るるる-5

いつもと同じくむかしむかしの――でも、ほんとうは未来のお話です。
こんかいは子供たちの通う≪学校≫の話をするとしましょう――

ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

「姫様、楽しみですね」
「ええ、本当に」
「なんでも、今年の生徒達は粒ぞろいとか」
トリステイン魔法学院の年度初めの恒例行事である使い魔の品評会。今年はトリステイン王女であるアンリエッタの強い
要望もあって、王女も同席することになっていた。
急きょ用意された貴賓席に座ったアンリエッタは、傍仕えの侍女長と会話を交わしていた。
同席している学院長のオスマンに対して、労いの言葉をかけた王女は、ゆっくりと舞台に視線を向けた。

「ただいまより、本年度の使い魔お披露目を執り行います」
春の太陽が穏やかな日差しを降り注ぐ中、頭を輝かせたコルベールによって品評会の開会が宣言され、二年に進級した
生徒達が、各自の使い魔の紹介と挨拶代わりの芸を披露していく。
今年の有望株として名高いキュルケのフレイムが見事な炎を噴き上げて観客の喝采を浴び、タバサのシルフィードが
優雅に空を舞って、観客の感嘆を独占した。
「雪風のタバサでした」
披露の順番は、メイジのランクと使い魔の希少価値で決められているが、推定スクウェアで人を召喚したルイズは結果的に
最後のおおとりを担っていた。
「シロ姉」
「なに?イチヒコ」
若干緊張したルイズの表情とは裏腹に、R-シロツメグサはいつもと変わらなかった。情熱を込めた静かな視線で、ただ、
ルイズを見つめる。
「この間みたいに、雪を降らして」
「それだけでいい?」
「うん、それだけでいい」
「――わかった。それでイチヒコが喜ぶんだったら」
舞台袖で、ルイズはシロ姉を見つめて、最後の確認をしていた。
この品評会にはアンリエッタ王女も来ている。そこで無様な真似はできなかった。ただ、今までとは違って、魔法が
限定的ながらも使えるようになったルイズには、貴賓席の様子を窺うくらいの余裕ができていた。

「続きまして、ミス・ルイズ・ド・ラ・ヴェリエール」
司会のコルベールの紹介の言葉と共に、生徒達の間にざわめきが広がっていく。その様子を見たアンリエッタは
不思議そうに首をかしげた。そのざわめきに含まれているのは、どことなく揶揄した様な雰囲気。
王室の彼女の耳に届いたのは、ルイズが授業でスクウェアクラスの魔法を行使したということ。そんなルイズが召喚した
使い魔ということであれば、今まで披露されてきた使い魔と比べても遜色はないはず。
(なぜこんな雰囲気なのかしら? ひょっとして、とんでもない使い魔なのかしら?)
アンリエッタの疑問は舞台に上がってきた懐かしい面影と、その横に並ぶ青と白の人を見て解消された。
「ミスタ・オスマン、ひょっとして?」
「ええ、そうなのですじゃ、ミス・ヴァリエールの使い魔は人なのですじゃ」
「まあ」
心底困ったような老オスマンの言葉を聞いたアンリエッタは、ある意味、破天荒な己の幼馴染らしい。と軽く微笑んだ。

舞台にR-シロツメグサと共に上がったルイズは、ざわめきの中、自分達に突き刺さる視線に物理的な圧力を覚え、
思わず一歩下がってしまった。
ふっと手が柔らかく温かいものに包まれた感触を覚えると同時に、緊張でがちがちになった心がゆっくりと解けていく。
横目で見ると、いつものようにシロ姉が微笑んでいた。
時間にして、ほんの数秒の出来事だったが自分を取り戻したルイズは、しっかりと前を向き、凛と通る声で口上を張り上げた。
「紹介いたします。わたくしの使い魔、えーっと、でぃーあいえす……」
「D-ISSG-0100118D R-シロツメグサ」
「しゅ、種類は、”どれくすらーかんりしゃ”です」
ルイズが余りにも長い名前に舌を噛み、紹介されるべき使い魔が、静かに澄んだ声で自分の名前を伝えた。
その宣言が終わると同時に、ざわめきがぴたっと止まった。ほぼ全員の頭上に疑問符がともり、直後に先ほどに倍増する
ざわめきがその場を彩った。
(平民じゃないのか?)(どれくすらーかんりしゃってなんだ? 亜人?)(まさか)
アルヴィーズの食堂で、何度となくルイズとR-シロツメグサの姿を見ている生徒達も、使い魔の紹介を受けるのは、実は
初めてだった。
「ねえ。キュルケ、知ってたの?」
「一応ね」
「で、どれくすらーかんりしゃっていう種類なの? ひょっとして亜人?」
「みてれば分かるわ。で、今年の優勝者はあれよ」
「まさか」
モンモランシーは斜め前に座っているキュルケに、こそっと囁いた。平民かとばっかり思っていたが、良く分からない
名前の種族らしい。
憮然としたキュルケの顔をみたモンモランシーは、訝しげに首を捻った。確かに亜人の使い魔というのは聞いた事がない。
しかし、だからといってキュルケのフレイムやタバサのシルフィードを超えるとは思えない。
(キュルケの表情から見て、なにか理由があるのかしら?)
モンモランシーは訝しげな表情のまま、舞台に眼を戻した。

アンリエッタは、ルイズの紹介の後、大きくなったざわめきの中、一歩前に出たルイズの使い魔を見つめた。その使い魔は
見たこともないような青と白の露出の高めの衣装を身につけ、白いマントらしきものをつけていた。
非常に美しい顔立ちに加え、額の赤い宝石らしきものが強い印象を与えている。
「オールド・オスマン……」
アンリエッタが思わず問いかけた言葉は、続けることができなかった。
ルイズの使い魔が両手を広げ目をつぶったかと思うと、急激に気温が下がっていき、天空から白いものが無数に降ってくる。
その現象に教師や生徒達の悲鳴じみた驚きの声が空気を震わせる。
「な、ま、まさか、天候操作? 呪文も唱えずに? ばかなっ」
「先住魔法かっ!?」
「そんなことができるのかっ!?」
晴れた空から真冬の吹雪のように舞い散る雪が、ルイズの使い魔の仕業と直観的に認識したメイジ達は、その技がどれほど
異質なものなのか、どれほど強力なものなのか、把握した途端に背筋が寒くなっていった。
聖地がある砂漠で平然と暮らしているエルフ並の魔法、それも先住魔法と思われる技を披露したルイズの使い魔。それこそ
エルフではないのか?
恐怖に駆られたメイジは我先にと逃げ出そうとしたが、ルイズの「以上ですっ」という言葉で我に返った。
おそるおそる舞台の方に目をやると、ルイズは使い魔と手をつないで舞台袖から下りていく所だった。
雪は既に止んでおり、春らしい温かさに戻っていた。
「い、い、以上で本年度のお披露目は終了します。表彰まで一時休憩としますので、空に合図の火球があがったら、自分の
席に戻ってください」
我に返ったコルベールが、舞台に上がり汗を拭きながら休憩を宣言した。
最後の使い魔に度肝を抜かれた生徒達が亡霊のような足取りで休憩にはいった。食堂に向かった人間が多い所を見ると、
気つけ薬の代わりに紅茶でも飲むのだろう。ここから離れたいだけかも知れないが。
自分の席に戻ったルイズは、ふと気がつけば周りにいるのがキュルケ、タバサ、モンモランシーだけになっていることに
気がついた。
「あれ?」
「他の人たちは休憩中よ」
憮然とした顔のキュルケがルイズの疑問を先回りして答え、幾分青い顔のモンモランシーが溜息をついた。
タバサは相変わらず無表情なまま本に目を落としていたが、ルイズが戻ってくると同時にパタンを本を閉じた。
「で、キュルケ、あんたはこれ見たことあるの?」
「一昨日の晩にね」
「なるほどねぇ、でルイズ、あなたの使い魔ってエルフなの? 見たところ耳はとんがってないようだけど」
「だから、”どれくすらーかんりしゃ”だって」
「いったい、なんなのよ? それ」
「分からないわよ、説明聞いてもちんぷんかんぷんなんだもん」
「なにそれ」
「じゃあ、あれは先住魔法じゃないの?」
「うーん、それも分からないわ」
「あっきれたぁ、自分の使い魔でしょう?」
「う゛……」
モンモランシーは、要領を得ないルイズの回答に苛立って、キュルケとタバサに目をやったが、知識だけは異常に豊富な
タバサもお手上げとばかりに、首を振るにいたっては、誰も分からないと納得せざるを得なかった。
すとんと腰をおろしたモンモランシーは、力が抜けたとばかりに前の席の背に顎を載せた。
「で、その使い魔はどこいったのよ」
「使い魔使い魔言わないで、シロ姉って言わないと機嫌悪くなるんだから」
「はいはい、じゃあ、そのシロ姉はどこいったのよ?」
「飲み物持ってきてくれるって」
なんとなく気が抜けた雰囲気のキュルケに、重圧から解放され、これまた気の抜けたルイズがだらしなく椅子に寄り掛かって答えた。
タイミングを失って、移動し損ねた四人が、しばらくして、ここに居ても仕方がないと顔を見合せて重い腰を上げようと
した時、学園の裏手から大きな激突音が響いてきた。
「何?今の音」
「裏の方から聞こえたわ」
「……」
顔を見合わせた4人は、がばっと立ち上がって音の方へ走り出した。

「な、なによ、あれ」
「ご、ゴーレム? 大きい」
「宝物庫」
「とめなきゃ」
塔の裏に当たる場所に、走り込んだ四人が見たものは塔の中央部の宝物庫の場所に大穴を空けた巨大なゴーレムの姿だった。
サイレンスで音を消していたのだろうが、それでも四人のいるところまで響いたことを考えると、相当の衝撃で壁を壊した
のだろう。
タバサが口笛を吹いてシルフィードを呼ぶ。
「わ、私は先生呼んでくる」
荒事に向いていないモンモランシーが広場に戻っていく。
そしてルイズとキュルケが魔法を唱えようと杖を掲げた時、塔の外壁に開けられた穴からフードをかぶった小柄な影が
細長い物を抱えてゴーレムの腕を走った。
「キュルケ、あれ」
その姿を目ざとく見つけたルイズが指差した方向にキュルケが杖を振るった。
「うるさい! 小娘」
炎の球が人影に飛んで行ったが、ゴーレムの手のひらがその火球を握り潰した。
「あ、ばかっ」
ルイズは挟み撃ちにしようと、キュルケが火球を打ちだしたと同時に、ゴーレムの逆側に走り抜けようとした。
が、キュルケの叫びに一瞬振り向いた隙に、ゴーレムに捕まえられてしまった。
「きゃぁぁぁっ」
ルイズに注意した声で、逆にルイズが危険な状態に追いこんでしまったキュルケは唇を噛む。
「ルイズを離しなさい!」
「ちょうどいいわ、この子は人質よ、私の邪魔をしたら、この子の命はないわ」
巨大なゴーレムの肩口に立っているフード姿のメイジが勝ち誇ったように笑う。
到着したシルフィードに跨って空に舞い上がったタバサも、ゴーレムの巨大な手に捕まったルイズを突き付けられると、
ただ、辺りを周回するだけしかできなかった。

舞台から降りたあと、ルイズが喉が乾いたと言うので、飲み物を食堂まで取りに来ていたR-シロツメグサだったが、
その高感度な耳がルイズの悲鳴を拾った瞬間、手に持ったトレイを放り出し、脱兎の如く駆けだした。
もともとR-シロツメグサの周囲10メイルには誰も近寄ろうとしていなかったが、走り出したR-シロツメグサを見て
進路上の生徒達は悲鳴をあげて道を開けた。
形こそ人型だが、その身はD型チャペック。
通常の人間には出せない速度で、青と白のつむじ風になったR-シロツメグサは周りの人間に残像を残しながら食堂を、
廊下を瞬く間に駆け抜けた。
現場にたどり着いたR-シロツメグサが見たものは、巨大な土の像につかまれたルイズの姿と、牽制するように像の周りを
旋回するシルフィードの姿だった。
「シロ姉っ!」
ぶんぶんと振り回されつつもR-シロツメグサの姿を見つけたルイズが掴まれてる手から逃れるようにもがく。
その光景をみたR-シロツメグサは一瞬で表情を消し、氷のように呟いた。
「……放せ」
「はん、これは人質だよ、放せないねぇ」
「……返せ」
「うるさいねぇ、あんたも邪魔するのかい? 邪魔すると、この子がどうなっても知らないよ」
ゴーレムの上から、バカにしたように見下ろしていたフード姿のメイジが苛立ったようにゴーレムを操る。
ルイズを捕まえた腕がぶんぶん振りまわされ、激しく揺す振られたルイズが力なく悲鳴を上げる。
「きゃぁ」
「イチヒコッ!」
「わかったら、さっさと下がりな」
「きちゃだめ、シロ姉、きゃああ」
ルイズの悲鳴に一瞬痛切な顔を向けたR-シロツメグサだが、フード姿のメイジに向かっては酷薄な視線を向ける。
「……壊す。お前は、壊す」
「な、なんだ…い?」
その視線に不気味なものを感じたフード姿のメイジはゴーレムを操って踏み潰そうとした。

ルイズには圧倒的な質量攻撃の前に、蟻のように踏み潰されるイメージしか湧かなかった。
シロ姉が潰される、シロ姉が死ぬ。たまに襲ってくるが優しいシロ姉がいなくなってしまう。
その恐怖が目前に迫り、半狂乱になってルイズは絶叫した。
「シロ姉!シロ姉!シロ姉!逃げてっ!」
「ぶんかいする」
ルイズの悲鳴を聞き流しながら、手を掲げたR-シロツメグサの手から光の雲が放たれる。
その雲が真上に迫った巨大なゴーレムの足に接触した瞬間、熱湯に解けていく雪だるまのようにゴーレムが融解していく。

「な、な、な……」
ゴーレムを維持しようと魔力を込めて修復しようとしても、修復を超える速度で、それも速度を増しながら崩壊していく。
足が崩れる、体が崩れる。ルイズを捕まえていた手が崩れ、旋回していたシルフィードが落ちかけたルイズを掬いあげた。
わずか数秒で30メイルの巨体を誇ったゴーレムは跡形もなく消えた。絶対の自信を誇っていた自分の魔法を完全に
無効化され、崩れていくゴーレムから大地に放り出されたフード姿のメイジは、放心したように地面を見つめていた。
白い足が視界に入ったメイジは、茫然としたまま顔をあげた。そこにはモノを見るような視線の青と白の少女が
手を向けて見下ろしていた。

「あ……」
「おまえ、壊す」
ショックで白痴のように、呻くだけのメイジにR-シロツメグサは無表情に宣言した。
再び光る雲が形成されるその時に、大地に降り立ったシルフィードの背からルイズが転がり落ちるように飛び降りた。
「やめて、シロ姉」
「……なんで止める? イチヒコ」
「捕まえるから」
「……」
「お願い、シロ姉」
「……わかった、イチヒコがそれでいいのなら」
ルイズの真剣な表情を見て、納得したのか、R-シロツメグサはしばらく逡巡した後、手を下した。
そして、震える手でルイズを抱きしめた後、ほっとしたように呟く。
「きゃっ」
「よかった、イチヒコ。無事。よかった」
ルイズも、その体をおずおずと抱きしめ返した。
シロ姉が生きている。そして、こんなにわたしを心配してくれている。それが嬉しかった。

ひっしと抱き合う、そんな二人をキュルケとタバサは、げんなりした表情で見つめていた。


ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

いつもと同じくむかしむかしの――でも、ほんとうは未来のお話です。