るるる-6

これから話すことは、本当は遠い遠い未来のお話です。
でも、やっぱり、お話はむかしむかしから始まるので、このお話も昔々のお話なのです。

ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

「イチヒコ、あれは何?」
「ああ、あれは畑よ」
「畑?」
「そう、あそこで野菜を育てるの」
ガタゴト揺れる馬車の中で、窓際に座ったR-シロツメグサがルイズの服を引っ張って、窓の外を指差した。
穏やかな日差しの下で、見渡す限りの田園風景が広がり、そこかしこに畑仕事に精を出す農民たちの姿が見える。
新緑に覆われた土の上で、汗をかきながらもにこやかに作業をしているのどかな光景だった。
「イチヒコ、あれは何?」
「ああ、あれは牧場よ」
「牧場?」
「そう、あそこで牛とか飼ってるの」
R-シロツメグサが次に指差した先には、こじんまりとした柵が設けられ、茶や黒色の動物がのんびりとしていた。
ルイズの説明を聞いたシロ姉は、分かったような分からないような表情だったが、それなりにルイズと密着できているので
乏しい表情ながらも幸せそうな雰囲気を醸し出していた。
ルイズもシロ姉の他愛もない質問に、根気よく答えていた。前に座っている人の顔を見なくていいように。


使い魔の品評会の途中で、宝物庫破りの事件があった。
たまたま居合わせたルイズ達の力で盗賊は捕えられ、盗もうとしたものはケースに入ったまま、無事に戻された。
なんでも、始祖ブリミルの使い魔が使っていたという、神聖な剣だという驚愕の話をルイズ達は後にオスマンから聞かされた。
学院長のありがたいお話の間に、ルイズはシロ姉にどうやってゴーレムを破壊したのか聞いてみたが、「ドレクスラーで、
分解した」とルイズを抱きしめながら微笑むシロ姉の言葉が、やっぱり理解できずに曖昧に「あ、そうなの」と作り笑いを
することしかできなかった。
たまたま居合わせたアンリエッタ王女への報告ではルイズ達4人が協力して捕まえたことになった。
あれだけのゴーレムをほんの数秒で、跡形もなく消滅させることなどスクウェアでも不可能であり、その未知の力が
あまり公にされすぎると、まずいことになりかねないと、オスマンがその場の全員に緘口令を敷いたためだ。

――シロ姉の力は、スクウェアを超える。

その事に気がついたルイズは、いつも隣で静かに微笑んで見守ってくれているシロ姉の顔を改めて見つめた。シロ姉が
びっくりしたような表情の後に、頬を染めて視線を外したのは見なかったことにしたが。
結局、犯人を捕まえたルイズ達4人は臨時の特別賞をもらい、更に優勝はルイズとR-シロツメグサに決定した。
檀上でアンリエッタ王女と短いながら旧交を温めつつ、ルイズは恭しくも誇らしげに優勝者の冠を頭上に輝かせた。

その二日後の朝だった。

いつものように、シロ姉のなにか残念そうな視線を意識しながらも寝坊してお仕置きされる前に自力で起きて、自室で
身繕いを整えた時に、音を立ててドアが開き、つかつかとメガネをかけブロンドの髪をなびかせた、ルイズ似の女性が
入ってきた。
暴風のように学院に舞い降りたルイズの姉は、教師達に有無を言わせず、「え、エレオノール姉さま」とうわ言の様に
繰り返すルイズの耳を引っ張って、乗ってきた馬車に半ば拉致のようにルイズを放り込んでラ・ヴァリエールへの旅路に
ついた。
もともと苦手だった長姉が、更にいらいらと不機嫌そうな様子だったので、まともに会話することもできず、使い魔だから
一緒に連れて行くということで同行している、シロ姉とばかり会話をするルイズの姿がそこにあった。
シロ姉は、出かけること自体は特に文句も無いようだったが、エレオノールがルイズの耳を引っ張ったりするたびに剣呑な
雰囲気をまとっていた。

しばらく、ルイズにとっては胃の痛くなる行程が続き、もう少し行けばラ・ヴァリエール領が見えてくる日も傾いた頃に、
イライラの頂点に達したのか、エレオノールが爆発した。
「ちびルイズッ!」
「はいぃーっ!」
行程中、極力シロ姉とばかり話をして、長姉とは目を合わさないようにしていたルイズは、飛びあがらんばかりに驚き
思わず隣のシロ姉にしがみついた。
それを見たエレオノールが更に柳眉を逆立てる。
何か言おうと口を開いたエレオノールにR-シロツメグサが、感情のこもっていない視線を向けた。
「おまえ、うるさい」
「ななななんですってぇ、ちびルイズの使い魔ごときがこのわたくしに!」
「さっきから、目ざわり、どっか行く」
しがみついたルイズの手をそっと押さえながら、R-シロツメグサはエレオノールに対して無表情に言い放っていた。
その言葉にさらに激昂したエレオノールは握りしめた拳をふるふると震えさせながら、R-シロツメグサの後ろに隠れた
形のルイズを睨みつける。
ルイズを背にかばったシロ姉と、長姉の二人の視線が火花を散らす光景を見ながら、本気で二人が激突した時の想像が
頭に浮かんだルイズは慌てて間に入って、両方をとりなそうとした。
「シロ姉もエレオノール姉さまも、ちょっと落ち着いて」
「ルイズッ! これ、研究材料に貰ってもいいかしら?」
「イチヒコ、これ、壊す」
「だだだだだ、だめー
ほ、ほ、ほら、もう領地が見えてきたし」
まったく仲裁にもならなくて途方に暮れかけたルイズだが、知らぬ存ぜぬ私知リマセーンと、人形のように微動だにしない
御者の向こうに見えた光景を指差して、ひきつった作り笑いを浮かべた。
杖を抜きかけていたエレオノールだったが、さすがに毒気を抜かれたのか、不機嫌そうに腰をおろす。
「……ふん」
ルイズに、”お願い”された形のシロ姉はちゅー一回で手を打ってホクホク顔になっていた。
所領に入ってまで騒ぎ立てて騒動を起こしたくないのか、エレオノールは不機嫌ながらもしばらくは平静を保っていた。
ルイズは窓枠に肘をついて外を見ているエレオノールをみて、今しかないと、おずおずと切り出した。
「あ、あの、なんで、エレオノール姉さまは私を連れて帰ると言い出したのですか?」
「ヴァリエール家の祝賀パーティをするからよ。」
正直、ルイズには多忙なはずのエレオノールが学院までやってきて自分を連れ出す理由が分からなかった。タイミングを
見計らって何度か聞こうとしたが、怖くて結局今まで聞けなかった。
そんなルイズをちらっと見たエレオノールは、憮然とした表情のままで、そっけなく答える。言外に、この忙しい時期に、
面倒を増やして。というオーラをメラメラと燃やしていた。
ルイズは祝賀会という言葉と、エレオノールの態度から、一つの結論を導き出した。ひょっとしておめでたいことなんじゃないかしら?と。
「え? 祝賀会って、ひょっとしてエレオノール姉さまの……」
「結婚がどうとか言ったら、分かってるわね、ちびルイズ」
ルイズの言葉にかぶせる様に、エレオノールの氷のような横目がギラリと光った。その視線に晒されたルイズは、御婚約おめでとうございます。と言う言葉を必死に飲み込んで、こくこくと頷いた。
そんな小動物のような動作を見ていたエレオノールがふっと表情を和らげて、ルイズに向き直った。
また、怒られるのか? とびくっとしたルイズに、エレオノールは幾分穏やかな口調になった。
「あなたのパーティーよ」
「わたし?」
キョトンとしたルイズは自分に人差し指を向けた。
その行為に軽く頷くことで肯定を示したエレオノールが言葉を続ける。
「だから、あなたの魔法成功パーティーに決まってるでしょ。籠の中のおちびが知らないのも無理はないけど、あなた、学院でやったこと覚えてるわよね?」
「えっ?」
「”えっ”じゃないわ、スクウェアクラスの錬金して、使い魔品評会で優勝して、土くれのフーケを捕まえたですって?
王立魔法研究所でも、その噂でもちきりだったわよ。さすがラ・ヴァリエールの一族だって、鼻・が・高・かっ・た・わ・よ。」
エレオノールに指摘されても、自分が学園で何をしたか咄嗟に思いつかなかったルイズは、小首をかしげた。その姿を見た
エレオノールはこめかみにヒクヒクと青筋を浮かべながら、笑顔のままでルイズの両ほっぺに手を当てた。
一番上の姉が自分の頬を両手で触ることなど、小さい頃の記憶しかないルイズは寒気を覚えて逃げようとしたが、遅かった。
「だったらなんで、ひゅれるろふぇふふぁー(つねるのですかー)」
「やっぱり、お前壊す」
「だだだだだ、だめー、シロ姉落ち着いて」
「わたくしより目立つなんて許さないわ」
「そんなー」
両方の頬に虫歯が悪化した様な激痛が走り、その行為をみたR-シロツメグサが立ちあがってエレオノールの手を払いのけ、
冷たい視線を向ける。
あわててルイズがシロ姉を抑え、そんな光景を見ながら「いいわね、庇ってくれる人がいて」とエレオノールがぶすっと呟く。
御者は、絶対後ろを見ないぞ。と心にきめて、始祖ブリミルへのお祈りをぶつぶつと唱えながら機械的に馬を走らせた。
ようやく、シロ姉を落ち着かせたルイズは疲れ切ったように椅子にもたれた。真っ赤になったほっぺをシロ姉が両手で
やさしく押えてくれた。
その手はひんやり、というか山間の湧水の様に冷たくて気持ちよかった。
「っていうかシロ姉シロ姉って何よ、名前くらいあるでしょ?」
「でも、長くて覚えられないんだもん」
「長いって?」
「”でぃー・あいえすえすじー・ぜろいちぜろぜろいちいちはちでぃー・あーる・しろつめぐさでぃー”でシロ姉」
「覚・え・て・る・じゃ・な・い・のっ」
不機嫌なままエレオノールが呟いた言葉に、ルイズが口を尖らせて答えた。
長い名前で覚えられないと言う言葉に、そんなに長い名前? っていうことは、かなり古い貴族? でもあの青い髪はガリア
の系列よね? ガリアの貴族を使い魔? それって国際問題じゃないの? と、高速で思考を巡らせていたエレオノールだったが、
知識上のガリア王族、貴族の著名処にない名前にほっとする反面、しっかり覚えているルイズのほっぺにイライラをぶつけた。
「いふぁいいふぁいいふぁい」
「……壊す」
「ふぉらほらほら、旅籠が見えてきたから、休憩しましょう! 休憩!」
「ふん」
幾度となく繰り返された騒動を体を張って止めたルイズは、一生で一番のため息をついた。もう二度とエレオノール姉さま
とシロ姉が一緒の馬車なんか乗るもんか。と心で泣きながら。

旅籠について村民達に歓迎されながら軽食を取ったが、当然のようにルイズの横に座っているシロ姉を見ても、注意する
気力もなくなったのか、無視するように注がれたワインに口をつけていた。

屋敷への早馬を走らせるように指示し、しばらく休憩をとったころ、ごろごろと大きな荷物を積んだ荷馬車のような音が
表で止まったかと思うと、旅籠の扉がいきおいよく開き、ドレスを優雅に着こなしてつばの広い白い帽子をかぶったルイズを
大きくしたような桃色の女性が飛び込んできた。
その顔は、溢れんばかりの笑顔で彩られている。
「やっぱりエレオノール姉さまだったのね、ルイズも! あなたも一緒だったのね!嬉しいわ」
「カトレア」
「ちいねえさま!」
エレオノールはちょっと驚いたように目を見開き、ルイズは破顔して椅子を蹴倒しながらカトレア呼ばれた女性に抱きついた。
「あら、まあ、まあ、まあ、まあまあ」
「お久しぶりです!ちいねえさま!」
半分泣きそうな笑顔で抱きついたルイズを優しく抱きしめたカトレアは、憮然とした表情の青と白の同年代の女性が、すぐ前に
立っているのに気がついた。
その女性の視線がルイズに向かっているのに気がついたカトレアはそっとルイズの身を離した。
「ルイズ、こちらはどなた?」
「紹介しますね。シロ姉です」
ルイズは後ろを振り返ってR-シロツメグサが拗ねるような表情で立っているのを見て、シロ姉の腕をとってカトレアの
前に連れ出した。
「シロ姉? まあ、ルイズのお姉さんが増えたのね、わたしもシロ姉さまと呼んだ方がよいかしら?」
「カトレアッ」
「あら、エレオノール姉さま、だって、ルイズの”姉さま”でしたら、私たちにとっても姉か妹になりましてよ?」
「まあ、そうだけど、って違うじゃないの。あれはあくまでもルイズの使い魔よ」
「まあまあ、細かい話はお屋敷でゆっくりとしましょう」
”姉”と聞いたカトレアはきゃらきゃらと笑いながら微笑み、エレオノールは憮然としながらも、カトレアにはあまり強く
でれなかった。
周りの村民たちは、なんとなくこの三姉妹の序列が分かったような気がしたが、エレオノールにぎりっと睨まれて慌てて視線を
そらせていた。

ちょうどタイミングもよかったので、カトレアの大型馬車に乗り換えて屋敷に向かうことになった。
馬車の中はカトレアの趣味なのか中型含めて幾多の動物が乗り込んでおり、一種の動物園じみていたが、誰も動じずに動物を
どかして自分達の席を確保して座った。
当然シロ姉はルイズの横を確保し、カトレアとエレオノールは並んでルイズの前に向かい合わせになるように座った。
「ところで、シロ姉さまはどちらの方?」
「……どちらとは? マンカインド≪人間≫」
カトレアはR-シロツメグサの雰囲気からすっかり様付けで呼び、エレオノールの顔を顰めさせていた。シロ姉はシロ姉でエレオノールの時ほどは冷淡ではないが、それでも十分そっけない口調だった。
「シロ姉、マンカインドじゃなくてカトレア姉さまよ」
「……わかった、イチヒコ」
ルイズはそんなシロ姉が気になって、腕をとって下から見上げた。しばらく、ルイズの顔を見つめていたR-シロツメグサ
だったが、やがて納得したように頷いた。
そのやり取りを見ていたエレオノールが、馬車に乗せていたワインを片手にルイズを見つめる。
「さっきから思ってたけど、イチヒコって何? ちびルイズ」
「え、あ、わたしのあだ名みたいなー」
「へぇ、そうなの。どこの国の響きかしら、エレオノール姉さまは分かります?」
「うーん、聞いたことないわね。……ん?ちょっと待って? どこかでその単語を聞いた事があるような……」
「あら、そうなのですか?」
エレオノールは軽く指を顎にあてながら、考え込み始めた。自分の記憶を思い出そうとする姿に、こうなった姉はしばらく
帰ってこないと知っているカトレアは、ルイズに向き直ってルイズの両手を握り、ほほ笑んだ。
「あ、そうそう、すっかり遅れてしまったわ、ルイズ。おめでとう。魔法が使えるようになったんですって?」
「あ、そうなの、ちいねえさま。でもまだ、不安定で、使える時と使えない時があるみたいで……」
「へぇ、珍しいわね。そんな現象なんて聞いたことないわ」
「そうねぇ、何でかしら」
ルイズは照れながらも、小さいころからの夢がかなった充実感を表情に滲ませていた。カトレアは眩しいものを見るように
目を細めてわが事のように喜んだ。
エレオノールは、ルイズの言葉にふっと意識を戻して、研究者の顔になってじっと見つめた。魔力の有無で使える・使いないという現象は分かるが、理由もなく使える・使えないという話しを聞いた記憶はない。
それを指摘すると、カトレアも、指を唇にあてながら馬車の天井をしばらく見あげて、やっぱり聞いた事がないのか、小首をかしげた。
姉二人が、顔を見合せ可能性の論議を始めたが、結果的にやはり聞いた事がない珍しい現象ということで落ち着いた。
姉達がふとルイズの方を見ると、何故か真っ赤な顔になってシロ姉の膝枕で横になっていた。
「で、ルイズは何をしてるの?」
「え? う、あ、あぅ……」
「イチヒコ、寝る。私の膝を枕にして、寝る」
シロ姉は自分を放り出して姉たちと会話ばかりするルイズにしびれを切らして、かなり強引に膝枕を敢行し、横にしたルイズの
頭を撫でながら愛しい人を見るような眼で見つめていた。
その姿を見たエレオノールは鼻を鳴らしてそっぽを向き、カトレアは面白いものを見つけたようにコロコロと笑った。

「ルイズ、まるで恋人の逢瀬みたいね」
「そう、イチヒコと私は好きあっている、誰にも邪魔させない」

顔を上げ、勝ち誇ったように宣言するシロ姉の爆弾発言で、エレオノールの怒鳴り声とカトレアの笑い声、それからルイズの
言葉にならない叫び声がワゴンの中を駆け巡った。

ここにいると、本当にこころ≪レム≫が豊かになる。私の心を満たしていく。
もう二度と離さない。イチヒコ、愛している。

シロ姉は真っ赤になって起き上がろうとするルイズを抱きしめながら、『幸せ』を感じていた。


ぽんぽんぽん、ぽ、ぽぽぽぽぽん♪ ぽかぽかぽん♪ ぽ、ぽぽぽぽぽん♪

本当は遠い遠い未来の、だけど昔々のお話です。