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るるる-epilogue

ゆっくりと朝日が昇り、魔法学院の寮の部屋に光が差し込んでくる。
鳥たちが、恋の歌を歌い始め、そして風が優しく緑色の大地を駈けていく。
何度めの朝が来たのだろうか。
目を開けるのも億劫なルイズは自分の部屋のベッドで、毛布にくるまって朝日を遮っていた。
現実を見つめる目覚めの時が一番嫌になる。そして、入学当初は特に気にしていなかったけど、今となっては一人で寝るには大きすぎるベッドで夜を過ごすのも嫌だ。
いつものように毛布を被っていると、こんこんとノックの音がした。
ルイズは献身的に世話を焼いてくれる外の人物に感謝しつつも、放って置いてほしいような気もしていた。
再度ノックの音がするにつれ、さすがに起きないとと思い、もぞもぞと毛布から抜け出した。

ふと、自分の手にある毛布に目を落として涙が出そうになる。
「シロ姉……」
朝に弱いわたしが、いつも毛布を頭から被ってごろごろしていると、シロ姉が困った顔で体をゆすって起こしてくれた。
その困った、けど、嬉しそうな顔を見るのが好きで、わざと寝たふりをしてた記憶がよみがえる。
じっと見ていた毛布を抱きしめたあと、ゆっくりとベッドから降りた。
扉に向かって返事をして、ゆっくりとクローゼットに向かう。


扉を開けて、服を選ぶ。
あの戦いの後、自分がどうしていたのか何も分からなかった。
しかし、あの時の記憶だけは心に刻まれていた。


徐々に高度が下がっていくアルビオン大陸の上で、ハヴィランド宮殿は音もなく燃え上がっていた。
かなり離れたフネにすら届きそうな熱気が夜空を煌々と照らし、それを目撃した全員は、一つの時代、一つの象徴が無くなっていくような寂寥感に包まれていた。
自分達の目の前で落ちていくアルビオンを前に、誰も言葉を発することはできなかった。
フネに乗れなかった住民は絶え間なく続く地響きにただ身を震わせ、家の柱や森の木々に掴まり、景色がどんどん変化していくのを恐ろしそうに見ていた。
やがて、フネにのったルイズ達の目の前でアルビオン大陸はトリステインの沖合に落下した。
そして、発光する宮殿は着水する直前に上空の雲を吹き散らす程の閃光を天に巻き上げた。
光が収まった後にはぽっかりと巨大な穴が開き、ハヴィランド宮殿を含む半径五キロメイルが消滅した。
それを見てルイズはへなへなと崩れ落ちた。
いくらシロ姉でも、その状況で生き残るとはとても思えず、ルイズは突っ伏して泣いた。涙が枯れるほど、一生分の涙を流すかのように泣いた。


いつもの服装を選び機械的に身につける。


アルビオン含め周辺国がパニックになる中、ルイズは一人ぽつんと宮殿跡の巨大な穴の縁に座っていた。
着水時の衝撃なのか、底が抜けたらしく、見る間に海水が滲みだし、あっと言う間に大きな真円の塩湖が出来上がった。
入れ替わり立ち替わりキュルケ達や、顔見知りの隊長達がやってきて部屋で休むように言ったが、ルイズには何も届かなかった。
二日ほど、何も食べずにその場で居続けると、さすがにキュルケ達が痺れを切らした。
キュルケ達の説得の中で、涙目になったモンモランシーに頬をひっぱたかれ、叫ぶように言われた一言で、ルイズはゆっくりと顔をあげた。
「ルイズッ! シロ姉はあの時あんたになんて言ったか覚えてるのっ!?」
「……」
「”必ず帰る”って言ってたのよっ! そう誓ったのよっ!」
「……あ」
「シロ姉がそうやって誓ったのに! あんたの所に必ず帰ってくるのにっ!、あんたが倒れてたらどうするのよっ! っていうかあんたはシロ姉の誓いの言葉を信じてあげないの?」
ルイズは頬を抑えてまじまじとモンモランシーを見つめた。
確かにシロ姉は”必ず帰る”と言った。今までにシロ姉ができないことを言ったことはない。
キュルケやタバサが見守る中、ルイズはシロ姉の誓いの言葉を胸に、込み上げてくる涙を止めることができなかった。
崩れ落ちる体を支えたモンモランシーに縋りついて、声を殺して泣いた。


マントを羽織って、杖を身につける。


その後、反乱の制圧と、同時にアルビオン国王へと即位の宣言を行ったウェールズの熱心な仕官の誘いを辞退し、始祖のオルゴールを返上して、ルイズ達はアルビオンを去った。
軍の再編や、王国の再興、そして周辺諸外国との調整に謀殺されている、若い国王自ら見送りに来て最後の引き留めを行ったが、”わたしは、水の精霊に恋人を連れて帰ると約束しましたから”という言葉を打ち砕くことはできなかった。


ルイズは一通り鏡で確認した後、自室のドアを開けた。
「おはよう、ルイズ」
「おはようございます、ちぃ姉さま」
ドアの外には、ルイズと同じ魔法学院の生徒の格好をしたカトレアがにっこりと笑っていた。


治癒の水魔法でかなりましになったが、まだ火傷の痕が残るシルフィードとリュカに分乗して、アルビオンの大地を後にした。キュルケ達は魔法学院に、そしてルイズは一人ラグドリアン湖に向かった。
夜を徹して飛び、満天の星空の下、ルイズが湖畔で水の精霊の恋人をゆっくりと木箱から取り出すと、水の流れる音と共に、”水の精霊”が出現した。
いつものシロ姉に似た水の彫像ではなくて、いままで決して表に出てこなかった本体。
水の精霊の恋人と色こそ違え、全く同じ姿であることにルイズは驚かなかった。ゆっくりと水の精霊が近づき、水の精霊の恋人を細い機械の腕で抱きしめて、再び湖の底へ戻って行った。
表情は無い。というか分からない。言葉は全て”うぃむしゅー”で何を言っているか分からない。
でも、その幸せそうな姿に、そして感謝が込められた言葉に、ルイズは一つのことをやり遂げた達成感を感じていた。
ただ、それと引き換えに支払ったものはあまりにも巨大すぎるものであった。
心の半分を持っていかれたような虚無感に、じっとラグドリアン湖を見つめていたルイズだが、朝日が出ようかというころになって、やっと踵を返した。


アルヴィーズの食堂への道すがら、ルイズはふと隣を歩くカトレアを見つめる。
その視線に気がついたカトレアは、なに? という風に微笑んで小首を傾げる。なんでもないの。と答えたルイズは、ともすれば遅れがちになる足を無理やりにでも前に進めた。


アルビオンの落下と、一番接近しているのかトリステインということで、大混乱の政治中枢の喧騒を横目に、アンリエッタ王女に簡単に帰還の挨拶に向かった。
ウェールズの生存、即位の件は当然ながらアンリエッタも知っており、両手を取って涙して喜んだ。が、ルイズにはそれが空虚なものにしか映らなかった。マザリーニ枢機卿と実父であるラ・ヴァリエール公爵も同席していて、偉業にふさわしい讃辞を送られたが、ルイズの心には何の感銘を与えることもできず、形ばかりの返礼の言葉を述べるばかりだった。
心が凍ってしまった様な幼馴染の異常にアンリエッタが心配そうにしていたが、疲れているという言葉で早々に辞した。
今はこれ以上誰にも会いたくなかった。実家に帰る気にもならなかった。少しでもシロ姉の記憶が残る所に居たかった。
そしてルイズは、凍える心を抱きしめながら、リュカに飛び乗って、一足先にキュルケ達も戻っている魔法学院に向かった。

二十数日ぶりの自室のドアを開けるなり、ルイズは立ちつくした。

そこはシロ姉と、一番長い間一緒にいた場所。

――シロ姉が座っていた机。

――シロ姉が座って本を読んでいたソファ。

――シロ姉と一緒に寝たベッド。

――シロ姉と一緒に包まった毛布。

そこには思い出がいっぱい詰まっていた。
右を見ても、左を見ても、その思い出があふれてくる。
がちゃっとドアが開いて、びっくりした表情のシロ姉が出てくることを何度も幻想する。
風が吹いて物音がすれば、シロ姉が帰ってきたのかと慌てて窓を開けた。ドアを開けた。
しかし、そこには誰もいなかった。
ルイズは、ベッドに突っ伏した。ゆっくりと嗚咽が広がる。

夏の休みに入ってもルイズは実家に帰ることもなく、魔法学院で幽鬼の様に過ごしていた。キュルケやタバサは、そんなルイズを心配しつつも、タバサの母親の様子を確認しにツェルプストーの城に帰っていった。
がらんとした学院の中でルイズは一人で、飽きることなく景色を見つめていた。

新学期になって、最初の授業で少し頬を染めたコルベールが教室に入ってきた。
「えー、みなさん、急ですが、転入生をご紹介します」という声に合わせて入ってきた女性を見て、男子生徒は歓声を上げ、女子生徒は微妙な表情を浮かべ、そして、ルイズは唖然とした。
にっこりと微笑むのは、敬愛する姉だった。
本人のたっての希望で、ということだったが、自分を心配してくれていることが痛いほどわかった。

それ以来、ルイズ、キュルケ、タバサ、モンモランシーそして一同を見守るカトレアという五人の姿が学園のあちらこちらで見られるようになった。
いずれ劣らぬ美少女、美女ばかりで、学院の男子生徒ならず、男性教諭たちすら目が引き付けられていた。
あとキュルケは、思わぬ強敵の出現に並々ならぬ敵愾心を燃やしていた。
シロ姉はそこにいなかったが、それなりに平穏な日常が繰り返されていた。
ふと、ルイズは”イチヒコ”も同じ思いを抱いていたのだろうか? と一人ごちる。
友人たちと居ても、どこか自分の心に空いている穴は塞がらず、穴を埋めて! と心が叫ぶ。
何かを失った子供は、失ったもの引き換えに大人になる。そんな言葉が脳裏に浮かぶが、大人になるために何かを失うのであれば、ずっと子供でいい。ルイズはそう思った。
カトレアは、最愛の妹の、透き通ったような笑顔の下に隠されている、心の穴をなんとか埋めてあげたかった。
しかし、一朝一夕に埋まるようなものではなかった。
時間が解決するにしても、今のルイズには安息の地が必要だった。
カトレアは、傷を抱えて手負いの野生動物の様に心を閉ざすルイズを見つめながら心の中で呟いた。
(シロ姉さま、早く帰ってきてください)


「今日もいい天気ね、風が気持ちいいわ」
中庭で午後のお茶を取っていた一同は、カトレアの言葉に、ふっと空を見上げた。
秋の風を感じてルイズは透き通る笑みを浮かべた。
まっ白い雲に、抜けるように高い真っ青な空。まるでシロ姉みたいな色合い。
空に吸い込まれそうになったルイズは、ふっと思った。

ここにシロ姉がいれば……と。


ラドの月(九月)の終わりの虚無の曜日に、魔法学院にエレオノールが訪ねてきた。
応接を借りてルイズとカトレアが長姉を出迎えた。
「え、えー、ル、ルイズ、げ、元気?」
視線をあちこちに飛ばしながらのエレオノールの言葉にルイズは目を丸くして頷いた。その横でカトレアがくすくすと笑っていた。
カトレアに、じと目を送った後、エレオノールが数冊の書物束を取り出してルイズに渡した。
「私が調べた始祖の資料よ、あなたにあげるわ」
ルイズのあっけに取られる顔に、エレオノールは少し頬を染めてそっぽを向いた。そしてそんな不器用なエレオノールを見て、カトレアが声をあげて笑った。
しきりに上の妹にからかわれた長姉は、資料を渡した後、そそくさと帰って行った。
ルイズは、自分と似た不器用な姉の優しさに包まれて、戸惑いながらも幸せな気持ちになった。
そして、穏やかな視線で微笑むカトレアを見つめた。
カトレアはゆっくりと頷いた。

ルイズは自室で夜を徹してエレオノールの資料を読み耽った。世間一般に流布している始祖の話と違い、禁書の類から引っ張り出してきた情報なのか、聞いたこともない話が並んでいた。

資料の中の一説にルイズは注意を引かれた。存在が不確かなトリステイン王族の言葉だったが、その言葉はアルビオンでのクロムウェルに通じるものを感じた。
クロムウェルの言っていた”機械の神の力”、”イツゥイヒコゥ”と記述されている始祖のこと。
ルイズの中で複数の断片が一つの線となってつながっていく。
「……聖地。聖地に行けば何かわかるかも」
ルイズは顔をあげた。今までと違ってその瞳には強い光がともっていた。
しかし、聖地はエルフの管理する地。おいそれと行けるようなところではない。ルイズは腕を組んで考え込む。
かなり熱中していたのか、ふと気がつくと、すでに朝だった。学院の中にざわめきが戻っている。
背伸びをして、食事に行こうかしらと思いつつ、資料を片づけていると、ふと一枚の資料に気がついた。
何気なくそれを見つめたルイズは、はっとした。もう一度目を通して、ルイズは部屋を飛び出した。

食事前のコルベールをひっ捕まえて、ルイズは資料を突き出して話を聞いた。しばらく頷きながら聞いていたコルベールは、学院長である老オスマンの処へルイズを連れていった。
「なんじゃと? まあ、確かに所蔵しておるがの。……まあ、おぬしならよかろうて」
老オスマンは少し考えていたが、ルイズの真剣な表情にやがて頷いた。

コルベールの手によって、宝物庫の扉が開けられ、そして黒檀の細長い箱が取り出された。
例の宝物庫破りの盗賊が盗んでいこうとした箱だった。
特別の許可をもらったルイズは、身長程の長さで二人で抱えないと重くて動かせないような箱を苦労して自室に持ち帰った。
見かねたコルベールがレビテートの呪文をかけようとしてくれたが、ルイズは丁重に断った。
学院に帰ってきて気がついたが、今のルイズはシロ姉が来る前と同じで魔法が何一つ使えない。それはそれで悲しいことだったが、魔法が使えないからと言って拗ねるような気にもならなかった。

ルイズは”始祖ブリミルの使い魔が使っていたという神聖な剣”は自分で運びたかった。
自室に戻って、震える手で黒檀の箱を開けると、そこには一本の剣というには、あまりにも不格好なものが紫色のベルベットに包まっていた。
神聖な剣という学院長の言葉だったが、今のルイズにはその言葉が間違っているとわかる。
自分の身長程もあるその円筒形の物体は、剣と言えば剣かもしれないが、どう見ても剣ではない何か異様なものだった。
だが今のルイズには、その姿は異様に感じられなかった。
白と黄色に彩られたそれは、アルビオンの地下で、そしてラグドリアン湖で見たものと非常に雰囲気が近かった。
ただ今は何の反応もない。
「これが、”イチヒコ”の使い魔の……」
ルイズは、円筒形の機械を机に置いた。


それから一月ほどたった。

秋は深まり、そして徐々に森が紅葉していく。
キュルケ達やカトレアの尽力もあったのだろうが、時がたつにつれ、ルイズの表情にも僅かばかりだが笑みが戻るようになってきていた。めったにないが、声をあげて笑うこともあった。
そんなルイズは草原に立って、曙光が差す中、闇から朱に染まり、そして明るい青に変わる空を見ていた。

それは春の召喚の儀式が行われた草原。
それはシロ姉と初めて会った場所。
それは初めてキスをした場所。

上空を舞っていたリュカが、感傷にふけるルイズを見つけて舞い降りてきた。いつものように親愛の情を見せて鼻先でごんごんと、つついてくる。
その巨大な顔を両手でなでてやると、リュカは嬉しそうに眼を細める。

ルイズは夜に目が覚めると決まって、この場所へやってくる。
そして草原に大の字になって空を見上げる。
いつもの儀式。そしてシロ姉を身近に感じる場所。

しばらくして、吹っ切れたようにルイズが踵を返す。目と鼻の先だがリュカに乗って学院の上空を一周して、気分を一新してから部屋に戻った。
今日も平凡な、しかし、かけがえのない”つまらない毎日”が始まる。
部屋の壁にかけている”神聖な剣”に、行ってきますと話しかけて部屋を出た。


ルイズが異変に気がついたのは昼前の授業だった。
コルベールの熱心な火の効果についての説明の途中、風に吹かれて自分の机の上に薄桃色の花びらが舞いおりた。
「え?」
ゆっくりとそれを摘みあげた。その花は春に咲く花。
はっと気がついて窓の外を見たルイズは満開になっている花の嵐を見た。
それを見た瞬間、ルイズはがたんと音を立てて、駆け出した。隣に座っていたカトレアのあっけに取られる表情を横目に、途中で、椅子に横座りをして、斜に構えて格好をつけてモンモランシーを口説いている、邪魔なギーシュの足を蹴り飛ばし、呆然とするクラスメートを尻目に部屋を飛び出した。
半分居眠りしていたキュルケは、血相を変えてルイズが飛び出したのと、窓の外を見てふっと笑って再び突っ伏した。
「よかったわね」
モンモランシーとタバサも顔を見合せて微笑みを浮かべる。


魔法学院を見渡せる草原に真っ白な白詰草が咲き誇り、純白の絨毯と化していた。
その中で白と青の精霊が立ち、空を見上げている。
青の縁取りの純白のマントが風に靡き、一斉に純白の草原がカーテンのように揺れていく。

ふわふわとした金色の髪と黄色い縁取りのある純白のマントを風に靡かせた優しげな女性と、編みこんで短くした桃色の髪で、勝気そうな緑の瞳の少女が、その様子を少し離れたところから見つめていた。
「どうしたの? ヒナちゃん?」
「べっつにー。いきなり叩き起こされたかと思うと、”わたしはかもめ≪ヤーチャイカ≫”まで持ち出すことになるなんて思わなかっただけ」
金髪の女性が風に揺られている髪を押さえながら空の様に青い目で、隣でぶすっとしている桃色の髪の少女に話しかけた。
額を飾っている目の色と同じ菱形の青の宝石が煌めく。
話しかけられた桃色の髪の少女は、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、緑の瞳で草原の中に立っている白と青の精霊を見つめた。
「でも、シロさん、とっても嬉しそう」
「ふんっ」
その視線をたどって、金髪の女性は、柔和な笑みを浮かべる”家族”を見つめた。
いまだかってあれほど優しそうな笑みを浮かべる”家族”を見たことはない。
紆余曲折はいろいろあるが、それでも”美しい心”を持つにいたった”家族”を祝福せずにいられなかった。
ひょっとしたら、ひとつの区切りなのかもしれない。
流れる風に髪を揺らしながら、そっと目を伏せた。
「あらあらあら、あの子かしら?」
「みたいね」
しばらくして、塀に囲まれた建物から一人の少女が必死に走ってくるのが見えた。
その表情は、喜びにあふれ、そして、涙に煌めいていた。隣の桃色の髪の少女も、ぶすっとしたまま答える。
「じゃあ、お父様とお母様にごあいさつしないといけないわねぇ」
「ミ、ミズバショウッ! 何言ってるの?」
「あらぁ、だって、シロさんの”家族”として……あら、そういえばあの子はイチヒコさんの血縁ねぇ」
金髪の女性の言葉に、桃色の少女が目を見開いた。思わず大きな声をあげて金髪の女性にかみつく。
基本的に自分達は外に出てはいけない、”人”の目に触れてはいけないと決められている。
そしてその取り決めを守るべき存在が、率先して”人”に会うと言う。
「あらあら、まあ、ひょっとして、あの子は私たちの家族ってことになるのかしら? ねえヒナちゃん?」
「もう、勝手にして」
「あらあらあら」
桃色の少女の抗議に、人差し指を口に当てて考えていた金髪の女性が、困惑したように桃色の少女に問いかけた。
げんなりした桃色の少女は、力が抜けたように肩を落とした。
その姿を見て、鈴が鳴るような笑い声をあげた金髪の女性は、ゆっくりと顔を巡らせ”家族”達を見つめた。
そして微笑みを浮かべながらそっと目を閉じる。
静かに詠う声が流れる。

”心をこめて”喜びましょう。この子の目覚めを

”心の底から”祈りましょう。この子の喜びを

そして”心を込めて”、”心から”――

”心から”、この子の幸せを――


ルイズは、今までの寂しさを振り払うように、悲しさを吹き消すように、涙を煌めかせながら、でも満面の笑みを浮かべて純白の草原の中を駈け抜けた。
そしてこの世で一番大事なものを抱きしめるように手を一杯に広げ、はにかんだ様に微笑む白と青の女性の胸に飛び込んだ。


「おかえりっ、シロ姉」


白と青の女性は、大切な、本当に大切なものを、本当に大切な心を、掛け替えのない心をくれた大切な人を、そっと抱き締めた。そして、感極まったように呟く。


「ただいま。……ルイズ」

 



ららら~ら、ら~らら~、ららららら~らら~♪ ららら~らら、ら~らら~、ら、ら~らら~、らら~♪
ららら~ら、ら~らら~、ららららら~らら~♪ ら、ら、らららら~ら~ら~ら~ら~ら~♪

Daisy, Daisy give me your answer do.
デイジー、デイジー、答えてください

I'm half crazy all for the love of you.
あなたへの想いで、私の心は張り裂けそうです

It won't be a stylish marriage,
気取った結婚式もできないし

I can't afford a carriage.
飾り馬車も用意できないけど

But you'll look sweet,
でも、あなたはとても可愛く見えるでしょう

Upon the seat, Of a bicycle made for two.
二人乗りの自転車で、ずっと一緒に……