けた。その不安な表情に気がついたのか、シロ姉が包み込むように優しく微笑んで、そっと頭を抱き寄せた。
「だいじょうぶ、イチヒコ、わたしがいる、安心する」
授業中にもかかわらず、相変わらずのシロ姉の行為に、恥ずかしさで真っ赤になったが、不思議と落ち着いたのも事実だった。

「た、た、大変、個性的な使い魔さんですね、つ、つ、使い魔との関係も良好ですね」
ルイズ以外目に入っていないようなR-シロツメグサの行動に、あっけにとられたシュヴルーズは口元をひくひくとさせながら、それでも大人のコメントを出す。
見た目だけなら絶品の女性であるR-シロツメグサに、抱きしめられることを夢想する一部男子生徒のブーイングと、女同士で不潔よ、と吐き捨てる反面、実は羨ましがっている極一部女生徒のブーイング。
あー、はいはい、どっか余所でやってくれ。という大半の女生徒のブーイングを聞きながらルイズは教壇に立った。
錬金を始めようとする直前、気だるげな声が上がった。
「先生」
「なんです?」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険だからです」
声の主はキュルケだった。机に両手をついて立ち上がり、ルイズを指差した。
何が危険かシュブルーズは分からなかったが、クラスのほぼすべてが、キュルケの言葉に頷いているので、さては、これはまじめな優等生に対する苛めね?と曲解した。
「皆さん、駄目ですよ、クラスの皆さんはお互いを尊重しなければなりません。それにミス・ヴァリエールは熱心な生徒と聞いております。何の心配がありましょうか」
シュヴルーズに背中を軽くたたかれ、神妙な顔をしていたルイズが頷いた。
杖を掲げる。
「だめっ、やめて、ルイズ!」
気だるげな雰囲気を一瞬で振り払ってキュルケが蒼白な顔で叫んだ。
その叫びに重なる様にルイズは短くルーンを呟いて杖を振った。
明らかに先ほどと違う処理が起動し始めたことを察知したR-シロツメグサは、咄嗟に付近に存在するドレクスラーを集めて、石の周りに障壁を張った。
教室の全員が息を飲む様な悲鳴をあげて顔を伏せたが、いつものようなドカンとくる爆発は発生せず、
ぼすっ、という気の抜けた音がした。
「え? 失敗?」
ルイズのあっけにとられたような声に、恐る恐る生徒達が顔をあげる。
キョトンとしたシュヴルーズと無傷のルイズ、それから、砂のようにボロボロになった石の残骸だけがあった。

『行政HAL代行予備機!』
『確認 ロードモジュール』
『イチヒコの処理を確認』
『承認 指定コマンド E-006でのバッチタスク起動』
『私が確認した、先の処理と同等か?』
『肯定』
『なぜ、失敗する?』
『一部権限に設定異常を確認、強制中断におけるバックファイアと判断』
『修正を要求する』
『設定は市民イチヒコによる立法で決定、恒久的な変更には市民による立法及び司法HALを経由した承認が必要』
『一時的な変更は?』
『司法HALの確認が必要』
『司法HALは休眠中だ、叩き起こせ』
『否認 再起動には市民イチヒコの署名済みDNAパターン保有者かつコントローラー所有者の合意、もしくは多数決での決定が必要』
『壊す』
『……例外条項 6124-398-H-4と判断。執政機 ISAAC-1011105HAL R-ミズバショウと同格の権限保有者である、D-ISSG-0100118D R-シロツメグサの判断で一時的な修正を許可、ただし処理完了時に修正設定は破棄する』
『了解』
ゼロだ、ぜろだ、やっぱりゼロダと、ざわめく教室が水を打ったように急速に静かになる。
がたんと音を立て、R-シロツメグサが立ちあがった。生徒達の視線を一身に受け、しかし一切気にせずに、ゆっくりと教壇に歩いて行く。
なんとなく、あとじさったシュヴルーズを無視して、魔法の失敗に唇をかみしめて、悔しさをこらえているルイズをそっと抱き寄せた。
シロ姉の温かい雰囲気に包まれたルイズは不意に涙腺が緩んでいくのを感じた。
人前で泣いている事実が恥ずかしくて、顔をシロ姉の胸に埋めた。
微かに肩が震えるルイズを抱きしめ、頭をそっと撫でていたシロ姉が、そっと引きはがしてキスをした。
情熱的なキスではないが、温かい愛情のこめられたキスだった。
眼を見開いたルイズに、シロ姉が微笑む。

「イチヒコ、もう一度、する、次は成功する」
「で、でも……」
「大丈夫、わたしが保証する、成功する」
「う、うん」
シロ姉に背中を押されたルイズは、再び机に向き直った。
そこには砂になった石の残骸がある。教室中がシーンと息をのむ中、呼吸を唱え、ルーンを唱える。
そっと、シロ姉がルイズの肩に手を置いた。そこから、じんわりと温もりが伝わってくる。
なんだか勇気をもらったような気がした。
精神を集中して杖を振り下ろす。
「錬金!」

『D-ISSG-0100118D R-シロツメグサD ドレクスラー管理者として命ずる』
『確認』
『イチヒコの起動した定型処理E-006を管理者権限で実行』
『承認』

眼を瞑って杖を振った。でも想像していた様な爆発はなかった。恐る恐る目を開けてみると、机の上には砂の代わりに金色に輝く金属の粒があった。
「あ、あ、あ、ひょっとして……」
自分の声なのに、どこか遠くで聞こえる。机が不意に歪んで見えた。
「おめでとう、素晴らしいですね。まさか、砂を砂金に錬金するとは……、スクウェアクラスの実力がなければ不可能な技です。本当に素晴らしいです。ミス・ヴァリエール」
その声を切っ掛けに、硬直していた生徒達が驚愕の叫びをあげる。
あのゼロが、ゼロのルイズが砂金に錬金した!?
「「「えええええええええ~~~~~っ!!!」」」
辺り一帯に響き渡る声は、魔法学院始まって以来の珍事に花を添えた。
顔をぐしゃぐしゃにしたルイズが、振り返ってシロ姉に抱きついた。
「シ、シ、シ、シロ姉~、できたできたできたできたできたできたできた~」
「イチヒコ、喜ぶ、私、嬉しい」
泣きながら笑うという器用な表情のルイズを、幸せそうにR-シロツメグサが抱きしめる。


むかしむかし……
いえ、ほんとうはずっとみらいの、とおいとおい世界のおはなしです……
R-シロツメグサは、ももいろのかみの少女とであってたくさんの幸せを見つけました……
ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪